第8回「柚明本章・第二章 想いと生命、重ね合わせて」について(丙)
19.原作通り烏月間に合い、柚明後退
柚明「ここからはアカイイト本編烏月さんルート3日目夜『魂削り』の通りに進みます」
桂「お姉ちゃんはご神木には帰らず、お部屋の外で見守っていてくれたんだ。万が一の場
合に備えていたのかな。戦いには参加してないから、ウソはついてないことになるけど」
柚明「烏月さんの強さは分っていたけど、戦いは何が起こるか分らない。それに、白花ち
ゃんとサクヤさんの行方も気懸りだったから。蝶を壱羽探しに行かせてその帰りを待ちつ
つ、部屋の外側に滞空して様子を見ていたの…」
烏月「ノゾミ達との戦いに集中していたので、気配を隠した柚明さんには気付けませんで
した……サクヤさんの気配を追う様に、蝶を放ったんですね。この布石は後で効いてく
る」
桂「ここからは烏月さんの活躍です。凛々しく綺麗な烏月さんが、冷やかな夜風と月明り
の差し込む室内で、ノゾミちゃん達鬼を相手に維斗の太刀を振るいます。がんばって!」
サクヤ「ここはサクサク飛ばすよ。アカイイト本編通りで、読者も既読の中身だし。柚明
視点で微妙に表現が変っていたり、読解が違ったりするけど、特筆する程の事じゃない」
葛「ただし後々への伏線に、軽く触れておきますか。ミカゲさんの『投影』については既
に語ってしまいましたけど、この夜の戦いにはもう一つ、烏月さんが『鬼切り』を習得す
る前段になる技『魂削り』が描かれています。これは『鬼切り』の伏線と言っていいです
ね。
千羽妙見流については、実戦の場で描くのが一番ですし。アカイイト本編の柚明おねー
さんルートでは、烏月さんの鬼切り習得は描かれませんが、柚明本章では終盤に、桂おね
ーさんの睡眠中に、それが描かれるので。繋る情報の開示は、無駄にはなりませんよと」
サクヤ「冗長でも作者は切り捨てたくない部分だったんだろ。それがあって、烏月と柚明
が肌身を添わせるのだし、柚明が白花を桂と同等の『身を挺して守る一番たいせつな人』
だって示せた訳で。そこを削除しちゃ圧縮できても意味がない、って箇所はあるからさ」
葛「しかしここは本当に、微妙な決着でした。
鬼の姉妹は、確かな肉の身体を持ち鬼への対処を心得た烏月さんを、倒す決定打がない。
一方烏月さんにも、霊体の鬼であるノゾミさんミカゲさんを倒す決定打がない。否、絞り
出せばあった訳で、魂削りを振るうのですが、それを使うにはこの時点の烏月さんは、極
度の集中力と生気の前借りが必須で、一撃で決めなければ、直後に昏倒してしまう訳で
す」
烏月「ここは私が未熟でした。一撃で決めねばならない処を、決めきれなかったのは私の
失態です。桂さんも心配させて申し訳ない」
桂「わたしは助けてもらった側だし、目の保養になったり同衾とかもできちゃったから」
葛「桂おねーさんは隙あらば、烏月さんに近づきたがりますから。烏月さんはもっと研鑽
しないと、自身を守りきれないかもですよ」
烏月「私が……ですか? それは、むしろ」
サクヤ「失態から生じる睦み合いも悪くはないけど、間近に生命の脅威がある状態だから。
昏倒して意識失うってのは褒められないね」
柚明「実際驚きました。ノゾミちゃん達を撃退し終えたと、確認しない内に倒れてしまっ
たので……鬼が引き返してきたらと思うと」
サクヤ「柚明の『備えあれば憂いなし』が正解だったね。烏月の大技に対抗して、ミカゲ
も大技を使ってきた。元々ノゾミが烏月を見くびった自業自得だけど、烏月の大技が見事
に決まった。戦果はあったよ。むしろ戦果があったからこそ、ミカゲが退勢挽回に大技を
使わねばならない状況に、追い詰められて」
葛「ここでもミカゲさんは『決定力を欠く』との作者さんの設定に沿っています。柚明お
ねーさんもノゾミさんもですけど。烏月さんの過ちを導いて心を砕き、無力化するだけで。
止めを刺したり、正面激突には弱い。烏月さんルートでもそうでしたね。味方を斬らせて。
烏月さんを誤らせることが、勝利の鍵と…」
桂「この夜も『投影』に成功しても、逃げ出すだけだったものね。その隙に一撃入れよう
とか、体勢を立て直してもう一度戦おうとか、して来なかったし。潔い位の逃げっぷり
…」
サクヤ「まさか直後に烏月が昏倒するなんて、ミカゲも想定外だろうさ。そんな危うい大
技を実戦で使うなんて、普通思わない。追撃を食らう前に逃げるべきって判断は正常だ
よ」
柚明「ミカゲも、大技を使った後の消耗状態で烏月さんに向き合う危険を、考えたのね」
烏月「ノゾミの状態を危ぶんだ、とも考えられますが……柚明さんの推察がより正解に近
いと思います。アカイイト本編の私ルート3日目夜のみなら、どちらの解釈も可能ですが。
柚明本章ではこの直後、ミカゲは傷ついた姉を見捨て、柚明さんを引きつける囮に使い、
1人桂さんを害しにさかき旅館へ再来します。ノゾミへの配慮では解釈に無理が生じま
す」
桂「この後は原作通り、わたしが烏月さんを、わたしの部屋の布団に運び……ここ、アカ
イイト本編ではサクヤさんに手伝ってもらって、烏月さんのお部屋に運ぶって選択もあっ
たけど、お姉ちゃんの章ではなくなっているよね。さかき旅館にいないことになっている
から」
サクヤ「目立たない原作改変ってとこかねえ。
尤も、ここ迄鬼切りと鬼の殺気が漂うのに、前夜の様に乱入してない辺りで、あたしが
さかき旅館にいたのなら、余りにあたしが間抜けすぎだ。アカイイト本編ではそのルート
のヒロインを引き立て活躍させる為に、他のヒロインを敢て弱体化させたり間抜けにした
り、せざるを得ない事情があるのは、分るけどさ。
特に烏月ルートでは、3日目4日目のあたしの動きが出遅れすぎで呑気にすぎる。愛し
い桂が鬼に生命を脅かされているって、分った後の対応じゃない。久遠長文は、あたしが
旅館にいなかったことにした方が、すっきり蟠りを解消できるって、割り切った様だね」
葛「烏月さんルートでも、重要な役割を果たさないシーンですし。ここの切り捨ては、む
しろ迷う方が資質を問われると思いますよ」
桂「しかもその不在を、この後の展開に繋げてくる、このお話しの組み立ては中々だね」
柚明「このあと桂ちゃんは、烏月さんの懐にあった呪符で結界を張って、安心して寝付く
けど。その呪符は結界用ではなく、直接相手に貼り付けるタイプの呪符で。結界を張って
もノゾミちゃん達強大な鬼は、防げないの」
桂「どこまでも、最初のお札の守りを内から開けてなければって、引きずっちゃいそう」
葛「これはやむを得ないです。お話しの展開上も、呪符の結界で守り通して無事朝を迎え
て終りでは、盛り上がりに欠けちゃいます」
サクヤ「アカイイト本編で、烏月が懐の呪符を桂に渡さなかったのは、既に渡した4枚で
足りた為かも知れないんだけどね。敢て渡さなかったと深読みすれば、使い方が違うとか、
桂では扱えないとかの、追加設定はあり得る。
原作を生かしつつ後付設定を自然と上書きできる。この作者は話しをゼロから作るより、
二次創作する方が才能あるんじゃないかね」
桂「ほめ言葉と取って良いかどうか微妙な」
柚明「双方に共通で使える技能もありますし。何より全ての創作を先人の二番煎じ三番煎
じと見なす考えもある様なので、その辺りは」
葛「桂おねーさんが、烏月さんとの同衾をドキドキ楽しみつつ夜を過ごす間、話しの焦点
は桂おねーさんから離れます。柚明おねーさん視点・主人公で進む柚明の章ならですね」
柚明「ここでわたしの独白で作者メモです」
作者メモ「本当にノゾミ達は引き上げたのだろうか?
桂ちゃんは今尚安全とは言い難い。桂ちゃんが貼ったあの呪符は、結界用の物ではなく、
鬼の現身に直接貼って動きを封じる類の物だ。面を作っても結界は弱く守りに信を置けな
い。烏月さんは力を使い果して眠りに沈んでいる。サクヤさんに放った蝶は、まだ帰って
来ない。
桂ちゃん達を見守る蝶を一羽残し、わたしはノゾミ達の気配の残り香をやや慎重に辿る。
依代に戻るならその所在を確定させられるし、血を求めて無関係な人を襲ってないか気掛
りだった。それで力を増して来られても困る」
桂「お姉ちゃんがご神木から青珠に飛んできた様に、ノゾミちゃん達は一瞬で依代に戻っ
た訳じゃなかったんだ? ……これは意外」
葛「少し後に、そうせねばならなかった事情の記載があります。この時は現身の侭でミカ
ゲさんに抱えられて、敗走した様ですねー」
サクヤ「だから気配を辿れた訳かい。かなり痛手を受けて敗走した様に見えるけど、逆に
そう見せかけて、待ち伏せる罠の怖れもある。でも罠と見せかけ敵方の追撃を鈍らせ、逃
げ切る作戦かも知れない。でもでも折角気配を残して逃げる以上、依代や隠れ家の手掛り
を辿れる貴重な機会だ。柚明は戦ってないから消耗もないし。深追いの見極めが難しい
ね」
桂「ノゾミちゃん達、言っていたもの。『他の人から血を吸って力にする』って。あれを
傍で聞いていたから、お姉ちゃんも放置できなかったのかな。実際この夜に鹿野川先生が
ノゾミちゃん達に血を吸われて、生命を落したんだものね。わたし達は後で知るんだけど。
経観塚は田舎町だけど、それでもそこそこ人はいるから。その気になれば手当たり次第で、
犠牲者続出って展開もあったかもだもんね」
サクヤ「烏月との同衾に嬉し恥ずかし悶々していた割に、朝まで熟睡した桂が言うかい」
葛「余力があれば追うべきかと。鹿野川氏はアカイイト本編では良く息絶える方で、生き
残れるのはノゾミさんルートのトゥルーエンドのみなので、諦めて良いかも知れませんが。
この時点では犠牲者の範囲が、彼に限定されていません。経観塚は柚明おねーさんが生れ
育った地で知己もいる。放置は難しいです」
桂「そうでした。お姉ちゃんが経観塚で大きくなったことを、すっかり忘れていた。柚明
前章から続いているから、お姉ちゃんの同級生や先輩後輩も、ここには居るんだもんね」
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20.鹿野川教諭の最期について
柚明「作者メモが来ているわ。鹿野川教諭が亡くなった・殺められたことについて……」
作者メモ「柚明本章では描写していませんが、鹿野川教諭は柚明本章の3日目夜、柚明と
の休戦後にミカゲに殺されたと設定しています。
鹿野川教諭の血液は普通なので、それ程鬼の回復に役立ちません。前日に桂から得た贄
の血の余録の方が遙かに大きく、彼を殺めても得る物は少ない。にも関らずミカゲが彼の
血を吸い尽くして殺めたのは、力に飢えたと言うより、この夜の失敗への八つ当たりです。
力に飢えていた訳ではないので、転向前の悪鬼であるノゾミも、この時は同調しなかった。
翌日、崖落ちから助かった桂と柚明が夕刻、2人きりで肌を拭き拭かれ、血を呑み呑ま
れた時に、鹿野川教諭が死亡したことを『ニュースで知った』と、桂が柚明に話していま
す。桂がそれを知ることが出来たのは、崖落ちの前・羽様に出立する前で。鹿野川教諭は
前夜に亡くなって、早朝発見されたのでなければ、時系列から見て整合しないことになり
ます」
烏月「確かにそれはその通りだが……それでは鹿野川氏が殺された流れは説明ができても、
ミカゲが彼を殺した事の背景説明にはならないのでは? あたかも彼の殺害に、ノゾミは
全く関与してない様な説明になっているが」
サクヤ「この時点ではノゾミは悪鬼で、人の生命を尊ぶなんて期待できないし、慈悲を掛
ける様な関係もなさそうだしね。そもそもこの時点まで、鹿野川が生かされていた理由も、
作中では判然としないけど。それは柚明の章だけじゃなく、アカイイト本編でもさ。積極
的に生かしておく理由がないから、作品中盤であっさり殺されたのかも、知れないねぇ」
柚明「鬼も昼間、依代を保持する人手が欲しいの。身動き取れない間に、獣や子供や雨風
などで、依代が動かされたり壊されたりしては困るから。経観塚は数千の人口を持つ町だ
から、鹿野川教諭を殺めても代りはいるけど。挙動不審や行方不明が続出すれば怪しまれ
る。
邪視の掛り易さや持続時間も、千差万別よ。昼の間に邪視が解けて我に返ったりされる
と、逆に依代を出られない鬼が危うい。良月が郷土資料館にあった間に、自ら興味を抱き
近づいてきた彼が、波長が合い易いのは確かね」
葛「そんな重宝した彼を、ミカゲさんは己の憤懣の八つ当りで殺めてしまい。でもそれは、
それ迄敢て彼を殺めず使役していた自身の判断への矛盾であり、目に見えぬ解れの始りで。
『使える道具と扱っていたのに無意味に殺して』とノゾミさんは引いて。乖離が始ると」
桂「うわあ……後付設定なのに妙に詳細で説得力ある。お姉ちゃんへの宿敵意識や巧く行
かないことへの焦りを、巧く消化できなくて。それがこの夜は更に堪りに堪って。味方の
筈のノゾミちゃんとの間に、亀裂できちゃう」
葛「作品構成上の理由としては、ノゾミさんに人殺しをさせたくないという辺りでしょー。
柚明本章ではこの後、ノゾミさんは桂おねーさんに絆され、ミカゲさんや主と決別して
人の側に転向する予定です。ノゾミさんルートを接ぎ木する感じでしょーか。でもそうな
ると、ノゾミさんに人殺しの罪がついて回るのは重いです。鬼切部も許さないし、桂おね
ーさんも受け容れ難いでしょーし。柚明おねーさんもサクヤさんも読者皆さんも。そこで
罪は全てミカゲさんに、被って貰う訳です」
桂「でも、ノゾミちゃんも千年前には既に」
烏月「良月に封じられるより前・千年前の事柄は、共通過去なので。主の復活を目指して
ミカゲと共に暗躍し、人を傷つけ生命を奪い世を騒がせた事実は、今更変えられないけど。
それには大甘で目を瞑る可能性もなくはない。読者の印象迄は救済できないかも知れない
が。
鬼切部も鬼を使役する事はあります。場合によっては過去に悪鬼だったとしても。勿論
どんな鬼でもという訳ではなく、能力や性格を良く見極めて、極めて限定的に、ですが」
葛「サクヤさんが属する観月の民も、かつては鬼切部と共に悪鬼を倒す側にいましたしね。
ノゾミさんは賢く強大な鬼です。体質改善や事情の変化で、理性的で信用できると判断さ
れれば、仲間と迄は行かずとも、味方にする、使役する事を鬼切部も考えます。今後人を
害さないという前提でですが。鹿野川教諭を殺めた事は、その最後の蜘蛛の糸を断つ事
で」
桂「確かに、千年昔のことは変えられないし、今のわたし達からは少し遠いお話しだもん
ね。でも鹿野川先生は面識がないけど、今の時を同じ町で生きた人で。ノゾミちゃん達を
害した訳でもない、むしろ蘇らせてくれた恩人なのに。罪もない人の生命を無造作に絶っ
てしまうノゾミちゃんだと、流石にわたしも…」
柚明「アカイイト本編のノゾミちゃんルートは、その辺りに配慮して、彼を殺めずに終ら
せたのね。桂ちゃんと人の世を一緒に生きるには、千年前はともかく、罪もない人を殺め
る悪鬼では困る。鬼切部も当然認めないし」
桂「お姉ちゃんの章にノゾミちゃんルートを接ぎ木するなら、鹿野川先生も生き残らせる
ことは、出来なかったのかな? 第三章でノゾミちゃん達の依代を持ち運ぶ役は、傀儡に
された葛ちゃんだったけど。鹿野川先生も傀儡にされて、良月を持たされ生かされていた
訳で。もう少し、ノゾミちゃんがわたし達の仲間になるまで保たせれば、助かる芽も…」
葛「そこはわたしの貴重な登場シーンなので、譲る訳に行きません、というのは冗談です
が。わたしが傀儡にされる展開も、アカイイト本編の柚明おねーさんルートに、ありまし
たし。
何より作者さんは、4日目の柚明おねーさんと桂おねーさんの『崖落ち後の夕刻、羽様
で桂おねーさんの血を吸う』情景を、可能な限り改変せず、その侭使いたかった様なので。
鹿野川教諭が殺められた事実が、桂おねーさんに切迫感を与え。柚明おねーさんに血を
呑ませねばと強く想う。柚明おねーさんの消極さを押し切る。漸く説き伏せられるです」
サクヤ「桂が人の死を背景に危機感を募らせて迫らないと、崖落ち後の失血多量な桂の血
を呑む事に、消極的な柚明は押し切れないと。ここは原作通り、鹿野川の死という事実を
その侭使う方が、話しの構成的に素直かねえ」
烏月「ノゾミが人の側に転向する事は、この時点では、作者のみが知る予定に過ぎません。
推察する読者は居ても、否、いればこそ、それが前提であるかの様な描写は、避けるべき。
その上で、ノゾミが転向した後にも不都合が生じない様に、土台は整えねばなりませんと。
この辺りの匙加減は、中々微妙ですね…」
柚明「その辺り・細部に拘るから、次章でのノゾミちゃんの転向が劇的に描けるのでしょ
うね。第三章への繋ぎである第二章としては、色々な気配りが出来ていると言う処かし
ら」
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21.ノゾミ放置・亀裂と和解の布石
サクヤ「ここから少し柚明の独白かね。烏月の強味と弱みについて、素人ではない柚明の
視点、鬼と鬼切りに馴染んだ柚明の見解を」
葛「『生気の前借り』は、原作にはない柚明の章の追加設定ですけど。作者さんはそれを
使って、桂おねーさんのおかーさんが当代最強だった背景や、烏月さんの昏倒の事情迄巧
く説明できてます。それが無尽蔵に使える物ではなく、個体差に左右される部分もあって、
効用の裏側にリスクや限界もあること迄も」
烏月「桂さんのお母さんにせよ兄にせよ、地力があって生気の前借りが功を奏す。地力が
なければ技にも奥義にも意味が薄い。元々の強さにプラスアルファが加わって初めて…」
桂「鬼に金棒、いな、鬼切り役に金棒っ!」
柚明「桂ちゃん上手ね。はい、座布団一枚」
サクヤ「唯、昏倒の説明中で烏月が『生気の前借り』を数分先からしか持ってこられない、
真弓と反対のきつい縛りにされちまったけど……これは強さを求める鬼切りには、かなり
厳しい設定だね。今後もほとんど生気の前借りが出来ない、期待できないってことだし」
葛「一見そう見えますけど、そうではないかも知れません。劣等生や見込なしから秀才天
才をかき分け乗り越え駆け上がるのは、バトルものの一つの王道です。桂おねーさんのお
かーさんは当代最強設定に沿って、かなりの未来から生気を無制限に借りてましたけど」
柚明「それが出来ない代りに烏月さんは、生気の前借りの大前提である『自身の最大限』
を越える『自身の最大限以上』を放つことが出来る。勝てない筈の強者に勝つ見込が出る。
これも戦いにおける一つの王道でしょうね」
桂「鍛えれば自身の最大限・上限値が伸びて。生気の前借りで出せる『自身の最大限以
上』も伸びる。威力が上がったり早さが増したり、烏月さんが更に強く綺麗になれるって
…?」
サクヤ「綺麗かどうかは、分らないけどね」
烏月「この時は失態を見せてしまったが、今はまだ不完全だが、修練を重ねて、必ず桂さ
ん柚明さんをより確かに守れる様になるよ」
桂「烏月さん♪」柚明「烏月さんならきっと、強く正しく美しい鬼切り役になります。今
後も桂ちゃんのことを、宜しくお願いします」
烏月「任されました……柚明さんも含めて」
葛「はい、次行きますですよー。柚明おねーさんが夜の商店街外れで、ノゾミさんを見つ
けた処からです。ノゾミさんは単体でした」
サクヤ「ここからがアカイイト本編にはない、柚明の章のオリジナル描写だね。ノゾミは
烏月の魂削りを受けて弱っている上に今は独り。さっき迄とは立場が逆転して柚明に有利
だよ。
作者メモだよ。柚明とノゾミの一対一で」
作者メモ「『ハシラの、継ぎ手……くっ!』
身構えようとしても、起き上がれずに崩れ落ちる。膝も肘も身体を支えられない。魂削
りは相当な深手だった様だ。細身な現身は苦痛に歪み、その手足はうっすらと透き通って。
瞬間、わたしの背筋を走り抜ける物がある。
関知の力が、ノゾミの少し前の像を映した。
【姉さま、ここでお休み下さい】
【依代迄は、まだあるじゃない】
ノゾミの現身は深手を負って非常に危うい。依代迄飛んで帰ろうとすれば、消えかねな
い。歩いて戻らねば、衝撃を少なく身を保たねば。その状況にわたしも昨夜何度か隣り合
わせた。
ミカゲはそんなノゾミの肩に回した腕を外し草藪の影に寝かせると、来た道を振り返り、
【追っ手の気配が全くない。旅籠には今力の存在感がない。贄の子を守る気配がない…】
ミカゲはそう呟くと、動けないノゾミを一瞥もせず、その侭道を反転し。妹鬼は気付い
たのだ。追撃が全くない事を、烏月さんが今動けない事を、桂ちゃんが無防備な事を…」
桂「ミカゲちゃん、依代へ帰るのを止めて傷ついたノゾミちゃんを放置して、わたしを襲
いに夜の内に、さかき旅館へ戻ってきた?」
葛「これはむしろ、烏月さんや柚明おねーさんなどの追撃を想定し、ノゾミさんを囮に使
ったと言って、良いのではないでしょーか」
烏月「なるほど。追撃を想定したから同じ道筋では戻らない。追撃と鉢合わせる怖れが高
いから。気配を隠し迂回して、追撃者とすれ違う様に、ミカゲはさかき旅館に戻ったと」
サクヤ「そこには最早ミカゲを妨げる者はないって訳かい。仮に遭遇しなければ追撃がな
い訳で烏月達はさかき旅館にいるから、眠っていれば油断に乗じて攻め掛る。守りが堅け
れば撤退する。考えたね敵方も。柚明が石橋を用意周到を絵に描いた様な性格で助かった。
他の二次創作でもノゾミミカゲが、一旦退いた様に装って、実はすぐ傍に潜んで機を窺
っていた、なんて展開は見たけど。この時点では烏月が戦えないからね。危なかったよ」
烏月「しかし柚明さんの目の前にはノゾミが居ます。手負いとはいえ、古くて強力な鬼」
桂「お姉ちゃんの章ではお姉ちゃんの見立てで、手負いのノゾミちゃんとの力関係は逆転
していて、ノゾミちゃんピンチ、お姉ちゃんはその気になれば、ノゾミちゃんを消してし
まえるってあったけど……それでいいの?」
柚明「そうね。結論は確かにそうだけど……実際に消そうとしたら、ノゾミちゃんは必死
に抗うから、数分は掛ったかも。ノゾミちゃんの方が尚わたしより力は大きい。傷も深い
から戦えば倒せたけど、少し時間が掛る上にリスクを伴い、消耗も避けられない。決定力
に欠ける設定は、この時点で優位なわたしに不利に働き、ノゾミちゃんに有利に働くわ」
サクヤ「本当に滅ぼそうかと迷ったんだね」
柚明「はい……拾年前の禍の片割れですから。わたしのたいせつな叔父さん、桂ちゃん白
花ちゃんのお父さんの仇で。一番たいせつな双子の人生を狂わせ幸せを奪った敵です。全
身に満ちる怒り憎しみは、溢れ出そうでした」
葛「見た感じ、激怒している様に見えないのですけどねー。凜として強い意志は感じても、
憤激や憎悪に歪んで見えない。窺えないです。実はこの時本当に、柚明おねーさんが激怒
しているなら、そう受け取ってもらえないなら、これは見かけで損しているのでしょー
か?」
サクヤ「柚明は本当笑子さんの孫だからねえ、そう言う処まで。でも、内に秘めているか
らこそ、その怒りも憎悪も甚大だよ。柚明の怒りや憎悪は、愛の深さに相応するんだか
ら」
桂「全部の真相を知ったから……このときのお姉ちゃんをわたし、止められないよっ…」
烏月「しかし柚明さんは、ここでノゾミに止めを刺さなかった。むしろ見逃して反転し」
葛「ミカゲさんの意図を、察したのですね」
サクヤ「むしろ桂の危険を察したという方が正しい。作者メモでノゾミとのやりとりを」
作者メモ「『でも、その一分の時間と力とが惜しい』
その一分で、桂ちゃんの生命が奪われ得る。それに費やした力で桂ちゃんを守れなくな
り得る。ノゾミは脅威ではない。怖いのは今この時にミカゲが桂ちゃんに牙を突き立てる
事だ。ここで時と力をかけて一匹の鬼を滅ぼすのと引き替えに、たいせつな人を失う怖れ
だ。
『あなたへの情けじゃない。これはわたしの真の望み。わたしの目的はあなたではない』
わたしの一番大切な目的は、たいせつな人の守りだ。敵を倒す事ではない。恨みを晴ら
す事ではない。この身に滾る憎しみを返す為にわたしは今、現身で顕れている訳じゃない。
今、急を要するのはたいせつな人の守りだ。
常に最も大事なのはたいせつな人の幸せだ。
わたしはノゾミにもう一度、目線を向けて、
『あなたが桂ちゃんの生命を脅かさなければ、わたしにあなたと戦う理由はない』」
サクヤ「柚明の甘さを足掛りに、微かな和解や共存の可能性に触れた処は、作者の意図で
もあるけど柚明の本心でもあって、巧いね」
葛「柚明おねーさんは常に、桂おねーさんラブで、それをとことん貫きます。自身の憎悪
憤怒にさえ左右されない。この辺りがわたしに近しいと、作者さんに指摘される処かと」
烏月「ですが敵前回頭も危険です。息の根を止めない限り、鬼の危険は尚残る。特にこの
時柚明さんは、ノゾミと和解も誓約もしていない。無理すればその背を撃つ事も出来る」
柚明「ええ。ノゾミちゃんに止めを刺したり、又はその場で停戦の誓約を求めていては、
時間を浪費して桂ちゃんの助けに遅れてしまう。だからここは敢て何もせず、さかき旅館
へ馳せることだけに全力を注いだの。背中からの攻撃にはある程度用心しつつ、仮に攻撃
されても時間を浪費する様な反撃は備えず考えず。もう逃げるに近い感じ。逃げでも負け
でも構わない。わたしはたいせつな人が守れれば」
サクヤ「ノゾミはかなりの痛手を受けていたからね。常識的に考えれば、命拾いしたと柚
明の反転を見送るだろうさ。下手に攻勢に出たら、柚明の反撃以前に、攻勢に出た自身の
『力』の消費や緊張で霊体が崩れかねない」
葛「仇への憎悪憤怒に流されなかったからこそ、即断できたからこそ、守りも反撃も考え
ず全力で馳せたからこそ。間に合えたと…」
桂「舞台が再度さかき旅館のお部屋に移って、ミカゲちゃんとお姉ちゃんの全面戦争で
す」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
22.柚明のミカゲ迎撃。丁々発止
作者メモ「『贄の血……、主さま……』
ミカゲは無感動な声で短くそう呟くと、熟睡した2人の部屋を囲む微弱な結界にその手
を翳し、立ち上る赤い霧で音もなく打ち破る。
桂ちゃんも烏月さんも、疲れ果てて寝入っていた。朝迄起きる様子がない。間近に鬼の
気配が顕れてもぴくりとも反応しない。2人揃って食べて下さいと、お皿に乗った状態だ。
『無防備に過ぎる』『……あなたも!』
桂ちゃん達を見守る為に残した蝶が……ミカゲへの伏兵となった。わたしはそれを遠隔
で操り、不意打ちに来たミカゲを不意打ちした。……ミカゲも思わず仰け反り、離れざる
を得ない。旅館の外の虚空に引いて…」
桂「間一髪だったんだー。わたしは烏月さんの柔肌の隣で、幸せに眠り込んでいて全く気
付けなかったけど、これ生命の危機だよね」
烏月「私も……不覚でした。守る積りが守られ……桂さんにも柚明さんにも申し訳ない」
葛「サクヤさんの突っ込みがないですね?」
サクヤ「もう終ったことさ、桂は無事だったんだし、失敗は経験として次に生かせばいい。
……それよりここは、柚明とミカゲの真っ向勝負だよ。拾年前の夜も息詰まる攻防だった
けど、抜き身の柚明は中々見れないからね」
桂「抜き身の……柚明お姉ちゃん?」
葛「柚明おねーさんが主導する戦い、と言うことでしょーか。前夜の『千客万来の夜』は、
鬼の姉妹が2人掛りで圧倒的で、桂おねーさんを守る縛りもあって、まともな戦いと言い
難かったです。それでも最期に隠し球を用意したり、ただ者でないと悟らされましたが」
烏月「ミカゲ1人なら、桂さんの血を得たこの夜の柚明さんなら。しかも初撃でミカゲを
さかき旅館から遠ざけた。想い人を庇う制約を解消して、漸く柚明さんは存分に戦える」
サクヤ「傷ついた妹を見捨て囮に使い、戦えない烏月や桂を不意打ちする。そんな鬼畜を
柚明が不意打ちで迎え撃つ熱い展開で。力量はミカゲが尚上だけど、主導権は柚明だよ」
作者メモ「(ミカゲは)青い蝶を躱しつつ体勢を立て直そうとする。状況を把握しようと、
尚反撃の機を掴もうと。わたしはその暇を与えず、次々と蝶を放ってミカゲを左右に追い
立て、応対に忙殺させて。
その現身を削り行く。こちらの蝶は攻撃させつつ相手の捕食は躱し、痛手を与えて痛手
を受けず、相殺もせず。相手が百戦錬磨でも完全無欠な訳ではない。一対一で、桂ちゃん
を間近で守る必要がなければ戦い方はある」
桂「相殺させないんだ……相手の攻撃は躱し。こちらの攻撃は、正面からぶつけると相殺
になるからそれをせず、掠めて切り裂き痛手だけ与えこちらの損傷を小さく止め……巧
み」
葛「柚明おねーさんの戦い方は、主導権や前後のタイミング、当て方や受け方、躱し方や
躱させ方、想定外しや想定越えに力点を置いているよーですね。弱者が強者を凌駕できる
戦い方ですが、失敗すると非常に危うい…」
柚明「この時点で戦力比は5対1で、まともにミカゲとぶつかり合っても、わたしだけが
消滅する位かけ離れていたから……わたしは蝶を幾つも『投影』で滞空させて己の気配を
悟らせず、ミカゲを攻撃して動かす事でその集中を崩し探査の暇を与えず、現身を削り続
けることで勝機を求めたの。作者メモです」
作者メモ「防戦に追われ状況を把握できないミカゲは、前後左右三百六十度に赤い力の大
波を放って、蝶の除去と状況の整理を望む。わたしはその大技の発動を見逃さず、蝶を上
方に待避させ、上からまとめて大きく重い一撃を叩き付けた。大技直後の硬直を撃たれ、
鬼の妹の華奢な身体が夜の公園に墜落した…。
『いや、激突の寸前で体勢を立て直した…』
でも既に各所にはわたしの青い蝶が展開していた。赤い紐を伸ばす先から断ち切り、伸
ばそうとするミカゲの赤い霧を逆に引き裂くので、ミカゲは消耗するだけで状況を優位に
転換できない。先攻し場の主導権を握った優位を、最大限活用し追い詰める。
これは機先を制し続けて意味を成す優位だ。攻撃を止めれば消え去る類の不安定な優位
だ。だからそれを、消耗や深手等の確かな結果に反映させる迄、わたしの攻勢は止められ
ない。
ミカゲが攻めを諦め消耗を防ぐ守りに回る。周囲に赤い霧を濃く纏い、それで全ての攻
撃を防ぎ絡め取る姿勢だ。わたしは蝶に一撃離脱の指示を出し……迂遠でも確実にその力
を削り。状況は十年前と似ていたかも知れない。
……堅い守りと強大な力は簡単ではないけど、攻勢を緩めず手を間違えぬ限り、ミカゲ
は時間は掛るけど、倒せない相手ではない」
葛「柚明おねーさん、将棋とか囲碁とか強そーですね。関知や感応を抜きにしても、読み
合いや対応力の巧みさは、相当なものです」
烏月「押しと引きの機微の抑えが的確すぎる。ミカゲがどの様に動いても、柚明さんの掌
の内を出られぬ孫悟空。正に掌握されている」
サクヤ「約束組手みたいな物かね。こうやったらああ行く、ああ行ったらこう行く、って。
相談して為すのではなくて、読み合いの末にこうなったってのは、凄まじいことだけどさ。
……ミカゲは主から生じた為か、自分の強さ不足を自覚する余り、技に走り過ぎている。
巧く戦おうとし過ぎた。考えた戦いは、考える相手なら当然読んでくる。それを上回る程
の実戦経験を、ミカゲは千年の封じで積めてない。若いけど、柚明の方がそれは多かった。
柚明みたいな相手には、下手に考えず感覚で戦うとか、必殺技や強味に頼って強引に押
し切るとか、理非を越えた対応の方が効く」
桂「流石サクヤさん。お姉ちゃんのことを分りすぎていて、羨ましいというか妬ましい」
葛「何もかも知り尽くしているかもですよ」
サクヤ「拾年前まで度々同じ屋根の下だったしね。時に布団や風呂も一緒したり…!?」
烏月「それ以上続けると、理非を越えて切り捨てます。喉を裂けば永久に続けられない」
葛「前触れもなく維斗の切っ先が、サクヤさんの首筋にありますね。居合の体勢でもなか
ったのに……烏月さん更に腕上げてます?」
桂「烏月さんもサクヤさんも、良い判断だと思います。サクヤさんはその先を続けるべき
じゃないなって、わたしも思いましたっ!」
サクヤ「烏月あんた、あたしを切る為に修練して、腕を上げている訳じゃないだろうね」
烏月「邪推ですね。私の修練や刃は、桂さん柚明さんに邪な意図を持つ鬼を退ける物です。
これに脅威を感じるのは、桂さん柚明さんに邪な意図を抱くと、自覚する故なのでは?」
桂「そーだよっサクヤさん。十年前以前から柚明お姉ちゃんに抱いた罪を、ここで全部自
白して、身も心も軽くなった方が良いよ?」
葛「鬼切り役の守り人の意識から、わたしの存在が抜けているよーな気がするのですが」
柚明「本筋に話しを戻しても宜しいですか」
サクヤ「脱線は、この位にしておこうかね」
烏月「丁々発止のやりとりですが、柚明さんが優位を手放さない侭、戦いが進んでいます。
この侭ミカゲの消耗が重なれば勝利も望める。一発逆転される怖れは、尚残しつつです
が」
サクヤ「ところがそうは行かないのが、話しの導きの定石でね。最初から優勢で、その侭
押し切って勝つだなんて、ストーリーとしては一番面白味のない、変化のない展開だし」
桂「確かに。わたしはお姉ちゃんがこのまま、無事押し切ってくれた方が良いんだけど
…」
葛「当事者には、盛り上がりやハラハラドキドキやどんでん返しなんて、要らないですか
らねー。ここで決めれば後が消化試合になるっていう状況なら、迷わず決めたい処です」
烏月「ここで優勢な柚明さんが、ミカゲに休戦を申し入れます。桂さんへの手出しを諦め
る事を条件に。ここは、柚明さんの戦いを好まぬ性分、ミカゲの殲滅が尚難しい事、そし
て読者に霊の鬼の口約束が大きな意味を持つとの情報提示・伏線を兼ねての描写ですね」
サクヤ「この後ノゾミが味方に寝返るからね。最初は誰もノゾミの言動を信じない。仮に
でも受容するには、口約束が一定の効力を持つという下地を、読者に作っておく必要があ
る。
あたしや烏月が、これ迄の経緯があるノゾミの言動を、特段の根拠もなく信じたんじゃ、
現代人の読者が得心しない。霊の鬼は嘘を付きにくい設定を、浸透させておかないとね」
葛「柚明おねーさんの慎重な性分なら、リスクと時間と消耗を伴う撃滅より、桂おねーさ
んへの手出しを止める約束で、手打とする判断もあります。その現実感を背景に描きつつ、
実は霊の鬼の約束の重さを描くのが力点と」
桂「対峙が続けば、ミカゲちゃんは更に力を削られる。消滅を防ぐにはお姉ちゃんの申出
に乗るしかない。それも早めに。だよね?」
サクヤ「ミカゲが本当に弱小になれば、約束せず滅ぼす手もある。条件を厳しくして支配
下に置くのもあり。その話しの間も削られ続けるミカゲは、早く交渉に入るべきだけど」
烏月「ミカゲはまだ、柚明さんより力が大きいから、桂さんの血を諦めきれない。身を削
られながら時間稼ぎして、逆転の隙を窺う」
葛「しかしミカゲさんにも展望はありません。柚明おねーさんは誰かさんと違い、失敗や
うっかりを望み難い。ここはむしろプライドの問題でしょーか。柚明おねーさんに対す
る」
桂「前章の最後、十年前に一度破れた事になっているから、宿敵意識を持っている…?」
サクヤ「アカイイト本編烏月ルートに乗って、ノゾミよりミカゲを柚明の敵にする、作者
の意図が前章の展開から始って実を結ぶ訳だ」
葛「状況はミカゲさんの方が、尚力は大きいのですが。柚明おねーさんは蒼い蝶で、ミカ
ゲさんを包囲し終えており。ミカゲさんは柚明おねーさんの所在が掴めてない。蒼い蝶が
散在して、気配が多すぎて掴めないよーです。これはミカゲさんの『投影』の応用ですね
ー。
あと5回位、ミカゲさんは渾身の反撃を返す力を残してますが。当たれば形勢逆転は可
能ですが。柚明おねーさんの技量の高さから、ここ迄の展開の様に空振りに終る怖れが高
く。それが敗北を決定付ける怖れもあり。迂闊に動けない、動く事が負けを決定づけかね
ない。いつ渾身の反撃をするか、柚明おねーさんの申出を受諾するのか、両者共に神経戦
です」
柚明「そこへ何者かの介入があって、戦局が一変します。これはわたしも想定外でした」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
23.ノゾミの再来、ミカゲの嗜虐
烏月「本文の作中描写から、作者メモです」
作者メモ「(ノゾミ)『ミカゲっ、今よ!』
突如現れてわたしの現身を羽交い締めした華奢な腕の持ち主は、その力でわたしの遠隔
に働かせる力を全て無効化させた。間近で妨害電波を出されては、蝶達に指示が届かない。
『悪いけど、情けを仇で返させて貰うわ。ミカゲの生命には代えられないから。……って、
情けでは、なかったのよね。確か』
ノゾミの表情には、既に脂汗が浮いている。あの侭倒れているだけで苦痛なのに、ここ
迄歩いてきて力を使ってわたしを抑え込むのだ。その無理は、彼女の存在を危うくしかね
ない。
『姉さま……』『何をしているの!』
意外な助けに驚き、立ちつくしているのはミカゲの方だった。動けないノゾミを見捨て、
一人で好機を掴もうとしたミカゲの危機を助けに来た。動きが遅れたのは、状況の飲み込
みに時間が掛ったのは、己の行いを知る故だ。
『不出来な妹の失敗の尻拭いは、姉の役目。
早く、ハシラの継ぎ手を始末しなさい!』
羽交い締めで身体に絡みつき、その力でわたしの力を抑え込む……時間があればわたし
は呪縛をノゾミの現身ごと粉砕できる。でも。
その時間がわたしにはない。わたしより濃く強い現身を保つミカゲが、大きな余力を残
した侭、その全てを解き放って攻勢に転じる。
わたしの指示が届かず制御を失った蝶達が、次々とミカゲの赤い霧に捕捉されて消失す
る。……痛みは腕や足を千切り取られるに近い」
桂「柚明お姉ちゃん、一転大ピンチだよ!」
葛「身動きできない程疲弊していたノゾミさんが、まさかミカゲさんの来援に来るとは」
柚明「作者はここで、ミカゲとノゾミちゃんの間に溝を作った感じね。それは2人の心理
的なものと言うより、読者から見ての印象に。主の復活の為に一体となって動いて映るけ
ど。
実はミカゲはノゾミちゃんを、使い捨ての駒に扱っていると示し。逆にノゾミちゃんは、
そのミカゲの危機に来援することで、情の深さと面倒見の良さを描き、敵でも共感可能と
示す。それは後々桂ちゃんと絆を結び人の側に転向する際に、読者を得心させる布石…」
葛「確かに。妹鬼が傷ついた姉を見捨て囮に使う、等の所行は読者の憤りを募らせますし。
それをノゾミさんは非難や報復するのでなく、見捨てるのでもなく。窮地に陥ったミカゲ
さんを助けるとの、非対称な対応が妙味です」
烏月「いつの世でも、味方を使い捨てる者は敵味方を越えて嫌われる。どの陣営でも、そ
んな裏切り者をその所行を分った上で、敢て助け庇う者は、敵味方を越えて好感を呼ぶ」
桂「ストーリーやキャラ作りの一つの型だね。因果応報の一段上にある感じ。因果応報を
分って、意志でそれを補い乗り越えるみたいな。お姉ちゃんの前日譚には、そんな展開が
多い様な気がします。お姉ちゃんの甘すぎる程の優しさを、これでもかって見せつける様
な」
サクヤ「今考えるべきなのは、目先の柚明の危難だよ。ノゾミの干渉で柚明の蝶が制御を
失って、ミカゲは心おきなく反撃に出られる。こうなるとミカゲの方が力は未だ大きいか
ら。ミカゲは柚明の展開した蝶を、悉く潰して」
葛「尾花を切り刻んだ赤い紐で、両手足を縛って肉を断ち、両手の甲に五寸釘を打ち付け。
えぐいです。本当に描写に配慮もない……作者メモを柚明さんの独白とミカゲの言葉で」
作者メモ「十年前、彼女達が桂ちゃんと白花ちゃんを操ってオハシラ様を還し、主を解き
放とうとした時、妨げ……たのは真弓さんとわたしだった。真弓さんはノゾミを斬り捨て、
わたしはミカゲをあと一息の処迄追い詰め…。
オハシラ様の魂は還されたけど、彼女達が企んだ主の解き放ちは失敗に終った。わたし
が代りに主の封じを担ったから……。
昨夜もぎりぎりの処迄抗って保たせ、烏月さんの来援に繋げる事ができた。桂ちゃんの
血を得たとはいえ、最後迄飲み尽くせなかった事、完全に虜にできなかった事は、失敗か。
……わたしは今夜の不意打ち迄も打ち崩し。
『あなたがいる限り私達の望みは叶わない』
あなたの望みを絶つ事が悲願成就への途」
桂「そういえばそうだよね。この十年ミカゲちゃん側から見れば、全ての企みはお姉ちゃ
んに阻まれてきたんだもの。お姉ちゃんが撃退できなくても、その阻止に必ず関っている。
ノゾミちゃんがお姉ちゃんに抱いた敵意を、ミカゲちゃんも抱いていて全然おかしくな
い。これも、十年前からの経緯を『憶え続けている』お姉ちゃんの章だから描けたのかな
…」
サクヤ「確かに、柚明が繋いでくれたから何とか助かった。アカイイト本編の根には拾年
前から柚明の存在が横たわっている。それをミカゲは見抜いたんだ。柚明を倒さなければ、
鬼の企みは成功しない。ミカゲのこの言葉は第三章で正に実を結び伏線回収されるけど」
葛「今は目の前です。妹鬼は柚明おねーさんの心を手折りに掛りました。作者メモです」
作者メモ「(ミカゲ)『だからあなたに絶望を与える……あなたを戦意の根から掘り崩し、
自ら消え去りたくさせる。あなたの生きる意欲の根を断つ。ここにある己を後悔させる』
『あなたは届かせる者、引き替えに叶える者。あなたの心が折れない限り、あなたが心を
塞がない限り、あなたは代償や反動を承知で自身の何かを引替に成し遂げる、届かせてし
まう……肝心な時程に、あなたが妨げになる』
あなたさえ居なくなれば、あなたが諦めさえすれば、あなたが人を守る意志さえ失えば。
『鬼と鬼の戦いでは、力で圧倒できても……自らの存在を悔い、消して欲しいと願う迄に
追い込めない。戦意を根から断ち、生きる希望を失わせ、その心を闇に閉ざせはしない』
わたしの憎しみを充分その身に刻めない。
消滅も苦痛も覚悟ある者には怖れが薄い。
わたしの屈辱を倍の倍にしては返せない。
『でも、鬼として破るのではなく、女として辱めたなら、あなたの心はどうなるか…?』
『貴女の大切な処から焼き尽くして抉る』」
烏月「ミカゲの嗜虐性、冷酷さ、憤怒の凄まじさが分ります。戦う力を失った状態でこの
鬼に対峙し続けるのは、鬼切部でもきつい」
葛「ここでノゾミさんが、ミカゲさんの嗜虐を止めようとします。嬲り殺しをやめ、早く
止め刺せとの中身ですけど。この段でノゾミさんが、深く憎む柚明おねーさんへの拷問を
厭うのは。自身が見逃して貰えた事への恩返しとか可哀想とかではなく。余計な手間や時
間を掛ける事で、柚明おねーさんが何か策動しかねない。その危険を考慮しての様ですね。
更に言えばノゾミさん自身も相当危うい為に、早い決着を望む処もある様で。桂おねーさ
ん、すっごい勢いで頷きまくってますけど…?」
桂「ノゾミちゃん正解っ。幾ら敵でも、やって良いことと悪いことがあるよ。綺麗な女の
子相手にこんな酷いこと……わたしの柚明お姉ちゃんを。鬼の風上にも置けないよっ!」
サクヤ「ノゾミの反対は、桂の印象と違う中身だけど。ここはミカゲへの不賛成が読者に
も好感を与えて、ミカゲ共々の鬼畜認定を回避し、後々に余地を残したって処かね。情け
じゃなくてミカゲと違う応対、ってのが作者の巧さだね。この時はまだ、敵同士だから」
葛「情けで柚明おねーさんへの嗜虐を止めようとしては、この時点ではノゾミさんという
キャラクターを、壊してしまいますからね」
柚明「ここでミカゲがノゾミの抑止に、声を荒げて逆らいます。嗜虐を止めない。それに
よって、これ迄感情を完璧に制御していたミカゲが、実はわたしに関して、主を解き放つ
という本来目的以上に、拘りがあると示す」
烏月「ミカゲにとっての宿敵が柚明さんだと言う事を、ミカゲの言動から明かす訳ですね。
本来目的を私憤で押しのけ、置き去りにしての暴走、それは霊の鬼の自己否定に近い失陥
です。何の為にあり続け何の為に戦うのかを見失っては、正に試合に勝って戦に敗れる」
桂「ただ、ミカゲちゃんが戦に敗れたとしても、お姉ちゃんの勝ちとは言えないよ。お姉
ちゃんは甚大な痛手を負っていて、『一片の残花』みたいに消えちゃいそうだものっ…」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
24.白花とサクヤ来援。休戦協定
葛「柚明おねーさんとミカゲさんの応酬から作者メモです。この2人は、本当に生と死の
線上を跨いで戦い続けられる、それで尚怯みもしない、お互いに希有な人物同士です…」
作者メモ「(ミカゲ)『諦めの笑い? 捨て鉢の笑い? 或いは』
(柚明)『わたしの笑みは、成功の笑みよ』
或いはあなたの、失敗への笑み。
視界の隅に蝶が一羽映っている。
『蝶はさっき、私が全て消した筈』
まあ良い。一羽位いても幾らの戦力にもならないし、姉さまと私で抑え付けているから
あなたの指示は届かない。予め与えられた指示以上に動けぬ蝶が一羽いても脅威ではない。
『姉の忠告は、聞いておくべきだったわね。
止めは刺せる時に刺しておくべきだった。
……わたしの一番は常に、たいせつな人の幸せと守りよ。あなたにも、何度かそう言っ
た筈だけど、聞いてなかった?』
身体を捧げ、生命を捧げ、この想いの消滅迄も受容したわたしが、今更現身を壊された
位で己を砕かれ、心が闇に沈むと思ったの?
『あなたは桂ちゃんの血を得られない。ここでわたし相手に時を浪費した為に。自身の悲
願を脇に置き、私的な恨みを晴らしに道を逸れた故に。それはあなたの甘さ、不徹底さ』
あなたは一体何者で、何を目的にあり続けてきたの。あなたの一番たいせつな願いは何。
さっきから為しているこれは、その為の事?
『想いに不純物が混じっているわね。それでは、千年生き抜いたって悲願には届かない』
わたしは情けでノゾミを見逃した訳ではない。実際ミカゲの妨げは間一髪だった。ノゾ
ミに拘っていれば、桂ちゃんは奪われていた。ノゾミが無理を押して出てきて挟み撃ちに
逢うとは思わなかったけど、こうなった末で尚わたしはこの判断が間違いないと言い切れ
る。
わたしはたいせつなひとを常に一番に想う。それ以外はわたしの想いも後回しで構わな
い。想いの強さ深さは年数に関係ない。千年生きた末に数回妨げられた位の憤りで、脇に
置く様な軽い悲願に、わたしの想いは折られない。
『わたしは時間を得たわ。痛み苦しみと引き替えに、少しの時間を。この状況をひっくり
返せる、強い味方が来てくれる迄の時間を』
血塗れの笑みは凄絶だったかも知れない」
烏月「千年抱き続けた想い……言葉にすれば数文字だけど。千年諦められなかった妄執を。
作者も実感が掴めず描写に困る程重い言葉を。ここで柚明さんに論破させる。しかも不純
物、甘さ、不徹底さと言い切らせる。強い…!」
サクヤ「柚明がミカゲを圧している。ミカゲも神話時代に遡っても、主と一体だった頃に
遡っても、経験なかったんじゃないのかね」
葛「しかもこの応酬による時間稼ぎが、まさかの再度の局面転換を招きます。これは柚明
おねーさん粘り勝ちと言って良いでしょー」
桂「白花ちゃん! 間に合ってくれた……」
サクヤ「ここは作者のミスリードだよ。柚明が間に合えたって言ったのは、白花じゃなく
てあたしだったんだ。柚明は白花じゃなくあたしに蝶を放っていた。柚明がミカゲとの戦
いに展開した蝶は、一羽残らず消失している。帰った蝶があるなら導かれたのはあたし
…」
烏月「彼は内に主の分霊を抱えているので、主に繋る鬼の気配を遠隔からも察する事が出
来る様です。桂さんの様子を見に近辺まで来て、彼女らの気配を感じ取ったのでしょう」
葛「ここはアカイイト本編烏月さんルートにおける、ノゾミさん達との対面描写を流用し。
白花さんの立場を柚明本章でも示した感じで。元々の鬼への怒りに、柚明おねーさんへの
仕打ちへの怒りが加わってますが、展開は同じ。怒り憎しみを白花さんは力にできない。
内なる主に力を与え、制御を外れてしまうから」
柚明「わたしが力不足だった為に、白花ちゃんに負荷を掛けて……この時点では、彼は清
浄な結界で身を慎んでも、余命がどの程度あるかという状態だったのに。わたしの為に」
葛「しかし彼が現れなければ、柚明おねーさんは消滅していましたよ。依代であるご神木
は無事だから、長い年月の末には復する事も可能な『ノゾミさん達の設定』は通じません。
ご神木は唯の依代ではなくて主の封じです。柚明おねーさんが封じの要として機能でき
なくなれば、主がご神木を内から破って顕れて、依代が壊れ柚明おねーさん復活の芽も消
える。ここは白花さんが来てくれたお陰で助かった。
サクヤさんの登場には、尚少し時間が掛りますから。白花さんの介在は良い繋ぎでした。
蝶はサクヤさんを導き招きつつ、柚明おねーさんを案じて、早く帰ってきたのでしょー」
烏月「ここで漸く、鬼側と人側の戦力が再度均衡します。ノゾミ、ミカゲ、分霊の主に、
柚明さん、サクヤさんと彼で三対三。サクヤさんがミカゲに対して有利だけど、柚明さん
とノゾミは双方長く保たない程に酷い状態で、彼は主の分霊と均衡して見えるも不透明」
桂「サクヤさんが来てくれて、お姉ちゃんの側が有利になったかと思ったけど、そうでも
ない……サクヤさんがミカゲちゃんに優勢なのが、目立って映るだけで。早く決着しない
と危ういのは、お姉ちゃんの側も尚同じ?」
柚明「ええ。サクヤさんのお陰でほんの少し有利だけど、先行きは見通せない。鬼の側で
形勢を悟ったのはノゾミね。自身を見捨てて良いから、ミカゲに逃げてと促したけど…」
葛「サクヤさんの射程に入ってしまったので、逃げられませんでしたね。ただこれでノゾ
ミさんは再度更に株を上げました。助けに来たノゾミが、自身の消滅を承知でミカゲに逃
げてと促す妹思い。柚明おねーさんの嗜虐に拘ったミカゲの失陥直後だけに、姉の指示に
逆らった結果のこの事態だけに、際立ちます」
烏月「柚明さんがノゾミに囁いた言葉から作者メモです。ノゾミは休戦を提案した柚明さ
んの意図を訝り、死が怖いかと挑発も兼ねた探りを入れますが、柚明さんの答は率直で」
作者メモ「あなたのたいせつな物は何? あなたの成し遂げたい事は何? あなたはここ
でわたしと相討ちで消える事が千年の望みだったの? その生と死は誰の為に捧げるの?
その存在と想いは何の為にあるの?
今ならミカゲはまだ大丈夫。あなたも、静かに歩けば依代迄、辿り着けるかも知れない。
わたしは消滅を望まない。桂ちゃんと白花ちゃんを守らなければならないのに、一番た
いせつな人を守る為以外の事で、自身が消えるのは望まない。生命は惜しい。たった一つ
しかない、たいせつな人を守る為にこそ抛つ生命を、今ここで無駄に失う事が惜しい!」
桂「すごいよね。ここで休戦の申し出って」
葛「桂おねーさんを守る為に、尚生き続けたいと、死や消滅を怖れると明言できた柚明お
ねーさんに、ノゾミが気圧されています…」
柚明「ここ迄ならないと、休戦も出来ないのって見方もあるけど。ここ迄泥仕合して均衡
しないと、休戦の機運は生じない。隠し戦力や強味を残していると、勝算ありと思うから
戦意も残り、休戦も和解も整わない。延々殺し合った末に漸く講和する戦争に近いわね」
烏月「戦いに通暁した者でなければ、至れない真理でしょう。日々の平穏を愛する柚明さ
んが語るのは、不似合いかも知れませんが」
サクヤ「日々の平穏は、平穏を望む者の武力によって保たれている。安全保障の基本だろ。
人の世を守る鬼切部が、正にそうじゃないか。本当に平和に通暁している者は、戦にも通
暁しているんだ。本文描写から作者メモだよ」
作者メモ「(ユメイ)『それにあなたよりむしろ妹が危ないわよ』
ミカゲはサクヤさんに押しまくられていた……下手をするとノゾミより先に消されそう。
『不出来な妹の失敗の尻拭いは、姉の役目』
だったわよね……あなたが今退く事を受け容れれば、ミカゲも助かる。その促しに、敵
からの休戦の申し出に、ノゾミは不快そうに、
『偽りだったら、唯じゃ済ませないわよ?』
それはわたしへの疑いと言うより、サクヤさんを確実に止めてという事だ。確実に約定
が為されるかを心配している。自身よりノゾミは妹の身を案じている。その惑いと不安に、
わたしは敵対の立場を越えて奇妙な共感を…。
『……互いに、妹には苦労させられる様ね』
ノゾミが口にした事はほぼわたしの想い。
でも彼女がそんな事をわたしに語るとは。
『その苦労こそ姉の楽しみであり幸せよ』」
烏月「作者は妹思いの一点で意識的に、ノゾミと柚明さんを同類項に纏めています。これ
も将来のノゾミの転向を睨んでの、読者への下地作りでしょうか。奇妙な共感を抱ける」
桂「苦労させている妹のわたしとしては…」
サクヤ「柚明も苦労は否定してないからねえ。
あたしはこの時は、速攻でミカゲを倒す一心だったけど。それが柚明と白花の助けにな
ると思っていたけど。押し気味ではあっても中々倒しきれなくてね。一方柚明は戦い全体
の収拾を考えていたと。戦略眼って奴かい」
柚明「ごめんなさい。サクヤさんの力量は分っていたけど。この時は素早い決着が必須で。
サクヤさんがミカゲを倒すより、早く戦いを終らせる術があるなら、それが最善って…」
葛「白花さんとミカゲの関連ですね。休戦成立後に語られる中身ですが。ミカゲはどの位
その事情を承知で、休戦を受け容れたのか」
桂「わたしはお姉ちゃんが、相打ちで消えるなんて見たくないから。戦いが終ってほっと
したよ。問題は残ったけど、敵も残ったけど。それより何より、お姉ちゃんが生き残れ
て」
葛「漸く休戦成立です。白花さんは内なる主を抑え込み、鬼の姉妹は撤収し、サクヤさん
は追撃を行わず。凄惨な戦いは終りました」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
25.消滅寸前・白花の願い
桂「戦いは終ったけど、お姉ちゃんの痛手が酷すぎるよ。治さないと……作者メモです」
作者メモ「『酷い。こんな状態になって』
『わたしの本質は霊体だから大丈夫。肉を保つ身なら致命傷だったかも知れないけど…』
幾らも回復の力を生み出せない。出血が減って体温が下がり始めるのは、現身がその形
を失う前兆だ。もう人の身体の偽物としても機能しなくなりつつある。折角桂ちゃんの血
を貰ったのに、結局消滅が少し延びただけか。
『治るから大丈夫って問題じゃないだろう』
痛いじゃないか。苦しいじゃないか。見ているだけで、こっちの胸が締め付けられるじ
ゃないか。あいつら、幾ら敵でも女の子にここ迄酷いことするのかい。身体の傷は癒せた
って、あんたの心には深い傷が残るだろうに。
『やっぱり奴ら、生かして返すべきじゃ…』
『これで良かったの。主の影響を受けた鬼が近くにいると、特にミカゲが近いと白花ちゃ
んが悪い影響を受けます。白花ちゃんと言うより、その内の主の分霊が活性化される…』
夜と言うだけじゃない。主に近いだけじゃない。……主の分霊とミカゲは連動している。
深く繋っている。近くいさせてはならない」
烏月「主の分霊同士ですからね。ミカゲが彼に近い事で、彼の内の主が強化されるのかも
知れない。柚明さんの察しは正解かと…」
葛「ここから暫く、サクヤさんの懺悔トークになりますね。柚明おねーさんが消滅しかけ、
生への執着を失いかけるのに対し。柚明おねーさん最大の執着である桂おねーさんの話し
を振って、必死に此岸に繋ぎ止めようと…」
桂「ここ、地味に『一片の残花』に近いよね。お姉ちゃん、透けて消え掛って。第2章中
盤なのに、まるでアカイイト本編終局みたい」
サクヤ「危なかったよここは。白花が、桂と同じ濃さの贄の血を持つ、あいつが居てくれ
なかったら、柚明はダメだったかも知れない。本当に助かった。白花が来てくれて本当
に」
葛「それを素直に喜んで受け取れない、柚明おねーさんの事情も、あるんですけどねー」
烏月「この時柚明さんを救うには、もう一つの問題を早急に解決せねばなりませんでした。
それは柚明さん自身が宿すもの……作者メモです。本文描写から彼と柚明さんの会話を」
作者メモ「『……今、贄の血を』『だめっ』
『わたしはもう贄の血は飲まない。人の血は、飲まない。飲んじゃ駄目、絶対に……』
この侭では生きたい想いから身体が血を求めてしまう。差し出される血を受け取ってし
まう。それは駄目。もうこれ以上、わたしが生き延びる為にたいせつな人を傷つけるのは。
『わたしはサクヤさんとは違う。現身を保つ為に、守り戦う為に、血を必要としてしまう。
ないと保てない。でもその為に、守りたい人が傷ついて生命を削られ、死に歩んでいく』
……頬にかかるたいせつな人の鮮血を、わたしは喉から手が出る程求めていた。生きた
いと、身体中が渇仰していた。大切な人を傷つけたその成果を、欲して堪らなかった……。
何という浅ましい。呪わしい。これ程身を苛む瞬間は初めてだった。ミカゲに胸を潰さ
れても、主に身体を引き裂かれても、こんな絶望は抱かなかった。己が己に背信している。
たいせつな人の為に、自身の何もかもを抛てると信じていたわたしが、捧げられると想
っていたわたしが、差し出せる筈だったわたしが、その人を傷つけ、その生命を欲すとは。
『わたしは、大切な人を傷つけないと己を保てない。大切な人の生命を削らないと存在で
きない。大切な人を、守りたかった筈の人を、害する事でしか自身を保つ事もできない
…』
わたしがいる事自体が災厄になる。
わたしがある事自体が負荷になる。
『わたしは桂ちゃんの血を受けてしまった』
望んで差し出されたとはいえ、その血を啜って力に変えた。己に受けて生命を繋いだ。
わたしは桂ちゃんの身体に害になる事を為してしまった。その害になる存在に堕ちていた。
わたしは正に、悪鬼だった。その上でその上で尚白花ちゃんの血迄飲むと? 啜ると?」
サクヤ「柚明が抱く罪悪感の根深さに、身震いしたよ。あたしは桂か白花の血を柚明に与
えればいいって、思っていたけど……それは間違いじゃないけど、大きな間違いだった」
葛「理屈上可能でも、意志が揃わなければ実現できない。贄の血を受ける意志がなければ、
例え贄の血があっても柚明おねーさんは…」
烏月「この翌日の夜、柚明本章第二章の終盤から第三章冒頭に掛けて、私が柚明さんに問
うた事は、この夜に既に越えていたのですね……ならば私の問は全て蛇足だった訳です」
桂「サクヤさんがお姉ちゃんの決意に息を呑む中、それを崩す事が出来たのは、わたしと
並んでお姉ちゃんの一番の人でした。お姉ちゃんと白花ちゃんの応答から作者メモです」
作者メモ「『頼むから僕の血を飲んでくれ』
『僕の唯一の願いなんだ。最期の望みなんだ。
僕の為に、ゆーねぇを愛する僕の為に、生きて貰いたい。悪鬼でも良い。血を啜る鬼で
も良い。人に害を為しても罪深くても構わない。僕の生命が必要なら全部あげるから!』
その罪は全部僕の血が受け止めるから!
昼の事も全部受け容れる。それがゆーねぇの心からの望みなら、それも受け止めるから。
白花ちゃんはサクヤさんに具体的な内容を報せぬ様に努めつつ、わたしと主の関り迄を
受け容れると。飲めない物も飲み込むからと。
心に無理を強いる様が、痛々しい。果してわたしに、白花ちゃんにそこ迄させる値があ
るだろうか。幼い日々を過しただけで、そこ迄苦痛や困難を与えたわたしに。わたしは彼
を、過去や想い出に縛り付けているのでは…。
『だからゆーねぇも、今回だけで良い、これを飲んで。お願いだから、白花の心からのお
願いだから、これで自身を取り戻して。僕のゆーねぇを、僕の前から失わせないで!』」
サクヤ「結局、柚明の一番の人の本心からの強い願いが、柚明の想いを押し切った。桂か
白花でなければ、これは叶わなかったから」
柚明「白花ちゃんがこの時点で、既に死を越えて疲弊している事は分っていました。気力
で無理矢理保たせていることも。この時点での失血は、例えほんの僅かでも、その身を動
かす想いを揺らがせ、崩しかねないことも……それでも、わたしは彼の血を受けてしまい
ました。彼の生命を、彼の最期の気力を…」
桂「それが、白花ちゃんの願いだったから」
烏月「いずれが悔いを背負うのか、の判断だったのですね。彼の血を拒んで柚明さんが消
失すれば、柚明さんはたいせつな人を傷つけない決意を貫いて終われる。でもその後、柚
明さんを目の前で失った彼は、絶望と自責で壊れかねない。仮に壊れなくても、その生命
の最期まで、深い悔恨に心を苛まれ続ける」
サクヤ「この後で、白花が柚明に謝ったのは。柚明が折れて白花の血を受けて生命を長ら
え、彼を傷つけた悔恨を背負わせた結果に。柚明に生きて欲しいのは白花の想いの押しつ
けで。この時点での柚明の幸せかどうかは微妙だよ。
生き残れたら鬼との辛い戦いが待っていて。又桂や白花の血を呑む展開もあるかも知れ
ず。何より主の封じは千年万年続くから。死んだ方が幸せ、なんて簡単に言えないけど、
死んで楽になりたいって状況も世にはあるんだ」
葛「柚明おねーさんは白花さんの為に……彼の想いを受けると言うより、彼を悔恨の淵に
落さない為に、自身の悔恨を選び取った?」
柚明「そんなに何もかも考えて出来た訳ではないわ。唯白花ちゃんを思う中で、何が最善
なのか、迷い迷って辿り着いた結果がこれで……正解が何なのかは今でも自信がないの」
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26.4日目だけど「運命の3日目」に
葛「サクヤさんが場を外したのは。柚明おねーさんと白花さんの時間が、夜しかない事に
気遣ってですね。白花さんの血で回復した柚明おねーさんが、白花さんを癒す永久機関っ
ぽい自転車操業で、何とか互いに持ち直し」
桂「十年前以前を憶えている同士の絆が、なんだか羨ましい。何となく通じ合っている」
サクヤ「あたしも拾年の間、白花とは殆ど接触できてなかったから。積る話しも多くてね。
挟まりたくて未練タラタラだったけど。白花も柚明と同じく、ご神木を巡る関係が特に深
いと分るから。この時は場を譲ったんだよ」
柚明「有り難うございます、サクヤさん。白花ちゃんとのお話しも触れ合いも、この夜は
とっても貴重でした。わたしの宝物です…」
桂「はい、はい次行きます。夜が明けて翌朝は4日目です……烏月さん、お願いします」
烏月「アカイイト本編はどのルートも、桂さんが経観塚へ来訪した、4日間の話しだけど。
柚明本章は、柚明さんルートに他のルートのエピソードを接ぎ木した結果、6日間になっ
ている。でもそれは作中に明示がないから読者は分らない。手探りな感じだったと思う」
葛「そーですねー。ここ迄で既に、烏月さんルートのエピソードがあったり、柚明おねー
さんさん視点でのオリジナル描写もあったり。この先への広がりが読み切れない。アカイ
イトの二次創作でこれ程分量多い作品も希有なので、その先行きも見えてない。一応アカ
イイト本編から大きな乖離はなさそうに見えるけど、それもどうなるかは展開次第ですし
ね。作者自身もこの話しがどこ迄伸びてしまうか、読み切れてなかった位なので。読者が
推察できないのは当然ですが、規模や発想の底を見抜かせないという点では、成功かもで
すね」
サクヤ「(柚明に頬を寄せて囁き合い)桂の嫉妬かね。白花と柚明の話しを流すのはさ」
柚明「可愛いわ……いつもの桂ちゃんです」
烏月「桂さんは4日目も羽様を訪れたんだね。それも今度は羽様の屋敷より柚明さんを
…」
桂「うん。烏月さんとは前の日に絆を繋ぎ直せたし。でもそのお陰で『ユメイさん』との
関りを後回しにした感じがあって。烏月さんもサクヤさんも、ノゾミちゃん達が相当面倒
な相手だから、わたしの危険回避を優先して、『この日夕刻の経観塚発の列車で町へ帰
れ』ってことになって。その代り日中は羽様に連れて来てもらえたから、この機を逃した
らもう『ユメイさん』と逢えなくなるかなって」
葛「柚明おねーさんのルートでは、朝方に桂おねーさんとサクヤさんが小さく仲違いして。
それを抱えた侭桂おねーさんの崖落ちイベントが生じ。サクヤさんが随分傷心する展開が
あったと思うのですが……省かれてますね」
サクヤ「あたしの驚愕も傷心も、原作と違いないけどね。たまげたよ。羽様の屋敷へ無断
入居していたあんたに関っている間に。日中に現身を取れない筈の柚明が、血塗れの桂を
抱えて顕れて。いつの間にか桂が崖落ちして、瀕死だったって。平静じゃいられないだ
ろ」
柚明「日中はわたしの関知や感応が、経観塚の町まで届かない設定だから。アカイイト本
編のわたしルートにあった『小さな諍い』は、作者も省いた方が良いと、判断したみた
い」
烏月「省いても成立していますから。あのエピソードは、まだ不確定な存在の柚明さんを、
恋い焦がれ追い求める桂さんを描きたかった。桂さんを気遣うサクヤさんと衝突して迄も
と、いう辺りだと作者も推察している様ですね」
サクヤ「桂視点なら残したいエピソードだけど、柚明視点では重要度は低いと……。一応
取捨選択はしているんだね。作品分量が長すぎると、合言葉の様に言われているけどさ」
葛「そして桂おねーさんが羽様の山に登る前、屋敷に付いた処で、本作最大の見せ場で
す」
桂「葛ちゃん登場……だけど、わたしはここでは逢ってないんだよね。見かけただけで」
葛「たはは……ここではわたしの不法滞在がサクヤさんに見つかり、捕まってしまうので。
桂おねーさんはその隙を縫って、羽様の山に登るので、わたしとはすれ違いになったんで
すよね。初登場は、大きな空振りでしたー」
サクヤ「頭と口の回る小さい奴だったからね。お供の狐も少し変った雰囲気だったし。気
懸りで問い詰めていたら、桂がいつの間にか」
柚明「前の日も桂ちゃんはわたしに、ご神木に会いに来ようとして。それとなくサクヤさ
んに妨げられていたから。サクヤさんには帰る前にもう一度羽様の屋敷を見たいと言って、
最初からその目を盗んでご神木へ来る気で」
サクヤ「やられたよ。桂の身代りの術には何回か引っ掛ったんだけど。この時は尾花に身
代りさせようとした、その葛を身代りにして。拾年前以前も桂は、かくれんぼで『白花を
見つけさせて自分が逃れる』って身代りの術を使っていたけどね。気配がほぼほぼ同質だ
から、時折あたしも見抜ききれなくてさー…」
烏月「まさか……初めてでなかったのですね。3日目昼に、私が桂さんと彼の気配を誤認
したことは、決して偶然ではなく、むしろ…」
柚明「桂ちゃんと白花ちゃんの区別は、明瞭に付きますよ? 見分けられない人もいるみ
たいだけど……叔母さんもそうだった気もするけど……一緒に暮らしていれば分ります」
桂「サクヤさんやお母さんに通じた幼い日のわたしの特技が、お姉ちゃんには通じなかっ
たんだよね。思い起こせば捕まってました」
サクヤ+烏月「「……」」
葛「視覚や聴覚に頼りすぎる事が危ういのと同様、気配や第六感に頼りすぎるのも危うい
ということなのですね。そしてわたしのインパクトやや弱い登場を経て、話しは佳境へ」
桂「ここはアカイイト本編のお姉ちゃんルートに沿って、わたしの羽様の山登りを描き…。
一休みした処で、原作通り空気が重くなった描写があったけど、あれはやっぱり白花ち
ゃんと烏月さんの戦いの余波だったのかな」
サクヤ「原作に明示はないけど、作者はそう読んでいるね。ただ、ここで烏月も白花も現
れないのは、後で登場するからと言う以上に。原作には、一呼吸置いて読者を肩透かしさ
せ。桂が風の音にもビクつく普通の女子高生だと、強調する意図もあったんじゃないかっ
て…」
柚明「いよいよ桂ちゃんの危難が迫ります」
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27.消失を覚悟し、主を振り切り
葛「桂おねーさんの危難を、ご神木の中で柚明おねーさんは、事前に察知していたのです
ね? 確かに桂おねーさんが崖落ちしてから動き出しては、手遅れな感もあるので。決意
を固めて事に臨む方が、納得は出来ますが」
柚明「そうね……桂ちゃんは、アカイイト本編のサクヤさんルートや葛ちゃんルートでも、
崖落ちしている。羽様に白花ちゃんと烏月さんが揃った時点で崖落ちは、山登りした桂ち
ゃんの運命に、低くない確率で伴うみたい」
桂「わたし、羽様で落ちる運命だったの?」
サクヤ「帰宅ルートやノゾミルート、烏月ルートでは生じないけど。それでも複数ルート
に跨って在るからね。現代社会の女子高生が、崖落ちするなんて余り考えられないし。確
率論では説明しきれない偏りを感じるね。原作者の意図とか、作品構成上の都合とかの
さ」
葛「柚明おねーさんはもっと前の時点、例えば前日夜にもそれを察知して、桂おねーさん
やサクヤさん、烏月さんに注意を促すことは、出来なかったのでしょーか? 予め分って
いたなら、山に登らないとか羽様に来ないとか、危険回避出来たのではないかと、思いま
すが。オハシラ様の告知なら、桂おねーさん達も信じる確率は、相応に高かったでしょー
し…」
柚明「わたしが崖落ちの像を視たのは、この日桂ちゃんが羽様に来て山を登り始めた時よ。
条件が揃わないと生じず、視えてこない類の定めだったのね。ご神木に宿るわたしに日中
この危機を伝える方法がない。ではどうすればたいせつな人を救えるか。作者メモです」
作者メモ「(ユメイ)【……構わない】
その後に何が待とうとも。何も待っていなくても。待つ物が存在しなくても。わたしは、
たいせつな人を守る為に鬼の生を選んだのだ。
【昼の光が目に入らないのか。器の血を得て力を増しても、全ての魂をつぎ込んでも、現
身は数分保たぬ。一昨日の左手を思い出せ】
主がわたしを止めようとしていた。主は本気でわたしを案じていた。己を封じるハシラ
の継ぎ手の身を想い、自由を求める己の本意に反しても、わたしの生命を繋ぎ止めようと。
例え桂ちゃんを救えても、わたしの消滅は確定だった。今度こそわたしに帰り道はない。
そしてわたしの消滅は主の復活も確実に招く。わたしはその後に何も守れない。何も残せ
ない。関れない。為し得ない。わたしの消滅は桂ちゃんを助けに出る時点で確定する。で
も、
【それだからこそ、届かせられる!】
生命を差し出せば、生命を救える。
わたしだからこそ、それが為せる。
【贄の娘、お前ミカゲに、己の星を】
『あなたは届かせる者、引き替えに叶える者。あなたの心が折れない限り、あなたが心を
塞がない限り、あなたは代償や反動を承知で自身の何かを引き替えに成し遂げ、届かせ
る』
【教えてくれたのは、主、あなたですよ】
及ばせる。届かせる。例え昼の光の中でも、現身が全て灼き尽くされても、想いが欠片
に迄砕けても、絶対死なせない。その定めを。
『ねじ曲げて、手繰り寄せ、引き寄せる!』
奇跡は求めない。唯わたしの出来る限りを、唯わたしの及ぶ限り、唯わたしの想いを最
期の最期迄。わたしは生贄になったその後迄も、何かに身を捧げないと堪らない存在らし
い」
烏月「自身の勝算どころか生き残りも考えず、身を差し出す事で桂さんの生命を掴み取
る」
サクヤ「発想の転換が最強だよ。そこで竦むんじゃなく、奮い立つってのは。そんな人間
でなければ、成し遂げられない奇跡かねえ…。
いや、この時点ではまだ奇跡が為せるかどうかも分らない、というより、柚明は桂の死
に殉じようとしているだけの状態だったね」
桂「柚明お姉ちゃん……わたしの、ために」
柚明「桂ちゃんと白花ちゃんに、代えられる物はないわ。わたしが封じの要を引き受けた
のも、一番たいせつな2人のため。誤解で桂ちゃんが生命落したり、白花ちゃんが自身を
苛む様な結末は、絶対あってはならないの」
サクヤ「柚明のこの飛び込みは、白花に悔恨を残させない為の無茶でもあった訳かい…」
烏月「ここからは、暫く桂さん視点と柚明さん視点が交互に入ります。原作通り桂さんが、
私と彼の交戦に鉢合わせ、彼を鬼と見て森を走り、崖から落ち。柚明さんは日中に現身を
取れる時間は僅かなので、タイミングを合わせつつ力を結集して、機会の瞬間を窺い…」
葛「落ちました。柚明おねーさんが顕れて」
サクヤ「現身を削られつつ桂と一緒に落ちて。浮ぶ力も出せなかったんだね。二人して死
に瀕し。柚明も癒しの力を使えず消失を待つだけで、即死を避けたと言っても桂は致命傷
で。
双方共に残れない。生きられない。柚明の切迫した心情が痛い程だよ。でもここで桂に
天啓が降りてくる。贄の血を、飛び散った大量の桂の血を柚明が呑めば、2人は助かる」
柚明「この時はわたしも思い至らず。愛しい人の血を受けることを罪と捉え忌避したこと
で、視野が狭まって。その為に視えた未来も、己の消失と桂ちゃんの喪失でしかなくて
…」
烏月「桂さんは柚明さんを想う故に、柚明さんに血を残したい位の想いだったと、作者は。
桂さんのその想いが途を切り開いたのですね。正に存在しなかった、2人が生き残る途
を」
葛「柚明おねーさんの独白で作者メモです」
作者メモ「生命を……想いを重ね合わせた。
絆はもう引き剥がせない程絡み合っていた。
わたし達は共に『一』に満たない生命を持ち寄って、重ね合い、死を越えて生を紡いだ。
わたしにだけではなく、桂ちゃんにもわたしの赤い糸が絡みついた。わたしは桂ちゃんの
一部だった。桂ちゃんはわたしの一部だった。
桂ちゃんの死の定めをねじ曲げただけではない。わたしも死を越え、消滅の定めを突き
抜け、その先で生れ直した。わたしは桂ちゃんの生命と想いで、再び確かなこの身を得た。
傷口を塞いだ桂ちゃんを抱えると、間近な羽様の屋敷に歩いて向かう……屋敷には使え
る布団があった筈だ。幸い住環境は家出少女達のお陰で、悪くない位に整えられてある」
葛「話しの転換点です。以降桂おねーさんは、さかき旅館へ戻らず、場面は経観塚から羽
様に移り。柚明おねーさんも、大量の贄の血を得て昼も現身を取り続け、ご神木に戻らな
い。拾年前以前を抜きにしても、もうこの絆は解けません。誰にも解きようがないですよ
…」
サクヤ「明記はないけど、ここで実質の換骨奪胎は終っていたって事だね。このとき桂を
危難から救ったのは柚明で、柚明を消滅から救ったのも桂で。絆の深さからも。作中にお
ける烏月の立場は、ヒロインでなくなった」
烏月「異論ありません。桂さんを助けたのは柚明さんです。この時の私は桂さんを失った
と思いこみ、結末を確かめる勇気なく。その八つ当たりを彼にぶつけ戦いの継続に逃げた。
ヒロインの座は相応しい者が得るべきです」
葛「最大の危難を凌ぎ、舞台は羽様の屋敷に移ります。桂おねーさんとわたしの出逢へ移
りますが、その目覚めの前に少し挟まるのが、柚明おねーさん視点の柚明本章ですねえ
…」
「第8回 柚明本章・第二章『想いと生命、重ね合わせて』について(乙)」へ戻る