「まあ、これで決まりだねえ。元々、勝ち負けの見えた戦いだったけど、君たちの思いは
無駄にはしないよ、うん……」
誠一の勝手な思いこみにつき合っている明と武だったが、誇大妄想気味な誠一の性格を
知る彼らは、誠一に適当につき合いつつ料理の皿を『極めて順調に』処理していく。
誠一のたわ言にまともに取り合わない理由の一つに、自分自身の容姿と魅力に自信があ
る為だという事は言うまでもない。
間もなく『救出され生還した人質』の一人であるラーメン屋の王さんが春美の代わりに
席について明の顔をしげしげと眺めていわく、
「余り良い相してないね、気をつける事ね」
「女難の相があるとか?」
明の半分の冗談は武にだけ分かっただろう。
「私専門家違う、良く分からない」
「俺が春美さんを奪うから、君たちには恋の芽はないと云う意味だよ」
誠一のばかな思い込みは置いといて、武にも王さんは、
「君も良くないね。人間関係で挫折しないように、気をつけると良いよ。私の兄もそんな
相をしていて、間もなく恋人に振られたよ」
「……」
武は何も答えなかった。ところが、それに高笑いした誠一は、
「あなた、最悪の相ね。今まで一回だけ見た。その人破産して恋人に振られて他人の借金
に追われて国に戻れず、間もなく行方不明になって二度と戻ってこなかった」
「げっ……?」
今度は武と明も高笑いさせてもらった。
少したって、明はトイレに行くために席を離れた。会場の外にでて春美の様子を見てみ
ようとも、思ってのことだ。
幾つかのテーブルを通り過ぎたが、不意に大木教授とローリーの声が明の耳に飛び込ん
できた。それは明の心に、原爆以上の大きのこ雲を巻き起こす一言となる。
「春美さんも、争いに巻き込まれる相があるから」
三年前も、そうでしたしね。そういうローリーに、大木教授の妙に老成した声が、
「しかし、彼ならば春美君の婿には十二分だろうね」
春美さんの、婿……?
「そうですよ、教授。マーク一味のバリケートの中に突っ込んでくなんて、命がけですよ。
あそこまで愛している、うらやましい」
本当にうらやましいと言った感じのローリーの声。
「ターナー君が言っておったぞ。独身組からまたまた脱落者、とな」
「寂しい限りです」
ローリーはとぼけた顔でそう答え、
「さあ、今日は二人の前途を祝って乾杯!」
春美が、結婚……?
あの、一等航海士と。あの、男と?
明の心の中で、きのこ雲が三万一千フィートまで達する。それは淡い希望が打ち砕かれ
た瞬間だった。
「はぁ……」
明は気の抜けたコーラになって会場を出て行こうとする。トイレなんてもう、どうでも
よかった。歩く人形と化して扉にてをかける明だったが、その扉は外側から引っ張られ、
開け放たれる。
「……?」
それを見た時、彼の心は絶対零度で凍りついた。明の心はもう、冥王星の大地となって
しまったのだ。
明は、見てはいけない物を見てしまった。
田沢博之と大江春美の、結婚衣装!
黒背広の田沢はとてもりりしく男らしく、そしてウエディングドレスの春美は輝かんば
かりに美しく。彼らは自らとその伴侶の喜びの中に浮いている様で、明の心は日本海溝。
その一瞬、彼の心にベートーベンが響く。
後のことは良く覚えていない、気がついた時には彼は、誰もいない自分の部屋で狂った
様に笑い続けていた。
それは、多分前々から決まっていた事なのだろう。数年がかりで育て上げた田沢航海士
と春美との愛の芽は、今まさに花開こうとしているのだ。彼らが春美に恋心を抱く前から、
彼らが春美に出会う前から、彼らがこの懸賞旅行にチョコレートの包み紙で応募するその
前から、二人の間は誰にも引き裂く事のできない熱い絆で結ばれていたのに違いない。
重ねて言うが、博之と春美の恋は一朝一夕に始まった物ではない。
三年前に、ポーランド国営宇宙航空公社の宇宙船サハラに二等航海士として勤務してい
た博之は、その船の一等客だった政府の要人を付け狙って来た国際的テロ組織の宇宙船乗
っ取りにあい、その時春美と知りあったのだ。
彼女を守るために負傷した博之と、春美の仲はその後も長い航海などで中断されつつも
覚める事なく、遂に夢は今現実に!
「ああめでたいな!」
口ではそういった物の、それが明の本心なのかは言うまでもない。
茫然自失とか、絶望の淵とか、自我崩壊とか、言うのだろうか。地価狂乱、馬耳東風?
神の座に立つ事もない明には、それまでの伏線が分かろうはずもない。一等航海士の田
沢に婚約者がいたなんて、彼の心の銀河の外だ。分かってたまるか。
「しゅうぅぅぅぅぅぅ」
誠一が気の抜けたサイダーを演じて見せる。ばかな思い込みで自分が春美に一番近いと
思いこんでた彼の心中を察するに……自業自得。
武とて内心『この連中と争って敗れる様では末代までの恥』とまで思い込んでいたのに、
突如この状況にはどういう物だろうか。
『俺が彼女を得た時には、みんなをどう慰めてやろうか』
などと考えていたのに……。
当初から、春美は高嶺の花だった。誰かの所有物になるなんて非現実的なくらい綺麗な
女性だった。顔形ではなく、心がである。
それでも『ダメと言われた所には、入ってみたいいたずら坊主の心』で彼らは春美を求
めていたのだがしかし、いつからか……。
もともとこの航海で出会ったばかりで勝算も何もない恋だったが、少なくても他の三人
に、劣っているとは思わなかった。それぞれがお互いに牽制しあいつつ、この中から誰か
が抜きんでると、そう思いこんでいた。のに、
「はは、はははははは……」
笑い声とともに生気が抜け出ていくような、そんな笑いが船内の一角に響いていた。
人間の営みはそんな心の浮沈とはまったく関係なく営々と続く。
金星到着まで、あと○○日。
二日後。
明と誠一は寝込んでいた。
「おい、明、起きろ!」
徹夫が起こしに来た。ずうっと寝込んでいるので不審に思われたのだ。和男も一緒にや
って来て、
「変なやつだな。祝賀会に出て寝込むやつがあるか」
和男はまだ知らないのだろうか。彼らの求愛の対象が既に、消滅しているという事実を。
「途中から帰って来て、それからよ。おかしいのは」
珠美が心配そうに顔を出す。
「そー言えば、武はどうした?」
その武はといえば……。
「アハ、アハ、アハハハ……。金だ金だ。
愛が何だ、恋が何だ、この世は金だ!」
と株に狂いまくっている。
「ロンドン、パリ、ベルリン、ニューヨーク、カイロ、東京、大阪、香港、ルナ・シテ
ィ」
ルナ・シティ……。
「そういえば、あの時からあいつも、前以上にエコノミック・アニマルになった様だな。
何か悪い物でも食ったのか?」
寝込んで憔悴し切った明と寝込んでゲームに憎しみをぶつける誠一。
『世の中の全てをはかなんで、仙人にでもなるのだろうか(和男)』
『まるで、生きとし生ける物全てに恨みをぶつけている様だ(徹夫)』
「何にも知らずに……」
誠一は、かつてのライバルが衝撃に打ちのめされる有様を心の中にありありと映し出し、
かろうじて憂さを晴らしている。
さて、せっかく腹痛が治っても、今度は失恋の病にハートを蝕まれるであろう(明談)
和男はその事を全く知らないのか、前以上に榎本姉妹に気を使う様になっている。言う所
のジェントルマン。
「今日は、寝込んでいらっしゃるって聞いて来たのよ」
ああ、こんな時に春美が現れるとは……。
「そんな、気を使わなくっても良いのに…」
「命の恩人が病気の時なのに、のほほんとしてられる訳が無いでしょう」
春美はいつもの快活さで答え、明は釣られて笑顔を返してしまうが……やはり悲しい!
彼女の明るい笑顔は、自然に周囲の人々の心をなごませる。暖かいのだ。彼女は、明や
誠一の気持ちになんて気づきもせずに陽気に切り出してしゃべり始めた。話は三年前の、
宇宙船サハラ乗っ取り未遂事件から始まって、しだいに田沢との関係に迫っていく。
和男は平然としてた。何とも信じ難い事に。
余りにも平穏な彼に、和男のやつは物事を理解してないのではないかと疑った程である。
「あの一等航海士と結婚するのぉ。良かったあ。彼、結構なハンサムだったからさあ……。
二人で見事な幸せを作り上げて下さいね」
初めて聞いたよ。腹痛で寝込んでて、世界情勢にすっかり疎くなっちゃった(世界情勢
かよ、これが……武)。
「いやあ、良かった良かった」
和男は素直に喜ぶのみで、予想していた(期待していた)失恋の苦しみなど全く見られ
ない。強がり、でもない様だ。
作り笑いに苦労した明たちには、他人の作り笑い位見抜けない筈が無いではないか。
明には、とても信じ難い事だった。
数時間後。
明の部屋には失恋組と呼ばれそうな三人組、明・誠一・武の三人が集まっていた。そし
て、今日の彼らの客人は和男だ。
「おい……」
誠一は、何といって良いか分からなかった。だって、彼ら四人はみんな……。
それが、一体どおしてえ?
「春美さんに振られて、なぜ落ち込まない?
それともおまえの春美さんへの思いは本気じゃ無かったのか?」
「な、なんでえ俺が春美さんを?」
「え?」
彼らは、春美のほかにもう一人、和男をも勘違いしてたのだ。和男が女性に恋している、
それは事実だった。しかしその相手は春美では無く、榎本珠美だったのだ。
「お前の彼女って、春美さんじゃないのか」
「俺が珠美に恋してるのは、周知の事実だと思ってたが……」
みんな自分を基準にするから!
和男と珠美の行動が重なり始めたのは、明たちが春美にのめり込んで、周囲が見えなく
なり始めた辺りから。この前の大祝賀会では、二人っきりになる為に仮病まで使ったのだ。
そこで和男は、思い切って彼女に愛を告白した。作家を目指す和男だったが、普段は海
の水の様に沸き出してくる美辞麗句も本物の本番では全て使えなかったという。
「で、結果は?」
「NO」
和男は首を横に振って、
「見事にふられちまった」
早すぎるというんだ。俺はこれこそ運命の出会いだから、絶対に間違いは無い、断じて
幸せになるって言ったけど、彼女は……。
『五年、待ちましょう』
珠美は言った。
「俺はまだ、作家になると言ってるだけでなった訳でもないし、彼女も若すぎる。
不安なんだろうよ」
本当のところを言うと、彼女はまだ結婚をしたくないのだそうだ。結婚に縛られたくな
いという男は世の中に数多くいるが、最近では同じ事を女性の側から言う例が増えている。
まだまだお互い若いのだし、急ぐ事はない。
そんな感じなのだ。別に和男を嫌っているからだとか、他に恋人がいるからだとか云う
のではないらしい。
だが、和男はそこから声を強めて、
「真の恋なら、五年位大した事は無い筈だ。
いや、五年位で消えてしまう様な炎なら、最初からない方がいい。運命の出会いならば、
それは絶対にめぐり来る筈なんだ」
それまでに、俺は(小説家として・恋人として)必ず成功して見せる。
「おおおおおおお!」
和男の瞳の中に炎が燃えたって、彼の背中から炎が見えて、その炎の熱さに、明たちは
思わず一歩後さずった。
「一人でも燃えるのは勝手だけど、俺たちにまで火傷を負わせないでくれよな」
「そうそう、俺たち今アトランティス大陸の様に海の底に沈んだ気持ちなんだからさ」
「はっはっは!」
そんな周囲の声からはまったく隔絶されて和男は一人の世界に入り込んで、
「五年だ。五年さえ待てば、すべての野望は叶うのだ。がおおお!」
ゴジラ放射能光線発射! そうやって叫ぶ和男を珠美が見たならば、危ないと云っても
っと強くふられていたかも知れない。
五年……か。
『私、まだ結婚する積もりはないの。当分。
姉さんも結婚する様子はないみたいだし、和男さんが嫌いな訳じゃないけど、私だって
もっともっと独身生活を満喫したいの』
もし五年たって、まだ私の事を忘れていなかったら、私、結婚しても良いな。もちろん、
和男さんが私の事をまだ覚えていたらの話だけどね。珠美はそう言って笑って、
『今のところ、結婚なんてする気はないわ』
だけどもし結婚するんだったら、和男さんのような人が良いな。この珠美の一言が、和
男にとっては救いとなった。
五年、それが彼らの間にある物を風化させ、吹き消す時の風となるのか、それとも……。
『和男さん……』
『珠美、さん……』
ところがこのいい所へ、例の失恋三人組が、春美との恋に敗れてどなり込んで来た
(?)と言う訳である。ああ、迷惑千万!
「俺たちはとんでもない勘違いをしてたって訳……ね」
「おたがいに」
かくして、彼等を乗せた宇宙船アフリカ号は一路金星に向かう。
「でもなあ、未来の事が分かればなあ。
見込みのない恋で、こんなに俺たちが苦労する事もないんだけどなあ」
(そう言う物を好む、作者の作為のせいかも知れないけどね。誠一はそうつけ加える事を
忘れない)
そうは思わないか、誠一がそういうと武は、「未来の事が分かったら良いって訳でもな
いだろうさ、旦那ぁ」
相手に決まった相手がいるようだったら、旦那は本気で恋した女でも諦めちまうのか
い?「ううむむ、そうも行かんか」
横から明が口を出して、
「それよりも作者に、あらかじめ失恋しない様な話に登場させてくれるよう頼んだ方が、
良いんじゃないのかい」
俺たち一回ギャグみたいなこの話に登場しちゃったからな。徹夫は少し後悔気味に、
「難しい所だね」
ところでさ、未来って云ったら何だけど、
「俺は将来、ノストラダスムになるのが夢なんだ(もう成人してるのに、将来も何もない
だろうが!)」
誠一のその言葉に和男が後ろから、
「それはノストラダムスだろ」
「……そういう言い方もあったかな」
明はやや声を大きくして抗議する様に、
「大体二十一世紀の後半に入って、俺たちがぴんぴんしているって言うのに、何がノスト
ダラスムだよ。地球は滅亡も何にもしてないじゃないか」
「だから明、ムストラダノスだって」
「そうそう、ダストラノムス」
武の反応に和男は頭を抱え込む。
「あの予言にはいろんな解釈があってね…」
誠一はこれ以上名前を間違えると尊敬するノストラさんに失礼に当たると思ったものか、
名前を言わなかった。
「天から恐怖の大王なんて、ちいともふって来なかったじゃん」
「最終戦争もなかったし、天からはバーゲンセールのチラシしか落ちてこない晴天だった
って、記録では言ってるよ」
「実は破滅の一歩手前にいたんだよ。マジェスティック12ってのが……」
最近と言うか、いつになってもブームだからね、この分野の本は。暫く話が続く内に、
「それにしてもまだそんな過去の破滅に夢中になっているんだから、世の中平和だよな」
徹夫の言にみんなは思わず納得して頷いた。
これで済めば一件落着だったのだが、ここで武がいらぬ事を口に出してしまった。
「ねえ、そのノストラスダムって……」
「ノストラダムス!」
「そうそうノストラダムス」
四人の合唱で漸く彼も発音が正常に戻って、
「そのノストラダムスって、一体誰?」
「……!」
金星上空の静止衛星軌道上に浮かぶ、第七
宇宙ステーションにアフリカ号が到着したのは、明たちが地球を出発してから五十二日目、
月を出発してから四十八日目のことであった。
スチュワーデスたちの声が響く中、明たちは今、宵の明星・明けの明星と呼ばれてきた
太陽系の第二惑星を見下ろしている。
金星はあとわずかだった。白人対有色人種の乱闘騒ぎ、新しい友人たち、偽マーク一味
の宇宙船乗っ取り騒動、人質になった春美、恋と失恋……。
もう地球は果てしなく後方に遠ざかって、小さな青い点としか見えない。いつの間に、
こんなに金星が近づいてきていたのだろうか。
金星の北極と南極は、人類の科学力によって居住可能になった地区で、青い湖や白い雲
で覆われていて美しい。が、それ以外の大部分の金星の表面は有史以来の、どす黒い雲と
硫酸の雨で地表は見えず、死の大地だった。
まだ、依然として金星の多くは非居住区域なのだ。非居住区と居住区の間は黒と白の雲
が入り交じっていて特異な感じがした。
『あと、わずかだ』
そう思うとこの旅の日々がすべて、たまらなくいとおしく思えてくる。そして、自分が
恵まれた人間だと、明は思うのだ。
体の中をしびれに近いものが走り抜ける。
明は感動していたのだ。
「ああ……」
そして今、彼らは金星に着く。
彼らは元々観光旅行という事で、お互いに顔も知らない中から出会い、腐れ縁のような
ものでここまで運命を共にしてきた。
これからは宇宙でなく、しばらくは安全な『地上』生活という事になるのだが、しかし
いったん深まってしまった彼らの絆は外れはしない。多くの人々がいて、多くのできごと
があり、多くの思いがこもる。
宇宙船による長旅から、一生涯離れ得ぬ友を作り出すという事がままあるのは、当然と
言えば当然かも知れなかった。鉄板一枚挟んで向こうは死の真空、そこで運命を共にする
命たち。それは貴重な経験だったろう。
が、これで終わったわけではない。
これは行きの旅、徹夫はそう言ってる。
これから本番の金星観光、そして長い帰りの旅……。そのために彼らは皆チョコレートの
包み紙を送ったのではなかったか。それに和男には珠美と言う人もできたし、明たちも春
美の結婚式を祝ってあげなければならない。
何か、これで旅の大部分が終わってしまいそうな、そんな気がして明は不思議だった。
「金星か……」
大展望室から見える光景に魅せられつつ、誠一がつぶやいた。
「宇宙って、いいとこだな」
明は黙って頷いた。
金星第七宇宙ステーションは、金星北極部のために作られた宇宙船の中継所で、B型の
大型ステーションだ。金星やその空域のある有人人工衛星や宇宙ステーションの多くは皆、
地球からの援助で運営されていると言っても間違いではない。ここの空気も、水も、土も、
肥料も植物も動物も、みんな地球からの定期的な援助なくしては、成り立っていけない物
たちばかりなのだ。その上開拓惑星は金星だけではなく火星、小惑星帯、月、各スペース
コロニーなどの全ての『地球人の活動圏』の原料、資源が地球に任されているのだ。幾ら
巨大な地球とは言え、これでは重力が変化してしまっても仕方がない。
漠然と、未来の事が不安になってくる。
ワープとか光子ロケットとか言う物はまだ、理論上の物にしか過ぎないのに。
「地球の資源なしではなにもできない文明を、我々は作り出しつつあるのだ」
大木教授はそう言った。
「アラブの石油なしには何もできない日本を作り出した二十世紀の日本人の二の舞には、
なりたくない物だね」
それは真実だろう。
「この頃、やっと世界も事態の重要さにびっくりし始めてきたが……」
博士は新聞を見せてくれた。
『地球の重力、更に0.000003%減』
どこかで見たような記事だ。
「未来を作るのは今の人間だよ……」
「ねえねえ、徹夫が尊敬している、相対性理論を考えた人って、誰だったっけ?」
明がそう言ったのは金星着も間近になった頃の事。地球からの放送が数十秒遅れてくる
のにいまさらの様に驚いて、光の速度に思いを馳せた時、何とかシュタインと言う名前が
浮かんで来たのだ。
「フランケンシュタインだろう」
誠一の答はあんまり信用できないが、この時は余りに自然すぎて一瞬信用してしまう所
だった。
こういう事は、徹夫に聞けば良い。
「アルバート・アインシュタイン博士」
「そう、どこかで聞いた事があると思った」
明は思わず叫び出したが、その後が良くなかった。
「アルバート・ホルシュタイン!」
「そりゃ、牛だ!」
そして今、彼らは金星に着いた。
宇宙船を下りたら明も武も誠一も、いつも冷静な和男も徹夫まで船を下りるなり踊って、
笑って、飛び回っている始末。
『長い間狭い宇宙船にいたんだから、広い空間に出られるのが楽しみなんだよ。頭じゃな
くって、心と体が楽しみにしているんだ』
少しむっとするのは金星の熱帯性気候の為だが、そんな事に元気な彼らは全くめげる事
なく、体を伸ばせる大地のその広さを満喫している。
「金星だよ、金星! 遂についたんだよお」
ガキの様にわくわくする明に誠一も同じく、
「へっへっへ、金星一番乗りは日本国の田中誠一様だ!」
と、昨日食べたお子様ランチ(ガキ)についていた旗を取り出して、
「これを持って、金星一番乗りと日本の金星の領有権の証しとする。
二千○○年、田中宇宙探険隊最大の試み」
ものども、続けい!
「あ〜、探検隊長は明だよお!」
「へっへっへ、旗もってなきゃ隊長じゃないもんねぇ。日本の代表だったら、旗くらいは
持っていないと恥ずかしくて……」
「何をはしゃいでんだか」
徹夫と和男は頭を抱えながら、
「誠一の持ってる小旗、あれは星条旗じゃないのか」
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