第21話 若杉の遣い



前回迄の経緯

 高校1年生の初冬、わたしと美咋先輩は咎の憶えもない侭、若杉の若木葛子さんと鬼切
部相馬党に襲われて。彼らは、わたしが自ら鬼になって退けたけど。受けた代償は大きく。

 わたしが治癒に専心する間、羽藤の大人は若杉に強く抗議し。真弓さんもサクヤさんも、
事と次第では相馬党や若杉と、戦争も辞さぬ覚悟を固め。事はわたしだけの問題ではない。

 若杉の出先の私的感情で、好き勝手に無辜の民が踏み躙られるのでは。わたしの最愛の
白花ちゃん桂ちゃんの、未来や平穏が保証されぬ。戦争の可能性を秘めて緊迫するわたし
達を訪れた、若杉の遣いの微笑みの真意は…。

参照 柚明前章・番外編第14話「例え鬼になろうとも」

    柚明前章・番外編第11話「せめてその時が来る迄は」


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


 今回の若杉の対応の早さには、驚かされた。

 夏休み前、正樹さんの処女作出版の記念祝賀に随伴する為に、真弓さんが若杉に県外へ
出る許諾を求めた時は。何週間経っても答がなく。わたしが代理で随伴したけど、最後迄
若杉からは拒絶の答もなかった。承諾しない、承諾の答を返さないのが拒絶との意味らし
い。

 若杉とはそんな組織なのかと、思っていた。

 自らの好む話し以外答えない。答えない事で拒絶を悟れないと、真弓さんが答のない侭
県外に出ると、制裁懲罰に繋る罠の様な姿勢。重箱の隅をつつかれる事を考えた応対が要
る。

 だからわたしの生命に関る案件だったけど。
 美咋先輩の生死に関る案件でもあったけど。

 わたしが若木葛子さんや鬼切部相馬党の剣士達に襲われて、生命奪われかけた案件でも。

 若杉のもう1人の羽藤監視員・鴨川香耶さんに、即日事情を伝えて対応を願ったけど…。

 こんなに素早く若杉が動いたのは想定外で。
 相手もわたしの早い復調に驚いたろうけど。

「今日から一緒のクラスになる若杉史君だ」

 高校1年の男子にしてはやや背が高いけど。
 少し癖のある整った容貌に均整の取れた体。

 姓を変える事もせずわたしに分る様に示し。
 今から監視するよと告げる様に不敵に笑み。

【ふひと、で思いつくのは藤原不比等かな】

 わたしが今居るのは経観塚高校のF組教室。
 月曜日の朝会に平静な顔で座しているけど。

 若木さんや相馬党に生命奪われかけたのは、先週水曜日だ。たった5日で己がここに生
きて平然と座っていられる事が、信じ難いです。

 何とか彼らは退けたけど。この身には左太腿の刀傷と、若杉の呪が籠もった銃創6つが
刻まれて。羽様に帰り着けて尚、わたしは失血死等の遅効性の死の脅威に面し続けていた。

 血の量が減れば癒しの力も低下する。若杉の呪は化外の力全てに反応し、光熱を発して
肉も骨も灼くので。銃弾が身の内にある限り、己を癒す事も出来ない。サクヤさんが観月
になって爪を伸ばしても。観月に若杉の呪が反応し、取り出そうと触れるサクヤさんを灼
く。摘出に失敗する以上に愛しい人に危害が及ぶ。

 なので真弓さんにこの身を裂いて、弾を摘出して貰ったけど。事の経緯を伝える為にも。
もう1人の若杉の羽藤監視員である鴨川香耶さんに来て貰って、摘出にも助力頂いたけど。

 それで全て好転する程話しは簡単ではなく。
 生きる戦いはそこから漸く長く辛い反撃へ。

「お父様が突然経観塚に転勤となり、史君も年末を控えたこの時期だが転入する事に…」

 左太腿の刀傷も銃創6つも、消毒し包帯で止血しても、それで解決とは行かず。弾丸の
金属成分が僅かでも浸透すれば、毒素となって身を苛む様に。鬼切部の呪も弾丸の摘出を
終えて尚、弾に触れた箇所の血肉に少し残り。

『どうすればいいんだい、真弓! 弾を摘出できたって、柚明が治らなきゃ意味ないよ』

 数時間の『死んだ方が楽な時間』を経て。
 弾丸を摘出されたわたしが横たわる脇で。

 サクヤさんは真弓さんや香耶さんに縋り。
 わたしを心底愛するからこそ取り乱して。

『弾が触れた周囲の肉や骨を、削り取るしかない。若杉の呪が残る限り、彼女は己を癒せ
ない。助からない。私にこの呪は解除出来ないし、あなた達も。問題は、この状態の彼女
にそんな処置をして、生命が保つかどうか』

 香耶さんは結論を述べなかった。真弓さんに最小限この身を裂いて、弾を摘出して貰う。
それだけでも地獄の苦痛に、膨大な気力体力を費やした。今迄の鍛錬がなければ、生命も
正気も保たせられなかった。鬼対策に身を鍛えた結果が、鬼切部対策になろうとは。でも、
鍛錬を経た体でも、叶う事と叶わぬ事はある。

『真弓ぃ。何とか、何とかならないのかい』

 愛しい人のわたしへの愛が溢れすぎていて。
 その動揺ぶりはわたしが見ていられなくて。

『大丈夫です。叔母さん、香耶さん、サクヤさん……銀の弾丸は取って頂きました。後は、
この身に残る呪の残滓はわたしが灼きます』

『羽藤さん?』『柚明……』『柚明ちゃん』

 若杉の呪は鬼の力や贄の血の力を灼くけど、その分若杉の呪も消耗する。銀の弾が身の
内にあると力を使えないのは、若杉の呪と己の力が相殺するから。本体である銀の弾を取
り除けば、その残滓なら逆にわたしが灼く事も。

『貴女、正気なの?』若杉の呪の威力を知る香耶さんは、信じられないと瞳を見開くけど。

『散々心身削られて血の量も減って、普段の力を紡げないけど。ここはオハシラ様が守り、
千年羽藤が息づいた羽様です。若杉の呪には、己の力など到底及ばないでしょう。しかし
今のこの身に残る呪になら……弾丸を摘出した後の残滓程度に、負ける訳にはいきませ
ん』

 力を紡ぎ身の内に残る若杉の呪を反応させ、凌いで逆に焼き尽くす。呪は消滅する迄反
応し光熱を発するから、わたしは尚暫く地獄の業火に身の内を灼かれるけど。その先にし
か生き残りの途はない。わたしには生きて為すべき事がある。今生命尽きる訳には行かな
い。たいせつな人の為に、一番愛しい双子の為に。

『後はわたしの生きる戦い。助力有り難うございました』『柚明』『柚明ちゃん』『…』

 己に説得力がないのか、細身の女の子では説得力を持ち得ないのか。3人に見守られつ
つ。わたしは己の力を総動員し、若杉の呪を灼き尽くす。黄金の輝きを青い光で駆逐する。

 冬の遅い日の出直前、わたしは体内に残った若杉の呪を、その残滓を滅ぼす事に成功し。
その完遂を見届け、羽藤柚明の生命が保ちそうだと見通せた時点で、香耶さんは帰宅した。

「史です。若杉と名乗っても、若杉生命や若杉銀行が関る財閥とは縁のない庶民です…」

 以降は自ら為した鬼化の反動に呵まれつつ、深傷の治癒に専念し。陽光の届かぬ奥の間
で、白花ちゃん桂ちゃんも隔て。幼子が走り回ると傷に響くとか、集中が散って力が紡ぎ
難いとかは問題ではない。傍に最愛の幼子がいてくれる事は、わたしの生きる力を強く後
押ししてくれる。居てくれるだけで幸せになれる。

 問題は、今の己の酷い姿を幼子に晒してしまう事に。血の滲んだ包帯姿が、幼子に怯え
られる事が怖く。幼子を怯えさせる事が更に嫌で。2人共心優しくわたしを好いてくれて
いるから。早く応対できる状態に迄治さねば。

 木曜日と金曜日は学校に行けず。わたしの容態以上に若杉の動向も不透明なので。桂ち
ゃん白花ちゃんも、風邪引き名目で幼稚園を休ませ。真弓さんもサクヤさんも臨戦態勢で、
香耶さんを通じ申し入れた抗議への答を待ち。

 木曜日夕刻に和泉さんが、お見舞に来てくれたけど。インフルエンザが遷るので逢えな
いと、真弓さんが応対してくれて。和泉さんとは今朝、通学バスで話せました。わたしも
流石にこの体で、歩いての登校はきついので。

『こんにちは、若杉の遣いです』『顕忠っ』

 金曜日夕刻、わたしの見舞と若杉の意向を伝えに羽様を訪れ、サクヤさんを驚かせたの
は、平方顕忠(ひらかたあきただ)さん26歳。わたしの小学校卒業迄銀座通の郵便局に勤
め、羽様の集配を担っていた『郵便のお兄さん』。背丈は成人男性の平均で、撫で肩に声
音も物腰も穏やかで。彼が葛子さんの前任者だった。

 首都圏出身で高卒後東北の僻地に配属され。でもその境遇を嘆く事も腐る事もなく、爽
やかな笑みで仕事に励み。僻地の郵便局員は役場や警察より地域に詳しい。家の家族構成
や、健康状態に家計事情、出稼ぎに行った夫や遠方に進学した子女の事迄も。公務員は世
間の信頼も受ける。監視員に最適なポジションで、新採なら遠方から住み着いても違和感
はない。

 若木葛子さんや鴨川香耶さんを、若杉の羽藤監視員と悟れたのは、贄の血の力の修練が
飛躍的に進展した、中学2年の秋以降だった。それ以前はわたしの関知も及ばなく。真弓
さんやサクヤさんや、亡くなった笑子おばあさんは、分って彼に笑顔で応対していたのか
な。

 真弓さんは『まともな話しの出来る者に権限を持たせて』遣わすよう求め。多少でも為
人が分って信が置けた、前々任の秀臣さんを考えていた様だけど。若杉は他者の求めに簡
単に添わず、でも決裂も望まぬ微妙な人選を。顕忠さんも羽藤監視員として3年を全うし
た。

『柚明ちゃん、酷い目に遭わせて本当に済まない。謝る言葉も探せないけど、今回の事に
は鬼切部を代表して全面謝罪する』『顕忠』

 未だ布団から身を起こす事は出来ないけど。
 多少お話し出来る位迄身を復したわたしに。
 彼はサクヤさんも真弓さんも驚く低姿勢で。

『若杉は羽藤を滅ぼす積りはありません。滅ぼす相手なら、何故に生かして監視しますか。
今回の事は若杉の意志ではありません。葛子の私的な暴走です。それを為させた我々にも
問題はあるが、今は何より再発防止の徹底と謝罪、相応の賠償と信頼関係の再構築を…』

 相馬党の答は未だだけど。若杉は葛子さんの相馬党動員を越権行為で、受けた相馬党も
含め、双方共に鬼切部の使命ではなく私闘と断じ。咎のないわたしや無辜の民である美咋
先輩へ、危害を加えた事も過失だと明言して。

 間欠的に訪れる鬼化の反動・鬼の揺り戻しを堪えつつ、己を復し。身を起こせたのは日
曜日の夜で。白花ちゃん桂ちゃんとお風呂を一緒して、お夕飯も一緒して。未だ不完全な
ので一度崩れたけど、深刻な事態にはならず。月曜日朝には何とか無事を装える位には復
し。

 正樹さんはもう数日学校を休んではと勧めてくれたけど。これ以上伏せっていると、幼
稚園に行く幼子を不安に陥らせるし。和泉さんや美咋先輩の様子も、逢って確かめたくて。

 若杉も真剣に話し合いに応じ。顕忠さんは羽様のお屋敷に泊り込んで調整を続け。美咋
先輩への償いにも、羽藤の知見を伺いたいと。相馬党の応対は今一つらしいけど、わたし
も白花ちゃん桂ちゃんも学校に通って良いと…。

「そう言う訳で若杉史です。宜しくお願い」

 今回は様々な面で動きの速い若杉だった。


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


「君可愛いねぇ。羽藤ユメイちゃんだっけ」

 彼がわたしに接触してきたのは、朝会の後授業に入る迄の僅かな合間で。美咋先輩に逢
いたかったけど、学校にいる事は悟れたけど。逢いに行けても帰りが授業に間に合わぬの
で。

「初めまして。羽藤柚明です」「キュート」

 彼はそこそこの容姿の持ち主で。高校生の転入は珍しいので、男子も女子も興味津々で。
その彼が接触してくるとわたし迄衆目を浴び。未だ本調子に程遠く、体があちこち痛むの
で、今日は大人しく安全運転と思っていたのに…。

「ぼく史、逢うのは初めてだったよね。お近づきになれて嬉しいよ。これから、宜しく」

 若杉だからと毛嫌いはしないけど。無警戒に受け容れる程わたしも脳天気ではない積り。
でもまさか同じクラスへの転入とは。ドラマでもあるまいし。本当に若杉は何でもありか。

 騎士の貴婦人への挨拶を、気取る感じで。
 片膝付いて、わたしの右手を手に取って。

 傍で見守る女の子の間から溜息が漏れる。
 敢て拒まず彼に為される侭にしていると。

「可愛いなぁ。清楚で大人しげで、凜とした気品もあって、お嬢様だ……惚れた、一目惚
れした。ぼくの恋人になってくれないかな」

 今度こそ女の子の間で黄色い叫びが上がる。
 周りではみんな手を取り合って盛り上がり。

「告白だよ告白」「転入初日にいきなりっ」
「一目ぼれって」「これが運命の出逢い?」

「美男美女だし」「羽藤さん受けちゃう?」
「女好きだけど、この告白受けちゃう…?」

 逆に男子は彼の言動に冷やかな視線を送り。
 女子の盛り上がりに呑まれて黙した感じか。

「お互いに縁があって同じ高校に通うクラスメート、大事なお友達さ。互いをもっと深く
知り合いたいと思うのは、自然な事だろう」

 彼はわたしの良く使うフレーズ迄承知して。
 わたしに密着して監視したいとの事なのか。

「そうね。同じクラスになった以上、史さんはわたしのたいせつな人。想いを寄せてくれ
る事は嬉しく有り難いけど……ごめんなさい。わたしはあなたを一番の人にはできない
の」

 わたしは男の子を嫌っている訳でもなく。
 若杉は近寄るな等と言う積りもないけど。

「他の人には何度か話したけど、わたしは一番の人も二番の人も既にいるの。あなたを大
事に想う気持はあるけど、一番にも二番にも愛する事はできない。あなたが寄せてくれる
想いに等しい想いを、わたしは返せない…」

 わたしの一番は白花ちゃんと桂ちゃんで。
 二番の人はサクヤさん。これは変らない。

 それを除いてもわたしには尚愛しい人が。
 真弓さんも和泉さんも美咋先輩も他にも。

「その上で尚、こんなわたしに想いを寄せてくれるなら。尚わたしを望むと言ってくれる
なら。わたしもその範囲で叶う限りの想いを返したい。お互いの為人を知る為に、まずお
友達の仲から、始めませんか?」「いーよ」

 彼はあっさり頷き了解し。恋仲を拒まれても、それを申し込む位近しいと、周囲に印象
づける事が狙いか。とりつく島もない拒絶はわたしの応対にない。彼が妥協すればお友達
の仲は叶う。その初動を印象深く出来ればと。

 彼が本当にわたしに好意を抱いているのか。
 若杉の監視者として密着を望むだけなのか。

 それは今後視えてくる物だし敢て探らない。
 この時のわたしは他に想いを注ぎたい人が。

「ぼくはユメイちゃんの恋人志願を隠さない。君と近しくありたいのはぼくの本当の願い
だから。振り向かせてみせるとは言わないけど、振り向きたくなる存在に、なってみせる
よ」


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


「美咋先輩」「柚明、大丈夫だったんだね」

 美咋先輩には、1時限目終了後に一言二言交わしに行って。昼休み2人で逢う事を約し。

 先輩は進路相談室の合鍵を使って、2人きりの場を用意し。大野教諭が校内で先輩を陵
辱する為に、密かに合鍵を作って渡していた。それを先輩は、わたしとの逢い引きに活用
し。

 美咋先輩はわたしの及ぼした『心の麻酔』の影響下でも。わたしの無事を喜び深く愛し
てくれて。1時間目終了後逢いに行った時も、人目を憚らず抱き締めてくれて。関知も感
応も不要に彼女の渇仰を肌身で感じ取れたので。わたしも人目を承知でその抱擁を受けて
拒まず。胸を胸で潰し合い、頬と頬を摺り合わせ。

 上級生の教室で為した女の子同士の抱擁に。清く正しい少女剣士・神原美咋の、涙ぐん
で頼り掛る様な抱擁に。黄色い悲鳴も漏れ聞え。男の子は見る事に罪を感じるのか、視線
を逸らし。余り派手に噂されなければ良いけど…。

 わたしは少しだけ癒しを注いで、美咋先輩の心を鎮め。昼休み逢いましょうと耳に囁き。

「少し、心配させちゃいました」「良いよ」

 無事であってくれれば。五体満足で生きていてくれれば。こうして再び抱き合えるなら。

「生きた柚明を愛せる今が嬉しい」「先輩」

 美咋先輩は今も、わたしを抱き留めて暫く放さず。教室を出る時に史さんが纏い付いて
きたので、お互いお昼抜きで来たけど、少し待たせる形になった。その数分を待ち焦がれ、
否1時限目の後の抱擁からずっと待ち焦がれ。否先週水曜日から彼女はずっと、この再会
を待ち焦がれ。わたしも待ち焦がれていたから。

 2人きりの場なので、唇を合わせる事も拒まない。先輩はわたしの肉感を求めて、胸を
腰を締め付けてくる。わたしも抗わず強く抱き返し。親愛は深まって性愛に限りなく近い。

「私は、あんたに依存してしまっているね」
「それはわたしがそう導いている所為です」

 心の麻酔は強い技ではなく、持続時間も数時間で。失効すれば、記憶を鎖すに至ってな
い先輩や武則さんは、全てを憶えた侭明晰な思考を戻す。それは鬼切部相手に危ういので。

 最初に心の麻酔を掛けた時、わたしは2人に己の言葉が響き易くなる様に暗示を掛けた。
わたしの言葉を求めたく、従いたくなる様に。木曜日からは毎夜電話で2人に感応を及ぼ
し。金曜日迄先輩に、学校休みと自宅休養を願い。武則さんにも同様に。催眠や後催眠に
近いか。

 己も危うい状態だったけど、他者を慮る余裕はなかろうと、心配されたけど。わたしは
羽様の大人を説き伏せて。そうせねば武則さん達が事を公にして、鬼切部に口封じされる
怖れや。和解の基盤が崩される怖れもあった。

「わたしは鬼の所業を重ね……」「柚明が必要と思ったなら、私は良いよ。あんたが罪や
禁忌を犯すのは、常に己の為じゃない。私達の為なんだから。その判断を、私は信じる」

 そう言われる程に、深く強く頼られる程に。己に背信感が刻まれる。この身が扱う
『力』の怖さ、その効果の呪わしさに肌身が震える。わたしは無垢な信を寄せてくれた者
の、心を判断基準を操作している。自然な疑う心の作用を鈍らせ、行動に出ぬ様に導き促
している。

 その申し訳なさを少しでも償いたく。償える筈のない事は承知して、美咋先輩の抱擁に
目一杯応え。その心細さを不安を埋めようと。幻でも麻薬でも代替物でも、己に叶う事な
ら全てを捧げたい。捧げさせて欲しい。元々抱いていた憧れや親愛に加えて、今のわたし
は。

 自分の贖罪に溺れてはいけない。どこ迄も自身を捧げたくなる己を一度止め、我に返り。
わたしは己の贖罪感が果たされれば良い訳ではない。愛しい人の益にならねば意味はない。

「昨夜お話しした通り、今日叔母さん達と一緒に先輩のお宅を訪ねます。お父様と美咋先
輩に、明かせる限りの事情を伝えます。その後で判断を伺って、できる限りの措置を…」

 先輩の意向に添ってその記憶を鎖したなら。
 己はこの美しい人に謝る事もできなくなる。

 謝る事は事実を報せ思い出させる事になる。
 それが神原美咋を更に傷つけると分るから。

 記憶を鎖した事もそう望んだ事も深く沈め。
 せめて愛しい人への背信は一度で終らせる。

 この罪は生涯わたしが負って少しでも購う。
 強く凛々しい彼女の未来に幸多くある様に。

 わたしには最早この人の傍にいる資格さえ。
 この人の心に席を持つ資格さえないのかも。

 鬼に変じる事が悲劇の極限・終着ではない。
 鬼に変じた後にこそ真の悲劇が待っている。


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


 美咋先輩の為と言うよりわたしは己の為に、先輩に逢って言葉を抱擁を、交わしたのか
も。耐えられないのは、心救われたいのは、むしろ己で。その為に先輩を利用しているの
かも。そんな罪悪感も感じつつ。後5分の予鈴を耳にして、名残惜しさを堪え先輩を教室
へ促し。

「やるねぇ。女同士アツアツで羨ましいよ」

 史さんがわたし達のやり取りを、把握しようとする事は、推察できたし、悟れてもいた。
わたしをつけて進路相談室の壁を背に待機し。盗み聞きは出来ないけど。盗聴器や盗撮機
の存在も感じなかったけど。わたしの行動を追うし把握していると、見せつける事が目的
か。午前中美咋先輩を訪ねた話しを、抱擁の噂を耳にしていれば、この逢瀬の内容も察し
得る。

 美咋先輩に声掛けなかったのは遠慮なのか。
 加害者の若杉としては遭いたくないのかも。
 わたしに動揺がないのも彼は想定内らしく。

「ぼくの告白を退けたのは、彼女が居たからかな? 凛々しく適当に強い少女剣士。彼女
もユメイちゃんに入れ込んでいる様だし? それとも君が彼女の心を操っているのかな」

 彼はわたしの心の急所を突いて、激情を招き又は怯ませ、平常心を崩して、反応や情報
を引き出そうとして。相手を知る事も監視に有益かも知れないけど。顕忠さんや憎悪に曇
る前の葛子さんは、監視されている事も気付かせぬ様に、監視対象との接触は避けていた。
積極的に近付き話しかけてくる彼は相当違う。

 若干の不快を隠さず、わたしは史さんに。

「どの問も廊下で行きずりに答える内容ではないわ。訊きたいなら別に時間を取るけど…
…史さん、5時間目をすっぽかして良い?」

 答えないとは言わない。わたしと美咋先輩の事だけど、己の内心の問題だけど。先輩に
迷惑掛けぬ事を前提に、羽藤柚明を彼に分って貰う事は重要だ。彼はその真意は兎も角わ
たしに告白した人で、若杉の監視員でもある。

 隠し事をしても疑念を抱かせる。しかもその疑念は現状一つ間違えば、羽藤と鬼切部の
戦争を招きかねない。積極的に開示して見て貰う事が、開示する姿勢が必須だった。しっ
かり監視して貰い、サクヤさんも含む羽藤が、人の世や若杉に敵意を抱いてないと、分っ
て貰う。羽藤柚明はそう言う者と理解して貰う。わたしが羽藤と鬼切部の平穏を保つ要と
なる。

 故にわたしは史さんの、プライバシーに踏み込む様な、嘲弄の滲む問にも拒絶は返さず。
必要が在れば答えるけど、それは必要かと問い返し。彼次第で一定程度答える意志は固め。

「次にするよ。もうすぐ5時間目だし。君は人目を気にしなさ過ぎる。転入初日に授業を
すっぽかすのは、人目を惹きすぎる。子供達は良いとして、大人には着目されたくない」

 確かに、わたしは若菜さんと胡桃さんの関係に踏み込んだり、美咋先輩の事情に分け入
る為に、何度か授業をすっぽかし。先生方は後付でも事情を分って、了承してくれたけど。
他者の事情に首を突っ込んで時に授業や行事を抛つわたしに、注意を払う向きもある様で。

 監視する側である彼は、注視されるのを好まない。でもこの時の彼はそんな思惑以上に、
微かな警戒や怯みが窺え。際限なく踏み込んで来ると思えたのに、一歩後ずさりする様な。

『色恋の事情や己の趣向を、恋人に明かす以上の事情を、恋仲を拒んだ相手に話すかよ…
…しかも前週自分を殺しかけた若杉の手先に。そうした方が良いって判断を頭では出来て
も、普通は心が拒むだろーに……つまりは覚悟済の情報開示って訳か。今日遭ったばかり
で』

 それでも肩を並べ廊下を共に歩み、周囲へ親密さのアピールは忘れず。人目にわたしと
彼はそう言う仲だと刷り込み、わたしの傍に居ても自然な状況を整えようと。わたしの意
図に関らず、周囲・外堀から埋めて行く気だ。行き先は同じF組教室なので拒む意味も薄
い。日常で間近を拒まない事も情報開示の一つだ。

「君……本当に高校1年だよね? 化外の力で数十歳若く化けているとか、ないよね?」

 他の生徒ともすれ違う廊下で、話す内容でもないと思うけど。まともに耳を傾ける人も
いなさそうだし。わたしも少し反撃してみる。己の隠蔽はしないけど、相手を明かす事な
ら。

「芸能人でもあるまいし……それより史さんは5つ年上なのに、高校1年生に化けている
のね。外見は大人びて見える位に収まっているけど。わたしと同じクラスに転入する為と
は言え、年下の子に混じるのは大変でしょ」

「ユメイちゃんとは話しが合いすぎて怖い。
 年上なのに年上でいる感じが全くしない」

 指摘にも史さんは苦笑いだけで驚愕がなく。
 不用意に見えて彼の心中は中々見通せない。

 わたしと彼のこの妙な関係は暫く続きそう。


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


 史さんは放課後もわたしに付いてきたけど。

「叔母さんと美咋先輩宅を訪ねるけど、一緒する? 顕忠さんも一緒よ。若杉も神原家に
事情を話して、謝らなければならないから」

 その一言で、彼の足の向きは離れる方向に。

「遠慮するよ……ユメイちゃんだけでも手こずっているのに、千羽の元・当代最強迄相手
には出来ないし。謝罪は顕忠さんにお任せ」

 謝罪の場に己を混ぜられるのを嫌う以上に。
 若杉は任務以外でお互いの接触を厭う様で。

 若杉は鬼切部の理非を糺し処断する権限を持つ。それは頼れる上司と言うよりも、失態
を告発し処罰する警察や裁判官の様な存在で、避けられ苦手意識持たれる事も多く。若杉
内部でも話しは同じ。権限の強弱や地位の上下に関りなく、若杉の者は互いの失敗や背信
を監視・密告し合う、安心できない間柄らしい。

 鴨川香耶さんと若木葛子さんが、わたしの関知や感応の及ぶ限り、殆ど接触がなかった
のも。2人が疎遠と言うより、余人に繋りを見られたくない事情より、任務外で若杉は関
り合わないのが最善との処世術だったのかも。

「羽藤を監視するなら、羽藤と若杉が神原家に謝る処にも立ち会ってくれればいいのに」

「そこは顕忠さんが居るから。ぼくはユメイちゃんを通じての、羽藤監視に徹するのさ」

 彼はわたし専用・又は陽動の監視員なのか。真弓さんの監視員として、後から鴨川香耶
さんが加わった様に。わたしに積極的に近付き語りかけてくるなら、真弓さん達にもそう
であって良い筈なのに。となると元々羽藤監視員だった若木葛子さんの後任は、別にい
る?

 校舎へ引き返す彼と別れ、正門前で待つと。
 顕忠さんが運転する車で、真弓さんが現れ。

「顕忠さん。今日、お仲間に遭いましたよ」

 今日逢ったばかりの男の子の話題に、真弓さんは微かに眉を顰め。反応が小さい時の方
が真弓さんはむしろ怖い。真弓さんは抱擁もお泊りも、女の子同士には大胆な迄に寛容だ
けど、男の子が関ると即座に警戒態勢に入る。どこで誰とどの位の時間何をしたか。どの
様に感じ相手の反応は。次を約束したのか断ったのか曖昧か。逐一把握しないと不安な様
で。

 特に葛子さんに生命を奪われかけた後で。
 若杉である史さんは真弓さんの仇に準じ。

 遭わない事を選んだ史さんは正解だった。

 その怒りを察して尚傍に居続けて平静に。
 微笑みを返す顕忠さんも並ではないけど。

「君の驚異的な快復に、目を丸くしていたかな? 君が不在の間にクラスメートや先生を
巧く取り込んで、経観塚高校をホームグラウンドにして、迎え撃ちたかったのだろうに」

 放課後の校舎に引き返した彼は、この時わたし不在の場でそれを為し。翌朝わたしは彼
の成果を知らされる。でもそれを薄々感じていても、引き返して彼の所作に対する選択は
なく。今は最優先で美咋先輩に向き合わねば。

「気易く馴れ馴れしく語りかけてくれたけど、その事はおくびにも出さなかったわ。だか
ら逆に、相当な衝撃だったと推察できたけど」

 史さんはわたしが死にかけたと知っている。
 本来ならまだ生死の境を彷徨う様な状況を。

 彼はそれを、言葉にも仕草にも見せてない。
 そこに、彼の驚愕と自己抑制の強さが窺え。

「ご明察っ。どうでも良い事に大げさに驚き、衝撃を受けた事に顔色を変えず、真に驚愕
した事には触れもしない。若杉の基本だけど」

 顕忠さんも? 問うてみると彼は苦笑して。

「適材適所だよ。僕の今回の任務は事態収拾、神原や羽藤に謝って和解をお膳立てする事
だから。相手に信頼される必要がある。若杉は任務に適した者を当てる。誠意を示すべき
相手には誠意が見える者を、取引相手には取引に適した者を、詐欺師相手には相応の者
を」

「己の失態ではないのに責められて頭を下げる屈辱も隠して、誠意を演じる必要とか?」

 真弓さんの突っ込みに彼は苦笑いを見せて。
 羽藤の大人は尚若杉を疑念の目で見ている。

 先週のわたしの状況を知れば無理ないけど。
 誠実に任務に励む顕忠さんは可哀想な気も。

「屈辱よりも。僕は今回柚明ちゃんへの申し訳なさで一杯で。己が若杉の一員である事が
悔しくて。小学校の頃から見ていたから。可愛く綺麗に優しく賢く育ってくれていたから。
鬼から無辜の人々を守る鬼切部が、逆恨みや杜撰な誤認で、君の生命を脅かすなんて…」

 彼は本当にわたしを妹の様に想ってくれて。
 今回の件を鬼切部の理念を外れた事と憤り。

 余りに羽藤側の心情に添いすぎているので。
 羽様の大人はそれが本心か訝っているけど。

 彼にすれば葛子さんが鬼切部の外道であり。
 わたしへの私情と鬼切部たる公憤が重なり。

 彼の様な人物は若杉で決して少数ではない。
 彼の如き誠実な多数が鬼切部を支えている。

「神原さんも同じです。何の咎もないのに攫われ暴行され生命奪われかけ。柚明ちゃんが
妨げ助けてくれて良かった。本当に良かった。若杉が取り返しの付かない過ちを犯さずに
済んで。その事で僕は柚明ちゃんに恩を感じています。柚明ちゃんは鬼切部を救ってくれ
た。

 僕は若杉としてその想いと行いに応えたい。生命を脅かした葛子も相馬党も誰1人殺め
ず、理不尽や不納得を全て呑み込んで、我々との和解を望んでくれた、強く賢い女の子に
…」

 若杉の上層部は、羽藤との和解に本気で。
 最適な人材を、遣わしたのかも知れない。


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


 でも史さんの動向は、顕忠さんの動きと連動せず。顕忠さんの誠意や好意は確かだけど、
若杉上層部の真意は見通せず。未だ体が痛むので、翌朝火曜日もバスで登校したわたしに。

「ねぇねぇ。ゆめいさんが……ゆめいさんの家が、犯罪に関っているって、本当なの?」

 志保さんはわたしとの関係が深く長いから。
 他の人なら躊躇う問も敢て直接訊いてくる。

 それはわたしには、むしろ嬉しく有り難い。

 衆目の前での問は、己に衆目の前での否定や反論を許してくれる。遠巻きに小声で噂さ
れ自ら疑惑を解きに行けない方が困る。問答は昨日放課後の史さんの言動を聞き出す事に。

 女の子達が史さんへ、わたしに積極的な理由を尋ねた様だ。初対面のわたしに関りたが
る姿勢は、みんなの好奇心を呼び。彼は大人の注目を嫌っても、子供は操れると見ている
のか、注目を厭わず。むしろ関ってクラスメートの心理を操ろうと。わたしへの積極的な
接近は、子供の関心を惹く為のエサも兼ねて。

『若杉君、経観塚は初めてって聞いたけど』『羽藤さんと知り合いなの?』『随分親しげ
だったから』『親戚とか親同士友達とか?』

『うーん……ぼく達は初対面だけどね、大人同士が知り合いらしいんだ。羽藤とウチの』

 事実を思わせぶりに答え、更なる問を誘う。

『大人同士……仕事上の、知り合いとか?』

『どうかな。ウチの父さんは警官で、仕事上の知り合いと言うと犯罪者だろ。今の世には
犯罪すれすれを渡る悪党もいる様だけど。あ、別にユメイちゃんの家がそうだって訳じゃ
ないよ。唯、彼女は過去に事情聴取の経験も』

『羽藤さんが……』『犯罪を摘発する警察と接点?』『過去に事情聴取を受けていた?』
『柚明さん犯罪者?』『まさか前科持ち?』

【だから警察官の息子である史君が、柚明さんに近付いて、事情を探ろうとしていた?】

 後々で責任が及ばない様に、明言は避け。
 思わせぶりな情報を流して、誤認を促し。

 後は動かず、噂が広がり行くのを見守る。
 問う事も憚られ、遠巻きに隔て囲う様を。

 若杉は警察を抑えてきた。鬼切部は世の影に潜む者で、公の組織とは関係ないとなって
いるけど、一部で非公式に繋っている。警察に若杉がいると知れば、羽藤も気易く警察を
頼れない。史さん独りが若杉の者で、父母が事情を知らぬ一般人である可能性は多分ない。

『被害届を突き返すとか隠すとか、事実認定を歪めるとか、犯してない罪状を被せるとか。
わたしの犯罪歴を捏造する事も可能かも…』

 でも史さんは警察・公権力の信頼を背景に、流言飛語を広めてどうする積りなのか? 
監視員が対象の監視以上に信用低下を企むのは、任務逸脱ではないのかな? 葛子さんの
様に。

「ゆめいさんが犯罪と関係なんかある筈ないって、わたしは分っているけど、いるけど」

 女の子が何人か遠巻きに様子を眺めている。
 中にはわたしに面と向って問う事が出来ず。

 わたしの状況を憂いてくれる人も居るけど。
 わたしの悪い噂を望み失墜を嗤う人もいて。

 傍に寄ってくれる人が、全員本当に好意的とは限らない事は、わたしも既に分っている。

 若菜さんへ為された板倉君達の苛めを防ぎ。それで危うく映ったわたしを案じて、彼女
を責めた胡桃さんと、若菜さんの仲を繋ぎ直し。一時的に女の子の間で人気を得たけど。
葛子さんが悪い噂を流すと、女の子の幾人かはわたしに真偽を尋ねもせず、引き潮の様に
去り。その中には若菜さん胡桃さんもいた。その離散に、元は若菜さんを苛めた男の子達
が憤り。

 胡桃さん若菜さんを囲み、恩知らずと詰る男の子の輪に割って入り。2人を責めないで
と願い、お前は悔しくないのかと逆に問われ。女の子の一時の人気沸騰と違い、男の子は
噂に余り左右されず、羽藤柚明を見続けていた。

 だからわたしもそれが羽藤柚明だと。己が見てられなくて助けただけで、相手に報償は
求めない、人に役立てた事が報いなのと応え。呆れた顔で彼らは2人を解き放ち。『羽藤
は男子の誰よりも男前だ』と妙な評も頂いて…。

 富岡京子さんや胡桃さん若菜さん達数人は、お友達に戻ってくれたけど。酷い噂の時に
も、わたしに寄り添ってくれた塙美智代さん川中睦美さん・赤田茜さん吉村佳代さん達の
前で。後ろめたさは簡単に拭えずその心情は微妙で。元々わたしに距離置いていた女の子
達は更に。

「警察の事情聴取を受けた事ならあるけど」

 事実を答えた瞬間、周囲の会話が凍りつく。
 でもこれは隠しても、彼の追撃を誘うだけ。

「両親を目の前で殺められた小学3年生の時、被害者として、犯人の目撃者として、ね
…」

 周囲がさっきと違った意味で、粛然となる。
 わたしも、本当は触れたくない中身だけど。

 これを明かさねばみんなの誤解は解けない。
 そして意志を固めて一言適切な答を返せば。

「そっかぁ、警察と関係ある人って、犯罪者だけじゃないもんね。被害者や目撃者も…」

 事情聴取は犯罪者だけが受ける訳ではなく。
 逮捕された容疑者も犯人ではない事がある。

 史さんに視野を狭く促されていたみんなは。
 集団催眠が解けた様に自分自身を振り返り。

「おはよーっ」そこで史さんが教室に現れ。

「ちょっと若杉君」「史君あなた」「…?」

 女の子数人の追及など彼は全く怖れない。
 でも彼は失敗も想定していると言うより。
 成功すると思って画策してはいないのか。

『羽藤さんを犯罪者と勘違いしちゃったよ』とわたしの前では言えぬので、追及は何の抗
議か分らぬ物に。史さんはわたしや羽藤家が犯罪者とは一度も言ってない。聞いた側がそ
う思い込んだだけ。大人と子供の闘いだった。

 爽やかに理路整然と弁明し、その適切さを相手にも認めさせ。失敗したわたしの声望失
墜策動の責を巧く回避し、己は圏外に。でも。

「ユメイちゃん聞いたよ。剣道達人の男性教諭が君に欲情抱いて、しつこく部活に勧誘し。
最後は休日格技場へ呼び出し襲い掛ったけど、ユメイちゃんがその細腕で撃退したって
ね」

 彼は関係者以外秘されていた真実を明かし。
 次は嘘っぽい事実でわたし達を攪乱に掛り。

 己が大野教諭に強姦された噂は、延々流布したけど。わたしはそれを否定して。事実で
はないから。わたしは女の子の初めてを破られてないし、子種を宿した事もない。襲われ
た事自体が女の子の重大事案なので、学校と羽藤の大人の間で全て伏せるとした為に、襲
われた事がなかった扱いとなり。葛子さんが悪い噂を広めても、反論を出来なかったけど。
流言飛語は、己の日々の挙動で否定してきた。

 でも史さんは事実その侭を明かして問うて。

 今迄己は沈黙は保ったけど嘘は語ってない。
 それがわたしの姿勢に一貫性を与えてきた。

 事実を否定し後ろめたさ抱えるのは危うい。
 史さんは嘘で言い逃れの叶う相手ではない。

 僅かな言動の綻びを突き傷口を広げに掛る。
 彼の狙いは今回多分、そこにあるのだろう。

 事実を問えば、否定でも肯定でも窮すると。

「大野先生の事を、言っているのなら……」

 周囲が再び凍り付く中、わたしも再び答を。
 何となく彼の思惑が、視えてきた気がする。

 若杉の彼は、わたしの関知や感応も中々及ばず。その挙動や言葉からも、真意を窺い知
る事は至難だけど。接していれば悟れる事も。

「病気休職中と聞いているわ。大体、背も高く筋肉隆々な剣道達人の成人男性に、女子高
生が襲われて、万が一にも勝てると思う?」

 周囲はそれで納得させられるけど。史さんはその程度の返しで終らせてはくれぬ。わた
しは問に直接答えていない。それを分る彼は、間違いなく周囲を巻き込む返しを放ってく
る。

「君が武道の達人だって誰も知らないんだ? 大野俊政は一昨年社会人剣道の全国大会に
も出た強者だけど。君の師はそれ以上だろ? 坂本龍馬が学んだ北辰一刀流にも影響を与
えた剣道の名門で、師範を務めた千羽真弓さん。今は羽藤に嫁いで羽藤真弓さんだけど」

 史さんは鬼切部の真相を避けつつ、千羽の世を忍ぶ仮の姿である剣道場や流派に触れて、
真弓さんの表の経歴を明かし。鬼切部の実相は伏せるけど、剣の強者としての事実を千羽
は隠さない。それを知る彼は、真弓さんに師事するわたしも並ではないと、暴露に掛り…。

「羽藤さんが……」「武道の達人?」「知らなかった」「全くそう見えないけど」「でも、
非常時でも妙に落ち着いているし」「凜として動じない処も」「そう言われれば確かに」

 周囲に広がる波紋は、史君がわたしと同様事実を語る人だから。周囲の誤認を促す事は
言うけど、厳密に聞くと彼の話しに嘘はない。クラスの半分位は既に彼の話術に巻き込ま
れ。なら残り半分位はわたしが引き留めなければ。

「それ、言いたくなかったんだけど。手習いとしても進歩が遅すぎて、恥ずかしいから」

 否定はしない。真弓さんの過去は調べれば分る。彼の話しは概ね事実だ。むしろ肯定し
つつ、過小評価の方向に話しを導く。所詮女の子の手習いと。真弓さんの強さを認めつつ、
未だにその足下にも及ばない己の実情を語り。

「完璧超人な羽藤さんの隠したかった苦手」

 納得気味な声を発したのは吉村佳代さん。
 赤田茜さんもその左隣で深々と頷きつつ。

「家柄あり、成績優秀、容姿端麗、スポーツ万能。苛めを放置しない以上に、苛めた側や
対立した者も思いやり。男女問わず肌身に抱き留め囁き諭す。人に劣る面のない様な羽藤
さんだけに、苦手は知られたくなかった?」

「真弓叔母さんにも『わたしには闘いの素質という物を感じない』ってズバリ言われた」

 話題を、わたしが大野教諭を倒す技量を持つか否かから。わたしが武道の素養に乏しく、
学んでいても取るに足らないと印象づける方向へ。幸いわたしは背も高くなく手足も細く、
姿勢も鋭さに欠けるので、女の子の中でも強そうに見えない。諍いを厭うのも、みんなと
仲良く笑い合う方が好きなのも事実だ。その印象はわたしと過ごした人達に浸透していて。

「胸が大きくない以外で、柚明の苦手意識を聞いたのは」「今回が初めて……希少かも」

 川中睦美さんと塙美智代さんが付け加え。

 そこで朝のチャイムが鳴ってこの話題は。
 わたしの具体的な技量に及ばずに終息し。

 史さんは、それでも笑みを崩さなかった。


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


 顕忠さんを通した若杉との交渉は、順調だったけど。謝罪や賠償も、再発防止策や緊急
時の連絡体制整備も、話しは進んでいたけど。問題はもう一方の当事者・相馬党で。彼ら
は、

「我らは若杉の若木葛子から、鬼切部の使命を受けて力戦した。敗北についての叱責や懲
罰なら受ける。だが、過ちと言うならそれは若杉の指示の過ちだ。若杉の謝罪は否定せぬ
が、我らが謝罪や賠償に応じる理由はない」

 この答にサクヤさんと真弓さんが激怒した。顕忠さんが電話では受けられないと、FA
Xで届かせた相馬党の主張を見て、真弓さんは。

「良いわ、顕忠さん……もう仲介の必要はなくてよ」「真弓、さん。それは一体っ…!」

「話し合う必要がないって事さ。相馬党をぶっ潰してしまえば、和解も仲介も不要だろ」

 元々2人とも、瀕死のわたしを見た時に。
 殴り込む積りでいた。わたしが引き留め。

 和解を願ったから、今迄暫し待ったけど。
 若杉はともかく相馬党のこの姿勢は酷い。

 相馬党とて若杉の情報を鵜呑みにはせず。
 独自に調査して鬼切りに臨んでいる筈だ。

 例え鬼でも、誰かの生命を殺める以上は。
 命令された、だけで切る事はあり得ない。

 真弓さんは、鬼切部の実情を分っている。
 だから相馬党の責任逃れの言動に憤激し。

「真弓」「あなた……どうかお許し下さい」

 羽藤家で最も穏健な意見を担う正樹さんも。
 わたしもこの時の2人は止められなかった。

「これは終った事ではありません。相馬党は柚明ちゃんを殺めかけたあの行いを、謝罪も
賠償も再発防止も、約しなかった。鬼切部の使命なら、いつ再開されてもおかしくない」

「柚明が生命を危うくしながら、和解の芽を奴らに残してやったのに。それを掴み取る知
能も意欲もない。今後も奴らは鬼と言って無辜の者を切り続ける。柚明や桂や白花もね」

「……お2人に任せます。相馬党が誠意を見せれば話しも出来たが、これでは僕にも為す
術がない。大切な家族を守る為に尚も戦いが必要ならば。2人の力に縋る他に術はない」

 戦を好まない戦の専門家2人が戦を決したなら、それは余人が阻むべきではない。和解
を望めないのなら、戦機を掴まねば。素人が口を差し挟む事は、その足を引っ張るだけだ。
それは戦う彼女達の生命を危うくしかねない。

 正樹さんもそれを分るから、覚悟を決めた。

 仮に敗れれば、白花ちゃん桂ちゃんも含め。
 羽藤の家族は滅亡する。それを百も承知で。

 座して滅びを待つ訳には行かぬ状況だった。
 羽藤の家の全てを負って、この2人は起つ。

 それを前にしてはわたしも武運を祈るのみ。

「ま、待って下さい。真弓さんサクヤさん」

 慌てたのは、土下座して2人を一時止めたのは。若杉と和解を繋ぎつつある顕忠さんだ。
羽藤と相馬党が戦になれば、若杉との仲も決裂する。わたしを案じ、相馬党の姿勢に憤る
気持は、彼も同じだけど。その先に待つのは、勝っても終りのない戦いの泥沼だと分るか
ら。

「御大に……鬼切りの頭に直訴します。必ず相馬党に謝罪も賠償も再発防止も約させます。
朝迄……時間を下さい。僕はあなた達を敵にしたくない。鬼でも犯罪者でもないあなた達
を、敵に回す様な鬼切部はお終いだ。僕が御大を説き伏せて、必ず相馬党を謝らせます」

 顕忠さんは夜中、相馬党への繋ぎに専心し。彼の誠意・羽藤に抱く想いは見えたので、
真弓さんサクヤさんも臨戦態勢の侭、殴り込みを留保して彼の所作の推移を見守り。朝方
に。

「相馬党が謝罪に来ます。賠償も再発防止も、若杉の対応に準じる事になりました。どう
か相馬党への殴り込みは思い留まって下さい」

 羽藤の真弓さんやサクヤさんと、相馬党や。
 若杉の全面戦争は、正に寸前で回避された。


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


「羽藤が武道の達人とか、あり得ないしょ」「あの細腕じゃ大野どころか、クラスの男子
にも組み敷かれるよ」「中学校でも女や下級生に手を上げた姿とか見た事ないし」「幾ら
叔母さんが達人でも、弟子があれじゃねぇ」

 わたしの陰口を囁く人の間でも、史さんの情報は信じられず。わたしの護身の技はごく
僅かにしか知られておらず、漏れて広がる気配もなくて。この細身には現実感が薄い様だ。

 彼は中学1年の真弓さんが、社会人も含む剣道大会で優勝しまくった旧い記事を、出し
たけど。その後真弓さんは千羽の家の方針で、顔が売れすぎぬ様に表舞台を退き。高校生
以降の真弓さんの強さは、推察に頼る他になく。家庭に入って腕は錆び付いたとの見方も
出て。

 しかも、真弓さんが強いか凄く強いかの真偽は、わたしの技量の強弱に直接影響しない。
名選手が名監督とは限らないし、名監督の下でも選手に素養がなければ伸びようがない…。

 史さんもこの展開は想定外か。若杉は鬼切部の使命の為に、時に存在しない罪を捏造し、
流言飛語で人を追い込む。情報を操り虚偽を広め、混乱を招く事も収める事も自在な彼が。
事実を明かして疑われるなどあり得るのかと。

 わたしの間近に馴れ馴れしく寄ってきたり。
 わたしと親しい人に語りかけて心乱したり。

 わたしの陰口を囁く人を励まし操り導いて。
 わたしが如何に隠し事の多い人間か暗示し。

 蹉跌しても回数重ねる事で印象を刷り込み。
 表で裏でわたしの居所を狭めようと画策を。

 でも史さんはそれを執拗にやり過ぎた為に。
 却ってクラスでやや浮いた存在になり始め。

「ちょっと見てなよ」「何するの、史君?」

 史さんは、わたしが戦う強さを見せぬなら。
 それを覆してわたしの事実を暴き晒そうと。

 休み時間の教室で、茜さんや佳代さん胡桃さんと話す、わたしの背後に。史さんは富岡
京子さん達女の子数人と語らいつつ、廊下から教室へ現れ。どう見ても羽藤柚明は武道の
達人に見えないと、女の子が口々に問いかけるのに、まぁ見ていてよと不敵な笑みを浮べ。

 わたしはお友達と話しをしつつ、背後の状況は把握できたけど。把握済と示す必要もな
いので放置して。すると苦笑いしつつ彼はズボンのポケットから何か取り出し、次の瞬間。

 後頭部にぶつけられたのは、スーパーボールだった。史さんは京子さん達に、達人は背
後にも目があると語り。不意を突けば自動的に相応の動きを見せると。防いだり躱したり、
叩き落したり。それでわたしの虚偽を暴くと。

「いたっ! ……もう、誰?」でもわたしは。

 躱しも防ぎもせずに当たってから振り返り。
 生命に危険が及ぶ物ではないと分ったから。

 本気になれば殺気を悟られると、彼は力を抜いて投げた様で。痣が残る程ではないけど
痛い。お友達との話しを断たれるのも不快だ。わたしが当然の反応として強く抗議するの
に。

「羽藤、当たっちゃったよ」「躱すどころか気付いてもいなかった」「こりゃダメだわ」

 史さんを囲んで事を見守っていた女の子も、結果は出たと。わたしが武道の達人との話
しは彼以外の誰からも漏れてない。幾ら真弓さんが実家で剣道師範だったと過去を抉って
も、羽藤柚明には直結しない。わたしの日常を見てきたクラスメートは、彼や彼の言葉を
疑い。

「分って敢て当たるとは君もあくどい。事実を語るぼくや、ぼくの言葉の信用を落す為に。
ユメイちゃんの技量なら、防ぐ事も躱す事も、投げる前にぼくを打ち倒す事も簡単なの
に」

「人に物を投げるのは止めて。危ないわ…」

 スーパーボールが当たった事で、史さんの言葉は、わたしの事に関る限り信用を失った。
彼は不敵な笑みで、わたしが『達人だと知られたくなくて敢て当たった』と尚続けたけど。
達人は躱すか防ぐ筈と、先に言ったのは彼だ。

「君はぼくの予測より狡賢いね。でもいいさ。ぼくは君を知っている。君がぼくの所作を
全部想定出来ても。大切なお友達を狙われたら、流石に猫を被り続ける訳に行かないだ
ろ?」

 史さんはズボンのポケットから、もう一つスーパーボールを取り出し。次の瞬間全力で、
京子さんと共に彼を取り巻いていた若菜さんへ。何の予備動作もなくその顔を狙い全力で。

「きゃっ」「危ない」当たる前に手を伸ばす。

 受ける事も弾く事も、投擲の阻止も出来たけど。若菜さんに当たらなければいい。わた
しは左手を伸ばし、甲でスーパーボールをブロックし。今度は彼も全力なのか、左手がか
なり痛い。体勢を崩さず若菜さんを抱き留め庇う事も出来たけど。敢てそうせず、ブロッ
クした勢いでバランスを崩し倒れ込み。床に倒れ込むのは痛いし汚れるので好まないけど。

「ぶば!」史さんも予想外の展開はその次に。

 わたしが弾いたスーパーボールは、天井に当たって跳ね返り、史さんの顔面を直撃して。
彼は玄人でも達人ではなく、投擲の直後でもあり、予期せぬボールを回避も防御も叶わず。

「やるねぇ。……流石は当代最強の弟子だ」

 彼はこの即応が、達人である証と煽り、わたしの正体を暴くと勇むけど。追随者はなく。
己も倒れ込んだ展開が、わたしの対応速度の限度を周囲に感じさせた様で。良い動きだけ
ど、これで精一杯なら到底達人ではないねと。

 それより周囲の不評は、前振りもなく突然若菜さんに、全力でスーパーボールを投げた
史さんへ向き。わたしへの時と違い、当たれば痣が残る様な投擲に、冷やかな空気が漂い。
若菜さんは彼を好んで、取り巻いていたのに。京子さん達女の子が一歩後ずさる。わたし
は身を起こすと彼に構わず、己が何を為されかけたか、呑み込めてない若菜さんに寄り添
い。

 彼に背向けたのは次の投擲の誘いではない。
 腰が抜けて座り込む若菜さんを支える為に。
 緊張を和らげる為に、彼女に向き合う為で。

 でも彼はこの隙を最後の好機と、上着のポケットから生卵を出して。彼の奥の手だった。

『生卵はぶつかれば割れて汚れる。背後から不意に投げつけられれば、羽藤も躱すか防ぐ
かする筈だ。ぶつけられて汚れる展開を女は嫌う。今度こそその正体を曝いて責める!』

 わたしは若菜さんを抱き留めていて動けず。
 史さんは素早く音もなく生卵を振りかぶり。
 5歳上の彼の右腕が唸りを上げるその瞬間。

「いい加減にしろ色男」彼の腕を止めたのは。

「板倉君……どうしたんだい? ユメイちゃんに好感を持つ筈のない君が、ユメイちゃん
の正体を暴く、ぼくの腕を止めるなんて…」

 史さんの言葉が止まったのは。板倉君が彼の右掌を握り、生卵を潰し汚したその本気度
以上に。その背後に複数の男の子の賛同を見た為で。小堀君、谷津君、緑川君、広沢君も。

 半年前わたしは、彼らが苛めた若菜さんを守り庇って、彼らとも関りを繋ぎ。撃退した
訳ではないけど、その後先生に全てを報告し、女の子の間で人気を得たわたしに。彼らは
苦手意識を抱いた様で、敵対はしないけど距離を置き。わたしは彼らに蟠りもなかったけ
ど。

「何考えてんだお前」小堀君も不快感を表に。

「羽藤に惚れたとか言いながら」「その正体を曝くとか、誰の為だ?」「転校生の癖に生
意気なんだよ」「周りの女子も巻き込んで」

 1人なら口先で言い負かせたかも知れない。
 女の子なら諭して誤魔化せたかも知れない。

 でも男の子は、言葉に巧く表せない独特の感覚で彼を嫌い。男の勘という物もあるのか。
羽藤柚明に惚れたと傍に寄りつつ、悪い噂や情報を流す史さんの所作を、嫌がらせと見て。
その害が他の人へ及び、わたしにも庇い通す事が難しく見えた時、男の子達は義憤に燃え。

 5人の背後には更に多くの男の子の賛同が。

 最初から男の子は史さんを胡散臭いと感じ。
 わたしへの近づき方が洗練されすぎて変と。

 女の子の一部が浮れる中で様子見していた。

 羽藤柚明への好意は不器用さ故に隠しつつ。
 彼らは不面目も与えたわたしを恨みもせず。

 若菜さんを抱き留めた侭、史さんを振り返るわたしを。胡桃さんや志保さん達女の子は
守る様に添い。男の子達もわたしを守る様に。

「本気じゃないのに、羽藤を困らせる事ばかりして、惚れたとか気易く口走るなよ色男」
「羽藤には惚れ込む男子も女子も多いんだ」
「オレ達の羽藤を好き放題にさせて堪るか」

 わたしは己が思うより級友に愛されていた。

「柚明前章・番外編・挿話」へ戻る

「アカイイト・柚明の章」へ戻る

トップに戻る