マーク一味はもう崩壊途中だった。それでも十数人いた仲間たちがあっさりと投降して
しまったのは誠一の暴走のみではない。マークに見切りをつけた為だろう。
右腕のハリイも、
「悪いけど、あんたとはもうつきあえねえ」
「なっ、なっ……オレは、マークだぞ。マーク・ジョンソンだぞ……」
それでもわめき続けるマークに、
「もう終わりだよ。マークのにせ者さんよ。
……はなっから分かってたがね」
マークが白人至上主義のせこい小物なんて、聞いた事もねえ。
「もう、あんたは担がれる値打もないのさ」
ハリイは強靭な肉体でマークを威圧する。
露骨に見下ろされる形になってマークは、
「なっ、なっ、なっ……。オレはマークだぞ。
マーク・ジョンソンだぞ……。犯罪の天才、海賊の帝王、罪人たちの主、マークだ
ぞ!」
後さずりつつ、マークの絶叫。そこへ、
「春美!」
身を呈した田沢の特攻。既に銃を打つ者もいない。間合いが近くなりすぎて、銃を打て
ないのだ。田沢はマークに足払いをかけて、春美を救い出す。ヒーローとヒロインの感動
の対面のはずだが現実はそううまくは行かず、田沢は彼女を味方のいる安全な方に放り投
げてエレンを救いに行く。軽いGなので春美はとても軽かった。
「おっとと、人魚も引っかかった」
ローリーはこんな時でも朗らかだ。
「十一、十二、十三と……」
「俺も降参する。打つな!」
ハリイが両手を挙げてやってきた。
「さて、後何人いるのかな……」
正気に戻った明が覗いて見ると、彼らのバリケートの中で船員たちに追いつめられてる
乗っ取り犯一味は……。
「ありゃりゃ、マーク!」
マークが一人だけ。船員たちに情けなく追いつめられるその姿は、とても二十一世紀最
大の恐怖とは思えない。
「こりゃ、にせ者だな」
和男の言う事はたぶん正しい。
マークは四方を包囲する、力みなぎる男達の壁に、震える声で、
「こ、こ、こ、こ、こ、降参する!」
それで終わりだった。
「ばっかやろー!」
散々世話を焼かせやがって! 船員と警備員に混ざって、明たち五人もマークを名のる
この大悪党をぶちのめしに馳せ参じる。
かくして十分ばかり『乱闘』して、マークも遂に捕まえられてしまい、乗っ取り犯一味
全員は捕まってしまった。
「これにてぇ、一件、落着う〜!」
かくして、宇宙船アフリカ号船内には再び平和が戻ったのだった。
アフリカ号乗っ取りを企てたマーク一味は、全員逮捕(一人も死者は出なかった)され
て、見事に失敗した。船内に散らばったとされているメンバーも全て逮捕されて、めでた
しめでたし。船員側のけが人は肩を打ち抜かれた古井副船長やかすり傷の警備員などごく
僅か。船客のけが人も春美とエレンが軽いけがを負った程度で……そうそう、軽いけが人
があと数名。
明たちがいるっ!(ただし、自分達でケンカをやって自滅しただけだとの声も多いが)
後で聞いた話によると、多くの船客達は皆、逃走に必死なマーク一味は、妨害さえしな
ければ素通りしていくだろうと考えて部屋の鍵を閉める『無抵抗主義』でマーク一味を通
したのだという。
「そうすりゃ良かった!」
「誰も気づかなかったのかよ!」
「誰だバリケートだなんて言ったのは?」
「お前だよ」
ってな訳で彼らはいらない苦労をして『犯人逮捕』に大いなる貢献をしたのだ。
マークを名乗っていた男の名前はデビッド・ルイス。アメリカの出身らしいが、不景気
で勤め先がないのは全て他の人種が職を奪う為だと考え、逆恨みの末にマークの名を騙っ
た犯行を企てた次第。
「まったく、どーしよーもねえ奴だっ!」
マークを名のる宇宙海賊のにせ者は、これまでにも何人か捕まっているが、こんなに間
抜けなマークも初めてだろう。この調子では宇宙船乗っ取りに成功した海賊の何割かも偽
マークで、本当のマークがどのくらいの海賊なのかも分からなくなってくる。
まったく……。
結局、死人のない戦いと言うことで全ては解決した。ジョージ船長の退職金もこれで安
泰だし、ローリーも原子炉『クリス』の心配をしなくても済む。田沢は見事にフィアンセ
を救出するし、明達だって心置きなく偽マークを殴る事ができたのだ。
「船内のマーク一味の抵抗は終わった。乗員乗客の機敏な行動と理解のもと、一致結束し
た行動によって当船は平常を回復した……」
船内放送が流れる。
「人質は全員無事救出に成功。乗っ取り犯一味は全員逮捕され、再び船内には秩序と平和
が戻された。……人質は全員救出に成功。船内の非常警戒態勢を解除する。乗っ取り犯達
による進路妨害と破壊工作による航路の修正に数日を要し、修理を行いつつ本船は予定よ
りも六日早く金星上空、第七宇宙ステーションに向かう……」
「クリスも漸くおとなしくなってくれたし、良かった良かった」
「古井副船長のけがは全治三か月だそうで」
出血が多いので、しばらく職務には復帰できませんが、復帰したら表彰ものですね。
秋野は中央指令室内(やっと片づいた)のメンバーに緑茶を入れて回る。
「あ、どーも」
ターナーとローリーは軌道計算に再び追われる身となってしまった。賽の川原のような
物だ、と彼らはこぼしている。
「船内パーティーの開催は……下船前の別れの会を繰り上げて、今回の祝賀会に変更する
事にします。船倉がかなり荒らされたので物資が少々不足気味ですが、一回くらいなら持
ちます」
田沢は船長に報告する。本来なら副船長経由なのだが、彼は医務室。田沢は航海士の仕
事をローリーとターナーにほぼ全てを任せて、副船長代行だ。まったく、軌道計算の面倒
なやつがどっさり来る二等・三等航海士は給料が少し位上がっても、ちっともうれしかな
いとぼやいてばかり。
「ちっくしょう、描の手も借りたいって日本語は、この事かよ……」
「それは猫の手だよ、作者君!」
ってな訳でえ。
「やったあ〜っ!」
「ばんざあ〜い!」
さまざまな国の言葉が、この意味を唱えている。どの船室でも、どの人間でも、どの職
場でも、それは同じだ。
宇宙とは真実恐ろしい所である。初めての明たちには今一つ実感の沸かない所もあるが、
強化ガラスから眺める真空の宇宙は、全くの死の世界である。鉄の壁一枚向こうは真空の
極低温だ。その中を飛ぶアフリカ号は、命の缶詰である。みんなの命を載せた大切な缶詰
を乗っ取ろうだなんて、正気のさたとは思えない。大体あいつらのような素人に、宇宙船
を動かす事ができる筈もないのだ。
もし、あいつらが原子炉『クリス』にその高性能爆弾なるものを投げこんでいたならば
……ぞっとする。
乗員も乗客も、富める者も貧しき者も、運命共同体である。肌の色、宗教、出身、性別、
年齢、経験、門地、家柄……。すべては宇宙の脅威―本当の命の脅威―の前には、取るに
足らない違いに過ぎず、本質的な相違はない。自然と不思議な連帯感が芽生えてくるのは、
宇宙旅行ゆえの事か。
明も、嬉しさが体に満ち満ちて力が溢れるようだ。指先まで嬉しさが通うという誠一、
合理的な結末と頷く徹夫、悪は必ず滅ぶのダ、と歓声をあげる和男など対応はさまざま。
ことに武などは、今までついぞ祈った事もない神仏に向かって、
「おお神よ仏よ! 今日ほど嬉しい日がまたとあ〜りましょうか。私はあなたの偉大な力
に感謝を惜しみません」
などと言い出す始末。
「これも皆、アラーのお陰だ」
アブズーラは微笑んでいる。が、明に言わせればこれは、
「ま、誠一が切れたお陰、とは言いにくいからね」
あれは心底危険だったぞお。と言う声に対しても誠一は全くめげる事なく、
「まっ、冷静な計算と勇気のなせる技ってとこかな」
冷や汗を隠しつつそういう誠一に、
「どこが」
真実を知る徹夫はぼそっと呟く。武が、
「ま、能あるタカは牙を隠すって言うから」
「能あるタカは爪を隠す!」
和男と徹夫は同時に訂正した。
船内の大会議室で催される事に決まった、『マーク一味撃退逮捕祝賀パーティー』の開
催が遅くなったのは、マーク一味が船倉を戦場として食料を散らかし回ったせいで、何が
どこにあるのか分からないためだという話だ。
ほんの数日伸びるだけの話なのだが、気の早い連中はどこにでもいるもので、それぞれ
勝手にパーティーを開催し始める。内輪の小パーティーがブロック単位、または二、三の
ブロック合同で行われ騒々しい事騒々しい事。
読書家の和男とけじめ屋の徹夫は、散発的にうるさい宴会とカラオケ攻めに合ってはか
なわぬと、自分達から宴会をやろうと動き出した。イスラム三人組も参加できる様に料理
は良く選ぶ事、珠美と玲子を含めるので下品になりすぎない事、などを約束させられたが、
何と言っても、
「切れない事」
には誠一が強く念を押される始末。
「脳ある猫は爪を隠す、さ」
「だからぁ!」
和男と徹夫は同時に訂正にかかるが、武は、
「分かったよ分かったよ……、別にいいじゃないか。猫も木から落ちる、でもだめじゃな
いんだろう」
「全く、懲りない白人だったねえ」
誠一は誠一で、あの瞬間のことはころっと忘れた模様。それが本当なのかふりなのかは
分からないが、あまり切れて欲しくない物だ。
「よほど方向音痴だったんだろうねえ」
二度も明たちの部屋を通りかかったマークこそ不幸だったのかも知れない。しかしそれ
を招き寄せたのもマーク自身だったのだから、
「まぁ、ずいぶん間の抜けたマークだこと」
と言う珠美の言葉はあながち間違ってない。
「お待っちどぉさまあ。お酒と美人ナンバー3のお来しぃ」
明が連れて来たのはビールの樽と春美だった。はぁ……、
「良く連れてこれたねえ」
武は驚き、そして何かを思い出したように部屋に飛んでいった。何なんだぁ?
“本日のゲスト”こと大江春美は、もう人質時代の疲れをすっかり拭い去ってあの快活さ
を取り戻している。職業上あまり人目につく様な服装ではないが、それ故に却って清楚で
魅力的だった。祝杯攻めで閉口気味な彼女に、
「春美さん」
「春美さん」
明と誠一は同じせりふに一瞬、互いに目をかち合わせてから、うしろに隠した花束を差
し出した……。一番安かった、赤いチューリップの花束。
「貴女にはこの花が似合います」
チューリップの花束も同じなら、せりふまで同じ。こいつら……。
実は二人とも『片思いの人への接近法』と言う本の中にあった例文をそのまま暗記した
だけなのだ。
『明、そんな本なんか、ちいいっとも当てにはならないぞ』
確か、本屋で明が手に取ったその本に誠一の奴はそう言ったっけ。
『そんな本で人の恋が実る様だったらなあ、人間世界から恋の悩みなんて、とっくの昔に
なくなっていて、こんな本自体要らなくなるんだよ。おまえも男だったら、ものまねじゃ
あなくって本物のハートで勝負する物だぜ』 それはそれで格好よく聞こえたけれど、明
はやっぱり不安になって別の時に一人で行ってその本を買ってたのだが……。
「ずるい!」
いくら花が女性の心をとらえると言っても、ここまで双子的にされては一種のショーと
しか映らない。しかも春美は人質だった。これは救出祝いの趣向のひとつと考えて当を得
ているのだ。その演技のうまさに(演技じゃないのに!)春美はとっても喜んで、
「どうもありがとう……。でも、二人とも同じせりふを同時に云えるなんて、面白いわ」
とっても上手よ。そのほめ言葉に嬉し悲しで二人は同時に、
「そ、そんな……そうですか?」
「そ、そんな……そうですか?」
悪魔の偶然とはこの事を言うのだろうか?
返答に戸惑い、頭をかくしぐさまでも同じ。春美は吹き出した。
もう目的は、果たせそうにない……。
落ち込む心を取り繕う明と誠一の間を割って、そこへ武が、あの『タケチ』が輝く宝石
の指輪を持って、現れていわく、
「ほんの僕の気持です。貴女には、このネパールの美しさが良く似合う。この輝きの如く、
貴女が永久に美しくあります様に……」
と言ってる武の言葉は、これまた和男からの借り物。ここで同情するべきは武で、和男は
自作の恋愛小説の告白文の一節をそのまま、“いわば実験材料として”使ったのだ。
その結果が、
「そりゃオパールの間違いだろう」
と言う徹夫の一言で爆笑の渦。
「私、こんなに高い物もらえないわ……」
春美が困るのも当然で、武もさすがに金を張りすぎてしまったと感じたのか、
「そ、そうですね……」
「じゃあ、こうしよう」
ここで『科学の発展を心から祈る』徹夫が首を突っ込んで、
「大木教授に預けましょう。あの人なら研究資金はいくらあっても困りはしないだろうし、
春美さんにも喜んでもらえる」
「研究資金の援助ってわけ?」
明が頷いて見せる。それなら良い。誠一も、「武は大木教授の支援者の一人って事にな
るね。営利を追及するだけじゃなく、人類科学の発展の為にも金を惜しまぬ青年実業家っ
てところかな」
「まあ、えらい」
玲子はそう言う『人を煽り立ててのせる』事が極めてうまい。しなやかな手をたたいて、
「きっと後世に名を残せるわよ。須達長者の様に、千年先までも」
「それはいいよ、うん」
傍観者の者はみんな良い良い。和男などは熱狂的で、
「科学と人類の偉大なる援護者、吉川武に、乾杯!」
「そんな……教授も、困ります」
(本当は最も困っているのは、武なのだが) 春美が拒もうとするのに、明と誠一はさっ
さと武の財産の行方を決定してしまう。武の心情なんか考えもせず(?)に。但し、彼ら
に自分たちの失敗の腹いせがあったのかどうかは定かではない。
「春美さん、そして武君、これは科学の発展に貢献する非常に大切で名誉のある事なんだ
よ。いや、本当の話……」
翌日。
明あてに送付されてきたビデオメール。数百万キロ離れた宇宙船にそんな物が送られて
くるかと言う人もいるかも知れないが、それは甘い。電送してそれをアフリカ号の中で解
析し保存すればよろしいのだ。何もビデオテープそのものを送る必要はない。
差出人が書いてない上に、あて名が明、武、誠一、徹夫、和男、春美の六人になってい
るのだ。拡大画像処理で大サイズテレビに映ったその画像たるや……。
「オッス!元気か?」
最大音量の大あいさつに、度胆を抜かれた面々は、映っている物を見てひっくり返った。
ルーペで拡大した中山俊男の顔。
「生麦生米生卵、隣の客は良く柿食う客だ。このくぎ抜き引き抜きにくい。バスガス爆発。
東京特許許可局。よ〜し。
ではあらためて今日は」
な、な、何考えてんだあ、こいつあ……。
あきれる内にも勝手に俊男は喋っていく。いや、送りっ放しのビデオメールだから当然
の一方通行なのだが、それが俊男らしくて、本物がいるみたいだ。
「ところで、マーク一味に人質になったって、本当かい(春美のこと)?
何てこったい、大の男が五人もそろって。
俺がいれば今頃は……一緒に捕まってやったのに」
アラ、和男のこける音。
とっくに解決されてますよ。明はつぶやく。
「ま、春美さんは美しい。美女は大切だ。大切だから助け出せ。
オレは○○製菓の社員だから、本来ならばおまえら五人の命を大切にしろと言うべきな
んだろが、てやんでえ! オレの命じゃないし、命がけで戦ったって、オレは怖い所には
いないもんね。へっへっへえ!」
何て野郎だ。
「て訳で大切なのは女の子だ。おとぎ話だって、一人の姫の為に何百人もの戦士が魔王に
戦いを挑むだろう。勝つのは一人だけどさ。
ま、お前たちもせいぜい頑張って『その他大勢』になってくれや……。
あ、そうそう。お前たちにビデオメールを送ったのは良いんだが、ニュースの入ってる
最中に飛び出しちゃってさ、テレビは消し忘れる空気供給器のスイッチは切り忘れる湿度
調整器のスイッチは切り忘れるで、もう散々。
面倒で面倒でたまらない仕事は残ってるし、ちょっとくらい残業手当がついただけで喜
んでられっかてっんだ!
と言う訳で、追ってく事はできないけれど、後は向こうで何とかしてくれるよ。向こう
は無傷だし、最近進出したばかりだから設備もまともな筈だよ……。
向こうの連絡先、伝えとくよ」
春美さんに、ヨロシクね。
相変わらず明るいのだけがとりえの、間の抜けた俊男を見ていると、
「テレビ消し忘れただってさあ」
「相変わらずのミスター・フライパンだな」
「言えてる」
ジョージ船長主催の大祝賀会に、明たちが出席したのはそのパーティーの始まりより既
にかなりの時間が過ぎてからの事だった。
「もう、そろそろ初めの挨拶が終わるぞ」
長々としたあいさつは青年たちの好まない物だ。わざとにそれを避けて身支度に時間を
費やす若者たちの、その心底は料理の皿。
「あれっ? 和男は」
五人いる筈のメンバーが欠けているとすぐ分かる。テレビの戦隊物などでも五人一組と
言うのが多い。ロボットの合体物でも未だに(二十一世紀でも尚)五人合体が主流である。
特に口うるさい和男の存在は目立つのだ。
「あいつ?柄にもなく腹痛だってさ。
玲子さんが看病に残っているよ」
「彼女に野獣をまかせて良いのか」
徹夫が少し不安そうにそう言ったが、
「あいつの目標は別のところにいるんだよ。
心配ない。心配があるとすれば、あいつの理性にかな……うん、十分心配だ」
それを言えた立場かよ。誠一の返事に明はひそかに傍白する。横にいたアブズーラが不
思議そうに、
「おかしいなあ。看病なんか、医務室に行けば良いのに。……わざわざこのでめたいパー
テーに」
彼もようやく日本語を話せるようになったらしい。
「行こうよ、ごちそうを食べてあげなくちゃ。せっかく山海の珍味を集めたのに、食べな
きゃごちそうが可哀想だ」
誠一がそう言うと武も、
「もったいないしね」
彼らはさっさと歩き始める。
「ま、あいつも常識人なら、わきまえる事はわきまえてる筈だし……玲子さんも子供じゃ
ない」
杞憂かな、徹夫もそうつぶやいて歩き出す。
「常識人かどうかが一番心配なんだけどな」
明は一人つぶやいた。
「……と言うわけで、短い様ではありますが船長としての祝辞の言葉を終わらせていただ
きます。どうぞごゆっくりくつろぎ下さい」
ジョージ船長のスピーチは、それほど長くなかったという話だったが、まさしく終わる
その時に、明たちは大会議室に入ってきた。
「ミスタ・徹夫」
ビリーが徹夫の肩をたたく。彼の席を用意してくれていたらしい。警察官志望のベンが
やって来て、彼らは宴の中をさ迷い、泳いで行く。三人は水銀がどうの、超電導がどうの
と言った話をしている様だ。
なかなか熱気にあふれていてよろしい、とは誠一の言葉。
フィリピン出身と言っている黒人のトムは、誠一を見るなりがっしりと手を握って彼の
無事を祝い、仲間達の方に引っ張り込んでいく。
いつどこで知りあったのかと思いきや、あの乱闘の時だった。明は空白の時間を少し思
い出す。
中川博士が大木教授の無事を心から祝っているらしく、捕まえて離さない。おたがいに
金星に人間が定住できる様知恵を絞っている者同士、なくてはならない者同士。
村沢が秋野に寄り添っていた。この様な宇宙船の職場は長期間勤務になるので、ごく近
くにいる男女関係がいつの間にか恋愛に変わり、職場結婚となることも珍しくはないのだ。
ローリーがターナーの肩をポンと叩く。
交代だよ、とでも言ったのだろう。今までいたターナーに代わって、ローリーが会場に
入る。彼は田沢に近付いて行って、彼に何かを話していた。
エレンが珠美と何かをしゃべっていたが、遠くて明の耳には引っかからない。
明と誠一と武の動きはと言えば、料理の皿を軽く五つ程片づけてからおもむろに春美に
近づいて、彼女の心の引っ張りあい。しかし自分が春美の恋人たらんとしている上に互い
がライバルだと分かっている。これ以上目の上のたんこぶな者同士もいないだろう。
『もうそろそろアフリカ号の船旅も終わりに近づいてきたし……』
この船旅が終わってしまうまでに、単なる同乗客からせめていい友達くらいにならなけ
れば、先の見通しは立たない。
明、誠一、武の『三銃士』に、今は腹痛で寝込んでいる和男、これは激戦だ。さしもの
明も、なかなか勝算は厳しい。
そうこうする内に、春美は何か用事があると言って料理の皿もそこそこに、
「今日は私にとって大事な話があるの。準備があるから、みんなちょっと待っててね」
と言って出入り口の方に消えて行った。
「大事な話?」
何だろうね、明がのんびりした声で言うと、
「大事な話ってえ言うとお、決まってるじゃない……男女のおつき合いじゃないの」
誠一はこういう時、端から見てても羨ましい程楽天的になる。そうと決まった訳でもな
いし、相手が誠一である保証もないのに、
「これで決まりだね、諸君。
春美さんは俺の野性に惹かれて、今日から恋人づきあいだよ〜。羨ましいだろう」
ばかな思いこみにつき合うのは疲れてくる。
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