第7回 柚明本章・第一章「廻り出す世界」について(丙)
18.ユメイと主の問答@
葛「ノゾミさんミカゲさんに、桂おねーさんの所在を特定されてしまいました。もう逃れ
られません。柚明おねーさんは、戦ってでも桂おねーさんを守り通す決意を実行に……」
作者メモ「主とユメイのやり取りです。
主【ミカゲ達に見つかってしまった様だな。予期していた事とはいえ……どうする?】
ユメイ【桂ちゃんを、守りに、行きます!】
今夜防ぎ止めないと桂ちゃんに明日はない。
今夜守りに行かないと、守る物が費え去る。
例え封じを空ける事になっても。明らかに劣勢で勝ち目が見えないとしても。例え戻れ
て後もう一度あの悶え苦しみが待つとしても。
自身の何を犠牲にしても守ると決めたのだ。
漸く守りの手が届く処に迄来てくれたのだ。
今行かなければわたしの生命に意味はない。
わたしの生も死も、犠牲も全て無駄になる。
【朝迄には戻ります。ハシラの継ぎ手は消滅した訳ではなく、不在なだけ。ここにもわた
しを一部分霊で残していきます。だから、内から封じを破ろうにも一昼夜では破れない】
主を解き放つ訳に行かない。ここにもある程度封じの力を残しておかなければ、向うで
桂ちゃんの生命を救えても、その直後に鬼神に喰われて終る。どっちつかずの戦力分散は
叶う限り避けたかったけど、やむを得ない」
サクヤ「凄まじい覚悟だね……只でも少ない勝算を、戦力分散で更に低めて、それでも桂
を助けない訳には行かないと……勝敗度外視が前提で、生きて帰れぬ可能性も濃厚で…」
桂「お姉ちゃん、そこまで思い詰めて……わたしの為に、全部忘れ去ったわたしの為に」
ノゾミ「ここからはゆめいと主さまの問答よ。主さまは、ゆめいの覚悟を問うて楽しんで
いたみたい。ゆめいのまっすぐにぶれない処を、問うて聞く事を喜んでおられる様な感じ
…」
葛「作者メモです。急なこの存在感は、論ずるより読んで戴きたいという感じですかね」
作者メモ「主とユメイの問答です。
主【竹林の姫は何度か分霊の形で蝶を送った事があった。多くは夢見にだったが、何度か
は現に人の目に付く形で。だが、その時でも送った蝶に込めた意之霊と魂は……ほんの僅
か。今回のお前が為すのはその逆だ。魂と生命を千切る痛みも尚尋常ではないのに。
ここに幾分かの分霊を残し、大部分が贄の子を救う為に戦いに赴こうとしている。今迄
千数百年の封じの中で、誰も一度も試した事もない途方もない無謀だぞ。怖くないのか】
主はわたしの覚悟を問いたいのか。
或いはわたしを心配しているのか。
【例えまともに帰ってこれたとして、その後にどんな反動と代償が待つかは想像もつかぬ。
お前が消えれば残った分霊で封じを保つのは無理だろう。いずれわたしは自由を得るが…。
何も残せず、敗北と苦しみだけが待つ贄の子の守りに、尚行く気か。悔いはないのか】
主の言う事は事実だった。勝ち目が殆どない事も見えていた。ご神木に残す分全部を持
って行けても、尚どちらかに勝つ事も難しい。2人の鬼は百戦錬磨。ハシラの力は封じの
為で、守りや回復はともかく、攻撃用ではない。
かなりの可能性でわたしは力尽きてしまう。わたしは桂ちゃんを守る為に消滅する迄抗
うから、わたしの敗北は消滅を意味する。その後で、桂ちゃんは恐らく自身を守れない。
最悪の像は見えていた。そしてそれがかなりの高い確率で実現しそうな事も。それでも、
ユメイ【幾ら悔いを残しても、幾つこの身に痛みを刻んでも、自身が望んだ事ですから】
勝算の有無は問題外だった。護るべき物がある限り、避けられないなら、戦うしかない。
あの時のお母さんもお父さんも、そうだったのだろう。力を知恵を絞り出し、及ばない・
届かないと分って尚立ち塞がった。痛みと苦しみと生命迄を引換に。今こそあの時の様に。
万が一、成功して生きて戻れたなら、どんな悶え苦しみも甘んじて受けよう。怖いけど、
それは今も尚身体の震えを止められない程怖いけど、それよりももっと怖い物があるから。
絶対に失ってはならない物が、今危ういから。
【悔いは……、桂ちゃんを守りぬけなかった時に、まとめて】
白花ちゃん。あなたを守ってあげる力が残せないかも知れない。精一杯頑張るけど、生
命の限り戦うけど、折角経観塚に来てくれたのに何もしてあげられない。ごめんなさい」
サクヤ「この時点で尚、己が消失する事で守れなくなる白花の事を、気に掛けてっ…!」
葛「圧倒的な劣勢を承知しても戦力を分散し。守る対象を複数抱く柚明おねーさんは、戦
略的には失策となりますけど……その柚明おねーさんでなければ、拾年鬼神を封じる事も
出来てなかった訳で……何とも言えません…」
ノゾミ「ユメイと主さまの問答は続くわよ」
作者メモ「ユメイが主に出陣を告げます。
ユメイ【朝迄外させて頂きます。心ならずも、あなたを慕う者を討ちに出る事になりまし
た。封じの要があなたの前を外れる無礼の購いは、戻ってから致します故に、どうかお赦
しを】
わたしが空ける以上、封じがこの侭で保てない事は予想できた。主自身が出られる大き
な綻びになる前に、戻り来れればそれで良い。分霊が出ても、近くに依り憑ける人はいな
い。夜明けと共に日の光に消去されるだけだ。戻ってさえ来れれば、綻びの修復に問題は
ない。問題は、わたしが帰って来られるか否かだけ。
主【武運を祈っておこう。わたしを慕う者を討ちに出るとはいえ、面と向って挨拶されて
は、その位はしておくのが礼儀だからな…】
想いの侭に生きようではないか。君も我も。
己の内の真の望みを曲げる事なく貫こうぞ。
主の言葉は、敵に向けての物というより戦友に向けてのそれに近い。或いは主には敵味
方を越えて、わたしは同志なのかも知れない。どこ迄も、己の想いを貫こうと足掻き続け
る。
わたしも覚悟は定まっている。
主の瞳を正視して静かに強く、
ユメイ【はい。必ずお互いにその様に】」
葛「すごい……問題を一つに集約してしまいました。柚明おねーさんが困難を打破できる
か否かで全てが決すると。間違いではないですけど、正解ですけど。それを打破する事が
最大の困難なのに……発想の転換で自身を奮い立たせ、最大の困難を一点突破する事に集
中する。実際、他に出来る事がない以上、その他の余計な諸々は考えず、出来る事のみに
集約する。そーいう考えも世にはあります」
ノゾミ「勝てる条件がない中で、勝ちを掴み取ろうとしているのだもの。無理というか無
茶というか。自分の戦力さえ全て注ぎ込めない中で、良く諦める気にならなかった物よ」
柚明「たいせつな人を心に抱く限り、最期迄諦める訳に行かない。これはわたしの所作で
戦いだから。可能性の有無ではなく、可能性が消えてなくなる瞬間迄、わたしは諦めたく
ない自身の想いの侭に、悪足掻きを続ける」
サクヤ「石に滴が打ち付ける様な、無駄にも映るその途絶えぬ想いが、僅かな時間稼ぎや
敵の誤算を呼ぶ内に、状況を変えて行く訳さ。正に滴を連ねて石を刳り貫く様な所作だ
よ」
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19.ノゾミ・ミカゲ・烏月との対峙@
葛「主との挨拶の後、直ちにノゾミさん達との対峙に入らず、一度間を置くのが作者の小
賢しく巧い処ですね。この夜はアカイイト本編の構成上から、激しい戦いには至らないと、
わたし達は後知恵で分っていますけど。それでもどのよーにノゾミさん達と向き合うのか、
盛り上がりを期待する読者に。一度冷水を浴びせ落差を付けて、その後で改めて描く事で、
盛り上げを錯覚させよーとしていますよ…」
サクヤ「とはいえ、一度も現身を取った事のない柚明の初体験だから。まるっきりすっ飛
ばすのもどうかと思うよ。特に柚明も作者も、こう言う積み重ねや手順を気に掛けるタイ
プだし。実は柚明がどうやって桂の元に顕れるのか、作者もこの段に至る迄、確かに定め
てなかった様で、少し考え込んだらしいしね」
桂「霊体だけど人の現身を取れたから。それで走ってきた事にしようか、浮いて飛んでき
た事にしようか、それともって。この時は結構考え込んだ末に、あの描写になったって…。
走っても浮いて飛んでも、羽様から銀座通のさかき旅館までは結構な距離があるし、そ
の間の描写を初回では省く訳に行かないけど、流石に冗長かなって。一瞬で飛んで行くっ
てのは、超能力者なら出来そうだけど、オハシラ様の能力で出来たかなって本編を読み返
し。
否定も肯定も確かな設定はないけど、どうしようって。幽霊とかは、関係の深い人の処
には、距離や時間を超えて顕れたりすることもある様だけど、それは恨みや愛情などの特
別な関係・想いを引きずって、初めて成立するお話しで。……って処まで考え考えして」
葛「柚明おねーさんは、桂おねーさんと特別な関係にあり、想いを引きずっていた訳です。
更に言えば、桂おねーさんの持つ守りの青珠も、この時の為に拾年前以前の柚明前章か
ら引きずってきた設定です。幾ら関係が深いと言っても、ご神木に根のあるオハシラ様が、
それを断ち切って他の物に移る・宿り直す事は難しいですけど……経観塚は全域がご神木
の広い結界の内側でした。その中にいる限り、関係深い呪物との縁を使って瞬間移動して
も、根はご神木と切れてない。と解釈できます」
柚明「ちょっと恥ずかしい処かしら。何でもないご神木間近の結界の領域を踏み越えるだ
けで、戸惑い怯えドキドキして。でも、先代のオハシラ様も蝶を飛ばす程度で、千年こう
して外に出た事のない封じの要だから。宇宙飛行に行くのに近い、緊張感があったわね」
作者メモ「第一夜の展開は、ユメイ・烏月・ノゾミルートの内、『桂が夜中に起きて部屋
の外に出て、烏月に逢ってお札を貰う』烏月親密ルート(仮称)は採用せず、『桂が何か
の気配に怯え、布団に籠もり続けて朝を迎える』烏月通常ルート(仮称)を採用しました。
アカイイト本編で烏月親密ルートを辿ると、お札を貰えた桂は翌夜、ノゾミにそれを当
てて反撃しますが、大した痛手にはなりません。どっちでも贄の血が濃い桂は、鬼の好餌
で状況は同じ。烏月と深夜に出逢い言葉を交わす。そのお得感があるか否かの違いでしょ
う…」
葛「柚明の章では、男前の烏月さんと言えど、メインヒロインではないので。そこ迄桂お
ねーさんとの親密を強調する描写は要らないと、作者の判断の様です。桂おねーさんは烏
月さん親密ルート(仮称)を経なくても、充分以上に烏月さんと親密になっちゃってます
し」
桂「親密ルート、辿ってみたかったかも……辿らなくても親密になれたから良いけど…」
柚明「そうね。桂ちゃんは可愛いから、綺麗で凛々しい烏月さんとはきっとお似合いよ」
サクヤ「辿らなくて良かったんだよ。小生意気な千羽の鬼切り役なんて、ちょっと腕が立
つからって、桂にちょっかい出そうとして」
葛「桂おねーさんのハートを密かに狙う葛としては、烏月さんが桂おねーさんと親密にな
りすぎる展開は、回避が望ましい処ですね」
ノゾミ「いない時に集中砲火は兵法の鉄則ね。卑怯の誹りを受けそうな気もするけど
…?」
サクヤ「良いんだよ。烏月は柚明本章の第一章で烏月ルートに沿って一番良い場面で現れ、
桂と柚明を助け、ノゾミ達を退ける大活躍をするんだ。羨んだって罰は当たらないさ…」
柚明「久遠長文によると、2日目の夜に桂ちゃんが、わたしの守りの力を纏った侭ノゾミ
ちゃん達に突進して囚われる前提に、『ノゾミちゃん達にやられっぱなし』と言う認識が
必要で。お札を当てて『ほんの僅かでも反撃できた』実績があるのは、宜しくないと…」
桂「確かに、『やられっぱなし』ではなくなるものね。物語展開上の事情もあったんだ」
サクヤ「桂の所在を捕捉したあんたは、この夜に贄の血を呑んで、邪視でその心を支配す
るか何かして、全てを決める積りだったんだろノゾミ? 柚明の妨害が入ったとしても」
ノゾミ「ええ。実際の処、妨害が入る可能性は低いと私もミカゲも思っていたわ。ゆめい
は霊体で顕れた経験のない『新米』で、封じの要は先代もまともに人形を取った事がない。
その根は槐に絡みつかれていて、容易に抜け出す事が叶わない上に、槐から桂の眠る宿
迄結構な距離がある。例え槐を離れられても、宿へ着く迄に疲弊する。来るだけで息も絶
え絶えな、霊体経験拾年程の小娘は格好の餌食。少しでも事情を分っているなら、ゆめい
がノコノコ敗れる為に出てくる率は、却って低い。
鬼切り役るーとの2日目夜で、私達の妨げにゆめいが顕れた時に、私達がゆめいの出現
自体を高笑いして迎え撃っていたでしょう? 倒せば主さまを解き放てる以上に、私達が
元々力量で上という以上に、ここに顕れた事がゆめいには、劣勢の極みの筈だったのよ」
柚明「幾つかの幸運が、その劣勢を幾分緩めてくれた。まともに霊体でご神木を離れれば、
ある程度離れる迄、引き戻す力がわたしを削ったでしょうけど。ある程度の距離を浮いて
進んでも、歩いて走って進んでも、その時間や動きに比例して相当疲弊したでしょうけど。
青珠に飛ぶ事で、その課程を省略できたから。
尤もその位では、元々の劣勢を覆すには及ばないから、圧倒的な劣勢は同じなのだけど。
そうね、ノゾミちゃん達に『叩き潰す必要』を感じさせる位には、なれた感じかしら…」
葛「万に一つの勝機を千に一つの勝機に改善できても、劣勢の大前提に違いはないと…」
桂「だからこの夜は、烏月さんの存在が重要になってくるんだ。三竦みの状況を作る事で、
ノゾミちゃんミカゲちゃんが簡単に思いの侭に出来ない展開にしたって、作者さんは…」
サクヤ「ノゾミとミカゲは、柚明と烏月の両方を同時に敵に回す事を躊躇い。どちらか片
方なら、烏月だけなら人間と侮り、柚明だけならその不利を承知で、力づくで迫ったけど。
2人だから、展望を読み切れなくて躊躇した。
烏月はこの時事情を知らないからね。ノゾミミカゲも柚明も、鬼は敵と認識し。複数い
る事は分っても正確な所在が掴み難く、様子伺いで。鬼は全部切る構えだから、この時点
では柚明にとって、味方とは言い切れない…。
そして柚明は、自力でノゾミミカゲを打ち破る事は至難だから、烏月の介入は有り難い
処だけど。話しが通じている訳ではないから、自分も切られる怖れがある。烏月と近付き
すぎない様に、衝突しない様に努めつつ、ノゾミミカゲを牽制し、巧く帰らせられれば
と」
桂「難しい状態だね。特に柚明お姉ちゃんは、自力では敵を撃退する事が難しいと分るか
ら。初対面で為人が分らず、打ち合わせた事もない鬼切部の烏月さんの、挙動に合わせな
ければならない……これは精神を削る対峙だよ」
ノゾミ「この夜の私なら1人でも、ゆめいを打ち倒せたし、鬼切り役だってそれ程の強者
だとは思ってなかったし。所詮人でしょうと。少し鋭い霊能者か僧侶神父くらいなら、怖
れる必要もない。双方が力を合わせて掛ってきても押し切れる。その筈だったのだけど
…」
葛「だけど? なのですね、そこはやはり」
桂「葛ちゃん? それは一体どういう…?」
柚明「トラウマや苦手意識と言って良いのかしら? 烏月さんの鋭く凜とした気配が鬼切
部のそれだと、ノゾミちゃん達も分ったの」
サクヤ「分った瞬間、まず待避して安全な距離を取る。慎重とも用心深いとも言えるけど
……この時のそれは明らかに苦手意識だね」
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20.ノゾミ・ミカゲ・烏月との対峙A
葛「ノゾミさん達が引き上げた時に、柚明おねーさんは即座に引き上げなかったのですね。
同時に引いていれば、その場に残され烏月さんに狙われる心配も、なかった処ですけど」
サクヤ「簡単に引き上げる訳には行かないだろうさ。翌日の第二夜もそうだけど。柚明は
桂を助けにさかき旅館に顕れるだけで、かなりの力を消費する。何度も消えては顕れたり、
立ち戻ったりは出来ない。ノゾミ達にはその余裕がある。消えた振りで傍に隠れていたり、
一度立ち去っても戻ってきたりされては困る。
今夜はもう顕れないと確証を得るか、再び来ても桂に手を出せない様な措置をしないと。
守りだからこそ、穴を空ける訳には行かない。この時は撃退した訳ではなく、ノゾミ達は
余力を持って退いているから。心配は残るさ」
ノゾミ「ミカゲはその効果も見込んで後退を選んだのね。私は不満だったけど……すぐに
でも間近に忍び寄り、ゆめいや鬼切り役の隙を狙ってはと思ったけど……この夜はミカゲ
の読みが正解だったわ。ゆめいも簡単に退かなかったし、鬼切り役は宿に泊り込んでいる。
もう少し鹿野川の血を呑んで、力を増して次の夜にって……余り美味しくなかったけど」
桂「原作者さんの血だよ。余りストレートに言っちゃ可哀想だよ……美味しいって言われ
て好き好まれるのも、どうかとは思うけど」
柚明「烏月さんに誤解されて、切り掛られる怖れはあったけど、桂ちゃんの安全の確保が
最優先だったから。わたしに戦意がなければ、わたしが悪鬼でないと分って貰えれば。わ
たしと烏月さんの関係は、わたしの対応次第で変えられる。諸々の事情を伝えて、桂ちゃ
んの守りを委ねられれば、最善だったけど…」
葛「最低限、戦いにならなければいーと見切っていたですか。この時はその最低限を極め
る感じでしたけど。外に顕れてはいけない・顕れる筈のないオハシラ様の立場では、分っ
て貰うのは難しいです。この辺りは原作者・麓川氏の構成が巧いです。様々な事情で当初
は仲間同士ではない・むしろ啀み合いもあるヒロイン達が、桂おねーさんを軸に結びつき、
悪鬼の脅威に共同で立ち向う。ノゾミさんもその面々に、最後の最後で潜り込めた訳で」
ノゾミ「あなたがその共同で悪鬼に立ち向かう面々に、入り込めたかどうか、微妙だけど。
鬼切りの頭ルート以外では、大抵中途で姿を消していて、戦力外通告なのではなくて?」
葛「たはは。尾花の血を呑まないわたしは配下を動かすしか能のない司令官ポジションで。
一緒に戦列に立って戦う事は出来ないので」
桂「戦いに役に立っても立たなくても、葛ちゃんもノゾミちゃんも、たいせつな人だよ」
サクヤ「烏月は殺る気満々で、柚明も切られる訳に行かないから……意外と柚明と烏月の
対峙は多い気がするね。作者の好みかねぇ」
柚明「烏月さんはご自身ルート以外でも、多くの戦闘を経ているので。作者は烏月さんを、
アカイイトの登場人物の強さの指標にしている様です。烏月さんとの対比で見えてくると。
更に言うと烏月さんは艶やかで美しく凛々しいので、対峙しても睦み合っても映えると」
葛「心なしか柚明おねーさんの頬が赤い気がしますけど…そこは突っ込み禁止ですか?」
桂「禁止です。公開できない軍事機密です」
サクヤ「柚明に烏月を持って行かれても、烏月に柚明を誑かされても、桂はダメージ甚大
だからね。最初の出逢いはかなりだったけど、柚明の章の展開を経れば、2人の仲は桂を
挟むより、むしろ桂を抜いた方が近しいかも」
桂「サクヤさん、それ以上言っちゃダメ!」
ノゾミ「そうなった末に失意に落ちたけいを、どうやって力づける積りなの? 自身の魅
力でけいの心を奪うのでなければ結局不毛よ」
サクヤ「珍しく真っ当な事を言うねノゾミ」
葛「烏月さんや柚明おねーさんに、自力で勝ち目ありと思っているから、言える言葉でも
あります。サクヤさんは烏月さんや柚明おねーさんに、正直劣勢を感じているですか?」
サクヤ「ん……そこは秘密。軍事機密だよ」
作者メモ「ノゾミミカゲが退いたのは、ここで戦いに入れば、結局烏月と柚明の双方を敵
に回す事になるとの読みの故で。退いてしまう事で、2人の同士討ちを期待したからです。
ミカゲの策はこの夜は不発でしたが、翌夜に的中します。更にアカイイト本編の烏月ル
ートでは4日目の夜、烏月を惑わせ白花を切らせようと試み。桂が間に入って防ぎますが、
桂が瀕死の深傷を負い。自責と悔いで烏月が鬼になりかける等最悪を導く寸前迄行きます。
敵を操り分裂させ潰し合わせ、相手の生命線を握り又は脅かし、感情に左右されず願っ
た事にのみ照準を合わせ、他を全て駒に扱う。前線での戦闘力のみならず、主の片割れで
あるミカゲは、将や参謀としての謀略にも優れ。前面に出て直接戦闘が主体の烏月やサク
ヤには、厄介極まりない相手と言えるでしょう」
サクヤ「っ……イヤな処を指摘してくるね」
ノゾミ「確かに、ミカゲの言う通りに動くと、成功する場面が多かったわね。逆にミカゲ
の指示を外すと、巧く行かない事が多かったり。操られているというけいの指摘は、正解
かも。えげつない攻めが多かったり、時々だけど私が損な役回りを任された事もあったか
しら」
葛「桂おねーさんの人徳がヒロイン勢を結びつけたから、その側面援助がお互いに利いて、
何とか危難を凌げてますけど。ノゾミさんというよりミカゲさんなのですね、敵方の鍵は。
相手に振り回される展開が多いのも、ミカゲさんの謀略の故です。柚明本章では桂おね
ーさんの視界の外で、柚明おねーさんの動きが利いて、ミカゲさんの暗躍を妨げますけど。
この夜も次の夜も、烏月さんの戦意をまともに受けて返していれば、柚明おねーさんが
自身を守ろうとしていれば、ミカゲさんの思う壺だった。戦わない事に徹した為にその思
惑を外し……柚明本章第三章の冒頭・柚明おねーさんと烏月さんの対話で触れていました
が、正解にしてもこれはかなりの難題でした。
そーいえばアカイイト本編の烏月さんルートでも。4日目夜桂おねーさんに瀕死の深傷
を与え、自責と悔いで鬼に落ちかけた烏月さんを、鬼に落さない為に。柚明おねーさんが
白花さんに頼んで、あの展開・鬼切りの奥義伝授を、導いていました。そのお陰で烏月さ
んは自身の魂の濁りを落し、鬼切りを受けて会得して最後の勝利を掴み取る。柚明おねー
さんの促しがなければ、あの展開はなかった。
ミカゲさんの策を破る様に、柚明おねーさんが動いたという点で、柚明の章はアカイイ
ト本編に忠実で。双方で人の側の要は、柚明おねーさんでした。当初自在に動けないから
劣勢だったけど、結果その暗躍を悉く潰し…。
柚明おねーさんの将棋の相手は、柚明本章の最初からミカゲさんであり、ノゾミさんは
ミカゲさんの駒に過ぎなかった。これもアカイイト本編のノゾミさんルートで漸く、ミカ
ゲさんがノゾミさんの生殺与奪も行動も全て、握って抑えて煽って操っていたのだと、分
るのに沿っています。逸脱してはいません…」
桂「そんな評価をくれた読者さんもいたよね。
『お姉ちゃんに将棋をやらせたら、かなり強いのでは?』って。他にも『若杉に軍師とし
て就職できるでしょ』とか。アカイイト本編では気付けなかったけど、柚明の章でお姉ち
ゃん側から見ると、そうも思えて来るよ…」
サクヤ「そして今やノゾミはミカゲの代りに、柚明に首根っこを抑えられた状態になっ
て」
ノゾミ「なってないわよ! 私はゆめいよりもけいよりも、ずっとずっと年上なの。お姉
様なの。ミカゲにだって『姉様』呼ばせていたのよ。アカイイト本編や柚明本章で前に出
て鬼切り役やゆめいと戦ったのだって、地味で面白くない後方をミカゲに押しつけ……任
せただけで、操られてなんかいなくてよっ」
葛「人を動かして暗躍する役割は、本来わたし向きなのですが……アカイイト本編や柚明
本章における葛の存在感は、全般にやや薄く。尾花の血を呑まなければわたしは特殊能力
を持てず、鬼との戦いでは局外で見守るだけで。尾花の血を得たわたしは逆に強くなりす
ぎて、暗躍が無意味な存在になってしまいますし…。
お話しの展開としては、余裕綽々に防いでしまうより、ギリギリで防ぎ止める方がいー
のでしょーね。そう言う点でも縛りの強い柚明おねーさんが、悪鬼の姉妹に食い下がり劣
勢な中で対峙すると言う形が、映えてますし。
作者さん曰く、わたしが司令官で柚明おねーさんが参謀長、又はその逆で軍団を作れば、
常勝無敗になるのではと。そーすればわたしも、司令官付の美人副官に桂おねーさんを指
名して、やりたい放題好き放題の限りを…」
サクヤ「逆の場合だと、桂はあんたのじゃなくて柚明の美人副官に指名され、やりたい放
題好き放題の限りを尽くされる様だけど?」
桂「わたし……葛ちゃんにどんな風にやりたい放題されちゃうの? お姉ちゃんにも?」
ノゾミ「いい加減先に進むわよ。桂をやりたい放題好き放題するのは、私なのだから…」
柚明「この時はわたしが烏月さんの隙を見て、何とか立ち退く事で切り抜けたの。応戦す
る訳には行かないし、話し合える状態ではなさそうだったし、出来れば切られたくもな
い」
葛「その要件を満たすには、逃げるしかない訳ですね。逃げるのも至難な強者ですけど」
桂「お姉ちゃんの技量があったから、何とか逃げ切れたと言うことで、良いのかな…?」
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21.1度目の死線を切り抜けて
サクヤ「まぁそんなとこだね。柚明は真弓やあたしと修練して、目が鍛えられているから。
関知や感応の使い手でもあるから、戦いの見極めに優れている。相手の微かな動きや気配
から、又は周囲の状況を視て、相手の次の動きや今の技量・状態を推察し、対応できる」
葛「烏月さんは、柚明おねーさんが先に動いたなら、見て追随できる。でも、烏月さんが
先に動いたなら、それに対応する柚明おねーさんの動きは読み切れない。柚明おねーさん
は、烏月さんの1度目の攻撃なら回避できる。でも、柚明おねーさんが先に動いた時に、
対応してくる烏月さんの動きは読み難い。ふむ。
拮抗した技量なので、一度空振りして態勢が崩れると、立て直す前にやられると双方分
って。これは互いに動き難い、柚明おねーさんには回避も逃亡も難しかった訳ですが…」
ノゾミ「この時の鬼切り役は、奥義も受け継いでないし『力』の集約も足りない。鬼切り
役るーとの3日目夜に、真言を唱えて漸く私に痛手を与えたけど、その前には私の霊体に
刃を食い込ませても、痛手になってなかった……。今更ながら、この場に留まってミカゲ
と共に2人とも倒す選択は、あったかもね」
柚明「千年前の鬼切部や、拾年前の叔母さんの与えた痛手が、考えや判断抜きの撤退を招
いてくれた。この時は助かったわね……尤も、ノゾミちゃん達も血に不足していたから、
この場で戦いになったなら、わたしはともかく、肉の体を持つ烏月さんを倒せたかどうか
…」
桂「確かにそうです。烏月さんに、ノゾミちゃん達を倒せるかどうかどうかの問題の他に。
ノゾミちゃんとミカゲちゃんに、烏月さんを倒す力があるかどうかの問題もあるものね」
葛「この時、烏月さんに僅かな迷いが兆したのは。桂おねーさんを間に挟んでいた為だと、
作者さんは描いていますね。柚明おねーさんと烏月さんは、桂おねーさんの寝室を挟んで、
廊下と室外で対峙していて。烏月さんが柚明おねーさんを切るには、桂おねーさんの部屋
に踏み入らなければならない。踏み入れば桂おねーさんに、鬼切部の事を知られてしまう。
桂おねーさんに口外しないで貰う方法はあるにせよ。桂おねーさんと仲良くなれた、好
感を抱き抱かれた烏月さんは。その仲を『鬼切部と一般人』に切り分ける事に、躊躇って。
本来その種の迷いは許されないのですけど。必要があれば桂おねーさんを口封じしてで
も、鬼切部の存在を隠し通すべきなのですけど」
サクヤ「この夜だけじゃなく、この翌々日の桂との決裂後の和解迄含め、鬼切部にしては
甘々な応対に。鬼切部で珍しい単独出動だった為に、烏月の迷いを指摘して修正する相方
がいなかった、と作者メモは言っているね」
作者メモ「鬼切りは原則2人以上がチームを組んで任務に挑む、と裏設定したのは。1人
では失敗・敗北した時に、それを報告する者が残らない可能性がある、と言う事や。組織
で戦うなら、普通1人に任せ切らないだろう、と考えた為でもあります。実際には、アカ
イイト本編や姉妹作アオイシロでは、鬼切りが単独で潜入や戦闘をこなしていますが。そ
れらは例外で、基本は複数人のチームで動くと。汀や烏月のそれは事情がある為の例外だ
と」
葛「鬼がいつも1人と限らないし、邪視や傀儡で人を操ったり、人と利害を一致させたり
脅迫して、複数になっている怖れもあります。
鬼切部側も、探索にも戦闘にも準備にも頭数が多い方が良く。若杉の支援を受けても尚、
単独任務は望ましくないです。幾ら人員不足でも、単独で鬼切りに行かせて返り討ちに遭
っては、希少な人員が更に減らされてしまう。
局地的にでも時間限定でも、戦力で優位な状態・勝ち易い状態を作って、確実に勝ちを
掴む。そうすれば生き残って経験を踏んだ強者を、更に次の戦いに差し向け、更なる勝利
を期待できる。そのよーに人員や装備を揃え、状況を整えるのが、司令官や参謀なので
す」
ノゾミ「鬼切り役はこの時、けいを唯のじょしこうせいとしか思ってなくて。普通の女の
子同士の関係が、壊れる事を躊躇って。鬼を見逃したというの? 鬼切部にしては随分甘
い心理に思えるけど、それで良いのかしら」
サクヤ「烏月は多分初めての単独任務だったんだろ? 東北は相馬党の管轄で、若杉の許
諾を得たとは言え、千羽が大人数を連れて我が物顔でのし歩く事は好まれない。それを千
羽側も承知だし。それに先代が白花を庇った関係で、千羽党その物が若杉に睨まれている。
観月の様に全部纏めて抹殺される怖れを、千羽だからこそ感じて。主だった者を本拠の千
羽館に集めて、守りを固めていた様だからね。
白花を討てる可能性のある強者が少なくて。烏月しか遣わせられなかった、他の大勢で
は足手纏いになっていた。との事情もあるけど。それ程の強者は出来るだけ多数、千羽館
に待機させておきたく。烏月が勝てなかったとしてもやむを得ない(時間稼ぎにはなる)
位の感覚だったんだろうね。若杉の後継が就任し、千羽党の存続が保証される迄、千羽は
本拠に戦力を集中してないと心配で堪らなかった」
桂「裏では鬼切部も一枚岩じゃないんだね」
葛「烏月さんは勝算の不確かな状態で、千羽党の事情から単独任務を強いられた。兄の汚
名挽回や千羽の名誉回復や、様々な物を背負わされた、という側面があり。その重責や名
誉に苦しんでいた感じも、ありましたね…」
ノゾミ「千羽党すら、けいの兄に確実に勝てる戦力を与えず、党の存続の為に鬼切り役を
勝てば良い位の感覚で送り出した? 本拠に戦力を集約しつつ、若杉に『けいの兄を討つ
人員を派遣している』との弁明の為に。なら、鬼切り役の心中も複雑だと、今なら分る
わ」
柚明「烏月さんは前向きに、悪鬼を討てば全て解決すると、自身を鼓舞して経観塚に赴い
たけど。若杉も新たな総帥の行方不明でみんな様子見で……積極的な支援をしてくれない。
一人の旅先で、愛らしい女の子が親しく言葉交わしてくれたなら。使命や任務と関連な
く仲良くなれたなら。その絆を無碍に切り捨てたくないと、思ってしまって無理はない」
葛「そこ迄背景を描ききれなかったのは、この時点での作者の読解不足ですけど。後に後
日譚を描いていく中で、設定が側面から固まっていく中で、漸く気付いたよーですから」
サクヤ「と言ってもね。ここでその内容を書き込んだら、それこそ冗長になりかねないし。
烏月が多少心揺れる乙女であったと誤読されても、出逢ったばかりの桂に填り込んでいた
と誤読されても、やむを得ないさ。実際烏月はこの後桂に、惚れ込んで行くんだしねぇ」
ノゾミ「その時点で不正確でも、すぐ事実が追いついてくるから嘘ではないという訳ね」
桂「烏月さんに、そんな背景があったなんて、わたしも後日譚第3.5話を読む迄、知ら
なかったもの。アカイイト本編の烏月さんルートを辿った時には、好ましい人だけど、少
し心が硬すぎる感じを抱いていて……でも、こういう背景があったなら、無理ないかもっ
て。わたしだったら心が壊れていたかも知れない、そんな経験を、経て来ているんだなっ
て…」
ノゾミ「この夜の鬼切り役なら、ゆめいを倒せなかったかも。真言を唱えても痛手を与え
る位で……あの真言も、けいを守りたい一心で『生気の前借り』を発動させた末の所作で。
この夜にそれ程の気力を出せたかは疑問だし。
尤もゆめいは、槐の生気を持ち出している。削られれば喪った分ゆめいは後で槐で苦し
む。戦わずに済むなら、叶う限り無傷で大きな力を持って槐に帰りたい。反動に差し出す
力を残す為にも、次に現身を取って私に対峙する力を残す為にも。そうでしょう、ゆめ
い?」
柚明「その通りよ、ノゾミちゃんは賢いわ」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
22.僥倖・槐への帰着
葛「勝算の薄い、玉砕覚悟・死出の旅と言う感じで出陣した柚明おねーさんですけど、図
らずもまともな状態で槐に帰着できました」
柚明「そうね。わたしも生きて戻れる可能性は低いと思っていたから。勝っても負けても、
力を大量に失わずに済ませられるとは思ってなかったから。これも烏月さんのお陰ね…」
桂「お姉ちゃんが無事で本当に良かったよ」
ノゾミ「それで安心できないのが、封じの要のゆめいを取り巻く状況なのよ。ゆめいは唯
私達を防いで、けいを守れば良い訳じゃない。封じの要の本職は、主さまを封じる事な
の」
桂「そうでした……わたしを助けにご神木を空けている間に、オハシラ様の不在なご神木
では、主が封じを破壊しようとしていて…」
サクヤ「この時は、完全に封じが壊れる前に柚明が戻り来れたけど。危うい賭けだったよ。
拾年前の夜は、真弓の話しだと主の復活迄数時間保たない見込だったから。柚明が空けた
時間はそれに近しい。柚明は消失した訳じゃなく、空けただけだから状況は少し違うけど。
オハシラ様が現身を取って外に出るなんて、役行者も想定外で。どうなるかは見当も付
かなかった。現身の柚明だけじゃなくご神木の封じの方も。そして双方不可分に繋ってい
る柚明は、ミカゲ達を退けて無事に帰り着けても尚、ご神木の封じが破れていれば……ア
カイイト本編のあたしルート終盤の様に、ご神木が主に灼き滅ぼされて、消失した怖れ
も」
葛「綱渡りにしても厳しすぎます。無事で良かったと言うより、良くそんな無茶をする気
になれましたね。たいせつな人の為でも…」
柚明「無事に帰り着けましたから。喉元過ぎれば何とかです……でも、主は意外にも自暴
自棄に封じの中で暴れ回っていて。もっと一点突破で封じの内壁を破っていれば、外に出
られたのかも知れないけど。主が微かにわたしの帰着を喜んでくれた事が、その答です」
作者メモ「主と柚明の問答です。主の側が柚明に答を求めて、問いかける展開が多い事に、
ご注目下さい。『欲しい答は自分が為せば勝手に返る、出させるのが神だ』と言っていた
主が、柚明の答を求め望む様になっています。
主【お前は役に立たなかったと言う事か?】
ユメイ【自身の活躍が、目的ではありません。桂ちゃんを守るのが誰でも良いのです。桂
ちゃんが無事であれば、桂ちゃんが明日の朝を迎えてくれれば良い。ノゾミ達が諦めて手
を引くなら、それでも。わたしは桂ちゃんに忘れられた存在です。むしろ表に出ない方
が】
千羽さんが確かに桂ちゃんを守ってくれるなら、わたしに出番がなくても、否ない方が
むしろ望ましい。誤解を解く迄もなく、わたしが寄りつく必要もないなら。それで桂ちゃ
んが安全に経観塚での日々を過し終え、町の家に戻ってくれるなら。再びわたしとの縁を
結ぶ事もなく、日常の中に帰って行くのでも。
【わたしは今や鬼です。わたしと少しでも縁を結ぶ事は、その行く末を日常から異界へと、
昼から夜へと、ねじ曲げる事になりかねない。元々桂ちゃんは鬼に縁の深い生れ。その幸
せを望むなら、その日々に幸を願うなら、今更わたしと知り合って鬼に首を突っ込むよ
り】
何も知らない侭昼の世界で、その一生を」
葛「目的に特化してブレがないです。桂おねーさんを守れるなら、誰が為しても構わない。
ノゾミさん達が、諦めて引いてくれるのでも。そして桂おねーさんの定めを鬼の側に引き
寄せたくない故に、自身は出ない方が良いと迄。自身の効果や貢献を知って欲しいとも望
まず。
この侭桂おねーさんが、ユメイおねーさんの真相を知らずに町へ帰るルートの方が、大
多数である事を考えれば。身震いします…」
サクヤ「あんたルートでは、尾花の血を呑んで葛城一言主の力を得たあんたが、ユメイを
完全なオハシラ様にして、主共々封じてしまうからね、葛。それを笑顔で引き受ける様は、
桂の前だから柚明の心情を思って必死に抑え通したけど。血管が泡立つ物があったよ…」
柚明「気にしなくて良いのよ、葛ちゃん。全てはわたしが望んで為した事だから。あの状
況で主を確実に封じるには、ああする他に方法がなかった。それは桂ちゃんと白花ちゃん
の安全にも繋る。納得づくの選択だから…」
ノゾミ「封じの中を拾年知った上で、望んで笑顔で封じられるなんて、想像も付かないわ。
まして自由を望んで槐を飛び出すのではなく、地獄が待つと分って自分以外の為に槐を飛
び出し、その槐に帰る。主さまがその心の内を知ってみたく思われたのも、分る気がす
る」
桂「柚明お姉ちゃん……わたし、本当に…」
サクヤ「落ち込んでいる場合じゃないよ桂」
作者メモ「主の問は柚明の覚悟への問であり、柚明を知りたく想い案じる心の発露でもあ
ります。柚明は気付いていませんが、主は柚明の帰着を喜んだ時点で、それを自覚しまし
た。喪って大切さを自覚した竹林の姫に抱いた想いと同種の想いを、柚明にも今抱いてい
ると。
主【守られた事も知らず、守る為に生命を懸けた者の存在も知らず、その生命が誰の故に
繋がれて今あるかも知らずにいる事が幸せか。
鬼切りの娘は確かに多少腕が立つ。巧くやればミカゲ達を退ける事も、不可能ではない。
贄の子を守って戦う事も為すだろう。だが】
贄の子が鬼切りの娘を頼り、信じ、感謝し、心を通わせ合うのに対し、お前は何も得ら
れない。お前は何も返されない。鬼切りの娘には贄の子に害を為しに来た悪鬼とだけ思わ
れ、贄の子には鬼切りの娘によって追い払われた悪鬼の一人としか思われず。それで良い
のか。
破妖の太刀を抱えた千羽さんの後ろに縋り、怯えた目線をわたしに送る桂ちゃんの像が
目に浮ぶ。可愛い顔を嫌悪に歪め、千羽さんの無事を祈りつつわたしを忌避する桂ちゃん
の姿は、主の言う通りこの先にあり得る光景だ。
怖れられ、嫌われ、憎まれて良いのかと。
それを受け容れる事に悔いはないのかと。
よりによって桂ちゃんに。一番大切な人に。
守りたい人に怖れられ、嫌われ、憎まれる。
主【生きても死んでも、報われぬ人生だな】
ユメイ【だからこそ、わたしが引き受けなければならない役。わたししか為し得ない役】
それがその人に最良で、あるのなら。
それがその人の幸せに、繋るのなら。
主【正気か、お前は。その深い想いを仇で返される事迄、受け容れるのか。お前の助けで
生命を繋ぎ、お前の犠牲の上で安楽を得、お前の尽くした事も知らぬ侭、贄の子がそのお
前に刃を向ける事迄、受容できると言うか】
ユメイ【成果を分ち合おうとは思わない。結果を共に味わおうとは望まない。想い出して
くれる日なんて夢想しない。わたしはたいせつな人の為に、己を尽くしたかっただけ…】
返される想いは、求めない。何も返らなくても構わない。わたしはわたしが為したかっ
ただけ。わたしはわたしが愛したかっただけ。
【桂ちゃんには、それが必要だったのです。
わたしの様な、幸せの苗床が、一人位は】
【わたしは桂ちゃんに尽くせる事が幸せです。幸せに報償は要りません。例え事の成り行
きで誤解が生じ、桂ちゃんがわたしを怖れ嫌い憎む事があっても、それを解く事ができな
くても、それがこの身に害になっても、桂ちゃんの為に沈黙の保持が最良ならそうしま
す】
わたしがそうしたい故にそうするのです。
主【愛した者に憎まれ害される迄許すのか】
ユメイ【尽くせている事が既に幸せですから。
守れている事が望みの成就ですから。
元気で生きてくれている事がわたしには】
わたしに、尽くさせてくれて有り難う。
主【最早問うまい。お前は、鬼神を封じる使命も自身の生命もその深い想い迄も、大切な
人の幸せの為に躊躇なく抛てると言うのだな。そして実際全てを抛った己を受容できてい
る。
……お前こそ鬼神の敵に不足はない。わたしを封じる為に、叶う限り悠久永劫、この封
じに留まり続けるが良い。最期の最期迄退屈せず、想いを叩き付け合えるに相違ない】」
ノゾミ「主さまは、心の強さをゆめいに見い出して喜んで、好んでいる。主さまの猛々し
い気配は愛……主さまの愛は、破壊であり暴虐であり憤怒であり寵愛であり、その全て」
柚明「この時は、わたしは桂ちゃん白花ちゃんの守りに心が傾いて、主の心境を読み取れ
てなくて。反省ね。そして間もなくご神木が、わたしの横領した力を引き戻し始め……わ
たしの考える余力が失われて、夜が明けるの」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
23.白花来訪・本編の裏で@
桂「お姉ちゃんが現身を取るのに持ち出した力は、この夜は戦いもなくて大部分持ち帰れ
たんでしょう? ノゾミちゃん達を攻撃して使った前回と違うのに。こんなに苦しんで」
柚明「心配させてごめんなさい。この夜は持ち出した力の9割は、持って帰れたのだけど。
主がわたし不在の間に封じを内側から壊して。破られなかったけど、その修復にご神木は
普段以上の力を欲して、不足分をわたしから」
ノゾミ「正直、目を合わせられないわ。主さまがゆめいを犯す様も正視できなかったけど。
主さまが放置した結果、力の不足にゆめいが1人悶え苦しむ様も。私やミカゲは、この夏
正にこういう絵を欲していたのだけど、立場が変ればこうも苦い物になってしまうのね」
葛「桂おねーさんは、ここは見ない方がいーかもです。暴力描写や残虐描写はないですが、
二十歳以下の青少年にはちょっとお勧めは」
桂「……お姉ちゃんのこの様子を、白花お兄ちゃんも見ちゃったんだよね? わたしより
辛い思いを経て、全部忘れず抱えた侭で、お姉ちゃんを助けようと訪れた白花ちゃんも」
サクヤ+柚明「桂(ちゃん)」尾花「……」
桂「わたしのやった事の結果だから、これはしっかり見つめないと。見てしまう事でお姉
ちゃんを更に傷つけるかも知れないけど……事実を知らない事の方が、罪深く無責任に思
えるから……進めて下さい。お願いします」
サクヤ「柚明の最大の痛み哀しみは、桂が傷つき苦しむ事なんだけどね……でも、柚明は
桂の意志を常に尊ぶから。ここにあたし達が陪席するのも、どうかと思ったんだけど…」
ノゾミ「これは私の為した事の末なの。ゆめいがけいに、私の同席を願って許しを得た今、
私が己の都合で逃げ出す訳には行かないわ」
葛「わたし達も同様です。作者の招聘に、本当に臨席して良いものか躊躇ったのですが」
柚明「わたしと桂ちゃんだけでは、どうしても桂ちゃんが、加害者意識で自身を責めて悔
いる。桂ちゃんの自責や悔恨を、その心をわたしが操作してしまう訳にも、行かないので。
ノゾミちゃんには、ここに同席してわたし達と敵対した過去、羽藤を憎み恨んだ過去を
見つめ返す事は、とても辛い事だと思うけど……桂ちゃんの為に、敢て同席を願ったの…。
それに、柚明本章はわたしのみならず、みなさんの過去や痛み哀しみも、描いています。
それを、みなさん抜きにわたしと桂ちゃんのみが見て語るのでは、わたし達がみなさんの
過去を覗き見した状態、ずるになってしまう。
己の醜態を晒して、みなさんの不快を招く事は申し訳ないけど。桂ちゃんに辛い思いを
強いる事も本当に残念だけど……桂ちゃんが、見つめる意志を固めた以上、経観塚の夏に
深く関ったみなさんには、同席願うべきと…」
桂「そう言うことです。サクヤさん葛ちゃん、ノゾミちゃん尾花ちゃん、お願いします
…」
サクヤ「であるなら、あたし達が目を逸らす訳には行かないからね。最後迄付き合うよ」
葛「わたし達にはお気遣いなく。心のタフさでは桂おねーさんより、ふてぶてしいので」
ノゾミ「あなたは独りではない以上に、あなたと同じ咎を負う者も独りではないと知りな
さい。私がのうのうと生きて現世を楽しんでいるのに、けいが許されない筈がないのよ」
柚明「この世の誰1人あなたを許さなくても。
あなた自身が許されたくないと願っても…。
わたしが必ずあなたを許す。例えあなたが悪鬼でも、鬼畜でも、わたしの仇でも。あな
たこそがわたしの一番の人。絶対見捨てない。あなたを愛させて欲しいのは、わたしの願
い。何度でも望んで喜んで全て捧げて悔いもない。
桂ちゃんが地獄に墜ちるなら共に墜ちる。
そして必ずあなただけは救い上げるから」
葛「そう言う訳で、解説を再開します……」
ノゾミ「この時は、主さまはゆめいに力を与えなかったのね。敵対関係なら当然だけど…
…前回が鬼神の気紛れだったと言う事ね…」
作者メモ「この時既に主は柚明への想いを自覚しており、放置すれば柚明が力不足で次の
夜に桂を助けに行けなくなると読んでいます。ご神木の外に出る力がなければ、ノゾミ達
に敗れて消える怖れも消える。主の対象は柚明のみ、柚明の大切な人は眼中にありませ
ん」
桂「わたしを助けに現身で顕れれば、ノゾミちゃんミカゲちゃんに負ける可能性が濃厚で、
烏月さんの誤解も解けてない。出て来れなければ、わたしの血を得て力を増したノゾミち
ゃんミカゲちゃんが、ご神木の封じを破って主を解き放ち……どっちも先が袋小路だよ」
葛「それ以前の状態です。力に不足した侭では、そのどっちを選ぶ事さえ出来ないです」
サクヤ「ここ迄切羽詰まっていたとはね……何よりノゾミミカゲがここ迄力を増している
とは……鹿野川の血が結構利いみたいだね」
ノゾミ「そこへ更にもう一つ、不確定要素が現れるの。分霊の主さまの器、けいの兄よ」
葛「ここを訪れてはいけない人なのですけど。でも彼としては訪れない訳には行かなかっ
た。宿命の邂逅。そこに少し遅れて桂おねーさんが訪れるのも、何かの導きなのでしょー
か」
作者メモ「白花から柚明への語りかけです。
白花『長く、待たせてしまって、ごめん…』
『ここに、戻ってきた。全てが終って始ったここへ。全てを終らせて、始め直す為に…』
白花ちゃんにはここは懐かしいだけの場所ではない。ここは大切な人と最後にいられた
だけの場所ではない。暖かい想い出を、家族との日々を、掛け替えのない者を、己の手が
断ち切った、悪夢の始りの場所でもあるのだ。
それが、白花ちゃんの意思による物ではなくても。それが、白花ちゃんの意思ではどう
にもできない主の分霊の所為であるにしても。
せめて暖かな過去は捨てたくない。せめて大切な人達を心には抱き続けたい。でも、そ
れを想い出す度に、心に兆すのは甚大な悔恨と哀しみと、無力感と絶望で。取り返せない。
やってしまった事は取り返しようがない…」
桂「白花、お兄ちゃん……お姉ちゃんの眼にはこんなに爽やかに格好良く映っていたんだ
……間違いじゃないけど、わたしも感じのいい男の子だなって見ていたけど、眩い程に」
サクヤ「柚明視点ではやや美化されているかもね。でも、概ね間違いじゃないと思うよ」
ノゾミ「彼は経観塚に来ていたけど、私達の悪夢に反応を返さない様に、心を鎖していた
から。どこにいるかは私達も読み切れなくて。反応を探れたなら、お迎えに上がって主さ
まの裏返りを促し。彼が逆らうなら挑発して戦いの中で裏返りを導く積りだったのだけ
ど」
葛「白花さんも危うかったのですね。修行して鬼切りの業を学び、力の使い方を知ってい
ても、内に鬼を秘めていますから。傍に鬼が訪れると、内の鬼も誘発される怖れが……」
サクヤ「だから夜に訪れられなかったんだね。夜はずっと、満月を控えて表に出ようと蠢
く主の分霊を、抑え付けるのに精一杯で。不眠不休で夜通し抑え続け。でも主の分霊は白
花を消耗させ、力や精神力・体力を削り、柚明や桂の助けに行けなくなる様に、烏月に切
られ易くなる様に、事を導いていた。そこ迄は白花も見通せなかった、と言うよりその余
裕もなくされていたって処かね。心の内に寄生した鬼を抑え続ける大変さは、桂も烏月ル
ート『赤い維斗』で経験したから、分るだろ」
柚明「白花ちゃん……大きくなって、こんなに素晴らしい男の子になって。でも、鬼が」
桂「お兄ちゃんも、生きて残る積りはなかったって……お姉ちゃんを助け出して鬼を切っ
たその後は、烏月さんに切られる迄もなく生命が絶えて終る筈だって……切られるなら明
良さんの転落を招いた罪の購いに、烏月さんに切られたかった、それが心残りだって…」
葛「全て分っている側から見るこのお話しも、過酷で凄絶……白花さんが選んだ途は、柚
明おねーさんが選んだ途に次ぐ位の地獄ですね。桂おねーさんは一度忘れて、正解だった
のかも知れません。何もかも憶えた侭拾年を生き、それで正気を保つのは、非常に難しい
です」
サクヤ「柚明の推察は多分当たり。白花は主を解き放って、真弓と先代と3人の鬼切りで
倒す積りだった。自分だけでは倒せない可能性が高い、でも3人ならばと……そして柚明
のもう一つの推察も多分当たり。例え3人が、その寿命の延長にある生気の全てを前借り
して鬼切りを放っても、主を倒すには届かない。だから白花の経観塚行きは、許されなか
った。
そして結局真弓と明良は生命を落し、白花は独りで経観塚に来る他に、術がなくなった。
柚明の救出は諦められなかったから。そして、その可能性が今後大きくなる見込はないか
ら、己の生命がじき燃え尽きると見切れたから」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
24.白花来訪・本編の裏でA
ノゾミ「分霊の主さまも、槐の主さまやミカゲと同じ存在。けいの兄の考えや立場は分っ
ている。独り経観塚に戻るしかない様に事を導き、槐の主さまを解き放つ目論見でいた」
葛「柚明本章第一章本文から、作者メモです。他の多くの話しで最大限尊ばれる人の自由
が、場合によっては何の値もないどころか、有害にもなる事を、如実に示してくれていま
す」
作者メモ「白花ちゃんは戻るべき処、居るべき処を失い、心を預け得る人も失った……白
花ちゃんの前にも、途は残されていなかった。
白花『全てから解き放たれたというか、見捨てられたというか。自由って、空しくも寂し
い物だね。僕を僕でいさせてくれる縛りが、僕が人であり続ける縛りが……切れていく。
居るべき処も、行くべき処も、戻るべき処も、僕にはない。残されたのは、為すべき事だ
け。生命を費やしても成し遂げようと心に決めた、唯一つの最期の望みが残っているだけ
…』」
サクヤ「コドクに勝ち残って自由を得た結果、心に深傷を負った葛なら共感できる処か
ね」
桂「六拾年前のコドクの余波で、仲間や家族を喪ったサクヤさんも、同じなんだよね?」
柚明「白花ちゃんには、せめて残された生を彼自身の為に使って欲しかった。彼の幸せの
為に彼の望みの為に、その意の赴く侭に……でも彼は、残り少ないその生と自由を、わた
しの為に費やすと、危険を承知で経観塚へ」
ノゾミ「そう言う彼だからこそ、悶え苦しむ途上のゆめいは、視られたくなかったのね」
柚明「……作者メモです。わたしは尚自身を捨て切れてなかったと思い知らされました」
作者メモ「槐に触れて語りかけようとする彼の手を、柚明は二度弾きますが、柚明を求め
る白花を押し止める事は叶わず。白花は柚明が力に不足し悶え苦しむ様を視てしまいます。
柚明『白花ちゃんには綺麗で優しい【ゆーねぇ】の侭でいたかった。二度と会う事ができ
ないから。二度と抱き合う事もできないから。でも、そんな望みを抱いた事が間違いだっ
た。
誤解されて怖れられ、憎まれ、嫌われる事も覚悟したわたしだったけど、真実を見つめ
られる程怖い事はない。今のわたしは名実共に鬼だった。執着の侭に、人として持ってい
た一つ一つを捨てる事で新しい力を得るけど、その代償はこの浅ましくも恥ずかしい醜態
で、身を襲う悶え苦しみで、今の事態を招き…」
桂「ゆめい……おねえちゃん……わたし…」
葛「桂おねーさん……」ノゾミ「けい……」
サクヤ「一気に行くよ。ここは留まっても傷が広がるばかりだからね。白花も今の桂と同
じく衝撃に心を打ち抜かれ。でも白花は内に主を宿しているから、呆ける事を許されない。
それ以上に柚明が白花を捨て置けなくて…」
柚明「昼間だけど現身を作って、ご神木から生え出させる形で左手だけを、彼の右手に添
わせたのだけど。それは余りに無謀な行いで。陽光を受けて十秒保たずに霧散してしま
い」、
サクヤ「無茶苦茶だよ。力に不足してご神木に存在を危うくされているその途中に。でも、
柚明の感触と霧散する際のその抑えた悲鳴が、白花の正気を取り戻させた。白花は何より
誰より柚明一番だから、呆けてられないんだ」
柚明「そこで漸く吹っ切れて、わたしが白花ちゃんに向き合うの。醜態は収束できてない
けど、折角人として訪れてくれた。この機会は最大限に生かさねば。だからこの時は彼の
内側からその資質を引き出す助けを為しつつ、わたしも彼の内側に宿る千羽の奥義を学
び」
サクヤ「白花と柚明の共同作業、かねえ…」
桂「お姉ちゃん、幸せそう……辛い事尽くしなのに、それでも、白花お兄ちゃんと触れ合
って何かできる事に、心から喜んで笑みを」
柚明「そうね。一番たいせつなひとだから」
サクヤ「地獄の底にも喜びはあり、天界にあっても失望や喪失は避けられない。仏教は本
朝に根付いて千五百年程度しか経てないから、あたしも詳しくは語れないけど。柚明の在
り方は仏と鬼を兼ねているのかも知れないね」
作者メモ「柚明と白花の語らいです。お互いを深く想い合う、桂が嫉妬しそうな情景が…。
ユメイ【……混乱させてごめんなさい。
折角わたしを想ってここ迄来てくれたのに。
危険を冒し、全てを抛ってきてくれたのに。
わたしは、その心に応えられる様な者じゃない。見て分ったでしょう? わたしは今は
唯の鬼。この様にして、白花ちゃんに応える間も理性が危うい、執着だけで生きる鬼…】
だから苦しんで迄して助ける必要はない。
だから危険を冒して尚助ける必要はない。
だからわたし等捨て置いて幸せに生きて。
そう告げるわたしに白花ちゃんは静かに、
白花【鬼でも、良いんだ。ゆーねぇなら鬼でも。世界で一番、綺麗な鬼だよ、きっと…】
その姿も、その痛手も、その酷い状態も、ゆーねぇが誰かを守ろうとした、その結果な
んだって、僕には分るよ。決して、醜くない。僕の中の美しかったゆーねぇは、今も更新
されて美しい侭だ。僕の、一番たいせつな人だ。
【これからは、僕が守るから。
これからは、僕が助けるから。
これからは、僕が力になるから。
これからその涙を嬉し涙に変えるから】」
葛「しかしここからですね。2人の相違は」
サクヤ「主の封じを解く訳には行かないから。でも、白花はそれを解かない訳には行か
ず」
作者メモ「白花が柚明に心情を訴えかけます。
白花『……泣きたい時には僕の前で、僕のこの胸で泣いて欲しいって。その為に早く大き
くなりたかった。その為に生きて早く大人になりたかった。ゆーねぇを迎える為に、ゆー
ねぇを包み込む為に、ゆーねぇを守る為に』
ゆーねぇが喜んでくれたから、あの夜迄僕は桂のお兄さんを頑張り続けた。ゆーねぇの
為だから、僕は泣かない強い子を目指して頑張った。鬼切部の修行にも、耐えられたんだ。
僕は追われる身になったから、鬼を宿したから、もうゆーねぇを最期迄幸せに導いてあ
げられなくなったけど。もう迎える事も、包み込む事も、愛する事もできなくなったけど。
でも、守る事ならできる。この槐から解き放つなら、主を切ってゆーねぇに人の幸せを
掴める基盤を戻す位なら、僕の生命を注げば。
『先の長くないこの生命を全部捧げるから』
もう自身の幸せだけを考えて生きてくれ」
桂「白花お兄ちゃん……壮絶すぎます……」
作者メモ「柚明の答も、半歩も退く事はなく。
ユメイ「わたしは、白花ちゃんが守ってと願ったから守っている訳じゃない。彼が守りは
不要と言っても、それを止める積りもない。わたしが守りたいから、守っているだけなの。
求めに応え守るのでなく、沸き出ずる想いに従い守りを為す。わたしは封じを解かない。
白花ちゃんの言葉でも、白花ちゃんの為にならないならわたしは従わない。報酬も代償も、
返す想いも求めないとは、そう言う事。無条件の行いは守られる者の意図も受け付けない。
わたしが、たいせつな人を守りたかっただけ。
【白花ちゃんは、白花ちゃんの人生を、残された生命を人として、生き抜いて頂戴……】
白花ちゃんが最期迄白花ちゃんとして生きてくれる事がわたしの望み。わたしの願い」
ノゾミ「互いに愛し合うが故に譲れない…」
柚明「そう言う事も、時折世の中にあるわ」
サクヤ「白花はこの時点で殆ど先に寿命を残してなかった。主に体を乗っ取られない為に、
乗っ取られた時は奪い返す為に、白花は生気の前借りを何度となく、時には一日に何度も
繰り返し。内臓も血管も、千羽で憶えた自己保全や修復の力を越えて破壊され、食事で栄
養を取れない状態になって。それで尚鬼切りの業を揮える力を残せている事は驚愕だけど。
白花は分霊を抑え続けた代償に、短い生命を更に縮めていた。余命幾ばくもない迄にね。
もう白花には前借りできる生気が未来に残ってない。その寿命は主に喰われた様な物さ」
ノゾミ「ゆめいの悔恨は、槐に宿って自由を封じられ主さまに虐げられた事ではなく……
槐を離れられなくなって、けいやけいの兄を助けに行けなくなった事に。自身を鬼と語る。
目的の為に犠牲を惜しまないものが鬼だけど、この場合目的の為に目的を果たせないの
ね」
葛「2人の互いを想うが故の対峙は延々と続いた後、意外な形で断たれます。外部からの
侵入者……いえ、追加参加者が現れたので」
桂「ここでわたしの、出番だったんだね…」
柚明「久遠長文は、アカイイト本編の烏月さんルートの出逢を採用したのね。わたしルー
トを採用しなかったのは、烏月さんルートの方が導入部ルートで、読者みなさんに分り易
く印象深いとの考えらしく。ここは桂ちゃん視点ではなく、わたし視点を使っています」
作者メモ「桂を間近に迎えた柚明の心境です。
ユメイ『気拙い沈黙に囚われた桂ちゃんに、わたしは白い花びらを揺らせて、微風を送り
出す。向い風なので多少力を使うけど、今はご神木に力を抜き取られつつある最中だけど。
それでも、少し位の無理はやってしまう。
こんなに近くに来てくれるのは、もう二度とないだろうから。羽様の屋敷に来てくれた。
ご神木迄来てくれた。緑のアーチをくぐってもくれた。みんな、みんな、待っていたのよ。
最終ページを糊付けして開けなくしたかぐや姫の絵本も。真弓叔母さんに憧れた桂ちゃ
んの為に画用紙で作った模造の刀も。蛍を見に行こうと約束して新調した子供用の浴衣も。
もう来ないかも知れないと、思いながら。
いつの日か来てくれるかもと想いながら。
想い出さなくても良い、忘れ去っても良い、元気な姿を一度で良いから、見せて欲しい
と。それさえ期待しないと、必須ではないと、定めを受け容れたわたしだけど。望めるな
らと。望んで良い物ならばと。ああ、長かった…」
桂「ううっ……零れる涙を止められないよ」
葛「柚明おねーさんは、この2人を支える為に全てを受け容れた訳です。拾年経って成長
した2人を迎えたなら、感激もひとしお…」
桂「わたしは何も知らないで忘れ去った侭で、わたしのことを憶えて深く想ってくれてい
る人達の前で、こんなことを喋っていたなんて、恥ずかしい……ピントの外れたことばか
り」
ノゾミ「人とは多少ずれた処があなたの特徴でもあるのだから、今更恥じらう事でも…」
桂「それ、全然フォローになってないよぉ」
柚明「いつ見ても桂ちゃんは愛らしいわね」
サクヤ「柚明にはどっちでも良いらしいよ」
葛「わたしにも桂おねーさんは愛しーです」
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25.桂を巡る夜
作者メモ「白花は桂を去らせた後で、事情を察し、今夜は自身が桂を守るから、柚明の出
陣は不要と告げますが。そう巧く行かないのがアカイイトです。実際、アカイイト本編の
烏月ルート・千客万来の夜に、白花は現れませんでした。その為に、桂を庇った柚明はノ
ゾミ達によって消滅寸前に、追い込まれます。
柚明の章の設定では、白花がさかき旅館へ近付いた夕刻に、主の分霊が蠢き始め、鬼の
気配を醸し出しつつ苦しむ白花を烏月が見つけてしまい。逆に烏月や烏月の様子を探って
いたサクヤも引き剥がしてしまう結果になり。サクヤは桂に窮迫した危険があるとは知ら
ず。烏月が誰かを追う様子を、気にした様です」
桂「わたしも危険は察知できてなくて……」
ノゾミ「私達は分霊の主さまと、打ち合わせていた訳ではないけど。ミカゲも主さまだか
ら、分霊の主さまがどう動くかを推察できる。他の人の雑音が鎮まる深夜を待ちつつ、鬼
切り役が充分遠ざかるのを待って、動きだし」
葛「ノゾミさん達は既に桂おねーさんを特定しています。この夜の悪夢は、反応を釣り上
げる罠ではなく、桂おねーさんを嬲る為の」
柚明「ええ、そうね。でも、この時のわたしは濃い現身を作る時間を稼ぐ為に、桂ちゃん
が苦しむ様やノゾミちゃん達の所作を、視て放置していたの。ごめんなさいね桂ちゃん」
桂「ううん、お姉ちゃんが謝る事じゃないよ。赤い夢を見せたのはノゾミちゃんでも、そ
れは拾年前の事実だから。見るべきだったの」
サクヤ「ここからはご神木の中の主と柚明の対峙と、さかき旅館のノゾミミカゲと桂の対
峙が、双方向少しずつ進む記述形式になるね。柚明と桂と、双方の視点を使えるから出来
る、柚明本章ならではの緊迫感漂う同時並行…」
葛「読み進んだ時はドキドキでした。柚明おねーさんも主への応対を強いられ、中々ノゾ
ミさんミカゲさんを妨げに、桂おねーさんの守りに馳せられない。ご神木から充分な力を
奪うにも時間が掛る事情があり。間に合う筈と分っていながら、手に汗を握りました…」
ノゾミ「この辺りは予定調和よ。主人公のけいが序盤に生命を落す筈もないし、作者は千
客万来の夜を意識して、私達とけいの出逢を書き進めている。ゆめいは必ず間に合うの」
サクヤ「そこが柚明の持つ星の定めなのだろうけどね……この柚明の章独自の追加設定は、
第二章の解説に回したい様だから、ここでは飛ばすよ。ここでは、アカイイト本編で既に
描写済みのノゾミやミカゲと桂の再会よりも、柚明と主とのやり取りに注目して行くか
ら」
桂「ご神木は、お姉ちゃんが持ち出した力を回収しても、お姉ちゃん不在の間に主が内側
から壊した封じの修復に追われていて。お姉ちゃんの現身を作るだけの力の余裕がなく」
柚明「だからわたしは余裕ではなく、ご神木の取られたくない力を、奪い取る事にしたの。
主を封じる為の力を、元々ご神木の生命を保つ力を、宿ったわたしが目的外に使い込む。
ご神木が力の不足に苦しんでいるのに、分って無理矢理強奪する。我ながら酷い所業ね」
作者メモ「ユメイの想いが溢れ出ます。
ユメイ【絶対に、桂ちゃんは死なせない。
わたしより先に死なせはしない。
わたしの前で、死なせはしない】
疲弊したご神木の奥に手を入れて、不足な力を更に抜き取る。もう使い込み等ではなく、
強盗だった。ご神木はわたしを敵と見なすか。封じの要が封じに害を為すとは、役行者も
予測の外に相違ない。それでも構わない。それでも絶対桂ちゃんは助けるから。その為な
ら。
神も鬼も、人も秩序も正義だって敵に回す。
必要なら、本当に世界中を敵に回してでも。
主【そんな事をして、封じの機構を乗っ取っても、今の槐は大した力を持ってないぞ】
そんな事は承知だ。今迄もご神木に力があれば、無理すればわたしに流れを向けさせら
れた。できなかったのは、ご神木に本当に力がなかったから。強盗に襲われても、銀行の
金庫は空っぽだ。それはわたしも知っている。
ご神木から力を貰うのではなく、ご神木の意思を奪ってご神木になりきって、千羽の技
である未来から生気を前借りする術で、力をご神木のまだ来ぬ日々から無理矢理引き寄せ。
わたしは肉を失っている。ご神木に同化し生命を差し出したわたしの未来には何もない。
わたしがそれを為すには、今わたしと繋っている、ご神木を乗っ取るしか他に方法がない。
白花ちゃんの技を、盗んだ形になった。
日中の感応の、最初の混乱の時に……。
オハシラ様と感応すると言う事は、オハシラ様も感応すると言う事だ。わたしもかつて
そうだったけど、ご神木の蓄積が白花ちゃんに伝えられる様に、白花ちゃんの蓄積もわた
しに伝えられる。特に白花ちゃんは主の分霊を宿しているから、いつ暴れ出しても次の瞬
間に抑えられる様に、生気の前借りも常に臨戦態勢だった。身体に刻みつけた感覚だった。
【愚かな。悶え苦しむ時が長くなるだけだぞ。今の疲弊を補った上に人の現身を取る様な
力を呼びつけて、その反動や代償がどれ程の物になるのか、お前にも予測はつくだろう
に】
この代償はどれ程の物になるだろう。
この反動はどれ程の期間続くだろう。
その後にわたしは尚己を保てるのか。
運良く生きて帰れても、わたしはもうわたしでなくなってしまうかも知れない。桂ちゃ
んを守れた事も、白花ちゃんと話せた今日も、思い出せないわたしに、なるのかも知れな
い。
桂ちゃん白花ちゃんを認識できないわたしに。サクヤさんに話しかけられてもそうと分
る事できないわたしに。たいせつな人をたいせつな人と、分れないわたしになるのかも」
桂「お姉ちゃんが……冥府に向ってっ……」
サクヤ「よーく見ておきな。柚明の桂と白花に抱く想いの深さ強さを。二度とこんな無茶
はあたしがさせないから、過ぎ去った事だと分るから。割り切って、しっかり見るんだ」
柚明「為せてしまったのは、為してしまったのは、わたしの意思だったから。例えこの先、
わたしがわたしを失おうとも、守れたか否かさえ分らなくても、その一瞬の危機を防げれ
ば。その一回の致命の牙を止められれば…」
ノゾミ「この言い回しも、柚明前章第二章から徐々に拡張されて使われているわね。『わ
たしは本当に血の一滴に至る迄、その最後の一滴に至る迄、全てを絞り出した抜け殻に到
る迄、捨てられて土くれに戻った果ての末迄、生贄の一族の思考発想の持ち主らしい
…』」
葛「言い回しや決め台詞反復は、読者に前後の繋りを意識させます。作者さんは少し使い
すぎっぽいですが、悪い傾向ではないかと」
ノゾミ「ここで、アカイイト本編と柚明本章の最大のズレが表面化するのね。槐の内側を
一切描かなかったが故に、殆ど描かれなかった槐の主さまの人格が、想いが描かれて…」
柚明「主がわたしに、告白してしまう処ね」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
26.主の真の想い
作者メモ「主は、ノゾミミカゲとの戦いに赴こうとする柚明の手を、掴んで引き留めます。
主【わたしは、お前に行って欲しくない】」
柚明「わたしは桂ちゃんの危難を前にして気持が焦っていて、主の真意に気付けなくて」
作者メモ「柚明と主のやり取りです。
柚明『わたしは戻って来れても多分まともに機能しない。わたしとして残れない。その場
合でもあなたは遠くない未来に封じを解ける。
どの道に進んでもあなたは封じを解ける。
わたしはもう封じを保つ事は諦めている。
桂ちゃんの数時間を、数分を守る為に、自身も封じも抛つ覚悟はできています。あなた
も封じが解けて自由になれるなら、それで良いでしょう。望み続けた自由は目の前にある。
だから行かせて下さい。わたしの最期のお願いです。あなたは、わたしを留めても行か
せても、どちらでも封じは解ける。今迄の恨みで、わたしの行いを妨げたいのですか?』
主『わたしはお前に行って欲しくないのだ』
『行けば確実に戻れない。今身に纏うその力でも、恐らく尚ミカゲ達のどちらか片方に勝
つにも足りぬ。お前が憶えたての千羽の技で、前借りできた生気の量はそう多くない。幾
らかき集めても、届かぬ事は承知であろうに』
『昨夜お前が消滅を覚悟で出た後の虚しさは、自身予期しない物だった。あれ程自由を欲
し求めていたのに、目の前に届く処にあるのに、感じるのは虚しさと満たされなさで。何
が足りず何に欠けるのか、分らぬ侭に暴れ回った。
分ったのは、お前の腹を貫いた瞬間だった。お前が万に一つの幸運で存在を保てた侭戻
り来た事に胸をなで下ろした時、漸く気付いた。昨夜の喪失感は、竹林の姫の喪失の時と
同じだったのだと。わたしは、竹林の姫に寄せた思いと似た想いを、お前に抱いていたと
…』
【わたしは、竹林の姫を好いていた事も長く分らなかった。お前に言われて、振り返って、
初めてそう感じた程だ。姫を失った故の哀しみを分らない侭己を持て余し、ハシラを継い
だ直後のお前に力を叩き付けた。失っても尚、大切だと分らなかった。今回も、そうだっ
た。失っても尚分らず、何に苛立つのか分らぬ侭、封じを壊すより暴れる事を目的に猛る
心を』
戻ってきて漸く、取り戻せて初めて分った。
お前はもう、わたしのたいせつな人だった。
ハシラの継ぎ手で、封じの要で、神の後妻。贄の血と、底知れぬ心の強さを持つ最高の
敵。わたしの猛威を受けて尚屈せぬ魂を持つ希有の者。鬼を封じる為に、自身を鬼に為し
た鬼。
『お前を失いたくない。お前がこの侭消滅に向い行くのを見てはおれぬ。お前を欲する己
の心の侭に、わたしはお前を行かせない!』
桂「主は……お姉ちゃんを、愛して……?」
ノゾミ「悔しいけど、そうみたいね。主さまの愛は唯愛でるだけではない。至高の敵と認
めた物を欲してしまう事もある。それだけに、愛される事も虐げられる事に等しい場合も
あって、好ましいかどうかは難しい処だけど」
サクヤ「冗談じゃないよ。桂の……あたしのたいせつな愛しい柚明を、何で蛇なんかが」
柚明「サクヤさん落ち着いて。わたしは主よりもサクヤさんを選びますから。桂ちゃん白
花ちゃんより上には置けないけど、主も大切な人だけど、主とサクヤさんの選択なら、確
実にサクヤさんをたいせつに想いますから」
桂「お姉ちゃん、サクヤさんに抱きついて」
葛「主と柚明おねーさんの関りについて、作者メモが来ています。解説せねばならないと。
ここは作者も読者の反応を怖れた様ですね。百合の話しのアカイイトで、男性からの求
愛を描き、柚明おねーさんは受けはしないけど、悪しからず想う……これと似た話しをフ
ァンブックが不用意に載せて、2チャンネルのアカイイトスレが、大騒ぎになっていまし
たし。
わたしに言わせれば、そこ迄拒んで騒ぎ立てる中身でもないと思います。作者さんがチ
ャットで述べた通り。ご神木に2人きりで拾年同居していれば、深い仲になっていてもお
かしくない。なってなくても不思議でもない。
柚明おねーさんが主を桂おねーさんよりもたいせつに一番に想うというなら、設定破り
で問題ですが。主が柚明おねーさんを好いて敵対を止めるというなら、同じく問題ですが。
柚明の章ではその基本線は揺らいでいない。
ファンブックの描写はやや大雑把ですけど。
柚明おねーさんが好意を寄せてくれた鬼や神や人を想い、桂おねーさん程ではないにし
ても、好意や誠意を返す事に何の問題があるですか。そこに愛が入っていたとしてもです。
一番の人しか愛せない愛もあれば、一番の人程ではなくても己を尽くす愛も、ある訳で」
ノゾミ「この中で最も人生経験の少ない小娘が、愛について語る割には、中々の了見ね」
サクヤ「2ちゃんのあの騒ぎ方は、滑稽だったけどね。世界の半分は男で出来ているんだ。
確かに不出来な座談会だったけど、だからこそ逆に無視できる路傍の小石だろうに。その
程度で騒ぐなら柚明の章こそ本当に危険だよ。主は忌々しい事に本気で柚明に惚れた様だ
し、柚明は好意には誠意や情愛を返す娘だから…。
しかも作者は話しを定めれば、百合の様式美や縛りやお約束には左右されない。縛られ
ない。桂と白花がいなければ、危うかった」
桂「わたしのお陰ってことで良いのかな?」
柚明「桂ちゃんのお陰よ。それは確かね…」
葛「2人の間ではこれで済んでしまう程の話しなのですよ。騒ぐのは関り薄い者ばかり」
ノゾミ「それでも、作者は臆病で小心なのね。数少ない読者をここで失う怖れも覚悟した
と。それでも描いてしまう処は賞賛に値するけど。作者は百合ではなくアカイイトを描い
ている。百合の縛りや様式美に囚われる意味は薄い」
桂「百合でも百合でなくても、素晴らしい話しは素晴らしい話し、駄作は駄作。男女恋愛
を描くドラマや小説と基準は同じ。面白いか、心打たれるかが焦点で、百合かどうかやそ
の濃淡は、プラス評価にもマイナス評価にもなりません。きちんと人を描けているかどう
か、得心行くかどうか。だから大人の性愛や暴力描写にも、目を逸らさずに踏み込みまし
たと。
柚明前章第一章の解説が、ここで重みを」
作者メモ「主の柚明への語りかけです。
主【わたしは結局千年の間、竹林の姫にこの想いを告げられなかった。わたしは自身の想
いを分ってなかった。己の心を分らぬ侭に、整理できぬ侭に、わたしは竹林の姫の想いに
包まれて千年を過し、その末に自由を求めるわたし自身の想いの故に、姫を失った。失っ
て尚分らず、なぜ空しいのかも分らず、自由のない封じの中の千年がなぜ満たされて感じ
られたかも分らずに、お前との日々に入った。
結局わたしはお前を失っても分らなかった。お前が帰ってきて、戻ってきて初めて。遅
すぎると言うだろうが、漸く。漸く分ったのだ。
わたしは望み欲した自由と同じ位竹林の姫を愛していた。そして今は願い求めた自由と
同じ位お前を求めている。失いたくない】」
柚明「漸くわたしは主の真の想いを知ってその想いに答を返すの。わたしの真の想いを」
作者メモ「柚明の、主の求愛に対する答です。
ユメイ【主……それは少し、遅すぎました】
【わたしはあなたを嫌ってはいません。封じは絶対解きはしませんけど。あなたはいつで
も自身に誠実で率直な神でした。怖れは抱きましたけど、恨み憎しみを抱いた事はありま
せん。あなたはあなたの想いに忠実に、そう生きて来たのだと、今はその気持も分る…】
微かに、その求めに応えて良いかもとわたしは想っていた。封じの要として千年万年居
続けるなら、主と二人で居続けるなら、それも悪くない未来図かも知れないと、微かに」
葛「ここで作者さんは柚明前章第三章、拾年以上前の幼友達・杏子さんの台詞を使ってき
ます。それも殆ど何の説明も明言もなしにさらりと。この辺り、柚明前章から読み続けて
くれた人には分る、一種の報償ですかね…」
作者メモ「柚明本章第一章の記載です。
『きっと、みんなに愛される、愛されたくない者に迄愛されてしまう、そう言う運命みた
いな物を指しているんだよ。おばあさんも優しくて強い人なんでしょう。その血を濃く受
け継げば、ゆーちゃんの様に綺麗で強くなっちゃうよ。それはもう、避けられない定め』
昔そう言われた事があった。鬼を呼び寄せる贄の血の定めを、そうと知る術もないのに
推測のみで、半ば言い当ててくれた人がいた。今はもう、遠く想い返す事しかできないけ
ど。もうこれからは、手が届かないだけではなく、想い返す事もできなくなるかも知れな
いけど。目の前の主も、サクヤさんも桂ちゃんも…」
桂「主との愛さえ、成り立たない。ご神木に宿り続ける事さえ、許されない。ご神木の生
気を前借りして奪って、わたしを助けに出る時点で柚明お姉ちゃんは、勝っても負けても
帰りに地獄しか待ってない。凄絶すぎるよ」
ノゾミ「ここで出なければ……けいを助けて私達と戦う事を取りやめれば、奪い取った槐
の生気の大部分は未だここにある。それを返せば何とか出来たかも知れない。でも、ゆめ
いにその選択はない。なかったのよね……」
サクヤ「誰を何を抛っても守りたい。その一念の強さが、主の激情の愛をも退ける。それ
を描くには、主の本当の想いも描かなければならなかった。桂と柚明の愛を強く描く為に、
主と柚明の愛は幾ら真摯でもそれに及ばないと描かれる必要があり……男女の愛を描いて
漸く、それを上回る桂と柚明の愛が描けると。
煮えくりかえる想いと同時に、納得させられたよ。これを描かなければ、柚明の想いは
深く抉れないと……全くその通り。久遠長文はこれしか方法が思いつけなかったんだね」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
27.地獄を予約して負け戦・死出の旅路
作者メモ「柚明の答に続く2人の応酬です。
ユメイ【もう賽は投げられました。わたしは、既に生気を前借りしてしまいました。あな
たに留められてここを動けなくても、わたしがわたしでいられる時はそう長くない。あな
たの想いは嬉しいけど、時計の針は戻せない】
【あなたは、あなたのどの想いを貫きますか。わたしは、わたしの唯一の想いを貫きたい。
貫かせて欲しい。あと何日、何時間保つか分らないにしても、わたしがわたしでいる間は、
わたしの想いに悔いなく全てを捧げたいから。
為せる限りを為して、少しでも助けになりたいから。桂ちゃんに、一分一秒でも長く生
きて欲しいから。守れる限り守りたいから】
主【尚行かせないとしたらお前はどうする】
わたしは僅かな間でもお前と共に過したい。
僅かな間だからこそ、お前を失いたくない。
ユメイ【あなたはわたしの何も得られません。この腕を断ち切っても、身を引きちぎって
も、蝶の一つになってでも、わたしは桂ちゃんの元に行き着きます。辿り着いて、守りま
す】
結局何も残せない。結局何も残らない。
夢は夢。わたしも想いだけの儚い存在。
消えゆくばかりの、淡い物。でも……。
【わたしの想いだけは、届かせたい】
返される物は求めないけど。憶えていてとも求めないけど。消える己も受け容れるけど。
思いも残らず伝わらなくても良しとするけど。消えてなくなる迄はこの想いを届かせた
い」
柚明「ここで思い浮べたのは、柚明前章第一章で、わたしを庇って生命を落したお父さん
とお母さん。鬼に敵う筈がないと分って、それでも逃げ出す訳に行かないと。痛みも苦し
みも望んで受け止める選択を、迷いなく…」
作者メモ「ユメイ『わたし……なります。必ず……なります』
幼き日、お父さんとお母さんを失った後で、わたしが立てたわたしのわたし自身への誓
い。保証も担保も不要なわたしのあの時から今に向けての約束。渡された想いを、生命を、
享受する為に、最低限必要と感じた己への縛り。
わたしは生きて、幸せになります。
わたしは誰かの為に尽せる人になります。
わたしは誰かを守り通せる人になります。
それを目指し続けて、目指し続けて、今。
『ここ迄、来ました。でも、まだ終ってない。まだ届かせてない。まだ想いも生命も尽き
てない。まだ、まだ続いている。続く限りは』
【……わたしは砕け散る迄、諦めない!】」
桂「凄絶な闘志に、魂が奮わされます。気圧されるというか、妨げがたいというか……」
ノゾミ「妨げようとした主さまが、道を譲るなんてありえないと、思っていたけど……」
柚明「多分、わたしの気合より自由という言葉に、主は道を開いた。主にとって自由とは、
そこ迄大切な物だったの。深く愛した竹林の姫を失う因になる程に。捉えたわたしを解き
放たざるを得ぬ程に。主はわたしの訴えかけより、自身の想いに退かざるを得なかった」
作者メモ「主は柚明を許さざるを得なくなり。
主【お前もお前の想いの侭に生きるが良い】
それに応えさせて。今少しだけ応えさせて。
時間がないのは分るけど。わたしの時間も、主と過せる時間ももう、残ってはいないか
ら。
わたしはいつかの様に、主の背に両腕を回してひしと抱きついた。でもそれは、かつて
の様に逃がさない為ではなく、放さない為ではなく。たいせつな物を全身で感じたいから。
わたしの全てで、主を抱き留めたかったから。
ユメイ【主、この感触を、心に刻んで下さい。
わたしも、この感触は忘れない。わたしの心がある限り。敵でも絶対解き放てない鬼神
でも、あなたは間違いなくわたしの大切な人。わたしはわたしでいる限り絶対忘れないか
ら。あなたの言葉を、あなたの心を。あなたのそれらを受けて嬉しく想った、わたし自身
を】
その想いには応えられなかったけど。
鬼神の求めを、拒んでしまったけど。
まともに戻って来れても尚敵だけど。
それでも大切に想う心も真実だから。
【有り難う。やはりあなたは、最期迄主ね】
想いの侭の行いは、敵であっても妨げる事を望まない。それが最愛の者の死出の旅路に
なろうとも、主は行く手を塞げない。主の想いがそうであっても、わたしの想いの妨げが、
わたしを哀しませると分る故に。わたしであり続けないと、愛する値がない事を知る故に。
【竹林の姫はきっと、残念には想ったけど悔いてはいない。その人生は、終りは唐突だっ
たけど、受容できていた。わたしはあなたを最期迄引き受けられそうにないけど、わたし
はハシラの継ぎ手としては失格だったけど】
有り難う、主。あなたに逢えて、良かった。
主【最早止めはせぬ。最期の最期迄唯己の真の求めの侭に、その身が真に欲するが侭に】
想いの侭に生きようではないか。君も我も。
己の内の真の望みを曲げる事なく貫こうぞ。
このまっすぐ精悍な瞳を、わたしは好いた。
わたしはこの時もそれに短く確かに頷いて、
【はい。必ずお互いにその様に】」
葛「好敵手……様々な経緯の末に、愛し合う様になっても尚一歩も退かない。一番たいせ
つな物を守る想いを互いに確かに抱き続け」
ノゾミ「そしてこの時間でゆめいは槐から、抜き取れる限りの力を吸い出し。けいが危う
くなるギリギリまで力を溜めて、顕れて…」
桂「いよいよ『千客万来の夜』を迎えます」
「第7回 柚明本章・第一章『廻り出す世界』について(乙)」へ戻る