悪運が強いという言葉は、彼の為にある物なのか。是が非でも仲間のいる倉庫に着く!
その執念を悪魔が助けたのか、マークは漸く船倉に辿り着いた。
「ハア、ハア、ハア……」
「よう、兄弟。失敗か?」
声をかけたのはハリイと言って、船倉のバリケートを任されていた連中のかしらである。
「ケッ、能なしやろうのお陰で、ひでえ目に会ったもんだぜ……」
たった一人で逃げてきたマークの実態を知る者は、ここには一人も居ないので、彼は何
とでも言える。
「こっちは成功だ……」
ハリイは、船倉のバリケートの奥の“本部”にマークを招きつつそう言った。なかなか
見事な要塞に作ってある。二重三重に壁を作り、互いが互いを援護しあえる様に作ったあ
たり、傑作といって良い。マーク一味を早期に壊滅できなかった理由はこのバリケートに
あったと言う位なのだ。
「人質は四人……一等客は警備が厳しくて狙えなかったが、みんな二等客にしては上等だ。
まあまあってとこかな」
「ここには何人残っている?」
「俺とあんたを含めて二十人。こっちはそれほど難しくはなかったがね」
ハリイは探る様な目でそう言った。
「よおおし、それでこそマーク・ジョンソンの右腕だ。これでここから大反抗だぜ。
覚えていろよアフリカ号、覚えていろよ」
ふっふっふっふっ!
「追え!追え!」
ターナーの声が響く。
「取り逃がしたのか?」
別方向から何人かの船員を率いておって来たローリーが声をかけた。
「マークの野郎は逃げ足の速さでは天才だよ。取り巻きどもはほとんど捕まえちまったが
ね。
何人かバラになって散っていったのがいるんだよ……ほとんどは船倉だ」
ターナーの話によると、船倉はほぼ完全に包囲されたらしく、排気口なども封鎖され、
乗っ取り犯側はバリケートを築いて抵抗しているとか。袋のネズミといいたい所だが、相
手の抵抗は思いのほか激しい。
「これはまだ、未確認の情報なんだが、奴等人質を持っているらしいんだ……」
「船内は船倉の周辺八ブロックを除いて非常体制解除。引き続き警戒態勢を取られたし…。
なお、非常体制かの八ブロックの住人達は、ただちに安全確認の為大会議室に集合のこ
と。他の乗客に関してはブロック毎にその安否を確認して後、ブロック中央の端末機をも
って中央指令室に報告のこと……」
船内放送が、船長の命令や正確にできるだけ近い情報を伝える。その何割かは船員乗客
達を安心させる為の虚報であったが、不確定な情報を確認する間に口コミで広まっていく
デマに予防線を張るには却ってこの方が良い。
ギョッとしたのは明たち……。人質、だってえ? この船の中のメンバーは、乗員乗客
みな大なり小なり知り合いだ。
ロジャー・ペンローズ、ビバリー・ヒルズ、ウイリアム・リード、大木教授、ラル・シ
ン、中川博士、エレン・ペレズフォード、ラーメン屋の李さん……。そして何よりも!
『あの船倉の近くの三等船室には、春美がいるんだよおおおおおおっ!』
顔から血の気が引いていくのが分かる。別に、そうだと誰かが決めた訳でもありゃしな
いのに。
『ん、んなばかな……まさかね』
「お、おい。いやちょっと……」
誠一は手近にいた乗務員に声をかけた。
「人質って、俺は今聞いたんだけど……その人質ってのは……本当なのか?」
「ええ、そのようですよ」
若いフランス人と見える青年は他人事の様に答えた。何かやりかけたことがあるらしく、
落ち着かない。船内では現在箝口令はしかれていない。悪い情報がないので、広めてもそ
れほど支障はないのだ。
「その様ですって……誰なのか、分からないかな?」
友達のことが心配でさ。むっと怒りかけてから、また穏やかに誠一は頼み込む。
恋する人の危険かもしれないと思うだけで、心臓をランプであぶられる様な気がする。
それを押さえられる誠一はすごい。
「ええ……。まだ詳しくは分かりませんので。男女複数ですが、正確な人数と身元までは
ちょっと……まだ混乱しているもので」
相手側も明らかにはしていない様です。
それから言った青年の一言は、明たちの心に心配の嵐ばかりを巻き起こす物となった。
「でも、危険ですよ……あいつら。超高性能の小型爆弾を持ってるらしくて……。
強行突破してきたら人質もろとも爆破してやるって、いってますしね。あそこは船倉だ
から、宇宙とは本当に鉄板一枚だし、人質には女性もいるって言いますしね……」
ああ、くわばらくわばら。彼は物騒なものが嫌いだと言わんばかりに手を振って見せて、
「そうそう、一応非常事態は解除できたけど、まだ警戒態勢だからね。
あんまりうろうろしないで、船室か娯楽室にいっていた方が良い。まだ船内のどこかに
マーク一味の残党どもがはぐれて残っているかも知れないし、誰が無事で誰がけがをした
のかも確認は済んでいないから。
私も探し回っているんだよ、そいつらを。手負いの獅子だから気をつけないと」
じゃ、急ぐからこれで。彼は立ち去ってく。
どーする、とでも言いげな視線が五人の間に交わされる。が、幾ら彼らが目を合わせて
みても名案は出てこない。
「とにかく、正確な情報の発表されるのを待つしかないね」
黙っていられない破裂寸前の風船状態の明だったが、ここは徹夫の言うとおり待つしか
ない様だった。武もそれに賛成して、
「ま、言うじゃない。『あほうは寝て待て』、『待てばサイロの日和あり』って」
「果報は寝て待て!」
「待てば海路の日和あり!」
和男と徹夫は同時に訂正した。
警備員詰め所や臨時対策本部なる物が設置された大会議室では、アフリカ号の乗客達が
長々と行列を作ってごった返していた。
船長他船員にとって、最も心配なの自分の命だが、職業上最優先しなければならぬのが
は乗客達の安否である。マーク一党は船内をかなり荒らし回った為に、ほぼ船の中全ての
乗客達が人質になる可能性があった。
誰が安全で誰がけがをして、そして誰が人質に攫われたのか、大至急集計する必要があ
ったのだ。情報は時に、その源となった物事よりも重要でさえある。
それは乗客にとっても同じことで、トイレに行った売店に行ったで混乱に巻き込まれて
別れ別れになってしまった知人友人家族の安否はできるだけ早く知りたいし、自分の安全
を願う人が一人でもいる限り早く無事を知らせて相手を安心させたいのも、あたり前の反
応だったろう。
それぞれが、持っているアフリカ号の切符(認識番号の入ったカードである)をもって
自分の安全を証明し、誰かの安全を確かめている。そのために大勢の人だかりだ。
「余り居座らないで、次にここに来る人の情報があなたの待っている情報かも知れないん
ですよ!」
自然居座りがちになる乗客達を、次から次へと送り出して次々と情報を処理していく。
だんだん無事だった人達の数が増えていき、行方不明の数が減っていく。ごく僅かにけ
が人の数もあったものの、死ぬ程の傷ではない。
その『ごく僅かのけが人』の中に入ってしまった明達五人は、さっきから警備員詰め所
に居座って人質の身元確認作業を覗き見する一群として、警備員の厄介払いの対象になっ
ていた。
「何分へばりつく気なんだ」
頭を抱えて警備主任が彼らを追い出しにかかる。力ではかなわない明達は大した抵抗も
せずに退散するが、和男発案のベトコン戦略なる戦法で、彼らが警備室に籠って仕事を始
めると再び舞い戻る。いたちごっこである。
明の心が落ち着かないのは当然だった。
落ち着きようがない。どうやって落ち着けと言うのだ。心の雲仙普賢岳が、火砕流をま
き散らすその寸前に、明はいる。隣にはそれに倍する大噴火の兆候見えるピナポトゥ火山
男こと誠一がいて、こちらもかなり険悪だ。
『まさか、こんなに沢山いる乗客の中から、よりによって……』
『でも、もしかしたら……』
『いや、確率は百分の一以下だし……』
『でも春美さんの船室はあの近くだったし』
混乱がひとまず収まって、主電源が再動してもなお春美の姿が見つからないのが彼らの
不安を掻き立てた。
『春美の事だ、きっとエレンの所で井戸端会議でもやって、油を売っているに違いない』
『もしかしたら、大木教授を捜して走り回っているのかも知れない。あの教授、学者ばか
でこういった事には鈍いから……』
しかし何の消息もつかめないとは……。
自然、貧乏揺すりがひどくなる。二時間後、自然に五人は誠一の部屋に集まってきてい
た。やがて、たまりかねた誠一が立ち上がった。
通信班長の秋野京子が対応に出た。
「はい、四人人質がいる模様です。たった今身元が判明しました。ご苦労様」
このご苦労様には、警備員他船員にさんざん張り付いて、すっかり顔を覚えられてしま
った札付きの五人組に対する揶揄がある。
名前ですか? 胸に銃口の穴があって、下に着ているワイシャツの青色が見える彼女は、
報告用紙をめくりつつ、
「大木達則教授、三十八才。日本国籍、男、弘前大学教授です。
王喜山、五十二才。台湾国籍、男、ラーメン店店長。
エレン・ペレズフォード、二十三才。アメリカ国籍です。OL……」
いないよ〜だね。
ほっと息をついて明は横にいた誠一を見る。
しかし誠一はまだ安心できないとばかり、
「安心するなよ……」
誠一の声は明たち回りに言ったと言うよりむしろ、自分自身に言い聞かせる様だった。
「安心するなよ……この小説の作者は、一体何を考えているか分からんからな。最後の最
後でひっくり返されたりしてみろ……」
九回裏に、サヨナラ満塁場外ホームランを打たれる様なものだ。
武も和男も徹夫も、ほっとして顔を見合わせる。その時にハリケーンは来た。
「それから……ああ、そうそう。
大江春美さん、二十六才。日本国籍、女性、大学教授秘書。以上です」
「んなばかな……!」
よりによって……。
「俺たちって、確率の法則にケンカ売ってないか?」
徹夫の言葉も耳には入らない。頭の中が空回りしたまま、明は絶句した。
「三十八才の日本人人質の春美教授が秘書で……ラーメン屋がOL」
「五十二才のヘレン大学教授が台湾国籍でラーメン店店長の大安売り……」
「おい、おい、おい!」
誠一に怒鳴られて気づいてみると、彼らはいつの間にか船室にいた。
「茫然自失と言った所だね」
和男は倒れなかっただけましと言ったけど、彼らは倒れたのを忘れているのかも知れな
い。その位呆然としていたのだ。武は一時口から泡を吹いていたらしい、本当に。
「全く、情けねえな」
と言っている誠一も実は、足が定まってない。
「参ったね……」
徹夫はがっくりと肩を落とす。
徹夫はこういう予定外に割り込むイベントにはからっきしだめな男だ。予定さえ立てと
けば、失敗は万に一つなのに……。
こういう事は三か月位前から教えてもらえなきゃ……(宇宙船ジャックに会う予定なん
て立てるか!)
「とにかく、こういう時はだねえ。想像力を働かせてだねえ……」
和男のしゃべり口調に明はいちるの望みを持って、
「それでぇ?」
「それで……結局わかんない」
希望を持った明がバカでした。
「身代金を積んだら、返してくれるかな…」
それはだめだ。武の可能性を徹夫はきっぱり否定した。
「彼らの今の目的は金よりも身柄の安全だ」
「だったらさあ、奴らの一味の捕まえたのと、捕虜交換ってのは?」
「厳しいね……相手は冷酷非道、味方だって邪魔なら消してしまうと言われるマーク・ジ
ョンソンだ。それにこっちは法律に従ってる、捕虜交換なんて警備員などにはできないん
だ。
「じゃあ、どうするってんだあよお!」
誠一が詰め寄る。徹夫も思わず大きな声で、
「だからプロの船員や警備員が困ってんだろうがっ!
素人に解決策が見つかる様だったら、警察は要らねえんだよっ!」
彼らはとにかく、現場に行ってみることにした。黙ってられる様な状態ではなかったし、
現場に行ってみればあるいは、彼らにも何か考えつく事があるかも知れない。春美がひど
い事(?)をされてないかも心配だったしね。
てな訳で、第二級警戒態勢の第五ブロックへと向かう五人は、途中の売店でおにぎりを
買ってーこーゆー時でも腹は減るー直行した。
田沢航海士や警備隊長のギルバート巡査部長達が、船倉の中にバリケートを築いて睨め
っこしているという話までは知っていた。乗っ取り犯たちが船倉内にバリケートを作った
のは、船員たちを誘い込んで始末しようという魂胆だったらしく、長期戦にもつれるのを
嫌った船員は扉のない壁を爆破して強行突破、船倉内で銃撃戦をやったと言う。
この強行策が成功してか、ラーメン店店主の王さんは救出され、乗っ取り犯一味も六人
捕まったと言う。当方の損害はかすり傷三人とか。ただ、相手さん方は追いつめられて一
層殺気立っていて、いつ危害を加えられるか分からない状態で、明たちは正に戦々恐々だ。
王さんは、数百万キロ離れたテレビ局のアナウンサーのインタビューに答えているが、
受け答えに数十秒かかるので結構とろい。
とろいのは仕方ないのだが、四千年の歴史のラーメンのおかげとは、一体何のことか。
しまいには店の宣伝まで始める始末……陽気なおっさん。
聞いた話によると、王さん救出までの間の春美の扱いはまあ人形なみで、少々胸をさわ
られたりはしたが、元気だという。エレンがいた事と、大木教授がいる事でかなり元気づ
けられているらしい。が、
「やっぱり女の人だからね」
和男は一人で勇み立って、
「正義の勇者が助け出すって言うのが筋書きなのさ」
武も徹夫もあきれ顔。誠一が、お前行けよ、と言うと、
「危機一髪ってとこじゃないと、主役に出番は来ないのさ。
ウルトラマンなんか、そうだろう。騎兵隊だって西部劇の最後の三分に現れるだろう」
「じゃ、俺たちは何なんだよお」
「観光見物気分で来られても、困るんだよな」
田沢はやや迷惑そうな感じでそういった。
「状況はこのとおり、それから変化なし」
積み荷を積んで壁にして、双方にらみ合っている。そっと頭を出してみると、向こうも
そうだった。
「上とか、下とか、換気孔とか、どこか回り込む所はないんですか?」
明の問いに首を振って田沢は、
「換気孔でも既に睨みあいが続いているんだ。他には通路はない」
危険物があった場合、すぐに切り離せる構造になっているらしいのだ。その上困った事
に食料も多数あったらしく、彼らは金星まで篭城の構えという。明思うに、つまりぃ、
「ってことは、人質(彼らの間では春美の代名詞と化している)もずっと捕らわれたまま
って事……?」
「そうなるね」
当然といった感じの徹夫に思わず誠一は、
「冗談顔だけにしろよ!」
「ちなみに、やつらトイレは?」
作品の盲点をつくような和男の問いに、ギルバート巡査部長は腕を組んで考え込んで、
「小は……隅っこの方で済ませているらしい。大はまだ誰もしていない、人質もだ。ただ、
金星までずっととなると、余程便秘症でない限りちょっと苦しい……」
「犯人の数は十人位。正確には分からないが、半数以下に減った様だ。一人一丁位銃を持
っているが、意外とそのへんのごろつきが多い。訓練された警備兵なら五分で片づけられ
る」
人質さえ、いなければね。そこで精悍な肉体を持つ彼も悔しそう。と、その時、
「ほら〜、見ろ見ろ〜」
にわかに犯人サイドが沸き立ってきた。
何だあ?田沢やギルバートにくっついて、『関係者以外……』の扉をかいくぐって彼ら
もバリケートの上に顔を出すと、
「オレはマーク・ジョンソン。偉大な犯罪者、罪人の帝王、飲んだくれのごろつきよ、ち
んぴらよ! 俺の元についてこい。オレの手下に入ったら、たっぷりいい物見せてやるぜ
…。
こんなふうにな!」
そこに引きずり出されたのはエレンと春美。バリケートの向こう側で、ロープに体を縛
られている。これから何を始めるのだ?
「俺がこれから遊んでやろうと言ってんだ。
ありがたあく遊ばれな!」
マークは春美の髪の毛を引きずって彼女の体を持ち上げた。普通だったら春美も、平手
打ちの一つや二つでは済みそうにないのだが、両手両足を縛られていてはどうしようもな
い。
マークは春美の胸のふくらみををつかんで見せて、たかだかと、
「こんな女を好きなだあけ、食わせてやるぞ。
好きにできるんだ。やり放題だ!」
あ、あの野郎……! 田沢は絶句した。
月、ルナ・シティ。
ここの第六観光ホテルの一室で、中山俊男はベッドに寝そべって、テレビを眺めていた。
明たちを見送ったあと、大震災でほとんど全壊したルナ・シティ総支社の再建のために、
『二十四時間働けますか』に応えてきた俊男だったが、漸くその再建のメドもついたので、
やっと退社時刻に解放してもらって、休養中。
頭がぼんやりかすむのは余り眠ってない姓だが、今日こそは眠れそうだ。
『メシでも食ってから……』
そう思うのだが意志に反して体は動かず、
さてこのまま寝てしまうかと思っていた矢先、「……次のニュース。
アフリカ宇宙航空株式会社所属の金星行き不定期便、アフリカ号が今日八日未明、乗っ
取り犯に襲われるという事件が起こりました。
犯人の首領はマーク・ジョンソン……」
「な、なっなっなっ!」俊男は飛び上がった。
「犯人一味は船員の抵抗にあって乗っ取りに失敗し、船倉に逃げ込んで依然抵抗を続けて
います、この事件に対して……」
俊男は飛び出しかかってパンツ一丁の体に気づいて、慌てて服を取る。おっとっと、
「犯人一味は人質を捕ってアフリカ号の進路を変える事を要求しており、投降を求める船
長他当局の声明を無視しております。死者は今の所、ありません……」
まさか、ねえ……。
「人質は大木教授、王店長、ミス・エレン」
「ミス・オーエ!」
その瞬間、俊男はいなくなっていた。
「では、次のニュース……」
俊男が消し忘れたテレビからは、アナウンサーの声が続いているが、そのニュースを聞
く者は既に、この部屋にはいなかった。
おそらく、マークはアフリカ号乗っ取りに失敗して低下した威信の回復の為に、みなの
喜びそうな事をしたのだろう。しかしそれは、明の神経を逆なでする程度ではすまなかっ
た、
「明っ、お前、何する気だ……」
誠一が明の肩をつかまなかったら……。
「ぶっ殺してやる……」
明の目は据わっていた。誠一は見た事もない明の怒りに圧倒されて。
「てめえ、そのド汚ねえ手をどけやがれ……。
さもないと、殺すぞ!」
横で押さえる誠一が冷や汗を流すのだから、その気合いが分かろう。横では武が、
「てめえ、それ以上何かしてみろ……死刑にしてやる。てめえみてえなテロの一人や二人、
金さえ積めば裏の力で幾らだって始末できるんだからなっ!」
武も武だ、こいつら取りつかれてるよ!
「けっ……うるせえ」
やや気圧されて、それでも弱気を見せられぬマークは、
「黄色めがっ!」
「てめえの血こそ何色だ! 色素でもくえ」
武は怒り狂っていて、明は鬼気迫る様子。
それを甘く見て春美とエレンの服をビリビリ引き裂いたのは、マークの致命的失策だった。
突如明を引き止めていた力が失せて、誠一の手がギルバートの手のレーザー銃に伸び、
「かせ……」「あ、あっ」
余りにも静かだったので、ギルバートはついつい……誠一に銃を持たせてしまった。
「この野郎おおおおおおおおっ!」
完全に暴走してら。
おりゃああああああっ!機関銃を乱射する。
「バカ、やめろ!やつらは高性能爆弾を…」
『かまやしねえよ、あんたらだって爆破もしたんだろ!』
心の隅でそう呟きつつ、“切れた”誠一の機銃乱射が乗っ取り犯を襲う!
「ぎやああああ」「ひいぃぃぃぃ」
「やめてくれ〜」「だずげでえぇ」
元々統制のきかない乗っ取り犯のごろつきどもは、こういうふうになると弱い。
「お〜らおらおらおらおらああ!」
武と明の叫びまでもが彼らを恐怖に陥れる。
「こ、降伏する」「たすけてくれえ」
「もう悪い事はしませんっ」「勘弁して!」
遂には武器を捨てて降参する者まで現れる始末。何せ所構わず打ち込まれては、自分が
危うい。人質の大木教授も、弾丸が頭の上をかする有様。高性能爆薬を持っていたって、
手のひらの上で爆破されっちゃあたまらない。誠一達は自分がどうなろうと、いや何がど
うなろうと知った事じゃない暴走列車。
「お、おい、こら……」
人質に万が一の事があっては一大事と警備員たちは懸命に押えつけようとするが、この
素人たちは完全に切れていて、歴戦の勇者をも寄せつけない。和男は横にいて、
「それいけ、そこだ、打て打て。
悪党なんか、打ちっ殺せええ!」
ガンジーの愛弟子を自称する人道主義者と常日頃話す彼のこの変貌ぶりもものすごい。
徹夫は徹夫で誠一の暴走が止められないと分かっているので、レーザー銃の狙いをとん
でもない方向に反らせる。それが一番賢明だったのか、この騒ぎに死者は出なかった。
警備員が苦心さんたんして誠一とその一味を押えつけたその時には、全て終わっていた。
人質は救出されているし、乗っ取り犯の多くは次々と降参してくる。船員は混乱に乗じて
バリケートの向こうにまで攻め入り、マークをお縄にした。
櫛の歯の様にメンバーが抜けていき、教授もエレンも春美もみんな無事救出された。
「三人、四人、五人……」
体をパンパンと叩いて武器のない事を確認して、次々と後に乗っ取り犯を手渡していく。
「大漁大漁、御客様のご協力に感謝」
かくして、アフリカ号乗っ取り未遂事件は(明たちのお陰で?)見事解決したのだった。
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