第8回「柚明本章・第二章 想いと生命、重ね合わせて」について(乙)
10.登場できなかったあの少女
桂「ここに実は作者さんが、お姉ちゃんの章の執筆中、一番に思い悩んだ隠れポイントが
あるんだよね? 結局不採用だったから作中描写には欠片も残ってないけど。だから明か
すのも今が初めてだけど。それもまさかの」
葛「奈良陽子さんと柚明おねーさんの絡みですね。作者さんは無理筋でも描きたくて悩み
に悩み、『作中に不要』との自身の結論に納得しきれず。最期は泣く泣く諦めたとか…」
烏月「作者は奈良さんに、随分ご執心だった様ですね。奈良さんと言うより、奈良さんと
柚明さんの絡みに、なのかも知れませんが」
サクヤ「作者メモだよ。作者が柚明と奈良陽子の絡みを特に好んだ事情について。聞いて
みれば、まあ平凡な理由だったんだけどね」
作者メモ「正直ここは大長考しました。何とか柚明と陽子の絡みを描きたかった。柚明と
陽子はアカイイト本編中、直接の絡みはない。なので桂の携帯を通して言葉を交わすこと
も、不適切と分りつつ。本編には不要と分りつつ。互いを認識し合うことは出来なくても。
微かな不自然さを感じさせる位は、その向こうに柚明の存在を仄めかす位は、出来ないか
と」
サクヤ「ご執心だね。本編では顔も出てこない声だけの存在なのに。肉の体のないこの頃
の柚明と、共通点はあるかも知れないけど」
葛「作者さんは、似た者同士を並べて重ね合わせて微妙な相違を浮き彫りにしたり、対照
的な者を対置してその違い具合を描いたりすることを、好みます。作者さんの好み的には、
柚明おねーさんと奈良さんは対照的な人物像であり、是非並べてみたい組み合わせかと」
桂「女の子らしさとボーイッシュな感じとか、落ち着いた感じとおちゃらけた感じと
か?」
葛「それも正解の一部かも知れませんけど」
烏月「ファンブックの人物相関図では、奈良さんは特に誰かと対置されていませんが…」
サクヤ「そもそも載ってないしね、その人物相関図に奈良陽子の存在は。さかき旅館の女
将や駅員秋田と同じ、その他扱いだったと」
桂「多くの二次創作でも、鬼切部と鬼という対立関係から、烏月さんとサクヤさん、葛ち
ゃんとサクヤさん、烏月さんとノゾミちゃん、葛ちゃんとノゾミちゃんは描かれているけ
ど。
鬼切部での上下関係から、烏月さんと葛ちゃんが。オハシラ様を守る鬼と主に従う鬼と
いう対立関係から、サクヤさんとノゾミちゃん、柚明お姉ちゃんとノゾミちゃんが。似た
者同士として、ノゾミちゃんとミカゲちゃんが描かれることもあるけど。でも陽子ちゃん
と対比させる例って、余り見たことないよ」
柚明「鬼や鬼切部の事情に関る者と、そういう事情に関りのない一般の人、という対比よ。
陽子ちゃんはアカイイト本編でも柚明の章でも、贄の血や神や鬼を巡る因縁に関ってない。
平和な現代社会を生きる普通の女子高生である桂ちゃんの友達として、関ってくれている。
でも桂ちゃんを通じて、経観塚で生じた諸々を大凡知る展開もあって。それでも笑い飛
ばすことなく、そんなことも世にはあるって感じで受け容れてくれて。一般人代表として
久遠長文が最適と考えたのも、理解できるわ。陽子ちゃんとわたしの絡みとは、桂ちゃん
が住まう現代科学文明や穏やかな日常を代表する陽子ちゃんと、桂ちゃんの根に連なる妖
かしの世界の深奥・肉の体もないオハシラ様のわたしという、最も遠い立ち位置にいる同
士の対置で。作者が最も好みそうな絵柄かも」
葛「わたしや烏月さんやサクヤさんは、一応表の顔を持っていますから。鬼の側にも深く
踏み込んだ立場ではありますけど、立ち位置の遠さでは、柚明おねーさんには及びません。
ノゾミさんは後日譚で、奈良さんとの絡みがあった様に思いますが。この時点ではまだ
唯の悪鬼です。柚明本章は柚明おねーさんが主人公なので、作者さんの意向は分ります」
烏月「本筋ではないので、早い内に挿入したいと焦った感じかと。後になる程に緊迫した
状況が続き、奈良さんが代表する穏やかな日常を挟む事は、構成的に難しくなりますし」
桂「あー、そういうわけでー」葛「はいー」
サクヤ「柚明本章は帰宅ルートには行かない。進んで行くにつれ、桂も作品舞台も妖かし
の世界へ深く踏み込んでいく。日常や現代社会にいる陽子との接点も薄く小さくなってい
く。柚明との接点を望むなら早い内だけど、元から鬼や妖かしの側の深部にいる柚明との
接点は僅少だから、無理に近い程難しいんだよ」
葛「描写不要の判断は正解と思いますよ。既に柚明おねーさんの内心の惑いに分け入って、
大量に描写の分量を費やしました。ここで更に分量を費やすのは流石に冗長ですし、ここ
に入れられなくば、この先に入れられる望みもないです。この判断は適正と思いますが」
桂「今一瞬、『あんたらは鬼かー』って陽子ちゃんの叫びが、聞こえた様な気がしたよ」
柚明「陽子ちゃんは桂ちゃんと仲良しだから。きっと空耳じゃない。陽子ちゃんの存在感
が、桂ちゃんの心に深く根を下ろしているのね」
桂「そうかな? お友達ではあるけれども」
サクヤ「久遠長文は日常側にいる陽子や凜も主要登場人物に数えているよ。因みに作者は、
東郷凜の登場には陽子程悩まなかった様だね。アカイイト本編でも凜の存在は設定でしか
なく、登場させるにはまだ早いって判断かね」
烏月「その辺り、作者は原作設定をかなり重視してしますね。原作設定がルート分岐のあ
るアドベンチャーゲームで、様々な可能性が網羅されている。作者もそれを幅広く用いて
いますが、でも逆にそれを否定する場面の創造には抑制的で……原作の設定や描写に改変
が生じることを、忌避している感じです…」
桂「陽子ちゃんを登場させたい意向も、登場させないという判断も、作者さんにとっては
どちらも原作への愛なんだ。むずかしいね」
葛「不人気ヒロインなどと、一部で言われている葛としては、柚明本章の描写中にこれ以
上割り込みがなくて、ほっとした感じですよ。これ以上そこそこ可愛い年頃の女の子に割
り込まれては、いよいよ桂おねーさんのハートの争奪戦が、不利になっていくばかりで
す」
サクヤ「あんたは心配しなくて良いかもよ」
桂+烏月+柚明「言ってはいけないことを」
葛「本筋に戻りましょー。わたしの登場シーンまで後もう幾らかなので、以降は足早に」
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11.柚明から見た『桂の喪った幸せ』
烏月「この時まで桂さんは、羽様の屋敷は火事で焼け、写真も何も残ってないと聞かされ。
笑子さんやお父さんの顔は憶えてなく、兄の彼や柚明さんは存在を忘却したんだったね」
桂「うん……このとき、焼けた筈の家が今もあることの食い違いから、教えられた過去を
全て疑って係るべきだったんだよね、今にして思えば。羽様のお屋敷以外に焼ける様な家
を持っていたら、その方が却って驚きだし」
柚明「桂ちゃんは素直で聞き分けのよい子で、幼い頃から言い聞かされた話しだったか
ら」
サクヤ「まあ深く突っ込んで考えてしまうと、拾年前の夜を思い出しかねないから。無意
識に桂の中で考えること・真相へ辿り着くことへのストッパーが掛っていたんだと思う
よ」
葛「でもよりによってその過去の、ど真ん中に来てしまった訳ですよ。拾年無人で随分様
相が変っているとはいえ、住んでいた家に」
烏月「記憶の揺り戻しが始る。桂さんにとっては赤い痛みを伴って危険だけど、潜在意識
では取り戻したく願っていた、たいせつな記憶が。お母さんを喪い天涯孤独になったから、
自身に繋る何かを求めて過去を見つめに来た以上、羽様に来た以上これは避けられない」
サクヤ「柚明の感応が届く範囲での桂視点で描いているから、桂の見た物聞いた物感じた
物に、柚明の想いや感じた物が加わる。桂が視た拾年前の幻は、この時の桂には忘れ去っ
た像だから、視えても即座に理解はできないけど、柚明は憶え続けて忘れない者だから」
柚明「作者メモです。桂ちゃんとわたしの視た情景を、柚明前章からの情報も重ねて…」
作者メモ「『……そんなに急がなくても』
まだ若かった真弓さんが、笑いかけていた。
鬼切部の負う代償や反動は間欠的に身を襲っていたけど、不調時にはわたしが贄の血の
力を注ぎ込む事で、深刻な事態は回避できていた。強くて美しい真弓さんは、健在だった。
この日は確か、正樹さんが経済誌に載せていたコラムが一冊の本になったお祝いで、み
んなで経観塚の町に夕飯を食べに行こうと…。
真弓さんの手を引いている髪を短めに切り揃えた子供は、白花ちゃんだ。みんなでお出
かけの時は桂ちゃんの面倒を誰かが見るので、普段より白花ちゃんも伸びやかにはしゃい
でいる。逆に言うと幼子の頃から、白花ちゃんはお兄さんとして桂ちゃんを思いやってい
た。
正樹さん達もわたしも、そんなお兄さんの責任感を一歩引いて見守っていたけど、それ
は白花ちゃんには成長の糧になると同時に結構な重荷だったかも知れない。こうしてみん
なで動く時位それから解き放ってあげようと。
『お母さん、遅いよ。早く早くっ』
白花ちゃんが普段よりはしゃいで伸びやかになると、いつも白花ちゃんより元気でみん
なの注意を引く桂ちゃんの影が相対的に薄くなる。なので、白花ちゃんが元気いっぱいに
なると桂ちゃんは遠慮気味だったり、やや拗ねたりしてしまう事もあった。半歩後ろに下
がり、いつもの白花ちゃんの位置取りでみんなを眺める桂ちゃんは、わたしが受け止める。
『まったく、お前はいつもそれだ。そんなに急がなくても大丈夫だぞ』
みんなで出かける時に、弾けた様に喜びを出す白花ちゃんに、正樹さんはいつもの事な
がら困惑気味で、それでも優しそうに微笑み。
『どうしたの、桂ちゃん?』
桂ちゃんの気持は、察している。それで尚問うのは、桂ちゃんに自身の気持を整理して、
自分で表し伝えて欲しいから。察したからと全て先回りして応対しては、桂ちゃんが為さ
れる事だけを憶えて、自ら為す事を憶えない。
家族の中だけで生きるならともかく、世間で色々な人と向き合い交流するには、気持を
整理して把握し、分って貰える様に自ら努める必要がある。そうできる様に、導きたいと。
『ほら、いらっしゃい』
白花ちゃんの喜びを中心に回る家族の図に、少し羨ましそうに外から眺める桂ちゃんに
向け、わたしは微笑みかけた。あなたは大切な家族の一員、わたしの一番大切な人、あな
たが求める事をあなたの意志で表して伝えてと。
あなたの求めにわたしは渾身で応えるから。
あなたの願いにわたしは満身で応じるから。
あなたが心を表す瞬間を、待っているから。
何でも投げかけて。全てを受け止めるから。
『ねえっ、早くってば!』」
桂「……もう、言葉がないです。こんなにみんなに、愛され包まれていたんだなって…」
烏月「愛され守られるのは幼子の特権だよ」
葛「わたしもそー思います。今の桂おねーさんも愛らしいですが、幼子の桂おねーさんも
可愛らしさが尋常じゃないですね。柚明おねーさんが愛しすぎてしまう気持も分りますー。
って、この像の中の幼子は、桂おねーさんではなく、白花さんの方でしたか。たはは…」
サクヤ「アカイイト本編の桂視点での描写に、当時大人だった柚明の情報と想いが重なっ
て、切なくも愛しい情景に加筆されたね。アカイイト本編では名前も示されなかった正樹
の仕事や、それが成功していたって情報も。桂が経観塚を訪れる原因になった、真弓が生
命を落した背景も。幼い桂と白花の性分や関係も、そんな家族全員を強く愛した柚明の想
いも」
烏月「この辺りは柚明前章から通しで読んでいればこそ、胸に詰まされる物があります」
葛「作者メモです。もう少し情景の続きを」
作者メモ「桂ちゃんは思い出してはいけない。
それを、わたしは思い出させてはいけない。
それは蓋をして封じなければならない記憶。
温かいけど決して甦らせてはならない記憶。
取り戻す事が痛みを越え哀しみに繋る記憶。
わたしの過去も桂ちゃんの無意識の底に封じ続ける。忘れ去られた存在として留め置く。
触れさせてはならない。掘り返させてはならない。だから、余り近づきすぎてはいけない。
鬼が贄の民の害になる以上に、わたしは桂ちゃんの記憶を呼び起しかねないので、その心
に深く残る事も留められる事も、忌避せねば。
わたしは見知らぬ他人の助けで良い。サクヤさんや烏月さんのスペアで充分だ。もっと
確かで強い人達が、守りに来られぬ時だけ補う存在で。彼らが守りに来る迄の間の繋ぎで。
【成果を分ち合おうとは思わない。結果を共に味わおうとは望まない。想い出してくれる
日なんて夢想しない。わたしはわたしのたいせつな人の為に、己を尽くしたかっただけ】
わたしは絶対忘れない。それで幸せ。身に余る程幸せ。2人と過せた日々があった事が、
それを確かに抱ける事が、消える瞬間迄その記憶と共にいられる事こそが、わたしの幸せ。
【誰に知られなくても、わたしが知っていれば良い。誰に忘れ去られても、わたしが守り
通せれば良い。返される想いなんて求めない。わたしが、たいせつなひとを守りたかった
の。
わたしは、わたしが愛したから為しただけ。気持を返して欲しいなんて、思わない。憶
えていて欲しいとも、感謝して欲しいとも…】
人の身体も、生も死も、人である事も捧げ終えたわたしだけど。それで尚今のわたしに
捧げられる何かが残っているなら。捧げます。遠慮なく持って行って。たいせつな人の為
なら、わたしは己に尚残る全てを捧げられる」
桂「もう涙が溢れて。読んでいられないよ」
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12.主と柚明。主の愛の形
烏月「思い出される事を望まない。奉仕に報いを期待しない。自身の所作が知られぬ侭終
っても好い。己の願いを切り離して愛しい人に尽くせる。この人物像を作者は良く描けた
……原作があるとはいえ。どの二次創作でも、柚明さんを掘り下げて描いた者が、ほぼ皆
無なのも分る。ここ迄徹底して描かねば、この様に柚明さんの幼少時から描き起こさねば、
この人は描けない。この想いは描き得ない」
葛「だからこそ、グランドルートのないアカイイト本編でも、柚明おねーさんルートが実
質、メインルート扱いされているのでしょー。他の作品なら、堂々メインヒロインを張っ
ておかしくない烏月さんやサクヤさんを、作者さんも脇に置いた。いえ、柚明おねーさん
だから描く気になった。脇ヒロインの葛だから、冷静に見れてしまうのかも知れませんけ
ど」
サクヤ「あたしはあたしで柚明前章から、登場場面がたくさんあって、お得って言えばお
得だったけどね。本章では割を食ったけど」
葛「ただ、柚明の章の作者に描かれるということは、結構なリスクを伴うことが分ってき
まして……描写にもテーマにも遠慮会釈がないんですよこの人、うら若い乙女相手に…」
烏月「主との関係ですか、ご神木の内側の」
桂「お姉ちゃんが無事にご神木へ帰り着いたことは、主も心から喜んでくれた様だけど」
サクヤ「柚明が桂の濃い贄の血を得て力を復したことを、柚明の前で盛大に喜びやがって。
柚明の無事を喜びながら、それが柚明の本当の喜びではないことを分って、その心を傷つ
けにかかっていやがる。忌々しい奴だよ!」
柚明「一応敵対関係は残っていますし、相手の傷を抉るのは妥当で、その上事実ですから。
わたしはたいせつな人を守る為とはいえど、そのたいせつな人を害して『力』を得まし
た。桂ちゃんの納得や意向は、問題ではないの…。
わたしは受けるべきではないものを受けて、生命を繋いだ。人の世の理と言うより、羽
藤柚明の想いに背いて。でも、それでもわたしは自身に消失や閉じ籠もりを許せない。為
さねばならないことが残っているから、自身の悔いに沈んだり、浸ったりしてはいられな
い。
冒頭の懺悔やこの独白は、この主の責めに揺らがされない為の、己の心の整理だったの。
続けて作者メモです。作中描写から」
作者メモ「(主)【お前も遂に正真正銘の鬼になり果てたか】
『わたしの行いは、主やノゾミ達と変らない。
わたしの存在は、主やノゾミ達と変らない。
この悔しさは、主に向けるべき物ではなく自身に向けるべき物だ。この怒りは、主に向
けるべき物ではなく、自身に向けるべき物だ。この哀しみは己の行いと選択の末で、哀し
まれるべきはわたしではなく桂ちゃんだった』
『肉親に血を吸われ、信じた者に血を飲まれ、身を委ねた者に血を与え。記憶を失ってい
た事が救いだった。桂ちゃんが血を飲まれたのは初見で他人【ユメイさん】だ。【柚明お
姉ちゃん】ではない。それが不幸中の幸い』」
葛「最愛の人に存在を忘れられていることを、幸いに感じてしまう。思い出して欲しい切
実な気持を、自ら踏み砕く。この一行で柚明おねーさんの置かれた状況の辛さが分りま
す」
桂「その後の主のお姉ちゃんへの愛情も……愛情って柚明お姉ちゃんは、捉えているけど
……理解できないよ。説明されても分らない。たいせつな人を全然大事に扱ってない
よ!」
柚明「主は大事に扱うという事を知らないの。
竹林の姫を愛していたと悟るにも、千年掛ったというより喪って漸く。わたしを想って
いたと気付くにも、拾年係ったというより喪ってみねば分らなくて。たいせつに想う者を、
どう扱えば良いかも分らない幼子の様な鬼神。
作者メモです。作中わたしの独白で……」
作者メモ「主はわたしを大切に想っている。それは間違いないけど。敵同士でも封じられ
た鬼神と封じの要の関係でもそれは真実だけど。その想いにわたしは絶対応えられない。
主の流儀の愛はその侭では害だ。竹林の姫を好いた太古から、主は全く変ってない。唯己
の想いを叩き付けるだけで、相手の想いを斟酌しない……気遣わない。それは主が強大に
過ぎて他者の意向を伺う必要がなかった故か。大切に想う人にも、大切に想う物がある事
を、主は今尚知りもしないし、知ろうともしない。
【悪鬼に堕ち果てた気分はどうだ。己の課した縛りから解き放たれた感触はどうだ。それ
が自由だ。妨げる者のない自由の味だ……】
主は贄の血を注いでわたしを長らえさせれば良いと本気で考えている。桂ちゃんや白花
ちゃんを害してでも、わたしの生存を望むと。主にとってはわたしだけが大切な人で、他
はそうでないから。故に主は、躊躇いなく桂ちゃんや白花ちゃんの生命を奪い、その血を
わたしに注ぐだろう。それが主の流儀の愛情だ。
でもそれはわたしには害以外の何でもない。
故に主をいよいよ解き放つ訳には行かない。
【わたしはそんな自由なんて欲しくない】」
烏月「絶対分り合えない同士……心から無事を喜ばれる仲でも。お役目や立場の敵対の故
ではなく、その愛の危険さ故に柚明さんは主の想いを受けられない。憎からず想っても」
サクヤ「あたしは主と柚明の仲を今でも理解できないよ。姫様や柚明の人生を縛り付けた、
憎い憎い仇だけど。柚明の章を読んでいくと、紛れもなく主は姫様を心底愛していて、当
初は兎も角この時点では柚明も心底愛している。
でもその思いの表し方が無茶苦茶で、むしろこの世の終り迄憎み合う、仇同士の方が良
いかも知れない……しかしご神木で長い年月の同居を強いられる姫様や柚明には、少しで
も心が繋る見込があった方が、良いのかも…。
でも結局それでも、主の想いなんて理解も出来ないし、とても受容出来る物じゃないし、
主が姫様や柚明の人生を縛ったことに違いはないし。あたしが何とかしてあげられればっ
て、あたしルートのトゥルーエンドを知ってしまった今でこそ思うけど、思うけどさ…」
桂「サクヤさん……」
柚明「サクヤさん、有り難うございます。
サクヤさんは心優しいから、わたしが納得づくでご神木に宿ったと分っても、非のない
自身を責めてしまう。本当はわたし達羽藤が、サクヤさんの想い人である竹林の姫=初代
オハシラ様を、護り続けなければならなかったのに。失敗したのはわたし達の方なのに…
…わたしなんかをたいせつに想ってくれて…」
(サクヤの左膝に、右の掌を静かに置いて)
柚明「サクヤさんの心を乱してしまったのは、今迄サクヤさんにご神木の内側の事情を伝
えてこなかった、わたしの咎です。ここの設定が舞台裏で、全ての事情が互いに筒抜けだ
と分って、サクヤさんと今迄講座を進めて来た。
サクヤさんごめんなさい。作中ではこの真相は、後日譚終了後もサクヤさんに秘した侭、
わたしが墓場まで持って行く積りだったの」
桂「あ、そういえば……そうだったね……」
烏月「拾年前の事件より前を描いた柚明前章でも、柚明さんはご神木の事情−サクヤさん
の想い人の真相−を承知の上で、秘していましたね。更に言えば柚明さんのお祖母様も」
柚明「笑子おばあさんは、余り鮮明に視えなかった様だけど。竹林の姫が必ずしも悲嘆の
淵にいる訳ではないと、察して秘して黙していた。おばあさんは不確実な情報を伝えると、
サクヤさんを混乱させるって案じていたの」
葛「柚明おねーさんは明瞭に視えていたけど、それを伝えることが、サクヤさんを更に悲
しませることになると案じての判断ですか?」
柚明「判断と言える程の物ではないの、わたしの方は。わたしはご神木の真相が明瞭に視
えたから。サクヤさんに真相を伝えなければって分りつつ。惑い躊躇い、話すきっかけを
得られずに、あの夜を迎えてしまったの…」
桂「お姉ちゃんがサクヤさんに、この事情をお話しできない、墓場まで持っていくと決め
たのは、オハシラ様になってからなんだね」
烏月「自身の事柄でサクヤさんの心配や苦悩を生じさせる訳にはいかない、ですか。確か
に封じの外側では、誰にも何も出来ぬので伝えても無意味という理屈は分りますが。常に
自身より他者を傷つけないことを考えて…」
葛「そーゆー訳なので、後日譚の終了時点でサクヤさんは、ご神木の内情・真相について
知ることは出来ていません。これは柚明の章の設定だそーです。尤も、その先になると作
者さんも決め切れてないらしーですけど?」
サクヤ「事実を受け容れきれない今と、事実を知らない作中と、どっちがマシか……って
いうより、本筋はあたしじゃなくて柚明だろ。なんで主の直接の脅威に拉いでいる柚明よ
り、あたしの傷心を気遣う流れになってんだい」
柚明「あら、そうでしたね」
桂「お姉ちゃん太平楽すぎ」
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13.主へ払う代償。そう言う時に巡る…
柚明「そうかも知れないわね。でも、自身をこれほど案じ想ってくれる人がいてくれるこ
とは、幸せなことよ。心配を掛け、心を乱してしまったことは、心底申し訳なく想うけど。
改めて有り難うございます、サクヤさん。
そしてわたしの所為で、その優しい心を傷つけてしまって、ごめんなさいね桂ちゃん」
サクヤ「あたしに頭を下げる事はないんだよ。あんたはあんたに出来る限界を、遙かに超
えて頑張って……それなりの成果を得たんだ……何も出来なかったあたしよりも、あんた
の一番たいせつな人に、向きやっておやりよ」
(桂は柚明の元に駆け寄って、取りすがり)
桂「お姉ちゃんはもっと自分を気遣ってっ!
わたしの傷心を気遣ってくれるなら、わたしがお姉ちゃんの傷みに傷つくって心配して
くれるなら、自身をしっかり守って。お姉ちゃんの平穏無事が、わたしの願いで望みなん
だから。もうわたしの傍から離れないで!」
柚明「有り難う、桂ちゃん。これからは、その優しい心を曇らせない様に、努めるわね」
(暫く柚明が桂を抱き留め頬合わせ続ける)
葛「あー姉妹で心通い合わせている中、おじゃま虫で済みません。解説を先に進めねば」
サクヤ「おっとそうだったね。随分寄り道してきたし、ここは早足に駆け抜けるかねえ」
烏月「この次の段を解説していくことについての、誰かへの気遣いが見え見えですが…」
サクヤ「良いんだよ。柚明が主の内心を推し量る処は、本文を読んでもらおうさ。主が柚
明を敵と見なしても、鬼神の後妻に扱っても、結局どっちでも主は桂と白花の害でしかな
い。ってことは柚明にも敵でしかない。愛していても愛してなくても、敵対の定めは変ら
ない。
主の心変りは、アカイイト本編で桂がノゾミを絆して引き寄せたことに、着想を得た作
者の追加設定で。柚明本章でこれを時系的に前へと持ってきたことで、ノゾミが人の側に、
桂に寝返ることの説得力を補強するってね」
葛「伏線を仕込んだ状態になる訳ですね。結果はアカイイト本編のとおり見えていますが、
唐突感が減じて、いい着地になりそーです」
烏月「これによってこの後、柚明さんが崖から落ちる桂さんを助けた後で。長時間ご神木
を外してしまうにも関らず、主本体が封じの要不在の封印を破り、ご神木から抜け出てこ
ないことにも、説得力が付与されています」
桂「あーそうだった。お姉ちゃんはわたしを助けにご神木から出てきてくれて、オハシラ
様が何日か不在になっちゃうんだよね。一応空っぽではないけど、消えた訳ではないけど。
あと、主本体への悪印象が、薄まった感じ。敵は敵だけど、宿命や過去の経緯で敵対し
ちゃった感じで、憎いけど……堂々たる敵将って感じ。これってお姉ちゃん視点だからか
な。何だか優しいというか、少し甘いというか」
サクヤ「桂もノゾミに甘かっただろう。生命を脅かした敵だったにも関らずさ」桂「あ」
烏月「その甘さが私にも働いたことは、今にして想えば幸いだった。桂さんと過した何で
もない時間は心地良かった」桂「烏月さん」
葛「敵にも味方にも甘々です。人間不信の極みにいた葛が絆されてしまった位なのですよ。
甘過ぎです。その血筋を引く柚明おねーさんが、甘くない筈がない訳で」桂「葛ちゃん」
柚明「拾年2人きりだから、時間を持て余せばお互いに対して、関心が向いてしまう物よ。
でもそうね、ここはわたしが桂ちゃん白花ちゃんに抱く想いを、主が認め。主がわたし
に抱いた想いを、わたしが認め。究極の処は、未来永劫譲らないと分り合えた一方で。時
々の応対や所作では、交わることもあると…」
葛「死んで終ることさえ幸せに見える状況で、終ることを己に許さず、鬼神と鬼神の封じ
に自分自身を捧げ続ける。その突き抜けた先に、敵対した侭愛し合う浮気状態が顕現する
…」
烏月「葛様は本当に蛮勇ですね。私はこの状況への批評は出来ません。柚明さんが鬼神の
猛威に曝されて尚自我を保ち続けられたのは、正に奇跡で。桂さんへの想いの強さ故だと
……私が述べられるのは、その感嘆のみです」
サクヤ「桂の血を飲んだことと言い、主との関係と言い、柚明は桂に申し訳なさを重ねて。
だからもう、桂の身を害する吸血は出来ないと、強く強く覚悟を定める。そこまで何もか
も背負い込まなくて良いのに……ったく!」
柚明「サクヤさん、お願いだから自身を責めないで。サクヤさんは何一つ悪くはないの」
サクヤ「こればかりはね。思い返す度に苦みがこみ上げてきて堪らないよ。笑子さんから
も頼まれたたいせつな柚明を、守れなかった。その情景を目の前で見せられると、自身の
不甲斐なさへの憤りが、沸々と湧いてきてね」
桂+柚明「「サクヤさん……」」
葛「同じ気持を抱いた人が、柚明の章本文に、正にこの箇所に現れてしまった訳なんです
よ。柚明おねーさんを心底愛したいせつに想って、だからこそご神木の封じから、鬼神か
ら助け出したいと考え、全てを抛って彼はここを訪れた。解説を、先へ進めてしまいまし
ょー」
烏月「本当に悪いタイミングだったのですね。こともあろうに、鬼神の怒りに蹂躙された
拾年ではなく、漸く訪れた神の寵愛の初日に…。
否、どっちが良いとも、言えないですか」
柚明「白花ちゃんね。わたしもこの時は主に向き合うのが精一杯で。前日訪れてくれた白
花ちゃんが、再度訪れることは充分あり得ると分っていながら、意識から抜け落ちていて。
昨夜は桂ちゃんを守る為に、さかき旅館の近くまで来たけど。烏月さんの察知に掛りそ
うになって、結局近づけなかったから。そのことをわたしに、報告に来てくれた処で…」
サクヤ「ああ、もう! ここで助けてやれない。主をぶん殴ってやれない。見ていること
しかできない。ご神木をぶち倒しても主は解放される。ご神木によって立つ柚明が消える
だけで。日中なら柚明は数分も保たないっ」
葛「打つ手の無さに白花さんも自身を責めて、いたたまれなくなってその場から逃げ出し
た。柚明おねーさんと主の間に想いが通って見えたことは、白花さんには副次的な問題で
す」
柚明「わたしは桂ちゃんを助けに出向くため、夜に現身を取ってご神木を抜け出る。その
ことを主に了承頂いた代り、昼は封じの要と神の後妻の努めに、全力を注ぐことに了承し
たから……それが彼を傷つけてしまったけど」
烏月「全部は得られない。何かを差し出さなければ叶わない時もある。否、何かを差し出
すことで叶うなら幸運で、何を差し出しても叶えられない、掴み取れない物もある……だ
からこそ最善を尽くし絶対に諦めない。私も柚明さんの在り方を見て、学びましたが…」
桂「白花ちゃんは男の子だから、よりショックが大きかったのかな……わたしのショック
も小さいとは言わないけど、見ていられなくて、その場を離れなければならないなんて」
サクヤ「白花は内に主の分霊(わけみたま)を抱えているからね。心を乱すと体を乗っ取
られる。とりあえず数分、数十秒でも現実逃避して、気持を立て直したかったんだろう」
葛「そこで白花さんを兄の仇として、鬼切部の敵として追い求めていた、烏月さんに正面
から遭遇してしまう。これは白花さんにもタイミング悪い展開でしたねー。心乱れていて、
下手に戦うと力を制御できず主に乗っ取られたり、烏月さんを傷つけてしまいかねない」
サクヤ「烏月が羽様の山中へ行くのは、想定内だったけどね。前の日に桂がケイ=白花に
羽様で逢った話しはしたから。あたしも柚明の頼みで、桂と烏月の仲を取り持つ為に桂を
連れて、ちょうど羽様に着いた頃合だった」
葛「この時に、走り去る白花さんを追いかけよーとして、ご神木を抜け出ようとした柚明
おねーさんは、主に抱き留められ失敗します。
主は放置すれば、封じの要の自滅で解放されたのに、敢てそうせず柚明おねーさんを引
き止めますが。これが次の時と対照をなすと。主の引き留めにも関らず、ご神木を抜け出
て昼の陽を浴びる柚明おねーさんの翌日、桂おねーさん崖落ちの時と、対比させよーと
…」
烏月「翌日の桂さんの危難に際しては、主を振り切って日中現身を取って、消滅に瀕しま
したけど。この時は、主を振り切る迄はしなかったのですね。アカイイト本編の読者には、
柚明さんの桂さんと彼への対応の違いから。柚明さんの一番の人は桂さんで、兄の方は順
位が落ちると考える人も、多いようですが」
柚明「この時はわたしの側に、白花ちゃんを傷つけた後ろめたさがあって。顔を合わせら
れなくて。お陰で主の制止で命拾いしたけど。
この時の白花ちゃんは、わたしが傍に行けば逆に危うくなる状態だった。傍に行くこと
だけが守りに役立つ訳じゃない。翌日の桂ちゃんの崖落ちは、問答無用に行かなければ生
命が喪われていた。2つの状況は似て非なる。
柚明の章の羽藤柚明は、白花ちゃんと桂ちゃんの2人共が一番たいせつな人。2人の間
に順位の違いはない。百合のみを望む一部読者の希望には、そぐわないかも知れないけど。
拾年前以前に仲良く一緒に暮らしていた家族なら、むしろその方が自然で妥当……とこれ
は講座の初回で触れた内容にも重なるけれど。
烏月さん、有り難う。この答を引き出す為に、敢て問うてくれたのですね」
烏月「私にはあなたを鬼と誤認して切り捨てようとした咎があります。彼を仇と誤認して、
切り捨てようとした咎も。この位でその借りを返せたとは思わないが、あなたの事実を伝
える為に少しでも役立てるなら、私の幸い」
葛「うーん……烏月さんに柚明おねーさんを盗られるよーな、柚明おねーさんに烏月さん
を盗られるよーな、微妙にムズムズします」
サクヤ+桂「「それ、同感」」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
14.原作通り桂と烏月の和解
柚明「桂ちゃんが烏月さん葛ちゃんの隣に戻って、解説を再開します」桂「再開します」
サクヤ「白花がご神木で柚明の真相を見て心乱し、烏月の攻勢を凌ぎきれず羽様の山中で
戦っている間。あたしに伴われた桂が羽様に着いて、1人こっそりご神木への道を進み」
烏月「鬼は夜に較べ昼の方が、力を発揮できない者が多い。とはいえ、この時の彼が妙に
手応えがなく、逃げ回ってばかりだったのは、心乱されて内なる鬼が蠢いていたからだ
と」
葛「サクヤさんはこの時、わたしの存在を嗅ぎつけて、調べていたんですね。この時は何
とか葛も、尻尾を掴まれず済みましたけど」
サクヤ「ああ。それも烏月と桂や白花の様子が気懸りで、おざなりになっちまったから」
柚明「白花ちゃんと桂ちゃんと、そのたいせつな烏月さんもしっかり気遣っていただいて、
わたしも嬉しく心強かったです。昼の間はわたしもご神木から身動きが取れないので…」
桂「この辺りはアカイイト本編のわたしの視点に、お姉ちゃんの視点が重なって描写され
ているんだね。経観塚の夏が懐かしいよー」
葛「桂おねーさんは、柚明おねーさんやサクヤさんの促しがあるとは露知らず、烏月さん
との仲直りを目指して羽様の山を登ります」
桂「前日のケイ君=白花ちゃんと出会ったご神木までの道のりを思い返しつつ、遠足気分
で山道獣道を進んで……突如転ばされた上で、首筋に刃を突きつけられていました」
烏月「この時は本当に申し訳ない。まさか双子のほぼ同一な気配があるとは思ってなくて、
すんでの処で刃を止められて、幸いだった」
桂「もっともその過失を突いて、烏月さんとのお話しのきっかけを掴めたから。結果から
見れば良かったよ……って、お姉ちゃん?」
柚明「危ない想いをさせて……ごめんなさい桂ちゃん。まさか練達の烏月さんが、寸前ま
で桂ちゃんを誤認するなんて思ってなくて」
サクヤ「柚明は桂に過保護だから……って訳には行かないよ今回は。前の夜は脅しだって
分るけど、この時のは倒そうとした刃だし」
烏月「保護者代理のお二人には、誠に申し訳ありません。桂さんを一番たいせつに想う者
として、衷心からお詫び申し上げます……」
桂「もういいよー。わたしは結局無事だったんだし、この後もたくさん守ってもらったん
だから。この時があって、今があるんだし」
葛「まー双子程似通った気配があったことが、この時は白花さんに幸運でしたね。ここは
原作者による、お二人が双子という後段の事実開示に備えた伏線でしょー。代りに刃を突
きつけられた桂おねーさんは、微妙でしたけど……終り良ければって感じで。烏月さん
も」
サクヤ「まあこの後は、あの烏月が桂に言いくるめられるという、悪くない絵図だから」
柚明「桂ちゃんの想いが届いて良かったわ」
葛「作者メモで、烏月さんと桂おねーさんの会話と、見守る柚明おねーさんの呟きです」
作者メモ「烏月『追いつけないだろうな』
桂『そんな風にされると、何だか謝らないといけない様な気がしてくる。ううっ、弱気に
なるわたし。何も悪い事してないんだから』
柚明【そうよ、桂ちゃん。頑張って。いつもわたしが、憑いているから】」
サクヤ「『憑いている』!? 柚明が桂に」
烏月「確かに誤字ではないかも知れないね」
桂「前の夜に『ユメイさん』に告白を勧めてもらえたこともあって、心強い気がしていた
けど……憑いていてくれたんだ、良かった」
葛「良かったと、言えてしまうのですねー」
柚明「思い返すと、少し恥ずかしいわね…」
サクヤ「そこは突っ込まずに、次へ行くよ」
烏月「結界の話しも出ていましたね。後々に話しに深く絡むので、伏線と言うより事前知
識という感じで、桂さんへの説明として…」
葛「桂おねーさんの、烏月さんと絆を繋ぎ直したいとの行動の底にある。悔いを残したく
ないとの強い想いは、おかーさんを喪った後だからでもあったのですね。寂しさも含めて、
その前提がなければ桂おねーさんも、ここまで強く烏月さんを欲しなかったかも。尤も」
サクヤ「真弓が亡くなっていなければ、桂が経観塚に来る事情が生じないからねそこは」
桂「何が何にどの様に影響するかって、本当に分らないね。人生万事、塞翁が馬だよー」
柚明「烏月さんも、桂ちゃんとの出逢を経て、その様な印象を抱いたのではありません
か? 目前に困難や試練がある様に見えても、それは確定でも終りでもない。全てを思う
侭に操れはしないけど、変えられる可能性もある。
その希望を桂ちゃんの言動や生き方に見て、自身の視野を少しだけ広げた。だから、前
夜の桂ちゃんとの絆を断つ結論を、絆を結び直す方向に修正したのでは、ありません
か?」
烏月「そうですね。この時までわたしは己の過去にも未来にも、悲観的になっていました。
兄を殺めた事で過去も未来も見失い。唯目の前の仇とした彼を討つ事に逃避して。それ以
外を見ない様にしていた。桂さんとの関りはそこに別の要素を混ぜ込むことになる。少な
くとも現在や未来を、見つめねばならなく…。
それはいずれ己自身を見つめ直す事になる。自身の所行の正視を迫られる。それを怖れ
た。次に人生を日々を楽しむ事が、兄殺しの身に許されるのか。己自身の指弾に怯えた。
更に悲観的な予測の未来を怖れた。これ以上の悲しみを負う事を、防ぐ事や守る事より先
に悲劇の可能性を予見した時点で、竦み回避した。
桂さんの問いかけは、強い想いは。怯えて竦んでばかりでは、望みたい物も望めないと。
未来を憂うのみでは、何の為に生きるのか分らないと。私の深奥に訴えてきて。私も桂さ
んの様に伸びやかに生きてみたいと。悔いを生まぬ為に何も持たぬのではなく、悔いを生
む怖れを受容して、それでも前に進もうと」
葛「アカイイト本編の烏月さんルートでは、正にその故に厳しい展開も経るのですが…」
サクヤ「厳しい展開は桂の方だろう? 実際に刃でばっさり、切り捨てられたんだから」
葛「烏月さんが鬼切りを習得できなかったルートでは、本当に心中してしまいますしねー
……あそこは、妬ましくもありましたけど」
柚明「ハラハラしている暇もない展開でした。トゥルーエンドは良かったけど、バッドエ
ンドもかなりあって、心臓が押し潰されそうで。今でもあの部分は読み返す事も怖ろしく
て」
烏月「弁明の言葉もありません。私の未熟の故に幾つかの危難を防ぎきれなかった。桂さ
んに怖い想いをさせ、傷みを招いた事は…」
(桂が葛を抱く烏月に寄り添って手を握り)
桂「もういいよー。烏月さんは最初に千客万来の夜で、わたしとお姉ちゃんを助けてくれ
たんだし。そこで助けてもらえてなかったら、わたしも享年十六歳でおシマイだったんだ
よ。
その後も、アカイイト本編のどのルートでもお姉ちゃんの章でも、危険を承知でわたし
達を助けてくれて。及ばない時はあったかも知れないけど、いつも烏月さんは全力だった。
謝ることなんて何もないよ。むしろわたしが何回も足引っ張る様な、重荷になる様なこ
とになって、ありがとうごめんなさいって言いたい位。とても責めるなんて出来ないよ」
柚明「そうね……。烏月さんは桂ちゃんがたいせつで、桂ちゃんも烏月さんがたいせつで、
とても仲良しなのだものね。わたしも烏月さんに助けてもらえたし。アカイイトでは守る
者と守られる者が、状況によって入れ替わる。桂ちゃんの詞や行いが烏月さんを支えた様
に。愛しみ合う者同士が互いの身と心を守り合う。桂ちゃん共々、今後も宜しくお願いし
ます」
サクヤ「幕引きしちまうのかい。まあ、この辺りが潮時かも知れないけど。もう少し烏月
の失陥を責めてみたかったね。柚明の章では生じないから今後は余り追究できない、アカ
イイト本編烏月ルートでの烏月の失陥をさ」
烏月「それについては確かに私の言動とそれが招いた末なので、甘んじて受け止めます」
葛「烏月さんが珍しくしおらしかったのは、柚明の章のみならずアカイイト本編で、幾つ
か桂おねーさんを怖がらせ、守りきれなかった全ての経緯に責を感じて、ですかー。全く、
強すぎる責任感というのも、汲み取ってくれる人があってこそなので、考え物ですねー」
柚明「その美しく麗しい烏月さんの在り方に、今回は少し甘えさせて頂きました。本当は
烏月さんもこの時は、悲しみや怒りやその他諸々でいっぱいいっぱいで、他者に目が向く
余裕などない状況で尚、桂ちゃんを想い、過酷な闘いを堪えて守り通してくれた。有り難
う。
経観塚の夏では、桂ちゃんの危うさが尋常でなかったから。白花ちゃんにも烏月さんに
も、しっかり向き合いきれなくて申し訳ないと想っていて……。柚明本章では悲しい結末
にならなくて良かった。本当に良かった…」
烏月「いえ、私はむしろ桂さんとあなたには、助けられ心支えられた。救われたと言って
も良い。今の私があるのはあなたと桂さんのお陰です……お二人には謝られる何物もな
い」
桂「さすが、わたしが好きになったひと…」
サクヤ「あーはいはい。じゃあ次行くよー」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
15.桂と烏月の裏でサクヤとユメイ
葛「ここで作者メモです。その前に桂おねーさんと烏月さんの、仲直りの情景の再現を」
烏月「(その時のやりとりをこの場で再現)その心地良さを、手放したくないと思ってし
まった事を、きっと私は後悔するだろう」
桂「(桂も応じて)そうかな?」
烏月「そう遠くない未来に」
桂「うーん……だけど、すぐ傍にある後悔を、一つ避ける事ができたのかも知れないね」
烏月「だと良いな。少なくともわたしは避けれたよ……この時の私の判断は正解だった」
桂「烏月さんっ! ……わたしも、だよっ」
サクヤ「そこ、抱きつかない。早く離れる」
柚明「桂ちゃんが望んで為したことですし」
葛「間に挟まれて2人に前後から抱かれるわたしは、果たして喜んで良いのでしょーか」
作者メモ「柚明本章はここ迄、アカイイト本編の烏月ルートに沿って来ました。その先に
はノゾミミカゲとの悪戦苦闘が待っています。特に、ミカゲの技に掛って桂をばっさり切
り捨てた展開は、烏月が怖れた後悔そのもので、この時の予感は伏線となっています。尤
も」
サクヤ「柚明の章は途中からユメイルートに乗り換えるから、その後悔は生じない。予感
はあくまで怖れに止まり、外れ扱いな訳だ」
烏月「愛しい人を手に掛ける展開は、夢幻でも見たくない物です。その展開を通らずに済
むこと自体は望ましい。その結果桂さんと柚明さんが、もっと危うい心痛める展開になっ
てしまう事がなければ、の条件付きですが」
桂「烏月さん、そこでもわたし達を想って」
葛「そーは言ってもですねー、このお話しがアカイイトを元にしていますから。本編自体
が傷み悲しみの多い展開盛り沢山なんですよ。
……ここで作者メモが伝えたいのは、柚明本章では柚明おねーさんルートや烏月さんル
ート等を併せているので、如何にもな感じで配置される伏線が、最後まで機能せずに終る。
この後もそう言う状況は、出てきますよと」
サクヤ「今更だね。アカイイト本編でも個別ルートに入ると、それ以外のヒロインの伏線
は伏線の侭で終ってしまう。帰宅ルートを辿ると、全部が伏線の侭で終るじゃないかい」
桂「はは……確かにそうだよね」
葛「この日の夜に、さかき旅館へ再度顕れたミカゲが、烏月さんとの戦いに使う『投影』
という技……邪視ではなく『力』を注いだ気配を配置し、烏月さんを惑わせた技ですけど。
原作では翌日の夜『血海』で再び使用され、烏月さんに桂おねーさんを切らせる展開に
繋る伏線です。柚明おねーさんルートには存在しない流れですが、作者は烏月さんルート
も捨てがたく、繋ぎ合わせることにして収録し。結果、伏線だけが残ってしまった。冗長
との批判に向き合って作品を圧縮するなら、後に反映しない伏線は切り捨てるべき処です
が」
桂「烏月さんの活躍を、切り捨てるのはイヤだよー。わたしも、原作の烏月さんルートで
仲良くなれた想い出は、抱き続けたいし…」
柚明「主要登場人物だからと言う以上に、みんなが桂ちゃんのたいせつな人だから、作者
も可能な限り、エピソードを残したいって」
葛「その甘さがわたしのエピソードまで拾ってしまった訳なのですねー。アカイイト本編
を見た感じでも傍流で、一部では『不人気ルート』とまで言われる、若杉葛のルートを」
桂「葛ちゃんルートは、不人気なんかじゃないよー。わたしのたいせつな人だもの……」
サクヤ「そうやってこの分量になっちまったって、いわば言い訳かね。作者も確かに柚明
本章は未経験の長さだと、ぼやいていたし」
烏月「作者としては色々と新しい試みに挑み、長編を完結させられたので、悪い結末では
ないと思いますが……何よりこの様にたいせつな人と睦み合える今が、私には幸いです
…」
桂「烏月さんっ。幸いは、わたしもだよー」
葛「そんな訳でお2人の和解は終了ですー」
サクヤ「あたしが思わず挟まりたくなった気持も分るだろ、葛? 桂がご神木に向かうの
を防ぐ以上に、この雰囲気を乱したくてさ」
柚明「サクヤさんは桂ちゃん大好きだから」
烏月「構わずにいられない幼稚園児ですか」
桂「せっかく楽しくお話ししていたのにぃ」
葛「ここからは、サクヤさんによる烏月さんへの『娘の婚約者面接』になります。作者メ
モで作中からサクヤさんの台詞です」
作者メモ「『あんたはどうする積りだい? どんな方針固めて桂と関っていく積りだい』
『駄目駄目。将来の展望が何一つない様じゃ、桂との付き合いを認める訳にいかない
ね』」
桂「そんなのお母さんにだって言われた事ないのに……保護者代理、出しゃばりすぎ…」
柚明「でも濃い贄の血を持ち、鬼に狙われると自覚した桂ちゃんを、どう守りお付き合い
してくれるのか。わたしも尋ねてみたかった。烏月さんは鬼への対処を尋ねて良い方で
す」
葛「ここの会話で桂おねーさんが、青珠の効用と封印の札についての知識を得る訳です」
サクヤ「呪符の結界はこの日の夜だけじゃなく、柚明ルートに乗り換えた後=桂の崖落ち
の後の、羽様の屋敷にも繋る伏線だからね」
桂「そしてサクヤさんの促しで、わたし達はアカイイト本編烏月さんルートの流れの通り、
経観塚の町へ戻ってお昼ご飯を一緒して…」
烏月「サクヤさんが外したのは、ご神木へ行く為……やはり柚明さんを思い遣っての…」
葛「サクヤさんが、烏月さんと桂おねーさんの仲を慮って、空気を読んで外すなんて事は、
考えられませんからね。白花さんを探してか、柚明おねーさんを思い遣ってかの何れかで
…。 作者メモです。柚明おねーさんの台詞で」
作者メモ「【『わたし』は一番に大切な問題じゃない】
【わたしの為に桂ちゃんを経観塚に留めるなら、やめてください。わたしは、桂ちゃんを
危険に晒して己の欲求を貫く気はありません。一番の問題は、たいせつな人の幸せと守
り】
今は桂ちゃんの生命が危うい非常時なのだ。桂ちゃんが自身の来歴を、過去との繋りを
確かめたい想いは、この際二の次にしなければ。わたしが桂ちゃんの側にいたい想い等番
外」
サクヤ「この時は柚明に叱られたよ。経観塚で桂が再び夜を迎えるのは考えが甘いって」
柚明「サクヤさんごめんなさい、この時は言葉が強くなって。自分は日中ご神木から外へ
出られないし、夜もこの現身は鬼の姉妹より脆弱だから、焦りが表に出てしまって。サク
ヤさんに知る術がないとはいえ、主の寵愛を悟られたくない思いも、あったかも知れない。
ただ、桂ちゃんの安全が最優先なら、誰かの守りが必須な経観塚より、町に戻る方が望
ましい。烏月さんと絆を結び直せた今、桂ちゃんが経観塚に居続ける事情はないわ。鬼の
姉妹の問題を解決した後で、別の時期に経観塚を訪れても、無理に経観塚へ来なくても」
葛「人間関係の機微からは、やや外れると承知しての勧めですね。サクヤさんはともかく、
昨日出会って絆を切られ、今日絆を結び直したばかりの烏月さんと、即日離れ離れなのは、
桂おねーさんが心情的に受け容れ難い。そうと分っても今すぐ、桂おねーさんを経観塚か
ら離すべき。それ程に鬼の姉妹は危険だと」
サクヤ「分ってはいたんだけどね。あたしはむしろ、漸く微かに絡み始めた、桂と柚明を
引き離すのが忍びなくてさ。桂も大事だけど柚明も大事。それはどっちつかずになる。そ
の弱みを柚明は見抜いて来てね……柚明は己に厳しいから、あたしの気遣いを喝破して」
烏月「サクヤさんが気圧される情景は、私も余り見たことがないので、正直驚きでした」
葛「この辺りが柚明おねーさんの、怖さの片鱗かも知れないです。誰かを守りたいとの強
い想いは、時に苛烈な覚悟を伴うのかも…」
桂「柔らかくて優しいお姉ちゃんなのにね」
(柚明と目線を合わせて2人で首を傾げる)
烏月「確かにここで帰宅ルートという選択も、ありました。安全策をとるなら、鬼を迎え
撃つ夜に桂さんがいる必要はない。桂さんと読者皆さんに、中途半端感が残りそうです
が」
サクヤ「勝っても贄の血を得られない状況は、鬼方の士気を下げるだろうけどさ。そうな
れば鬼の姉妹は、さかき旅館に顕れないかも知れず、逆に掃討が面倒になる……ってそう
言う策動は、ミカゲや主の分霊の発想だろ」
葛「戦いは勝ち易い状況を設定し、リスクや損傷少なく確実に勝利すべき。そういう意味
で柚明おねーさんが、わたしや主に似ているという作者さんの指摘は、正解かもですね」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
16.主の覚悟再び。実は鬼の姉妹さえ…
柚明「わたしが自身の覚悟を何度も語るのは、未練を残しているという証なの。でも、そ
の未練を抱きしめることも、柚明前章から学んできたから。わたしの独白で作者メモで
す」
作者メモ「わたしこそ、維斗で絆を断ち切らなければならない過去の残滓だ。桂ちゃんが
忘れ去って、思い出してはいけない過去に繋る亡霊だ。烏月さんと仲良くなれて、その守
りを得られて、喜怒哀楽を共にするなら、わたしはもう。
想いは振り切る。わたしは平時には顕れる必要はない。呼び戻してはいけない過去に繋
るわたしは、顕れないのが最善だ。サクヤさんの促しは、わたしの為であって桂ちゃんの
為ではない。それを受け容れてはいけない」
サクヤ「柚明前章からの積み重ねがあってこそ初めて描写できる、語れる部分だろうね」
桂「ここでもお姉ちゃんは、わたしのことと同時に白花ちゃんを心配して、サクヤさんに
その守りをお願いしていたんだ……」
サクヤ「柚明に頼まれちゃ断れないさ。拾年前以前の羽様の家族を、頼む相手も頼まれる
相手も、もうあたしと柚明しか居ないんだし。あたしにも白花はたいせつな家族だから
ね」
葛「柚明おねーさんにとっては、桂おねーさんと白花さんは同着一位で一番たいせつな人。
1番が2人なんて自己撞着も良い処ですが」
桂「葛ちゃん、いま同着と撞着を掛けた?」
サクヤ「あーはいはい、さっさと次行くよ」
柚明「経観塚の町中で、桂ちゃんとクレープを食べようとしていた烏月さんが、白花ちゃ
んを見つけて1人追い掛け走り出し、その侭戻らず。桂ちゃんはさかき旅館で夜を迎え」
烏月「あの時は済まなかった。私も彼は羽様の山奥へ逃げたと推定していて、その日の捕
捉は半ば諦めていたから。町中にいるとは思ってなく。裏をかかれた感じで愕然として」
桂「あの時のクレープは、少し残念だったよ。わたしも烏月さんを追いかけて、少し町中
を走って、握った掌に力が入っていて。振り切られて諦めて気付いた時には、クレープは
潰れた後で。食べられたのは、最初の数口だけ。でもその分後日譚で奢ってもらえたけど
ね」
葛「ここは烏月さんの重心が、桂おねーさんとの日常より白花さん討伐にあると示す、桂
おねーさんの振られイベント、置いてけぼりイベントですね。後日譚でその部分をきっち
り補ってくるのは、作者さんらしーですが」
柚明「この時は烏月さんが、白花ちゃんにかまけて桂ちゃんを放置してしまい。桂ちゃん
が使い方に習熟してないお札のみで、鬼に向き合うことになって。サクヤさんも戻ってこ
ないから、不安を拭えない侭夜を迎えるの」
烏月「申し訳ない。弁明の言葉もないです」
サクヤ「あたしは白花を探していたんだけど。この追走劇の所為で、白花が大きく距離を
取ってしまってね。追いつくのに深夜迄掛ったお陰で、桂を守るノゾミ達との戦いが、桂
のみならず柚明まで危うくなっちまってねえ」
葛「そーゆー訳で、桂おねーさんは3日目の夜を、鬼の姉妹が来ると承知しつつ、誰の守
りもなくお札のみで迎えることになります」
桂「烏月さんとケイ君=白花ちゃんの対立は、この時点でもう知ってはいたけど。それ以
外にもサクヤさん、色々裏で動いていたんだ」
柚明「動けてなかったのは、わたしのみね」
サクヤ「柚明は昼間に動いちゃダメだから」
葛「皮肉の極みは。この間柚明おねーさんは主に抱き留められて、身動き取れなかった為
にご神木を抜け出られず。陽に曝されて消失する最期を迎えず、生き長らえたとも言え」
桂「主が柚明お姉ちゃんに、夜の出陣を許してくれたのは、その代替でもあるのかな?」
柚明「主も明言したから。わたしに夜に桂ちゃんを守りにご神木を出るのを止めない代り、
昼は封じの要と神の後妻の務めを果たせと」
サクヤ「神の後妻だけは、余計だけどね!」
烏月「主の対応には、取引と言うより諦めを感じます。柚明さんが桂さんや彼を想う気持
は止めようがない。主の脅しや愛や暴力が及ばないのは勿論。封じの要の責務も使命感も、
柚明さんを引き留め得ない。ならせめて昼の間だけはと。夜は手放さざるを得ないとの」
桂「鬼神を譲らせるって……実はすごい?」
葛「封じの要を不在にさせ、その間に封じを破って抜け出る、罠でもなかったですからね。
その位考えてもおかしくない主ですが。その怖れは分りつつ、柚明おねーさんは桂おねー
さんを守る為に、そうする他に術はなくて」
サクヤ「烏月が戻ってこないのが悪いんだよ。鬼にも札にも不慣れな桂に、札を渡しただ
けで放り出して。あれじゃ柚明も化けて出る」
柚明「サクヤさんが戻って来れなかったのは、やむを得ないわ。白花ちゃんが危ういか
ら」
葛「作者さんは、巧みに桂おねーさんの守りを引き剥がし、危機的な状況設定しますね」
サクヤ「原作通りの状況を整えたと言えばそれ迄だけど、本来敵対する事情のない同士が、
牽制し合ったり諍い合って、中々真の敵に向き合えないのは、読み返すともどかしいよ」
葛「本筋に戻しますです。主は約束通り柚明おねーさんに、桂おねーさんを守る為の出陣
を許します。作者メモでそのときの台詞を」
作者メモ「『最期迄見守ってやるから、その想いの限り迄突き進んでみるが良い。お前が、
どこ迄想いの力だけで、自身を貫き続けて行けるのか。
鬼神の封じを片手間に、一番たいせつな人を守る為に、反動と代償を覚悟で戦いに行く。
勝てるのか、守れるのか、失うのか、涙に暮れるのか、諦めるのか。果してどうなるか』
『最早止めはせぬ。最期の最期迄、唯己の真の求めの侭に、その身が真に欲するが侭に』
世の中には、一つを望むとそれ以外を手に入れられないと言う時がある。一つを望む為
には、それ以外を諦めなければならない時がある。どんなに大切な物であっても、全部を
望めない時がある。その時が正に今なのだと。主程の鬼神でも全てを得られない事があ
る」
葛「主でも全てを得られぬ事がある、ですか。まあ千年封じに縛られてますから、主こそ
不自由の象徴で、自由を渇仰する者なのかも」
サクヤ「更に続くよ。これは主の告白かね」
作者メモ「『一つだけ言って置く。お前がミカゲ達に破れて消え、わたしが解き放たれた
後の事だ』
『わたしは贄の血の陰陽を決して生かして置かぬ。お前を今迄苦しめ哀しませて来た元凶
は、わたしであると同時にあの双子だからだ。あの双子が居なければ、お前はそこ迄身を
捨てて尽くす必要もなく、封じのハシラにのみ専念できていた。お前の無謀を越えた行い
が贄の血の陰陽の為なら、その消失は紛れもなく贄の血の陰陽の所為だ。だからこそ
ッ!』
『わたしは、わたしから大切な物を奪う原因、贄の血の陰陽を決して許さない。それがお
前のたいせつな人だろうと、お前の哀しむ望まぬ末路だろうと、お前を消失させた原因を
わたしはこの地上に決して残さない。わたしはどこ迄も追い縋って双子を殺す。その血を
一滴残さず啜って息の根を止める。その血を絶やす。誰が妨げようと拒もうと、絶対
に!』
わたしが自由になれた暁には。
わたしが解き放たれた末には。
わたしが封じを失った時には。
『わたしのたいせつな物を奪う者には、必ず報いをくれてやる。鬼神の名において必ず』
主はノゾミもミカゲも生かしては残さない。
そして多分全てを殺し終えた後で自身をも。
『お前が誰を大切に想おうが構わない。わたしを一番に想わなくても。わたしは返される
想いなど求めぬ、押しつけ奪うだけの山の神、鬼の神。だからこそ、応えぬ事など許され
ないし、できないその身を失わせる者は、神の贄を横取りする者は、誰であろうと許さな
い。それがお前の一番たいせつな者だろうと』」
桂「苛烈すぎ……誰の想いも気に止めず、一番たいせつな人の想いも気に止めず、唯自分
の欲しい物を壊す者は自分の仇になるって」
葛「これも愛の一種なのですかね。独占欲や支配欲とも、重なり合う様でもありますが」
烏月「主にとっては、鬼神にとっては、柚明さんを喪わせる者は敵方のノゾミミカゲでも、
柚明さんが尽くす相手である桂さんや彼でも、等しく仇なのですね。傲岸さが正に鬼神
だ」
サクヤ「何なんだろうねこの忌ま忌ましさは。
にっくき敵だけど、姫様と柚明の仇だけど、主が心底柚明に惚れていると伝わってく
る」
桂+葛+烏月「「そうなの(ですか)?」」
柚明「そうね。主の願いはきっとこう。それを鬼神のいた神代を生きていたサクヤさんは、
肌身に分ってしまったのね。作者メモです」
作者メモ「その言う意味が、わたしには分ってしまう。
その言う意図が、わたしには見えてしまう。
その導く正解を、わたしは一つだけ出せる。
『わたしは必ず、生きて戻ります』
わたしはミカゲ達を退け、桂ちゃんを守り、必ずご神木に己を保って戻り来ます。それ
で、
『あなたはわたしを失わない。そしてわたしは、あなたが望まない不自由を課し続ける』
千年万年、未来永劫に。あなたの魂が還りきる遠い時の彼方迄。天地の終りの果て迄も。
『想いの侭に生きようではないか。君も我も。
己の真の望みを曲げる事なく、貫こうぞ』
『はい。必ずお互いにその様に』」
葛「主の宣告は脅しであり予告であると同時に、そうなりたくなくば必ずノゾミさん達に
勝ってご神木へ戻れとの、婉曲なエールでもあるのですね……敵対している立場上素直に
応援し難いとはいえ、ややこしい鬼神です」
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17.桂の失敗。素人は結界を扱いかねて
作者メモ「(桂)『ふぁ〜〜〜』
敷いてあるお布団の上を転がると、大きなあくびが漏れた。わたししかいないから良い
けど、ちょっと人には見せられない程の」
柚明「わたしはそんな桂ちゃんを見るのも好きだけど……桂ちゃん?」桂「恥ずかしいよ。
お姉ちゃんにも、烏月さんにも見られてぇ」
サクヤ「あたしもしかと見せてもらったよ」
葛「伸びやかな桂おねーさんもいーですー」
桂「原作通りだから省けないのは分るけど」
烏月「桂さんは愛らしいから、大丈夫だよ」
桂「ううぅ〜、耳まで熱くなって来たよぉ」
葛「火照ってのぼせた桂おねーさんは冷ましておいて、解説を続けます。夜遅く、食後の
お風呂の後、寝る前になって漸く呪符の結界を張ってないと、気付いて動き始めますが」
サクヤ「桂が呪符の張り方を間違え、四角い部屋の中に、小さな菱形を作ることになっち
まった失敗かね。翌日に作者がこれを伏線にして回収してくるとは、思わなかったけど」
烏月「羽様の屋敷を呪符の結界で囲うに際し、桂さんではなく私が行い。形状的に結界か
ら外れる箇所があるかないか、桂さんにも伴ってもらい、一緒に確かめるあの下りです
ね」
柚明「凛々しい烏月さんの後ろを歩む桂ちゃんは、親鳥に付き従うヒナの様に可愛くて」
葛「元々伏線回収ではなかった場面に、伏線を後付で追加して、伏線回収にしてしまう…
…この辺の冴えは作者さんの持ち味ですね」
烏月「確かに。そもそも疑問を抱かれないような、理由や背景に説明不要な部分へ切り込
んで、そうあるべきだった事情を見つけ出す。そう言う繋ぎ方を出来る技量は強味です
ね」
サクヤ「それは良いとしてさ。『憂いあれど備えに穴あり』が座右の銘の桂は良いとして。
ノゾミ達の動き出しは遅いね。もっと早い時刻に顕れても、仮に他に人がいて見られても、
容易に排除できるのに……日付が変る頃迄顕れないのは、古い怪談に則ってなのかね?」
柚明「前夜の場合はノゾミ達も衰弱していて、生きた人の気配の乱れ動く状況は、現身を
取り難かったという説明が、可能ですけど…」
烏月「草木も眠る丑三つ時の方が、弱体な鬼には顕れるのに、好ましいという訳ですか」
葛「でもこの時は、前夜桂おねーさんの贄の血を得てますし。ノゾミさんもミカゲさんも、
力に不足している状況ではありません。烏月さんの介入を警戒していた感じでしょーか」
桂「そのお陰で先にお札を貼れて良かったよ。
ところで憂いあれど備えに穴ありって?」
サクヤ「結界を張れて、安心できた桂が想いを馳せるのは、やっぱり想い人の烏月かい」
葛「貼り直そうと剥がしたりしなかったのは、不正解中の正解でしたね。世の中には、敢
て取り返さない方が良い過ちも、あるよーです。この後の展開を見るに、柚明おねーさん
の助けも烏月さんの助けも、ギリギリのタイミングだったので。最初からこの結界がなけ
れば、誰の助けも間に合わなかったかもですよ?」
烏月「桂さんが結界を張り終えた頃に、ノゾミミカゲが顕れたのですね。何とも危うい」
桂「今回はノゾミちゃん達も、声を掛けたりしてくれないから、暫くは気付けなかったよ。
わたしは陽子ちゃんに電話連絡しようかどうかって感じでいて。ノゾミちゃん達の接近は、
お姉ちゃんが先に察してくれていたんだ…」
柚明「結界が破れなければ、桂ちゃんは安全だから。わたしは青珠を通じて、ご神木から
様子伺いをしていたのだけど。桂ちゃんが夜に手洗いに行くことがあれば、危ういから」
烏月「個室のトイレも結界の外側でした!」
葛「そこは想定外でした、危なかったです」
サクヤ「守りもボロボロじゃないか……桂は素人なんだから、呪符を渡しても使いこなせ
ないかも知れないって、考えておかないと」
桂「ここはわたしも反省です。しっかり張り方・使い方を、聞いておかなかったから…」
葛「そう言う状況で、ノゾミさん達は桂おねーさんを結界の外におびき出すか、結界を内
から破らせる為に、おとぎ話の様に声真似をします。ここは烏月さんルートの通りです」
サクヤ「桂も半ば罠だって分りつつ、自分から引っ掛りに行ってしまうんだから、全く」
柚明「桂ちゃんは優しい子。もし本当に烏月さんが深手を負っていたなら……と思ってし
まい、そこに苦しげな声を聞いてしまうと」
烏月「ここは私も鬼の狡猾さを見誤っていました。まさか鬼が鬼切りに化けてくるとは」
葛「この時、柚明おねーさんが先に顕れ、桂おねーさんに扉を開けてはダメと、助言出来
なかったかと、問う声もありましたけど?」
烏月「それは無理です。この時点でノゾミミカゲは、結界周囲に赤い力を大量に展開し終
えています。柚明さんが桂さんに声を掛けても、まともに届かない怖れが高い。歪められ、
却って罠に使われる怖れも。更に言えば結界の中にいる桂さんには、ノゾミもミカゲも手
を出せないが、結界に入れない柚明さんは鬼も攻撃し放題です。柚明さんの危難を見れば、
桂さんが結界を飛び出してくる怖れが高い」
サクヤ「柚明が先に、結界の周囲に蒼い力を展開させておく手もあるけど。柚明はノゾミ
達に較べ、桂の血を飲んだ量が少なく劣勢だ。現身で居るだけで『力』を消耗するしね
え」
葛「作者さんの設定では、桂おねーさんの血を得てない状態での鬼の姉妹と、柚明おねー
さんの戦力比は、2対1。でも鬼の姉妹は2人なので実際は4対1。アカイイト本編やガ
イドブックでは特段明示がないので、作者さんの推定です。これだけで逃げ帰りたい状態
ですが、贄の血の効果が一口で拾位あるので、互いの戦力比は血を飲んだ後で激変しま
す」
サクヤ「おいおい、一口で拾って、確かノゾミとミカゲが呑んだ桂の血の量は、アカイイ
ト本編では明示がないけど、柚明の章では」
烏月「柚明本章第一章最後で触れてましたね。ミカゲが5口、ノゾミが3口、柚明さんは
一口と……ミカゲが最も多いのは、ノゾミルートでの桂さんの印象からの推定だそうで
す」
桂「確かそうだったよー。ノゾミちゃんよりミカゲちゃんの方が、よりわたしの首筋に食
い付いて、吸い上げている感じがあって…」
葛「桂おねーさんの柔肌に口吸いするなんて、許せませんです。わたしには、アカイイト
本編のわたしルートでしか叶わなかった夢を…。
こほん。少し冷静になりますです。
ノゾミさんとミカゲさんの吸血量の違いは、後々鬼の姉妹が仲違いした時に、桂おねー
さんに味方するノゾミさんを、劣勢にする為の設定ですね。敵より味方が強力だと、展開
に盛り上がりを欠くので。なお、柚明おねーさんと鬼の姉妹の間では、お互いが贄の血を
得る前よりも、むしろ戦力比は開いています」
桂「ご神木から吸い上げた『力』が、ほとんど影響を持たなくなっちゃっているんだ…」
サクヤ「ガソリン入りのドラム缶と評される訳だよ。手に入れた鬼が最強になっちまう」
桂「それ、陽子ちゃんにも言われたよーっ」
葛「ドラム缶形態になった桂おねーさんも可愛いですよ? わたしは好きですけどねー」
柚明「葛ちゃんもそう思う? 分るのね…」
烏月「私も同感です。桂さんならどの形態になっても可愛いと、確信を持って言えます」
桂「褒められているのか、いないのか…?」
サクヤ「あー次行くよ。アカイイト本編のあたしルートで、鬼切りの鬼になった桂も悪く
なかったけどね。でもそれ言い出したらキリがないから。本当に千年楽しめちまうから」
柚明「千年、竹林の姫で楽しんだんですね」
(サクヤ、柚明の静かな指摘に表情強張る)
桂「サクヤさん、十年前の夜までは姫様一筋だったもんねー。お姉ちゃんも脇に置いて」
葛「浮気は現代では致命傷……残念でした」
烏月「辞世の句を詠むのならば、お早めに」
サクヤ「ま、待て、話せば分る。必ず分る」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
18.烏月来援までの不利はどのくらい?
桂「えーと、サクヤさんが千年越しの浮気の罪で烏月さんに斬られたところから、解説を
再開します(サクヤ:斬られてないよ!)」
烏月「3日目の夜、ノゾミ達が桂さんの部屋の呪符の結界に踏み込んできた処からだね」
葛「鬼の姉妹が入り込んで来れたのは、やはり桂おねーさんが内側から、結界を開けてし
まったからなのでしょーか? 踏み込んでくる時も青白い光が弾けて、侵入を阻もうと機
能していた様ですし。及びませんでしたが」
烏月「そうですね。柚明の章の追加設定では、あの呪符の結界は、開けない事で最強の状
態を保ち続けます。一度開いてしまうと、結界自体は有効でも能力が大きく減衰してしま
う。一度開くと半分に、二度開くと更に半分に」
サクヤ「一応即座に消失しないように、との安全装置だろうけど……ノゾミミカゲには半
端な力じゃあ、通用しなかったって処かね」
葛「そこで柚明おねーさんが、青珠を通じて馳せてきてくれるのですが、劣勢は否めない。
桂おねーさんの血を全く飲んでない、アカイイト本編の烏月さんルート3日目夜よりは、
多少マシですけど……それとほとんど違わない位の絶望度合です。勝ち目なさ過ぎです」
桂「烏月さん……この時もやっぱりノゾミちゃん達に、お姉ちゃんは勝ち目全然なかった
の? お姉ちゃんの章では、アカイイト本編のお姉ちゃんルートに準じて、わたしの血を
少し飲んでもらっているんだよ。それでも」
烏月「さっきの計算で単純比較すると、鬼の姉妹84に対し柚明さんは11。桶狭間か川越野
戦の再現でも望むしかない処だが、ノゾミミカゲは前夜の経緯から考えて、油断がない」
サクヤ「それを分りきって、戦う前から勝ち誇るのが憎らしいね。柚明が『力』を増した
事を見て取って、桂の贄の血を入手した事も察して、柚明の心を嬲ってくる辺りはもう」
葛「桂おねーさんは、柚明おねーさんの吸血が、桂おねーさんの承認による行いであって、
ノゾミさん達の強制的なそれとは違うと言う事を、一生懸命伝えよーとしていますけど」
烏月「言えば言う程聞き入れない物です。こういう局面での狡猾さは、流石に鬼ですね」
柚明「わたしが桂ちゃんを、傷つけてしまったことに変りはないから……事実は受け容れ
なければ。少しの時間稼ぎを、兼ねながら」
サクヤ「激高して突進する展開に一番遠いのが柚明だけど、その上で時間稼ぎも考えてい
たのかい。確かに柚明前章でもあんたは勝ち目の薄い状況を、時間を掛けたり敢て傷を受
けることで、何度か成果を掴み取ったけど」
葛「その意図をミカゲさんは読んで来た訳ですか。敢て時間稼ぎさせつつ、柚明おねーさ
んの殲滅を図ります。柚明おねーさんは死角から蝶を、攻撃ではなくサクヤさんへ向けて
救援要請に放ったけど、ミカゲさんは逃さず絡め捕り。孤立させ勝率を高める堅実さ…」
柚明「敵は分断して弱い者から叩く。勝つ為の戦略の常道ね。助けを呼ばせない、危難を
伝えさせない。ミカゲも主も単に『力』が強いだけではなくて、戦い方が優れているの」
烏月「『力』に驕り、嬲る戦いがほとんどで、まともに五分の敵と戦ったことのないノゾ
ミより。百戦錬磨で隙のない、勝ち方を計算して導くミカゲの方が、確かに難敵ですね
…」
桂「この時は、わたしもがんばったんだよ」
柚明「そうね。桂ちゃんもお札でノゾミちゃんに必死に挑み掛っていたわね。わたしに充
分な力量があれば、あんな危ないことはさせずに済んだのだけど……ごめんなさいね…」
サクヤ「ここでノゾミに桂に似た頭痛を生じさせ、ノゾミも桂と同じく憶えてない過去・
忘れられた欠片があると示唆するのは、原作通りで原作者の読者への投げかけだけど…」
烏月「作者メモです。ここは桂さん視点のみならず、柚明さん視点もある柚明の章ならで
はこその、想いだけではなく柚明さんの、手法や思考・勝算と勝ち方を作者が示します」
作者メモ「攻めや一発逆転を考えず、守りに徹すれば、尚暫くは保たせられる。朝迄は無
理でも、2人を焦らせる位は長引かせられる。どちらか、多分ノゾミが業を煮やし、局面
打開に大技を使ってくる。その隙を待ち、撃つ。
敵の失陥を待つ他力本願で危うい橋だけど、その瞬間を逆用してどちらか片方に大打撃
を与え、もう片方に撤退か戦うかの選択を迫る。尚戦うと言うなら、再度朝迄でも守りに
徹し。
そんなに巧く行くとは思えない。相手の鬼こそ長命を保ち狡猾で百戦錬磨だ。わたしが
生き延びるだけなら芽はあるけど、桂ちゃんを守ってそれを為すのは一種の奇跡だ」
サクヤ「こういう組み立ては、元々襲われる弱者から、強さを培ってきた柚明だからこそ
かね。派手さには欠くけど、最後迄士気が下がらない。攻めるには中々面倒な相手だよ」
葛「成功し難いこと迄、織り込み済ですか」
烏月「自身と相手の力量をしっかり把握して、可能な戦い方を探る……練達の戦いぶりで
す。
桂さんは今迄、戦いや駆け引きと無縁の世界にいたから、勝算や戦いの筋読みは出来な
い。だからアカイイト本編のどのルートでも、こういう描写はなかったけど、柚明さん
は」
葛「柚明おねーさんは贄の血の力による関知や感応で、柚明おねーさん以外の者の思考発
想も読者に示します。アカイイト本編をなぞりつつ、それが読者の視野を広げてますね」
サクヤ「桂が呪符を持って特攻しても、時間稼ぎにしかなってない処、ノゾミに遊ばれて
いる処、しっかり書かれている。ノゾミの高笑いが憎らしくて、ぶちのめしたくなるよ」
柚明「その結果、ノゾミに桂ちゃんが曝される間、わたしはミカゲに対峙せねばならず」
葛「二対一の優位ですね。仮にこれほどの力量の差がなかったとしても、2人であること、
複数であることの強味は、圧倒的なのです」
桂「ここはわたし、もう諦めていたのに……。
『ユメイさん』には逃げてって、言ったのに。
でもお姉ちゃんはわたしを守る為に、想いの核を全存在を、ミカゲちゃんに叩きつけて、
消えて果てる積りだったんだ……わたしなんかの為に、間に合わないわたしを守ろうと」
サクヤ「その不屈の意志が、少しずつの時間稼ぎが、積み重なって最後に自身を助けた感
じかね。数分遅かったらどっちか、或いは両方ダメだったかも知れないけど、鬼切りが」
桂「烏月さぁん! 待ってましたあぁぁっ」
葛「ここは一瞬桂おねーさんが、烏月さんと柚明おねーさんの間柄を、気に掛けますが」
烏月「……あの夜はすみませんでした。それから、もう桂さんは大丈夫です」
桂「あの時の様に凛々しくて格好良いよー」
柚明「そうね。本当に強く凛々しく美しい」
サクヤ「ふんっ。白花を追い掛けて深みに嵌って、桂の守りが疎かになっただけじゃない
かい。この夜ももっと早く戻ってきていれば、桂も柚明も危ない目に合わずに済んだの
に」
葛「烏月さんと白花さんを追い掛けて、帰着にも桂おねーさんの助けにも、致命的に遅れ
たサクヤさんが、それを言いますですかー」
サクヤ「烏月が白花を追い掛けて危ういから、あたしは旅館に戻れなかったんだよ。その
所為で桂も柚明も危険に曝しちまったんだっ」
桂「昼間のクレープの時からこの夜遅くまで、ずっと白花ちゃんと鬼ごっこしていたの?
そりゃ疲れるし息上がって戦えなくなるよ」
葛「作者さんの設定によると、白花さんも桂おねーさんが気懸かりで、さかき旅館から離
れたくない中途半端さがあり。烏月さんを振り切ることが、出来なかったそーですね…」
サクヤ「加えて烏月の技量が上がってきていてね。居所を感づかれたり振り切れなかった
りと、白花の見立てが少し甘かった様だね」
桂「お姉ちゃんが、烏月さんに鬼2人を任せるのに躊躇いを見せたのは、烏月さんの疲労
を気に掛けていたんだ……気付かなかった」
柚明「ええ。でも、敵方である鬼を前にして、烏月さんの不利な情報を明かす訳には行か
なくて。それに烏月さんは、その不利をはね除けるだけの精神力と技量を、持っている
わ」
葛「昨日は斬ろう斬られようの仲だったのに、いきなりアイコンタクトです。いずれ劣ら
ぬ美人2人が、通じている処が羨ましーです」
サクヤ「2人で戦うって選択肢は考えなかったんだね。そこだけは烏月を認めてやるよ」
桂「確か、アカイイト本編のサクヤさんルート終盤では、ノゾミちゃんミカゲちゃんに対
して、烏月さんが『ここは私に任せて先へ』って場面があって。わたしが『一緒に戦って
倒そうよ』って言って、サクヤさんと烏月さんが共闘する『熱い展開』があったけど?」
葛「柚明おねーさんのこの時の力量は、鬼の姉妹の片方にも劣勢です。時間稼ぎや守りに
徹する戦いでも危ない状態は、変ってません。それに、勝てたとしてもその消耗を補う術
は、桂おねーさんの贄の血です。烏月さんが戦えるのなら、烏月さんに任せる判断は妥当
かと。唯の鬼切りではなく、千羽の鬼切り役ですし。
鬼切部の戦いは時に、味方の鬼を遠ざけて為す場合もあります。鬼全般に無差別に損傷
が及ぶ戦い方もあるので。この時は単に烏月さんが、桂ねーさんと同様に柚明おねーさん
をも守りたかっただけ様にも、見えますが」
烏月「葛様っ。それは、私の真意ですが…」
サクヤ「前夜に柚明を悪鬼と勘違いして刃を向けた、その借りを返したいってとこだろ」
桂「余り烏月さんを責めないで。わたしを守る為に颯爽と、帰ってきてくれたんだから」
「第8回 柚明本章・第二章『想いと生命、重ね合わせて』について(甲)」へ戻る