第6話 鬼はうち、福はうち



前回迄の経緯

 お正月を過ぎた羽藤家で冬の大きな催しは、節分に行う豆まきです。お父さんお母さん
が元気だった頃から、サクヤさんも隔年で一緒してくれたわたしの家の豆まきは『鬼はう
ち、福はうち』だったけど。他の家と少し違うと想いつつ、幼いわたしは特に訝しむ事も
なく。

 羽様のお屋敷に移り住み、笑子おばあさん、サクヤさんや真弓さん正樹さんと一緒に迎
えた羽藤家の豆まきも又、同様に。小学6年生の初夏、お父さんお母さんを殺めた鬼が訪
れ、白花ちゃん桂ちゃんを殺めかけた後の冬にも。

 羽藤家のやや珍しい豆まきが、わたし達羽藤のたいせつな人に抱く想いの顕れだと悟れ
たのは、わたしが中学1年生の冬・節分に…。

参照 柚明前章・第二章「哀しみの欠片踏みしめて」

    柚明前章・番外編・第4話「変らない想いを抱き」


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「福はうちで……鬼もうち?」「うん……」

 杏子ちゃんのオウム返しの問に、応えて頷くわたしの声音は、自信のなさが潜んでいる。

 お豆をばらまくこの時期は、風も冷たくて息も白い。やや明るいブラウンのショートな
髪のお友達と、並んで歩む小学校の帰り道で。

「普通豆まきは『鬼はそと』って言うよね」

 首を傾げる杏子ちゃんにわたしも頷いて、

「うん。他のウチではそう言う家が多いって、お母さんもサクヤおばさんも言っていた
…」

 ウチは他のウチとは少し違うのよ、とも。

 みんなと同じでない事は、子供心に少し不安で引っ掛るけど、お父さんお母さんもサク
ヤさんも、それを自然に受け止めているので。わたしもそう言うものなのかなと、考え考
え、

「おばあちゃんのお家でもそうなんだって」

 町外れにお屋敷がある、お父さんの実家の恵美おばあちゃんではなく。電車を乗り継ぎ
一日かけないと辿り着けない経観塚(へみづか)と言う遠い処に住んでいる、お母さんの
お母さんである笑子おばあちゃんの方だけど。

「恵美おばあちゃんの家は普通に『鬼はそと、福はうち』でお豆まいているって、仁美お
姉ちゃんや可南子ちゃんは言っていたっけ…」

 改めて考えると鬼はうちと言うのは変か。

「鬼をうちに招き入れたら、まずいでしょ」

 まあ、実際に鬼がやってきたら、お豆で追い払えるとは思えないから。鬼はうちって豆
まきしても、問題はないのかも知れないけど。

 杏子ちゃんは現実的な事を呟きつつ、わたしのキーホルダーに付いた青珠に瞳を向けて、

「ま、ゆーちゃんはその青いたまがあるから、わざわいも鬼も近づかないんだね」「う
ん」

 でも、もし青珠の力でわたしが安全なら。

 青珠で守られるのはわたしだけだ。お父さんお母さんやサクヤさんは、しっかり『鬼は
そと』でお豆まかないと、鬼を防げないかも。

「鬼はそとでお豆まかなくて大丈夫なの?」

 帰宅後、台所でお夕飯を作るお母さんは忙しそうなので、居間に寝転がっていたサクヤ
さんに尋ねてみた。寛いだサクヤさんは日向ぼっこの猫みたいで可愛い。丁度テレビも豆
まきのニュースを流している。わたしの声に、女性にしては大きな背中が、もぞっと動い
た。

「ん……そうだね。確かに他の家では、鬼はそと、福はうちって、豆まきしているね…」

 サクヤさんは絨毯に横になって、コップ酒と豆まき用の豆を口へ運んでいた。特にお豆
の方は手掴みで、何個か一気に口に放り込む。『節分は歳の数だけ豆を食べなきゃならな
い、大変だよ』と言っていたけど。一体何個食べるんだろう。確か美人独身二十歳の筈じ
ゃ…。

 夕刻前で既に相当な飲酒量だけど、サクヤさんが酔っ払った姿を見た事がないわたしは、
気にせず視界に回り込んで、視線を合わせる。サクヤさんはわたしを綺麗な瞳で見つめ返
し、

「柚明も『鬼はそと』で豆まきをやって、鬼が寄り付かない様に、追い払いたいかい?」

 問い返しに、わたしは少しだけ答に惑った。わたしは鬼に恨みも憎しみもない。第一逢
った事もない筈だ。積極的に追い払いたい事情はなかった。一応鬼は人に危害を加える印
象はあるけど。サクヤさんは整った容貌に快も不快も見せず、静かにわたしを正視してい
る。

 わたしは少し考えつつ正視を返して頷いて、

「お父さんやお母さんや、サクヤおばさんが鬼に襲われたら、困るから」「そうかい…」

 柚明は優しいね。サクヤさんは横たえていた身を起こして、右手をわたしの頭に伸ばし、
髪の毛をくしゃっとかき分けつつ強く撫でて。髪がくしゃくしゃになるけど、サクヤさん
を強く感じられる事は嬉しいので、嫌ではない。

 そんなわたしを、間近から愛しむ目線で、

「あたしは別に鬼は外でも良いんだけどね」

 美しい貌は穏やかな微笑みを浮べていて。
 僅かに影が差して見えたのは気のせいか。

「世の中には悪い鬼だけでなくてね、柚明」

 そこでお母さんが台所から声だけ挟めて。
 手を放せない作業途中だからだろうけど。
 姿を見せずに声だけで応えるのは珍しい。
 一度火を止めわたし達の居る居間に来て、

「中には良い鬼もいるの。人間と同じ。良い人もいれば悪い人もいる。鬼だからって全部
追い払ってしまっては、哀しいでしょう?」

「悪い鬼だけじゃなく、良い鬼もいる…?」

 わたしの視線は傍に来たお母さんに向く。

「泣いた赤鬼の絵本を読んであげたでしょう。
 里の人と心から仲良くなりたく思う赤鬼や。

 その赤鬼が里の人と仲良くなれる様に、わざと悪役やって赤鬼に退治されて見せた青鬼。
赤鬼と付き合った侭でいると、里の人達に誤解されるからと、一人旅に出る心優しい青鬼。

 中には普通の人より心優しい鬼もいるの。
 普通の人よりも強く賢く、美しい鬼もね」

 そうでしょう、サクヤさん? お母さんが話しを振ると、なぜかサクヤさんは頬を染め、

「ま、まあ。そう言う事も、あるかもね…」

 少し照れた様なサクヤさんが可愛かった。

「そんなに数は多くないけど『鬼はうち』って豆まきしている家や神社は他にもあるの」

「……ここ××神社では、珍しい事に『鬼は内、福は内』って豆まきを行なっています」

 丁度テレビでも、その珍しい豆まきを取り上げていて。わたしも視線を注意を惹かれて。

「……鬼の面をご神体としている神社なので、『鬼は外』と言わないそうです。日本では
他にも鬼を神様や神様の遣いとして祀る神社や、鬼塚さん・鬼頭さん・鬼瓦さん等、鬼の
字の付く名字のお家、鬼にゆかりのあるお家では、『鬼は内』と豆まきする事が、ある様
です」

「鬼が神様や、神様の遣いにもなるの…?」
「悪い鬼ばかりではないって言ったでしょ」

 今度は、お母さんの言葉に素直に頷けた。

「そうだね。良い鬼なら来て貰って、仲良くなっても良いよね。悪い鬼なら困るけど…」

「柚明が青珠を放さず、お転婆せず大人しい良い子で居たら、悪い鬼は寄り付かないよ」

 サクヤさんの声にわたしは少しの不安を、

「わたしは大丈夫でも、お父さんお母さんや、サクヤおばさんは大丈夫なの? 青珠は遠
く離れた処へ写真のお仕事に行くサクヤおばさんも、一緒に守ってくれる?」「……あ
あ」

 向き直っての問に、サクヤさんは頷いて、

「本当に柚明は心優しい良い子だね。大丈夫だよ。柚明が無事でいる限りあたしは大丈夫。
その身から青珠を放さず、血を流さず無茶をせず、みんなの幸せを祈り、人の注意を聞く
良い子でいる限り、全員いつ迄も大丈夫さ」

 長く柔らかに艶やかな腕に招かれて、わたしはその大きな胸の谷間に頬埋め。心地良い
暖かさに肌身を浸し、幼子の幸せに包まれて。

 良かった。身も心も安心に浸かった頃合に、お父さんが帰ってきて。お夕飯の後にみん
なで節分の豆まきを。もう毎年恒例の『鬼はうち、福はうち』のかけ声も華やかに元気よ
く。

 わたしがずっとこの身から青珠を手放さず、血を流さず無茶をせず、みんなの幸せを祈
り、人の注意を聞く良い子であったなら。サクヤさんの言う通り、全員いつ迄も大丈夫だ
った。笑顔は幸せは尽きる事無く続いていた。わたしがその要件を欠いた時、悪い鬼は訪
れて…。

 お母さんやお父さんと一緒に節分に豆をまく事は、二度と叶えられない遠い夢になった。


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「福は内で鬼も内、ですか?」「うん……」

 嫁入りして初めて節分を迎える真弓さんが、正樹さんに羽藤家の豆まきについて問う声
に、わたしは板張りの廊下で足を止めて聞き耳を。

 羽様に移り住んで半年少し過ぎ、わたしももうすぐ小学4年生。でも去年の今頃、町の
家で豆まきしていた事を思い返すと、未だ少し胸が痛む。それはわたしの話題だったから、
贄の血の力が無意識に作用して悟れたのかも。

 サクヤさんは一年交替で、羽様のお屋敷と町の家で豆まきしてくれていた。わたしが羽
様に住んだ今年からは、毎年羽様で豆まきしてくれるのかな。昨夜遅くお屋敷に帰ってき
たけど、今朝はお疲れなのか未だ眠ってます。

 でもお屋敷は広いので、声を低めなくても、サクヤさんを起こす心配は少ない。真弓さ
んにしては珍しいひそひそ話しは誰に向けて?

「千羽の家では盛大に『鬼は外』だったんだろうけど、ウチはサクヤさんがいるから…」

 正樹さんの答はわたしには『?』だった。
 サクヤさんがいると『鬼は外』は拙いの?

 でも真弓さんは、そこは全くスルーして、

「それは承知ですけど、問題は柚明ちゃん。
『鬼は内』ってやって、良いんですか…?」

 わたしより数ヶ月遅くお屋敷に住み着いた真弓さんは、わたしが両親を鬼に奪われた末
に羽様に移り住んだと知っている。鬼を招くかけ声がわたしの心を抉ると案じてくれて?

「ん……、柚明ちゃん?」「「あっ……」」

 真弓さんの声に、気付かれたわたしと気付いてなかった正樹さんの声が同時に答を返す。

 忘れていました。真弓さんは武道の達人で、近くの人の気配は感じ取れるのだった。物
音立てず息を乱さなくても、鬼が贄の血を察知する様に、サクヤさんがわたしの所在を察
知する様に、真弓さんは人の気配を的確に悟る。

「立ち聞きしちゃって、ごめんなさい……」

 お話しは、みんなの揃うちゃぶ台へと移行する。事情を聞いた笑子おばあさんは静かに、

「……柚明が望むなら、『鬼は外』で豆まきをしても良いと、わたしは想うのだけど…」

 おばあさんの視線は正樹さんから真弓さん、わたし、サクヤさんへとゆっくり移ろいつ
つ、

「いっそ豆まき自体をしないって手もある」

 これは唯の年中行事だ。オハシラ様とも関らない。みんなが納得できるなら、わたしは。

「済みません。わたしが不用意に口に上らせた為に」「真弓は悪くない。家のしきたりは
それぞれに異なる。特に羽藤は旧い家だから。クリスマスの時と話しは同じさ。知らない
事は知った者に訊かなければ分りようがない」

 謝罪する真弓さんを庇う正樹さんの脇で、

「あたしは、笑子さんや正樹達に任せるよ」

 サクヤさんの沈痛な表情は、わたしの心痛を思ってくれてなのか。やや癖のある豪奢な
銀の髪が、この時だけは俯き加減で力なくて、

「柚明が鬼を憎んで寄せ付けたくない気持は分る。『鬼は外』って豆まきをしたいなら」

 あたしは柚明の納得行く結論なら良いよ。

「……柚明は、どうして欲しく望むかね?」

 笑子おばあさんがわたしに話を振ってきた。豆まきをするもしないも、『鬼は内』を
『鬼は外』にするもしないも、全てわたし次第と。わたしの想いを汲み取って決めようと
の問に。

『お父さんやお母さんなら、何て言うかな』

 みんなを見つめ返しつつ、少し考え込む。

 お父さんやお母さんを失って羽藤柚明はここにいる。2人の生命を奪ったのはあの鬼だ。
わたしの幼い幸せを奪い去ったのは鬼だった。憎く悔しく呪わしい。仇を取りたく願うけ
ど。

 でもそれよりも、あの鬼が今度は羽様に現れて、残されたたいせつな人に牙を向ける事
の方が尚怖い。笑子おばあさんや正樹さんや、サクヤさんを害しに現れる事が心底怖かっ
た。今度こそわたしは本当に独りになりかねない。

 寄せ付けたくない、追い払いたい。杏子ちゃんが言った通り、あの鬼を豆で退けられる
とは想えないけど、何かの形で示したかった。あの鬼への憤りを、叫びを、憎しみを恨み
を。

 わたしは、あの鬼を憎んで、恨んでいる。
 今のわたしには追い払いたい事情がある。
 お父さんお母さんを奪った鬼への詛いを。
 お父さんお母さんに抱くわたしの想いを。

『鬼は外』と豆をまく事で、届かせられるだろうか。あの鬼もそうだけど、お父さんお母
さんに。わたしの届かせられなかった想いを。2人はどうする事を望んでくれるだろう
か?

 耳に届いてきた声は、瞼の裏に浮ぶ像は、

『世の中には悪い鬼だけでなくてね、柚明』

『中には良い鬼もいるの。人間と同じ。良い人もいれば悪い人もいる。鬼だからって全部
追い払ってしまっては、哀しいでしょう?』

『中には普通の人より心優しい鬼もいるの。
 普通の人よりも強く賢く、美しい鬼もね』

 あの鬼は憎いけど。噛みつきたい程に憎いけど。お父さんもお母さんもきっとあの鬼を
心から憎み恨み、怒っているに違いないけど。

「今迄の通り『鬼はうち、福はうち』で豆まきをして欲しいです。きっとそれが、お母さ
んとお父さんの望みだと、思いますから…」

「「……柚明……」」「「柚明ちゃん…」」

 4人の大人はやや意外そうで、わたしの真意を少し訊こうとの感じで言葉を思い止まり。

「羽藤家は『鬼はうち』でずっと来ました。
 お母さんもサクヤさんも、おばあさんも」

 世の中には良い人もいれば悪い人もいる。
 なら、悪い鬼もいれば良い鬼もいる筈だ。

 人だって悪い事や酷い事はするけど、だから全て嫌って追い払うなんて事はやってない。

 鬼か人かで追い払い招くのは違うと思う。
 羽藤家は『鬼はうち』と豆まきしてきた。

「あの鬼は憎いけど、あの鬼は許せないけど、絶対捉まえてやっつけて欲しいけど、で
も」

 わたしが許されてここにいると言うのに。
 悪い子が追い払われずにここにいるのに。

「わたしが良い子でなかったから。青珠を手放して鬼を呼んだ禍の子だったから。お父さ
んとお母さんに禍を招いたのに。悪い子だったわたしがみんなに許されてここにいるのに。
悪くもない鬼迄も全部嫌って、纏めてお豆をぶつけて追い払うなんて、出来ないです…」

 悪い子はわたしだ。禍の子はわたしだ。わたしに鬼を追い払う資格はない。わたしこそ
追われる資格を満たしている。そのわたしが、悪くもない鬼迄纏めて嫌って追い払うなん
て。

「悪い鬼は、仇の鬼は、追い払いたい。やっつけて欲しい。捉まえて欲しい。その想いは
込めるけど。鬼の全部を追い払うという考えは、お母さんもお父さんも言ってなかった」

 鬼はうち、福はうち。わたしは再度呟いて、

「わたしはお父さんとお母さんの子です。そのお陰で悪い子でも禍の子でも、許されてこ
こに住まわせて貰っています。せめてお父さんとお母さんの気持は、引き継ぎたい……」

 わたしの憎しみではなく、わたしの怒りではなく、わたしの恨みではなく、わたしの詛
いではなく。わたしの大好きだったお父さんとお母さんの想いを、お母さんを育ててくれ
たおばあさんの、羽藤の想いを引き継ぎたい。

「わたしは羽藤柚明です。羽藤の家の豆まきは『鬼はうち、福はうち』です。わたしもそ
れを引き継ぎます。引き継がせて下さい…」

 せめてその位はしないと。せめてその想いを確かに承けて繋がないと。わたしがここに
尚生かされてある意味が、無くなってしまう。

 そこに寄り掛る他わたしの生きる途はない。
 零れそうになる涙を瞳の上で必死に抑えて。
 何分位頭を下げっぱなしにしていただろう。

 これが羽藤柚明の正解だった。これ以外の想いがどれ程この胸に渦巻いても、わたしが
羽藤柚明である為にはこうする他に術がない。そしてそうする事こそがわたしの真の望み
…。

 4人の大人の了承を貰い、羽様の豆まきは例年通り『鬼はうち、福はうち』で行われた。
心は未だ少し痛むけど。投げるお豆には、言葉と裏腹に時折憎しみもこもってしまうけど。

 これからは羽様のお屋敷で、たいせつな人といつ迄も仲良く幸せに豆まきできます様に。


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 その夜わたしに添い寝してくれたのは、サクヤさんではなく、笑子おばあさんでも正樹
さんでもなく、真弓さんだった。鬼の話題の後だから、鬼を切る真弓さんが適任なのかな。

 もうすぐ小学4年生になるわたしは、素直に添い寝を願い出られる歳でもない。そんな
子供心も真弓さんは分っていて。自室で1人お勉強を終えて、もう寝ようかと言う頃合に。

 誰かが来てくれそうな感触は微かにあった。
 何となくでも分るのは贄の血の故なのかな。

「少し、お話ししたいの。柚明ちゃんと…」

 1人お部屋を訪ねてくれて、少し寒いと。
 身を暖かくする方法は他にもあったけど。

「お布団に入って、お話ししましょうか?」

 心も暖めるにはこれが一番と、身を重ね。
 滑らかで柔らかな肌の感触に、良い香り。

 お父さんとお母さんを亡くして羽様に来てから、わたしは時折添い寝をして貰っていた。
みんなは両親を目の前で奪われたわたしの心の傷を案じてくれて。わたしが遠慮がちなの
を分って、時折自室をお布団を訪ねてくれて。特にサクヤさんは、わたしが羽様に移り住
む前から『よばい』と称して積極的だったけど。

 独りで夜を迎えると、時折罪悪感で、心が闇に染められる。幸せな過去を思い浮べると、
同時にそれを壊した己の所行が思い返される。誰かの人肌や息吹に、独りじゃないと感じ
させてくれる何かに触れてないと己を保てない。

 そんなわたしの心境をみんな察してくれて。サクヤさんも、笑子おばあさんも正樹さん
も。時折夜更けにわたしを訪れてこの身に添って。心を支えてくれて。夜を一緒に乗り越
えてくれて。真弓さんも既に数度添い寝されていた。

 一緒に暮らす家族になったけど、正樹さんの嫁の真弓さんが、添い寝してくれたのには、
最初は正直驚いた。鬼を切る程に強い女性が、わたしの様な唯の女の子にそこ迄するなん
て。

 鬼に二親を奪われても、抗う意思も持てず、泣き叫ぶ他に術の無かった己の軟弱を。叱
られるのが至当だと思っていた。若く細身な女性に叱られては、わたしに弁明の余地はな
い。

 でも真弓さんは本当に優しくて柔らかで。
 少し不器用な位まっすぐ正直に愛おしく。

 綺麗に艶やかな肌、涼やかに整った顔立ち、明るいブラウンの柔らかな髪、闘う人から
は想像できない滑らかな肉感。大人の女性という以上に、真弓さんはわたしが成人しても
どこ迄頑張っても及ばない程、美しく可愛くて。間近に添うだけでなぜか胸が高鳴ってし
まう。

 暫く言葉は交わさず、身を擦り合わせ体温を交わし合い。サクヤさん程に大きくはない
けど豊かな大人の女性の胸の谷間に、頬迎えられて。肌身に肉感を交わし合ったその後で。

「柚明ちゃんは、サクヤに寒気や胸騒ぎを感じた事はない?」「寒気や胸騒ぎですか…」

 真弓さんの問は、静かに柔らかだったけど。
 実感が湧かず、首を傾げてしまうわたしに、

「一緒にいる時に、なぜか突然不安で震え出した事とかはない? 悪寒を感じて辺りを見
回すと、サクヤの視線があった事とかは?」

「……別に、感じた事はないですけど……」

 顧みれば、節分の夜はサクヤさんの添い寝がなかった。一緒のお風呂も。今迄気にして
なかったけど。一緒に豆まきして夜も泊っていたけど。僅かに応対が硬く他人行儀な気が。

 今宵添い寝してくれたのも真弓さんだし。

「柚明ちゃんは町の家にいた頃から、添い寝やお風呂の他にも、良くサクヤと2人一緒に
いて、肌身触れ合わせていたと聞いたけど」

 わたしがサクヤさんに、怯えや怖れを抱く筈はないので。真弓さんの問は、サクヤさん
が何かの危険を感じていて、他の人にそれを隠していると、心配してくれているのかな?

 わたしが鈍いのか、サクヤさんが大人で巧く隠せているのか。わたしの知る限り、サク
ヤさんが何かに怖れ怯えている印象は無くて。両親を奪われた後、わたしと経観塚に来る
迄の間以外は。あの時はわたしを鬼が追ってくる怖れに、サクヤさんも厳重警戒だったから。

「胸がドキドキする事は何度かありましたし、今もあります。あれ程綺麗でスタイル良い
人が、間近に添い寝してくれたり、お風呂に一緒してくれたりもして、肌身も合わせる
し」

 1人で髪を洗える様になったのは、丁度去年の今頃だ。でも1人で入れると言ってもサ
クヤさんは悪戯っぽい笑みを浮べ、一緒に入ろうとこの手を取って、わたしをお風呂場に
招き。湯船に浸かって背中を流し合ったけど。

 胸の大きさに圧倒された。服の上から見えていたけど。生身のそれを間近に見ると、恥
ずかしさより見事さに息を呑み。お母さんや笑子おばあさんよりずっと大きい。サクヤさ
んはその手で両の胸を自信満々に揺さぶって、次にわたしにのつるっと平坦な胸を軽く撫
で。『柚明も早く大きくおなり』とおまじないを。

 背丈も肩幅も手足の長さも、及ばないけど。でもそれ以上に胸の大きさは、大人になっ
ても追いつけそうにない。お母さんや笑子おばあさんの血縁なら限界があるのか。真弓さ
んもやや大きいけど、サクヤさんには及ばない。

「前の添い寝は年末でした。2人きりで長い時間一緒にいたとなると、去年の夏に町から
お屋敷に移り住む時に、赤兎でほぼ一日…」

 サクヤさんは大胆な人だから、笑子おばあさんや正樹さんが見ている前でも、平気でわ
たしを抱き締めて、胸の谷間に頬を受け容れ。わたしが恥じらう様をむしろ愉しみ。それ
は真弓さんの前でも、一向に変らなかったけど。

「真弓叔母さんが見ている通りです。わたしは日常的に胸がドキドキしてますけど、これ
は胸騒ぎって言うのでしょうか?」「……」

 大人の女性同士なら問題かも知れないけど。わたしは幼子だからサクヤさんが面白がっ
て。真弓さんはこの仲をひっつきすぎと、サクヤさんを叱っていたけど。わたしを叱らず
サクヤさんのみ叱っていたけど。サクヤさんは気にする事もせず、羨ましいかいと切り返
して。

 わたしは実はそれが嬉しかったのだけど。

『時々首筋に唇当ててくれた事もあったし』
『つるぺたな胸を良く撫でて触れてくれた』
『添い寝したら頬や額を合わせてくれたし』
『長い両腕でこの身を抱き締めてもくれた』

 綺麗で柔らかで艶やかで滑らかなこの人に、触れて貰える事は喜びだった。肌身に触れ
て慈しみや優しさを感じられる事は幸せだった。

 羽藤は笑子おばあさんから長く、サクヤさんに大事に想われていた。そしてサクヤさん
に抱く想いも、羽藤は笑子おばあさんから長く受け継いで。お母さんも正樹さんも今は真
弓さんも。わたしもその想いを承け繋ぎたい。

「寒気は感じないけど、身体が熱くなる事はあった気が。その、暖かな感じもあったけど、
恥ずかしくて血の巡りが多くなる様な事も」

「サクヤおばさんは積極的な人だから、一緒にいると良く頬合わされたり抱き留められた
り、周りの視線が気になる事はあったけど」

「周りの視線も気にできない程、正面から抱き留められ見つめられ、耳迄熱くなったり」

 問の真意には巧く答えられてなかったかも。でも、頬が赤かったのはわたしだけでなか
ったと思う。思えばこの時真弓さんのお腹には、既に新しい生命が宿っていたのかも知れ
ない。


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 草木が芽吹く春に真弓さんの妊娠が分って、夏になるにつれそのお腹は徐々に大きく育
ち、天高く馬肥ゆる秋に新たな生命は生まれ出た。

 わたしの想いを、連綿と受け継いで来た羽藤の想いを、伝え残して行ける新しい生命が。
わたしが愛を注ぐ事の出来る愛おしい生命が。

 男の子と女の子の、双子の赤ちゃん。

 お父さんもお母さんも、弟妹も失ったわたしだけど、何もかも失った訳じゃない。未だ
新しい出逢いは巡ってくる。未だ新しい生命は芽吹いてくる。世界は可能性に満ちている。

「こっちの男の子が桂(今の白花ちゃん)で、こっちの女の子が白花(今の桂ちゃん)
よ」

 羽藤の想いは、わたし迄受け継がれたけど。わたしには子供も弟妹も居ないから。想い
を受け継ぐ事は出来ても、心に刻んで繋ぎ保つ事は出来ても、伝え残す事だけは出来なく
て。

 笑子おばあさんやお父さんお母さんの想い。
 正樹さんや真弓さんや、サクヤさんの想い。

 幾らこの身に注いで貰えても、わたしはそれを伝え残せない。年長者に想いを返すだけ。
わたしがお父さんお母さんの死を招いたから。その後に生れる筈だった生命迄も絶ったか
ら。

「んぎゃああぁぁぁ」「んぎゃあぁぁぁぁ」

 言葉にならない泣き声を時たま上げるこの幼子が、生れる迄は。わたしの絶望と闇を突
き破るこの誕生を、目の当たりにする迄は…。

 わたしの定めのレールが、切り替わった。
 償う術もなく、罪を背負うだけの人生が。
 目的もなく生かされるだけだった日々が。
 使い果たす迄捨てられないだけの生命が。

 守りたい物が出来た。愛したい物が出来た。想いを注ぎ伝え、残したい物が出来た。再
び得られる筈のなかったたいせつな物が。遂にわたしにできなかった弟と妹が出来た。こ
の暖かでふよふよした2つの生命が、新しい息吹が泣き声が、わたしは途方もなく嬉しく
て。

 愛らしさは無限大だった。愛しさは無尽蔵だった。この気持は無条件だった。わたしの
心に、起きる筈のない津波が起きた。大波が、わたしの凍てついた心を押し流し融かし去
る。

 この微笑みを曇らせない。この笑顔を泣かせない。この喜びの為に尽くしたい。この生
命に迫る、この世の全ての危険から守りたい。罪を購えなくても、尚己に出来る事はあっ
た。

 身体中の血が沸騰する感触があった。
 心臓の奥から噴き出す溶岩を感じた。

 嬉しさに涙が止まらなかった。拭っても拭っても頬を塗らす雫を止められなくて。隣に
いたサクヤさんに縋り付いて、喜びを表した。この出逢いに、この気付きに、この巡り合
いに。わたしを包む世界の諸々に。今日迄生き延びてきたわたしの選択に、宿縁に感謝し
た。

 己は無価値で良い。禍の子でも良い。でも、そんなわたしでも、この笑顔の為に尽くせ
るなら。無垢な笑顔、無邪気な笑顔、唯の笑顔。それが、わたしには例えようもない程尊
くて。この想いを伝えて残したい人を遂に見つけた。

 この2人を守り抜く為に生きる。
 この2人の役に立つ為に生きる。
 この2人の力になる為に生きる。
 わたしの生命は2人の為にある。

 わたしに望みをくれたのはこの2人。わたしを生かしてくれたのはこの2人。この2人
に生命を返さなければ。生命で応えなければ。生命を尽くさなければ。いや……尽くさせ
て。

 それ迄一向に進まなかった血の力の修練を、執念で進ませ始めたのは、幼い2人の先達
になるとの目標が出来たお陰だった。幼い2人はわたしより濃い贄の血を宿しているとい
う。

 経観塚はオハシラ様のご神木を中心に、血の匂いを紛らわす結界が、町を包む範囲で広
がっていて。青珠が無くても修練が無くても贄の血筋が鬼に悟られる心配はない。わたし
がサクヤさんに連れられて羽様に移り住んだのも、その効果を見込んでの事だった。でも。

『濃い血を持ち匂う事がどんな定めを招くか、貴女は知っている筈よね。贄の血の力を使
える先達として、宜しくしてやっておくれよ』

 笑子おばあさんの言う通りだった。愛しい双子も、終生経観塚を離れないとは限らない。
旅行や進学や就職や結婚で、羽様を離れる事もある。わたしのお母さんがそうだった様に。

『貴女だけなんだよ。今わたしの他にはね』

 羽藤の血を引かない真弓さんもサクヤさんも、贄の血が歴代で最も薄い正樹さんも、笑
子おばあさんの代りは出来ない。わたしだけ。贄の血の持ち主として、力を操る先達とし
て。

『お母さんの様に、お母さんがわたしを守り助け導こうとしてくれた様に、わたしが…』

 わたしが、2人の力になる。
 わたしが、2人を助け守る。
 わたしが、2人を導き招く。

 守らなければならない、守り抜きたい、守らせて欲しい。わたしのたいせつなひと達を。

 産後の真弓さんに闘う術を教えてと頼み込んだ。血の力を扱えても血の匂いを抑えても、
それでは足りない。それは鬼に見つからなくするだけだ。見つかってしまえば意味はない。

 桂ちゃんと白花ちゃんを、守れる力が欲しかった。今迄守られる側で、守りたい人はわ
たしより遙かに強く。己は無価値な禍の子で、死に物狂いで守りたいと思えなかった。で
も。

 己ではなく、この愛した双子に伸びる鬼の手から、災害や事故や凶暴な獣や犯罪者から、
庇い守り抜く為に。最早己が非力でいる事は許されなかった。守りの力や技が必須だった。

 鬼切りの業を身につけられるとは思わない。
 真弓さんの強さを受け継げるとは思えない。

 でも何もしないよりは良い。身のこなしや基本の技なら扱えるかも知れない。鬼切部の
様にこちらから鬼を討ちに出向く積りはない。唯何か禍や危難の迫った時に、たいせつな
人を守り、たいせつな人を守れる己を残す為に。

 それがたいせつな人を救い、己を救った。
 己の定めを救ったのは、幼い双子だった。

 小学6年の初夏、あの鬼が羽様に来た。わたしが青珠のお守りを手放した為に招いた禍。
家族全員を死に至らしめた凶悪な仇が。漸く掴めたわたしのたいせつな人を、害しようと。

 幼い双子を遊ばせて、緑のアーチの出口近くにいたわたしに、真弓さんを呼ぶ暇はなく。
鬼はわたしの珍しい名を憶え、警察の被害者情報を盗み見て、わたしの所在を追ってきた。

 わたしの所為で大切な人が危害に晒される。
 わたしの所為で大切な人の生命が奪われる。

 防がなければならなかった。守らなければならなかった。食い止めなければならなかっ
た。この身を盾にしても、生命を的にしても、身を抛ってでも、幼い双子の未来を繋がね
ば。今度こそ想いを残し伝える人を失いはしない。

『桂ちゃんの血も白花ちゃんの血も、一滴も流させはしません! この身に代えても…』

 未熟者のわたしでは鬼に敵う筈もないけど。
 血の力と護身の技を全て投入して時を稼ぎ。

 何本かの刃物を刺され、豪腕で内臓を破る程に殴られ蹴られ。白花ちゃんはお屋敷に逃
がせたけど、桂ちゃんはわたしの傍から逃げてくれず、その逃げ足はもう間に合わなくて。

 死神の鎌はわたしを捉えていた。その死を受け止めつつ尚少し抗って、必死に立ち続け。
後僅かで息絶える体を、想いの力で少しの間保たせて立ち塞がって、鬼の眼光を睨み返し。

『わたしが桂ちゃんを守るから。桂ちゃんの微笑みを守るから。血の最後の一滴になって
も守るから。それがわたしの生きる値で目的だから。桂ちゃんの為に今迄繰り越してきた
わたしの生命だったから。だから、大丈夫』

 想いを注ぐ者がいなければ、わたしの生に意味はない。守り庇う者がいなければ、わた
しの日々に値はない。想いを伝え行くたいせつな人が残れば、この生命が潰えても本望だ。
その涙を止められない事は、申し訳ないけど。

 わたしの生命は、幼いあの夜からわたしの物ではなくなっていた。お父さんやお母さん、
生れる前に生命潰えた妹の代りに守られて残されたこの生命は、己の為に使う物ではない。
たいせつな人の為に使い切る迄、預っただけ。その守りや幸せにこの身を尽くすのは、そ
の笑顔に己を捧げるのは、わたしの天命だった。

 わたしが真に怖かったのは、苦痛ではない。真に怯えたのは、孤立ではない。真に危惧
したのは、愛しい双子を守れない事に。想いを伝え残すたいせつな人を、再度失う事だっ
た。

 奇跡は起きなかった。気概で天地をひっくり返せる程に、世の中は不安定にできてない。
強靱な鬼に追い詰められ、わたしは深手を負いつつ桂ちゃんを庇い、1人逃げる事を己に
許せない侭、落日と共に己の落日を前にして。

 起きたのは必然だった。白花ちゃんがお屋敷から真弓さんを呼んできて、定めの先は切
り替えられた。鬼は斬られ、たいせつな人の生命は救われて。尚少し双子の役に立ちたく
願う己も残せた。己の活躍の故ではなくても、たいせつな人の涙が止まって本当に良かっ
た。


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


 その冬は桂ちゃんも白花ちゃんも、見よう見まねで豆まき出来る程に成長して。小さく
柔らかな手に幾つかの豆を握りしめ。鬼の面を付けたサクヤさんとお屋敷の中を駆け回り。

「ふくはうちぃ、ふくはうちぃ」「うちぃ」
「おにはそとぉ、おにはそとぉ」「そとぉ」

 鬼のサクヤさんを追う先頭に立つのは桂ちゃんで、白花ちゃんは豆を持たされ後を行く。

 名前を取り違えた所為なのか、2歳時点での発育は、元気すぎておてんば予備軍の桂ち
ゃんと、やや引っ込み思案で大人しい白花ちゃんで、顔形は似ていても現れ方は結構違う。
思春期迄は女子の成長が先んじるとも聞いた。

 幼子独特のぱたぱたと軽い足音が床を叩く。サクヤさんは豆まきの文言を訂正せず、2
人と遊ぶ事を優先して、わたしの前を通り過ぎ。

「羽藤の家ではね、『鬼はうち』なのよ…」

 それを追って走り来た桂ちゃんを左に抱き。
 少し遅れて歩み来る白花ちゃんを右に抱き。

 その瞳を瞳で見つめ、肌身擦り合わせつつ。
 間近な双眸がキラキラ星を宿し輝いていた。

「おには、うちぃ?」「おにも、うち…?」

「ええ、そうよ。……一緒に言ってみる?」

 2つの頬の頷きを、両頬に感じ取れたので。
 3つの声と心を合わせ、サクヤさんに向け、

「「「おにはうちぃ、ふくはうちぃ…」」」

 新しい言葉を覚えた幼子は、喜びはしゃぎ、それを伝えようと真弓さんを求めて走り去
り。

「柚明は今年も、鬼はうちで、良いのかい」

 放り出されたサクヤさんは、走り去る小さな背中を眺めつつ、お面を頭の上にずらして、

「あの鬼が、あんたの父親と母親を手に掛けた仇の鬼が、去年は羽様迄追ってきて。あん
たの大事な桂と白花の、生命を奪おうとした。あんたを瀕死に追い込んだ。その後で尚
『鬼はうち』で、あんたは本当に良いのかい?」

 座したわたしに、正面から屈み込んで来て、

「あたしが笑子さんや正樹に頼んでも良い。
 もう鬼に関るのはこりごりだと思うなら」

 鬼なんか居なくても、あんた達が幸せなら。
 あたしは鬼より、柚明の笑顔が大事なんだ。

 それは王子様がお姫様に語りかける仕草にも似て。慈しみを込めた瞳が深く濃く輝いて。
でも癖のある豊かな銀の髪が少し力なく揺れ。サクヤさんはまるで何かを堪える様な声音
で。

「柚明は今も、鬼はうちで、良いのかい?」

 滑らかな繊手で、両の肩を包んでくれて。
 暖かな息吹で、この心臓を暖めてくれて。

 その慈しみに痺れる程の愛しさを憶える。
 強さと細やかさと、壊れそうな美しさも。

 少し仰げばキスも出来る程に唇は間近で。
 少し俯けば豊かな胸に両頬を埋められる。

 身に余る程の情愛に心迄満たされながら。
 胸の高鳴りを抑えて、血の巡りを静めて。

「気遣って頂いて有り難う。とても嬉しい」

 正視に正視を返し、綺麗な瞳を覗き込み。
 わたしはわたしの、真の想いを応えよう。

「わたしは、羽藤柚明は今後もずっと『鬼はうち』で豆まきしたい。羽藤の家の者として、
愛しい桂ちゃんや白花ちゃんに、羽藤の在り方を想いを、受け継いで繋ぎ伝え残したい」

 わたしが鬼を呼び込んだ事は、痛恨でした。わたしを追ってきた鬼の為に守りたい双子
を生命の危険に晒し、悲しみに涙させ。満足に守る事も退ける事も叶わず。真弓叔母さん
がいなければ、わたしは今ここに生きていない。全てはわたしの所為、わたしの力不足の
所為。

「わたしはたいせつな人を守るにも今尚及ばない。でもそれは、笑子おばあさんやお母さ
んやサクヤさんが、今迄続けてきた豆まきの所為ではありません。原因は、わたしです」

 わたしが禍を招いたから。わたしが禍の種を蒔いたから。わたしが鬼を退けられなかっ
たから。無知で非力だったから。わたしが鬼を退けていれば、何の問題も生じてなかった。

「……わたしが、もっと賢く強くなります」

 贄の血が鬼を呼ぶ定めを宿すなら。青珠や結界で匂いを隠せても、血の力を修練しても、
鬼に見つかる怖れは残る。たいせつな人に迫る禍の怖れは終生付き纏う。鬼だけじゃない。
犯罪や事故や、凶暴な獣や。この世の全ての禍からたいせつな人を守れる様に、わたしが。

 豆まきで『鬼はそと』を言えば、鬼が来られなくなる程、世の中は都合良くできてない。
むしろわたしはどんな鬼が来ても、確実に愛しい双子を守れる強さや賢さを身につけねば。

「今は未だ力量不足なので、真弓叔母さんやサクヤおばさんに、暫く頼りっきりになって
しまうけど。この腕は今尚非力な侭だけど」

 もう少しで追いつきます。追いつかせます。
 幼い双子を守れる強さ賢さはわたしの望み。
 いつ迄も手を拱いて人任せにはしたくない。
 わたしを案じてくれる愛しい人を正視して、

『決意が、運命を切り開く事があるんだよ。
 決意が、及ばない筈の何かに届く事もね』

 笑子おばあさんの言葉をゆっくり復唱して。

 悔しいけど、残念だけど、この世にはどうしようもない事もある。人の手や努力ではど
うにもならない事がある。どんなに頑張っても頑張っても及ばない事がある。だから人の
手でどうにかなる事は、努力で何とかできる事は、何とかしよう。全身全霊立ち向かおう。

 真弓さんやサクヤさん程に、強く綺麗にはなれなくても。己の及ぶ処迄、為せる限りを。
守られ託されたこの生命は、誰かに尽くし守り繋ぐ為にこそ。想いを伝え残したい愛しい
双子を、たいせつな人を二度と失わない為に。

「わたしは羽藤柚明です。わたしのたいせつな人は羽藤桂と羽藤白花です。真弓さんも正
樹さんも笑子おばあさんも、浅間だけどサクヤさんも、みんな羽藤の家族です。羽藤の家
が繋いできた想いをわたしも受け継ぎたい」

 サクヤさんは溜息をついて肩を竦めていた。
 少し困った様な、でも慈愛を込めた眼差し。

 秋にわたしが可南子ちゃんの電話を受けて、顔に深手を負った仁美さんの癒しに、町へ
赴く決意を述べた時の様に。わたしを案じつつ、願いを望みを受容してくれた時の。わた
しを少しだけ、大人扱いしてくれた時の、脱力感。

「あんたも表向きは大人しく柔らかい癖に。
 母親に似て、そう言う時は頑固なんだね」

 唇が触れる、と思ったら、降りてきたサクヤさんはわたしの右頬に右頬をピタと合わせ。
麗しい人の素肌は、幼子達と動き回った後の為か、微かに汗ばんでしっとりと暖かかった。

 羽様の豆まきは、今年も『鬼はうち』です。


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


 幼子は一年前の事は中々憶え続けられない。日々が新発見の連続で毎日が新記録の更新
で、連日疾風怒濤ならば一月前も遠い昔か。故に中学1年の節分でも、桂ちゃんと白花ち
ゃんはやはり、テレビの声かけをその侭に真似て、

「おにはそとぉ、おにはそとぉ」「そとぉ」
「ふくはうちぃ、ふくはうちぃ」「うちぃ」

 きっとわたしも物心つく迄毎年そう言って、お父さんとお母さんに直して貰っていたの
だ。誰かの真似から始る人の生活なら、テレビや近所の多くは『鬼は外、福は内』なのだ
から。

 今年も桂ちゃんが先頭に立って柔らかな手に豆を握り、白花ちゃんは3歩後ろを豆の袋
を持たされて追随し。婦唱夫随が可愛らしい。サクヤさんが幼子の『鬼は外』を訂正しな
いのも例年通り。そう言えば、わたしもサクヤさんに言い直しを教わった憶えがない。い
つもお父さんお母さんや、笑子おばあさんから。

 羽藤の行事だから、浅間のサクヤさんは気遣ってくれているのかなと、前は思っていた。
羽藤の流儀は羽藤が教え伝えるから、分って控えているのかと。そうではないと、そこに
は別の事情があるのだと、察せたのは最近で。

 真弓さんの血を引く幼い双子は、3歳児にしては基礎体力もあって俊敏で。真弓さんと
の修練がなければ、捉まえるのが大変だった。否、今でも結構大変で嬉しい悲鳴なのだけ
ど。

 もっと幼い頃は2人共更に良く泣いていた。特に桂ちゃんはわたしが通り掛り、その視
界に入ると泣き出して。抱き留めて頬を合わせ、あやしても中々泣き止まず。お腹を満た
してもおむつを替えても、大きくはないこの胸に顔を付けた侭、尚元気一杯泣き声を響か
せて。

 おろおろして真弓さんやサクヤさんや笑子おばあさんに助けを求めたけど。大人は心配
した様子もなく、わたしに任せて微笑むだけ。泣き出す訳も分らず解決の術もなく、泣き
疲れて眠る迄、この腕の中で胸元に抱き続けて。

 去年春から愛しい双子は、庭や近くの藪や森を走り回って、わたしをおろおろさせる様
になり。危険な獣は居ないけど、虫に刺されたり服を擦ったり、迷ったり転んだり。年季
を経た元・大地主の羽様のお屋敷も、この歳の幼子が隠れ鬼や鬼ごっこをするのに最適で。
わたしが追い回すのに四苦八苦しても当然か。ある意味これも修練だったのかも知れない
…。

 幼子に追われたサクヤさんが、居間に正座したわたしの背後に回り込み、わたしに鬼の
お面を被せた。今度はわたしが逃げ惑う番か。サクヤさんが背後から悪戯っぽい笑みと声
で、

「さぁ、次はあんた達のゆめいお姉ちゃんが鬼だ。派手に豆をぶつけて退治しておくれ」

 その瞬間、誰もが予期しなかった展開が。
 豆を握りしめた桂ちゃんも白花ちゃんも。
 鬼のお面を被ったわたしを前に硬直して。

 鬼の面は怖い絵柄ではなく、2人はさっき迄それを被ったサクヤさんを、元気に追いか
け回していたけど。正座してほぼ同じ目線の高さのわたしに、2人は暫し身動きもせずに。

「「ううぅぅっわああぁぁぁぁんっっ!」」

 幼子2人の号泣が日本家屋に鳴り響いた。

 わたしの鬼は、桂ちゃんや白花ちゃんには、受け容れ難かったらしい。サクヤさんや正
樹さんが鬼になっても元気に追い回した双子が、鬼のお面を付けたわたしの両膝に取り縋
って。確か真弓さんに、去年こんな事があったっけ。

 お面は簡単に取れて幼子の憂いは除かれたけど、2人共相当ショックだった様で、暫く
わたしに肌身をくっつかせた侭離れてくれず。わたしは抱き留めて、2人の心を鎮めたけ
ど。サクヤさんは面白がって、取れたお面を再度わたしの顔に付け、再度双子を泣き喚か
せて。

「「ううぅぅっわああぁぁぁぁんっっ!」」

 笑い転げるサクヤさんを前に、わたしは双子の両腕に取り縋られ塞がれて、面を外せず。
わたしは柔らかなその手に掴まれると、自力で外せない為に、鬼の侭でいる他に術が無く。

「おねえちゃん鬼イヤ。そと行っちゃイヤ」
「ゆーねぇそと行かないで。鬼うちでいい」

 今年は大人の誰が諭すより前に、白花ちゃんと桂ちゃんは羽藤の想いを自ら受け継いで。
真弓さんや正樹さんや笑子おばあさんが、派手な泣き声に、様子を確かめに歩み来た前で。

 取り縋られた両の腕を外せず、鬼のお面で囁きかけるわたしの声音に。幼子達は、鬼に
なってもわたしを好いて、張り付いてくれて。柔らかな肌触りと強い情愛の起伏が心地良
い。

「じゃあ、みんなで『おにはうち、ふくはうち』で豆まきしましょうか?」「「うん」」

 2つの頬の頷きを、両胸に感じ取れたので。
 3つの声と心を合わせ、大人達を前に見て、

「「「おにはうちぃ、ふくはうちぃ…」」」

 サクヤさんや真弓さんが見守る中、わたしは先達が繋ぎ続けた想いを幼子達に繋げ行く。


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


 豆まきも終り、幼子の求めに応えて絵本を読んで寝付かせて。真弓さん達に双子を引き
継ぎ、自室に戻る廊下で感触は伝わってきた。

 自室の戸を開けて漆黒の闇の奥に一声を、

「サクヤおばさん……? こんな夜更けに」

 贄の血の力の修練の進展に伴う副次効果で、わたしは人の所在や動きや表層心理が、概
ね掴める様になって。関知や感応はそれ程特異な技ではない。寝不足だと顔色が優れぬ様
に、隣室で騒げば分る様に。医師が患者を問診し、探偵が人を身なりや言動で推察する様
に似る。

 特にサクヤさんは幼い頃から肌身を合わせ、深く心を繋いだ人なので。同じ屋根の下に
居れば、所在も状態も概ね分る。逆に2年程前からサクヤさんは、血の匂いを隠すわたし
の気配を探し難くなった様で。幼い頃は良く不意打ちを受けたけど、立場は逆転しつつあ
る。今も消灯した室内の闇でわたしを驚かそうと企んでいたみたいだけど、わたしが先ん
じた。

『わたしが添い寝なしで大丈夫になった事は、サクヤさんも随分前から分っている筈だ
し』

 幼子が生れて以降、基本わたしは大人に添い寝されてない。親愛を交わす為に、肌身添
わす事はあったけど。頬に頬寄せたり唇を付ける事はあったけど。人肌がなければ寝付け
ないと言う事はなくなった。克服できたので。

 わたしは支え守る側を目指している。己が屹立できなくて、人を支え守る等夢の又夢だ。
だからサクヤさんが、夜に自室をわたしを訪ねてくれたのは、嬉しかったけど少し戸惑い。

 白銀の艶やかな髪の人は、ニッと悪戯っぽい笑みを浮べつつ、まあお座りと中に招いて、

「幼子の寝付かせお疲れ様。毎日男女にモテモテで、羨ましいよ。ゆめいお姉ちゃんっ」

 サクヤさんは電灯を付けず、カーテンを開けて月明りを取り入れ。絨毯に正座したわた
しの右隣に正座する。積雪が月光を反射して、思った程暗くない。間近に寄れば表情も分
る。

「恥ずかしいです。未だ全然至らないのに」

 冷やかし気味な賞賛に迄頬を染めてしまうのは、サクヤさんが間近だから。これ程見事
に綺麗な人に添われては。正視すると顔中茹で上がりそうで、敢て俯く右耳に麗しい声は、

「今宵はあたしから、たっての頼みがあるんだけどね?」「はい、わたしに叶う事なら」

 中身を聞かず承諾を返したけど。わたしはこの艶々に長い銀の髪の人の頼みなら、何で
も応えて受け容れられる。男にも女にも二言はない。悪ふざけへの不安は多少、残るけど。

「あたしを寝付かせて欲しいんだ。柚明の添い寝で、あたしを鎮め寝付かせておくれ…」

 わたしは一気に耳の先迄茹で上げられた。

「わたし、もう子供じゃないです。わたしは、添い寝して貰わなくても、充分だいじょ
…」

 すっと抱き上げられて、お布団に運ばれて。
 この身は細く軽く、サクヤさんの力は強く。

 寝かされてから、見事な肢体は右に添って。
 数年前迄の添い寝の状態にわたしは導かれ。

「柚明に夜這いするのは結構久しぶりだね」
「さ、サクヤおばさん。その、わたしっ…」

 拒絶する暇はなかったけど、拒絶する気もなかったけど。幼子ではない今のわたしが麗
しい人と同衾して良いのかな。何を問うべきか惑うわたしに、大きな胸の感触が打ち付け、

「あんたの為の添い寝じゃないよ。あたしの為の、浅間サクヤの為の添い寝さ。桂や白花
に柚明が為した事を、あたしにもして欲しい。昔あんたにはあたしが添い寝してあげたけ
ど、今宵はあたしにあんたが添い寝して欲しい」

 ふわりと隣から左腕がわたしの左肩に回り。
 柔らかな感触がわたしを心迄強く包み込み。

「あんたには、感謝しているんだよ、柚明」

 やや肌寒い中、その温もりと息が暖かい。

「今年も『鬼は内』で羽藤の豆まきをしてくれて。白花と桂にも確かにそれを伝え教えて。
あんたこそ鬼を嫌って『鬼は外』で豆まきやっても、誰も文句言わないし言えないのに」

 右から寄ってきた左頬がこの右頬に当たり。
 間近い唇の囁きを生み出す動きが感じ取れ。

「あんたは笑子さん達の想いを継いで、鬼を、人外の者を、全て嫌う事はしないでくれ
た」

『あたしの為に。あたしの正体を察し始めた今年の柚明は、その事情を概ね承知して尚』

【美人で独身でも、流石に二十歳はありませんから。そろそろ気付いても良い頃でした】

 お母さんや正樹さんが生れ育った頃も知る、笑子おばあさんの古いお友達。わたしが物
心ついてからも拾年近く経過した。でもサクヤさんはずっと変らず、艶やかな肌と長い銀
の髪と見事なそのプロポーションを保った侭で。

『千羽の家では盛大に『鬼は外』だったんだろうけど、ウチはサクヤさんがいるから…』

 あの時の正樹さんの答も今なら納得できた。
 サクヤさんがいる羽藤で『鬼は外』は拙い。

『柚明ちゃんは、サクヤに寒気や胸騒ぎを感じた事はない?』『寒気や胸騒ぎですか?』

 羽藤に嫁した頃の真弓さんは、贄の血のわたしにサクヤさんが、食欲を向けなかったか、
害しようとしなかったのかと、案じてくれて。幼子の感性が怯えを感じたなら、互いの為
に引き離す事を考えていたかも。斬る迄しなくても、肌身に添う事がない様に遠ざけよう
と。

『一緒にいる時に、なぜか突然不安で震え出した事とかはない? 悪寒を感じて辺りを見
回すと、サクヤの視線があった事とかは?』

 でも幼いわたしの素直な感性は、全く危惧や怖れを抱かずに。素直に日々に受け容れて。

 贄の血の匂いを隠す事で悟られなくなる相手とは? わたしは何から身を守る為に贄の
血の匂いを隠そうと修練を始めた? それが成功し進展して気付かれなくなる相手とは?

 昨年夏のオハシラ様のお祭りの夜、わたしはサクヤさんの真相に、やや深く踏み込んだ。
でも、それはサクヤさんとの絆を遠ざけたり断つ物ではないと、わたしは敢て全ては視ず。

「サクヤおばさんは、サクヤおばさんです」

 お父さんやお母さんや、羽藤みんなのたいせつな人で、羽藤柚明の特別にたいせつな人。
人でも鬼でも、変らない。わたしはそんな浅間サクヤを好いた。わたしはお母さんの言葉
を復唱する。お母さんから受け継いだ想いを。笑子おばあさんから連綿と続く羽藤の想い
を。

『中には良い鬼もいるの。人間と同じ。良い人もいれば悪い人もいる。鬼だからって全部
追い払ってしまっては、哀しいでしょう?』

『中には普通の人より心優しい鬼もいるの。
 普通の人よりも強く賢く、美しい鬼もね』

「毎年節分の時少し他人行儀なのは、世間で響く『鬼は外』に心で身構えていた為ですね。
全国津々浦々で鬼を追い出す祀りが為されていれば、『鬼は内』の家にいても完全には落
ち着けない。苛立ちで誤って誰かを傷つけない様に、普段より自身を強く抑えていたので
すね。一緒のお風呂も添い寝もなかったのも。特に身近なわたし達を、気遣ってくれて
…」

 本当に賢く優しく強い人。わたしが心から愛した美しい人。特別にたいせつな麗しい人。

『事情を知ったわたしに節分の夜、敢て添ってくれるのは。わたしの傍なら、肌身合わせ
れば、完全に安心できると。これはわたしへのサクヤさんからのお礼でご褒美。羽藤の在
り方を想いを受け継ぎつつあるわたしへの』

「あんたに想いを返したいんだ。仇の鬼を憎んでも鬼の全てを嫌わず、尚受け容れるその
優しさに、あたしの想いを返させておくれ」

『あんたの傍が、あんたと肌身合わせる事が、あたしには笑子さんやあんたの母親と同じ
位、嬉しく楽しく心地良い。有り難う、羽藤の想いを継いで鬼のあたしを受け容れてくれ
て』

「柚明は本当に、頑固で優しく愛しい子だ」

 しなやかな腕にこの身も心も惹き寄せられ。
 滑らかな肌触りと温もりに己を全て委ねて。

 寒気や胸騒ぎ等あろう筈がない。この世で一番綺麗で優しい鬼。この身を捧げたく願う
愛しい鬼。この人を含む羽藤の家の豆まきは今後もずっと、『鬼はうち、福はうち』です。


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