第9章 支離滅裂

「お、おい。どうする?」
武は慌てふためいていた。しばらく出番がなかったからではない、マーク一味が、あの
『狂犬』マーク一味がこの船の中をうろついていると云うのだ。妖怪が出ようが宇宙人が
来ようが、全く恐れず商売の話を持ちかける武ではあるが、相手がマーク一味ならば話は
変わってくる(当たり前か?)。金も富みも、命あっての物種だ。
「保険くらい、かけてあんだろう?」
じたばたするなよ。誠一がなだめにかかるのだが、武はまさに冗談ではないと、
「バカヤロー! (保険金が)三億おりようが五億おりようが、死んじまったらしよーが
ねえじゃねえかっ! オレはエジプトの王様みたいに立派な墓なんて要らねえんだっ。
生きてる内に金を使いたいんだよっ!」
「だったらさぁ……」
明は、こんな時とは思えない程のんびりした口調で、
「そんなに騒いで、乗っ取り犯たちの注意を引く事もないと、俺は思うんだけど」
「何か自衛手段はないの?」
珠美が尋ねる。女ばかりでは不安なので、姉と共に誠一の部屋に顔を覗かせているのだ。
「ブロックの分離壁にバリケートを作ろう」
和男は他のブロック(両隣)の状況を見て来たが、プロでない乗客にはその位しか出来
ないようだ。
それしかない、徹夫もそれに賛成した。
!そう言えば、ブロックの説明をしてなかったろうか。
この頃ほとんどの宇宙船は(特に客船は)、船室を幾つかまとめた、ブロックと呼ばれ
るまとまりと何らかの関係を持っている。隣組の様な物である。
四等船室は二十部屋、三等船室は十六部屋、二等船室は十部屋で一つのブロックを形作
っている。一人一部屋が原則の明たちの船室は、一つのブロックに十人の住人がいる事に
なる。(一等船室にはブロックはない。小さな船室を組み立てる上で、少し組み立てて大
きくしてから船に接続するのだが、一等船室はそれだけで十分大きいのだ。)
ブロックの中心に非常用スピーカー、冷暖房器具(三等船室では風呂や電話も共用、四
等船室ではトイレもテレビも水道も共用だ)、を置いておく。一台で良いのは非常に安上
がりだ(豪華な一等船室に共用の必要がなく、ブロックの必要性も薄いのが分かろう)。
一等船室の様に一部屋一部屋に何もかも置いていたアフリカ航空以前は、富豪のぜーた
くとした映らなかった宇宙旅行が、庶民の手の届く憧れにまで下りて来たのも頷ける。
また、ブロック内の乗客同士の交流が進められて、結構楽しい旅になる。非常時には事
故などの影響を一つのブロックに封じ込めてその被害を最小限に食い止めたり、今回の様
な場合には犯罪者を一つのブロックに追いつめて捕まえたりする場合もある。更に建造の
時には、このブロックを作ってから積み立てていく工法は非常に安上がりで、また簡単だ。
個々の部屋の壁は薄いがブロックごとの壁は厚く、レーザー銃でもそう簡単には打ち破
れない。この扉の前に机やごみ箱を並べて、隣に並ぶブロックたちの様子を伺いつつも、
一応自衛する事としたのだが……。床が開いて、銃が取り出された。一応人数分だけある。
普段は開かない床の隠し部屋だが、非常ベルと同時にロックが解除されるのだ。
さっきの停電は、緊急放送と共に第二非常電源が作動して一応必要最小限な電力を確保
しているが、目立って乗っ取り犯達の逃走路にはなるまいとわざと暗くする。ところが暗
いとかえって不気味に怖くなる者もいて、いやはや……。
彼らの構えた銃は、はっきり言ってただのオドシに過ぎなかった。俗に言う抑止力って
奴だが……。いや、オドシにさえなってないかも知れない。何も来ない事を祈る、それ一
番。ハッタリの利きそうな、怖い顔もないし。
珠美と玲子は銃を使えないし、戦える訳もない。イスラム三人組も戦いのプロではない。
「いつでも来い!」
なんて云いながら、徹夫の足は誰がどう見てもがくがく震えている。本人は貧乏揺すり
だとか武者ぶるいだとか云って譲らないが、さて……。武は一応、銃を持つには持ってい
たが、使えそうにはない。それを自分でも分かっていてか、
「猫に真珠、ブタに小判」
と云うのだが、例によって例のごとく、
「ブタに真珠、猫に小判!」
和男と徹夫は同時に訂正した。
その和男だけはただ一人、どっしりと腰を落ち着けているものの……。どうやら、ただ
腰が抜けていただけらしい。
徹夫は平常心平常心と一人で呟いているが、同じ事を何度も口にする事自体徹夫が平常
心ではない事を示している。
武は自分が生き残る事を大前提に、けがをした場合の治療費とその損害について計算を
走らせている(暗算世界一!)。
しっかしあのマーク・ジョンソン(と名乗る男)が、明や誠一にパーティ会場でけんか
を売ってきたあの白人男だとは、船内テレビで放送されるまでは分からなかった。
「結局、あいつらは騒ぎを起こしたかったんだな……そして見事に決起して、失敗した」
バカな奴!あそこまで成功しておきながら。しかし相手はやはりプロの集団だ。
実際には抵抗どころか、みんな逃げ出すんじゃあなかろうか。なぜって?
自分も怖かったからさっ。
それと分かる目つきを誠一も、明に見せてニヤッと笑う。
「怖いか?」
誠一が尋ねる。明は曖昧に首を動かした。
「俺と同じだな。ほっとしたよ……」
その頃マーク一味は、明たちの預かり知らぬまま、船員と各所で銃激戦を展開していた。
「コンピューター管制室の制圧に失敗した乗っ取り犯の別動隊は、中央指令室から逃走す
るマーク一味と合流、機関室方面に向かって逃走中。一等船室、三等船室B方面に逃れる
可能性大。七フロアーで八人を逮捕……」
「警備員の詰め所を襲撃したマーク一味の別動隊は、警備員の逆襲を受けて退却、逃亡中。
六人が逮捕された模様」
「船室にマーク一味の本隊を発見。高性能爆弾と作りあげたバリケードで篭城戦の構え。
船室のマーク一味は人質を持っている模様」
「マーク一味を、三フロアーに発見。二等船室B、三等船室D方面危険。警戒されたし」
お、おい。本当に来るのか?」
イスラム三人組の一人、ハッサンが尋ねた。
「確率は八分の一……」
徹夫は感情を表にしない声で答える。
「そうは言っても、やって来ないとは、限らないだろう」
イスラム三人組の一人、アブズーラが横から口を出す。その銃を持つ手がガタガタ震え
ているのが、はた目から見ても分かる。
武は……武は?
「携帯薬品は要らんかねぇ。
携帯薬品は要らんかねぇ」
出たっ、行商人めっ!
「かあるいケガならすぐ治る、重いけがでもすぐ元気、助からなければすぐあの世。
痛いのかゆいの飛んで行けえっ、てな訳でこの軟膏。一本五百十五円は消費税込み。
これ一本で怖い物なし。世の中ばら色黄金色。さ、この軟膏で貴方は死をも恐れない」
「こら、やめ……!」
明が言いかけた時、スピーカーからの緊急放送がかかって彼らは『だるまさんが転ん
だ』の状態になる。
「緊急放送、緊急放送。
乗っ取り犯一味は逃走を重ね、機関室へ向かっている模様。乗客は慌てず騒がず、第三
時非常体制を取られたし……」
「機関室ってどこだ?」
徹夫の問いに誠一はあきれたとばかり、
「徹夫……お前、そんな事も知らんのか。
全く、情けないやつだなあ……。実は俺も知らんが」
アラ!徹夫はオーバーにこけて見せる。
「地図地図!」
明が犬を呼ぶ様に言うと、和男がそれらしい紙切れを持ってきた。
『こーゆー時に、世界地図を持ってきてパッと広げる奴もいるんだよね』
テレビのギャクでは時折そんな事もする。でも、そんなばかな事をする奴がさぁ……。
「……いた」
和男の右手にあったのは世界地図。
「なんちゃってね」
彼は左手から船内地図を取り出した。
「ええっと、ええっと、ここだ」
誠一の指さした一転は、明たちのブロックからまっすぐに進んだ所。やつらが直進して
くるならば、彼らとぶつかってしまうではないか!
「ま、真っ正面だっ……」
「確率は☆☆分の一であると……」
「いよいよ薬の売り場だねぇ……。
こんなのを詩の商人って言うのかねえ」
武の言に和男と徹夫は一致して、
「死の商人!」
と同時に訂正した。
「全く、ハイエナの死骸に群がるピラニアの様な奴だ……(どーゆー奴だ、どーゆー)」
和男の言う事はさっぱり分からないが、言いたい事は分かった(積もり)。
「とにかく、こーゆー非常時に薬を用意するなんて、どこまで気のきく奴なんだと、皆さ
んおっしゃりたい訳で……」
「バーロー、誰がんな事ゆうかっ!」
誠一は呆れた様な気力のない怒り方をした。
「全く、大切な宇宙旅行だってのに、変な事ばかり考える奴等ばかり集まりやがって……。
挙げ句の果てに乗っ取り、冗談じゃない」
「悪かったな、乗っ取りなんかしてよ……」
えっ……? ここの十人の声でない。珠美が何か言いたげだったが、言葉が出てこない。
が、元気な誠一は、
「ああそうだよ!謝るくらいなら初めっからするんじゃねえっての」
全くあのひねくれ精神の白豚野郎が……。
「何がマーク・ジョンソンだ。あんなの、ただの間抜けな海賊じゃねえか。オレなんか、
宇宙ステーションBUで美しい美女を助けるのに奮闘した勇者だぜえ。格が違わあ……」
「悪かったな……乗っ取りなんかしてよ」
その声は、怒りを押し殺した様な静かな声でそう言った。
「そうともよお。ひねくれ精神の白豚野郎の、間抜けな海賊でよお……」
ピク!
誠一は体が硬直するのを感じた。聞いた事のある、声……?
えっ……、えっ、えっ?
あの殴り合いの時に聞いた様な……。
「まさか、まさか、まさか、ね……」
そうっと振り返ってみると……。
「久しぶりだなあ。パーティーの時は、良いパンチだったぜ、なあ……。
俺が、てめえに殴られたマーク・ジョンソンだよ!」
「ひいえええええっ!」
時代劇に出てきてすぐ切り殺される百姓の様な叫び声を上げて、誠一は飛び上がった。
逃亡中の殺気立ったマーク一味が、いつの間にか間近にいる。銃なんて、こうなってみ
るとただの棒切れにもなりゃしない。
抵抗という言葉の意味を、彼らは一瞬の内に消去し去って、逃亡という言葉の意味をも
覚えないで、彼らはただ立ちすくむ。彼らが覚えたのはどうやら『直立不動』という言葉
だったらしい。
このやろう! マークの鉄拳がうなる。
マークじきじきの鉄拳制裁の、その最初の一撃を誠一は食らわなかった。なぜ……?
彼の運動神経が並み外れて鋭かったからとか、彼が昔、武道の達人の弟子だったとか云う
訳ではない。
誠一に迫るマークの一撃必殺のパンチを食い止めたのは、横から飛び出した武の手だ!
 彼は宇宙の脅威よりも強かったのか?
「えっ……!」
「このヤロー……」
驚きと戸惑いで動けない他のものを顧みず、マークの手を取って武が云うには、
「ほほう……。ずいぶん痛んでますなぁ……。 こういう手には、この新軟膏BBAクリ
ームが、よっく効きますぞお……」
「だっ、黙れっ!」
マークの叫びも、武を前にしてはこっけいにしか見えなかった。
「黙っていちゃあ〜商売もできやしない」
武の口は毎日オイルを塗ってあるのでないかと思うほど滑らかだった。水素よりも軽い
口と評されているのだ。どうしようもない。
とにかくその凄さ、ちょっと拝見……。
「この薬はですなあ、アフリカのタンザニアで取れた良質のタンパク質にぃ、最新一流の
医療技術のブレンドによって得た奇跡の薬…。
まさにアマゾンの宝石と云うに相応しい!
まず、材料が違う。シベリアのトナカイの角に北極熊の爪。えびの尻尾に、桜の葉…」
何がタンザニアのタンパクでアマゾンの宝石だか、分かった物ではない。そんなに混ぜ
て、どーするの?
「うるせえ! 黙らねえと打つぞ!」
武の腹には光線銃が突きつけられるが、胸から下には武は全くの無神経。銃に気づいて
ないのか、逆にマークが気圧される。
ど、ど、ど、どーなってんだぁ?マークの焦った表情は、西部劇のガンマンがギャクの
世界に飛び込んできた様で、しまり気がなかった。
武はと云えば全く武らしく、
「そんなこたあどうでもいいから、とにかくタンザニアのタンパク質にぃ……」
「この銃が見えねえか! 打つって云ったら本当に打つんだぞ! 俺は……」
マークはとっくに、銃の安全装置を外しているのだ。それなのに武は、
「それよりもタンザニアのタンパクが……」
「うるせえ! 俺はマーク、マークだぞ!」
「だからタンザニアのタンパク!」
「うるせえと云ってるんだ!」
「タンパクと云ってるでしょ!」
二人は自分の立場も忘れて怒鳴りあった。
「あそこだ〜っ!」
ローリー他数名の武装船員が迫ってきた。我に返ったマークは武を放り出して逃げ出そ
うとする。が、
「待ってよぉ。手の痛みにこの、BBAクリームゥ……」
「ひつっこい!」
マークもしまいには武に取りつかれて困っている。これがセールスマン根性か?
「買って、買って、買ってえぇぇぇぇぇ」
武はマークの足を取り、
「宇宙に出てから三年余り、行商をしても何一つ売れず、宇宙へ出るための借金もかさみ、
悪どい商人にだまされる(誰の事だ、おい)果ては占いで人相が悪いというので。サラ金
から金を借りて生計をしたのが運のつき。
遠い宇宙に家族と離れ離れ、今もサラ金会社に追われる生活。ああ!この世の中にこれ
ほどかわいそうな男がどこにいるでしょう!
神よ、願わくば我に金の一円を呉れんかな。ああ呉れんかな!」
良くもデマカセが舌をついて出る物だ……。
口に出す事こそなかったが、そこに居合わせた面々はあきれ果てて、言う気にもなれな
かったのも事実である。
和男は、武には即興詩人の才能があるとさえ言っている。
その上武の金にかける気合いは並々ならぬ物がある。明もあきれて口も出せない。
「こんなひどい生活、こんなひどい生活……。
レ・ミゼラブロよりも酷い……」
「それを言うならミゼラブル、大体君は…」
横やりを入れて議論をひっかき回すという、文章家の業とも言うべき行動に出てしまっ
た和男の口を、徹夫が慌てて押え込む。
明は、それが良い状況判断だと思う。しかし和男にとってはそれは、言論の自由を妨害
する全体主義の元凶の親戚の子なのだそうだ。
全ての人々の視線を、何があろうとも集めてしまう。そんな武の才能に、明たちもイス
ラム三人組も、乗っ取り凶悪犯たるマーク一味までが注視し切っているその時に、ローリ
ーの一隊が追いついた!
「銃を捨てろ、さもなくば打つぞ!」
ローリーの声にしまったと我に返った乗っ取り犯は、慌てふためき、
「えっ、あっ、しまった! 逃げるぞっ…」
マークは仲間を船員たちに投げつけて逃げ出した。
「あんた首領だろ、仲間をタテに使うなんて、あんまりだ!」
「うるせえ、この脳足りん共が。てめえらがしっかりしていりゃあ、今頃この船は俺様の
物だったんだ! どじばかり踏みやがって」
自分が武に取りつかれて動けなかった事実や、素人の誠一たちに殴られたパーティーの
事は棚にしまって、マークは叫ぶ。
結局二、三分の抵抗ののち、マーク本人とごく僅かの仲間を除く乗っ取り犯の大部分が
ここで捕まる事になる。
「大漁、大漁、皆様のご協力に感謝」
しっかし、良くまあ死者やけが人なしでこれだけ捕まえられた物だねぇ。
余り日本語の得意でないローリー(日本語は高給船員にとっては必修語だ)は驚きつつ
も満足そう。合成樹脂のゴムロープで縛り上げて、犯人たちを引っ立てる。
あ〜あ、不満そうなのは武。一体何が不満な物かと明などは思うのだが、一流の商売人
としてのプライドが許さないのだそうだ。
「結局ひとつも売れなかった」
武はそうぼやくが、本当にこいつは演技でなしに、物を売ろうとしていたのだろうか?
「アホッ!」
あんな所であんな事を言う奴がいるかっ!
誠一は思わずどなりつけた。隣にいたアブズーラが、
「デモ、ソノオカゲデ、アナタハ、タスカッタノデハ、ア〜リマセンカァ?」
「ま、まあそうだけどさ」
和男が、いつまでも口を塞いでは離さない徹夫の手をかじって自由を勝ち取った。
「いててて、かじるなよ」
「かじるなよ、じゃない! 俺がせっかくの名演説をしようと……」
「おまえの迷演説よりも、武の名演技のほうがまだましだ」
「な、なに〜っ!」
そこへ武が脇から口を出して、
「えっ、俺の名演技が旨いって?そうだよね、うん……。よし、行く行くは映画俳優だ
ね」
億万長者だ。ラッキッキ。
どこが! とは和男。
誠一は誠一でアブズーラに、
「ユーはイスラム教徒でショー。どーして嘘を弁護するのですかあ?
おかしいじゃあないですかぁ」
そりゃ別に、キリスト教徒でも仏教徒でも、嘘はつくわな。明は傍白する。
「それはですな……」
武は人生が、全て遊びか商売か漫才とでも思って生きているのではなかろうか。
「こののど薬のお陰でしてなぁ。この薬に含まれるラムネ酸の効果によってぇ……」
うるさいっ!誠一は叫んだ。
「だいたいなあ、おまえのよーな奴が、日本人をエコノミック・アニマルと呼ばせる元凶
なんだ!」
「な、なに〜っ!」
武もこの一言で頭に血が上ったのか、
「人一倍働いて、人一倍に稼ぐのの一体どこが悪いっ! だいたいエコノミックアニマル
なんて批判を口にする欧米人なんて、働く気もなく資産の利息で生きてる能なしほとんど
なんだぞっ!
体を使って働いてるんだ。親の金で短大や大学に行って遊びふけって、金の使い方しか
知らない連中とは違うんだ!」
「短大出で悪かったな! この地上げ不動産野郎っ!」
武の逆上して叩き付けた言葉は、誠一にではなく、明の油に火をつけた。
「食費をきりつめてカップラーメン、バイトして生活費を稼ぎ、十円にも気を使うんだ」
俺たちの苦労を全く分かってないくせに…。
「人の手をかじるとは許サンッ!」
とは徹夫の言葉。ばい菌が体に入ってくるじゃあないか、不衛生な。
が和男も熱くなっていて、
「うるさいっ!人の口を塞ぎおって、窒息する所だったじゃないか」
「お前なんか窒息しても歴史は変わんねえ」
「いい加減に静かにしないかっ!」
誰かのどなり声だが、誰の声かはもう分からない。せっかくマーク一味が去ったのに、
彼らが去ってからけんかを始めるなんて……。
『こんな連中ならば、さすがのマーク一味も歯が立たぬ訳だ』
そう納得したのか諦めたのか、玲子、珠美、ハッサン、アルラシッド、アブズーラもみ
んな、あきれて騒ぎを見つめるのみだった。

さて、マーク一味。
細長い通路を次から次へと、迫る追手をかわしつつ、次第に仲間を脱落させ減らしなが
らも、マークは逃亡を続けていくが……。
このままではじり貧である。宇宙船内とは、一種の閉ざされた空間だ。閉ざされている
が故に外からの救援に頼れないと言う点で、乗っ取り犯たちの標的になり易いのだが、無
論追い立てられる場合彼らには逃げ道は有りえない。袋のねずみという奴である。
残念な事に、コンピューター管制室も機関室も乗っ取りに失敗したマーク一味は、それ
らしい。船内の地理を良く知らないマークは、とにかくあてずっぽうに船内を逃げ回るが
…。
『本当に、こいつ大丈夫なんだろうな……』
仲間たちが猜疑の目で見るのも無理はない。
彼らごろつきと云えども、大海賊マーク・ジョンソンの話くらいは誰でも知っている。
巧妙に船に潜り込んで船を乗っ取り、計画的な犯行は失敗率が一パーセントに満たない
とか、百万分の一のミスもないとか云われる。
それなのに……。
『こいつは、本当にマークなんだろうか?』
こんな客船一隻取るのに失敗している。どこもかしこも失敗だらけだし、大体雰囲気が
違う。こんなやくざっぽい粗暴な感じではない。マークの部下と云われる奴は皆、
「寒気を感じるほど恐ろしい奴」
と言っていた。こいつには泥の様なしぶとさは感じられるが、切れ味なんて感じられない。
計画自体も大ざっぱなら、白人至上主義のマークなどと云うのも初めてで、考えてみれ
ば疑わしい。船内通路の把握さえできない様な奴が、果たしてマークと云えるのか?
「ここを左だっ!」
マークのかけ声に従って、いつか見かけたこの通路を左に曲がる。堂々巡りをしている
様な気がする。いつ迄たっても先がみえない。
「本当にこれでいいのかよ、マーク」
遂にだれかが言い出した。もう四、五人しかいない。
「うるせえ!黙りやがれ。この役たたず!」
マークはどなり散らした。
「俺を誰だと思ってるんだ。マークだぜ、マーク・ジョンソンだ!
俺は絶対だ!俺についてこい。信じられねえ奴は……」
また通路を左に曲がると……。そこは?
明たちのケンカ場!
それからはもう言葉も意識もつながらず、相手も分からず、ただ闇雲に殴る蹴る叩く…。
まずい! と思った時は遅かった。マーク一味は、今度は狂乱状態の疫病神の争乱の中
へ突入……。もう誰が誰だか分かったものではない。明のつかんでたのはマークの上着で、
和男を殴ったのはマーク一味の拳だった。
銃を抜く間合いがなかった事が幸いした。マーク一味はほうほうの体で逃走し、彼らは
見事宇宙の脅威を撃退できたので有る。
が、彼らの武勇談はまだまだ続く……。


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