第8回「柚明本章・第二章 想いと生命、重ね合わせて」について(甲)
1.まずはごあいさつです
桂「みなさんこんにちは、羽藤桂ですっ」
柚明「皆さんこんにちは、羽藤柚明です」
烏月「皆様お久しぶりです千羽烏月です」
葛「葛と尾花です、皆さんこんにちはー」
サクヤ「あんたらはいつでも呑気だねぇ」
(配置は画面左から桂、烏月、葛、尾花、サクヤ、柚明の順)
桂「呑気とお気楽と太平楽は、わたしの属性の1つって言われる位だし、今日はこうして
烏月さんも含めて、みんなが揃って……って、7人じゃない? 尾花ちゃんを入れて7人
じゃない? ようやく烏月さんが入ってくれたのに、今度は誰が抜かされちゃったの
…?」
柚明「今回のゲストさんは、葛ちゃんと尾花ちゃん、サクヤさん、烏月さんの3組よ…」
サクヤ「ほうほうそりゃあ都合良い。あの尻軽でふわふわ浮いて回る鬼の小娘は、本日は
省かれてあたしと桂の間に割り込めないと」
烏月「陰口は好まないが、姿は年端の行かぬ娘でも千年を経た鬼だ。人の、特に贄の民の
傍に置くべきではない。この扱いは至当…」
葛「鬼側戦力は半減し鬼切部の戦力倍増です。問題は、アカイイトの鬼切部側に烏月さん
は不可欠ですが、桂おねーさんのハートの奪い合いでは、烏月さんこそ脅威な面もあっ
て」
桂「本当に来てないの? 一人だけ仲間外れなの? これって確かに作者さんの意図?」
葛「仲間外れな訳でもないよーです。作者の意図であることに、違いはないよーですが」
サクヤ「何かどこかで聞いた様な流れだね」
柚明「はい。この流れは2回目ですし、そろそろこの並びで講座に入る背景のお浚いをし
ましょう。柚明本章解説のゲストについて」
葛「作者メモです。中身は前回同様ですが」
作者メモ「わたしは柚明前章4つの話しを解説するゲストに、柚明以外のアカイイトヒロ
イン4人を当てました。柚明本章は話しが更に長いので、解説のボリューム増を考慮して、
ゲストを増員する積りでした。しかし……」
サクヤ「一つの場面で登場人物が多くなりすぎると、作者の力量から、全ての者の立場や
心情や動きを把握して描く事が、キツイって話しは、何度か今迄も触れていたからねぇ」
桂「わ、サクヤさんも前回と全く同じ台詞」
烏月「登場人物を絞り込み、濃密な絆や触れ合いを描く作者の方針は、多分正解でしょう。
力量の不足を戦場設定で補う策は妥当で順当。私も桂さんや柚明さんとの深い仲を描かれ
た。……問題は絞り込みに漏れた場合でしょうか。今回漏れた者はその悔しさもひとしお
かと」
桂「わたしとお姉ちゃん以外のヒロイン全員をゲストさんに招くと、登場人物が多くなり
すぎるから、前回は烏月さんを外して、今回はノゾミちゃんを外しちゃったってこと?」
葛「そーですね。桂おねーさんは賢いからお話しの理解が早くて助かりますです、はい」
柚明「ノゾミちゃんだけが不公平に外された訳ではないの。久遠長文は柚明本章の4つの
話しを解説するゲストに、わたし以外のヒロイン4人を3人ずつ登場させる構想なのよ」
サクヤ「あたし達柚明以外のヒロイン4人は、柚明本章の4つの話しに3人ずつ出る。持
てる権利は3つずつ。どこか1回登場しない」
葛「ノゾミさんは今回が不登場だった訳です。逆に言えば、ノゾミさんは第三章と第四章
の両方に招かれると、今時点で確定しました…。
烏月さんは初回が不登場だったので、今回と第三章・第四章全ての登場が確定してます。
わたしと尾花、それにサクヤさんは、第三章と第四章の何れかで、1回は確実に欠けな
ければならないと、今時点で確定した訳で」
烏月「4つの話しに公平に割り振るなら、1人ずつ1回登場か全員毎回登場か、が考えら
れる処をわざわざ1人ずつ不登場にするとは。2人ずつだと組み合わせが6通り生じるの
で、4つの話しに割り振れない。考えましたね」
柚明「そういう訳で、今回はノゾミちゃんが登場しない回だったの……分って桂ちゃん」
桂「うん……ノゾミちゃんがいないのは残念だけど、ノゾミちゃんだけ不公平に仲間外れ
にされた訳じゃないってことなら……次は逢えるんだものね。烏月さんにはこうして逢え
た訳だし(前回も終了後には逢えたけど)」
葛「そーなります。次はここに居る3人の内、わたしと尾花セットかサクヤさんの何れか
が、確実に外れることになってしまいますけど」
桂「あ、そうだった。順番だから、みんなが一堂に会することはないんだっけ。この辺り
は作者さん、ちょっと意地悪のような気も」
烏月「前回ノゾミも言っていたけど、柚明本章でも後日譚でも、桂さんと私達守り手全員
が揃う場面は多くない。ノゾミは青珠に宿っているから、常に桂さんと共にいられるけど。
通学すれば桂さんは、柚明さんの傍にも居続けられない。サクヤさんや葛様や私も同様に。
絆を繋げた仲でも常に一緒する事は難しい。皆の都合がぴたりと一致する事は逆に少な
い。逆にその場の頭数が少ない方が、その時に一緒できた者と、濃密なひとときを過ごせ
る」
柚明「例えその場にいなくても、心を確かに繋げれば、心に抱いて想いを紡げるわ。そう
言う姿や場面を描くのも、久遠長文の好みだから。常に一緒は最善だけど、愛は一緒にい
る時しか紡げない訳ではない。烏月さんやサクヤさん、葛ちゃんもそれは分っているわ」
サクヤ「誰かが、または誰かと誰かが欠ける状況なら何種類も作れるから、それぞれ味付
けが異なって来る。作品を重ねると生じ易いワンパターン化を回避するにも、良案かね」
葛「そーゆー訳で、烏月さんには今回鬼達へ強面に応対してもらうこととして。その間若
杉葛が桂おねーさんと、心ゆく迄肌身を添わせ、深く強い絆を結びますよ……って、今回
は烏月さんが桂おねーさんの隣ですかっ!」
烏月「はい葛様……ここを指定されまして」
桂「やったぁ! 烏月さんのおとなりぃ…」
サクヤ「ちょいとお待ち! 折角の『小鬼の居ぬ間の洗濯』なのに、桂と絆を深める格好
のチャンスを、見過ごすものかい……って何だいこの座席配置はぁ! 端っこの桂の隣が
小生意気な鬼切り娘で、さらに極悪お子様で。あたしの隣は子狐……反対側は柚明だけ
ど」
葛「前回は若杉の総力を注いで、桂おねーさんの隣を取れたのが、逆に今回油断になって
しまいましたか。まさか2回目で外してくるとは……これはもしや烏月さんの下克上?」
烏月「いえ葛様。私は決してその様な……確かに桂さんは、私のたいせつな人ですが…」
桂「今回の座席図って渡されたとおりだよ」
サクヤ「あんたは前回桂の隣を独り占めだったんだから、今度は逆の端まで飛ばされても
平均値なんだよ。一個ズレただけで済んでいるのが、充分裏工作の成果じゃないのかい」
葛「桂おねーさんから一個ずれて離れたのは、サクヤさんも同じです。桂おねーさんの隣
から引き剥がされる辛さに比べれば、他の動きなど十把一絡げですけどね。サクヤさんは
逆にずれたお陰で、柚明おねーさんの隣に拾ってもらえたのだから、いーじゃないです
か」
サクヤ「こんの、極悪お子様がああぁぁ!」
烏月「柚明さん以外のヒロイン4人に、順番に欠員1名が巡り来るなら、桂さんの隣も順
番に巡り来るのではないでしょうか。初回が葛様で2度目が私なら、3回目4回目は…」
葛「そんな絶望的な予測はイヤですー。残りの解説で、わたしが桂おねーさんの隣になれ
る可能性が、なくなるじゃないですかー!」
サクヤ「ほうほう、それはそれで悪くない未来予測だねぇ。次こそあたしにも桂のお隣が
巡ってくるかも知れないってのは、朗報だよ。でもあたしは、未確定な次回の桂の隣より
も、今すぐに桂の隣を占めたい処でねえ。…?」
(サクヤの左太股に柚明の右手が軽く触れ)
柚明「サクヤさんはわたしの隣は、おイヤですか? 桂ちゃんの愛らしさに敵わない事は、
分っていますけど。……わたしの隣がご不満なら、並びの再考をお願いしてみますね?」
(サクヤの声音も姿勢も表情もなぜか怯み)
サクヤ「い、いや。その、決してイヤって訳じゃなく……桂の隣がいいってのは、何も柚
明の隣が不満ってことじゃなく。その、ああ、もう!
今回は柚明の隣でもあるからこの配置はグッドだよ。全く異議なし満足ですっ」
柚明「(微笑んだ侭桂を向いて)良かった」
桂「何か不思議な力関係が働いている様な」
烏月「私達の間にも働くといいね、それは」
葛「さっ、サクヤさん! 突然折れて現状を受け入れてしまうですか。桂おねーさんの隣
を願う上では競合関係ですが、今の配置を変えたい不満分子が減るのは、わたし一人にな
ってしまうから、ひじょーに困る展開で…」
桂「葛ちゃんだけになっちゃったね。尾花ちゃんは元々クールで、表情に動きもないし」
烏月「サクヤさんが納得した様なので、後は葛様だけですね……では、こうしましょう」
(烏月は葛を抱き上げて、膝の上に置いて)
烏月「こうすれば葛様も、桂さんの隣です」
サクヤ「葛あんた、確かに桂の隣にはなれたけど、なれたけど。ぷぷっお子様丸出し…」
(葛の反応より早くサクヤの左太股に掌が)
柚明「サクヤさん」サクヤ「わ、分ったよ」
桂「葛ちゃん、可愛い……烏月さんの膝にちょこんと座って……とっても可愛いよー!」
葛「……そ、そーですか? 確かに葛は今、桂おねーさんの隣になって居ますけど……」
桂「うん、……これで一件落着だね!」
柚明「それでは本筋に戻りましょうか」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
2.お話しに入るその前に
桂「わたしとお姉ちゃんの『柚明の章講座』も8回目になりました。前回掲載からおよそ
3年経過しての再開です。講座の掲載間隔としては、長めに開いちゃった感じだけど…」
柚明「そうね。作者が唐突にアウトプットからインプットに力点を移して。執筆に力を注
ぐと、興味を抱いた事柄の精読が難しいから。抑えていた知的欲求が止められなくなって
…。
みなさんと向き合う機会が再び巡ってきて、桂ちゃんもわたし達も、とても嬉しいで
す」
葛「ほぼ拾年、柚明の章に集中的に時間と労力を注いでいましたから。その上、知的欲求
の充足に余分に時間をかけたがるお人なので。
『若杉葛なら、ちゃちゃっと済ませているところでしょうけど』と作者メモが来てます」
サクヤ「柚明の章の主な話しは、完成してしまったからね。他にも書きたい・構想してい
る話しはある様だけど。ここ迄書きあげると、達成感に反比例して執筆意欲が低下するの
もやむを得ないかね。よく書き上げたもんさ」
烏月「他の作品を手がけたい執筆意欲に加え、知的欲求・知識を仕入れたい欲求が、執筆
意欲全部と並立してあるなら。時間配分が難しいのは分ります。常の人に時は有限です
し」
柚明「そんな訳で今回は時間が掛りました」
桂「元号も変って、令和になったものねー」
葛「今後はどうなるのでしょー? 本来なら柚明の章・後日譚第4.5話も完成していて
良い頃合ですけど、殆ど手がけてないですし。サクヤさんが前回言ってた様に『書きたけ
れば意欲の続く限り描いて、嫌になったら中途半端で止め』よーとしているのでしょー
か」
烏月「葛様のご心配は、後日譚よりむしろこの講座の続きではありませんか? 心を震わ
せる出来になるかも知れませんが、読む事が時に痛々しさを伴いかねない後日譚より…」
桂「そーだよねー。本編はシリアスの極みで、時々読み進むのが辛くなることもあるか
ら」
サクヤ「設定的に楽屋裏で、どんな波乱も危険もない『お約束』のこの講座の方がお好み
だけど、こっち迄滞るかもって心配かい?」
葛「まーそんなところです。実はこちらでもその本編を読み返すので、本当に緩いのかと
問われると微妙ではありますが。若杉総帥も鬼切りの頭も一旦置いて、大好きな桂おねー
さんと気楽に過ごせる、貴重な時間ですし」
柚明「葛ちゃんは桂ちゃんとの時間を、大事に想ってくれているのね。わたしも嬉しいわ。
作者は今後も柚明の章講座だけは続けたい、と思っているみたい。何より、まだ柚明本
章の解説が終ってないから。元々は柚明前章の番外編や後日譚も、解説したかった様だけ
ど。
それは今後考えるとして、とりあえず乗り掛かった船・柚明本章の解説は終えたいと」
烏月「サクヤさん曰く、『そう言う処にお堅い』作者ですからね。切りの良い処迄は執筆
してくれると、期待して構わないと思います。掲載延期が頻発してしまうのが難点です
が」
サクヤ「あたしが省かれる回を残している講座だから、あたしとしては微妙だけどねぇ」
桂「でも登場する回も残っているんだよね」
烏月「食い付きたくなる餌を残しておく。意図してかどうかは分りませんが、次に誰かが
外れ登場するのか分らない構成は、私達登場人物の関心をも、引っ張り続けるのですね」
葛「とりあえず柚明の章講座は、今後もありそーと言うことですね。安心できました……
この講座は登場するのも後で見返すのも、わたしにとっては眼福で至福の作業なのでー」
サクヤ「じゃ至福の作業をそろそろ前に進めようかねえ。今回は柚明本章の第二章だよ」
桂「起承転結で言えば『承』の話し。作者さんは『四部作の中では二つ目の話しが最も難
しい』って、メモを残している様だけど?」
烏月「それについて作者メモが来ています」
作者メモ「世の小説や映画でも、四部作より三部作が多いのは、四部作にしてしまうと第
2作の盛り上げに苦労するからだと、わたしは思っています。三部作なら、第2作は最終
話に向けそこそこの盛り上がりを作れますが、四部作の第2話は最終話ではない第3話へ
の繋ぎでしかない。第2話単独で盛り上げるしかない上に、第1話以来の流れや設定には
束縛される。作者の力量を試される箇所だと」
桂「へー、そういう見方もあるんだ。映画なんかでも三部作が多いしね。興行的には『起
承転結』よりも『序破急』が良いのかな?」
葛「確かに最終話への繋ぎだからこそ、三部作の第2作が盛り上がれる側面はありますね。
紹介する側も大抵『最も面白いと言われる』で片付けられます。第1作が作品の特徴推し、
第3作はクライマックスとなれば、第2作を持ち上げる一番簡単な表現なのでしょーけど。
作り手側にしても四部作にすると、中身が薄くなるというより盛り上がりを作りにくい、
観客の興味を引き続けるのが難しい、と…」
サクヤ「この作者は無理っぽい課題に敢て挑む感もあるし。修行の積りででもいるのかね。
エピソードの作りとして、強力な敵や大きな困難に立ち向う『一続きの長い話し』より、
長くない話しを数多く連ねる方が難しいとか。絶望的な劣勢から一発逆転で勝って終る話
しより、実力の伯仲した同士が繰り広げる一進一退を描く方が難しいとか。話し作りや発
想の基礎体力みたいな物を、試されるってね」
烏月「主人公側が何度倒れても立ち上がれるのに、敵の首魁が一度倒れたらそれでおしま
いなのは嘘に近いとか。絶体絶命に追い込まれた主人公が、そこ迄追い込んだ敵に逆転勝
利してしまうのは、余りに敵が不自然だとか。
劣勢な時や孤立した時に雲散霧消する好意的な要素が、優勢になると突然特筆大書され
たりとか。世の中とはそういう物なのかも知れませんが。結果から逆算した様な、結果を
導く為に操作した様な描写は、世間に多い」
葛「『登場人物の誰もが、本能寺の変を事前に察しているのに、信長だけ何も気づかぬ愚
者に描いて、不自然を感じないのか』との作者の見解には同意ですね。変の決行をほんの
少数以外には秘匿したから成功した筈なのに。誰もが知っているという展開は、興醒めで
す。
都合良すぎる展開にして、読者に当然な程先が見通せる様にしては、読者の『話しの先
に気を揉む楽しみ』が、なくなってしまうと。
それはそれで読む側が、ハラハラドキドキ、先を見通せず手に汗握り、心臓を掴まれ続
ける展開になってしまうのですが……それこそ作者の成功ですか? 理解は出来ますけ
ど」
サクヤ「結果から遡った様な書き方は巧くないって話しさ。予言者でもあるまいし、先が
どうなるか分らない中での登場人物の考えや判断・行動を、読者も楽しみ読み進むんだ」
桂「プロの作家さんや漫画家さんも、なかなかしないことを、サラリと目指したがるね」
柚明「一応その端くれに連なろうと志し、物語を公表している位の神経の持ち主だから」
葛「玄人受けする基礎体力が、大衆受けするとは、必ずしも限らないんですけどね。むし
ろ作者さんは、既に大衆受けしている作家や漫画家さんから、その成分を盗み取ることに
執心するべきではないかと、思いますけど」
サクヤ「無謀な挑戦も、やりたがるからには青写真みたいな物があるんだろうさ。柚明の
章でそれがどこ迄形に出来て、どの位評価されたかは分らないけど。努力も失敗も悪評も、
無駄で終らせなければ無駄にはならないよ」
烏月「本作も柚明本章の第二章で、どれ程描ききっても最終話には繋らない。どの様に盛
り上げようか緊張感を保とうか、作者的にはかなり悩ましかった様です。作者メモです」
作者メモ「第一章で柚明の置かれた状態が極限過ぎたので、それを凌ぎ終えた第二章開始
時点は、妙な虚脱感がありました。状況は悪いのに、戦力的な不利は覆うべくもないのに、
妙に余裕や自由度を感じる。作者がそう思うなら読者も多分同じだろう。これは拙いと」
葛「柚明本章を早く描き終えたい作者さんの焦りにも近い思いと、妙な虚脱感から執筆が
進めづらい感触が矛盾していますね。書きたいけど書き出せない、意欲を燃やしにくい」
桂「それを再点火させるには、作者さん的には『ゆっくり地道に油を撒くしかないです』
だって。第二章の初めの書き出しでは『新規に書き始める』位の感覚で向き合ったって」
柚明「ええ。前回綺麗に締めて切ったために、書ききれなかった箇所をしっかり定めて描
き、次の動き出しへの基盤を作る。速やかに進めなくても仕方ない。順序立てて積み上げ
ないと先へ進めないようですから、この作者は…。
桂ちゃんの濃い贄の血を得て、一度は覚悟した消滅の定めを回避できたわたしは。生き
残れたなら何をすべきか、何をしなければならないか、どの順番で為すべきか、から…」
葛「一度追い詰められて盛り上がってしまい、それを凌いで安堵してしまうと、もう一度
緊迫感を取り戻すのが、中々大変なんですよ」
桂「少年漫画の『強さのインフレーション』みたいだねー。もっと酷い状況・もっと過酷
な設定にしていかないと、今までと同じだと、厳しさを厳しさと感じ取れなくなってしま
う。激辛カレーに舌が慣れちゃった感じかな?」
柚明「桂ちゃんに座布団一枚お願いします」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
3.前半は『暗闘編』後半は『換骨奪胎』
烏月「激辛カレーは良い比喩だったよ桂さん。少年漫画でも強さのインフレーションや困
難状況の調整を誤ると、話しを進められなくなったり、辻褄が合わなくなることもあっ
て」
葛「ただ、そのインフレーションを回避するのは、至難の業ですけどね。慣れとは恐ろし
い物で、読者のみならず作者にも浸透します。最後には人類全ての悪意とか、全宇宙の真
理とか、訳の分らない物を敵に回す羽目にも…。
結局、これまでよりもっと敵を強くするか、以前よりも状況を更に困難にするかしない
と、ストーリーに緊迫感を生み出せなくなって」
サクヤ「ここの作者は、それを試みているね。強さや悲劇の度合・インフレーションを巧
く操って、時に緩めながら、『辛さ』を調節して破綻させず。アカイイト本編の作りを壊
すことなく、話しを完結迄導いていこうと…」
柚明「作者メモでは第二章を『暗闘編+換骨奪胎準備』としています。第一章と異なって、
第二章は最初から原稿用紙四百枚という長丁場を想定出来たので。アカイイト本編から取
り込むイベントと、オリジナル描写場面もほぼ考え済みだから。第一章に準じて考えれば、
大凡の分量想定は出来る。その上で概ね前半後半で分けて考えて、描いていくべきと…」
葛「第一章はプロットだけ考えて描写を進めて行ったら、想定の二倍になってしまったん
でしたっけ。かなり大きな見込み違いです」
サクヤ「実際は倍で収まらなくて、幾つか描写を削ったり何なりして、何とか切りの良い
数字である倍に抑え込んだって辺りだけど」
桂「行き当たりばったりだね。そこはもう少し用意周到・準備万端であってほしいです」
葛「それを桂おねーさんが言いますですか」
烏月「素面で言えるのが桂さんの特長でもありますから……でも、描いてみないとプロッ
トの濃さや分量は把握できない面もあります。第二章がこの分量書くと想定して描いた初
めての話しで、真に力量を量られる内容だと」
柚明「前半は第一章と変らず、わたしは昼に現身を取れない。アカイイト本編の『桂ちゃ
んがさかき旅館に泊るルート』に沿って、桂ちゃんの知り得る範囲の外側で、鬼達と『暗
闘』を繰り広げる。桂ちゃんの知り得ない範囲が、オリジナル描写である『暗闘』です」
サクヤ「アカイイト本編の展開に影響しないって縛りを、自ら科して。物好きだけど原作
へのリスペクトかね。作者はアカイイトの各場面を、柚明本章に最大限取り込みたいから、
多くの二次創作にある『全くの別ルート』への逸脱は、極力避けたい様だし。そうなれば、
桂の居る場面≒実質アカイイト本編の描写だから、桂の居ない場での展開が肝要になる」
葛「後半は桂おねーさんの崖落ちを助けた柚明おねーさんが、その課程で桂おねーさんの
濃い贄の血を得て、濃い現身を得て烏月さんのメインヒロインの立ち位置を奪う辺り迄」
桂「あ……葛ちゃん、今回は烏月さんが…」
サクヤ「前回言っていた換骨奪胎が動き出すかねえ。第二章ではノゾミはまだ敵方だから、
主敵はノゾミの侭で。ノゾミと戦う烏月が勇者+ヒロインの侭だけど。桂の生命を助けた
辺りでもう、絆の深さは入れ替っているね」
烏月「気遣ってくれたんだね、有り難う桂さん。でもそれは気にしなくて良い。私も柚明
本章は、自ら体感した以上に全部を読了した。柚明の章講座も前回迄全て読んだし、換骨
奪胎の事も承知しているよ。勇者の資格は畢竟、主敵との対峙(退治)にあり、アカイイ
トでは桂さんを守るヒロインが、それに当たる」
柚明「烏月さん……」(烏月は柚明に頷き)
烏月「私は導入部ヒロインという立場だった訳だし。アカイイト全体のメインヒロインを、
望むのが難しい事は承知済み。本編の私ルートで為せた最大限でも、桂さんの幼少時の悲
痛な記憶に係る根本的な解決は、出来てない。
根本的な解決といえば、サクヤさんルートがそれに近いが、あの結末は美しく尊い代り
に代償・痛みが多すぎる。ノゾミはともかく柚明さんや桂さんの兄も残れず、葛様も桂さ
んと絆を繋ぐ前に途中退場。経観塚を訪れた桂さんの当初目的だった幼い頃の記憶も喪っ
た侭……桂さんの憂いのない笑顔を考えるのなら、柚明さんルートを基本にした作者の判
断は、妥当だと思うよ。小説版アカイイトも柚明さんルートに肉付けした物だったしね」
葛「わたしルートやノゾミさんルートも結局、その場凌ぎでしかないですからねー解決
が」
桂「その場しのぎって言うより、葛ちゃんルートだと尾花ちゃんが喪われちゃうし。ノゾ
ミちゃんルートだと、後日譚で作者さんが懸念した鬼切部との関係が危なそう。わたしだ
けじゃなくノゾミちゃんや、サクヤさんも」
サクヤ「確かに葛のルートだと、柚明が永遠に喪われてしまう、柚明に最悪のルートだし。
ノゾミルートだと葛と桂は逢えてないから、葛が鬼切りの頭を継ぐことはなく。鬼切部
は後日譚で桂や柚明に害を為した最高幹部達の元で動く。千羽も烏月の抑えが効かなかっ
た怖れは高い。制約のない鬼を伴うのは、災いを振りまく様な物だからねえ。例え桂がノ
ゾミと心通わせていても、鬼切部にそれを分ってもらう伝がないってのは、かなり痛い
よ」
烏月「誰かを得られれば誰かを失う。アカイイトには姉妹作のアオイシロと違って、グラ
ンドルート(ハーレムルート)はありません。
『全員が絆を繋ぐ様な都合良い展開はない』という原作者の示唆も知れませんが。アカイ
イトでは桂さんもヒロイン全員も、乗り越えがたい痛みを抱えていて、経観塚での出逢に
よってその打開へ進み出す。ヒロイン全員に希望の芽を残したい。故に桂さんと全員の絆
を繋ぐ事は、作者には必須条件だった模様で。
ノゾミを伴う事を桂さんが、鬼切部の公認、或いは黙認ででも了承され。尾花が生命落
さず。柚明さんがオハシラ様から解き放たれる。それら全てを満たすには、その基盤に出
来たのは、多分柚明さんルートだけでしょう…」
葛「わたしルートやサクヤさんルートではノゾミさんルートに分岐できないですし。そこ
を無理に繋ぐ方法も、ないではないですが難しーですね。尾花を喪わずにわたし・若杉葛
が葛城一言主の『力』を得る位の、無理加減でしょーか。顕在化した可能性と顕在化して
ない可能性の確度は、やはり段違いですよ」
サクヤ「柚明ルートを基本にするなら、メインヒロインは柚明になる。元々このお話しが
柚明本章だしね。となればここまで基本烏月ルートに乗って、烏月ヒロインで来た流れを、
どこかで柚明ヒロインに転換する必要がある。
作者はそのヒロイン交代を、ヒロイン側ではなく敵方・主敵の交代という『技』を使い、
アカイイト本編の描写をほぼ変えずにやってのけた。烏月を勇者に対応させてきた主敵の
ノゾミを、桂が味方に引き込むことで敵から脱落させ。結果ミカゲが主敵に昇格し、ミカ
ゲに対応していた柚明が勇者に自動昇格する。
実際ノゾミルートで、ミカゲがノゾミを操って主導権を握っていたことが、明かされた
訳だし。敵のラスボスである主への忠誠度も、どこまで行っても別人のノゾミより、主の
分身=己自身であるミカゲの方が強くて当然で、更に厳しい敵となる。よく考えたもんさ
…」
葛「ノゾミさんの寝返りは、次の話し・第三章ですから、今回はヒロイン交代の基盤を整
える辺りまでですか。柚明おねーさんが桂おねーさんの生命を救う課程で、その濃い贄の
血を大量に得て、桂おねーさんを守る『力』でも救えた実績でも、烏月さんに並び・凌ぐ。
ここでも作者さんは、烏月さん下げをするオリジナル描写等はせず、本編描写に沿った
柚明おねーさん上げのみで進めてます。重要人物のポジション交代は、上げ下げを同時に
進め、読者の納得を整えることが多いですが。
作者は『安易に他者を下げると、上げる者の格も落しかねない』と。下げた旧勇者を凌
いで勇者交代しても、新勇者の値は高まらない。値を下げない烏月さんを、柚明おねーさ
んが上回ることで、ヒロイン交代を巧く納得させられると……これも実験的な試みですー。
制作者側に言わせればそれは『激ムズ』で。上げ下げを同時に行う方が簡単確実効率的
なのですが。この人はアカイイトのヒロイン全員を心底好いている様で『誰かを上げる為
に誰かを下げる』挙に出られなかったとか。最後が実質お2人での対談なのも象徴的か
と」
烏月「そう言われてみればその通り、ではありますが、まずは冒頭から順番に読み進めて
行きましょう。第一章の究極の危機的状況から多少改善はされたけど、尚先を見通せない
劣勢にある柚明さんの、すぐ次の動きから」
桂「さかき旅館で過ごす二日目の夜、ノゾミちゃんとミカゲちゃんの襲撃を、烏月さんと
『ユメイさん』の助けでしのぎ切れて。でも烏月さんが、お姉ちゃんに刀を向けて緊迫し。
サクヤさんが割り込んでくれて、最悪の事態は避けられたけど。烏月さんとの絆は一度断
たれ。その後お姉ちゃんにわたしの血を飲んでもらって、わたしはお姉ちゃんに癒されて。
添い寝のお姉ちゃんの促しで、烏月さんに翌日再度アタックすることを、決心、決心…」
葛「頬が赤くなってますよ、桂おねーさん」
サクヤ「柚明との添い寝を思い返して赤面しているんだか、烏月に告白する決意を思い返
して赤面しているんだか、どっちなんだい」
桂「つ、次いってください……」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
4.第一章の最後から繋ぎ
柚明「では解説を続けましょう。まず本作の表題『想いと生命、重ね合わせて』について
ですが、作者は相変らず表題付けが苦手で」
桂「わたしとお姉ちゃんが『想いと生命を重ね合わせて』最大の危難を凌いだことを示す
んだよね。崖から落ちてわたしが生命も落しかけ、助けに来てくれたお姉ちゃんも日の光
で消失しかけたあの時が、今回の山場だし」
葛「含蓄は余りないですけど、ストレートで本作の要所を示す表題ですね。むしろ含蓄よ
りも、意図して明示を選んだ感じでしょーか。
そして実は桂おねーさんの致命傷の治癒は、崖落ちから夕刻迄の暫くで終った訳ではな
く。桂おねーさんが意識を取り戻した後も、サクヤさんとわたしがお風呂に行って帰った
後も、わたしの就寝後烏月さんが羽様の屋敷を訪れ、皆さんが寝静まって2人の対談にな
った後も、ずっと続いていて。呪文一発で簡単に直る設定じゃないから、当たり前ですけ
ど。『想いと生命を重ね合わせ』続けていた訳ですよ」
サクヤ「それを言っちまうと、第三章第四章でも桂はもっとピンチになって、柚明はいよ
いよ遠慮なく肌身沿わせ癒しを及ぼし、生命を繋ぎ続ける訳だから。第二章だけの表題に
するのはどうかなって、感じもするけど?」
烏月「いえ。サクヤさんの言うことは正しいけれど、だからこそ第二章の表題はこれで良
いのです。桂さんと柚明さんは第二章の崖落ちの時点で『想いと生命を重ね合わせ』、以
降ずっと『想いと生命を重ね合わせ』続ける。
継続しゆくその始りが第二章なら、その表題としてこれは至当。アカイイト本編の主人
公たる桂さんと、柚明の章主人公たる柚明さんの、拾年離れ離れだった定めが漸く重なっ
た。柚明本章全体を俯瞰しても転換点です」
葛「誰の『想いと生命』を重ね合わせているかを敢て描かないのは、暗示的にしたい作者
の抵抗でしょーか。この後は柚明おねーさんも桂おねーさんも、いろいろな面々と肌身沿
わせて『想いと生命を重ね合わせ』ますし」
サクヤ「概ね分っているじゃないかい。今は人も通わぬ田舎の外れのお化け屋敷に、いる
者なんて読者にも大凡知れて居るだろうに」
烏月「表題についてはこの位にして、作品を読み進めましょう。本編も控えていますし」
柚明「はい。冒頭は桂ちゃんのさかき旅館二日目の深夜。千客万来の夜を過ぎ、桂ちゃん
の手を握って、寝付く様を見届けたその後」
桂「この後がアカイイト本編で描かれてない、『わたしの知らない世界』なんだね。第一
章の最後、お姉ちゃんがわたしの強いお願いで贄の血を飲んでくれて、『力』を復してく
れたけど。正にその結果にお姉ちゃんが、人知れず悔悟の念を抱いていたことも、謝って
くれていたことも、わたしは衝撃だったけど」
サクヤ「柚明は桂ラブ一番だからねえ。桂が多少でも傷つくことは、受け入れ難いのさ」
葛「妥当な判断でしょーねー。この時点の柚明おねーさんは、オハシラ様と言えど人を外
れた化外の身。ノゾミさん達を見て分る通りたおやかな外見で、腕力でもそれ以外の力で
も容易く人を殺せます。加減を間違えるとその気がなくてさえ、人の生命を奪いかねない。
鬼と人との関りは成功しても、本当に微妙な均衡の上に成立しています。というかその近
郊を保てなければ、成立しえないのです…」
烏月「鬼と人の絆が、それを望むごく少数の鬼にとってすら至難な背景です。殆どの場合
でそれは成立せず、より脆弱な人の側が傷つけられ殺められて、その関りは破綻してきた。
力の修練を極め、心の強い柚明さんだから、最後に桂さんの笑みに繋げられました。そ
れでも幾ら慎重でも足りぬ位、危うい関りです。そして、柚明さんは桂さんを愛しく想う
から、人の血・桂さんの血を得ることに慎重で抑制的であり続けた。時に自身を危うくし
ても」
桂「ギリギリだよーギリギリ。お姉ちゃんは、わたしを大事にしすぎる余り、中々贄の血
を飲んでくれないから、心配で心配で。最後はわたし1人取り残されるんじゃないかっ
て」
葛「ここで言うギリギリとは、桂おねーさん自身が生き残れたことではなくて、柚明おね
ーさんが生き残れたことについてであって」
サクヤ「桂が言う心配とは、自身が危ういことについてではなく、柚明が危ういことに」
烏月「桂さんらしい、というより羽藤らしいと言うべきか。柚明さんも常に己より他者を、
誰より桂さんを深く想う。その余り自身を危うくする事に、躊躇がないのも似た者同士」
柚明「桂ちゃんにはもう少し、自身をたいせつにすることを憶えてもらわないと。柚明の
章もアカイイト本編も、桂ちゃんの危うい経験が続くから、読み返すだけでも心臓が止ま
りそう。お願いだからもう無茶はしないで」
サクヤ「それを柚明が言うのかい、って感じではあるけどね。桂の無鉄砲さも柚明の無鉄
砲さもお互い相当な物だから、何ともはや」
葛「お2人の保護者を自認する人は、気が休まる暇もなさそーですね。あ、お2人の守り
手を自認する千羽の鬼切り役もでしょーか」
烏月「それでも桂さんと柚明さんの無事な姿と笑みが見られる今が幸いです。それで言う
なら、お2人の目の前で危難を退けて役に立つより。災いがなくて不安も憂いもなく、結
果役立たずな方が、私の幸いですね。鬼切部とは本来、そうあるべき存在なのでしょう」
桂「わたしも。烏月さんやサクヤさんやお姉ちゃんが、わたし達を守る為でも実際に怖い
鬼と戦う姿を見るより、何もない普通の日にこうして向き合ったり並んで、お話ししたり
手を握り合う方が、のどかでお気楽だし…」
(突然サクヤが身を乗り出して烏月に向き)
サクヤ「そこ! テーブルの下で桂と手を握り合わない。掌は見えなくても桂の体の不審
な動きで、こっちはお見通しなんだよ烏月」
柚明「良いではありませんか、サクヤさん」
サクヤ「いーや。あたしは真弓から桂のことを頼まれているんだ。桂の珠の肌が傷物にな
ったら、あたしが真弓に合わせる顔がない」
柚明「手を握り合う位は、親しい仲ですし」
サクヤ「そもそもあたしはまだ、保護者代理として烏月と桂の交際を、認めちゃあいない。
今回は桂の側から手を握り合いに動いた様だから、主犯じゃないことを斟酌してやるけど。
イエローカード一枚、後一回で退場だよ!」
柚明「ですけどサクヤさん、烏月さんは…」
サクヤ「ダメなものはダメ……ってあれ?」
(繋がれた葛と桂の掌がテーブル上に現れ)
烏月「ダウトです。サクヤさんが誤審一回」
葛「桂おねーさんと手を握り合っていたのは、烏月さんではなくその膝の上の葛でした
ー」
サクヤ「え……」(柚明は首を左右に振る)
桂「わたしもね、烏月さんに手を伸ばした積りだったんだけど……その膝上にいた葛ちゃ
んの右手に、先に繋っちゃったんだよねー」
葛「話しの展開からありそーな気がして、掌を烏月さんより先に、出しておいたんですよ。
それがこんな効果をもたらしてしまうとはー。柚明おねーさんは既にお気づきでしたね
ー」
烏月「イエローカード返しで良いですね?」
桂「いいと思いまーす。あと一回で退場っ」
サクヤ「ぐぬぬ……! ゆ、ゆめいぃ……」
(柚明が腰浮いた侭のサクヤに着座を促し)
柚明「はいはい、仕方ないですね。代りにわたしが、手を握り合って差し上げますから」
(サクヤが柚明の差し出した右手を握ると)
烏月「サクヤさんから柚明さんの手を…!」
葛「これ、サクヤさんは一発退場ですよね」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
5.話しの冒頭は第一章の後片付け
桂「えーっと、サクヤさんがお姉ちゃんの珠の肌を傷物にして、一発退場したところから、
解説を続けます(サクヤ:してないよ!)」
(配置は画面左から桂、烏月とその膝上の葛、尾花、サクヤ、柚明の順で変更なし)
葛「柚明本章の第一章と第二章。一旦切れて終った話しをどの辺りから繋ぐかも、構成力
を問われる処ですね。柚明前章は時間的に数年の隔りがあるので、次の話しの冒頭が春で
も秋でも、昼でも夜でも影響ないのですが」
烏月「柚明本章はアカイイト本編の数日間を、四つの章に分けた話しですから。話しの切
れ目である次の章の入口を、どこにするかは選択の余地ありというか、選択を迫られま
す」
柚明「桂ちゃん視点を貫くアカイイト本編は、桂ちゃんの就寝後は翌朝、桂ちゃんの目覚
めに話しが飛びます。桂ちゃんの意識がない間に進む諸々については、触れられません
…」
サクヤ「でも、本編を辿るだけじゃ二次創作する意味がないしね。更に言えば、第二章は
『暗闘編』と作者も意気込む、桂の知らない展開を描く予定で。桂の寝た後は巧くやれば、
アカイイト本編の描写に一言一句影響を与えずに、エピソードを挟み込める、本編リスペ
クトの強い作者にも、最も都合が良い頃合」
桂「話しの舞台をわたしの目覚め頃へ飛ばそうか、その前に何か挟もうかってところ?」
葛「そーですね。話しの切り方と繋げ方については、作者さんにも独自の拘りがある様で。
アカイイト本編の原作者について、作者は深く賛嘆し尊敬していますけど唯一。切りの
いい台詞や動きで終らせてしまう処が、『体言止めの様なぶつ切り感』『唐突に次の場面
に飛ぶ』『説明不足な感じ』と述べています。
何となく推察できるけど、場面と場面の間に説明がなくて気になる処があると。何がど
うなったのか説明や繋ぎが足りない気がする。そこに分け入って、疑問を答で埋めて繋ぎ
たいというのが、作者の執筆動機の一つですし。
それを言葉を尽くして描き上げると、今度は『冗長』と読者さんから評される、作者=
柚明の章の弱点になってしまう訳ですけど」
烏月「ここは作者は、前作の直後を第二章冒頭に選んだのですね。タイムラグは殆どゼロ。
桂さんと柚明さんの逢瀬を妨げぬ様に、ノゾミの再来に備える名目と実益を兼ね、旅館
の中庭に見張りに出たサクヤさんの元へと」
柚明「ええ。本当は朝迄桂ちゃんに添い続けたかったけど、現身をとり続けると『力』を
消耗する以上に。贄の血を得て激変した自身の状況をサクヤさんに伝え、今後の桂ちゃん
を守る相談とお願いも、不可欠だったから」
葛「そーゆー相談や打合せの描写こそ、読者も余り望まない冗長なのかも知れないですが。
作者メモです。サクヤさんの冒頭の台詞で」
作者メモ「あんた、最期迄桂の間近にいなくても…」
桂「サクヤさんの一言目がかなり悲壮な感じなのは、第一章終盤の展開を受けてなんだね。
わたしが烏月さんを追いかけて絆の糸を切られていた間、サクヤさんはお姉ちゃんとお話
しして、お姉ちゃんの窮乏を分っていたと」
サクヤ「まぁね。聞かされる迄はあたしも柚明がそれ程酷い状態だとは、分ってなくてね。
あたしは実体を持った鬼だから、霊体の鬼には詳しくなくてさ。聞かされて愕然としたよ。
もう人の生き血を啜る位のことをしないと。ご神木の『力』を未来から借りて現身を取
り、悪鬼との戦いに使い果たし精根尽き果てたこの時の柚明は。帰ってもご神木に返す
『力』の当てもなく。想いを吸収され消失する他に術がない。かなり重苦しい前提だった
から」
葛「贄の血を得て生命繋げた柚明おねーさんですが。最悪の窮地は脱しましたけど。桂お
ねーさんの脅威は一旦退いただけで、消失していませんし。諸々の打合せは不可欠ですね。
サクヤさんの喜び具合がいい感じ出してます。
ところで、サクヤさんはこの段で『いよいよとなった時には、あたしも桂にそれをお願
いしようかと考えていたんだよ』と語ってますけど、これは柚明おねーさんに桂おねーさ
んの血を、飲んで貰う事を指しますよね?」
サクヤ「桂の血の濃さは、知っているからね。どの位飲めば好いのかは分らなかったけ
ど」
烏月「鬼切り役がこの問をするのも何かとは思いますが。その場で血を得る事は勧めなか
ったのですね? この場で桂さんに血の提供を勧めなかったのは、桂さんが承諾しても柚
明さんが望まない事を……慮ってですか?」
サクヤ「まぁね。柚明は桂を傷つけたくない想いが強い以上に、頑固だから。あたしが勧
めた結果だったら例え桂が後付で承諾しても、柚明は絶対受け容れない。柚明はおっとり
して大人しく静かだけど、怒らせると怖いし」
烏月「柚明さんが、ですか? 確かに戦う時は凜としていますけど。でもサクヤさんが柚
明さんを怖いと言うのは、ちょっと想像が」
桂「柔らかくて優しいお姉ちゃんなのに……でもそう言えば、ノゾミちゃんも最近そんな
ことを言っていたよ。柚明お姉ちゃんが柔らかく甘く優しいことは、ノゾミちゃんも同感
だけど。その上で『時々怖くなる』って……何がどう怖いのか、わたしは分らないけど」
(柚明と目線を合わせて2人で首を傾げる)
葛「少しだけ分る気がします。甘さ優しさを極めた人は、その甘さ優しさが怖さになるこ
ともあるんですよ。大人になれば分るかと」
サクヤ「葛がそれを言うかいね。……柚明の意向も心配というか気懸りだったけど、あた
しが不安を抱いたのは、むしろ桂の方でねえ。
羽藤の歴史や口伝から断絶され、桂は安穏な人の世を現代文明を生きてきた。それがこ
の夜いきなり鬼に襲撃され、生命も落しかけ。その直後だよ。ここで血の提供を願うこと
で、桂に柚明への誤解を与えないか、不審を植え付けないか、怯えを抱かせないかってさ
…」
烏月「生命の危難に遭ったばかりの『普通の女の子』である桂さんに、ノゾミ達の求めと
同じ血の提供を勧めて。万が一にでも、桂さんと柚明さんの間に溝を作りたくない…?」
サクヤ「あぁ。柚明はもう数日保ちそうだし、他に方法なければ後で改めて血の提供を願
う。経観塚にいる間はあたしが案内できる。だからこの時は敢て桂に血の提供は勧めなか
った。正解かどうか迷いはあったさ。弱音を吐かない柚明が自身の最期を覚悟して語る。
その重みは胸を締め付けたよ。一刻も早く助けたい。
でも桂の反応が読み切れなくてね。柚明との間に心の溝を絶対生じさせたくない。どう
やってどのタイミングで、贄の血の提供を勧めようかと、考え悩んでいたら何てこったい。
桂は既に柚明に血を飲ませてたって。あたしの小さな心配なんて、桂と柚明の絆の前には
微塵も要らないんだって、思い知らされて」
柚明「わたしだけでなく、わたしの桂ちゃんに抱く想いや、桂ちゃんのわたしに抱く想い
に迄、気を配って下さったんですね……有り難うございます。お陰でわたしも桂ちゃんに、
無用の怯えや疑いを与えなくて良かった…」
桂「わたしはサクヤさんに勧められて『ユメイさん』に血を提供しても、怯えも疑いも誤
解もなかったと思うけど。実際自分から押しつけに近い感じで、血を飲んでもらってたし。
でもサクヤさんが、わたしとお姉ちゃんの関係を、気遣ってくれていたことは嬉しいよ」
サクヤ「止してくれやい。あたしは結局この夜も、桂の役にも柚明の役にも立てないんだ。
この時桂を救ったのも柚明を救ったのも、結局は桂と柚明と……忌々しいけど烏月だよ」
烏月「忌々しいは余計です、と言いたい処ですが。サクヤさんはアカイイト本編でも柚明
の章でも、柚明さんの願いや相談を受け、保護者代理として桂さんの支えになっています。
その様に卑下する必要はないと思いますが」
サクヤ「この夜もノゾミ達を退けて、桂を直接助けて役に立てたあんたに、あたしの気持
は分らないよ。アカイイト本編のあたしルートで漸く桂の助けに間に合えたけど。共通過
去である十年前や六十年前や千年前は、全く役に立ててないし。浅間サクヤは原作設定で、
たいせつな人の危急には『間に合わない・駆けつけられない星』の下に生れついたのさ」
柚明「サクヤさん……」
葛「分りますー。愛しい人の目の前で戦って敵を退け、役に立って見せる。それが出来な
い苦みというのは、役に立てた人や救われた人には、知ることの叶わない味わいです…」
桂「何かすごく含蓄のありそーな発言だね」
サクヤ「分ってくれるかい葛。あんたは権力と財力は引継いでいても基本、戦う術のない
お子様だからねー。愛しい人の目の前で戦って守って活躍できないって立場は、同類か」
葛「はいー。戦い守る力があるのに、非常時に出遅れる・駆けつけられないという間の悪
さを持つサクヤさんには、幼子で敵を倒す力のない葛も、同レベルに並べた気がします」
烏月「これは、意気投合と言うよりむしろ」
桂「傷に塩を塗り合い罵り合っている様な」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
6.2つの相思相愛
柚明「解説を進めましょう。冒頭の、わたしとサクヤさんの語らいから動いてないので」
サクヤ「あたしは動かなくて良いけどねー」
烏月「そうも行かないでしょう。この先に私と桂さんの仲直りが待っている以上に。サク
ヤさんも柚明さんも、桂さんに再び逢うには、話しを読み進まなければならない訳です
し」
葛「そもそもわたしは登場してないですし」
桂「作者メモです。サクヤさんの台詞から」
作者メモ「『確かに桂は一番たいせつだけど。桂の生命が危ういならそれは求められない
けど。でも、あたしにはあんたも心の底から、大切なんだ。桂の血を少し分け与える位で、
あんたが自身を繋ぎ止められるなら……消耗しきったあんたが一息つけるなら。あたしの
一番大切な桂を守る為に、無理に無理を重ねたあんたが、生き長らえる事が叶うのなら』
血縁はやはり気質が似てくる物なのかねぇ。
自分の痛みを躊躇わない。自分が定めた大切な物の為なら、自分自身をも捧げられる。
羽藤の血は己を顧みないばかが多いけど。
桂にもその血は、受け継がれていたみたいだねえ……。羽藤の頑固の血と、一緒にさ」
桂「何か2人通じ合っていて、近しすぎ!」
サクヤ「この時はあたしの方が、柚明の無事に感極まっていたかね。こっ恥ずかしいよ」
柚明「そういう処迄似られても、困るのに」
烏月「柚明さんの心配も妥当です。桂さんは鬼の事でもその他でも、無鉄砲に過ぎる処が
ある。危なっかしい……尤もそれは、柚明さんにも全く同じ事を言えてしまうのですが」
葛「しかしその無鉄砲が、誰かの助けに繋ってしまうのが、羽藤の血筋の持って生れた星
回りといいますか。しかもそれは時に、血の繋りもない傍にいただけの者に迄伝染し…」
烏月「作者メモで更にサクヤさんの台詞を」
作者メモ「だからさ、その足りない分の生命は、あたし達が払ってやれば良いだけの話…。
少なくとも、あんたとあたしには桂の為に払う生命を惜しむ積りは、ないんだからさ」
烏月「それに対して、柚明さんの台詞が…」
作者メモ「わたし、いつ迄もサクヤさんに頼って……」
烏月「サクヤさん柚明さんに近しすぎです」
葛「自身の功を自覚せず、届かなかった結果や助けられた不足は憶えて忘れない。一貫し
てそーゆー方なのですね。作者メモでサクヤさんの言葉ですがこれはわたしも同感です」
作者メモ「気付いてないんだね。自分が一番、大切な人の役に立てているって事を。あん
たがいなければ何回あんたの幸せが断ち切られ、潰え去っていたか分らない事を。あんた
は人の助けも受けたけど、肝心な時には一人でも事に向き合って、逃げずに対峙していた
よ。
『だから誰かの助けが間に合えた。誰かの助けが届く迄保ち堪えられた。力は足りないか
も知れないけど、あんたが一番危うい処を繋いでくれなければ、とっくに全て終っていた。
あんたは、あたしの恩人でもあるんだよ。あたしの一番たいせつな桂を、守ってくれた』
『あたしが返せる物は、何もないんだけどね。あんたを助け出してやるどころか、楽にし
てやる事もできない。一番たいせつな桂を助けて貰っても、何一つ。一番に想う事さえ
も』
『だからせめて、抱き締めさせておくれ。あたしはあんたを一番に想う事もできないけど、
一番大切な桂を守って貰って何一つ守りも力も返せないけど、この想いだけは本物だから。
あんたを抱く腕と、一番じゃないけど、あんたを大切に想うこの心だけは本物だから!』
本当に、本当に良かった。柚明が、その思いを、自身を残し続けられて本当に良かった。
桂には幾ら感謝してもしきれない。面と向っては、恥ずかしくてとても言えないけどね」
烏月「これは桂さんには刺激が強すぎでは」
桂「もう情愛が絡みすぎて見てられないよ」
柚明「若気の至りで……少し恥ずかしいわ」
サクヤ「恥ずかしいのはあたしの方だよっ!
もう桂にまでこんな処見られてしまって」
烏月「講座に居る全員が、アカイイト本編と柚明の章を、全て知っている前提ですから」
葛「良いモノを見せさていただきましたー」
桂「そしてこの後お姉ちゃんがサクヤさんに、烏月さんとわたしの絆を結び直す介添え役
を、お願いするんだ……お姉ちゃん、第一章の最後近くでもわたしの烏月さんと仲直りし
たい気持を、背中押してくれる感じだったけど」
サクヤ「ああ。むしろ柚明があたしの前に現れたのは、桂の為でこの仲直りの為でさ…」
桂「サクヤさん本気で苦々しく忌々しそう」
葛「そりゃあサクヤさんの想い人である桂おねーさんを、その想い人である烏月さんと繋
ぎ直そうって提案ですから。せっかく都合良く、桂おねーさんとの縁が切れているのに」
柚明「葛ちゃんも分って言っているのね……。サクヤさんの反対は、一見烏月さんを嫌っ
ているからの様に、鬼切部を嫌っているからの様に映るけど。実はわたしを気遣ってくれ
る故の反対だと。でもそれは、桂ちゃんの守りという一番の目的を、ぶれさせる迷いだ
と」
サクヤ「今度は柚明の台詞で作者メモだよ」
作者メモ「烏月さんに分って貰うのが最善ですが、駄目な時はわたしが身を引きます。彼
女が桂ちゃんを守ってくれるなら……わたしが姿を顕す必要はありません。桂ちゃんが安
全を保てるなら、それに越した事はない。
鬼と縁を結ぶ事は桂ちゃんの日々の幸せに影を落しかねない。わたしの守りは諸刃の剣。
夜しか現れられぬわたしは昼間桂ちゃんの危機に為す術を持たないし、いずれ家のある町
に帰る桂ちゃんを守り続ける事は叶わない」
桂「人に戻ってわたしと町の家で暮らすとか、わたしが羽様に引っ越して一緒に暮らすと
かの選択が欠片もないね。オハシラ様の定めに身を捧げとはいえ、お姉ちゃんルートのト
ゥルーエンドの様な、ご神木から解放されることは、この時は夢にも考えてなかったん
だ」
葛「だからこそ桂おねーさんの守りに、忘れ去られ鬼となった自身は、力量云々以前に不
適格で、烏月さんが良いと判断した訳ですと。ご神木を離れられぬこの時点での最善を
…」
サクヤ「『あたしの守りでは不足かい?』と責めても正面から否定せず、青珠の『力』の
補充の話しで烏月、千羽の助けが必要って納得させてきた。笑子さんの孫だよ敵わない」
烏月「柚明さんの考えや行いは、本当に一貫している。目的の為にぶれがない。自身の利
得も感情も過去さえも、その行いや考えを左右しない。自身を斬ろうとした私でも、桂さ
んの守りに必要と判断すれば、迷わず桂さんと繋ぎ直す。その依頼を、鬼切部と因縁が深
いサクヤさんに、全てを承知で持ちかける」
サクヤ「その辺の割り切りや決断では、柚明は葛に近いのかも知れないねえ。作者はミカ
ゲや主に近いとか、言ってやがったけどさ」
桂「このあとのサクヤさんとお姉ちゃんのやりとりを読み進むと、『お姉ちゃんが怖い』
ってサクヤさんやノゾミちゃんが言う意味が、少しだけ分ってきた様な気が……少しだ
け」
葛「サクヤさん、終始押され気味ですもんね。鬼気迫る柚明おねーさんに、拗ねていると
自覚した幼子みたいな処が、微笑ましーです」
柚明「サクヤさんは桂ちゃん以外に、わたしも大事に想ってくれるから。わたしを斬ろう
とした烏月さんを桂ちゃんに繋げると、わたしが引き離されると心配を。でもその心配自
体が、桂ちゃんの守りではないと、最愛の人の守りをおざなりにすると。サクヤさんも気
づいているから、気圧されて見えているの」
桂「わたしはアカイイト本編の烏月さんルートでも、烏月さんとの絆を繋ぎ直しに、次の
日に羽様の山へ行ったけど。同じ結末を導こうとした、わたしの居ない処でのお姉ちゃん
の動きを描く意味って、どうなのかな…?」
烏月「一つの結果には、複数の要因が絡んでいる事が多い。私と桂さんの絆の結び直しも、
私と桂さんが望んだという事実の他に。望み祝福してくれた人や、助け支えてくれた人も
いたとの事実があっても良い。違う確度から見ると、同じ事柄でも別の側面が見えてくる。
大河ドラマで三英傑を、三英傑以外の視点から描くと、何度でも話題を呼べるらしいよ」
葛「ここは、柚明おねーさんやサクヤさんが、桂おねーさんを深く愛し心配していた事実
を、補強したという辺りかと。物事の準備に完全はないです。桂おねーさんが烏月さんと
の仲直りに動いても、何の作用がそれを阻むかは分らない。手助けが可能なら状況を導き
整えたい、柚明おねーさんの性向を描いたのかと。石橋を砕き均して通る位の用意周到さ
です」
桂「またわたしの座右の銘が流用されて…」
サクヤ「『初めてのお使い』でも、桂が心配で尾行もしかねない位だからねぇ、柚明は」
柚明「知っていたんですか? 叔母さんが白花ちゃんと桂ちゃんを、初めてのお使いに出
した時、わたしが2人の出発から帰宅までずっと尾行していたことを……サクヤさんが不
在の時だったので、知られてないと思っていましたけど、サクヤさんには敵いませんね」
サクヤ「あんた、マジでやっていたのかい」
葛「新たな過去が明かされた処で作者メモです。サクヤさんと柚明おねーさんの会話で」
作者メモ「『その代り、あんたはもう無理をするんじゃない。これ以上……無理をして現
身を作って戦う必要はないんだ。烏月が駄目でも、あたしがいる。あんたに消えられたら、
桂が哀しむし、あたしだって哀しい…』
『分りました。烏月さんかサクヤさんが桂ちゃんを守る限り、わたしは直接戦いません』
わたしが桂ちゃんを守るのは、誰も桂ちゃんを守れない非常時だ。わたしが桂ちゃんの
側にいられるのは、桂ちゃんが危機に瀕した時、他に守れる術がない時、禍の極みに居る
時だ。わたしが桂ちゃんの禍を招く如く。否。
わたし自身が、桂ちゃんの禍になるから…。
『わたしが動けば動く程、守れば守る程、桂ちゃんは危うくなる。わたしは所詮夜の生き
物。桂ちゃんに近づきすぎてはいけない』」
烏月「ノゾミ達の脅威は、生半可な制止や妨害では防げない。でも柚明さんは、桂さんを
守る為に不可欠な『力』を、桂さんの贄の血でしか補えない。桂さんの身を誰よりも愛す
る柚明さんに、この状況設定はきつすぎる」
葛「桂おねーさんを想うなら、この状況では烏月さんに守って貰うのが、最善ですかね」
柚明「桂ちゃんの身の守りも勿論だけど。桂ちゃんが烏月さんに寄せる想いがあるのなら、
その成就をわたしもサクヤさんと一緒に、心から助け支え守り願いたい。わたし達の一番
たいせつな桂ちゃんの想いなら、当然です」
サクヤ「柚明には敵わないよ。桂一筋だから。
桂をこの世で一番たいせつに想う同志だけど。あたしには柚明も笑子さんから託された、
たいせつな娘だから、どうしても迷いがね」
葛「桂おねーさんと烏月さんとの相思相愛を、助け支え守り願う柚明おねーさんとサクヤ
さんの相思相愛という、一粒で二度美味しい状態ですか。これは良い目の保養になりま
す」
桂「小タイトル『2つの相思相愛』って…」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
7.柚明・心の整理と惑い@
烏月「解説を先へ進めます。柚明さんとサクヤさんの語らいの後は、柚明さんが1人で思
索する情景に移ります。ご神木まで帰り来て、主が待つご神木に手を当てつつ、すぐその
中へは戻らず、夜が明ける迄暫くを過ごす…」
桂「お姉ちゃんも流石に、ご神木に戻るのに気乗りしなかったのかな。せっかく現身を取
れたのに、定めとはいえ再び木に戻るのは」
葛「それもあるかも知れませんが、この時の柚明おねーさんは、自身の心の整理の時間を
欲したよーですね。サクヤさんにも伝えることを憚った不安とは、柚明おねーさんの宿業。
肉の体を持たぬこの時点の柚明おねーさんは、桂おねーさんを守る『力』の源も、桂おね
ーさんの贄の血に求める他になく。たいせつな人の守りが、その侭害となることへの懸
念」
烏月「葛様は時々、分って他者の地雷を踏み砕きますね……そう言う突破力が必要な場合
もあって、葛様がそこに秀でている方だとは分るのですが。余りにも自然に無造作に危険
領域へ踏み込む辺りは、桂さんにも近しい」
桂「わたし、葛ちゃんにも似ているかな?」
柚明「似ているとは思うけど……一瞬で熟慮して、危険を見定めて分け入って行く葛ちゃ
んと。考えるより早く危険に分け入ってしまう桂ちゃんは、近しくても違う気がするわ」
サクヤ「それは一体、誰を褒めているのか褒めてないのか……柚明ならではの表現さね」
葛「わたしは己に、桂おねーさんの天真爛漫さはないと、自覚しているので。諸々が計算
ずくに見られてしまうんですよねー、なぜか。
ところでこの時のサクヤさんは、柚明おねーさんの懸念と言うか懊悩を、軽視していた
か気づいてなかった感じですね? 柚明おねーさんにとっては重い命題だった様ですが」
サクヤ「そうだねえ。ここはあたしも、柚明が消失するって緊迫から解き放たれて、安心
感に浸っていたから。一息つく余裕が出来た。無理しなければこの先も簡単には消えない
と。
この時のあたしは、柚明が無理しない様に、あたしと烏月で桂を守れば、何とか巧く行
くって思っていた。思いたかったってのが正解かね。柚明は愚か者じゃない。危うい状況
を作らなければ。そこで考えが止まっていてね。
柚明は突き詰めて考える方だし、実際烏月やあたしの守りも完全じゃなかった。柚明の
受け止め方はもっと深刻だったんだね。アカイイト本編の烏月ルートや葛ルートでも、柚
明がいないと桂を守れなかった処もあるし」
柚明「実際この時は、作者も一度考えを纏め、読者にも一拍置かせる必要を感じていた様
で。それをわたしの思索の整理を通じて描こうと。わたしが桂ちゃんの血を得ることに終
始抑制的だったことは、アカイイト本編で既に描けているけれど、幾ら強調しても足りな
いと」
烏月「ご神木に戻れば、主と間近に向き合う。鬼神の封じは一瞬一瞬が、全身全霊で挑ま
ねばならない総力戦。しかもご神木の中は肉のない精神力のみの場だ。迷いを残した侭で
は、想いだけの存在である柚明さんが危うい…」
桂「作者メモです。お姉ちゃんの言葉で…」
作者メモ「二口目を拒めなかったら、別の意味でわたしはわたしを、保てなくなるかも…。
これは麻薬に近いかも……快楽の津波に自身を失ってしまうかも知れない。肉を失った
わたしの存在は非常に危うく儚い。想いだけの存在が想いを乱される事は、致命傷になる。
受け止めきれない程の力と充足の向う側に、何があるのか視えてこない。わたしの心が
蕩かされて、何も分らなくなって弾け飛ぶのが怖い。わたしがわたしでなくなる事が、受
け止めきれない程の力がわたしを埋め尽くして、わたしの想いも全て流し去っていくのが
怖い。
つましく暮らしていた人が宝くじに当たって逆に人生を狂わせてしまう様に。一度の博
打の大当たりに高揚感を忘れられず、のめり込んでいく様に。身に不相応な力の流入は逆
に自身を見失わせ、狂わせる。それが怖い」
烏月「行きすぎた力は身を滅ぼす。鬼が陥る自業自得の典型ですが、唯の鬼ではなく神で
ありオハシラ様である柚明さんは、その危険を察せた。にも関らず、その『力』を求め使
わざるを得ない状況の方が、問題であって」
サクヤ「柚明が望んだ状況じゃないからねえ。ノゾミ達が桂を脅かさなければ、何の問題
もなかったんだけど、それは言ってもしようがないし。まああたし達も含めそう言う姿勢
が、鬼に対して受け身の流れになったんだけど」
葛「攻める側・奪う側が先に動き、守る側・阻む側が受け身なのは、世の理です。この時
の柚明おねーさんは、主の封じも担っているので、二正面作戦はきついでしょーけど…」
サクヤ「続けて作者メモで柚明の台詞だよ」
作者メモ「贄の血は一口でわたしの定めをねじ曲げた。膨大なその力が、次にどこを指す
のか、誰にも桂ちゃんにも制御できない……受け容れ続ける事は。ノゾミ達ももしや…」
葛「意外と重要な事にあっさり触れて。それも特に説明も付さずに流し。その場では分り
難いけど、後で読み返せば伏線だったと分る。主人公・柚明おねーさんの思索を全て描か
ない作者さんも、巧いというか狡いというか」
烏月「ノゾミが桂さん側・人の側に寝返ると、この時点で柚明さんが見通せたとは、流石
に思えませんけど。示唆的ですね……ノゾミは桂さんの血を飲んでその心を得た事で、悪
鬼から桂さんを守る鬼へ、導かれたと読める」
桂「作者さんは、結果を知る人が読み返すと『そうだったのか』って思わされるキーワー
ドを、時に余り説明もなく散りばめるよね」
サクヤ「そこで詳しく説明を入れると、分量が更に増すしね。読者の読解力に委ねて説明
を省くのも、簡潔に済ませる技法の一つさ」
烏月「そう言えばこのキーワードも、何度も使い回されて、重要な意味を持ってきますね。
『血は力、想いも力。だから、血は心』」
桂「あーそれそれ。お姉ちゃんの章では繰り返し語られる、アカイイトの基本みたいな」
葛「それが第三章後半に決定的な意味を持って伏線となってくる、ですね。それ以降もそ
れ以前も充分重要な概念ではあるのですが」
サクヤ「そうやって、同じ様なフレーズを何度も使うのが、くどいとも言われるんだよ」
烏月「くどさも分量の多さも、ある程度はやむを得ないでしょう。描くべき内容がそれだ
けあるのですし。確かにその中身を描き切れているか、描く内容の濃さに比べ冗長になっ
てないか、辺りが論点になるのであって…」
柚明「ここの段は、わたしの怯えや躊躇いを表しているの。わたしは強い人間ではないか
ら、抗う他に術のない状況になれば抗うけど。危難が去ると……状況が落ち着いてしまう
と、選択肢があると、色々考え込んでしまうの」
葛「柚明おねーさんの独白で作者メモです」
作者メモ「所詮は、わたし自身の怯え」
烏月「自身が宿す怯えや怖れを、まともに向き合える者は、そう多くありません。修行を
経た鬼切りでも……己が怯えている、竦んでいると気付けぬ事は、良くあります。己を奮
い立たせる為に敢て無視する時もありますが。それとは別に、己の現状を冷静に診断し適
格に対応できる能力は、剣技や腕力・執念や集中とも異なる、備える事の難しい能力で
す」
葛「そーですね、それは確かにその通りなのですが……作者はそれさえも、柚明おねーさ
んの基本的素養と捉えていて、この段で描くべき主要な中身とは、考えてないよーです」
サクヤ+桂「葛(ちゃん)?」
葛「柚明おねーさんと桂おねーさんの唯一相容れない部分、と言っても好いのでしょーか。
作者さんがこの段で描きたかったのは更に深い処です。深すぎて巧く書けてない気もし
ますけど……だからこそこの講座に意味があるのかも知れませんね。きちんと伝えられて
ない可能性も高いので。描写力の未熟です」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
8.柚明・心の整理と惑いA
サクヤ「作者メモで、アカイイト・柚明本章第二章の、この箇所の描写を持ってくるよ」
作者メモ「たいせつな人が危うい訳ではない……二口目を口にしなければ良い。わたしが
自身を強く保てば。桂ちゃんの心が何と言おうと、わたしは桂ちゃんと白花ちゃんの為な
ら、何度でも全て捧げる。わたしの中で桂ちゃんの血が何を言い……その力が何を願って
も……桂ちゃんは哀しむかも知れないけど。その泣き顔は叶う限り見たくないけど。
受け容れる。わたしは大切な人の為に最善なら、その哀しみも受け止める。泣き顔も悲
嘆もその人の為ならわたしはやり遂げて被る。本当わたしは鬼の素養を持っているらし
い」
桂「柚明お姉ちゃんがわたしを大事に想ってくれて、守ってくれようとしている。その重
いが強く伝わってくるけど……烏月さん?」
烏月「そう言うことですか……今迄、気付けていなかったというのは、まさかそういう」
サクヤ「示唆されて漸く気付くなんて……って言いたいけど、あたしも同感だよ。全く」
桂「どういうこと?」
葛「『血は力、想いも力。だから血は心』ですよ。桂おねーさんの濃い贄の血を得ること
で、柚明おねーさんの中に桂おねーさんの心が流れ込むのです。柚明おねーさんの想いと
は異なる、桂おねーさんの血に宿る想いが」
柚明「わたしは桂ちゃんを守りたい。この身に換えても守りたい。自身の終りや犠牲を望
みはしないけど、桂ちゃんを守る方法が他になければ、わたしは何度でもこの身を擲つし、
消失の淵にも飛び込む。わたしの一番は桂ちゃんと白花ちゃん、自身はそれに及ばない」
サクヤ「桂はそれと逆の行いを、第一章後半『千客万来の夜』でやってしまっているだろ。
ノゾミ達との戦いで柚明が劣勢になったとき、桂は『自身の血をあげても良いから、自分
を犠牲にしても好いから、柚明を助けて』と」
烏月「通常時は柚明さんも桂さんも、互いを大事に想い合い、同時に自身を大事に想って
いる。そこに乖離は存在しない。でも非常時、どちらか、或いはどちらもが危うい状況に
なると、桂さんと柚明さんは互いを大事に想い合う余り、自身より相手を優先に考えて
…」
葛「互いの想いに絶対の隔離が生じるのです。柚明おねーさんは桂おねーさんを、桂おね
ーさんは柚明おねーさんを、双方譲らず自身より優先しようとして、その想いがすれ違
い」
桂「あ……」
葛「あの独白『わたしの中で桂ちゃんの血が何を言い、その心が何を望みその力が何を願
っても』は。桂おねーさんが柚明おねーさんを想う余り『逃げて、自身を見捨て生き延び
て』と望み願っても、それに反し桂おねーさんを助けたい、柚明おねーさんの覚悟ですと。
その結果『桂おねーさんは哀しむかも知れないけど。その泣き顔は叶う限り見たくない
けど』柚明おねーさんは、桂おねーさんの数秒を守る時間稼ぎにでも、その全存在を捧ぐ。
当の本人の意に反しても桂おねーさんを守る。桂おねーさんの血に宿る『力』を受けて存
在できる柚明おねーさんが、その血に宿る想いを拒む。どこ迄可能なのかは分りませんけ
ど。一方でこれは、助けや守りの押し売りです」
柚明「作者メモです。わたしの独白で」
作者メモ「……哀しんでくれる桂ちゃんが残るなら、この命の使い切り方にも意味がある。
何がどう変ってもわたしの本質は変らない。桂ちゃんの血がわたしの心を占めて嫌々し
ても、わたしはそれを踏み越えて身を捧げよう。その泣き顔も最期の幸せを繋ぐ為に必須
なら、その哀しみも彼女の未来を守る為に必須なら。わたしは鬼で良い。悪鬼で良い……
それでも尚守りたいから。守れる限り守りたいから。
人であっても鬼になってもわたしはわたし。
桂ちゃんと白花ちゃんを一番に想い続ける。
傷ついても敗れても滅んでも、消え去ってもなくなるその瞬間迄わたしはわたしだと」
サクヤ「そういうことさ。鬼だったノゾミには、贄の血を呑まれることで、その血が宿し
ていた桂の心が流れ込んで、鬼に人の想いを与えることになって、想い人になれたけど」
烏月「柚明さんは、桂さんの想いに流される訳には行かない。桂さんの願いでも、自身を
優先して桂さんを見捨てる選択は、取れない。でもその結果、血が宿す桂さんの想いを、
たいせつな人の想いを拒み踏み躙る事になる」
桂「柚明お姉ちゃん……」
柚明「作者は、わたしの白花ちゃん桂ちゃんに抱く想いを、桂ちゃん白花ちゃんとの間の
みで生じた物ではなく、むしろわたし羽藤柚明の人生から汲み取るべきだと、考えた様ね。
柚明前章から、白花ちゃん桂ちゃんに巡り逢う前から、羽藤柚明の幼い日々から根ざし
ていた、自責の念や贖罪、償いたい想いを作者は描いてきた。それらが既にわたしという
存在の底にあって、向けるべき対象を探し続けていて、それが愛しい双子だったと……」
サクヤ「柚明のそれが人生を掛けた贖罪だとするなら、無償の想い……感謝や愛情といっ
た精神的な返しさえ望まない、本当の無償の愛であっても自然なのかね。そして返礼を望
まない愛は、相手の意向にも左右されない」
葛「そこなんですよ。願いを受けて返す想いや所作には、相手の意向の汲み取りが伴うの
です。仮にその汲み取りが不充分であったり、全く的を得てない物であったりしても、相
手の意向が影響するのが、前提なのですが…」
烏月「柚明さんの想いは、自身の中から出づる想いで、桂さんの願いや求めを受けてのも
のではない。故に柚明さんは、桂さんの『自身を大事にして』との想いにも左右されず」
サクヤ「そりゃ普段は、桂の笑顔や幸せを第一に動くだろうけどね。非常時でもない時は。
でも、こういう極限状態で、桂の生命か自分の生命かという選択を迫られた時には…」
葛「でもこれは、柚明おねーさんの内心に相当の痛みを残すと思いますよ。桂おねーさん
を想う故でも、当人の意向を拒む訳ですから。柚明おねーさんは、その愛の深さ故に厳し
い葛藤を抱えた訳で。その抱く愛は不変なので、この葛藤が柚明おねーさんにとってきつ
いとの描き方が、作者も巧くできてなくて。比較的地味な描写部分になった感はあります
が」
桂「お姉ちゃんは、わたしのお願いも拒んで、わたしを助けようと自身に幾つも痛みを
…」
烏月「作者も良く描きましたね。ここは気づかなければ省略しても……いえ、地味な描写
部分の故に、気づけても省略する選択もあったと思いますが……。気づけた故に、描きき
れず稚拙になると分っていても、触れない訳に行かなかったという処なのでしょうか?」
サクヤ「気づいちまったから、その侭書いたってだけかも知れないねえ。たいせつな人だ
から心配させたくない、傷付けたくないって思い悩む展開なら、考えられる辺りだし…」
柚明「アカイイト本編のサクヤさんルートでも、桂ちゃんとサクヤさんが、無意識に自身
より相手を大事に想う余り、言葉に込めた意味にズレが生じているのに、お互いに気づか
ず会話が進んでいく展開がありましたね…」
(桂とサクヤが見つめ合い双方無言で俯く)
葛「ありましたねー、そんなお互いのろけ合う様な甘々なやりとりも、わたしの近くで」
烏月「サクヤさん、この後で切り捨てますので、今のうちに首を洗っておいてください」
サクヤ「なんでそうなる!」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
9.前日羽様・桂の屋敷訪問
サクヤ「ここから時間軸が少し前に戻るよ」
柚明「千客万来の夜も更けて日付が変った第二章冒頭から見ると、前日の日中。桂ちゃん
が羽様を、バスで訪ねてくれた時の情景ね」
桂「わたしが経観塚に来て二日目昼間のことだけど、そう描かなくても分かるのかな?」
サクヤ「全く省略って訳じゃなく、その2つ後の段で、桂の見た状況の背景説明を柚明が
語る段で触れているからね。長い倒置法さ」
葛「読んでいけば分りますって奴ですねー」
烏月「この時点で既に、柚明さんは桂さんの接近を察知し、見守ってくれていたんだね」
桂「うん……全然気づけてなかったよ……」
葛「前段迄が第一章の後片付けに近い感じで、ここが第二章の実質始動という感じですか
ね。
柚明本章の基本設定である『柚明おねーさんの関知や感応が及ぶ範囲での桂おねーさん
視点』を再度説明し、読者に浸透させつつ」
柚明「改めて説明すると、昼のわたしは陽光に『力』を遮られ、経観塚の町にいる桂ちゃ
んの思索は追えないの。羽様に来てくれれば、桂ちゃんの見た物や聞いた物、感触や想い
は悟れる。存在を知るだけなら、昼は経観塚の町辺り……夕刻になればもう少し遠くま
で」
烏月「経観塚に向う列車上で睡眠中の桂さんの心に影響を及ぼした、あの辺り迄ですね」
柚明「ええ。そしてこの設定は、日中に経観塚の町で桂ちゃんが辿るアカイイト本編の行
動を、ほぼ全て柚明本章の描写から外す効果を持つの。アカイイト本編の描写を可能な限
り取り込みたい、と言っても流石に限度があるから。冗長を酷評される作者だけど、その
彼にも冗長に思える部分は、あるみたいね」
葛「流石に全てを描くのは、アカイイト本編と丸被りで冗長ですし。特徴的な幾つかの場
面に限定し、柚明おねーさんの視点に重ねて描く。更に柚明おねーさん視点から、桂おね
ーさんの知らない部分を描く事で、一応原作と差別化しつつ、分量圧縮に努めた訳です」
サクヤ「丸被りを避けてこそ、異なる風味を出せる。一部を取り上げて深く分け入って描
くことも、本編に描かれてない桂の知り得ない場面を補足的に描くことも、出来る訳だ」
烏月「日中の経観塚の町中は、一応現代文明、人の世です。桂さんは常の人だから人の世
に足を掛けていますが、オハシラ様になった柚明さんは鬼の世にのみ存在する。さかき旅
館や駅に日中は顕れられない。経観塚の町中を歩む桂さんの気配を柚明さんが追えないの
は、設定的に柚明さんが鬼の側だからと言えます。
この時点では、桂さんが鬼の側に足を踏み入れぬ限り、夜になるか羽様を訪れるかしな
い限り、2人に接点はないと示していると」
サクヤ「桂が鬼の側に深く足を踏み入れない限り、柚明との繋りは保てない。帰宅ルート
が待っている。でも、鬼の側にはノゾミやミカゲや主の分霊も、待っていて危険だと…」
葛「迷い家(マヨイガ)ですね。他のサイトで経観塚全体が鬼の闊歩する世界=迷い家で、
桂おねーさんが来た(帰った)家のある町が人の世だと、解説している人がいましたが」
烏月「柚明の章の作者は、後半に同意しつつ前半には異見がある様です。経観塚が迷い家
ではなく、羽様が迷い家であって、経観塚の町は昼と夜で様相を変える、境界領域だと」
サクヤ「確かに、経観塚の町には日中ノゾミも柚明も顕れられない。一方羽様の屋敷では、
桂の血を大量に得たという事情はあれど、柚明が日中も居続け、夕刻だけど日没前にノゾ
ミやミカゲも顕れている。境界領域ってのは、海と陸の境目で、波に沈むこともあれば日
に照されることもある、砂浜の様なもんかね」
葛「世界を切り分けた感じですね。鬼の世にいる柚明おねーさんが、手の届かない範囲を
設定することで。桂おねーさんが深々と踏み込まなければ、柚明おねーさんに逢えないと
設定することで。同じ経観塚という近い処にいながら、立場や存在の違いを際立たせる」
烏月「その為にもここは一度、昼の羽様−本当は迷い家だが、その様相を見せ始める前の
昼の廃屋−を主に読者に見せておく訳ですか。二度三度似た状況を描いて、段々実相が見
えて来ると言う技法を、作者は好む様ですし」
桂「わたしが読者さんに、羽様の森やお屋敷をガイドして歩く感じだね。アカイイト本編
は大体、そんな感じだった気もするけど…」
サクヤ「作者メモだよ。桂の視点で情景を」
作者メモ「早速滲み始める額の汗を拭い、吸い込まれそうな程遠い空から視線を戻す。
何もない処だった。
目の前にはつらつらと道が続いていて、次の停車場へと走り去っていくバスが見えた。
地面は舗装されていない田舎道。ぬかるんだら歩くのも大変そうで、この暑さを差し引
いても今日は晴れて良かった。
眩しさに慣れた目で見回すと、右手に広がる畑とあぜ道。後ろには前と同じく、今通っ
てきたでこぼこ道。左には蒼々たる深い森。
『停留所から少し離れた処に切れ込みが入っていて、車がすれ違えるかどうかの幅で、ず
っと奥まで続いている。お父さんが生れた家はその先にあるらしい』
【わたしが育ち、桂ちゃんも生れ育った家。
白花ちゃん真弓さんと日々を過した家】」
烏月「アカイイト本編の読者なら情景が瞼に浮びます。そしてこの長閑な昼の日常描写も、
柚明さんの情景・苛烈な夜と対比が利いて」
葛「桂おねーさんの記憶を封じている、赤い痛みについても、少しですが描かれています。
この辺りは桂おねーさんの設定を、アカイイト本編の描写に沿って、柚明の章でももう一
度、抑えておきたいと言う辺りでしょーか」
サクヤ「この時葛はもうここに居たんだろ?
桂が来るなんて思ってなくて、不意を突かれて見つかりかけ、慌てて身を潜めたって処
かね。このときは桂が流して済ませたけど」
桂「そうそう。この時はわたしもお1人様で、結構ドキドキしたんだよ。無人の侭十年経
った廃屋に、誰かいるとは思ってなかったから。お姉ちゃんは、暫く前から羽様のお屋敷
に住み着いた葛ちゃんのこと、分っていたの?」
柚明「ええ……分っては居たけど、わたしもご神木から出られてないから。羽様の屋敷は
拾年空き家で、不法侵入を咎められる様な状況ではなかったし。葛ちゃんの夢に語りかけ
ることも可能だったけど。特に切迫した状況でもなく思えたから、何もしてなかったの」
葛「桂おねーさんが無害な人と分っていれば、この時に登場していたのですが……主要キ
ャラは全て登場し終っているのに、わたしだけまだ正式に現れてないんですよ。作中で
は」
サクヤ「第二章に入って暫くして、まだ現れてないってことは、実は主要キャラでなかっ
たってことなんじゃないのかねえ、葛はさ」
烏月+桂「触れてはならない処ですそこは」
葛「まーここは、桂おねーさんもかつて住んでいた、失われた記憶の掘り返しですからね。
ここでわたしと出会うイベントをねじ込むと、話しが脇に逸れると言うより、葛ルートに
入っちゃいかねません。アカイイトの基本である桂おねーさんの失われた記憶を、柚明の
章で本格的に描くのはここが初めて。その描写に分量が割かれるのは、無理もない処か
と」
桂「サクヤさんの言うことは、気にしなくて良いんだよ。わたしは葛ちゃんを大好きだし、
お話しの中でも後少しで葛ちゃんがしっかり登場して、わたしと出会う場面になるから」
(桂が頭を撫でると、葛は桂に肌身を任せ)
葛「わたしは柚明本章はけっこー好きですよ。桂おねーさんが経観塚に着いてから、直接
羽様の屋敷へ向かわず、さかき旅館に泊るルートは、葛のルートではないですが。作者さ
んはそのリバランスを意識して、わたし関連のエピソードを、かなり取り込んでくれてま
す。
むしろサクヤさんと柚明おねーさんの仲を描く為に、前章にサクヤさんが多く登場した
代償で。サクヤさん関連のエピソードが壊滅的なのに較べ、わたしは救済されているとい
うか。サクヤさんを切り捨てられた分、わたしを救済できたというか。羽様の屋敷直行ル
ートのヒロイン勢では、明暗分れましたー」
烏月「羽様の屋敷直行ルートヒロイン勢で明暗と言っても、葛様とサクヤさんだけでは」
葛「正にそれを言いたいのに、更に重ねて告げてくれるとは、烏月さんも中々ですねー」
柚明「烏月さんはサクヤさんへの含む処より、真面目に葛ちゃんに突っ込みを入れた様だ
けど……その位にして、次へ行きましょうか」
「第8回 柚明本章・第二章『想いと生命、重ね合わせて』について(乙)」へ進む