第10話 視えない今を受け容れて



前回迄の経緯

 羽藤柚明は中学2年の年の瀬を迎えました。

 たいせつな人を守り支える知恵や力を欲して始めた各種修練も。血の力の修練の応用で、
文字や言葉では伝えられない微妙な感覚やコツが掴める様になり。進み方に加速が掛り…。

 護身の技の修練は最近、晴れの日のみならず雨や風の強い日にも、昼だけではなく夜も、
見通しが良く足場の確かな中庭だけではなく、森や川原や浅瀬でも。真弓さんも木刀を持
ったり、礫を放ったりと、より実戦を意識して。

 早くもっと強く賢くなりたい。少しでも早くたいせつな人を守り通す知恵や力が欲しい。
それは、血の力の修練が進むにつれて、朧に感じ始めてきた己の未来への焦りなのかも…。

参照 柚明前章・番外編第6話「定めの末を感じても」

    柚明前章・番外編第7話「最も見通し難い物」


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 内陸の山村である経観塚の日の入りは早い。
 一年で最も日照時間の短い冬の初めは特に。

 学校祭の後片付けも済んで部活動も収束し。
 授業が終れば帰るだけになった師走の始め。

 羽様行きのバスに巧く乗れて、最短時間で帰れても。羽様の屋敷へ続く緑のアーチを前
にした頃には既に、周囲の藪も木陰も薄暗く。人知を越えたあやかしが潜む錯覚も感じさ
せ。

 わたしはもう馴れたから。この向うに文明の灯と暖かな家族が待つと、分っているから。
揺らめく草木の陰や風の音にも怯えないけど。初見の人は、不安や怖れを抱いてしまうか
も。

 先行きが分ると言う事は、心を強く安定させる。目先が定かに視えてなくても、概ねを
悟れていれば、人は怖れを超えて歩み出せる。それを実感できるのも、元々わたしが余り
勇敢でも剛胆でもないから、なのかも知れない。

 今宵は雨雲が濃く低く、空に月や星はなく。
 残光も失われた世界は色を失い闇に染まり。

 神話の昔から淀み続ける羽様の夜の闇の中。
 羽藤のお屋敷は誘い招く如く電灯の光溢れ。

 幻の如く、唯一の希望の如く浮び上がって。
 その唯一性が、脆く儚く危うくも感じられ。

 今にも周囲全てを覆い尽くす夜の闇に呑み込まれそう。時の流れから取り残された様に
近隣数キロには街灯もなく。とても現代日本、科学文明を謳歌する国の絵図と想えないけ
ど。ここがわたしの帰り着くべき羽藤の家だった。

「只今帰りました」「お帰り柚明」「ゆめいおねいちゃ!」「ゆーねぇおかえりなさ…」

 三和土には、わたしの足音を聞いてと言うより、バスの音でわたしの帰着を察したサク
ヤさんが。白花ちゃん桂ちゃんと待っていて。

 走り寄ってくる幼子を、受け止める為に屈み込み。柔らかな頬を左右の胸に抱いている
と。艶々な銀の髪の美貌の人は、両手が塞がったわたしの代りに背後の戸を閉めてくれて。

「済みません……」「気にしないで良いよ」

「あのね、あのねっ」「今日は、けいとね」

 サクヤさんと言葉を交わそうとするけど。
 早く中へお上がりとの意図は悟れたけど。
 わたしの答は幼子達の取り縋りに阻まれ。

「落ち葉がいっぱい落ちてきたの、それで」
「けいが大きな落ち葉をさがして、川へ…」

「けいの」「はくかの」「「お話聞いて」」

 サクヤさんにわたしの視線や注意が向く事が、幼子達から逸れる事が好ましくない様で。
桂ちゃんに向くと白花ちゃんが、白花ちゃんに向くと桂ちゃんが、腕を引っ張ってくれて。
サクヤさんに向くと左右の腕に縋ってくれて。

 桂ちゃんも白花ちゃんも、今日一日の様々な諸々をわたしに伝えたくて、聞かせたくて。
頬を合わせ腕を絡め瞳を輝かせてくっついて。競う様にわたしに言葉をかけて仕草を見せ
て。

「桂ちゃん、白花ちゃん」「……柚明…?」

 初冬の日没後は気温が下がる。幼子をいつ迄も三和土に長居させられない。わたしは幼
子2人を左右の腕で抱き上げ、屋敷に上がる。4歳児とはいえ子供2人を左右一本ずつの
腕で抱いてぶれもしないのは、修練の成果です。

 居間に入る前に双子を下ろし襖を開けて。

「只今帰りました」「「お帰りなさい…」」

 ちゃぶ台を挟み、笑子おばあさんと真弓さんは緑茶を飲んでいた。正樹さんの気配は奥
の部屋か。そろそろわたしの帰着だと、少しの空き時間をサクヤさんと歓談していた様で。
夕食作りの前に護身の技の修練が日課だから。

 中学校になって帰宅時間は遅くなったけど。修練の進みも効率良くなった為に、以前程
に時間を割く必要も薄まって。その後のお夕飯作りのお料理修練も、真弓さんもわたしも
進展の成果で手早く進められる様になっており。羽藤家の少し遅い夕食時間はほぼ変って
ない。

「では始めましょう。柚明ちゃん」「はい」

 わたしの帰着を悟った正樹さんが訪れても。幼子達はわたしに肌を寄せ腕を絡め頬合わ
せ。わたしに今日の諸々をお話ししたく、聞いて欲しく、反応を求めて。わたしも愛しい
幼子の求めには、いつ迄も心ゆく迄応じたいけど。

 真弓さんの声に応え、幼子を間近に正視し。
 ごめんなさい、修練しなければいけないの。
 残りのお話しは、あとにしてねとお願いを。

 納得できない顔の2人は背後から正樹さんに抱かれ。漸くわたしは身の自由を取り戻し。
朝学校に行く時もそうだけど、わたしは幼子に手や裾や袖を掴まれると、自力で外せない。
柔らかく温かな手に囚われると、無上に嬉しく愛おしく。外してと願う他に方法がなくて。
幼子は中々お願いを聞き入れてくれないけど。

 今朝も桂ちゃんは、制服のスカートの裾を掴んだ侭トイレに行き。わたしも離れられず
一緒して小用の手伝いを。入る前にしっかり、わたしの袖を掴む白花ちゃんの手を左手で
外しつつ、右手を離してくれなくて。結局登校直前に、真弓さんに外して貰う事になった
…。

「並の男なら……並じゃなくても、一般の武道家や三下の鬼でも、撃退できる力量を持っ
た今のあんたが、幼子の手を外せないとは」

 柚明は桂と白花に甘々だよねぇ……本当に。
 サクヤさんが、やや呆れた語調で嘆くのに。

「そうかも知れません。ですから、厳しくするのはお任せします。白花ちゃん桂ちゃんに
嫌われるのは、何よりも嫌ですから」「あたしだって、好き好んで嫌われたくはないよ」

 サクヤさんは、先月の初めから羽様にいる。わたしの誕生日や学校祭に立ち会うと、わ
ざわざ調整してお仕事を空けてくれて。明後日、次のお仕事の打合せに首都圏へ赴くつい
でに、仕事場の大掃除も済ませ。再度羽様に帰ってきて年末年始を一緒してくれる予定と
聞いた。

 でも最近は、学校祭準備や、聡美先輩や南さん・歌織さん早苗さんとの絡みで忙殺され
た以上に。桂ちゃん白花ちゃんが、わたしとサクヤさんの間に割り込み始め。真弓さんが
目を光らせる以上に、2人で近しく触れ合う事が難しく。今も間近に触れてお話しすると、
正樹さんの腕を逃れた桂ちゃんが割り込みを。

「おやおや、桂も白花も真弓の様に、あたし達のアツアツな仲を、妬いてくれるかね?」

 桂ちゃんを抱き上げ引き離してくれたので。わたしも既に中庭にいる真弓さんに追随し
て。更に笑子おばあさんが続くけど、白花ちゃんを抱いた正樹さんは、サクヤさんに声掛
けて。

「締め切りが間近なので、申し訳ないが桂と白花を見ていて貰えませんか」「良いけど」

 正樹さんが護身の技の修練への立ち会いを、厭う様子は感じていた。元々戦いや流血を
好む人ではないから。最近の護身の技の修練は、わたしの進展もあって徐々に真弓さんの
加減度合が減じ。武道の組み手と言うより、ルールのない野試合に似た感じになってきて
おり。

 拳や蹴りが服を破り肌を裂く事も頻発して。
 素肌晒され贄の血飛沫が舞い傷を負う事も。

 傷は贄の癒しで治すから痕も残らないけど。
 痛んだ様子は血痕や服の破れで悟れるから。

 修練も今年夏から夕刻前の中庭と限定せず、始り終りは中庭でも、実際は森や草藪、川
原や浅瀬に移動し日没後になる事も。だからわたしが傷つき痛む瞬間を、正樹さんやおば
あさんや幼子達が直接見る事は、殆どないけど。

 流石に修練を終えて数分では、傷も治せないし、服の破れは直せないので。帰着して向
き合えば、攻防の激しさ厳しさは窺い知れる。終ればわたしも真弓さんも遺恨なく、肌身
添わせて帰るから、幼子も不安は抱かないけど。笑子おばあさんは、修練であってもわた
しが痛い思いをする場と時には、立ち会いたいと。

 追って見る事は出来ずとも、中庭に向いた縁側に座し。いつ迄掛ってもわたし達の帰着
を待つと。おばあさんも贄の力の関知や感応を扱える。修練の中身を具体的に悟る事も…。

「気をつけてしっかり鍛えて貰いなさいな」

 ニコニコ穏やかに笑って促してくれるけど。
 わたしの想いを分って了承してくれたけど。

 笑子おばあさんの内心が、本当に穏やかな筈がないと悟れたのは、いつの事だったろう。

 わたしは桂ちゃん白花ちゃんが、虫に刺され石に躓いて掠り傷を負うだけでも。直ちに
痛みを拭い傷を治し、危険の素から引き離しに掛る。子供には痛み苦味も経験として必要
だと、羽様の大人に諭されても。痛みに涙する幼子を前にすると黙っていられず。なのに。

 おばあさんは、息子の嫁が孫と拳や蹴りを交え、服を破り肌を裂き、苦痛を与え合う様
を視ねばならない。それがわたしの願いでも、否その故に止める事も出来ず。羽様の家族
の心に波風立たせた原因はわたしだった。その上で羽様の大人は、たいせつな人を守れる
術を身につけたいとの願いを、了承してくれて。

 笑子おばあさんは了承した以上、ダメと言い切れない以上、その末は見届けなければと。
真弓さんについて護身の技の修練を始めた小学4年の秋からずっと、初めから終り迄縁側
に座して、その一切を静かに見守ってくれて。

『女の子に、痛い想いをさせる修練を許した責任があるからね』と微笑みつつ静かに語り。

 正樹さんも心優しく、戦いを好まない人で。正々堂々でもなくスポーツマンシップにも
則らない敵を想定した、わたしの護身の技の修練はその嗜好を大きく外れる。正樹さんも
笑子おばあさんも、本当は目を背けたいのかも。

 真弓さんやわたしに肌身寄せたがる幼子の抑えに、笑子おばあさんだけでは難しいので、
大人の手が必要だったけど。サクヤさんが担ってくれるなら。中央の経済誌に載せている
コラムの締め切りが間近なのも事実らしいし。

『年頃の女の子が服破れて血に染まり、素肌晒す場に居合わせるのは、男として拙い…』

 白花ちゃん桂ちゃんはまだ、そういう事を気にする歳ではないけど。正樹さんはわたし
の修練を前に、完全に平静ではいられぬ様で。一度は場を外そうかと申し出て、真弓さん
に、

【あなたの視線がある中でないと、柚明ちゃんの修練にならないでしょう、平常心の…】

 むしろ傍に男性の目を置いて意識させたい。
 柚明ちゃんの平常心の鍛錬に付き合ってね。
 他の男性を呼び招く訳に行かないでしょう。

【そりゃ当たり前だ】【じゃあ、お願いね】

 わたしも一応女の子で。同級の女の子の平均には至らないけど、胸も膨らみ始めている。
気遣わせている、それは申し訳なかったけど。わたしの今の技量では真弓さん相手に無傷
で終る事は無理なので。肌身裂かれず服も破られない技量を早く掴み取るのが、解決法だ
と。

 お屋敷から漏れ出る光の他は、月も星も瞬かず、小雨もちらつく漆黒の寒空の元。笑子
おばあさんと幼い双子と、双子を抱き留め抑えるサクヤさんが、縁側で座して見守る前で。
木刀を右手に持った元当代最強の鬼切り役に、わたしは無手で正対し。より実戦に近い形
に移行しつつある護身の技の修練が今日も始る。


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「始めましょうか……柚明ちゃん」「はい」

 わたしが答え終る前に、真弓さんの木刀の薙ぎが身に迫り。叶う限り早く遠くに躱すわ
たしの着地を狙って、更に追撃が繰り出され。見通しの良い平地にいては、数分と保たな
い。

「まだ鈍い、遅い、弱い。躱し足りないわ」
「はっ、はっ、はい……分って、いますっ」

 わたしは真弓さんの木刀の薙ぎに促されて、森に山に戦場を移す。これも人質や守る人
を考慮に入れない、己の身だけ守れば良い前提での展開で。手加減が多分に含まれている
…。

 真弓さんが護身の技の修練に、木刀を使い始めたのはこの秋からだ。千羽妙見流を極め
た真弓さんが長物を持てば、本当に無敵の強さを誇る。互いの力量の隔りは尚甚大な侭で。

 サクヤさんも当初はその判断に疑念を示し。

【元当代最強の鬼切り役が、木刀で戦わねば鍛えられない程柚明は強くなったかね? し
かも柚明は素手の侭で。ハンデを与えるなら、木刀はむしろ柚明に持たせるべきじゃあ
…】

 それに笑子おばあさんが良いのよと応えて。

【武器を持つのは真弓さんで間違いないの】

【でも笑子さん、これじゃ鬼に金棒、じゃない鬼切りに金棒だよ。とても敵う筈がない】

 修練も成り立たないのではと、危ぶむ問に。
 真弓さんの答は明快に、間違いないと頷き。

【柚明ちゃんは人を守る強さを求めているの。
 鬼切りの業を習おうとしている訳じゃない。

 彼女には武器を扱う修練より、むしろ武器を手にして襲って来る不審者や鬼に対峙して、
己や人を戦い守る修練の方が必須なのよ…】

【関知や感応も限界があります。予め敵の襲撃を、何もかも知って備える事は難しいわ】

 わたしの護身の技は、町中で平時に脅威に遭う事を想定している。買い物や遊びに出た
先で、桂ちゃんや白花ちゃんが犯罪者や鬼に襲われた時に。武器の備え等あろう筈もなく、
容易に手に入るとも限らない。守りを主眼とし、いつでもどこでも予期せず即応を迫られ
るわたしの術は、無手で為せねば意味が薄い。

 多く予想される事態は、素手のわたしが武器を持った敵に向き合う場面だった。だから、

【どんな状況にも対応出来る様に。これは鬼切りじゃなく柚明ちゃんの為の特別修練よ】

 わたしの素養では、千羽妙見流の習得が至難である以上に。鬼を討ちに武装して出向く
鬼切りの業と、平時の即応や守りが主体のわたしの護身の技は、目指す方向が元から違う。

 わたしは既に雨の日も、真弓さんと濡れ鼠で修練している。そんな場に真弓さんを付き
合わせた事は申し訳ないけど。今後は雪が降っても積っても、凍て付いた夜にも為す積り。
鬼や犯罪者がたいせつな人を襲う際、季候の良い日の晴れた昼間を選択するとは限らない。

 当初は中庭だけだった修練の場を、川原や浅瀬や、森や山へ移すのも。敵が襲撃の際に、
見通しの良い平らな処を選んでくれる保証はない。時々真弓さんはわたしの胸や股間に触
れて、揉んで闘志を萎えさせようと。敵は女の子の羞恥や弱点を突いてこない保証もない。
紳士的な者ばかりが敵に揃う幸運は求め難い。

 服を破り肌を裂く様に、身を掠める攻撃も。わたしの技量の向上を見定める以上に、心
理的な動揺への耐性を養う修練で。時に鳩尾や腹部や後頭部に、失神を招く程強烈な一撃
も。この顔にも遠慮ない直撃が。敵は女の子だからと顔面殴打を免除してくれるとは限ら
ない。

 後で傷を治せる以上に、実戦の痛み怖さを欠片でも知っておかねば、本番の時に不安を
残す。顔への攻撃を極力躱し防ぐのは、女の子の事情より、目や耳や、呼吸に必須な口や
鼻を痛めると、後の展開が不利だから。回避防御を学ぶ為にも、しっかり攻めて貰わねば。

「柚明ちゃんが使うのは贄の力とその場で手に入る物だけ。それで臨機応変に戦い凌ぐ」

 真弓さんは尚加減してくれている。未だ真弓さんが全力を出せば、素手でもわたしは一
分掛らず倒される。武器の所持は状況への対応を学ぶ為で、力の差が縮まった証ではない。

 それでもわたしへの加減の質は変り始めている。ずぶの素人だったわたしの向上の為に、
最初はどこ迄出力を抑えれば成果が残れるか、壊れ物に触る感じだったのに。最近はどこ
迄出力を上げて大丈夫か、成長を確かめる様に。

「白花と桂を守るのでしょう? たいせつな人に迫る脅威を防ぐのでしょう? あなたの
技量で守り通せるの? その身で応えて!」

 最初にわたしに攻めさせる為に、敢て守勢に回ってくれたのも今は昔。今の真弓さんは、
初撃から攻めたてて来る。隙を窺って反撃なさいと。攻め手を受けて凌いで返しなさいと。

 襲ってくる相手は守りを固めない。相手の攻めを、受けて凌いで守り反撃する展開が常
道だ。攻防がより実戦に近づくのは、わたしがそれに耐えられる迄成長した為と思いたい。

 わたしも小石を離れた草藪に放って、音で真弓さんの注意を誤誘導し。贄の力を注いだ
ビー玉を置いて、わたしの気配を誤認識させ。木の枝や幹の反動を使い、通常では考え難
い角度で跳躍し、その虚を突こうと試みるけど。

「違う。これはフェイク」『見抜かれた…』

 真弓さんもわたしの気配を、音以外でも察して惑わされず。動かないビー玉の気配を偽
装と見抜き、引っ掛った振りで背後に回るわたしを逆に迎え撃ち。その動きこそ凄まじい。

 懐に入れてもわたしの間合でも、逆に打ち据えられ腕を肩を掴まれそうで。身を掴まれ
ては、体格も技も劣るわたしの負けが決まる。身を躱しても真弓さんは、破れた服の切れ
端を掴みに来て。そこは引き千切らせねば身を囚われるので。素肌晒され服や下着剥かれ
てもやむを得ぬ。でも真弓さんはこの髪を掴んで身を捉え。ルール無用の戦いは想定を凌
ぐ。

「未だ甘い! いつ迄も教えられるのを待つ積り? 実戦は想定にない事の連続なのよ」

「……っ! 手加減されていると、分ってもとんでもなく強いっ……かはっ、ふあっ!」

 わたしはもう馴れたから。幾ら修練が過酷でも互いの親愛を分っているから。下着剥か
れ顔殴られても、誤解も疑念も抱かないけど。知らない人が見れば、憎悪剥き出しで争う
様に見えるのかな。小姑と嫁の諍いとか言って。

 先行きが分ると言う事は、心を強く安定させる。見た目が凄惨に悲痛でも、互いの心が
繋っていれば、人は怖れを超えて進み出せる。真弓さんが心底わたしを大事に想ってくれ
ている事も。その故にこの過酷さを極力厭うている事も。わたしの熱意に応えて心傷めつ
つ了承してくれた事も。肌身に感じ取れるから。

 血肉を削り骨を折り、多少生命の危険を伴う応酬でも。真弓さんに罪悪感や悲痛を負わ
せて為すこの修練は、その故に絶対無為には出来ない。必ず完遂して己の成果に残さねば。

「つあああぁぁぁぁ!」「……っ! え?」

 組み付かれた瞬間、わたしの上下は逆転し。左足首の鋭い痛みに、足払いで身をひっく
り返されたと悟れた時は。わたしは頭を下にして宙に浮かされ。投げ飛ばされると言うよ
り、川原の砂利へと頭から叩き落され行く。でも。

「とどめええぇぇぇ!」『やられ、た…!』

 衝撃は頭には来ず背中に手足に浅く広がり。
 真弓さんは、頭から落すのが本筋の投げを。
 最後の最後で加減し、背中から落したのか。

 それでも半端な痛手ではないという以上に。
 真弓さんは尚もこの右腕を絡めて逆に極め。
 抑え込んで締め付けて即座に折れる体勢で。

「……今日はここ迄にしましょう」「はい」

 その美貌の怖い程の緊迫は、わたしに怪我を負わせる事や、わたしに怯えられる事への
怖れか。その故に、一度承諾した修練に手加減を混ぜてしまわないようにとの強い覚悟か。

 どうにも出来ぬ決着を前に、今日の修練は終了し。闘志を解いてわたしの瞳を覗き込み。

「ごめんなさい。痛くて怖かったでしょう」

 仰向けで、未だ身動き出来ぬわたしに添い。
 滑らかな肌で柔らかな掌で、この身を抱き。
 涙溢れそうな頬でこの頬に触れ、声は溢れ。

「わたしは癒しの力を持ってないから、これだけあなたに傷みや怪我を強いても、緩和す
る事も治す事も出来ない。こんなに柔らかに可愛い年頃の女の子に、酷い苦痛を強いて」

 関知も感応も不要にその心の痛みは悟れる。
 清く優しく美しいこの人に、無理を強いた。
 己が強さを得る為に愛しい人に負荷を掛け。

「わたしこそごめんなさい。わたしの我が侭に付き合わせてしまって。その為に真弓叔母
さんの優しい心に、不要な負荷を負わせて」

 わたしは望んだ側だから。真弓さんの清さ正しさ美しさは承知だから。体の傷は骨折も
切り傷も、深夜迄に治せる。朝になれば痕も残らない。贄の癒しは便利な迄に高度になっ
ていたけど。問題は必ず治せるわたしの体よりも、真弓さんの優しい心に与える罪悪感だ。

「痛みを伴う修練はわたしの願いで始めた物です。ありがとうございます。真剣に痛む程
の修練をしてくれて。わたしの想いに応えてくれて。この痛み苦しみはいっときの物です。
すぐ治せます。わたしが真弓叔母さんに寄せる親愛は、揺らぎもしないから心配不要です。

 そしてごめんなさいは、優しい真弓叔母さんの心に重荷を与えてしまったこの結果に」

 すぐには体を動かせないので。癒しの力を通わせて動ける状態に保って行く時間稼ぎも
兼ね、その美しい瞳を見上げ語りかけるのに。真弓さんは微かにその深い瞳を潤ませ揺ら
せ。

「……あなたは、優しすぎる。戦いには徹底して不向きなタイプ。決して守る側ではない。
あなたの本質はむしろ守られる側。なのに」

 あなたの技量は伸びて行く。当初は基礎体力も乏しかったから、どれ程修練しても、ま
ともに戦える様になるとは思えなかったのに。お義母さんの見立ての方が、正解だったの
ね。『柚明は心を決めれば必ず願いに届く』って。

 贄の力の修練の進みに合わせて、急速に飲み込みが早くなってきて。元々戦いの資質の
欠片もなく見えたから、今のこの現状が限界かも知れないけど。そんな状態から技量を伸
ばしてきたあなたの伸び代は、実質無限大よ。どこ迄行くのかはわたしにも見当が付かな
い。

「だからこそ、過酷な修練も有効で必要に思えてくるのでしょうけど……あなたは本当に
戦いに向かないから。痛み苦しみを負わせるのは、見ている方が辛い程華奢で可愛いから。
 本当にごめんなさい。いえ。実際に修練で般若に悪鬼に羅刹になって、あなたに痛み苦
しみを与えたわたしが。この後も反省なくあなたに痛みを与え続けるわたしが。幾ら謝っ
ても許される筈がないのは分っているけど」

 真弓さんの双眸は本当に零れ落ちそうで。
 わたしの許諾ではなくて真弓さん自身が。

 厳しい修練を為す彼女自身を許せてない。
 その優しさ清さ強さが自らを責め苛んで。

 常の言葉や唯の肌触りでは、その軋む心をほぐせない。真弓さんを苛む傷みはその心の
深奥にある。届かせるのが困難な程奥深くに。この美しい人の心奥に、確かな赦しを与え
るには。常の所作では届かない。特別な所作が。

 わたしは尚痛む体を引きずり起こし。意志で従わせ。わたしの間近で視線を合わせ息吹
も届く美しい顔に、その左頬に軽く唇で触れ。叶う限りの想いをこの壱動作に込めて注い
で。

「大好き……わたしの愛しい真弓叔母さん」

 わたしの我が侭にも応えてくれて。わたしの願いを叶えてくれて。わたしを心から愛し
慈しみ案じてくれて。白花ちゃん桂ちゃんの最愛の人である事を除いても、たいせつな人。

「わたしの我が侭で叔母さんに、辛い想いを強いるけど。修練を願い出た時からわたしは
全て承知です。どんな苦痛もわたしは喜んで受け止めます。お願い、自身を責めないで」

「柚明ちゃん。あなたは本当に甘く優しい」

 初冬の夜は身を震わす程の冷気だったけど。
 互いの頬は余計に血が巡って熱い位だった。


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 破れて千切れた服や下着の残りを手で抑え、真弓さんと身を添わせつつ中庭に帰る。人
に見せられる様な素晴らしい肢体ではないけど。サクヤさんや笑子おばあさんに、この身
の無事を確かに見せて安心して貰わねばならない。

 恥じらうと一層意識するし、見る側を意識させてもしまうので。表向きだけでも平静を
装い。張り付いてくる幼子達に屈んで応えて。桂ちゃんも白花ちゃんも、なぜかわたしの
制服の破れ目から、お腹や胸を触りたがる様な。女の子の限界なのか、幾ら体を鍛えても
足や腕は余り太くならず、硬くなっていないけど。この柔らかさを好いてくれるなら嬉し
いけど。

「納得行く迄鍛えて貰えたかね?」「はい」

 笑子おばあさんの不安を隠した笑みと問に。
 わたしは安心を招く様に笑みと答を返す中。
 艶々な白銀の長い髪の人が声を挟んで来て。

「おやおや、可愛い女の子が結構な惨状に」

 サクヤさんは音や匂いで修練の状況をリアルタイムで悟れる。両者の間でどの様な攻防
が行われ、わたしがどんな痛手を受けたかも。最初は見た目の血糊や破れた下着姿に驚愕
し、真弓さんに食って掛って。わたしが身を挟めて事情を話して納得して貰い。以降サク
ヤさんは一度了解した事だからと、わたしを心配する本音はポーカーフェイスの下に隠し
抑え。笑子おばあさんの様に最後迄見守ってくれて。

「でも、まだ後少し色香が足りない感じかね。
 真弓に剥かれて、涼しげな格好になれても。

 可愛いには可愛いんだけどね、もう少し大人っぽさが。出る処が出てないと、メリハリ
がないから……桂も白花も、あんたの膨らみを探して居るんじゃないのかね」「まさか」

 この身に柔らかな手でぴたぴた触れ、頬を合わせ心地よさげに瞳を閉じて佇む幼子達に。
思わず視線を向けるけど。どうなのかな? それに応えられる物を持たぬ事が気懸りです。

「白花も桂も、柚明ちゃんに張り付くのはその位になさい。柚明ちゃんが着替え出来ない
でしょう。夕飯やお風呂が先に延びるわよ」

 真弓さんの両腕に2人がひょいと抱き上げられて。漸くわたしは幼子の手から解放され。
笑子おばあさんから手渡された濡れタオルで、血糊や泥を拭い取り、中庭から居間へ上が
り。

「……あの、サクヤさん、これ服ですか?」

 普段着に着替えようとしたわたしを制止し。サクヤさんが奥の部屋から居間に持ってき
て、着てみなよと渡してくれた服は、何というか。胸の前にその一部を当ててから問うて
みると。

「柚明なら、そこそこ似合うと思うけどね」

 サクヤさんが出した雑誌の挿絵には。おへそや太腿の肌も露な、水着にも似た甲冑姿の、
高校生位の赤毛の長い女の子が、勝ち気な表情で両刃の剣を構えていて。胸も2つの膨ら
みを強調する様な作りで、白いミニスカートはピンクの下着が見える程に短く、臑から下
は守られても太腿を護る防護は何一つなくて。

 イメージは中東の王宮に仕える侍女や妃か。でもひらひらさせた服装の、胸や腰や下腕
や臑だけ、宝飾の様な金属で固め『鎧です』と。戦いを考えていると思えない程に素肌を
晒し。

「今の柚明よりは、露出度も低いだろう?」

「そうですけど、これはとても普段着とは」

 サクヤさんの写真を掲載している出版社の別部門が、ファンタジー小説やマンガも扱っ
ており。そこから読者人気の高い女戦士の衣装を取り寄せたとか。どうやらサクヤさんは、
先日の学校祭の服飾カフェに触発された様で。

「柚明のアオザイ姿はサリー姿には、そそられる物があったからね。てきぱき動いて下級
生に指示を出し、上級生の指示を受け。客の意向を尋ね、飲み物の在庫を確かめ。あれは
柚明の動きの良さが引き出した衣の魅力だよ。客の生徒も一般の大人も、視線が釘付け
で」

 こすぷれ、と言うらしい。スチュワーデスや婦人警官や軍人の服を着て、格好良さを愉
しむ遊びだけど。戦国武将や中世騎士になりきるその向うに。伝承や神話、マンガ等に登
場する戦士や強敵の格好よさを愉しむ趣向も。

「護身の技の修練で戦いの動きや心構えを学びつつある柚明こそ、着こなせるんじゃない
かと思ってね」「ちょっと恥ずかしいです」

 今わたしが露出度高く服が破けているのは、修練の結果やむを得ずで。未熟の現れで好
ましい状態ではない。余り己の肢体に自信のないわたしは、素肌を人目に晒す事は好まな
い。太腿やおへそや、胸も股間も隠す様で逆に強調されている。竹刀木刀も持ち馴れない
のに。

 挿絵の女戦士の子の様に勝ち気に身構えるのは、性に合わない。挿絵の女の子はわたし
より年上、高校生位に見える。だからこそ胸の膨らみや美脚にも自信満々で、素肌も露わ
に剣を構えて向き直れるのかも知れないけど。

「わたしは未だ女の子として貧弱なので…」

 肌を晒すファンタジー女の子戦士の容姿が、人目に恥ずかしいという以上に。わたしは
女の子の豊かさや膨らみも未熟なので。布地が少ないとごまかしも隠蔽も難しい。見られ
る事が恥ずかしい以上に、恥ずかしくて見せられない。既に耳朶が熱くなり始めるわたし
に。

「恥じらうなんて、予想外に乗り気だねぇ」

 サクヤさんは誤解というより着せる気満々。

 体の前に衣装を当てたわたしに、笑子おばあさんや真弓さんは、意外な程に驚きもなく。

 2人共保守的な様で意外と包容力高いです。

「女っぽいのより細身な方が似合うんだよ」

 欧米では戦士というと、男も女も筋肉ムチムチが好まれる様だけど。和モノではむしろ、
華奢な娘や細身な坊やに戦士の装いをさせる方が人気らしくてね。あたしの様な大人の魅
力は、この国の善男善女には未だお早い様で。

「四拾年早ければ、笑子さんに勧めた処だけどさ……ちょっと着てみておくれよ、柚明」

 サクヤさんはプラスチックの模造の剣と鞘迄用意して、退路を狭め。わたしは幼子の前
で素肌を晒すのは、教育上好ましくないのではと、真弓さんに助けを求めたけど。破れた
セーラー服が既にそれを満たしてない以上に。

「可愛くて良いんじゃないかしら。サクヤの様に、唯大きければ良いって訳じゃないもの。
清楚で可憐な柚明ちゃんにこそ似合うわよ」

 もしや服飾喫茶の延長線で捉えています?
 確かにあれは大盛況で喜んで貰えたけど。

「女の子はその可愛さを引き出す為に、色々な試みを臆せずやってみるべきだと思うわ」

 この全く善意な勧めは暫く後に、真弓さん自身の墓穴を掘る一言にも、なるのだけど…。

「今屋敷にいる面々はあたしも含め、あんたがおむつの頃から風呂も一緒して、すっぽん
ぽんを見てきたんだ。今更恥じらったって」

 サクヤさんは、何気に凄い事を口にして。

「白花も桂も、柚明のかっこいい女戦士の姿を見てみたくはないかい。きっと綺麗だよ」

「見てみたい見てみたいっ!」「はくかも」

 幼子を焚き付けて、わたしの逃げ道を塞ぎ。桂ちゃんも白花ちゃんも勢いの故か乗り気
で。笑子おばあさんに、助けを求めて瞳を向けるけど。おばあさんはそれを『はしたない
格好だけど、身につけちゃって良いですか?』との求めと勘違いした様で。勘違いなのか
な?

「良いんじゃないかね。柚明ならきっと可愛いよ。何しろわたしの孫だから、ねえ正樹」

 にこにこ笑みを浮べて言われると、一層拒絶が難しく。執筆の合間に飲み物を求めて現
れた正樹さんの同意迄取り付け。正樹さんは途中参加で流れを掴めてない様だけど。幼子
は躙り寄ってきて、早く早くとぴたぴた触り。円らな瞳で見上げてくれて。あぁ、断れな
い。

 わたしは遂に抵抗を諦め、別室で衣替えを。幼子達が着替えの場に入りたがって、サク
ヤさんの両腕に引き留められる。それでも襖の向うから急かすので、迷い躊躇う猶予もな
く。

 わたしは分っているから。襖の向うに愛しい笑顔と暖かな家族を声や気配で感じるから。
やや奇異な姿格好も、受け容れてしまうけど。強く心繋げてなければ、怯み竦むと思いま
す。

 先行きが分ると言う事は、心を強く安定させる。繋げた絆が確かなら、人は結果への怖
れを超えて歩み出せる。女の子の慎みを欠く姿格好を晒しても、暖かに迎えてくれるから。


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


「こんな感じですけど、どうでしょうか…」

 サイズは胸も肩も大きめだったけど。設定では金属の筈の胸や腰の防護がゴム製なので、
ぴっちり肌に張り付いて緩みや撓みもなくて。結果、大きくない膨らみはやはりごまかせ
ず。

 恥じらうと見る側を意識させるし、わたしも意識してしまうので。おへそや太腿露わで
も平静を保ち。西洋風の両刃の剣は扱った経験がなく、今の羽様は魔物や鬼の脅威もない
平時なので。模造の剣は鞘に収めて腰に下げ。

「可愛いじゃない。初々しく清楚に可憐で」
「思ったより良いね、一枚撮らせて貰うよ」

 真弓さんもサクヤさんも手放しで喜んでくれて。既にシャッター音は複数回響いている。
恥ずかしいけど、褒められると素直に嬉しい。話しに中途から加わった正樹さんは、ここ
迄大胆な衣装とは思ってなかった様で目が丸く。最も気懸りだった笑子おばあさんの反応
は…。

「涼やかで清らかに良い感じだね。風の精や水の精をイメージさせるよ。わたしももう少
し若ければ、一度位は身につけてみたかったけど……何に見とれて居るんだね、正樹?」

 想像以上の好印象にほっと胸をなで下ろす。
 正樹さんは視線のやり場に困っていたけど。

「あなた、どこを凝視してます?」「なな」

「正樹もオトコだねぇ。でも己の為にも途を踏み外さない様に用心おし」「サクヤさん」

 真正直な反応が女性陣の追及を招いた様で。
 こういう姿格好は男の人を惑わせるのかも。
 その気がなくても眠った欲求を起こしたり。

「念の為に言っとくけど、柚明に手を出す様な事をしたらあんたでも。真弓の刃より先に
あたしの拳が行くよ。覚悟して置くんだね」

「姉さんへの不義理はしませんよ。大体僕は妻帯者で、柚明ちゃんは未だ中学2年生…」

「少し視線妖しかった様だけど」「真弓ぃ」

 みんな真剣に危ぶんでいると言うより、正樹さんの困惑や弁明を、愉しんでいるみたい。
大人の焦点が一時的にわたしから、正樹さんに移った間に。改めて幼子達の反応を窺うと。

「ゆーねぇ、きれい」「……かっこいー…」

 幼子2人も暫く言葉がなかった様で。それは驚きであると同時に好印象でもあったのか。

 白のミニスカートは、動かず佇んでいると何とか下着を隠すけど。微かでも風が吹くと、
否、歩いて布地が揺れるだけでも見えそうで。座したみんなからは、立って歩いて居間に
入ったわたしを見上げる姿勢なので、もう既に。特にわたしの足下に駆け寄ってくる幼子
には。

 屈み込むタイミングを逸して縋り付かれた。柔らかく暖かな掌が、太腿の素肌にぴたぴ
たと触れてきて。逃げも隠れも出来なくなって。2人に好いて貰えるのは、無上に嬉しい
けど。

 真弓さんが張り付く双子を、後ろから抱いて引き離す。わたしが身動き取れる様に気遣
ってくれて。でも母の両膝に抱かれた幼子を追う様に、わたしは屈んで片膝付き。西洋の
女性騎士や剣士が、幼君に跪く情景になった。

 ならこの様な姿になれた、折角の機会だし。
 正式な口上や仕草はわたしも知らないけど。

 それらしい装いでそれらしい姿勢を取れば。
 想いを届かせる為に、羞恥は一時棚上げし。

 学校祭の演劇で観た、中世欧州の騎士と姫君の恋物語の、恋語りの情景を思い浮べつつ。

「羽藤柚明が守るべき最愛の君は、羽藤白花と羽藤桂……桂ちゃんと白花ちゃんです…」

 わたしが戦うのはたいせつな人を守る為に。
 その守りたい愛しい子・いとこは目の前に。

 伸ばされた2つの柔らかな手を右掌に受け。
 騎士が貴婦人の手を取る様な仕草になった。

 幼子を抱き留める真弓さんにも瞳を向けて。
 姿形は仮装でも言葉は偽装なく真の想いを。

「羽藤柚明の生命は、桂ちゃん白花ちゃんに尽くす為にあります。生きるも死ぬも愛しい
あなた達の為に。それがわたしの願いで望み。どの様な姿形になっても変らない、真の想
い。

 その微笑みに尽くしたい。その幸せと守りを保ちたい。愛させて。身と心を尽くす事を
許して。あなた達の未来を縛る積りは微塵もない。他に一番の人が出来た時は自由に飛び
立って構わない。あなた達の幸せと守りに役立てる事が、わたしの生きて行く意味です」

 柔らかな2人の手の甲にちゅっと唇を当て。

「ふつつか者ですが、宜しくお願いします」

 守りの誓いと告白を兼ねた様な言霊を前に、羽様の大人は暫し動かず。真弓さんの『柚
明ちゃんは小姑から嫁になってくれるのね』と言う呟きで、漸く微笑みと一緒に動き出し
て。

 サクヤさんも見込以上の成果らしく満足げ。『次は魔法少女かねぇ』とやや心配な発言
を。わたしはもう充分ですと、かなり必死に遠慮したけど。笑子おばあさんは愉しそうに
笑み。

「涼やかに綺麗で、良い感じだったよ。サクヤさんの見立ては流石だねぇ。次も楽しみ」

「女の子はその可愛さを引き出す為に、色々な試みを臆せずやってみるべきだと思うわ」

 真弓さんの純真な賛意が耳に届いたその時。
 サクヤさんの瞳の奥で星が輝く音が聞えた。

「じゃあ次は真弓にも、お似合いの衣装を見繕う事にするよ。流石に魔法少女の歳じゃな
いから、大胆なスリットの入ったチャイナ服、拳法使いが良いかね。ヒール履いた足を開
いてキリッと身構えれば、正樹もイチコロさ」

「僕を話しに絡めないで下さいサクヤさん」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。サクヤっ…」

 真弓さんも、発言が己に返ってくるとは思ってなかった様で。珍しく声音が裏返るけど。

「真弓もその綺麗さを引き出す為に、色々な試みを臆せずやってみるべきじゃないのかね。
元当代最強の鬼切り役が、柚明もこなしたコスプレから、人目が怖くて逃げ回るなんて」

 まさか、ないよねぇ。唯大きければいいって訳じゃないって処を、証明して貰わないと。

「わ、わたしは二児の母親なの。幼子の前で肌を露わにするのは教育上、お義母さん…」

 それはわたしも通じなかった言い訳です。
 笑子おばあさんはさっきの様に微笑んで。

「良いんじゃないかね。真弓さんなら綺麗だよ……何しろウチの花嫁だから、ねえ正樹」

「そこに僕の答を求めないで下さい母さん」

 今回は、正樹さんの賛同はなかったけど。

「白花も桂も、真弓のかっこいいチャイナ拳士姿を見たくはないかい。きっと綺麗だよ」

「見てみたい見てみたいっ!」「はくかも」

 次からは、被写体に真弓さんも参戦です。
 と言うか、結局わたしに逃れる術はなく。

 再度普段着に着替えてから、夕食作りも兼ねたお料理修練に。余計に時間を費やしたお
陰で、真弓さんとの修練で受けた痛手や疲れをかなり癒せて、その意味では助かったけど。

 今宵のお風呂は、白花ちゃんと一緒です。


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 笑子おばあさんの後で正樹さんが、桂ちゃんと一緒に入浴し。サクヤさん、真弓さんに
続いて、わたしが白花ちゃんとお風呂に入る。

「はい、髪を流しましょうね」「うん……」

 幼子の入浴を任された頃は、家族にも明かせない触れ合いも為した。乳離れの為におっ
ぱいを止められ飢えていた桂ちゃんが、わたしの何も出ない乳房に吸い付き。驚き振り解
いて泣かせてしまい、慌てて抱き留めると再び乳房を咥えられ。慎重に離しても、やはり
桂ちゃんを泣かせてしまい。最後は何も出ないこの胸を吸い上げ満足する様を、拒めずに。

 丁度一緒だった白花ちゃんにも、もう片方を与え。暫くの間お風呂を一緒する度に求め
られた。この世には、時々予測のつかない事もある。今となってはそれも想い出だけど…。

「はい、次は背中を流すわね」「うん……」

 白花ちゃんは桂ちゃんよりやや大人しく聞き分け良いので。作業も順調に終って……く
れなかったのは、白花ちゃんの所為ではない。

「さぁ、もう一度湯に浸かって上がるわよ」

 湯に入る為に柔らかな体を抱き上げようと、両肩に触れた時だった。背後の脱衣所にば
たばたと足音や物音が響き。幼子の気配は悟れたけど他に人の気配はなく。今日桂ちゃん
は正樹さんとお風呂に入って上がった筈だけど。

「おねえちゃあぁぁん!」「け、桂ちゃん」

 脱衣所に服脱ぎ捨てた桂ちゃんは、お風呂場に突進してきてわたしの背中に張り付いて。
背後からわたしの胸を、柔らかな両手で掴んでしがみつき。サクヤさんに唆されたらしい。
後から不意を突けばわたしを驚かせられると。

「だいすきぃ!」「け、桂ちゃ……ひゃっ」

 何度もお風呂一緒した仲なので。この胸を柔らかな手で触られる事も、一度や二度では
なかったけど。この感触は年頃の女の子が馴れては拙い以上に、馴れる事も難しく。不意
を突かれるとやはり弱い。それにわたしは羽様の幼子に身を掴まれると、自力で外す事が。

「あのね桂ちゃん」「えへへ、やわらかぃ」

 桂ちゃんはわたしの背中にピタと頬を当て。
 無心に無垢にこの肌の感触を喜んでくれて。

 白花ちゃんを放した手を、胸掴む桂ちゃんの両手に添えるけど。添えてお願いするけど、
簡単には放してくれず。わたしはやはりその小さな掌を、無理に引き剥がす事出来なくて。

 愛おしく嬉しいのだけど暖かな柔らかさに。
 困惑と名状し難い感触が体内を駆け抜ける。

「桂ちゃん。お手々放して」「もぅ少しぃ」

 桂ちゃんはお願いする度に強く両胸を握り。
 この感触に意志も押し流されてしまいそう。

 白花ちゃんが、男の子が目の前にいるのに。
 少しの困惑が表情に出ていたかも知れない。

「けい、ゆーねぇ放して」「白花ちゃん?」

 白花ちゃんがわたしの胸に両手を伸ばして。桂ちゃんの両手を外そうと。わたしの困惑
を悟って助けようと。純真無垢な善意で、両胸を掴む桂ちゃんの手を掴み。胸ごと揺さぶ
り。幼子2人に前後から責められる絵図になった。

「ゆーねぇを放して」「やだっ、もぅ少し」

「白花ちゃん、桂ちゃん、あのね……ふぁ」

 わたしは幼子の手を外せなく。白花ちゃんはわたしを助けたい善意で、桂ちゃんはわた
しへの素直な好意で、握りを外す積りがなく。聡美先輩や室戸さん達にも揉まれた胸だけ
ど、幼子の掌はそれより柔らかく暖かく心地良く。前後に左右に、2人の手が握る侭に弄
られて。

「けい、手をはなして」「やぁだもんっ!」

「はなしてって」「はくかちゃん放せば?」

「桂ちゃん、白花ちゃん、あの、ふぃゃ…」

 こんな絵図は、とても人目に見せられない。家族の助けも呼べはしない。でもそうなる
と。桂ちゃんがこの胸を心ゆく迄握った後放してくれるか。白花ちゃんがこの胸を強く揺
さぶって妹の手を放してくれるかの、二者択一で。

「どうだい桂? 柚明を驚かせ……うわ!」

 様子見に訪れたサクヤさんに、この光景を余さず観られ。わたしは1人、贄の血を耳迄
巡らせて茹で蛸になって。でも、こうなってもわたしは幼子の手を、自力で外す事出来ず。

 弱り果てた頃に漸くわたしは解き放たれた。


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 サクヤさんは事の収拾を見届けて引き上げ。桂ちゃんを唆した弱味があるから、みんな
には黙っていてくれると。サクヤさんで助かったのかな? 1つ弱味が増えた気もするけ
ど。

 お湯の熱とは違った熱にのぼせつつ。桂ちゃんも白花ちゃんと一緒に湯に浸かり。揃っ
て上がって体拭き。桂ちゃんは、白花ちゃんと見分けが付く様に、髪を伸ばしていたので。
独りで全て拭き取るのは大変なので手伝って。

「はい、おしまい。次は白花ちゃんね……」

 桂ちゃんから目を離した瞬間だった。桂ちゃんは湯上がりの気持良さの侭、一糸纏わず
に脱衣所を飛び出し。廊下を走り去って行き。

「桂ちゃん。服を着ないと風邪を引くわよ」

 慌ててバスタオルで胸から腰を覆い。裾を左手で抑え、桂ちゃんの下着と服を右手に持
って。師走の夜は室内でも気温が低い。湯上がりで体が火照っていても、すぐ湯冷めする。
はしたない姿を自覚しつつ、さっきのファンタジー女の子戦士の格好よりは露出度低いと
自身に弁明し。桂ちゃんを追って駆け出して。

 追われた桂ちゃんは鬼ごっこ気分で屋内を、幼子の元気さの侭に走り抜け。居間を出よ
うと襖を開けた、正樹さんの脇を駆け抜け入り。羽様の幼子の鬼ごっこは、わたしか真弓
さんの懐に飛び込めば、勝ちで終りとなっている。わたしが鬼を担う今、桂ちゃんの行き
先は…。

 居間で真弓さんを捜し求め、瞬時立ち止まる桂ちゃんの両肩を。両手で抑えて掴まえて。

「掴まえたっ! さぁ桂ちゃん、服を着て」

 室内ではちゃぶ台を前にサクヤさんと笑子おばあさんが座しており。真弓さんが隣室か
ら顔を覗かせた処で。背後に追走してくる白花ちゃんの足音を悟れた。正にその時だった。

 わたしの裸身を包む唯一枚のバスタオルが。
 幼子を掴まえに伸ばした手の抑えを失って。
 激しい動きに追随出来ず、はらりと落ちて。

 羽様の全員の前でわたしは桂ちゃんと2人。
 一糸纏わぬ素肌を余す処なく晒してしまい。
 叫び声も出せず幼子で正面を隠し座り込み。

 予想できない展開、見通せない状況、想像も付かない情景に、わたしは今尚弱い様です。
平常心の修練が足りません。今宵はその試練に、続けざまに当たった様な感じもしたけど。
桂ちゃんのみが事情を分らず、わたしに正面から強く抱き締められて、喜んでくれたけど。

 幾ら血の力を修練して関知や感応を深化させても、世の中に見通せない物はある様です。

 外は折からの雨風で、滞空した黒雲が吹き散らされて、月や星が顔を覗かせ始めていた。


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 幼子は正樹さんに寝付かされ。笑子おばあさんとサクヤさんも、今宵は早めに寝室に引
き上げ。人数が多いとすぐ堪る湯飲み等の洗い物を、真弓さんとさっと片付け居間に戻る。

 外を見ると上空は雲の動きが激しそう。月や星は時折姿を見せては又消えて、暫く経つ
と少し瞬き。お屋敷の周囲は今は静穏だけど。真弓さんもわたしの肩越しにその情景を眺
め。

「見える様な、見えない様な……」「はい」

「さっきの柚明ちゃんの、女の子戦士の装いの事じゃないわよ」「はい。分っています」

 言われると改めて意識してしまうわたしに。
 真弓さんは暖かな笑みと視線で背に添って。

「視えてしまうモノや視えないモノに、今も不安を感じているの?」「真弓叔母さん…」

 贄の血の持ち主ではないけど真弓さんは。
 鬼切部たる千羽の家の出で見鬼を使える。

 瞳を眇めて青く輝かせ、常人に見抜けぬ鬼を見極める真弓さんも、常の人ではなかった。
常の人ではない故に、贄の血という特殊な定めと力を持つわたしの立場を、推察する事も。

『あなたが戦い続ける限り全ては終らない』

 真弓さんにも、思い悩むわたしの姿は見られていた。この力が伸びて行く事への悩みも、
この力が届かない事への悩みも。どんな禍が来ても防ぎ止められる強さを得たい。出来る
だけ早く。でも羽藤柚明の進みは亀の遅さで。望んだ人の助けに及ばなかった事も数多く
…。

 己の無力に心折れかかったわたしに、真弓さんは裂帛の気合で、この懊悩を打ち抜いて、

『諦めない限り、挑み続ける限り、当事者の片方である己が手放さない限り、望みへの途
は尚残っているの。諦めた瞬間、全ては終る。手放した瞬間、望みは消える。己自身を許
せないなら、歯を食いしばっても進みなさい』

 だからこそ真弓さんは、わたしが傷む修練も承知してくれた。わたしが歯を食いしばっ
ても進みたいと申し出た時、誠実で真剣な真弓さんに、前言を翻して拒絶は出来なかった。

『今のあなたは確かに無力よ。望みを叶える術もなく、失う様を見送る他に何もできない。
でも、それはあなたが諦めたり塞ぎ込む事で解決できる物なの? あなたが意志や望みを
捨て去る事で心晴れ渡る物なの? 抱いた願いを祈りを叶える為に、あなたは半歩の半分
以下でも少しずつ、己の足で前進してきた』

 それを無駄だと捨てる事はあなたの正解?
 届かないからと諦める事はあなたの真意?

『あなたには可能性があるのに。わたしや正樹さんやサクヤには、どんなに望んでも決し
て得られない可能性が、あなたには確かにあるのに。止めてしまってあなたは良いの?』

 諦められる筈がなかった。見過ごせる筈も、捨て置ける筈も。咎人であるわたしは誰か
の役に立てる迄、生命を預けられ託されたのだ。哀しいから嫌だとか言える立場ではなか
った。

 哀しんでも大事な人を喪っても、わたしには尚守るべき人がいる。己の悲嘆で心を鎖す
暇などなかった。己が暗闇の繭に籠もる内に、次の危難が残るたいせつな人を傷つけたな
ら、それこそ己の怠惰の故だ。それだけは絶対に。

 羽藤柚明の最終回答は、既に決まっていた。
 己の無知と無力で家族を喪ったあの幼い夜。
 サクヤさんに頬叩かれ抱き締められた時に。

 怯え竦んでも長く留まる事も出来はしない。
 でも時折震えて立ち止まるこの心の弱さを。
 真弓さんは察して触れて心毎抱いてくれて。

『絶対退けない時は、心底諦められない時は、真に戦う他に術がない時は。全身全霊挑ま
ないと、自身に悔いを残す。それも、出来た筈なのにしなかったという、救いのない悔恨
を。

 柚明ちゃんは、この侭心を怯えに閉ざして良いの? 今迄の想いや決意と引き離されて、
大切な人が哀しみ苦しむ様を見過ごす積り? あなたの残りの人生全部、諦めきれる?』

「大丈夫です。笑子おばあさんやサクヤさんや、叔母さんの言葉を心に刻みましたから」

『わたしはこの生き方を、変えられない…』

 失ったたいせつなひとへの想い。生きて今ここにある意味。業を負う事で漸く振り返れ
る過去。手放せない。わたしにはこの生き方しかない。幸せになれるかどうかは分らない
けど、この先に充足があると信じて進むしか。わたしは、この途を諦めて引き返せはしな
い。

「人の世の先行きは、元々見通し難い物です。見通す力は怠らず修練しますけど。視えな
くても明日は来ます。時は留まってはくれない。視えないなら視えない今を受け容れて。
常に心を柔らかく、修練を重ね技量を増して。いつでも何にでも対応できる状態に、己を
保つ。そうですよね、叔母さん」「柚明ちゃん…」

 詩織さんの悪化し行く病状も、笑子おばあさんの終焉も。朧に感じ取れている。その遙
か向うに、愛しい人達との断絶を暗示する不吉な空白も。それは好ましい物ではないけど。
望ましい物ではないけど。心に波風招くけど。

 例え先行き分らなくても、わたしの想いは変らない。たいせつな人の微笑みを望み願う
気持は同じ。目先が定かに視えずとも、概ねを悟る事さえ出来ずとも。愛しい人の為なら
独りでも、怖れ抱いてもわたしは歩み出せる。わたしは身に余る程の愛を受けた。家族全
員に死を招いた禍の子には不相応な程の想いを。心を返したいのは義務ではなくわたしの
求め。

 この先にどんな危難や悲嘆が待っていても。
 そうであればこそわたしが受けて防ぎたい。

 触る事も声届かせる事も叶わなくなっても。
 絆も絶たれ忘れ去られる末を迎えようとも。

 愛しい人の幸せを守り通す事こそわたしの。

「どんな姿形になっても変らない真の想い」

 言い終えた瞬間美しい人は左耳に唇を寄せ。
 首筋からこの胸に滑らかな両腕が軽く絡み。

「じゃあ、あなたにはわたしが約束するわ。
 ……柚明ちゃんの幸せは、わたしが守る」

 幼子に深く好まれ愛されたあなたが幸せでなければ、白花も桂も本当に幸せと言えない。
修練で毎日あなたを痛めつけるわたしに、あなたを大事にするとは口が裂けても言えない
けど。せめてあなたの望みを願いを守りたい。

「小姑でも花嫁でも変らない。立場も姿格好もあなたの値を変えはしない。柚明ちゃんは
羽藤真弓のたいせつな人。心から愛しく守りたい綺麗な子。強く賢い幸せの守り手……」

 左頬に後ろから柔らかな唇がちゅっと触れ。
 予測不能な展開に驚きで頬染まるわたしに。
 愛しい人は微かな笑みと親愛を声音に込め。

「これからも、末永く宜しくね。可愛い妹」

 見通せない展開にも時折喜びは潜んでいる。


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