第7回 柚明本章・第一章「廻り出す世界」について(丁)



28.ノゾミミカゲとユメイの対峙

サクヤ「青珠へ飛ぶ描写は、前回されたからここで飛ばせる。迂遠に思えた今迄の積み重
ねが、大事な処で筆の疾走に生きているね」

桂「この展開は、アカイイト本編のお姉ちゃんルートの『贄の血』ではなく、烏月さんル
ートの『千客万来の夜』を使っているけど」

葛「作者メモによると、柚明おねーさんとノゾミさんミカゲさんの強弱が、烏月さんルー
トと柚明おねーさんルートの間で、隔りが大きい事に、作者さんがヒロイン補正ではない
説明を試みたかったと。烏月さんルートでノゾミさん達に敗れる柚明おねーさんが、柚明
おねーさんルートでは2人を示威で退かせる。

 千客万来の序盤でノゾミさん達が、桂おねーさんの濃い贄の血を得た為に、大きく力が
増して、柚明おねーさんを圧倒できたのだと。それを経てない柚明おねーさんルートの場
合、ノゾミさん達が優勢でも、消耗を嫌って撤退を考える程度の、力量の隔りに留まると
…」

サクヤ「ご神木からの力の吸い上げが不充分な侭、桂の元に行けば。早く着けるけど現身
が希薄で。桂の血を得る前のノゾミミカゲにも敵わない。遅ければノゾミミカゲが桂の血
を多量に吸って力を増し、柚明の妨げが届かなくなる。早くても遅くてもダメってのは」

ノゾミ「結局このたいみんぐでも、失敗だわ。わたしもミカゲもけいの血を多少得て、力
を増してゆめいを破っている。鬼切り役の介入があって、止めは刺せなかったけど……早
くても遅くても、ゆめいの選んだど真ん中でも、この夜ゆめいに成算なんてなかったのよ
…」

葛「そーでもないです。桂おねーさんが無謀な突撃をして、ノゾミさんミカゲさんに囚わ
れてなかったなら。2人とも一度は退く判断をしていました。作者さんの追加設定で、二
人とも弱りすぎていて、吸血が力の増大に反映するのに、最初だけは時間差があるとされ。

 それ迄に2人を退かせ、結界などの守りの措置をして戦場を準備すれば……勝てなくて
も朝まで負けない状態を作れたかも知れない。或いは、桂おねーさんを連れて朝迄逃げ続
けるとか。勝ちに拘らなければ、早すぎず遅すぎずの辺りに、真ん中に可能性が見えます
…。

 作者さんは柚明おねーさんの戦いに、タイミングの概念を巧く絡ませていますね。それ
で本来は勝算の薄い戦いを、勝利に導いても、主人公補正を使わずに巧く説明していま
す」

桂「それじゃ全部わたしの失敗ってこと…」

柚明「桂ちゃんは悪くないわ。久遠長文は桂ちゃんにその行動を促す為に、敢て前日の夜
烏月さん親密ルート(仮称)を通らず、やられっぱなしな心理状態を導いて、ノゾミちゃ
ん達の嘲りを入れ、その様に事を用意したの。桂ちゃんが己を責める必要は何もないの
よ」

桂「でも、でもその所為で、わたしの不用意な行動の所為で、お姉ちゃんはこの夜、成功
の見込があった戦いを、敗北に導かれて…」

サクヤ「事件は旅館の一室で起こっているよ。今はその展開から目を離さないようにお
し」

葛「鬼の実戦は、鬼切りの頭にとっても今後の参考になります。ましてこの戦いは、今の
世には滅多に見られない強者同士の激突…」

ノゾミ「あの『そんなことさせないわ』の一声で、取りあえずゆめいはわたし達の動きを
止めたけど……そう言う見込だったのね…」

桂「お姉ちゃんがわたしに及ぼしてくれた悪鬼を退ける青い力は、柚明本章第三章でミカ
ゲちゃんと対峙した時に、応用で使われています。一度見せる・使う事が、次への布石に
なっている例です。ノゾミちゃん達の対応は、ここから暫くアカイイト本編、柚明お姉ち
ゃんルート第2夜『贄の血』に沿っています」

葛「柚明おねーさんルートの展開を中途まで辿りつつ、ノゾミさん達が退いてくれると思
わせておいて、そーならない。読者の予測を外して突如、劣勢の極みから戦端が開かれる。
桂おねーさんの実際の失敗を巧く使って…」

サクヤ「ここは作者も実際読んでみて、何かの選択や展開を入れようとしたけど、取りや
めた痕がある、と感じた様でね。作者の推察では、入れようとした戦闘シーンを、烏月ル
ートとの被りを意識して、外したんだろうと。柚明ルートはあたしルートと並んで、アカ
イイト本編全体の中で、種明かしルートを担っている。戦闘描写を何度も入れる必要は薄
い。

 だからノゾミミカゲとの決着も、劇的な展開や正面激突は、なかっただろう? メンバ
ーが固定され戦場や時刻や天候が似ていると、別ルートを辿っても戦い方も似通って、読
者に強い印象を与えにくいし。でも柚明の章は一回限りの各ルート混ぜ合わせだから、柚
明ルートと烏月ルートを絡め合わせる事も叶う。

 ノゾミの手に柚明の蝶が当たって、ノゾミの手が透ける様に驚く桂に、柚明が語りかけ
る処は、何とも切ないね。全てを忘れ去った桂に対して、初めて逢ったユメイとして…」

作者メモ「柚明の桂への語りかけです。

ユメイ『より強い光の前では、幻灯の描く絵は儚く消えてしまうだけだから』

 わたしも、跡も残さず消えて行く身だから。
 今日が始りなのではなく、今日が終りだと。

 今から何かが始るのではなく、わたしは今から終り行く。でも桂ちゃん、最期にあなた
と微かにでも交わり合えたから、それで幸せ。それに今はまだ、為せる限りを尽くす時
だ」

桂「お姉ちゃんは、返った後の地獄を覚悟済み……ううん、ノゾミちゃん達に勝利を望み
難い事も。どの様に展開が進んでも、無事で済む筈がない。それを分って、全部分って」

ノゾミ「だからなのね。前の夜は名も告げなかったけど、この時はけいに名を告げて…」

葛「ここは柚明本章本文から作者メモです」

作者メモ「柚明を思い出してくれなくて良い。せめて今目の前で、あなたを抱き留めてい
るユメイは、心に残してと。誰と分らなくても良い。わたしの影にある痛み苦しみは、全
部わたしが望んで受けた物だから、知らなくて。唯わたしがあなたをたいせつに想い、今
ここに顕れた事を。その心の片隅に残させて…」

ノゾミ「知られなくても良い……愛した者に、拾年前の愛し合えた日々を幸せを忘れ去ら
れた侭で良いと……それがけいの痛み苦しみを呼び起こさない為であっても、けいの為に
尽くした行いが、伝わりもしない事を了承できるなんて……わたしには、理解できない
わ」

柚明「わたしも桂ちゃんの幼い日々の幸せを、思い出して欲しい想いは山々だったけど
…」

桂「柚明お姉ちゃん……わたし、拾年も…」

柚明「葛ちゃんルートで、一度はその記憶を奪う事で、桂ちゃんを痛み哀しみから遠ざけ
ようとした葛ちゃんなら、分るでしょう?」

葛「たはは。その点では、わたしも僅かに柚明おねーさんと共通点があった訳ですねぇ」

桂「そうでした。わたし、お姉ちゃんだけじゃない。葛ちゃんやノゾミちゃん、サクヤさ
んや烏月さんや尾花ちゃん、みんなに守られ支えられ助けられて今日があるんだね。みん
なには感謝しなきゃ……そして恩返しも…」

サクヤ「柚明があたし達に同席を求めてきた意味は、この辺りかね……。取りあえず悪鬼
姉妹から桂を手元に引き戻した柚明だけど」

作者メモ「状況は尚緊迫しています。ノゾミ達は簡単に退く様子はなく、柚明の隙を窺い
状況を見極め、時に揺さぶりも掛けてきます。

ノゾミの挑発『やられっぱなしで帰るのはしゃくだけれど、こんな遊びで手傷を負うのも、
よくよくばかげているものね』

桂【うう、やられっぱなしなのはわたしだよ。

 特別な血を持っているとか言っても、食物連鎖で言えば食べられる方で、一矢報いると
かそういう事は、できそうにないけれど】」

桂「ここで、わたしが余計な良からぬ事を」

柚明「わたしは、ノゾミ達を注視していたの。桂ちゃんは抱き留めていたから安心してい
た。それが、油断だったかも。気掛りはノゾミ達だった。言いつつも中途で気が変ったり、
或いは油断させる罠である怖れは、充分にある。早く二人を追い返さなければならないと
…」

桂「この後、わたしがこの身を包むお姉ちゃんの青い力で、ノゾミちゃん達に一矢報いよ
うと、相撲の突っ張りの要領で突進するけど。無様に転んで失敗する以上に、青い力が時
間限定だって知らないで。青い力が消えてしまうと、再びノゾミちゃん達に囚われてしま
い。

 その時のお姉ちゃんの力の限界が、見え始めると同時に。ノゾミちゃんミカゲちゃんが、
呑んだわたしの血を強大な力に変え始めて」

サクヤ「柚明としては、ノゾミミカゲに力の限界を見極められたら、戦いが非常に不利に
なるから、気取られぬ様に必死だったけど」

葛「戦いの素人たる桂おねーさんに、戦闘時にポーカーフェイス・平静を装う事情が分ら
ないのは無理もないです。そして桂おねーさんにも分る程、明確に力の限界が見えるのは、
拙いと桂おねーさんも気付いた様ですが…」

ノゾミ「時既に遅しよ。私もミカゲも、間近にけいを捉えた上で、ゆめいの力の限界を見
極め、けいの血で力が増し始め。もう負ける要素はないし、消耗を怖れる状況でもなくな
った。ゆめいの狙ったタイミングは去った」

サクヤ「それでも柚明は退かないよ。柚明は覚悟を定めて出陣したんだ。巧く行かなかっ
た位で、自身の存在が危うくなった位で、勝ち目が失われた位で、退く様な娘じゃない」

ノゾミ「それは、ゆめいと実際生命がけで戦った私が、身に染みて良く分っているわよ」


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29.柚明敗れて・烏月の介入

葛「桂おねーさんを挑発してその失陥を導き、優位を得た鬼の姉妹は、更にその優位を生
かし柚明おねーさんにも揺さぶりを掛けます」

サクヤ「ノゾミ達は烏月ルートでも烏月を嵌めて鬼に落そうとしたし、柚明ルートでは葛
を操ったりしたからね。揺さぶれるなら柚明も巻き取ろうと企むのは、不思議じゃない」

作者メモ「ノゾミ達の柚明への誘い水です。

ノゾミ『考えなしの子供が全てを壊す。当事者だったあなたは、嫌と言う程味わった筈よ。

 懲りないのねぇ。何度も何度も裏切られて、何度も何度も足を引っ張られて。何の報い
もなくて、一つの感謝も謝罪もなく忘れられて。あなたが好きで選ぶ途をとやかく言う気
はないけど、見ていると本当哀れに思えてくる』

ミカゲ『助ければ助ける程、守れば守る程次々に危険と困難を運ぶ考えなしの贄の子を』

ノゾミ『禍ばかり持ち込んでくる、考えなしの贄の子を、あなたはまだ見捨てないの?』

ミカゲ『贄の子の為に生命を落しても…?』
ユメイ「ええ。生命落しても見捨てないわ」

『それが、それだけがわたしの望みだから。
 桂ちゃんが、元気で微笑んでくれる事が』

 考えなしの子供とは、過去の日のわたし。
 考えなしの行動とは、幼い夜のわたしだ。

 それでも、お父さんもお母さんもわたしを守ってくれた。生命を落しても想いを捨てず、
わたしを庇って立ち塞がった。お父さんとお母さんとお腹の中の妹と。多くの生命と引き
替えに、わたしの生命が残された。わたしは想いを託された。禍を呼んだのはわたしだっ
たのに、過失があったのはわたしだったのに。

 その絆がわたしを今迄、生かしてくれた。それを受け継ぐ事で、結び続ける事で、わた
しは漸く己に生きる値を認められた。生きる目的を見いだせた。生きる意欲を絞り出せた。

 ここで桂ちゃんとの絆を断つ事は、わたしが過去との絆を断つ事だ。わたしがわたしに
生きる値を認めた理由が崩れ去る。わたしが失っても尚たいせつな人達との絆を、この手
で拒む事になる。それだけは絶対出来ない』

 ノゾミ達の揺さぶりは反復して続きます。

ノゾミ『あなたも愚かねぇ。桂を腕に抱き留めた時に、さっさと贄の血を頂いておけば良
かった。そうすれば、私達を凌ぐと迄は行かなくても、結構な力を得られたでしょうに』

 桂ちゃんの瞳が、再び見開かれる。
 わたしもノゾミ達と同類なのだと。

 わたしも血を吸う鬼だと思い出す。
 それは誰の心にひびを入れるのか。

ノゾミ『贄の血は、とっても美味しいのよ。
 魂を酔わせる位に、素晴らしいの』

ユメイ『そんな力なんて、要らないわ!』

 桂ちゃんを傷つけて、哀しませて得る力なんて、わたしは欲しくない。わたしが欲しい
のは、桂ちゃんを守れる力、桂ちゃんを幸せに導ける力、桂ちゃんの微笑みを呼び起す力。

 わたしは桂ちゃんを守る為に顕れたの。
 その血を啜る為に、顕れた訳じゃない。

 例えこの身が滅びても、この想いが消えてなくなったとしても、桂ちゃんを裏切る事は
しない。自身を裏切る事はしない。血も力も要らない。要るのは桂ちゃんの微笑みだけ」

桂「改めて……お姉ちゃんの愛の深さと心の強さに、涙が溢れそうだよ。わたしに罪悪感
を抱かせない為に、わたしの心を守る為に」

葛「柚明おねーさんは分って対峙を続けていますが。自身の身を優先するなら、この時点
で逃げるべきでした。ノゾミさんミカゲさんはこの問答で、柚明おねーさんを揺さぶれて
も効果なくても、どっちでも良かったのです。

 2人の真の目的は、濃い贄の血が完全に力になる迄の時間稼ぎで。柚明おねーさんに対
抗できる力がない以上、留まらずご神木へ逃げ帰るべきでした。それができるなら、さか
き旅館に顕れる無茶はしてないでしょーが」

桂「ノゾミちゃんもミカゲちゃんも百戦錬磨。柚明お姉ちゃんは、それらを大凡読み切っ
ているけど、わたしが足を引っ張ったり、自力が足りなかったりで、巧く対応できてな
く」

サクヤ「戦の定石なら、この先更に力の差が開くと分った以上、速戦即決に持ち込むべき
だけど、既に力の差が開いてしまっている」

柚明「桂ちゃんを連れて逃げる事も出来ない。正面から戦っても、もうどちらか片方に対
する勝ち目もない。ノゾミちゃんもミカゲも百戦錬磨で、連携に隙はなく、あってもこの
時点のわたしに打ち破れる隙ではなく。それでも方策がない訳じゃない。相手が優位を確
信しているなら、油断を誘う事は出来るかも」

ノゾミ「それが『向うに動かせる。油断させる』との考えなのね。この絶望的劣勢で何を
企んでいるのかと思ったら……作者メモよ」

作者メモ「勝利を確信させる。ミカゲとノゾミの意図が連携する限り二人は破れない。そ
れが解れる時を探す。それが離れる時を狙う。それは彼女達が劣勢な時でもなく、拮抗し
た時でもなく、睨み合いに緊迫した時でもなく、

『わたしが桂ちゃんを守るから。桂ちゃんの微笑みを守るから。血の最後の一滴になって
も守るから。それがわたしの生きる値で目的だから。桂ちゃんの為に今迄繰り越してきた
わたしの生命だったから。だから大丈夫』」

サクヤ「鬼の姉妹が勝利を確信した時だと」

葛「その為には柚明おねーさんが正面決戦で、全力で戦い、敗れて見せる必要があった
と」

ノゾミ「千客万来の夜よ。私達はゆめいの抵抗を、時間を掛けて順調に排除していったわ。
ゆめいの戦い方は中々優れていたけど、地力が違う。力量が互角なら防げる処も崩れるし、
牽制も反撃も届いてこないから私達は全く怖くない。力の大きい方が力の消耗は激減する。

 仮に力の削り合いが互角でも、先に息絶えるのはゆめい。あと一息で終る。にっくきハ
シラの継ぎ手に羽藤の裔に、この手で止めを。

 私は憤怒や歓喜に、沸き立っていたわ…」

桂「全力で戦って敗れ、抵抗する力も逃げる力もなくしたら、もうそれでお終いだよ…?

 ってことは、全力で戦って敗れ、抵抗する力も逃げる力もなくした様に、ノゾミちゃん
ミカゲちゃんに見せておいて。密かに一撃必殺の力を残して、ここぞと言う時に叩き付け
るって感じなの? でも、それ迄に充分以上に消耗しなければならないし、ノゾミちゃん
ミカゲちゃんが果たして油断してくれるかどうか分らない。劣勢なら、力を残せず、空っ
ぽにされ、追い詰められる可能性の方が…」

サクヤ「地力では勝てないから、相手の失策を招く他にない。それ程厳しい戦いだったっ
て事さね。そして、勝ちを確信したノゾミは、ミカゲの連携から不用意に抜け出してき
た」

葛「ミカゲさんもノゾミさんに、連携する赤い力を、追い縋らせようとはしていませんね。
ミカゲさんも勝ちを確信したのでしょう…」

桂「わたしもこの時、ユメイさんには抵抗する力も逃げる力もないって思って。ノゾミち
ゃん達にユメイさんを助けてってお願いして、嘲り笑われ諦めて。後は何とかユメイさん
に、『逃げて』って、その位しか考えられなく」

サクヤ「あれをやろうとしたんだね? あたしも柚明から、柚明の母が一度やったと聞か
されただけの、相打ち覚悟のあの業を。あれはやっちゃいけないって。あんたも最期の最
期の手段だって。使えば桂や白花を哀しませるから使いたくないって、言っていたのに」

柚明「はい。桂ちゃんの声は聞えたけど。それには従えなかった。一度位は飛び退く力も
あったけど、それで形勢は覆らない。逃れて何をできる訳でもない。わたしが為すべきは。

『残された力を全てつぎ込んで、ノゾミを』

 幼い夜、お母さんがあの鬼にやった様に。

 羽様の森にあの鬼が来た時に、わたしがやろうとした様に。密かに最期の力を結集する。

 防ぐ事はせず、攻撃の刃は受け止め、食い込ませ、それで相手の動きを封じて。防ぐ力
も逃れる力も全部つぎ込んだ一撃を、ノゾミの頭に叩き付ける。鬼の生命は奪えなくても、
意思を司る頭を失えば唯では済むまい。貫かれるわたしは、間違いなく消えてしまうけど。
ミカゲの対応次第で、桂ちゃんが逃げ出す隙も出来るかも。この身の消滅は、確かだけど。

 防御しても消滅を避けられぬ程の赤い塊を、防ぎもせず身体に受けるのだから、当たり
前だけど。それはわたしの選択だから良いけど。唯桂ちゃんに哀しみを残してしまう事が
残念。勝てない事より守れない事、わたしが消える事より桂ちゃんを哀しませる事が心底
残念」

葛「柚明おねーさんの心残りは、ここ迄来ても自身ではなく、桂おねーさんを守れない事
や、自身の消失で哀しむ人の涙なのですね」

ノゾミ「そんな切り札を隠し持っていたなんて、考えてなかったわよ……多分ミカゲも」

作者メモ「皮肉にも、柚明の母が一度で成功して、成功した故に一度で絶命したこの業を、
柚明は失敗しています。柚明前章第二章でも、この柚明本章第一章でも。失敗の故に今が
あると言えますが、相打ちでなければ有効打に出来ない強者を前に、相打ちに失敗して尚
状況打開できた柚明は、実は強運なのかも…」

葛「作者さんはこの技に名を付けていません。人の技は弟子に継がせたり教える事を前提
に、概念を把握する為に名付けますが。柚明おねーさんの母上は必死の中でやってしまっ
た行いで。間近で見て体得した柚明おねーさんも、相打ち覚悟の業を誰にも教える積りは
なく」

柚明「業と言える程の物でもないから……」

桂「華麗で格好言い技名が幾つも飛び交う戦いは、一方で作り物っぽい感じもするしね」

サクヤ「格好良い漢字や外来語を並べ、派手に飾った技名を使いたがる者もいるけど?」

ノゾミ「けいの母が柚明前章番外編・特別編の丁で拾数年前に遭遇した、奇跡の女剣士や、
後日譚に登場予定のその娘と郎等共のこと?

 松中財閥に関る者達だから、あなたや鬼切りの頭には関りあるのでしょうけど、けいや
私達には未だ縁もゆかりもないし、柚明本章から遠くなるから、ここでは割愛するわよ」

桂「この時は、烏月さんが来て、助けてくれたんだものね。良かったよぉ、本当に……」

柚明「ええ。わたしが生命拾いできた以上に、生き残れてこの後も桂ちゃんに役立てる事
が、桂ちゃんの無事が保たれた事が、本当に…」

作者メモ「尤も、この後が問題なのですが」


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30.悪鬼姉妹の去った後

桂「そうです。ノゾミちゃん達は烏月さんを前に、ひとまずって感じで引き上げるけど」

ノゾミ「ミカゲの策が当たったのね。鬼切り役はゆめいを悪鬼と誤認して刃を突きつけ」

サクヤ「柚明が欲望や憎悪に囚われた悪鬼と違う事くらい、気配で分るだろうに。間近で
顔を見て尚刃を向けるなんて、鬼切部は何を考えてんだいって処だよ。鬼切りの頭ぁ?」

葛「わたしの所為ではありませんよう。烏月さんは個人的事情から鬼に対する許容度を狭
めていましたし、そもそもオハシラ様が外界に人形で現れるなんて、伝承にもないのです。
誤認は誤認ですけど、面識ない人外の者にまず警戒の刃を向けるのは、鬼切部の基本です。

 その後の頭の硬さは、流石千羽党という感じはありますですけどねぇ……ね、尾花?」

ノゾミ「けいはよくよく、己を危険に晒すのが好きなのね。ゆめいを庇って鬼切り役の前
に立ち塞がって、己が切られそうになって」

桂「だって柚明お姉ちゃん……じゃない。この時は未だ思い出せてないから、ユメイさん
が切られそうだったんだもの。ユメイさんはわたしを守る為に、ノゾミちゃんミカゲちゃ
ん相手に辛く厳しい戦をして、疲労困憊して、身動きできない状態だったんだよ。鬼と鬼
切部が敵対する者同士だとしても、人を助けて疲弊した状態に、止めを刺すなんて酷すぎ
る。

 せめてユメイさんがもう少し戦える状態の時に、向き合う形にしないと不公平すぎっ」

サクヤ「意外と良いコト言うじゃないかい」
ノゾミ「私が好いた、仇の血筋ですもの…」

柚明「わたしが力不足な所為で、危うい目に遭わせてごめんなさいね。本当に、桂ちゃん
には何度も助けてもらって。守る積りが守られて……そもそも桂ちゃん白花ちゃんが生れ
てくれた事が、いてくれる事が、わたしの救いで力の源泉で最大の守りだから。幾ら感謝
しても尽きる事はないのだけど。本当に有り難う……でも、余り危ない事はしないでね」

桂「お、お姉ちゃん……わたしの方こそ、何も出来てないのに、真心から感謝されて…」

サクヤ「暫く抱き合っていて良いさ。丁度」
ノゾミ「長文の作者メモが来ている様だし」

作者メモ「桂に刃を突きつけた烏月へ柚明が。

ユメイ『桂ちゃんに罪はありません。鬼切部は人に仇を為す鬼を斬る者の筈。桂ちゃんか
ら刃を放して下さい。斬るのならわたしを』

『その代り、お願いします。桂ちゃんを、守って下さい。わたしには、守りきれなかった。
力が及ばなかった。あなたが、桂ちゃんをより確かに守ってくれるなら、わたしはここで
斬られて消えても良い。今尚桂ちゃんの生命は危うい。鬼の姉妹は又来ます。その時に』

『必ず桂ちゃんを守ると、約束して』

『わたしの消滅と引き替えに、約束して!』

烏月『戯れ言を……。執着を捨てられずに鬼と化した者が、消滅を受け容れる筈がない』

 その瞳は信じないと言うより、むしろ信じてはいけないと己の心を縛っている様だった。

ユメイ『わたしの唯一の執着は、たいせつな人の守りと幸せです。それさえ保たれるなら、
その人に日々の笑顔が残るなら、わたしは鬼にもなるし、消滅も受け容れる。刃も受ける。
だから先に約束して。桂ちゃんを、守ると』

 それさえ確かに約してくれるなら、今からわたしはあなたの刃を逃げずに受ける。でも、

『それが為されないなら』

烏月『為されないなら……?』」

桂「今見直してみると、この時も戦いに準じる緊迫感だったんだね……微かに、烏月さん
がお姉ちゃんに気圧されている様な気も…」

サクヤ「因みに、『為されないなら?』の柚明の答は、柚明本章第三章冒頭で、烏月が答
を貰っているけど……こういう後から振り返っての種明かしは、この作者の得意技かね」

ノゾミ「アカイイト本編の鬼切り役るーとの千客万来では、けいがゆめいを庇って鬼切り
役の刃を首筋に当てられ、硬直して動けなくなった時に、観月の娘が乱入して、鬼切り役
が闘志を散らされて、去っていく展開だけど。

 柚明の章では、けいがゆめいを庇って鬼切り役の刃を首筋に当てられ、硬直して動けな
くなった処迄は同じでも。その後が違うわ」

葛「硬直して言葉を出せず、考えが纏まらない桂おねーさんに代って、柚明おねーさんが
烏月さんと話します。特にこのオリジナル展開を挟まなくても、同じ結果に辿り着くけど、
作者の意図はどの辺にあるのでしょーね?」

柚明「わたしと烏月さんの関りを、もう少し書き込みたかった。もう少し絡ませてみたか
った、と聞いているわ。桂ちゃんは勇気を振り絞って烏月さんの刃の前に立ちはだかって、
わたしを庇ってくれた。でもそれは素人で生命の危難を経た桂ちゃんには、心身の限界で。

 運良くサクヤさんが、乱入してくれたけど。タイミングが都合良すぎると、久遠長文は
感じた様ね。あと数分サクヤさんの登場が遅れていれば、桂ちゃんはあの状態に耐えられ
ず、局面がどの様になっていたか分らない、と」

ノゾミ「更に言えば、刃を首筋に付けられたけいをゆめいが放置できず、戦いになってい
たかも。例え脅しの刃でも、ああして突きつけていれば、何があるか分らない。ゆめいも
内心は憤っていて、自身を抑えるのに必死で。むしろゆめいが、耐えられなかったか
も?」

柚明「本気ではないと分っていた積りけど……脅しでも桂ちゃんに刃を向け・当てる事に、
わたしが、殺気立っていたかも知れないわね。冷静でなければならないのに未熟な様を
…」

サクヤ「桂や白花の危難を間近に見たあんたに、それ以上の冷静さは求められないさ……
動くよりも言葉で何とかしようとする辺りが、限界だろうに。あたしだったら動いてた
ね」

葛「だから桂おねーさんの代りに、柚明おねーさんが烏月さんに語りかけると。その間に、
烏月さんを追ってサクヤさんが戻ってきて」

桂「わたしは体も心も硬直していたし、修練も真剣の戦いも経ているお姉ちゃんが、応対
してくれていたっていう方が、妥当だよね」

ノゾミ「観月の娘が登場した時点で、ゆめいが日常感覚に戻っているわ……鬼切り役の闘
志の霧散を把握した事と、観月の娘への強い信頼が窺えるわね。そして鬼切り役も去り」

サクヤ「ここで桂に選択肢だよ。去って行く烏月を追うか追わないか。アカイイト本編の
烏月ルートでは、追いかけないとトゥルーエンドに行き着けないけど。桂は既に疲労の蓄
積と緊張からの虚脱で足腰立たずの容態で」

柚明「柚明の章では、むしろわたしの選択で。桂ちゃんが烏月さんを追いかけたい想いを
生かす為に、その足腰が動く様に癒しを注ぐ」

サクヤ「余計な助けだよ。烏月なんかと仲良くならなくたって。大体烏月は柚明を切ろう
としていたのに。桂も柚明も本当に甘々な」

桂「だってこの時は、烏月さんが気になって堪らなかったんだもの。サクヤさんと柚明お
姉ちゃんとわたしで、烏月さんを弾いてしまった感じがして。お姉ちゃんが切られるのは
イヤだけど、それで折角仲良くなれて助けてもくれた烏月さんとの仲が切れちゃうのも」

柚明「桂ちゃんは愛らしくて心優しいから」

作者メモ「烏月が去った直後の桂の部屋で…。

ユメイ『桂ちゃん、行ってらっしゃい』

 桂ちゃんは、驚きの顔で振り返った。

【今ユメイさん自身を斬ろうとした人を…】

 追いかけようとしている。それを見透かされたと知り、複雑な表情を見せる桂ちゃんに、
その心情を説明出来ずに困り顔の桂ちゃんに、

ユメイ『桂ちゃんの大切な人なんでしょう』

『彼女は今行かないと、二度と得られないわ。桂ちゃんの真の望みを曲げる事なく、ね
…』

 多くは要らなかった。柔らかな笑みに、桂ちゃんはこっくり頷くと、すっと立ち上がる。
十年の欠落があっても、昔を憶えてなくても、わたしの想いは通じている。当たり前の様
に心が通う。わたし達は互いを受け容れていた。

 だからわたしは後回しで良い。
 だからわたしは最後でも良い。
 わたしには来なくても大丈夫。

 今行かなければならない人に、行って来て。

桂『烏月さんちょっと待って!
 悪いけどサクヤさん、ここお願い!』

 部屋の中へ入ってきたサクヤさんと、バトンタッチする様に、桂ちゃんが入口へ駆けて。

『ユメイさんの事よろしくね!』

サクヤ『よろしくって、あんた……?』

 その声も駆けだした桂ちゃんには届かない。

『何を宜しく頼んだ積りだったのかねぇ』」

葛「烏月さんを追って行った桂おねーさんは、アカイイト本編でも描かれているので割愛
し。柚明おねーさんとサクヤさんの語らいを描く。これも柚明の章ならではですね。2人
の過去語りは、見ていて頬が朱に染まる程濃密で」

作者メモ「続けてサクヤとユメイの語らいを。

ユメイ『本当は、先代のオハシラ様……竹林の姫に、逢えたら良かったのでしょうけど』

『ごめんなさい。こうして現身で出て来られたのが、わたしでしかなくて。サクヤさんが
一番逢いたい人ではなくて。わたしが守って、受け継がなければならなかったのに…
…!』

サクヤ『ばかな事を、言うんじゃないよ……こうしてあんたに逢えて、謝られる筋合がど
こにあるんだ。姫様は姫様、あんたはあんた。あんたに逢えて、嬉しくない訳がないだろ
う。こうやって、こうやって又抱き合えるんだ』

『もう、もうないと思っていたよ。あんたに、あんたにこうやって語りかけて貰って、こ
うやって抱き合える日が来るなんて、二度と』

 姫様の事は、今夜はもう言うんじゃない。

『今夜は、あんたの為の夜だ。あんたが顕れてくれた夜なんだ。彼女が顕れた訳じゃない。

 あんたとあたしが再び逢えた、夜なんだ』

 最高に、最高に嬉しいよ、柚明。

ユメイ『嬉しい、サクヤさん。そう言ってくれるのが……。わたしも、もう一度、こうや
ってサクヤさんを感じ取れる日が来るなんて、思っていなかったから。諦めていたから
…』

 心にいつもサクヤさんを抱いていたから、いつでも想い続けていたから、寂しくはなか
ったけど、心細くはなかったけど、繋っていると分っていたけど。でもっ、でもっ。

『この腕で抱き締める事は出来なかったから。

 幾らサクヤさんに触れて貰っても、幾ら真弓叔母さんに抱き締めて貰っても、わたしの
身体は硬い幹でしかなくて、節くれ立った枝でしかなくて、散って行く花や葉でしかなく
て。ずっとずっと想いを返せる腕がなくて』

 こうして、肌を合わせられる事が嬉しい。
 こうして息遣いを感じ合える事が愛しい。

 二度と離したくない程に、この侭一つに溶け合ってしまいたい程に。

サクヤ『ああ、そうだね。そうだったねえ』

 本当に、久しぶりだねえ。こんなに満たされた瞬間は。サクヤさんは心から嬉しそうに、
その大きな胸の谷間にわたしの顔をぎゅっと抱き留めて、沈めて、埋め込んで、

『お帰り、柚明』『ただいまサクヤさん』」


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


31.ユメイとサクヤの……

桂「振り返ってみれば、サクヤさんとお姉ちゃんは、わたしが生れる前からの知り合いだ
ものね。知らぬはわたしばかりなり、です」

柚明「ごめんなさいね桂ちゃん。誤解を招く様な親密さを見せて。サクヤさんは幼い頃か
らの憧れで、たいせつな家族だったから……。でも、幾らサクヤさんをたいせつに想って
も、わたしの一番の人は桂ちゃんと白花ちゃん」

サクヤ「いいじゃないかい。少し位柚明やあたしが見せつけたって。桂もノゾミや烏月と
見せつけてくれているんだし……柚明を盗られたくない想いは、あたしも分るけどねぇ」

葛「ここは意外。柚明おねーさんを巡って桂おねーさんとサクヤさんの恋バトルですか」

ノゾミ「ならないわよ。どうせ3人抱き合い『どっちもたいせつ』で終るのでしょう?」

サクヤ「読めてきたじゃないかい、ノゾミ」

桂「ノゾミちゃんも葛ちゃんも、わたしのたいせつな人だよ。尾花ちゃんは大切な狐…」

作者メモ「烏月の乱入から、柚明の状況は最悪を脱しています。未だ味方と言えなくても、
ノゾミミカゲを敵とする烏月がいて、サクヤの登場で確かな味方を得て。サクヤと話せる
時間を得た事で、柚明は自分のみ知っていた桂の危難をサクヤに伝え、昼の守りを託し」

ノゾミ「確かにその通りね。この夜の開戦時点では、ゆめいの勝ち目と言うより、けいが
生き残れる目が少なかった筈だけど。いつの間にか役者が集い始めている。襲いにくく」

サクヤ「漸くあたしも桂を巡る動きを知って。拾年前の元凶の蠢動を知って、憤りと復讐
心に燃えながら、桂を守り通すと柚明に誓い」

柚明「それでわたしも少し、安心できて…」

作者メモ「サクヤと柚明の語らいを続けます。

ユメイ『最期にそれを聞けて安心しました』

 もう時間はあまりない。わたしが、わたしを保っていられる時間の余裕は、それ程ない。

『竹林の姫が出来なかった事を、無理に無理を重ねてやってしまいました……ノゾミやミ
カゲと戦う力なんて、ご神木にはありません。白花ちゃんから盗用した技で、ご神木の生
気を前借りしたわたしは、これからその反動と代償を受ける。狂気を招く程の渇きと衰弱
が。

 その狂気の日々が過ぎ去った後に、わたしがわたしを保っていられるかどうか。わたし
はここに現身を取って顕れた時点で、自身の消滅を覚悟していました。だから、最期に桂
ちゃんとサクヤさんに会えて、良かった』」

桂「お姉ちゃん、ダメ。それ死亡フラグっ」

作者メモ「更に、柚明とサクヤの語らいです。

ユメイ『封じはあと何日かは保ちます。わたしが意地で保たせます。だから、その間に桂
ちゃんと白花ちゃんを、経観塚から遠ざけて。どこか遠くで、気付かれない処で安らか
に』

サクヤ『あんたはどうなるんだ。あんたは』

 わたしは目を閉じて沈黙した。わたしに何が待っているのかは、関知の力を使えば分る。
分ってどうかなる物でもないと、言う事迄も。サクヤさんがわたしを想うが故に発する問
に、答の代りに、わたしは静かに瞳を開いて問う。

ユメイ『サクヤさんにとって一番たいせつなものは、何ですか?』

サクヤ『そりゃ一番たいせつな物は、ゆ…』

 言いかける唇を、指先で軽く触れて止め、

ユメイ『わたしには、この生涯を捧げ尽くさなきゃいけない人がいる。尽くしたい人が』

 わたしはいつかの冬に、ご神木で語ったあの侭に、サクヤさんを見据えて、言葉を紡ぐ。

 大切なだけじゃなく特別な人。
 特別なだけじゃなく一番の人。
 この世に唯1人と、思える人。

『桂ちゃんと白花ちゃんが、わたしの一番たいせつなひと。サクヤさんは、その次です』

『だからわたしは2人の為に、2人を愛する自身の為に、定めを全て受け容れました。サ
クヤさんの為ではありません。サクヤさんは大切な人だけど、特別に大切だけど、でも一
番じゃない。わたしがこれからこの身を襲う地獄を全て受け容れるのも、桂ちゃんと白花
ちゃんの為です。サクヤさんの為じゃない』

『サクヤさんは、誰を一番たいせつに想いますか? 誰が一番、たいせつな人ですか?』

 簡単に応えてしまわないで。わたしを大切に想う心は有り難いけど。心配は嬉しいけど。

 真実は、時に人を傷つける。でも、真実を貫かないと、もっと多くの人を嘘で傷つける。

 わたしはそれを知っている。
 わたしはそれを感じている。

 知っているからこそ、感じているからこそ。
 わたしはそれを、サクヤさんから聞きたい。

 わたしが、わたしの口から直接告げた様に。
 関知ではなく、伝聞ではなく、その唇から。

 わたしがサクヤさんの中では今尚二番目で、一番の人が別に確かにいるのだと、いう事
を。

 その人を、最優先に考えなければならない。順番を間違えてはいけない。一番大切な人
を想う心の侭に。そうじゃないと、悔いを残す。わたしの視線に、サクヤさんは力の無い
声で、

サクヤ『あたしの一番の人は柚明じゃない』

『あたしにも、生きてある限りこの身を捧げて尽くしたい人がいる。守りたい人がいる』

『桂が、あたしの一番たいせつなひとだ…』

 ごめん、柚明。あんたは尚一番じゃない。

『今尚、あんたを一番にしてやれない……』

 最期を迎えようとしているあんたに、今から絶望を迎えようとしているあんたに、嘘で
も喜びを持たせるべきなのかも知れないけど。

 他ならぬあんたの気持ちには、叶う限り応えたいんだけど、こればかりは許しておくれ。
あたしの一番は、この世に1人だけなんだ…。

『あんたの気持に、ずっと応えられなかった。オハシラ様が、姫様がいたから。だったの
に、その姫様がなくなっても、あんたの想いには、尚応えられない。酷い意地悪じゃない
かい…。

 あたしはあんたを好きなのに、あんたの為なら何でもしたいのに、叶う限り応えたいの
に、どうしてもあんた以上に好きな人が…』

 桂なんだ。あたしの一番は、桂なんだっ。

 病室で泣き叫んであたしの腕を掴んできた小さな腕が、真弓と2人きりで身を寄せ合っ
て暮しあたしが訪れると弾けた様に喜ぶ姿が、記憶も想い出もなくして強ばった顔が徐々
にほぐれて笑みを取り戻す様子が、あたしには何にも替えられないたいせつな物だったん
だ。

 分ったんだ。寂しかったのはあたしだって。あたしが桂を慰めたんじゃなく、あたしは
桂に慰めて貰っていたんだ。桂の笑みが、あの瞳が、声が、あたしに尚希望を残してくれ
た。

 あんたじゃない。あたしには桂が、桂が!

ユメイ『だからわたしはサクヤさんが好き』

 それがサクヤさんの真の想いなら全て正解。

 わたしもサクヤさんも、気持を返して欲しいなんて思ってない。最初から、返される想
いなんて求めてない。あの言葉は、幼い日の言葉は、真実その侭、わたし達の想いだった。

【わたしはわたしが好きだから言っただけ。同じ気持を返して欲しいなんて、思わない】

 結局わたし達はここに帰り着いた。互いに好きだから好きと言う。深く愛し大切に想う。
でも返される想いは最初から最期迄欲しない。

 お互いにもう一番は望まない。わたし達は、お互いを一番に出来ない星の定めなのだろ
う。サクヤさんは月の寿命を生きる巌の民で、わたしは近日消えて散る定めだ。その僅か
な間でさえもお互いに、一番大切な人が確かにあって、お互いを一番にし合う事は出来な
い。

 一度は交われても、二度は交われないとは、誰に言った言葉だったろう。わたし達は最
初から一度も交わり合えなかったけど、一度も互いを一番同士にする事が出来なかったけ
ど。

サクヤ『……最期迄、通じ合えないのかね』
ユメイ『通じ合えましたよ。サクヤさん…』

『わたし達は、同じひとを一番に出来ました。
 同じ人を、一番大切な人を共有できました。
 同じ想いを、同じ願いを、同じ人に向け』

 わたしの想いは、その侭サクヤさんに受け継がれます。わたしの桂ちゃんを一番に想う
心は、わたしが消えても残り続ける。サクヤさんの内にもあるから、同じ想いがあるから。

『お願いは不要でした。ごめんなさい』

 そうであるなら、桂ちゃんが一番なら、わたしの願いなんかなくても、サクヤさんは身
を盾にしてでも桂ちゃんを守る。当たり前の話だった。わたしは漸く、安心できるのかな。

サクヤ『ああそうだよ。間違いない。それは、それだけは間違いない事だから。あたしは、
桂を誰よりあんたより大切に想うから。だからあんたがやった様に、これからはこの身も
心も、何もかも捧げて桂を守るから。だから。

 あんたはもう何も心配しなくて良い。
 あんたはもう何も悩まなくても良い。
 あんたの血はあたしの中に流れている。

 あたしはあんたなんだ。あんたの一部なんだ。だから、あたしはあんたが尽くした様に
桂に尽くす。そして、あたしが桂に尽くせる幸せは、常にあんたと山分けだ。未来永劫に、
久遠長久に、天地の終りのその果て迄も!』

ユメイ『嬉しい……ありがとう、サクヤさん。

 わたしは今、とても幸せです』

 今この時を確かに強くしっかり刻む。

 後から幾度振り返っても、思い返せる様に。思い出せない程心が摩耗し、果てしなく長
い時が過ぎ去り、振り返れぬ程遠ざかった果ての末にも、素晴らしかったと応えられる様
に。全てを失う絶望の闇の向うでも光抱ける様に。わたしがわたしでなくなっても保ちた
いと」

桂「過去からの、柚明前章からの積み重ねが効いているよ。もう想いが溢れ出そうです」

葛「夜は進み、時は運命を刻んでいきます」


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


32.桂と柚明の至福

桂「ここ迄切迫していたとは、わたし、全然分ってなくて。お姉ちゃん……ユメイさんと、
今生の別れに近いと分っていたなら、わたし、烏月さんを追いかけて行けなかったかも
…」

柚明「それでは烏月さんと絆を、結び直せなかったから……知らずに桂ちゃんが烏月さん
を追って行った展開が、正解ね……わたしは、この後桂ちゃんの血を得て生き長らえる
し」

ノゾミ「それは、けいの申し出に左右された、幸運の結果だけど……けいは深い事情を知
らなくても、ゆめいを気遣うから同じなのね」

サクヤ「久遠長文は偶然や運に左右される展開を嫌う。アカイイト本編を読み込めば、部
屋に戻り来て柚明と2人きりになれば、必ずこうなる・こうすると想定しての展開だよ」

葛「柚明おねーさんルートと烏月さんルートの混ぜ合わせですが、無理のない展開ですね。

 因みに作者さんの想定では、烏月さんルートでこの夜贄の血を得ない柚明おねーさんは、
三日目夜大量失血した桂おねーさんの生命を繋いだ時、その血を得て命脈を繋いだ様です。

 尚、桂おねーさんが烏月さんと絆を結べず、中途でサクヤさんに町の家へ追い返される
帰宅ルートでは。柚明おねーさんは別の血を得た様ですね。桂おねーさんの血程強力な物
は、中々ありませんけど。桂おねーさんの危難が去れば、柚明おねーさんも現身で顕れる
必然も薄れますので、後は何とか出来るかと…」

サクヤ「烏月ルートでは、桂が戻る前に柚明を帰したから。桂は柚明に逢えなかったけど。
柚明の章では、あたしと柚明が睦み合う内に、桂が帰り着いてしまい『贄の血』に繋る
と」

葛「サクヤさんが、柚明おねーさんの先行きを諦めきれず、方策はないかと思案を巡らす。
その躊躇や惑いが時計の針を進ませた様で」

ノゾミ「観月の娘がゆめいに、けいとの睦み合いを譲ったのね。確かに、私達は余力を残
して退いた。この夜の内に隙があれば再来する積りだったけど……ミカゲが止めたのよ」

サクヤ「作者は、同じアカイイトの二次創作『陽子ちゃんルート補完計画』を意識した様
で。ノゾミ達が余力を残して退いているのに、桂の側は柚明が疲弊し烏月が戦線離脱状態
で。付け入る隙はある。話しの展開としてあの夜にこれ以上加える事は『くどい』けど。
奇襲を防ぐ手は打ったと、示す必要があるって」

桂「去った後にすぐ来るなんて想定外だよ」

葛「勝てば官軍が実戦です。悪鬼相手に卑怯とか悪どいとか言っても、詮無い話しです」

サクヤ「正々堂々の戦いを好みたい桂には、ちょっと得心が行きづらいだろうけど、正々
堂々が通じる相手ばかりじゃあないからね」

柚明「備えあれば憂いなし。用意は周到に」
桂「お姉ちゃん。それ、わたしの座右の銘」

柚明「この時は有り難うございました、サクヤさん。お陰さまで桂ちゃんとの幸せな時を
過ごせて、結果生命を長らえる事も出来て」

サクヤ「そうなってくれればって見込もあって、場を譲ったんだけどね、正解だったよ」

葛「かくて桂おねーさんと柚明おねーさんの、柚明の章オリジナルの濃密な夜が始るで
す」

桂「あはは。結局やった事は少しお話しして、贄の血を呑んでもらって、わたしが寝付く
迄寄り添ってもらった位で。アカイイト本編の柚明お姉ちゃんルートと、ほぼ同じだけ
ど」

ノゾミ「ゆめいの満たされた顔を見れば、それがどれ程濃密だったのかも推し量れるわ」

サクヤ「巧くやってくれた訳さ、2人とも」

柚明「ここは久遠長文に、感謝しておく処ね。桂ちゃんが肌身合わせて、ノゾミちゃん達
に逆襲しようとした無謀を謝ってくれて……謝罪なんて要らないけど、二度と危ない事を
しないで欲しい想いを込めて、受け容れたの」

桂「本当にごめんなさい。わたしの勝手な行動がお姉ちゃんの危難を導いて……自分の無
謀がたいせつな人の生死も分かつ。そう肌身に感じたわたしは、この夏の後はお姉ちゃん
の意図を外れる無謀はしない様に、努めます。

 後日譚第2.5話で千羽のお屋敷に泊った翌朝、お姉ちゃんが千羽の人達の制裁を1人
で受けていると知った時、動けなかったのも。後日譚第3.5話で若杉のお屋敷を訪れた
時、鬼切部がわたしを守る代りに、お姉ちゃんが鬼切りに参戦するとなったら、お姉ちゃ
んにわたしの贄の血を渡したいと。自分がそこに、立ち会うとか参加するとか願わなかっ
たのも。

 わたしの考えなしの無茶が、柚明お姉ちゃんの想定を崩し、たいせつな人の喪失も導く。
そう思い知らされた為で。後日譚でのわたしの行動に、読者さんから執拗な質問も頂いた
けど、わたしも少しは進歩しているのです」

サクヤ「向こう見ずを少しは抑えようとしているけど、果たして進歩といえるのかねぇ」

葛「白花さんを庇って烏月さんの刃に切られたり、ノゾミさんの邪視を防ぐ為に刀で自身
を斬りつけたり。柚明おねーさんを庇って烏月さんの刃を首筋に当てられたり……よりは、
ご自身を大事にしているかと。それは周囲の桂おねーさんを想う人を大事にする事にも」

ノゾミ「けいは無茶に過ぎるのよ。この程度の進歩で人並みになれたとは、思わない事ね。
その質問者は何を望むか明言しなかったけど、けいに気易く危険に踏み出す愚かな娘でい
て欲しいというのなら、どうなのかしらね…」

サクヤ「話しの構成としては、桂が不用意で愚かで危難に遭う方が、桂を守りたいあたし
達が引っ張られ、都合が良いんだろうけど」

柚明「桂ちゃんは不用意な子ではありません。時に失敗はしてもそこから教訓を汲み取っ
て、次に生かす賢い子です。話しの構成の都合で、桂ちゃんを不用意な子の侭に引き留め
る事は、わたし達も望みません。勿論久遠長文も…」

葛「桂おねーさんは、只でも危難を引き寄せ易い贄の民。危険に踏み込む性向を抑えても、
作者さんは充分話しの展開に巻き込めます」

ノゾミ「それはそれで、けいの禍が終ってない訳だから、幸いではないかも知れないけど。

 ……早くゆめいとけいの睦み合いを、終らせるわよ。私を撃退した後で2人濃密な時を
過ごして、贄の血を与え与えられ。この様は、私も頬が染まってとても見ていられない
わ」

桂「わたしもそこを見つめ返されると、恥ずかしいです。アカイイト本編との違いは、お
姉ちゃん視点ってこと、烏月さんとの切れた絆を繋ぎ直そうとする意志の源に、お姉ちゃ
んの助言があるってオリジナル描写、かな」

サクヤ「あってもおかしくはない感じだねえ。柚明は正確には助言した訳じゃなく、桂に
考えの整理を促しただけ。烏月との絆を繋ぎ直そうと心を決めたのは桂、って基本線は同
じ。桂と柚明の絆を深く緻密に描いたって処かね。烏月を想い案じる桂を支え抱く柚明の
描写は、烏月が勇者を担う第一章の方針に忠実だし」

ノゾミ「意図した絆の断ち切りが、意図した結び直しを導く……この辺りは作者の慧眼ね。
だからこの夜に、けいは鬼切り役を追いかけなければならなかった。鬼切り役に絆を切ら
せなければならなかった。そう繋げる処も」

葛「桂おねーさんへの未練を断つという烏月さんの動作に、絶たなければならない程の未
練があると読み取り、文字にした作者さんは中々でしょーか。そんな事は分っているから、
敢て描くのは無粋との見方もありますけど」

柚明「想っているだけでは、伝わらない事もあるわ。分っていると応えなければ、分って
いる事が相手に伝わらない事も。読者さんの読解力を量る様な事は、好ましくないわね」

ノゾミ「その故に、作者の読解を全て表記したが故に、他のアカイイト読者と読解が食い
違って、独りよがりと評される事もあった様だけど……どっちが独りよがりかしらね…」

柚明「解釈の幅という物もあるわ。アカイイト本編にも、ファンブックや小説版などとの
相違があるし。明確な誤りでない限り、幾つもの解釈が並立しても、構わないと想うの」

桂「みんなアカイイト本編を愛してくれているんだものね。どれかだけが正しく、どれか
だけが誤りだなんて、それこそ違うと思う」

サクヤ「そうして巧く柚明の章の読解もあり得ると進める辺りは、作者も中々狡猾だね」


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


33.至福の後で

葛「そして桂おねーさんと柚明おねーさんの、お互いしか視野にない濃い恋い語らいが
…」

ノゾミ「ゆめい視点だから、けいの血を呑む事への拒絶に拘る内心が、丁寧に描かれてい
るわね。そこ迄拒み通す必要はない、というよりむしろけいの血を貰って生き存えた方が、
自身の願いであるけいの守りにも、繋るのに。

 けいの血をどれ程呑めば、不足を満たせるか未知数にしても。けいの生命を危うくする
程呑まなければ良い。ゆめいなら加減も掴める筈よ。強情と言うより視野が狭いわ。けい
を少し傷つける事と、けいを哀しませその守りを崩すゆめいの消失を、天秤に掛ければ」

柚明「そうね。わたしは過去からの積み重ねを重く見るから。この時は、この夜初めて面
した高校生の桂ちゃんとの関りより、拾年前以前の幼子のけいちゃんとの関りを思い返し、
傷一つ与えず守り通す事に拘っていたかも」

葛「この少し前に桂おねーさんは、ノゾミさんミカゲさんに好まぬ吸血を強要され、怖い
思いをしたばかり。柚明おねーさんはその時、ノゾミさんに『桂おねーさんの血を呑んで
おけば良かったのに』と嘲られ、拒絶を返しています。そのやり取りが縛りになってます
ね。悪鬼と同じ健康を害する行いを、桂おねーさんに為す事への躊躇、惑いは理解できま
す」

サクヤ「愛した人を害する行いを為す時には、普通鬼でも躊躇うさ。それが桂の守りに繋
る、繋げるにしても。足し引きや天秤や数式で簡単に答を出せる方が、まっとうじゃない
よ」

柚明「でも結果はノゾミちゃんの言う通りになるの。余裕があると人は色々迷う事が出来
る。それは実は幸せな事であって。迫られた時に数式を早く適切に解いて、躊躇わず行動
に移さないと、たいせつな人を喪うのかも」

葛「柚明おねーさんとノゾミさんには、妙に通じる物を感じます。表現は違っても条件が
整うと、お2人は似た行動を取りそーな…」

ノゾミ「私はゆめいに、時折ミカゲに感じた用意周到さや読みの深さ、怖さを感じる事が
あるけど……ミカゲは私に似せてその心身を作ったから、そう見えても奇妙でないのね」

サクヤ「気分の悪い話しは止めておくれ……あたしの可愛い柚明を鬼に寄せて行くのは」

葛「ここにも過去を重く見る人がもう1人」

桂「わたしは、柚明お姉ちゃん……じゃない、この時は初めて逢ったユメイさん……にな
ら、もっと首筋に牙を立てられて血を呑まれても。わたしを守る為に、力を浪費して顕れ
てくれたのだもの。わたしに補う術があるなら…」

ノゾミ「果てしなくお気楽な娘がもう一人」

柚明「結局、わたしは桂ちゃんの血を戴くのだけど……意外だったのは、その血の濃さと
効果ね。わたしの消失の定めが覆るとは…」

桂「この時は頑張って血を呑んでもらって正解でした。そこ迄切迫していたとは知らなか
ったけど、力の弱まりは目に見えたから……その疲弊を補うことが出来て良かったよぉ」

サクヤ「ん……そこはね。続きがあるから」

葛「問題は、第一章の結末がこの甘々なシーンではない事です。厳しく辛い戦いを凌いで、
今後に展望が見えて。味方も増え始め、桂おねーさんとも心が通い、その濃い贄の血を得
て柚明おねーさんの未来も繋がれ。めでたしめでたしで終る処で、アカイイト本編の柚明
おねーさんルートでも、そーなのですが…」

ノゾミ「作者の性格の悪さが窺えるわ。柚明本章が順次執筆・公開された時に、同時に読
み進めた者には、読み終えると同時に先行きが気になって『悶えた』と漏らした者も…」

サクヤ「ここ迄辛酸を嘗め尽くした末の成果だからね。戦いの後のご褒美シーンという位
置づけなのに。それで終らずわざわざ読者を不安に陥れる辺りは、悪辣とも言えるけど」

葛「話しの紬ぎ手としては巧みですね。次への興味を引っ張る上で、最高の終り方です」

桂「わたしも最初は、胸を打ち抜かれました。どうしてお姉ちゃんが、わたしが寝静まっ
た後で哀しそうに、わたしに謝るのって……」

作者メモ「桂が柚明に身も心も預け、安らかに眠りに落ちたその後で……柚明の懺悔です。

ユメイ『桂ちゃん……ごめんなさい……』

 このお詫びは、起きている桂ちゃんには伝えられない。起きている時にそれを伝えたら、
桂ちゃんが哀しむから。桂ちゃんが望んで差し出した血を受けた事を、わたしが哀しんで
いると知ったら、桂ちゃんも必ず哀しむから。

 桂ちゃんの気持は、とても嬉しかったけど。
 その想いは、わたしを生かしてくれたけど。
 幸せは力以上に、心に満ち満ちているけど。

『わたしは、桂ちゃんを裏切ってしまった。わたし自身を裏切った。わたしはやはり、桂
ちゃんの血を啜る、鬼になってしまった…』

 桂ちゃんがわたしを想う気持は無上に嬉しかった。その血はわたしの存在を繋ぎ、想い
の消滅を防ぎ止めた。わたしは尚暫く、わたしであり続けられる。膨大な量の力が、現身
も魂も満たした。それを受ける幸せは身を震わせた。それでもと言うより、正にその故に。

 わたしはわたしを裏切った。桂ちゃんを裏切った。桂ちゃんを傷つけさせ、その血を啜
って力を得た。桂ちゃんを守る為に使うけど、それは当たり前だけど。桂ちゃんの身体に
害になる事を為してしまった。その害になる存在に堕ちていた。わたしは正に、悪鬼だっ
た。

『わたしは余り長く側にいてはいけない…』

 桂ちゃんの想いは嬉しかった。わたしを温めてくれた。だからこの事実を桂ちゃんに気
付かせてはいけない。その想いが彼女の身を蝕むと悟る前に、わたしが居なくなれば良い。
寝顔に向けて謝るのはわたしの心の整理だ」

桂「わたしが贄の血を上げて、助かった事自体が、お姉ちゃんの罪悪感になったなんて」

柚明「ごめんなさい、桂ちゃん。でも、わたしは桂ちゃんを何より誰よりたいせつに想う
から、自身の生命や未来を繋ぐ為にあなたの何かを奪う事・奪った事は、悔恨に値して」

作者メモ「柚明本章第一章の末尾本文です。

 わたしの、主の、桂ちゃんと白花ちゃんの運命がこの瞬間激変した。贄の血の陰陽でも、
僅かな血でここ迄効果が劇的とは。その行く末はまだ見えないけど。吉凶いずれとも判じ
難いけど。わたしの目の前から地獄が消えた。

 でもそれは果して幸せなのだろうか。桂ちゃんに、大切な人に害となる前に消えた方が。

『肉親の血を啜る鬼。その身を守る為と血を啜る鬼。申し出させ血を差し出させ啜る鬼』

 そうして赤い糸を繋いでも、所詮喰う者と喰われる者の糸なのに。繋ったと喜べたわた
しが、愚かだった。わたしはそんな繋りを欲して現身になった訳ではなかった筈なのに」

サクヤ「柚明の願いはたいせつな人の幸せと守りだから。自らが桂を傷つけその血を奪っ
て生き長らえた事は、痛恨の一撃なんだよ」

ノゾミ「仲は深く繋がっても、血を交えても、けいの健康というゆめいの真の願いからは
遠ざかる。己が顕れた為に。今の私ならこの時のゆめいの気持も、少しは理解できるわ
…」

作者メモ「柚明本章第一章の末尾本文です。

 漸く、抱き締められたのに。
 こんなに間近になれたのに。

 この隔ての遠さは一体何なのだろう。

 いる事自体がその身を削り、守る事が生命を縮める。近くにいても、抱き締めても、わ
たしの幸せは、桂ちゃんから遠ざかるばかり。

『桂ちゃん、ごめんなさい』

 なるべく早く、その前から居なくなるから。その幸せの為に、鬼はやはり人の近くにい
てはいけない。わたしは桂ちゃんと僅かな時を共にする事も危うい存在だと、桂ちゃんに
とって危うい存在だと、痛切に思い知らされた。

【でも……それでも尚……】

 今はいなければならない。今少しは、桂ちゃんを守る為に。その身を、同類であるノゾ
ミ達から守る為に。同類だからこの力が届く。烏月さんと違ってわたしは、同類故の力で
ノゾミ達を退けられる。桂ちゃんの血を啜る鬼のノゾミ達を、同じ所行で力を得る同類故
に。

 絶望から生じる希望、希望が導く絶望。桂ちゃんを傷つける事がその身を守る力を招き、
守る為に啜る血がその生命を削る。どちらにせよわたしの為す事は一つ。それは絶対やり
遂げる。桂ちゃんの血迄得たのだ。わたしはどこ迄堕ちても良い。その想いを無にしない。

 そんなわたしに待つのは、地獄の代りに、

『血に飢えた餓鬼道か、戦いの修羅道か…』

 それでも尚、業の深奥に踏み込んでも尚、

『桂ちゃんの微笑みは、必ず守り通すから』

 桂ちゃんと白花ちゃんの、今を支えられる事がわたしに残された幸せ。今為せる限りの
全てを為すから、代償は全て身に受けるから。

『今少しだけ、この幸せを、わたしにも』」

サクヤ「愛しくも哀しい夜が更ける……この切なさと痛恨は、柚明視点でなければ描けな
かったね。柚明は己の悔恨で桂を哀しませたくない。桂の優しさが柚明の悲哀を招いたと
知られたくない。だから終生秘する積りで」

葛「そーいう方でしたね、柚明おねーさんは。

 アカイイト本編の他のどなたのルートでも、それ以外の帰宅ルートでも。自身のルート
以外では、その正体も過去も明かされないです。愛しい人を哀しませない為に、赤い痛み
を招かない為に、最期迄口を鎖し微笑んで終る」

ノゾミ「私には考えられない、と言うか考えるだけでも寒気がする。けいと共にいられな
い日々を受け容れる以上に、けいに忘れられ初見の誰かとして対面し、尚その過去を秘し
た侭笑みを保ち、最後迄何も語らず終らせる。 主さまが一番だった頃は……巌の寿命を
持つ主さまが、待っていて下さる事を疑わなかった。私が在り続ければ必ず逢えると、信
じられた。でも、けいは百年保たない人の身よ。

 経観塚に戻り来たのも十年ぶりで、次はいつ戻ってくるか分らない。二度と来ないかも
知れない。ここで手放せばもう得られない……のに、ここ迄心通わせて、迷わず沈黙を」

柚明「この時点では、語らない事が桂ちゃんの為だと思ったから。でも、行動は選べても、
心の内に兆す未練は消し得ない。わたし視点だけに、この乱れる心の内が明かされて…」

(桂が柚明の元へ歩み寄って、縋り付いて)

桂「お姉ちゃん反省する箇所が違う! 幾ら読み込んでも、わたしを想い気遣ってばかり。
お姉ちゃん自身の願いや求めがない。もっとお姉ちゃんの悔しさ悲しさ切なさが見えなき
ゃいけないのに。描かれて当然なのに。どうしてもっと自分自身を……本当に頑固な…」

柚明「桂ちゃん、ごめんなさい。わたしの為に心乱させ、涙零させて。わたしの所為で」

桂「謝らなくて良いの。もう謝らないで! わたし、柚明お姉ちゃんに幸せになってほし
いのに、与えた痛み苦しみを少しでも補って償いたいのに。お姉ちゃんはいつもわたしの
ことを案じ、自身の喜び楽しみが見えなくて、わたしが役立てる処が全然なくて、何もで
きなくて……傷つけて哀しませて謝らせて…」

(柚明が桂を胸元に迎え入れて包み込んで)

柚明「有り難う桂ちゃん。深く想ってくれて、本当に嬉しい……わたしは元々あなた達に
心救われて今があるから、巡り逢えた事が幸せだから、後は全て望外の僥倖だけど。何度
も守る積りが守られ助けられ……しかもその涙や憂いの源になって。本末転倒ね。今後は
叶う限りあなたの涙や憂いを招かない様に努めるわ……桂ちゃんはもう何も心配しない
で」

桂「お姉ちゃん、それ、何も変ってないっ」

サクヤ「柚明も桂も頑固な羽藤の裔だから」
ノゾミ「この恋煩いは死んでも治らないわ」

葛「うら若い乙女が互いを想いつつ肌身添わせ契りを交わす様は、本当に目の保養です」


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34.第一章を読み終えて・次回予告

葛「そー言えば柚明本章では、アカイイト本編より仏教関係の知識や用語がやや多い気が。
伝奇要素と呼んで好いのかは微妙ですけど」

サクヤ「神がど真ん中にいない宗教だからね、仏教は。何を以て伝奇とするかは、人それ
ぞれだけど……久遠長文は伝奇要素さえ『アカイイトの太い枝ではあっても幹ではない』
と言って、拘ってないから。どうだろうかね」

桂「でも確かに柚明の章には、強調はしてないけど、そこかしこに仏教用語が出ているよ。
地獄はほぼ一般用語化しているけど、畜生道、修羅道の使い分けは、簡素で明快でした
っ」

葛「桂おねーさん、お帰りなさいですー…」
サクヤ「お帰り、柚明。お守りも大変だね」

柚明「わたしには愛しい大変さは喜びです」

ノゾミ「桂のお守りが大変な事を否定はしないのね……それは私も同感だから良いとして。

 ゆめいは仏典を読み込んでいるの? 後日譚で一つ屋根の下で過ごしても、特段そう言
う書に熱心に目を通す姿は見かけないけど」

柚明「特に学んでいる訳ではないけど……拾年前以前のわたしは、贄の血の力の修練の副
次効果で、触れた物や居た場に関る遠方や過去・あり得る未来を悟る関知や、人の想いを
悟る感応も鍛えられて。法事で訪れるお坊さまの話しや仕草から、色々学べる処もあって。

 多くの仏教の考え方は、己の在り方・応対を変える事で、相手や状況を変える事も叶う
という辺りで。考えが袋小路に入り込んだり、想いが過熱しそうな時に。冷静さを取り戻
し、頭を柔らかくして。物事を虚心に見つめ直し、広い視野で解決策を探すのに、有効な
の…」

葛「意外ですね。仏教伝来以前の旧い神話を、今に残してきた羽藤家なら。神道の説話に
博識だったり、その裏事情に通じる等は予想の内でしたけど。仏教にも通じているとは
…」

柚明「あくまで素人の聞きかじりよ。仏教も神道も奥が深い上に、実践を伴わなければ分
らない領域もある。本職の方々に見られれば、未熟や誤りを指摘されそうで恥ずかしい
わ」

ノゾミ「さて、第一章は読み終えたわ。アカイイト本編の鬼切り役ルートとゆめいルート
を組み合わせ、『千客万来の夜』『贄の血』を絡め合わせ。私とミカゲを何とか退けてめ
でたしめでたし。だけど事は全然終ってない。

 と言うよりむしろ、ゆめい視点の柚明本章の方が、アカイイト本編より状況は深刻ね」

葛「柚明おねーさんには少量でも吸血は愛しい人を傷つける行いで。躊躇や悔恨のない筈
がない。桂おねーさん視点のアカイイト本編でも、望んで戴く感じではなかったですが」

サクヤ「第一章と第二章を繋ぐテーマの一つだね。状況は最悪を脱したけど、心理的には
尚きつい。柚明から桂には近づき難い、と」

葛「楽に行かせてくれないのがアカイイトですから。その意味でも柚明の章は、アカイイ
ト本編の雰囲気を巧く引き継いでいるかと」

桂「この先が気になっちゃうね。わたしの血を諦めてないノゾミちゃんミカゲちゃんより、
わたしの血を得ることに苦悩するお姉ちゃんの方が……この後も楽勝な展開ではないし」

サクヤ「そこは第二章を読んで貰おうかね」

柚明「そう言う訳で次回予告です。桂と柚明の『柚明の章講座』第8回は柚明本章第二章
『想いと生命、重ね合わせて』の解説です」

サクヤ「第一章に引き続くから、前半は烏月・柚明・ノゾミルートの重複を進みつつ…」

葛「オリジナルな展開も挟めています。あと、わたしの本格的な登場でお話しに膨らみ
が」

サクヤ「一体どこが膨らんでいるってぇ?」

桂「わたしは早く読み進んで、柚明お姉ちゃんをオハシラ様から解き放つ処に辿り着きた
いです。お姉ちゃんは敗れても虐げられても美しく強く絶対心崩れないけど、それだけが
わたしの救いだけど。展開も結末も分っているので、先を読み進むのが怖いのも事実で」

柚明「心配してくれて有り難う、桂ちゃん。

 わたしは、桂ちゃんが何度か生命潰えてしまいそうで、ハラハラドキドキだったけど…
…お互いこうしてここにいる事実が全て…」

葛「今に辿り着くのが大変なんですけどね」

ノゾミ「幾らけいの贄の血の効果が膨大でも、幾らけいとゆめいの互いを想う心が強くて
も。ゆめいが罪悪感で自身を縛る限り、けいの血に宿る想いは受けきれず、その効果を満
度に引き出せはしない。そんなゆめいでは、私やミカゲや分霊の主さまを倒すのは至難の
業」

サクヤ「今は取りあえず次に繋げられた処で、よしとしないと。全部即座に満たされる訳
じゃない。事の解決には時間や段階も必要さ」

桂「次回のゲストさんには、烏月さんも来てくれるんだよね? 今回は烏月さんが登場し
たシーンについて、烏月さんからその心情や背景を訊くことが出来なかったから。次は」

葛「そーですね。それは可能だと想います」
サクヤ「その代りと言っては、何だけど…」
ノゾミ「この3人から必ず外れが出るのね」

桂「あ……そうでした。全員は揃わないって設定だったものね。作者さん気が変ってくれ
ないかな? 3人ゲストさんを呼べたんだから、4人呼んでも余り変らないと思うけど」

サクヤ「この執筆の苦戦ぶりを見ていると」
ノゾミ「心変りの可能性は非常に低そうね」
葛「分量増の負担は相当大きい模様ですー」

柚明「それが設定なら仕方ないわ。この縛りは解説の上での事に過ぎないの。それ以外で
わたし達が、たいせつな人みんなと仲良くお付き合いする事に、何の縛りもないのだし」

サクヤ「精々期待して次回を待つんだね……まぁ、あたしと柚明が居る限り、あの鬼切り
小娘にも、桂を自由にはさせないけどねっ」

葛「次回公開は、執筆順から次の次か、その次で、来年春位になるかと。気長ですねぇ」

ノゾミ「作者の能力を考えれば現実的な処かしら。私の登場前提に精進を促しておくわ」

柚明「やや纏まりを欠く展開になりましたが、次回も懲りずに見に来て頂けると幸いで
す」

桂+柚明「今日はどうもありがとうございました。次に逢える日を心待ちにしています」


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35.おまけ

桂「みなさんお疲れ様でしたぁ。今回は今迄の3倍分量で、しかも内容がきつい処もあっ
て、わたしも心乱れちゃったから……きゃ」

(サクヤが桂を正面から抱いて胸に埋めて)

サクヤ「ごめんよ桂……さかき旅館ではあんたを動揺させたくなくて、鈍感に振る舞った
けど。あんたが生命脅かされたと知った時は、胸が締め付けられて生きた心地がしなかっ
た。

 柚明が居てくれたから、烏月が割り込んでくれたから、助かったけど。あたしはまた運
命を分かつ時に力になれなかった、たいせつな人に役立てなかった。いつも出遅れて…」

葛「作者さんも、サクヤさんが決定力を持つ反面、出遅れる星の定めを持つと、追加設定
してます。サクヤさんの真の力は絶大なので、まともに登場させてしまうと、他のヒロイ
ンの活躍や舞台を食ってしまう。登場を遅らせたいとの構成上の事情も、あるよーです
が」

柚明「サクヤさんは誰よりも心熱く優しいの。恥じらいを知る乙女だから、普段はまっす
ぐ想いを出せないけど。観月である事を知られたくない、愛しい人に受け容れられないか
もとの怖れを抱くから。全てを晒す事は中々ないけど。だからいつもは飄々としているけ
ど。

 本当は誰よりも桂ちゃんを強く想っている。桂ちゃんを心配させたくなくて、敢て大事
ではない様に装ったけど。わたしに桂ちゃんとの時間を譲ってくれて。サクヤさんこそ千
年の想いを抱えて、誰より寂しがり屋なのに」

ノゾミ「仕方ないわね……けいとゆめいに免じて暫くの間だけ、片目を瞑ってあげるわ」

葛「そーして暫くの時間が、経過しまして」

桂「ちょっと、恥ずかしかったかも……でも、サクヤさんがわたしをたいせつに想ってく
れているって分って、とても嬉しかったです」

サクヤ「ギャラリーのいる中で、正面から想いを伝えられるってのは。嬉しいけど、こそ
ばゆいねえ。柚明は良くやっていられるよ」

(そこで言葉を遮る様に腹の虫が鳴き声を)

ノゾミ「こういう時に、けいの腹は声を出すのね。夕餉の頃合ではあるけど、本当に…」

柚明「それもまた桂ちゃんの愛らしい処よ」

葛「わたしには最高のタイミングです。いえ、わたしもちょーど、お腹が空いたかなぁ
と」

桂「あ、あは、あはは……サクヤさん…?」

サクヤ「桂ぃ……」柚明「夕餉にしますか」

サクヤ「分ったよ……どれ、今宵は何を作るかね。柚明の手伝いは、桂よりもあたしが」

ノゾミ「今宵は講座が長くなるし、頭数も多くなるから、出前を頼んでいるみたいよ…」

葛「呼び鈴です。ちょーど届いた様ですね」
柚明「受け取ってくるから少し待っていて」

(柚明が玄関に行き、桂は緑茶を淹れつつ)

桂「この人数の夕ご飯を作るには、ウチの台所は少し手狭で時間も掛るし。出前を頼めば、
洗い物の心配もなく愉しくお食事できるし」

サクヤ「まぁそうだね。桂は成長期だからしっかり食べると良いさ。少し位膨らんだって、
絞ってやれるしね。あたしが桂を夕ご飯に戴く時の為にも、栄養バランスを良く整えて」

桂「サクヤさん、それって?」葛「……?」

ノゾミ「けいの血は私の独占物よ。ゆめいにもあなたにも分けるお裾はないの。折角鬼切
り役がいない回なのだから、今宵は存分に」

桂「ノゾミちゃん、まさか?」尾花「……」

サクヤ「あんたは常日頃貰えているじゃないかい。あたしは桂に正体を明かす後日譚第5
話まで、殆ど血を呑めないんだ。今回は折角小生意気な鬼切り娘のいない回なんだしね」

桂「ノゾミちゃんもサクヤさんも、わたしとお夕飯じゃなく、わたしがお夕飯ですか?」

葛「困ったですね。烏月さんがいれば切り捨てて貰う処ですが、今のわたしにこのお2人
の相手は荷が重いです。アカイイト本編のわたしルートでは、わたしも尾花の血を取り込
んで鬼となり、桂おねーさんの血を美味しく戴きましたけど……あの甘さって、魂に刻ま
れるんですよね、悪鬼の気持も少し分ります。

 ついつい、機会があればもう一度って…」

桂「今の葛ちゃんには唯の塩水だよ。鉄分錆味ちょっと足りな目の、普通の人の血だよ」

葛「柔らかな生娘のきめ細やかな首筋の肌に、歯を立てるだけでかなり心地良いです
よ?」

桂「歯を立てられる側の心地も考えてよぉ」

ノゾミ「けいは誰に食い破られたいかしら? 生命を奪う程貪らないから安心なさい。ち
ょっとやり過ぎてしまうかも知れないけど」

葛「桂おねーさんはアカイイト本編を見ても、可愛く苛められる希有な属性の持主なの
で」

サクヤ「誰か1人じゃあなくても良いんだよ。桂が望むなら、みんなで仲良く桂を夕ご飯
に分け合うって展開も、悪くはないしねぇ…」

桂「そこでみんな仲良くなっちゃうですか」

(桂を追い詰める3人の背後に突如気配が)

??「食らえ、千羽妙見流『おにぎり』!」
ノゾミ+サクヤ「「はぐ、これは握り飯」」

(振り向く2人の口に握り飯が詰め込まれ)

烏月「悪鬼の喉を詰まらせる様に力を込めて、硬く握った。飢えを満たされ消え去れ悪
鬼」

桂「烏月さん! ……でも、どうして…?」

(桂が縋り付く烏月の脇から、柚明が顕れ)

柚明「出前を頼んだ仕出し屋さんが千羽の関連会社だったみたい。配達にわざわざ烏月さ
んが来てくれるとは、聞いてなかったけど」

烏月「講座修了後すぐ出来たてを届ける為に、栞さんの部屋で若杉や千羽の運営と状況を
見守っていたのですが、間に合えて良かった」

ノゾミ「ふがが、ぬぐぐ。あなた、今回の講座にお呼ばれじゃないのよ。分っていて?」

葛「もう講座は終ってます。今回の講座本体に烏月さんは参加できませんが、作者さんも
その後の歓談に迄、出禁にしていませんし」

サクヤ「葛っ、いつの間にかそっち側に…」
葛「悪は滅ぶ。否、滅びた者が悪なのです」

桂「葛ちゃんが常に勝者側にいる理由って」

サクヤ+ノゾミ「「ダメ、喉が詰まっ…」」
烏月「これで暫く誰の血も、啜れはすまい」

(サクヤとノゾミが白目を剥いて崩れ落ち)

桂「烏月さん……助かったよ、ありがとう」
烏月「怖い思いさせたね、でももう大丈夫」

柚明「2人とも悪乗りしすぎよ。非常時以外、桂ちゃんの血を呑む時は、その意識がしっ
かりあって、確かな了承を貰えた時に限ると」

葛「未だ呑んではいなかったですけど、あれはもうフライングですね尾花」尾花「……」

(平らな胸を反らす葛の背で烏月の闘志が)

烏月「今回は葛様にもお仕置きが必要かと」

桂「葛ちゃんもわたしの贄の血を、夕飯にしようとしていたものねー、歯を立てようと」

葛「う、うづきさん……けいおねーさん…」

桂「烏月さんのおにぎりに倒されたサクヤさんやノゾミちゃんに較べ、不公平になるし」

烏月「桂さんの意向がそうであるなら葛様」

葛「若杉葛は判断能力の乏しく無力な幼子なので、その辺りを考慮して温情判決をっ…」

柚明「ではお仕置きの中身をみんなで話しながら、仲良くお夕飯を戴く事にしましょう」

桂「そうだね。折角の出前も冷めちゃうし」

烏月「承知しました。サクヤさんもノゾミも、いつ迄も倒れてないで、手伝って下さい
…」

葛「果たして助かったのか針のムシロなのか。贄の血筋は優しげな侭時折えぐい様な気
も」

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