第8回「柚明本章・第二章 想いと生命、重ね合わせて」について(丁)
28.羽様の屋敷で・柚明と葛
烏月「柚明の章でもアカイイト本編の柚明さんルートに沿って、柚明さんが羽様の屋敷へ
桂さんを抱えて行きますが。この辺りは桂さんに意識がないので、原作にない描写です」
桂「サクヤさんと葛ちゃんが、血塗れのわたしにびっくりする様子は、初めて見たよー」
サクヤ「驚かない方がおかしいだろ。柚明が昼に顕れたことも含めて。葛がすぐに動けて
役に立った事も、そこそこ驚きだったけど」
烏月「葛様が名乗ってないにも関らず、柚明さんから名を呼ばれた事に、気付いた描写が
ありましたね。柚明さんから『話しは後。今は動いて頂戴』と言われて動いた時ですが」
作者メモ「(ユメイ)引っ掛りを感じつつも、それを飲み込んで行動に繋げられる。サク
ヤさんが気に掛って絡みつく訳が分った。賢くて聡い元気な子供を、演じて見せられる」
桂「賢く聡い元気な子供を演じられるってお姉ちゃんの評は、葛ちゃんは賢くないってこ
と? わたしは聡い子だなって思ったけど」
柚明「唯賢く聡い元気な程度の子供ではないと言うこと。葛ちゃんは、特別に賢く聡く元
気な女の子……わたしには量りきれぬ程に」
サクヤ「コドクに勝ち抜いた次代の鬼切りの頭で若杉総帥だから。小回りの利く賢い子供
に見せといて、その程度に思わせておくのが、葛の猫被りなんだろ。鷹も足は隠せないか
ら、下手に普通すぎる子供を装ってボロ出すより、聡い位にしないと馬鹿を装うのも却っ
て辛い。
柚明前章番外編の第2話でも、あっただろ。交通事故でやけどを負った従姉を、小学6
年生の柚明が癒しの力で助けに行く話し。癒しの力を世間に曝す訳に行かないから、柚明
はありもしない『癒しの水伝説』を信じた愚かな子供を装って、従姉を見舞に助けに行
く」
桂「あー、ありました。癒しの力で触れて助けてあげるのに、病院の先生や伯父さん達に
不審に思われない様に、懸命に口実を考える。お馬鹿を装うって、辛いんだって実感した
よ……そっか。葛ちゃんはものすごっく賢く博識で頭の回転速いから、逆にお馬鹿を装う
のが大変で。この利発で元気な葛ちゃんも尚装っているって、お姉ちゃんは見抜いたと
…」
葛「たはは。オハシラ様は全てお見通しで」
柚明「ここはむしろ、わたしが葛ちゃんに見逃して貰った処だと思うけど……瀕死の桂ち
ゃんを病院に連れて行かない事や、昼でも明らかに尋常の気配ではない霊体のわたしを」
葛「いえいえー。反応を窺う為の蛇足を承知の問に、正面から回答頂きました。そして更
にまっすぐな願いと交換条件。わたしにそうする以外の選択等、残っていませんでした」
柚明「その答を告げる為に、葛ちゃんはわたしの問を導いてくれたのね。わたし達に悪意
を持たず、妨げもしないと、伝えようと…」
烏月「一見緊張が走った瞬間に見えましたが、実は互いにあの問や答の連続は、暗黙の合
意で定まっていて、約束組手状態だったと?」
桂「穏やかに善意を交わしているだけに見えたのに、解説されてみると深みに嵌りそう」
サクヤ「この2人は実質、術者だから。普通の会話が高度な応酬で読み合いなのさ。友好
的か否かに関らず、レベル自体が高いんだよ。本人達は軽い気持で会話していても、周囲
にはそう映らない。周囲は鋭い者なら鋭い程に。
プロ野球選手のキャッチボール遊びが剛速球だったり、プロサッカー選手の遊びの玉蹴
りが必殺シュートだったり、そんなもんさ」
烏月「サクヤさんの見解に同意するのは気乗りしませんが、そうですね。休み時間に教室
で将棋盤を広げて、プロ棋士が対戦を楽しむ様な、奇妙な深みを感じます。浅く読めば浅
く解釈でき、深く読めば深く解釈でき、更に突っ込めば解釈の幅が無限にありそうな…」
葛「最後だけは本当に羨ましかったんですよ。どんな事情や背景があっても、助け合う身
内がいてくれる。立場や生命を擲ってでも…」
サクヤ「その話題は、葛のトラウマでもあるコドクに関る中身で、第三章へ引き継がれて
いく感じかね。ここは取っ掛りを残す位で」
桂「わたしが気を失っていた間の、みんなの会話や動きを見るのは新鮮だよー。葛ちゃん
もサクヤさんもわたしの為に……ちょ、ちょっとサクヤさん、わたしの服剥がないで!」
サクヤ「仕方ないだろ。桂は服も破けているし体中に土塊が付いていて。傷口に入ったら
ばい菌が付いて化膿するし。とりあえず濡らしたタオルで泥や汚れを拭き取って、消毒し
ないと始らないんだ。柚明の治癒は、下手をするとばい菌を活性化させかねないからね」
柚明「一応、ばい菌と桂ちゃんを分けて、桂ちゃんだけに癒しを及ぼす事も、出来るけど
……この時は即効性や出力が大事だったから。緻密に力を操ると出力を増やしきれない
の」
烏月「制御すれば出力に難が生じる。生命の危難にいる桂さんへ、即座に無制限に癒しを
注ぎたいこの時の柚明さんに、ばい菌は難敵……やむを得ませんね。サクヤさんの成敗は、
桂さんの完治迄保留と言う事にしましょう」
桂「うーうー、烏月さあぁぁん」
サクヤ「そこは無罪放免だろ。剥がした服の破れた布地も、あたしが出来るだけ残してお
いたから、柚明が復元できた訳だし……いや、出来るとは思ってなかったけど。大体生き
物でもない量販品の衣服を、血や土塊に汚れたボロボロの生地から、何の魔法や術を使え
ば元に治せるのか、あたしが知りたい位だよ」
柚明「可愛い桂ちゃんを彩る服だから、破れて終りにするのは残念で。わたしの想いを混
ぜ込む事で服が治って、今後も桂ちゃんに着てもらえれば、嬉しいなって……無生物の修
復も、若杉の術者ならやっていますよね?」
葛「不可能ではありませんけど国宝級ですよ。術者を使うより、同じ素材から製作し直し
た方が遙かにコストは安いので。そう言う技術を使うのは国宝級の遺物に対してのみです
し。ここ迄元通りに何の解れもなく質感迄復せるのは、柚明おねーさんの技術も国宝級で
す」
桂「作中ではアカイイト本編でもお姉ちゃんの章でも、特段触れてなかったよね。こんな
裏設定があるって、なかったら困る事態があったって、気にもせず読み進めていたけど」
烏月「服が破れても殴られ蹴られても、次の場面では治っているという謎設定の、回答が
示されたと言う事で、良いのでしょうか?」
サクヤ「まあそんなとこかね。柚明のオハシラ様の衣なんて最たるものだろ。あたしの服
や烏月の制服は、疑問符付きそうだけどね」
葛「烏月さんの制服は、換えがあるとの説明が通りそーです。サクヤさんの服は破れると
サービスシーンですし。わたしの服は羽様に来る迄に汚れていた筈なので、微妙ですね」
サクヤ「まあそんな訳で、柚明に桂を任せて。槐の蕾を乾燥させた槐花(かいか)は止血
の生薬って、柚明はオハシラ様になった後まで、桂の役に立って喜ぶなんて……それが柚
明のいつもと言えばいつもだけど……まあ穏やかな夏の昼下がり、羽藤家の常の光景かね
え」
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29.桂目覚め、サクヤと葛と
サクヤ「あたしは柚明の頼みで、この後一度屋敷を外して、白花と烏月の様子を見に行っ
たんだけど……2人とも山奥に行ってしまった様で。追い切れなくて戻ってきた処でね」
葛「帰ってきたサクヤさんを、柚明おねーさんが迎えて外した間、わたしが桂おねーさん
を間近で見守っていたですよ。なので、アカイイト本編のユメイさんルートでは、目覚め
た桂おねーさんが、まず見たのが葛だと…」
烏月「柚明さんとサクヤさんが彼を案じ想う描写を加えつつ、情景を本編に細かく合わせ。
心憎い……柚明の章が本編に連動している」
サクヤ「本編描写を変えずに、その合間へオリジナル描写を矛盾なくどんどん挟み込んで、
アカイイト本編の描写の意味さえ上書きする。久遠長文の読解を織り込ませてしまう訳
だ」
柚明「皆さん、桂ちゃんが目覚めましたよ」
桂「今見直すと少し恥ずかしいけど……瀕死の状態を持ち直せたんだもんね。この時は」
葛「まずサクヤさんの叱責を受けるですよ」
サクヤ「あたしも感極まったよ。真弓を喪って四十九日経ってないのに、桂まで喪う様な
ことがあれば、あたしは、あたしはもう…」
(言葉に詰まり、柚明に撫でられ宥められ)
桂「あはは……ごめんなさい、もうしません。もう一度やろうと言う気にもなれないけ
ど」
葛「桂おねーさんも、やろうとしてやった訳ではなく、なってしまっただけですからー」
サクヤ「もっと回りに目を配らないと……っていうか、そもそも危険に近寄らない。柚明
もだよっ。あんたらは揃いも揃って危なっかしくて……あたしの寿命が縮んでしまうよ」
(柚明がサクヤの膝に手を載せて語りかけ)
柚明「はい。気をつけますね、サクヤさん」
烏月「抱き留め役は柚明さんで。落ち着いた頃に葛様との出逢、ですね。今か今かと焦ら
されましたが、アカイイト本編の柚明さんルートでは、ここでの出逢が正解ですから…」
葛「尾花も自己紹介できて、漸く空気から脱却ですね。尤もこの後もずっと空気ですけど。
この後はサクヤさんから説明を。元々夕刻の最終列車で帰る予定だった桂おねーさんが、
帰れなくなったので羽様の屋敷に泊りますと。鬼の禍に他の人を巻き込む訳に行かないの
で。警察の手に負える相手でもありませんしね」
柚明「桂ちゃんはこの時点でも尚瀕死の重傷なの。ここ迄来れば現代医療でも生命を繋ぐ
ことは可能だけど、集中治療室が必須な上に、都市圏へ安静の侭運ぶ手段がなく。経観塚
の施設では、この状態の桂ちゃんは救えない」
サクヤ「ここは柚明が癒しに習熟していてくれて助かったよ。あたしや烏月が何人いても、
桂の深手は癒す事も時間稼ぎも出来ないし」
烏月「桂さんの役に立てないのは残念ですが、やむを得ません。私やサクヤさんの役回り
は、柚明さんや桂さん、葛様とは違うのですから。
それはともかく、ここの会話は短く切り上げます。桂さんの治癒の途上でもあるので」
サクヤ「人の世の理さ。あたしもさかき旅館を引き払うには、宿代の精算が必要だったし。
桂の荷物も引き取らないといけないし。葛も小悪魔の様なプロジェクトを始めるから…」
柚明「桂ちゃんにはもう少し、癒しを注ぐ必要がありましたし。癒しの効果で傷が治れば、
結果疲労が溜まるから。もう一眠りして貰う必要もあったの。桂ちゃんの穏やかな寝顔は、
わたしの最も愛でるものでもあったから…」
桂「気の抜けたわたし、ユメイさんのことを『ゆめいおねえちゃん』って言ってたんだ」
サクヤ「気が抜けて、拾年前以前が蘇りかけているのかね。これは赤い傷みや悲劇の記憶
を呼び起こすから、良い傾向じゃないけど」
柚明「至福の瞬間だったわ……もう一度そう呼んで貰えるとは、期待してなかったから」
作者メモ「安らかな寝顔だった。わたしはこの安らぎを守る為に在り続けた。わたしはこ
の全幅の信頼を受け止める為に生も死も越えた。もうわたしが何者であるかに拘りはない。
それは一番大切な問題ではなかった。悪鬼でも鬼畜でもわたしは桂ちゃんと……を守る者。
それだけで良い。それ以上は望まない。
そしてその為になら、わたしはやはりこの身に残る何もかもを抛てる。握る手の温かさ
がわたしの心を温めてくれる。遠からずこの現身も保てなくなるだろうけど、その時迄は、
『桂ちゃんにこの確かな感触を返したい』」
桂「お姉ちゃん、この時からわたしとの再度のお別れを見通していたんだ……この幸せも
長くは続かない。いつか現身は保てなくなる。ノゾミちゃん達が来なくても、主の封じに
戻らなきゃならない。それを全部分って見通して尚、貴重な時間をわたしなんかの為に
…」
柚明「桂ちゃんに尽くせることが、わたしの幸せだもの。わたしは己の意志で、たいせつ
な人の助けや支えを望み願う、選び続ける」
葛「そうなると分った上で、終りを見通せても尚、今は選び取れるから。今に全力を注ぐ。
アカイイト本編のサクヤさんルートの結末も、そんな感じかと。血縁を感じてしまいま
す」
サクヤ「あたしが羽様に戻ったのは、二時間後って処かね。この時は日没までノゾミ達も、
顕れないと思っていたから。荷物の引取や宿賃精算の他に、飲み物や菓子も少し買って」
葛「わたしの小悪魔プロジェクトは作業終了して、別室でお昼寝させて頂いてましたー」
柚明「わたしがご神木へ蝶を送るのを見ない様に。見てないと言うことにする為に。そこ
迄気遣うこともないと思うけど、気遣ってくれる気持は嬉しかったから。お互い触れず」
桂「ほんとに狐の嫁入りだね。夕日に彩られた世界で、お姉ちゃんの大きく青白いちょう
ちょが、列をなして飛んでいくのは、壮観」
葛「オハシラ様が不在の間、主が封じを破らないのかという疑問も、これ迄の全部で答え
終っていて、読者さんからも質問さえ来てないですね。まあアカイイト本編の描写に対し
ても、特段尋ねる声は上がってない様でしたけど。作者によると、主は柚明おねーさんの
帰りを、首を長くして待っているのですと」
サクヤ「気に食わないけど、ご神木の主に嘘はない様だね……本当に気に食わないけど」
桂「作者メモです。それでも自由を求める主は封じを破る宿願を諦めておらず。お姉ちゃ
んはお勤めとして、封じの綻びを繕うのです、だって。積極的に破りに掛らなくても、封
じの要が不在だと、封じは徐々に緩んでくる様だし。主の分霊の様に封じの脅威は外側に
もいるから。力に余裕があれば、不慮の事態に備えてこの対処は正解でしょう、だって」
烏月「しかし、幾ら力に余裕があるとはいえ、日没前にこれ程多くの力を現身の外へ出し
て……大丈夫だったのですか? 桂さんの深手を治し、私や彼にも治癒と伝達の蝶を放
ち」
柚明「ええ。日没前だから多少減衰するけど、それでも充分に力や想いを届けられた。ご
神木の主にはわたしの生存を伝え、封じの繕いも兼ねて。あと白花ちゃんと烏月さんに癒
しの効果と状況伝達を。更にノゾミちゃん達の所在を探りつつ。ご神木から抜け出たわた
しの関知や感応は、少し感度が落ちるから…」
サクヤ「いや烏月の心配は、柚明の力がご神木に届くかどうかじゃなく、そうやって力を
使った柚明の疲弊の方だと、思うんだけど」
柚明「気付かなくてごめんなさい! 濃い現身のわたしには、この位の消耗は問題ないわ。
贄の血の補充も不要に、数週間はこの状態を保てる……鬼と戦ったりすれば、少し事情も
変ってくるけど……ご心配頂いて有り難う」
烏月「これまで力に不足して、たいせつな人を守るにも苦しむ状況が多かった柚明さんだ
から。つい心配してしまう。これは私の現状認識が作品の進展に追いついてない様です」
桂「柚明お姉ちゃんは、勇ましく戦う女の子じゃないから。一度力の不足が印象づけられ
ると、イメージを引きずっちゃう。かくいうわたしもずっとお姉ちゃんが心配で……つい
血を飲んでもらわなきゃって思っちゃって」
葛「回りから見れば、一番無力な桂おねーさんが、一番危なっかしかったりしますけど」
サクヤ「保護者代理の心配性も分るだろ? 烏月にも預けて大丈夫か心配な位、危なっか
しい娘なんだよ、桂は。その上他人を助けようと、自ら危険に飛び込んで行くからさ…」
柚明「桂ちゃんを押し止めるのは難しいから。叔母さんの血を引いているので、瞬発力は
あるし。桂ちゃんが無茶する時は多く、相応の事情がある時だから。むしろ桂ちゃんの気
持に寄り添って、その先の危難を解消すべき」
烏月「そう言う発想ですか……思い至らなかった……確かに、一理あります。確かに…」
サクヤ「余り真剣に取るんじゃない。柚明みたいに、桂に溺れた人生を送る事になるよ」
葛「まだわたし達は、溺れ足りない様です」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
30.肌身添わせて、一世一代の選択
柚明「桂ちゃんが一眠りする間に、周りが動いて日が落ちて。4人で夕食を囲みます…」
サクヤ「ここはアカイイト本編の柚明ルートの通りだから。駆け足で解説するよ。もうそ
ろそろ原作も残り少ないし、紙面の方も…」
葛「桂おねーさんの目覚め直前に、サクヤさんが部屋を外す描写は、本編描写への巧みな
辻褄合せですね。サクヤさんも白花さんを気に掛けている事を挟んで、羽様の家族の繋り、
拾年前を感じさせてくれます。あと、桂おねーさんが烏月さんを気遣う描写が付加されて。
自らよりも他者を気に掛けてしまう、桂おねーさんの甘さ優しさを、強調した感じです」
桂「わたしの手を握り続けていてくれた描写を作者さんは、逆に伏線の結果としているね。
前章番外編の第一話で、小学6年生のお姉ちゃんが、お友達の詩織さんの、握っていた手
を眠った後で、事情があって離してしまって。
『離さないで、見捨てないでないで』って強く求められて。離してはいけない時もあると、
心に刻んだシーンを思い出しました。お姉ちゃんの章は本当に、過去と今が繋っている」
烏月「失敗を成功の礎にする。その積み重ねを感じさせるのも、柚明の章の特長ですね」
葛「ここからわたしの入浴シーンです。と言っても、桂おねーさんが『お風呂に入る』を
選び、桂おねーさん視点がさかき旅館の風呂へ赴く葛に、同行してくれた場合限定ですが。
作中描写では、桂おねーさんはトゥルーエンドに繋る本道を辿り、柚明おねーさんと2
人羽様の屋敷に残留ですね。尾花と一緒に」
柚明「残念だけど尾花ちゃんは、さかき旅館で葛ちゃんと一緒に入浴は、出来ないから」
桂「男の子だしね」サクヤ「狐だからだよ」
葛「どこかで聞いた事のある展開ですねー」
烏月「桂さんも血塗れになったり、汗をかいたり、色々あったから。本当は風呂に入りた
かったのでしょうが。ここは周囲の勧めに従って安全策を選びます。風呂に入るのは全て
の危難が去った後、後日譚第0.5話『夏が終っても』に於いて。これはやむを得ない」
葛「桂おねーさんのお風呂への未練を察して、サクヤさんとわたしは慌ただしく出立し
…」
サクヤ「余分な登場人物を巧く省いて、濃密なシーンに入るよ。あたしが年相応になった
ら『大変なことになる』ってのは、まあね」
葛「この夜も鬼の姉妹の初動は鈍いですね」
柚明「作者も前夜に続いてだから、ノゾミちゃん達が深夜迄来ない理由を考えてないけど。
桂ちゃんの姿がさかき旅館にはいないことで、追跡に時間が掛ったのかも知れないわね
…」
桂「ノゾミちゃんは青珠がないから、お姉ちゃんの様に瞬間移動で登場もできないしね」
烏月「古い鬼であるサクヤさんが、宵の口に警戒してない事から考えて。霊の鬼が陽光の
残る間に顕れるのは、相当珍しいのでしょう。夕刻とはいえ、翌日にそれを為してきた事
が驚きなのかと。贄の血への執念でしょうか」
葛「濃い現身を得た柚明おねーさんがいますから。ここはもう鬼の死地なんですけどね」
桂「そう言う訳で暫く2人きりの時間です」
サクヤ「ここは原作通りと。でも桂が案じる柚明の状態は、実際どんな感じだったんだ
い? ノゾミやミカゲを凌ぐ力量は分るけど、原作に明示はないし。久遠長文の設定で
は」
柚明「わたしが桂ちゃんから得た贄の血は、およそ拾八口分……ノゾミちゃんが3口分、
ミカゲが5口分呑んだのに較べれば、力の量で初めて優位に立てた感じね。その内2口分
で桂ちゃんの生命を繋ぎ、1口分を封じの繕いに回したから。残りはおよそ拾五口分…」
烏月「作者は桂さんの血拾口分あれば、陽光に耐え得る濃い現身を、保てるとしています。
後六口分使い切ればそのラインを切りますが、どの位『力』を使えばそうなるか、どの位
時が過ぎればそうなるかは、やや不確かとも…。
むしろ私は桂さんの血の残量が気懸りです。桂さんは提供できる限度を超えても、柚明
さんに血を渡しそうなので。気持は分りますが、柚明の章にはアカイイト本編と違って血
液ゲージがない。どの位危ういかが見えにくい」
桂「わたしは……大丈夫だよ。まだまだお姉ちゃんに吸ってもらえる赤い血は、身体をド
クドク流れていたから。この夜も、もう心臓の高鳴りがうるさい位で。お姉ちゃんに聞か
れてないかって、気になった位なんだから」
サクヤ「それは違う動悸じゃないのかねえ」
柚明「失血は、桂ちゃんの健康を損なう量に、なり始めていました。これ以上血を呑むべ
きではない。でも鬼の襲来に備えると言うより、桂ちゃんの不安を鎮める術は他になくて
…」
葛「この辺りから桂おねーさんの『贄の血呑んで』アタックが、頻発します。何度も消え
そうな窮状を見られたので、柚明おねーさんも桂おねーさんを、安心させる事が難しく」
桂「わたしは『ユメイさん』がノゾミちゃん達を迎え撃てる様に、わたしの近くで現身を
保ち続けられる様に、しっかり力を蓄えられるようにって……邪な意図はないんだよ?」
烏月「血液は、時間を掛けねば増えないと本編で語られていました。吸い過ぎてしまうと、
癒しの効果に関らず桂さんが失血死してしまう。崖落ちに伴う大量出血やそれ迄の失血は、
まだ生命を危うくする量ではありませんが」
サクヤ「傷を塞いで癒しても、安静が必要な状態で。日常生活に支障ないけど、激しい運
動は控えた方が良いと。入浴にも体力が必要だから、桂が羽様に残った判断は正解かね」
桂「サクヤさん葛ちゃんが帰ってきて、お休みなさいする場面は、原作通り省略で。夜も
更けた頃合に烏月さんがお屋敷を訪れます」
葛「ここはわたしは表に出ず、聞き耳立ち聞きで。サクヤさん、柚明おねーさん、桂おね
ーさん、烏月さんの4人で話しが進みます」
烏月「葛様の気配には気付けませんでした。
間近にいたのに……これは私の失態です」
柚明「羽様の屋敷は、濃い現身を得たわたしの力が広く浸透して、烏月さんの気配の察す
る力を攪乱させ、感度を低下させていた様ね。烏月さんの攪乱目的ではなく、鬼の姉妹の
襲来への備えだったのだけど。わたしも拾年ぶりの帰宅で、元から馴染み易かったから
…」
葛「サクヤさんの気配は隠しようがない程明瞭で、桂おねーさんの気配は無防備に開放的
ですが。若杉の出で蠱毒を経てきたわたしは、気配を隠す事に長けており。巧く紛れて烏
月さんの察知を逃れられました。柚明おねーさんの気配が強すぎて、烏月さんの警戒を一
手に引き受けてくれたお陰でも、ありますね」
サクヤ「柚明はご神木ヘ蝶を送る際に、烏月と白花も同時並行で探していて。2人は決着
が付かない侭森の奥で膠着状態で。白花は烏月を振り切れず、烏月は白花を倒すに至らず。
双方長い時間戦っていたから疲れ切っていて。
白花は蝶を受け容れ桂の無事を知り、蝶の癒しで体調を復して森の奥へ逃げ走り。烏月
は蝶を受け容れず、体力を復せないから白花を追い切れず諦めて、羽様の屋敷を訪れた」
烏月「今なら彼の心情も配慮も分ります。彼も肉親の無事を直に確かめたかっただろうに。
私が許容できないと分って、私が羽様の屋敷へ行ける様に、自ら森の奥へと逃げ走った」
葛「心が何かに囚われ強張っていると、見える物も見えないし聞える物も聞えない。実体
験のある葛だから分ります。『常に心を柔らかく』は、柚明おねーさんと桂おねーさんの
お祖母様の教えでしたっけ。箴言ですねー」
サクヤ「出迎えた柚明の濃い現身に思わず身構えるのは、鬼切部の性かね。柚明はあたし
達の風呂の間も、少しだけど桂の血を呑んで、肌身も想いも通わせたから肌艶も更に増し
て。飲まず食わずで半日、山奥で戦い続けて疲弊した烏月には、手に負えなく映ったかも
ね」
柚明「アカイイト本編の烏月さんルートも一部辿ってきた為に、柚明の章ではわたしルー
トより、桂ちゃんと烏月さんの親密な描写が付加されているわ。2人がお互いに抱く絆も、
わたしルートのそれよりは確実に深く強い」
葛「桂おねーさん、原作通り烏月さんの地雷を踏んでしまいます。柚明の章の作者が巧い
のは、桂おねーさんの失敗を伏線・踏み台にして、後に敢て地雷を踏み砕く柚明おねーさ
んを描く処で。ここで烏月さんがサクヤさんと語った平行線は、白花さんの件ですね?」
烏月「はい。彼は鬼切部が討つべき鬼であり、先代鬼切り役の兄が討ち漏らした千羽の恥
で、兄の死の原因になった私の仇でもありました。でも彼の内に別の鬼が居る事を私は知
らず」
桂「ここで漸くわたしも、全体状況が見えてきたよ。ケイ君という鬼は、ご神木に封じら
れた主という鬼の復活を企んでいる。ノゾミちゃんミカゲちゃんも、そこに関っていて」
サクヤ「状況が見えた結果、危険度合も見えてきた。原作ではここで、危険回避の最後の
分岐だね。翌日に経観塚を離れ町の家に戻る。でもその選択は、桂と柚明の今生の別れ
…」
桂「今生の別れ? ここで帰っていたら、もうわたしユメイさん……お姉ちゃんと会えな
かった? 秋とか翌年とか、また羽様を訪れたら、ご神木を抜け出てとかできないの?」
葛「アカイイト本編の烏月さんルートと同じですよ。鬼の禍が解決して落ち着けば、オハ
シラ様は現身を取ったり顕れるべきではない。
確かに崖落ちで生命を助け助けられ、互いに深い絆で結ばれたけど。その濃い現身が時
間限定である様に、深い絆も時が経てば薄まり細まり解れます。桂おねーさんと柚明おね
ーさんの間には、鬼神が立ちはだかってます。
主か封じの要か何れかを何とかせねば、お2人の未来は絡み続けられません。アカイイ
トの基本線はかなり厳しいです。柚明おねーさんがこの経緯を経ても尚、一時的と認識し
ているのは、冷静というか冷徹というか…」
サクヤ「町へ帰れば鬼との縁が解れる。ノゾミ達との繋りを絶てるのと同じく、柚明との
繋りも絶たれるんだ。柚明は桂の過去の傷みを蘇らせるべきじゃないと、考えていたし」
葛「桂おねーさんが帰宅エンドで夢に見る柚明おねーさんの声や姿は、桂おねーさんの想
いです。呼び招いて欲しい声を掛けて欲しい、桂おねーさんの想いが作り上げた像であっ
て。柚明おねーさんの力や声は、遠方の町まで届きません。でもその想いを実行できなか
った桂おねーさんでは、想い人には逢えないです。
柚明おねーさんへの渇仰が、心身を壊す程になって。又は桂おねーさんの危難を他の誰
も気付かず防げず。柚明おねーさんが顕れる他に術をなくして、漸く絆が絡み合う。事態
がそこ迄至らないなら、鬼神の封じを主任務とするオハシラ様は、顕れないでしょーね」
烏月「それを実感したからこそ、桂さんは帰る事を拒んだんだね……危険を承知しても尚。
この時の私は、桂さんが目先の情に流されて冷静に判断出来てないと思っていたが。誤解
だったよ。桂さんは危難の重大さを承知でも、柚明さんを選び取ったんだ。正に命懸け
で」
柚明「この時はわたしが過ちを選んだのかも知れない、桂ちゃんに過ちを選び取らせたの
ではないかと。選択の結果を怖れていました。怖れても、桂ちゃんの真の想いに寄り添う
のなら、これ以外の選択はなかったのだけど」
桂「わたしは帰る積りはなかったよ。誰かの足を引っ張るかも知れないけど、迷惑になる
かも知れないけど。学校も生活も全部後回し。『ユメイさん』とは離れ離れでいられな
く」
サクヤ「一足遅れであたしがそれに気付いて、烏月を説得、というか宥めて。桂が暫く羽
様に柚明と居続けることの、了承を取り付け」
桂「烏月さんや葛ちゃん達とも、一緒だよ」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
31.呪符の結界。その裏で柚明と烏月
葛「そろそろ締めも近いですね。柚明本章第二章は、この夜寝付く頃迄が適切な間合だと、
作者も考えていたよーですが。アカイイト本編に描写のなかった暗闘部分を加筆した結果、
分量的にもそれに近い辺り迄来ましたねー」
烏月「しかし作者はひねくれ者です。第一章の最後も、ノゾミ達との交戦から始る『千客
万来の夜』の後の、桂さんと柚明さんの睦み合いは良いとして。桂さんが寝静まった後の
柚明さんの、血を得た故の悔恨まで描いた」
サクヤ「どう終らせてくるか、締め方次第で読者の関心を引っ張るか萎えさせるか左右さ
れる以上、最後に注力する気持は分るけど」
柚明「ここで一つオリジナル描写を挟みます。アカイイト本編で烏月さんが提案した『羽
様の屋敷を囲う結界』を敷設するシーンを…」
葛「本編では丸ごと省略された描写ですね」
烏月「本編に元々設定されていた省略描写を、わざわざオリジナルで書き込んで。しかも
それを充分意味ある箇所にする。この作者は本当に、二次創作を掌中の物としています
ね」
サクヤ「もう少しオリジナル作品にも、その構成力や描写力を注ぎ込めばいいのに。まあ、
そのお陰であたし達まで、徹底的に描写されたから、それはそれでお得だったけど。しか
しまさか桂の失敗も伏線に使ってくるとは」
桂「そうそう。わたしがさかき旅館の部屋に、お札を貼るのに失敗した、あれを伏線にし
て。念には念を入れ、誤って結界をはみ出たりしない様に、お札の貼付を烏月さんと一緒
に確かめて回ると。お姉ちゃんの用意周到さには、流石のわたしも舌を巻きました。わた
しが危険に陥りそうなフラグを、ありそうな危険の芽を、一個ずつ潰していく感じ。烏月
さんとわたしの共同作業を描いたと見せておいて」
サクヤ「実の処、結界で遮断される激痛を桂から隠したい柚明が、少しの間自身から桂を
遠ざけたいと。烏月はそれを察して語らず」
烏月「柚明さんは敵ではありませんが、この時はまだ、彼を巡って衝突する怖れを胎んで
いました。彼女の人となりを知る為に、呪符の結界を提案したので。試す様な展開になっ
てしまったのは申し訳ない。賛成反対、実行不実行に関らず、私はその応対を見たく…」
葛「呪符の結界を拒んだなら、烏月さんは柚明おねーさんを信じ切れなかったですか?」
烏月「一抹の疑念は残ったでしょう。桂さんを鬼から守る上では、強者多数が幾ら守りを
固めても、完全に隙はなくせない。鬼が一体どの様な攻め手・奥の手を持っているのかは、
正直対戦するまで分らない。対策の取りようがない部分は残ってしまう。結界で隔てれば、
眠っていてもほぼ完全に防ぎ通せる。桂さんを町へ帰さず、安全確実な術を選ばない。そ
こに何か思惑があるのかと、訝るのは自然で。
柚明さんの回答は私を繋ぎ止めてくれた」
サクヤ「あたしは術者じゃないから。呪符の結界は見た事あるけど、霊の鬼が入れなかっ
たり、依代ごと入った霊の鬼が出られなかったりで。依代と離れた霊の鬼を遮断する様に、
呪符の結界を発動させるのを見るのは初めてでね。まさか柚明がそれに該当するとは……
知っていれば賛成しなかったよ。当たり前さ。
戦力ではこっちがむしろ優位なんだ。濃い現身の柚明にあたしに、烏月と尾花までいる。
何で柚明に傷みを強いる、結界なんかを!」
柚明「わたしは進んで賛成でした。力の量では漸く優位に立てたけど、戦力比はわたしと
ノゾミちゃんにミカゲでは、まだ2倍に至ってない。相手が2人なこと、百戦錬磨の古い
鬼であること、主の復活や贄の血を欲して必死に食い下がるだろうこと、等を考慮すれば、
まだ勝敗は分らないわ。サクヤさんや烏月さんがいてくれるけど、こちら側も桂ちゃん以
外に、葛ちゃんを守る必要も出ていたし…」
桂「戦力で優勢なのに、迎え撃つって対応は考えなかったんだ……慎重というか戦いを好
まないというか、お姉ちゃんらしいけど…」
葛「戦力で上回れば必ず勝つ訳でもないですから。戦力で上回れば必ず勝つなら、主人公
側が劣勢だと、勝ち目がない事になりますし。孫子に依らずとも、究極の勝ちは不戦勝で
す。この時はむしろ戦いより交渉術が光った処で。柚明おねーさんは、この時烏月さんに
譲って得た信用を、この後の烏月さんと話し合う基点にしたいと、考えたのではないです
か?」
柚明「ええ。わたしの誠意を見て欲しいと……それは烏月さんに伝わったわ。術者には術
者の、剣士には剣士の、女の子には女の子の、それぞれに届く対応や言葉が、あるもの
よ」
烏月「後日譚第3.5話で、私はそれを柚明さんに見せつけられました。羽藤に対し憤怒
を抱き、どうやっても説得不能と思えた千羽の石頭達と、まさか絆を繋ぐとは。いえ、私
もゆくゆくそうしたいとは考えていましたが、一泊二日でそれを為せるとは、想定が及ば
ず。
思えば柚明さんは先々代、桂さんのお母様と一つ屋根の下で暮らしていた。剣士向けの
言葉や応対も、知っていて不思議ではない」
サクヤ「柚明の章の後日譚を見て、柚明は策士として若杉に就職できるって、評価した読
者もいたね。将棋が強そうって評した読者も。戦場での強さと別種の、参謀や外交官とし
ての有能さって言うのかね……確かに、押して引いてを巧く御して、双方納得する落しど
ころを見つける技能は、笑子さん譲りだけど」
柚明「そう言って頂けると嬉しいです。策士かどうかは別として、わたしは笑子おばあさ
んを見習い指標にして歩んできましたから」
烏月「因みに、柚明さんはこの時点でご神木との繋りを断たれていますが。夕刻に蝶に変
えて送り込んだ力のお陰で、結界は主が短日中に打ち破れる状態では、なくなっています。
現状外から結界を破れるのは、彼に宿った主の分霊のみ。ノゾミとミカゲはご神木間近
の結界に入れず、ご神木に触れない。柚明さんはこの展開を予期済みだったのか。或いは
その性分・用意周到が、功を奏したのか…」
葛「そんな訳で就寝です。わたしは既に寝付いた後という表向き設定で。烏月さんサクヤ
さんも別の部屋で仮眠を。桂おねーさんのみ、癒しを及ぼす柚明おねーさんと同室に。そ
して日付の変る頃から台風の様な家鳴りが…」
桂「ノゾミちゃんも一夜で復活できたんだ」
サクヤ「桂の血は特上だから。現身が壊れず依代へ辿り着ければ、贄の血の力の蓄積があ
る限り、何度でもあの位の現身は繕えるんだ。
現身を壊されても、依代がある限り消滅ではないけど。傷み方が酷いと、復活は相当難
しくなるらしいね。アカイイト本編の烏月ルートや、あたしルートでの結末がそれだよ」
桂「あー。烏月さんルートではあれで倒した、って思ったけど。サクヤさんルートでノゾ
ミちゃんの捨て台詞を聞いたら、実は決着になってないって思えて。葛ちゃんルートがよ
り確実な対処で。お姉ちゃんルートが完全消滅って感じなんだ。烏月さんが言っていた様
に、倒されたフリして次の瞬間に別の処に顕れたりされたら、収拾付かなくなりそうだよ
ね」
柚明「振り返ってみれば、ノゾミちゃん達は、拾年前に当代最強の叔母さんに切られたけ
ど。それで誰の血も得ずに拾年で蘇ったのだから。霊の鬼の現身は植物の芽の様な物で、
根や幹を残せば蘇りは時間の問題なのかも。数泊の経観塚旅行の間位は、蘇れないと思う
けど」
葛「サクヤさんルートでは、太古に較べ鬼切部が弱体化したと、古代に言われましたけど。
贄の血で強化したとは言え、千羽の鬼切り役を苦戦させる厄介な鬼が2匹も、他の鬼の討
伐途上に現れるとは、想定外だったでしょー。
これは烏月さんの力量不足だからではありません。柚明おねーさんが言った通り、当代
最強に切られても、拾年で蘇った程の鬼です。確率的にあり得ない遭遇です。宿命です
ね」
柚明「桂ちゃんや白花ちゃんが羽様を訪れたのも、叔母さんが亡くなった為で。ノゾミち
ゃん達の復活にもそれが影響しているかもと。鬼の姉妹の復活は、2人を切った刃の効果
が、その死で喪われた故かも知れないと、作者は。
烏月さんは白花ちゃんを追ってきた。サクヤさんは桂ちゃんを追ってきた。この話しの
根にある叔母さんの死が、止めていた止まっていた宿命の歯車を動かしたのかも知れない。
作中でそんなことを作者も触れていたけど」
烏月「この夜は桂さんの体調を復する事に専念し、守りに徹します。ノゾミやミカゲが仕
掛けてきても、攻めには転じない。私も疲弊していたし、柚明さんは桂さんを間近で癒し
支える必要があり。時間が必要でしたから」
サクヤ「そして最後は柚明と烏月の対峙だよ。桂が寝静まった後だから、桂視点で動くア
カイイト本編には存在しない、緊迫の描写を」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
32.烏月と柚明の真剣対峙
桂「わたしがお姉ちゃんに寝付かせてもらう情景は、アカイイト本編のお姉ちゃんルート
の侭だね。そしてわたしが寝付いた後で…」
葛「桂おねーさんが寝静まった後、その手を握り続ける柚明おねーさんを訪ねる烏月さん。
桂おねーさんは熟睡中なので話しに参加せず。2人のみで誰も挟まる事のないシーンで
す」
桂「改めて見返してみると、際立った美人2人で絵的に整ってます。瞼を閉じればその光
景が浮かんでくる程に、イメージが鮮明で」
葛「はいー。静かに寝付いて動かない桂おねーさんには、生きて動く愛らしさと別の、彫
像の様な整った美しさがあり。桂おねーさんに添う柚明おねーさんも烏月さんも綺麗です。
柚明おねーさんは、烏月さんと正対ではなく、背を向けて。烏月さんはその背に問う姿勢
で。
位置関係や姿勢が、桂おねーさんを中心にしたこの時点での状況を、余す処なく表して
います。桂おねーさんにより近いのは柚明おねーさんであり、烏月さんは後方から柚明お
ねーさんに問いかける配置ですが。逆に柚明おねーさんは烏月さんに背中を預けてます」
柚明「桂ちゃんの癒しを続ける為にも、その手を握り続ける必要があったから。礼を失す
る姿勢は承知で、無理を通させて貰ったの」
サクヤ「鬼切部に礼儀なんて要らないけどさ。この時点で柚明が鬼切りに背中を見せるに
は、結構な剛胆さが求められるよ。鬼神を封じるオハシラ様だと知られていても、逆に現
身で外界にいる事が、任務放棄を問われかねない。
濃い現身を得た上で、濃い贄の血を持つ桂に肌身を添わせ。鬼なら肉親でも、その血の
甘さに心揺らがされておかしくない状況だし。だから逆に鬼切りは黙ってられない状況
で」
葛「柚明おねーさんが桂おねーさんに。もし仮に、その気になれば、心変りすれば、あっ
という間……鬼切りによっては、先制的に柚明おねーさんの排除、又は桂おねーさんとの
引き離しに、実力行使もあり得る場面です」
サクヤ「この時点の柚明は強大すぎて、千羽の鬼切り役でも、掣肘できないかも知れない。
制御できない強大な鬼を、鬼切りは特に怖れ嫌う……屋敷を訪れた時の烏月の反応は、正
に鬼切部らしいものだった訳さ。真弓があたしに初めて逢った時に、そうだった様にね」
桂「お母さんとサクヤさんも、凄い仲だったんだもんね。真剣にやり合ったんじゃなくて、
真剣でやり合ったって言う、希有な関係性…。
この夜お姉ちゃんが、烏月さんに背を向けてお話ししたってことは……お姉ちゃんも烏
月さんを、信頼していたってことだよね?」
柚明「贄の民である桂ちゃんが、この時点では霊の鬼であるわたしの、肌身に寄り添うこ
とを、無防備に信頼してくれた様に……ね」
烏月「鬼切部は、鬼も人も疑う事を憶えて一人前になる物だけど。柚明さん桂さんといれ
ばいる程、その在り方が後ろめたくなる……本当に残念なのは、その在り方が桂さん柚明
さん以外の人の世一般に於いては、相当な割合で正解となってしまう事の方だけどね…」
葛「そこはやむを得ないです。わたし達の習性が偶に外れてくれることは、わたし達には
逆に人間の希望が示された様な物ですしー」
桂「こんな緊迫した問答が間近で繰り広げられていたなんて、全く気付かなかったよー」
サクヤ「桂は崖落ちの当夜だから。深手を癒せた分だけ、疲れも溜まっている。柚明の癒
しが巡っているから、傷みも苦しみもないし。寝付けてない方が危ういから、これはこれ
で。
それより烏月は何で、話しに来るのに維斗を持ってきて居るんだい? 柚明を切る積り
満々、とは言わないけど、こりゃ威嚇だろ」
葛「確かに誤解される怖れもありますが、柚明おねーさんには、真意は通じた様ですね」
作者メモ「烏月さんが維斗を持参したのは、わたしを斬る為ではない。彼女にとって維斗
は歴代の鬼切り役からの大切な預り品であり、最も頼りになる戦友であり、心の支えだっ
た。彼女は……維斗に武器以上の役割を望む。
維斗にかけてと誓いを為したり、維斗を振るう事で覚悟を示したり。先程も桂ちゃんに
町へ帰る様に勧めた時、維斗を用いた。殺意はないけど、彼女が話に込める想いは真剣」
烏月「柚明さんが私の真意を分ってくれている事は、感じ取れました。むしろ正面から私
の話しを受けてくれる、様な印象を覚えて」
桂「そんな感じだね。受けて立ちます的な」
葛「言葉の一騎打ちという感じでしょーか」
サクヤ「桂を町の家に帰さない選択に、烏月が不満なのは分っていたけさ。あたしか柚明
に問い質しに来るかもと、予期していたけど。
柚明本章は柚明ルートだけじゃなく、あんたのルートのエピソードも交えて、ここ迄来
ている。単なる柚明ルートの時より、あんたも桂や柚明の事情をより深く分っている筈だ。
その上であたしじゃなく柚明に来たのは…」
烏月「サクヤさんとはアカイイト本編の設定上、共通過去で何度か会って大凡の人となり
も分っていますが。柚明さんとは経観塚で初めて逢ったので、未だまともに話せてない…。
桂さんのたいせつな人で、桂さんを想う人で、生命の恩人でもある。今や濃い現身を得
た人ならざる存在で、鬼神を封じるオハシラ様だが、ご神木を抜け出た異常状態……話し
て問うてみたかった。その考えも人となりも。
それに、桂さんの生命を救ってくれた、そのことにまだ、お礼を言えてなかったので」
桂「そう言うところは烏月さん律儀だよね」
葛「律儀にお礼を述べた後で、烏月さんの本題に入ります。作者メモで烏月さんの問を」
作者メモ「どうして桂さんを、町へ帰さなかったのか。
桂さんは町へ帰すべきだった。鬼の姉妹も奴も想像以上に手強く狡猾だ。少なくともこ
こを離れれば危険は回避できる。私もサクヤさんもそれを勧めていた。桂さんは難色を示
していたが、あなたの一押しがあれば諦めた。桂さんは明日安全を手に入れられた。守ら
れた。なのにあなたの中途半端な答が桂さんの未練を招き、彼女をここに留める事に繋っ
た。
あなたが情に流されて、桂さんの心の浮き沈みや、自身の桂さんへの未練に引きずられ
て判断を見失うとは思わなかった。それが桂さんの涙を招き、サクヤさん迄動揺させた。
結界で依代との繋りを断たれる激痛さえ覚悟し耐えられるあなたが、なぜ最悪の結論を。
呪符の結界は弥縫策に過ぎない。奴らの依代は特定できていないから、攻めにも出られず、
状況は防戦一方。これでは危機の先延ばし」
サクヤ「確かに状況は烏月の言うとおりだよ。桂は町へ早く返すべきだったし、残ればノ
ゾミやミカゲが狙っている。その依代は特定できてないから、こちらから攻めに出られな
い。あたしも桂を町へ返すべきだと思ったさ……桂があそこ迄柚明に拘りを見せなければ
ね」
葛「一念が、岩をも通してしまいましたか」
柚明「本当は好ましくなかったの……烏月さんの考えは正解。羽様の屋敷に居続ける事も、
拾年前の傷みの記憶に直結しかねない。蘇らせてしまいかねない。わたしも、桂ちゃんの
涙を受けての判断だったから、烏月さんには優柔不断と見られても、無理はないわね…」
烏月「いえ、あの時は私の視野が狭かった……実は私も、柚明さんの判断を正しいと感じ
ていたから、呪符の結界との条件を付けつつ、桂さんがここに残る事を了承した。この時
は、その真意を伺う事で自身を得心させたかった。己が理解できない正解とは不安な物で
す…」
葛「烏月さんは、柚明おねーさんが桂おねーさんを経観塚に止める結論を出した、その考
えと事情を知りたかった、という訳ですか」
サクヤ「作中2人の応酬から作者メモだよ」
作者メモ「(烏月)『桂さんの守りが最優先ではないのですか』
(柚明)『桂ちゃんを町へ帰す事が守りになると?』
『今更あなたには、確認の問も不要な筈だ』
『それで桂ちゃんの何を守れるのですか?』
『桂さんの身体と生命、では不足ですか?』
全身全霊をかけて守る。それに違いはない。唯桂さんの間近で守るか、桂さんを安全な
場に逃がしてから敵を迎え撃つかの、違いだけ。後は何としてもあの鬼達を討ち果たす。
特に桂さんを追える現身を持つあの鬼は、確実に。その身を狙う鬼を全て討つ事で桂さん
を守る。
『……今のあなたに、桂ちゃんは守れない。
あなたは人を守るという事を分ってない』
任せられない。だから、わたしが傍にいなければならない。守り救い、支えなければ」
桂「うわー。お姉ちゃんが明言して厳しい答を返す情景は、余り見ないから鮮烈……そう
言えば、ノゾミちゃんミカゲちゃんには厳しかった筈だけど、これはそれとも違う様な」
サクヤ「烏月は敵じゃないからね。桂を共に守る側として貴重な戦力だから。この時の柚
明の厳しさは、味方・仲間と認めた上で、想い気遣い成長を願うが故の、厳しさなのさ」
葛「柚明おねーさんは、敢て烏月さんに考えを言わせてダメ出ししています。問われた事
に答えるよりも先に自身の問いを発するのは、柚明おねーさんに珍しい対応なので、意識
してなのでしょー。烏月さんの成長のきっかけにしたく、気づきを促す為の論破ですか?」
柚明「烏月さんは元来聡明で、わたしの助けなんて要らないの。唯この時は、大きな悲し
みに深く傷ついていて、心が強張って柔軟さを失っている。本来見えることが見えてない。
そんな状態に陥ると中々自覚もできないから。
お節介を承知で、心の内側に踏み込んだの。それは本来してはいけない非礼なことだけ
ど、桂ちゃんが危ういあの時点では、手段を選んでいられなくて。烏月さん、ごめんなさ
い」
烏月「いえ。あの時は私が未熟で非礼な問いかけをしてしまい、申し訳ありませんでした。
わたしは自力で気付けなかったので、直言してくれる人が有り難かった。桂さんも。当
時は千羽全体が非常時だった事もあって、私が本当に欲しかった言葉は、千羽の誰からも
得られず。私自身それが何なのかさえ分らず。柚明さんを通じて、先々代から教えを受け
た感じです。そのお陰で私は、この後ですが兄さんの真の想いに何とか辿り着く事が出来
た。
貴女には幾ら感謝してもし足りない……」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
33.たいせつな人を託す
桂「作者さんはこの問答で『換骨奪胎は実質終った』と言ってます。本当の完結はノゾミ
ちゃんが転向して、お姉ちゃんと絡みの深いミカゲちゃんが、敵方筆頭になることだけど。
ノゾミちゃんも十年前以前からを考えれば、烏月さんよりお姉ちゃんの宿敵と言って良
く。烏月さんがノゾミちゃんと宿敵なのは、烏月さんルートのみだって……そうなのか
な?」
葛「烏月さんルートは、アカイイトの導入部ルートです。そこから始めた読者は、烏月さ
んルートの印象に影響されます。わたしルートも導入部ルートですが、派手な活劇要素が
ないので、一層烏月さんルートの印象が深く。
サクヤさんルートで、ノゾミさんミカゲさんは、烏月さんよりむしろ桂おねーさん達羽
藤と因縁深いと分りますが。柚明おねーさんルートでは、桂おねーさん個人とノゾミさん
ミカゲさんの拾年前の因縁が強調され。通しで見ると羽藤と因縁深い鬼の姉妹は、柚明お
ねーさんとも因縁深く宿敵関係なのですが」
サクヤ「濃い現身を得てノゾミ達に対抗できる様になった。桂の生命を助けた実績もある。
桂の拘りも尋常じゃない。その上で桂に抱く想いの強さや深さで、歴然とした差を見せら
れちゃ、換骨奪胎に頷かざるを得ないさね」
烏月「ここは、私の了見が狭かったと知らされた瞬間でした。本編でも語っていましたが、
私の属する千羽党は、現身の鬼を切る事に重きを置く剣術主体の鬼切部。守るも攻めるも
実体に重きを置く。守る場合はまずその生命を、次にその身体を物理的な脅威から守る…。
その為には鬼を倒すのが最善ですが、結界で囲い守る、狙われた者を危険から遠ざける、
狙われる物の値を先に壊して鬼の戦意を削ぐ等、物理的な応対が多く……心に目を向ける
のは後回し、助けた後でと考えてしまう…」
サクヤ「真弓も手が早かったね。初めて遭った時もいきなり斬りかかってきて、享年二千
歳で終りかと思ったよ。話すより先に切るって千羽の体質は、何とかならないのかね葛」
葛「鬼切部は事前に下調べし、必勝の態勢を整えて鬼に挑みます。挑む時点でどんな悪事
を重ねた鬼か、どれ程危険な鬼か分っている前提なので。後手を踏んで取り逃がす方を厭
います。これは千羽党のみならず鬼切部一般の常識です。桂おねーさんを巡る数日の様に、
守りの戦いを強いられる方が稀なんですよ」
桂「この時は『ユメイさん』と、どうしても離れ離れになりたくなくて。それがわたしの
ワガママかも知れないと思いつつ、不確かな過去の記憶にその姿が視えていたから……お
母さんを喪って心細かったこともあって…」
サクヤ「ずっと気丈に耐えていたからね。あたしも最初は気に掛けていたんだけど、経観
塚で色々ある内に見失って。柚明の章設定では、あたし自身にも色々あった頃だから…」
葛「柚明おねーさんでなければ、桂おねーさんの抑えてきた『溢れそうな想い』『天涯孤
独の心細さ』に気付けなかった。非常時に心の問題は後回しと言われそーですが、むしろ
この時至急なのは桂おねーさんの心の方で」
烏月「その通りです。そして私は兄さんからその様な剣を学んできた。兄さんを切った為
に目を背け、見失ってしまったその在り方を、私は柚明さんに示されて、不覚にも動揺
し」
サクヤ「柚明が烏月の『地雷を踏み潰す』って表現は、鮮烈だね。桂がやった事を伏線に
使って。しかもこれが第四章の伏線にもなっている。烏月が柚明に心を開く展開へのね」
桂「わたしには、この時点で既に烏月さんが、お姉ちゃんに心開いている様に見えるけ
ど」
葛「続けて柚明おねーさんは、桂おねーさんの贄の血を、追加で頂いた事も打ち明けます。
言わなくても良い事を敢て伝えるのは、嘘偽りはないと示すと同時に、桂おねーさんの不
安定さを、分って欲しいとの辺りでしょーか。
大ケガで大量失血した直後にも関らず、自身の体調より柚明おねーさんの心配を止めら
れない程、柚明おねーさんが止めきれない程、桂おねーさんの心は不安定だと。烏月さん
は、反射的に維斗の太刀に手を伸ばしますが…」
サクヤ「烏月は、柚明が桂の贄の血の甘さに負けて、理由を付けて血を飲んでいるのでは、
と危惧した様だけど……本当に鬼切部が危惧した時は、問うより先に刃で切り捨てている。
烏月の詰問も維斗に伸びた手も鬼切部の条件反射だけど、意外と柚明に信を置いている」
桂「そしてお姉ちゃんの返答がすごいよね」
作者メモ「『そうではないと言い切れます。
あなたに信じて欲しいとは、求めません。
わたしは常に一番たいせつな人が最優先』
でもそれは、その人の肉体が在れば良い訳ではない。その人の生命があれば良い訳でも。
愛でるのは姿形だけじゃない。愛おしいのは生命だけじゃない。愛したのは魂まで含めて。
わたしの全てをかけて桂ちゃんの全てが大切。
常ならそんな事はしない。わたしも桂ちゃんの前に顕れない。でも今は非常時。必要な
ら、桂ちゃんを守る為に必須なら、その身を傷つける事もわたしは為す。その罪と業は皆
わたしが負う。責めも罰も報いも全部受ける。
わたしは何であろうと構わない。信じて身を委ねた人の血を啜る悪鬼でも、残り少ない
生命の残り火を口にする鬼畜でも。唯たいせつな人の為に。その守りと幸せに役立てれば。
『人を守るという事は、その身体や生命と同様に、その心も守る事。その人の想いも守る
事。その人の大切な物迄守る事です。全身全霊を賭けて守るとあなたは桂ちゃんに約束し
てくれました。でも本当にあなたはそれを為せますか? 逃げ出さずそれをやり遂げられ
ますか? 力量は問いません。心まで守って。桂ちゃんの想いを汲み取って守って下さ
い』
あなたはそれが出来る筈。明良さんの教えを受けたあなたに、それが分らない筈がない。
答はあなたの中に既にある。後は気付くだけ。
今即言葉の答は求めない。行動で示して」
サクヤ「これは問いと言うより、柚明の求め、願いだね。烏月は桂を守り通せる剣の力量
も、桂の心を守り通せる心の優しさ強さもあると、分っていると伝えて奮い立たせようと
して」
葛「しかし中々厳しい言葉です。桂おねーさんへの守りの解れを、傷口に塩をすり込む様
に何度でも再認識させて、次を意識させて」
烏月「柚明さんには痛い処を突かれました。
それは兄さんを失ってから、私が見失っていた物、千羽の大多数が見向きもしなかった
為に私も放置していた物に、光を当て直す行いであり。柚明さんの言葉で作者メモです」
作者メモ「『わたしから問います。あなたは桂ちゃんを一番たいせつに想っていますか?
なぜ、崖下に降りて桂ちゃんの生死を確かめなかったの? なぜ、落ちた時点で諦めて
仇討ちに走ったの? 骸を確かめもせず、息が絶えた事を見もせず、その最期に立ち会い
もせず。あなたの一番たいせつな物は何?』
『それは奴が、桂さんを失わせた仇だか…』
桂ちゃんが崖から落ちた直後、猛然と維斗を振るって白花ちゃんに迫る、烏月さんの姿
が瞼の裏に浮んた。その故に白花ちゃんも崖下に桂ちゃんの生死を確かめに行けなかった。
『それは誰の為の行い? 桂ちゃんの為?
想いに不純物が混じっているわね。それでは桂ちゃんを守り抜けない、任せられない』
最優先できてない。お役目や私的な憎悪に目移りし、大切な人の守りを脇に置いている。
『その心を汲み取れず、最期迄寄り添う覚悟もない人に、たいせつな人は守り切れない』
『生きているとは、思わなかったの? 虫の息でも、助けようとしなかったの? 助から
なくても、最期にかける言葉はなかったの? 桂ちゃんの最期の想いを、受けようとしな
かったの? 最期の時を共にしようとは?』
あなたは、全身全霊を尽くしたと言える?
烏月さんの答はない。ない事が答だった。
『あなたは向き合えなかった。己の失敗と罪悪感から逃げ出した。己可愛さに桂ちゃんの、
たいせつな人の生死を分つ瞬間から逃げた』
それであなたは守れると、言えるのですか。
最期迄助けようと足掻けない者に、一番たいせつな人を絶対に守ると、言えるのですか。
『明良さんの最期の想いに向き合えなかった者に、彼の遺志を受け取れなかった者に、桂
ちゃんの守りを委ねられるとは、思えない』
あなたが彼から学んだ一番大切な事は?」
桂「穏やかな語調で厳しい中身ってすごい……だけど逆にお姉ちゃんの、烏月さんに分っ
て貰いたい、焦りに近い想いが感じ取れるよ。これは烏月さんにも、伝わっているよ
ね?」
烏月「柚明さんが桂さんに抱く想いの深さ強さに、正直打ちのめされたよ。あの高さの崖
から落ちていても、確かめる迄は息絶えてない可能性がある。助からなくても即死を避け
られた可能性はある。最後の言葉を受けられる可能性、最後の言葉を伝えられる可能性…。
あの時点で全て諦め、桂さんの一番大事な瞬間に立ち会ってしまう事に怯え、己の失態
に目を瞑り、彼への八つ当りに逃げた私では、とてもその想いには届かないと知らされ
た」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
34.尚先行きは見通せず
葛「最後は柚明おねーさんの独白で作者メモです。烏月さんに対し小姑の小言の様な言い
方になった、桂おねーさんも焦りと指摘した、この夜の語りに込めたオハシラ様の真意
を」
作者メモ「傷口を敢て抉る言葉に烏月さんの瞳が怒りに見開かれた。……でもわたしは敢
て踏み込む。わたしにも余り猶予はない。
桂ちゃんはいつ迄も経観塚に留まれない。
わたしはいつ迄もこの姿では居られない。
人と鬼との隔てはなくなった訳ではない。
今は一時的に糸が絡まって見えるだけだ。
本質的な立場は実は何も変ってない。桂ちゃんは人で、わたしは鬼だ。桂ちゃんは昼の
世界に生きて桜花の民の生を精一杯駆け抜け、わたしは主を抱き永劫ご神木に留まり続け
る。
桂ちゃんには桂ちゃんの人生がある。夏休みは秋には終る。今の危機を凌げば、町の家
に帰って陽子ちゃんやサクヤさんとの平穏な日々が待つ。学校生活があり、受験や就職が
あり、出会いや別れが昼の世界に待っている。
わたしは、主を抱き留めるお役目に又戻る。桂ちゃんと白花ちゃんの幸せと守りの基盤
を保つ、絶対外せない役目が永劫に続く。それは既に承知した。それは既に納得した。で
も。
【真弓さんの居ない桂ちゃんのこの先を】」
桂「お姉ちゃんは、主の封じを千年万年続ける積りだったんだ……ご神木を離れられない
のは分るけど……方法がないのは分るけど」
サクヤ「結果論だからね、今柚明がここに桂と一緒に町の家にいられるのは。主本体を倒
せない以上、柚明が解放されるのは、封じの要の後任がいた場合のみ。でもその可能性は
白花と桂の2人のみで、柚明が認めない以上に不適任で。白花は主の分霊を宿しているし、
桂は力の操り方を知らず。代りは居ないのさ。
あたしと桂が2人でオハシラ様を担うエンドが、アカイイト本編のあたしルートにあっ
たけど。力の使い方を知らない観月のあたしと桂の2人では、『封じの要は担えない』っ
てのが作者見解で。説明不能な展開は使えないから、柚明の章での採用可能性はゼロだよ。
結局、この時点では柚明がオハシラ様を離れる訳には行かず。桂が羽様に引っ越してく
ることも、柚明は望まない。桂の人生の基盤は今や、町の家にある。桂を、人を辞めた自
身の為に振り回させたくないって想いだね」
烏月「柚明さんが生きても死んでもオハシラ様であり続けるのは、アカイイトの基本線だ
と作者も語っていました。柚明さんがオハシラ様から解き放たれるのは、主が蘇る時か柚
明さんが消失する時だと。それが例外的に破られるのが、本編柚明さんルートのトゥルー
エンドだと。だからこそ劇的なのだと……」
葛「桂おねーさんと絆が絡まったのは、一時的な引っ掛りで。いずれ柚明おねーさんは封
じの要に戻らねばならない。その大きな流れ、定めの底流は変ってない。流される途上の
木の枝が、川岸に一時的に引っ掛った様な物で。その内再び水に掠われて流されゆく。こ
の状態はいつ迄も続けばいい、という想いは…」
柚明「想いは抱いても、桂ちゃんの人生を妨げることがあってはならないし、桂ちゃんの
人生の基盤を支えるには主を封じ続ける必要がある。それは前提で承知の話しだから…」
サクヤ「だからこそ柚明は烏月に、町へ帰った後の桂の心の支えも、頼もうとしたんだね。
あたしが居ると分った上で複線化を考えて」
葛「サクヤさんは鬼切部がマークしている鬼ですから。現状、交戦状態にはないですけど。
桂おねーさんの贄の血を奪いに現れた鬼を撃退するだけで、鬼切部の耳目を集めかねない。
それに柚明おねーさんも触れてましたけど、青珠に力を注ぐ作業はサクヤさんには出来
ませんし。千羽の協力が必要なら、烏月さんに密接になって貰う事は、大事になってきま
す。
桂おねーさんが烏月さんに寄せる想いも重要ですね。桂おねーさんが信を寄せた烏月さ
んが、もっと強くしっかりしてくれればと」
桂「葛ちゃんまるでその場で見ていた様な」
葛「たはは、間近に潜んでいましたからー」
サクヤ「あたしも耳は澄ませていたんだけど、ノゾミ達の家鳴りが五月蠅くて、殆ど聞き
取れなかったよ。気配が対峙した侭だったから、斬り合いにはなってないと思って寝たけ
ど」
烏月「この夜の話しは、千羽ではまず得られない叱責なので、心に刻んでいます。鬼を切
る事が目的ではなく、人を守る為に鬼を切る。優先は人を守る事、たいせつな人を、たい
せつな人がたいせつに想う物まで守る事……」
サクヤ「柚明の独白で作者メモだよ」
作者メモ「この手をどんなに伸ばしても届かせ得ない。
どこ迄濃い現身を作っても所詮は封じの要。
わたしに桂ちゃんの日々の支えは出来ない。
わたしに桂ちゃんの日々の守りは叶わない。
この手に桂ちゃんが今後流す涙は拭えない。
だからこそその心に踏み込んででも、斬りつけてでも、返り血を浴びてでも、伝えねば。
烏月さんに、桂ちゃんのたいせつな人にわたしは何と酷い事を。それでも尚、鬼となって。
【烏月さん、どうか桂ちゃんを守れる様になって。あなたとサクヤさん以外には頼めない。
どうか気付いて。あなたは分らない人ではない。それを目指していた筈。学んでいた筈。
真弓さんや明良さんの様に、人を守れる鬼切り役になって。あなたならできる。必ず叶う。
あなたなら、桂ちゃんを受け止められる…】
この手の温もりを、保つ為に。
この安らかな寝顔を守る為に。
重ね合わせたこの生命と想いを繋ぐ為に。
わたし達を包む夜の先はまだ見通せない」
葛「この時点では、烏月さんはまだ完全に得心した感じではなかったので、対峙に緊張感
が残った侭で、終りも不安を残した侭です」
桂「次の章へ読者さんの関心を引っ張る為に、めでたしめでたしにしないってこと? 確
かに『これからどーなってしまうのか!』って感じで終らせると、続きが気になるけど
…」
柚明「読者の興味を引き続ける事は、次を読んでもらう上では、大事かも知れないわね」
サクヤ「第一章終了時に較べ、状況は好転しているんだけどね。柚明と烏月は味方になっ
た。桂を介して仲間になったと言っても良い。この夜の問答を経ても、それに揺らぎはな
い。あたしも一つ屋根の下だし。柚明も桂の大量失血のお陰で濃い現身を得た。ノゾミミ
カゲを撃退できる状況は整った。だから逆に味方の亀裂を煽らないと、緊迫感を出せない
と作者も考えたって辺りかね。問題は、鬼の姉妹撃退は当面の危機回避に過ぎないことか
…」
葛「白花さんに宿る主の分霊は、白花さんを乗っ取る寸前ですし。柚明おねーさんはご神
木を長く外せない。優勢は瞬間的な見せかけで、待ち戦に出られる状況ではないですよ」
烏月「攻めに出たいのは山々ですが、我々はこの時点でノゾミとミカゲの依代を特定でき
ていません。しかもその所在も分ってない」
桂「葛ちゃんルートだと、鹿野川先生の持つ鏡が居場所だと分って、ノゾミちゃん達が鏡
の中にいる内に、動き出す前に封じて終りって展開もあったけど……一本道のお話しだと、
もう少し劇的にしないといけないのかな?」
葛「それはありますかねー。幾つもあるルートの一つであれば、見るべき活劇がなくても、
不人気ルートと言われる位で許されますけど。一本道では、見せ場を見せ場としてしっか
り描かなければ、面白さに直結しますからー」
サクヤ「面白さの為に困難に直面させられる登場人物には、堪った話しじゃないけどね」
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35.第二章を読み終えて・次回予告
烏月「これで、柚明本章第二章を通しで読み終えた事になります。四部作の二章という事
で、相変らず爽快な結末ではありませんが」
桂「今回はお姉ちゃんが何度も危なかった……っていうか、危ないを通り越して酷い目に
遭っていました。何とか助かって、今ここに一緒にいる結末があると信じて、何とか読み
進めたけど……まだ心臓が鳴りやみません」
サクヤ「後半を含めれば、色々な意味でね」
葛「危ないでは済まず、危険を越えて酷い目に遭ってしまったというのは、至言ですねー。
まあそれは、桂おねーさんもなんですけど」
サクヤ「桂を助けるのに最善を尽くしてだから……やむを得ないで割り切れる内容じゃな
いけど、受け容れなきゃならないんだろうね。
桂の視界に入る様になってから、アカイイト本編と被る部分になってから、多少描写が
本編に寄せられて、改善した気もするけど」
烏月「本編に寄せられて改善というのも…」
葛「この作者は、主人公にも忖度や斟酌がないですから。一種の鬼です。本作の真の敵は
或いは主でもなくて、久遠長文かもですよ」
桂「それは触れちゃいけない正解なのかも」
柚明「第二章の最大の敵は、霊の鬼にとっての天敵・陽光だったと思うの。脅威は意志を
持つ敵のみじゃない。意志を持たない災害や自然現象も、時には話しが通じる敵より怖い。
主も相変らず絶望的な力の差を感じさせるし、ミカゲの嗜虐も前面に出てきたけど。わた
しは桂ちゃんと白花ちゃんが一番だから、その危難を助けに行く際に阻む物は、全て敵
…」
葛「陽光ですか。天照大神は難敵ですよー」
桂「陽子ちゃん、そこはかとなく存在感?」
烏月「サクヤさんルートでは、桂さんも鬼神を敵に刃を構え抗った。桂さんを守る為なら、
柚明さんが陽光を敵に抗う事もあるかもね」
サクヤ「日輪を乗り越えちまった以上、主の配下如きに後れを取る訳には、行かないね」
柚明「乗り越えたと言うより妥協できた位で。それに戦場では常に、何が起こるか分らな
い。いつも心を引き締め諸々に目配りしないと」
サクヤ「柚明は常に慎重だね。勢いに任せて押し切っちまった方が良い場合もあるのに」
烏月「そう言う場合は私かサクヤさんが前に出るべきです。たおやかな柚明さんを攻めの
先頭に出しては、その技量の高さは承知でも、桂さんを心配させてしまう。否私が心配
だ」
桂「うんうん、それはわたしも心配だよぉ」
葛「烏月さんは柚明本章終了後は、柚明おねーさんに心酔して描かれていますね。桂おね
ーさんの家族だとか、共に悪鬼に対峙した戦友だとか言う以上に。信頼しすぎな感じも」
烏月「それは作者も意図しての様です。私はアカイイト本編で桂さんに好意を示すのにも、
特に照れや恥じらいはなく、まっすぐ本音を表しています。柚明さんにもそうであって当
然との見解で。アカイイト本編の私ルートで『魂削り』の直前には、私が彼女への誤解を
認め謝っています。柚明本章もその場面を経ているので、信頼関係の基盤は出来ていると。
……私の強面は鬼に対してのみです。お役目柄、鬼に甘い顔をする訳には行かないので」
サクヤ「そう思って読み返すと、この時点ではオハシラ様で人外の柚明には、役目柄甘い
顔を出来ないと、好意を隠そうと必死の烏月っていう、奇妙に面白い光景が窺えるねえ」
葛「それが溢れ出すのが、柚明本章第四章の後半という訳ですか。あの情景はアカイイト
本編にはない、オリジナル描写の精髄だと葛も思うので、読み進むのが楽しみですねー」
柚明「そうやって祝福されると、わたしは少しだけ気恥ずかしいけど……嬉しい結末ね」
烏月「この面々と読者皆さんには、周知の事です。今更この近しさを隠す積りもないので。
桂さんと柚明さんにまとわりつく悪い虫や悪鬼は、私と維斗が処理するのでご安心を…」
サクヤ「どうして葛がビクとするんだい?」
葛「サクヤさんこそ悪鬼の自覚ありですか」
サクヤ「あたしは今不在な小鬼の心配をしてやっただけで……あたしは悪鬼じゃないし」
葛「なら良いですけど。柚明の章の烏月さんの迎撃範囲は、柚明おねーさん含みですよ」
桂「えっ。それじゃもしかしてわたしも?」
???「一体けいは何を企んでいるのやら」
烏月「桂さん柚明さん葛様は守る対象だよ」
葛「それなら私も安心ですねー。あれれ?」
(葛が視線を向けるとサクヤは渋い表情で)
サクヤ「頭数で劣勢かい。まさかあの小生意気な小鬼の帰りを待ち望む羽目になるとは」
柚明「そう言う訳で次回予告です。桂と柚明の『柚明の章講座』第9回は、柚明本章第三
章『望み承けて繋いで』の解説です」
サクヤ「物語も後半に入るよ。前半は柚明ルートに葛とノゾミのルートを接ぎ木して…」
桂「いよいよノゾミちゃんが、たいせつな人になってくれます。それも唯のノゾミちゃん
ルートではなく、十年前を思い出したわたしの元に留まってくれて……その為にお姉ちゃ
んに更に傷み哀しみを、負わせちゃうけど」
柚明「わたしは大丈夫。桂ちゃんの願いがわたしの願い。少しの蟠りは、作者が諦めと吹
っ切りの付く迄、徹底的に描いてくれたし」
烏月「逆に柚明の章程徹底的にせねば、桂さんの元にノゾミが添い続ける後日譚を、描く
のは至難だろうね。過去の所行が所行だから。桂さんをたいせつに思えばこそ地雷の上で
生きる日々だ。その意味では、作者はノゾミを柚明さん桂さんの元に繋ぎ止めたと言え
る」
葛「葛もその全力を見せる時が来ますです」
サクヤ「早速羽様の屋敷から、全力で逃げ出す展開だけどねえ。まあ逃げて逃げて逃げま
くった葛のその末を、お楽しみって処かね」
烏月「徐々に人間関係のすれ違いや勘違いが表に出て、結果解消に向かい始めます。唯そ
の為に幾つか、修羅場も経なければならず」
桂「次回のゲストさんには、ノゾミちゃんも戻ってくるんだよね? 今回はノゾミちゃん
の登場場面について、直にその心情や背景を訊くこと出来なかったから。次は山場だし」
葛「そーですね。それは可能だと想います」
サクヤ「その代りと言っては、何だけど…」
???「この2人から必ず外れが出るのね」
桂「あ、そうでした。全員は揃わない設定だものね。作者さん、気が変ってくれないかな。
3人呼べたなら、4人も呼べると思うのに」
サクヤ「この執筆の苦戦ぶりを見ていると」
???「心変りの可能性は非常に低そうね」
葛「分量増の負担は相当大きい模様ですー」
柚明「それが設定なら仕方ないわ。この縛りは解説の上での事に過ぎないの。それ以外で
わたし達が、たいせつな人みんなと仲良くお付き合いする事に、何の縛りもないのだし」
烏月「桂さん、私は必ず次も一緒出来るよ」
桂「烏月さんとの一緒はとてもうれしいよ」
葛「次回公開は早ければ年末位ですかねー」
???「作者の能力を考えれば現実的な処かしら。私の登場前提に精進を促しておくわ」
柚明「やや纏まりを欠く展開になりましたが、次回も懲りずに見に来て頂けると幸いで
す」
桂+柚明「今日はどうもありがとうございました。次に逢える日を心待ちにしています」
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36.おまけ
葛「そーいえばここにいない方の事ですが」
サクヤ「小鬼のことかい? 事前に柚明が大丈夫って言っていたけど、現れなかったね」
烏月「いえ、先程から急に鬼の気配が…!」
(桂の背後の虚空に烏月が維斗を突き刺す)
ノゾミ「鬼切り役……少しは加減なさいよ」
(喉元に維斗の切っ先が迫った状態で顕れ)
桂「ノゾミちゃん! 居たの、今来たの?」
ノゾミ「私を抜きにけいと語らうなんて許せないから、少し強引に顔を挟めただけなのに
……いきなり鬼退治されるかと思ったわ!」
烏月「桂さんの背後に音もなく迫る鬼には相応な迎え、迎撃だと思うが。殺気がなかった
から、誤って殺めぬ様に加減はしているよ」
桂「烏月さん♪……座布団一枚、いや二枚」
柚明「迎えと迎撃、誤ると殺める、かしら」
葛「烏月さん、剣の腕のみならず、桂おねーさんに合わせて駄洒落の腕も上げてますか」
サクヤ「経観塚の夏に、白花と誤認して桂を転ばせ刃突きつけた時より、鋭かったかね」
ノゾミ「今来た処よ。けいとの語らいに間に合わぬ様にと、野暮用を作った鬼切り役とゆ
めいの企み等お見通し。今始るとの頃合に口を挟むという、最高の返しを喰らわせたのだ
から。きつい迎え位は受け容れてあげるわ」
葛「今から始る?」サクヤ「柚明と烏月…」
桂「ノゾミちゃんよく我慢したね。お姉ちゃんに無理矢理青珠に封じ込められても、講座
が始ったら必ず顕れると思っていたのに、終了まで大人しく……」ノゾミ「終了まで?」
烏月「彼女はここに、居ませんでしたから」
サクヤ「封じ込めじゃなくて、処払いかね」
桂「なるほど……外に行ってもらっていれば、講座の間に挟まることは、出来ないもん
ね」
ノゾミ「ちょっと、けい。どういうこと?」
葛「何か不在な感じがしたんですよ。ノゾミさんに関して何か触れたら、即応が来そうな
いつもの感じがなくて……柚明おねーさんと、烏月さんは事情を知っていそうですけ
ど?」
ノゾミ「ゆめいと鬼切り役が、今回の講座に外れた私が無理矢理首を突っ込まない様にと、
外での用事を頼んできたのよ。その因には私も関っているから、流石に断り切れなくて」
葛「受けたふりでもして逆に2人を油断させ、短く切り上げ帰着して、講座に首を突っ込
もうとしたですか。仕事を放り出せば拙いけど、早く済ませるなら文句付けようがないと
か」
サクヤ「柚明と烏月の策を逆手にとって、やりこめて講座に席を占めようって魂胆かい」
ノゾミ「並の鬼なら三刻(とき=約6時間)掛るって言われたけど、私に頼むなら格の違
いを考えて貰わないと。並の鬼ではない私が、その作業に並の鬼と同じ三刻も掛る筈がな
い。私は千年を生きた古い鬼なの。百年も生きてない娘達の策になんか、引っ掛る物です
か」
桂「ノゾミちゃん、高笑いは懐かしいけど」
柚明「確かにノゾミちゃんは頼んでも封じても、講座が始れば黙っていられない子だから。
講座に集中すれば、わたしもノゾミちゃんの完封は難しい。そこで烏月さん・千羽党にお
願いして、事前に用事を作ってもらったの」
烏月「桂さんは、先日益田貞子さんを守りに顕れた猫又のタマを……憶えているかい?」
桂「益田先輩の亡くなったお姉さん、鬼に殺められた時子さんが……飼っていた猫だよね。
お姉さんと一緒に殺められ、猫又になって仇討ちを志し。先輩を守って、悪鬼に抗った」
サクヤ「小鬼が桂の血を吸わせて、強大にしちまった奴だろ。時子の仇で貞子や桂を襲っ
た悪鬼を、退ける為とはいえ。贄の血を与えるとは危なっかしい。血の甘さに溺れて桂を
狙ったり、強い力に酔って悪鬼にならないか、鬼切部が気に掛けていたとも聞いたけ
ど?」
葛「原因に関りありとはそーゆー事ですか」
烏月「直接関った縁で千羽党が経過観察していましたが。悪鬼化の様子もなく、唯の飼い
猫に猫被りして貞子さんの守りに徹しており。話しも通じると判断したので。彼女とタマ
の双方に、鬼切部管轄の鬼としての生き方を」
柚明「悪鬼にならない為にどういう在り方や心の持ち方をするべきか。鬼切部に誤解され
易い行動の例を示し、可能な限り避けること。誤解された場合どう解けば良いか。守らね
ばならない一線や、日常で益田さんや他の人を驚かせない、怯えさせない心配り。人と共
に生きる鬼は、気をつけるべきことが多いの」
烏月「千羽党から栞さん達女性陣に行って貰いましたが。柚明さんから、鬼としての在り
方を教えるなら、鬼が適任な場合もあると」
サクヤ「なるほど。人の側の見方で、それも鬼切部の切り口で『こうあるべき』と言われ
ても、得心行かないことも、あるだろうしね。そこは鬼の先輩が添う方が良いってこと
か」
葛「蛇の道は蛇、鬼の道は鬼に訊けですか」
ノゾミ「元が人で千年を経た鬼でもある私だから、未熟な鬼に身の程を教えられるのよ」
サクヤ「うわ……柚明に巧く持ち上げられて、千羽党同行の鬼調教に進んで組み込まれ
て」
柚明「語感が誤解を招きますよサクヤさん」
桂「ノゾミちゃん、鬼切部と一緒で大丈夫だった? 今更戦うなんてないと思うけど、い
ざこざ位は起こしそうで。外勤は心配だよ」
ノゾミ「随分な言いようね。私がいないのに気にせず話し始めてた癖に……話し始め?」
葛「講座は終りましたですよー。ついさっき、今思えばノゾミさんらしき声が挟まり始め
たあの頃に。いやぁ有意義な語らいでしたー」
サクヤ「まんまと引っ掛った古い鬼がいる」
ノゾミ「ちょっとゆめい。あなた私に『今宵の作業は並の鬼なら3刻は掛るから、私が首
尾良く終らせれば、1刻掛る講座の終局頃に、間に合うかも知れない』って言ったわ
ね?」
柚明「ええ。そう言って、お願いしたわ…」
ノゾミ「私が、並の鬼には叶わぬ高度な関知と感応を用い、2刻で終らせ飛んで帰ってき
たのに。どうして帰り着いた今時点が、語らいの終局頃なのよ。話しが違うじゃない!」
烏月「間に合ったではないか。終局間近に」
ノゾミ「間に合うのは講座の終局じゃなくて、開始の方よ……さては貴女達、謀ったわ
ね」
葛「ノゾミさんが烏月さんと柚明おねーさんの裏をかいて、早く作業を済ませて帰着する。
それをもお2人は、想定済みだった訳ですか。ノゾミさんが作業を早く済ませて、戻って
きても講座の終り頃になる様に、設定したと」
桂「烏月さんお姉ちゃん、どういうこと?」
サクヤ「柚明が省略した部分を補足すればさ、『並の鬼なら3刻は掛る作業だから、並の
鬼ではないノゾミが首尾良く2刻で終らせれば、1刻掛る講座の終局頃に、間に合うかも
知れない』ってことなんだろ。元々の設定がさ」
柚明「ノゾミちゃん作業お疲れ様、お茶でも呑む? 講座は終ったから、これからの桂ち
ゃんとの語らいに、縛りは特にないわよ?」
(烏月に携帯着信あり。刃を納めて通話後)
烏月「講座も終ったし任務も完遂した様です。今確認できました。であれば私も桂さんと
の健全な関り迄は妨げない。ノゾミ、柚明さんと用意したお茶請けがあるが、喰らうか
い」
ノゾミ「あなたの鬼切りの刃を喰らうよりは、遙かにマシな結末になりそうね……頂く
わ」
桂「ノゾミちゃん、すっかり2人の掌の上」
サクヤ「こういう結末も悪くないかもねえ」