第23話 鬼の報い
前回迄の経緯
羽藤柚明が高校生として初めて迎えた正月は、祝賀の雰囲気を醸しにくく。笑子おばあ
さんの喪中である以上に、昨年末わたしと美咋先輩が、鬼切部に生命狙われた件もあって。
彼らはわたしが鬼になって退けたけど。自身と愛しい女の子の未来を生命を繋げたけど。
美咋先輩は体の傷以上に心に深い傷を負い。
感応の力で恐怖の記憶を封鎖せねばならず。
人の記憶や判断基準を操る力や技の行使を、極力嫌うわたしだけど。彼女の心を安んじ
るには他に術がなく。自らの手で背信を為し…。
鬼に変じる事が悲劇の極限・終着ではない。
鬼に変じた後には、その報いが待っている。
参照 柚明前章・番外編第11話「せめてその時が来る迄は」
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羽藤柚明が高校生として迎える初の正月は、前年笑子おばあさんを亡くして喪中の為に
祝賀の言葉がなく。今年も宜しくお願いしますと、サクヤさん真弓さん正樹さんに頭を下
げ。桂ちゃん白花ちゃんを左右に抱いて頬合わせ。
大人も祝賀の空気を醸しにくかった。故人の不在感を埋め切れない以上に。昨年師走わ
たしと美咋先輩は、鬼切部に殺められ掛けて。若杉の謝罪や事態収拾に加え、年末には相
馬党も謝罪に訪れ。一応決着したけど。それですぐ、何もなかった状態に復せる訳ではな
く。
美咋先輩もわたしも、咎もないのに攫われて殴られ蹴られ。わたしは更に辱めを。想い
人の前での辱めはきつかったけど。それ以上に己の無様を見せて心傷めた事が申し訳なく。
その因は、わたしに私怨を抱く若木さんの偽情報で。彼女に招かれた鬼切部相馬党も調
べが杜撰で。わたしを悪鬼と誤認し殺そうと。
わたしは確かに、他者の心を悟り操る感応の力を持つ。贄の血の力の修練の副次効果は、
相馬党に先輩の前で曝かれた通り。でも他者を欲情の侭に好き放題に操り虐げた事はなく。
大野教諭への所作は、先輩を彼の陵辱から救い出す為の最低限の実力行使で。わたしが
欲情の故に好き放題に、化外の力で他者を操り彼を陥れたとの告発は、若木さんの捏造で。
でも若木さんは全て承知でわたしを憎悪し。
相馬党が引き返せぬ処迄来て全てを明かし。
羽藤柚明に関る全ての人達の抹殺を企んで。
相馬党もわたし達を殺めての口封じに走り。
幾ら願っても潔白でも彼らの処断は覆せず。
最早自ら鬼となって彼らを退ける他になく。
『たいせつな人をこれ以上傷つけさせない。
わたしも一番愛しい双子の元に必ず帰る』
生きて帰らねばこの生命を役立てられない。
戦って倒さねば愛おしい人も守り救えない。
濡れ衣の侭討たれては美咋先輩の生命も残せない。若木さんの傍若無人を許す事になり、
誰にも尽くせず役立てず終る。通常の方法で生き残れないなら、例え正義でも鬼切部でも。
『打ち破ってでも退けます!』
わたしの願いはたいせつな人の幸せと守り。
反撃も報復も欲しないけど、極力厭うけど。
あくまでも、たいせつな人の害となるなら。
願いを届かせるのに最早他に術がないなら。
罪への怯えより、罰への怖れより、鬼切部の正義よりも、愛しい人の守りと幸せが優先。
己自身の赦されたい願望等後回し。だから…。
『わたしは全ての抑制を踏み越えて、降り掛る火の粉を払う。鬼と呼ぶなら呼べば良い』
でもその報いは、確実に己にも降り掛る。
鬼になった報い、人の心を操った報いが。
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「ゆめいさん回復したんだ?」「和泉さん」
鬼切部を退けたあの夜の翌週月曜日、朝のバスでわたしは和泉さんと生きて再会できた。
羽様から銀座通迄20キロの道程は、鍛えた己の足でも1時間半掛る。徒歩で通うのは修
練も兼ねるわたし位だ。この日は和泉さんに逢う為に敢て。未だ深傷も完治できてないし。
「元気そうでな……」「無事で良かった!」
和泉さんの言葉を待てず、わたしは彼女を抱き締めて。胸が潰れ肉が食い込む程の抱擁
と頬ずりに、和泉さんは戸惑いを見せたけど。車内は1つ年下の北野君や2つ年下の新田
絵理さんもいて、目を丸くしていたけど。それを承知で、彼女はわたしを受け止め抱き返
し。
『和泉さんには、鬼切部の害は及んでない』
若木さんは、羽藤柚明に関った者全てを抹殺すると言っていた。彼女とその呼び寄せた
相馬党は撃退したけど。その後も羽藤の大人を通じて、鬼切部の動きは止めて貰ったけど。
和泉さんにも、魔の手は及び掛けたのだ。
何の咎もないのに、わたしと関った為に。
先週水曜日和泉さんとの下校途中、相馬党の襲撃を直前に察せたわたしは。彼女を諍い
に巻き込まぬ様に、先に帰らせようと。感応の『力』を唇から流し込んで、その心を操り。
【和泉さん……先にバス乗っていて】【?】
忘れ物したみたい。取りに学校戻らなきゃ。
【今から取りに戻らないと、拙い物なの?】
【うん。明日迄の宿題で、何とかしないと】
相馬党は気配の隠蔽に長けていて、直前迄気付けなかった。急ぎ和泉さんを安全圏に送
り出さねばと。その焦りを不自然を隠し得ず。力なしに彼女をその場から己から引き離せ
ず。
【付き合うよ。先生に一緒に帰りなさいって、言われているし】
【大丈夫、バスの出発迄未だ少し時間あるから、走れば間に合うかも】
己が大野教諭に陵辱されたとの噂は、周囲の心配を招いていた。日頃の行いがいざとい
う時の信頼感や説得力を左右する。己が和泉さんの心配を拭えなかった事が、原因だった。
【間に合わなかったらバスに乗って帰っていて良いよ。わたしは歩きでも問題ないから】
【うん……でも、ゆめいさん】【今日はとても嬉しかった。心が温まったわ、有り難う】
微かな引っ掛りに、訝しげな和泉さんの。
両の手を軽く握り、間近に瞳を覗き込み。
唇を重ね、感応の力をやや強く流し。彼女の疑念を驚きと共に流し去り。バスで家に帰
る様に暗示を与え。口づけは、愛を注ぐ為ではなく。それを装って『力』を流し込む為に。
《ごめんなさい。あなたを今ここに留まらせる訳に行かないの……『力』を行使しても》
謝って済む様な事ではないと承知の上で。
愛情も信頼も裏切る所作だと分った上で。
【じゃあ、また明日、ゆめいさん】【うん】
和泉さんの心身の活動状態を少し落して。
寝ぼけたに近い状態に導いて帰宅を促し。
大野教諭に与えた様な、強い感応は及ぼさない。強いインパクトはその瞬間のみならず、
後々迄心の形に在り方に影響を残しかねない。流し込む想いが強すぎれば、相手の意志を
踏み躙り従わせる事にも。わたしは奴隷や操り人形が欲しい訳ではないから。こういう使
い方は好まないし、その危険も分っているけど。
《今だけわたしに、愛しい人を助けさせて》
それでも和泉さんの無事は、薄氷を踏む危うさだった。わたしを簡単に捉えられなかっ
た相馬党は、直前迄共にいた彼女を攫おうと。多勢の彼らに分散されては妨げる方法がな
い。わたしは敢て彼らに敗れ囚われる事で、その必要を失わせ、彼女に及ぶ危難を止めた
けど。
彼女も生命を落し掛けたのだ。わたしの所為で、わたしと関り心通わせたが為に。己は
いつ迄も、愛しい人達にとって禍の子だった。
「あははっ、朝からアツアツだね。あたしは嬉しいけど」「和泉さん……ごめんね…!」
感極まって涙が滲むわたしの心情を、和泉さんも他の乗客も、多分分らないだろうけど。
彼女が今無事で目の前にいてくれる事が、嬉しく有り難く。思わず強く抱き締めてしまい。
愛しい人の無事を肌身で事実と確かめたくて。
彼女はわたしが『忘れ物を取りに戻る』と言った事も憶えている。わたしが忘れ物をし
たと述べた時の違和感も思い出している筈だ。なぜかわたしの促しに従って1人バスに乗
り、帰宅してしまったと、帰着してから思い返し。
すぐに謝る事もできなかった。鬼切部を退ける迄に深傷を負ったわたしは死線を彷徨い。
翌木曜日放課後、和泉さんは羽様を訪ねてくれたけど。真弓さんが、インフルエンザが遷
るから逢わせられないと、応対してくれて…。
だから月曜日、実は未だ動くのも辛いけど。無理すると傷口が開いて血が滲むけど。和
泉さんや美咋先輩に逢う為に、その今の無事を確かめて、己の力不足を謝る為に敢て学校
へ。
わたしは和泉さんに説明もなく事を為した。それが他に方策のない緊急避難でも、生命
の危難を躱す為でも。この手が愛しい人に為した背信は変えられない。己の所為で己の禍
にたいせつな人を巻き込んで、その心を操った。
その罪は謝るだけでは済まない物なのに。
「わたしを心配してくれたのに。大切に想ってくれたのに。その気持に応えきれなくて」
この罪は明かして許しを請う事も叶わない。明かせば鬼切部の存在も明かす。和泉さん
を若杉や相馬党の口封じの対象にさせかねない。それを許せない以上、この罪は終生己が
背負う他になく。愛しい人の情愛に信頼に、己は隠し事や背信でしか応えられない。正に
鬼だ。
でも、それでも。罪への怯えより罰への怖れより、彼女の守りと幸せを優先に。己の赦
されたい願望等踏み砕く。和泉さんの平穏な日々を未来を守る為なら。己が罪に汚れても。
この所作が愛しい女の子の幸せを守ると信じ。
ショートの焦げ茶の髪柔らかな和泉さんは、深刻すぎ真剣すぎるわたしを、戸惑い気遣
いつつも受容して。わたしの気が済む迄付き合うと、何も訊かず疑念も述べず。他の人の
視線を承知で、肉感の分る抱擁を返してくれて。
「あたしがゆめいさんの体調を心配する方だと思うけど……大丈夫そうだから、いいや」
わたしは本当に、人に恵まれすぎている。
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美咋先輩の無事は、学校で肌身で確かめた。肉体的には軽傷だけど、生命の危難に瀕し
た先輩は、わたしの勧めで木曜日と金曜日を休んでいて。わたしと同じく今日からの登校
で。
「美咋先輩」「柚明、大丈夫だったんだね」
美咋先輩も、わたしの無事を喜び深く愛してくれて。1時間目終了後逢いに行った時も、
人目を憚らず抱き締めてくれて。関知も感応も不要にその渇仰を、肌身で感じ取れたので。
わたしも人目を承知でその抱擁を受けて拒まず。胸を胸で潰し合い、頬と頬を摺り合わせ。
上級生の教室で為した女の子同士の抱擁に。清く正しい少女剣士の、涙ぐんで頼り掛る
様な抱擁に。黄色い悲鳴も漏れ聞え。男の子は見る事に罪を感じるのか、視線を逸らし。
昼休み、2人きりの進路相談室でも抱擁は熱く。
「少し、心配させちゃいました」「良いよ」
無事であってくれれば。五体満足で生きていてくれれば。こうして再び抱き合えるなら。
「生きた柚明を愛せる今が嬉しい」「先輩」
教室を出る時に転入生の史さんが纏い付いてきた為、お互いお昼抜きで来たけど、美咋
先輩を少し待たせた。その数分を待ち焦がれ、否1時限目の後の抱擁からずっと待ち焦が
れ。否先週水曜日から彼女はずっと、この再会を待ち焦がれ。わたしも待ち焦がれていた
から。
2人きりの場なので、唇を合わせる事も拒まない。先輩はわたしの肉感を求め、胸を腰
を強く締めてくれる。わたしも抗わず強く抱き返し。親愛は深まって性愛に限りなく近い。
「私は、あんたに依存してしまっているね」
「それはわたしがそう導いている所為です」
心の麻酔は持続時間も数時間で。失効すれば記憶を鎖すに至ってない先輩や武則さんは、
全てを憶えた侭明晰な思考を戻す。事を公にしようと動けば、鬼切部に口封じされる怖れ
もあった。深傷のわたしに銀座通の神原家を訪れる事は至難なので。時間稼ぎが必須で…。
鬼切部を退け先輩を銀座通の家へ送り届けた先週水曜日の夜。心の麻酔を掛けると同時
にわたしは、2人にわたしの言葉を求め従いたくなる暗示も掛けた。以降は毎夜電話で感
応を及ぼし。金曜日迄休みと自宅休養を願い。武則さんにも同様に。催眠や後催眠に近い
か。
他の人の判断や行動を感応で操る等、特に己に好意を抱き信を寄せてくれた人の判断や
行動を感応で操る等、重大な背信と承知して。
「わたしは鬼の所業を重ね……」「柚明が必要と思ったなら、私は良いよ。あんたが罪や
禁忌を犯すのは、常に己の為じゃない。私達の為なんだから。その判断を、私は信じる」
深く強く頼られる程己に罪悪感が刻まれる。美咋先輩は己が化外の感応の力を持つと分
って尚信を寄せてくれた。そう言う人にこの力を及ぼしている。例えその人の為であって
も。己が宿し扱う力の怖ろしさ、効果の呪わしさに肌身が震える。わたしは無垢な信を寄
せてくれた想い人の、心を判断基準を操っている。それは人の意志や人格を踏み躙る鬼の
所業だ。
その申し訳なさを少しでも償いたく。償える筈のない事は承知して、美咋先輩の抱擁に
目一杯応え。その心細さを不安を埋めようと。幻でも麻薬でも代替物でも、己に叶う事な
ら全てを捧げたい。捧げさせて欲しい。元々抱いていた憧れや親愛に加え、今のわたしは
…。
己の感情に溺れてはダメ。わたしは己の贖罪が満たされれば良い訳ではない。それは己
の欲求を満たす行いと変らない。例え鬼の所行を為すにしても、愛しい人の益にならねば。
罪への怯えより罰への怖れより彼女の守りと幸せを優先に。己の赦されたい願望等踏み
砕く。その平穏な日々を未来を守る為にこそ。この所作が愛しい女の子の幸せを守ると信
じ。
この日夕刻、若杉の遣い・平方顕忠さんと真弓さんとわたしの3人で、神原家を訪ねる。
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「……、……、そう言う事だったのか……」
神原家の床の間で、武則さんと美咋先輩を前に、3人座して。先週水曜日の真相を語り。
人命に関る事柄なので隠せないと。真弓さんも顕忠さんも、鬼や鬼切部の存在を明かし。
己も化外の力の所持を明かし。心の麻酔が解けた2人は一通り最後迄話しを聞いてくれて。
「鬼が本当に、この世にいると」「父さん」
美咋先輩の連想は、鬼から鬼切部に繋って、先日の危難を思い返し。思わず間近の父に
縋り付き。武則さんはそんな娘を抱き留めて心を鎮め。剣の道を究めんと鍛錬してきた彼
だから。渡辺綱や武蔵坊弁慶などの先人を仰ぎ見てきた彼だから。動転も嘲笑もなく真剣
で。
「その身の深傷の信じられぬ程に早い回復も、化外の力の作用だと言うのかね?」「は
い」
美咋先輩も武則さんも、あの夜わたしの深手を直に見た。なので電話で声を交わしても、
感応で無事を伝えても。翌週の月曜日に自ら立って歩いて訪れたこの姿に、驚きを隠さず。
制服を脱いで肌着になって、尚血が滲む傷口を見せ。己の深手は嘘でも幻でもない事と、
治りかけな事を示し。漸く化外の力の存在と効果・己の無事を納得して貰えた。己の存在
が化外の力や鬼や鬼切部の存在に実感を与え、顕忠さんや真弓さんの説明に説得力を与え
る。
「この世には、数こそ少なくなったけど…」
「今も尚鬼の脅威は、蠢き続けているのよ」
顕忠さん真弓さんは鬼の実在と、鬼切部が人の平安を保って来た秘史を語り。今も世の
影で彼らは鬼を切り続けていると。まずそれを分って貰わねば。わたしもその補足を担い。
「わたしが襲われ両親が生命奪われた7年前の夜、鬼切部の助けは間に合いませんでした。
わたしの生命を助けてくれたのは、警察です。でも、警官隊が銃弾を幾ら当てても、鬼は
絶命させられず。人は鬼を退けるのが精一杯で。
鬼は逃れて姿を眩まして、3年後わたしを追い求め羽様へ現れ。わたしの一番たいせつ
な白花ちゃん桂ちゃんを脅かし。鬼を絶命させたのは、元鬼切部の叔母さんの剣でした」
「凶悪な鬼を討つ為に、古から鬼切部は求められてきました……今回は事もあろうにその
鬼切部が、過ちを犯してしまった訳ですが」
顕忠さんの話しが、鬼の実在から鬼切部の意義に移行しかけた時だった。微かな異変を
悟れてわたしは、左手でその話しを一時止め。
「柚明ちゃん?」「お話しを、少し待って」
先輩が俯き加減で、微かに身震いしている。
呼気が乱れ、冷や汗の滲む様が見て取れた。
わたしは静かに這い寄って彼女に軽く触れ。
立って上から近付けば威圧的で怯えを招く。
「どうした美咋?」「……!」「美咋先輩」
手を握り肩を抱き、腰に手を回し身を支え。
肌身を添わせ、柔らかな肉感を交わし合い。
他の人もいる前だけど、父の目の前だけど。
今は男性が添うより女の子が添う方が良い。
「……ゆめい、かい?」「はい。美咋先輩」
わたしは左から彼女を包み込んで頬合わせ。
あの危難を思い出した美咋先輩にわたしは。
あの危難を共に凌いだ事を思い出して貰い。
安心と情愛を肌身で伝えその心を和らげて。
「済まぬな。美咋は時折恐怖がぶり返す様で。ああなると1時間以上、何も見えず誰の声
も届かぬ。前後も見ず走り出したり片隅に蹲ったり。抱き支えても無骨な男の感触は、逆
に恐怖を煽る様でな。疲れて鎮まるのを待つ他になく。君のお陰で今回は早く鎮まった
が」
父は、娘との近しすぎる触れ合いも責めず。
むしろその容態の沈静化に安堵した表情を。
「ゆめい。少し、手を放さないで。怖い…」
美咋先輩は息は整ったけど、尚意識朦朧で。
これが強く凛々しい少女剣士の現状だった。
『……怖かった。怖かった。刀を振るう男達が、人を殺せる拳銃が、鬼を切るという連中
の戦いが……とってもとっても、怖かった』
彼女の怯えや恐怖の源は鬼切部相馬党と。
鬼になって彼らを退けたわたしの双方に。
『剣道幾ら習っても、真剣で斬り合う覚悟は抱けない……奴らを思い出すと、助かった今
も震えが止まらない……理屈抜きに怖いんだ。競技じゃない、ルールもない、負ければ手
足切り落され血を流して死ぬ、本当の戦い…』
締め付けてきたのは、肌身の柔らかさで見た事を否定したくて。今見た鬼の羽藤柚明を、
嘘だ夢だ幻だと刷り込ませねば、平静を保てなくて。鬼切部の鬼の戦いは、剣道達人の想
定も遙かに越え。神原美咋を壊しかけていた。
贄の血の感応の力を持つと知って尚、わたしとの絆を繋ぎ続けてくれた人が。わたしを
庇って鬼切部に、炎の告発を叩き付けてくれた人が。あの戦いはその剛毅の限界を超えて。
『あんたは私を喰らわないよね。あんたは私を口封じしないよね。分っているのに、感じ
ているのに。何度も肌身繋げて確かめたのに。奴らも柚明も余りにも遠く離れすぎた強さ
で。
柚明を傷つけると分って尚、身の震えが止められない。あんたは私を助けてくれたのに。
正にその強さが怖い。奴らを上回ったその気迫が怖い、怖いの! お願い柚明。もっと強
く抱き締めて、この心の体の震えを鎮めて』
わたしはその願いにも満度に応えられない。常に間近で肌身添わせ怯えを恐怖を拭う事
は。恋し憧れ絆を繋いだ愛しい女の子でも。一番たいせつな白花ちゃん桂ちゃんに寄り添
い導き見守る時間を、美咋先輩に捧ぐ事はできぬ。
それでも、否だからこそ、せめて間近にいる時位全身全霊を注ぎたい。注がせて欲しい。
そんなわたしを見つめる父の瞳は、哀しみとその手が届かぬ事への無力感を宿して見えて。
「柚明君……済まぬが美咋に心の麻酔を、かけて貰えぬかな。この先の話しは俺が1人で
聞こう。『己に起きた事だから知っておきたい』と美咋は申し出ていたが、限界だろう」
彼が申し出るなら羽藤や若杉に異論はない。鬼や鬼切部の事柄は子供が知るべきではな
い。当事者だから同席を許されたけど。話しに耐えられぬなら、外す方が先輩を安んじる
なら。心の麻酔は、副作用の少ない一時的な技だし。
別室で先輩を休ませようとの彼の提案に。
わたしは首を左右に振って彼を正視して。
「今回は先輩の恐怖や怯えを途中で止めました。暫く様子を見る必要があります。でも先
輩が立ち会えない今、危難の夜の当事者であるわたしの同席は、一層必要性が増します」
彼女を別室で独り眠らせても不安を残すし。
わたしが話しの場を外れる訳にも行かない。
なら部屋の隅に彼女を寝かせその手を握り。
感応や癒しを及ぼしつつ己も話しに加わる。
「だが、美咋は?」「大丈夫、起きません」
わたしの短い答に、武則さんは深く頷き。
わたしの善意と力量を、信用してくれて。
「真弓さんや柚明君の慮外な強さに、漸く得心が行った。人外の危難を防ぐ為ならばこそ、
剣道でも柔道でも空手でもなく、部活や少年団とも関りなく、そこ迄鍛錬していたと…」
成人男性で全国級の剣士である大野教諭を。
素手で打ち倒すわたしの存在は直に見ても。
武則さんにも希少な以上に奇異だった様で。
今日の話しで漸く腑に落ちたと幾度か頷き。
鬼や鬼切部の実在を、受容してくれた彼に。
わたし達は先週水曜日夕刻の、真相を語り。
鬼切部が無辜の者を襲い生命脅かした事を。
杜撰な誤認や理念を外れ私怨に踊った事を。
この件の加害者は相馬党と若杉だ。故に謝るのは顕忠さんで。わたし達は事情説明に伴
っただけとも言える。でも今宵真弓さんが伴ったのは。被害者である羽藤の大人という以
上に。今は鬼切部と無関係であっても、それでは済まないと察しているから。それと同様。
「わたしの行いが若木さんの禍を招いたなら、美咋先輩の受けた危難はわたしの所為で
す」
禍に巻き込んだという点では。美咋先輩の傷み苦しみ、今に残る怯えや不安は、己の所
為だった。だからわたしは愛しい美咋先輩や、娘をたいせつに想う武則さんに、謝らなく
ば。
「柚明ちゃんは謝る必要はない」「そうよ」
顕忠さんも真弓さんも庇ってくれるけど。
「非は相馬党や若杉にあるわ。美咋さんに咎がないのと同じく、柚明ちゃんにも咎はない。
鬼切部を代表して顕忠さんが謝るのも、元鬼切部のわたしが謝るのも当然だけど。あなた
は関係者として来て貰っただけ。謝る事は」
「柚明ちゃんが葛子に恨まれたのも、神原さんのお嬢さんを鬼畜教諭の軛から助けた為で、
柚明ちゃんは何も悪くない」「……いいえ」
わたしも己の謝罪の為に今宵ここに伴った。
わたしが関ってなければ、美咋先輩は今も。
怖い思いも経ず傷み苦しみもなかったのだ。
その他の諸々は全て言い訳にしかならない。
「これはわたしが正しいか否かではないの。
わたしの禍にたいせつな人を巻き込んだ。
守りたい人に怯えや不安を抱かせた。完全に守り通せなかった。傷つけたくない人だっ
たのに。その幸せを笑みを守り支えたい人だったのに。わたしは禍の子で力量不足…!」
その父には、謝るだけでは済ませられない。
伏した侭のわたしの頭上から、静かな声は。
「……もう、己を責めるのは止しなさい…」
君が関ってなければ、美咋は今も鬼畜教諭に虐げられていた。俺はそんな実情も分らな
かっただろう。君が関ってくれたお陰で、美咋は救われたのだ。それは今回の禍でも同じ。
「この件の因が、鬼畜教諭を倒した事にあるなら、それは君の所為ではない。君は君の限
界を超えて美咋を助け支えてくれた。美咋も俺も君を責める気はない。感謝と言うより女
の子にそこ迄させた事に、俺が申し訳ない」
武則さんは反対に、わたしに頭を下げて。
禍の子に、完全に守り通せなかった己に。
立派な大人の男性が感謝と陳謝を現して。
次にやや抑えた声音を顕忠さんに向けて。
「鬼と鬼切部の事情は分った。鬼切部が世の平穏を保つのに必要だった事も、今尚必要な
事も認める。だからその鬼切部が、咎もない美咋やその友を傷つけ苦しめた事は許せぬ!
俺がもう少し若ければ、問答無用でその顔に拳が飛んだ処だが、例え阻まれても相馬と
若杉の首領の元に怒鳴り込みに征く処だが」
脇で見ても眼光は顕忠さんを射殺す程で。
彼は本当に満身に怒りを充満させて堪え。
戦闘要員ではない優男の顕忠さんは怯み。
その憤怒を前に逃げ出さぬのが精一杯で。
「柚明君の、一度ならず美咋の未来と生命を繋いだ恩人の願い故に、和解の検討もしよう。
鬼切部や鬼の存在の秘匿への協力も考えよう。
謝罪の後で、今後についての提案を述べよ」
例え正当な憤怒でも、鬼切部相手に市井の庶民が報復や訴訟を行えば、相手は財力や暴
力で妨害や口封じに出る。勝敗以前・正論の貫徹以前に、双方・特に神原家に損害が出る。
わたしは諍いを好まない。己の近しい人でも愛しい人でも、疎遠な者でも敵でも仇でも。
相手に戦意がないなら、真摯な謝罪と相応の賠償と再発防止を望めるなら、信じ得るなら。
最良な解決の為なら、己の事情は呑み込める。でも今回は神原家にもそれを願い。例え先
輩の為でも憤怒を損害を呑み込んで頂く以上は。和解で生じる不都合や不納得の責は己が
負う。
わたしが尚面を伏せ続ける中で顕忠さんは。
漸く今宵の本題である謝罪と和解へ向けて。
「は、はいっ。この度はお嬢様に当方の者が、酷い乱暴狼藉をした事、誠に申し訳なく
…」
わたしが今宵の会見に伴った最大の目的は。
武則さんに和解の協議へ応じてくれる様に。
伏して願い、その無理を謝る為でもあった。
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「柚明」「美咋先輩おめでとうございます」
冬休み明け、職員室前の廊下で昼休みに先輩と逢って。わたしの祝辞は年始のではなく、
彼女が首都圏の大学の剣道推薦に合格した事への。少女剣士は一瞬その美貌に驚きを浮べ。
「情報が早いね……まぁクラスメートや剣道部に知られたから、広まるのは時間の問題だ
ったけど」
「杉浦先輩から伺いました。先輩、美咋先輩の合格を自身の事の様に喜んで…」
冬休みわたしは、何度か美咋先輩宅を訪れその肌身に触れて、記憶の封鎖の予後を診て。
今も軽く触れて様子を診るけど、異変も副作用もなく。恐怖や怯えのぶり返しも、途絶え
て半月経過した。でももう少し様子を見ねば。
真弓さん顕忠さんと神原宅を訪れたあの夜。
わたしは武則さんの了承を得て美咋先輩の。
恐怖の記憶を封鎖する感応の力を行使した。
彼女の心を守り通すには最早他に術がなく。
【……怖かった。怖かった。刀を振るう男達が、人を殺せる拳銃が、鬼を切るという連中
の戦いが……とってもとっても、怖かった】
相馬党と若木さんを退けた後で、美咋先輩はわたしに強く肌身を重ね、自身の怯えを鎮
めようと。暴力を振るい生命脅かした相馬党への怯えのみではない。その相馬党を鬼にな
って退けた羽藤柚明にも、彼女は怯え恐怖し。
わたしを愛してくれた人は、そんな怯えを抱いてはいけないと。この感触は怖くないと、
自身を責めて。無理に肌身へ馴染ませようと。
美しく柔らかく、清らかに強く優しい人を。わたしが禍に巻き込んだ。わたしが彼女に
限界を超えた傷み哀しみを招いた。彼女の凛々しさ麗しさに憧れ絆を望んだ所為で。わた
しは彼女にその償いに、一体何を為せるだろう。
その答を美咋先輩は一つ、示してくれた。
【……柚明は感応の力で、私の今夜の記憶を消せる? 忘れさせる事出来る? 私の心を
操って、安らげる事が柚明には?】
【耐えられそうにない。生命脅かされた事を、人を殺そうと迫る刃を、殺気を……寝ても
醒めてもあの刀や怒号や、縛られ殴られ蹴られた感覚が思い出され……背後で草が揺れる
と心が竦む。傍で風が吹くと身が縮む。月明りが陰るだけで怯えが騒ぎ出し……ダメだ
よ】
お願い、助けて。その声は悲痛さを帯び。
【生命狙われた事実を忘れてしまうのですよ。彼らが世間に潜む事を忘れてしまうのです
よ。それで良いのですか? 先輩は、今宵生命を落しかけた事を忘れて良いのですか?
今宵生命を奪いかけた者達がいた事を忘れても】
事実は変らないのに、変えられないのに。
【だから忘れたいの。思い出せなくなりたい。柚明に救われた事も忘れてしまうけど、柚
明に抱いた怯えも忘れたい。こんなに柔らかく心地良い柚明を、怖れてしまった己自身
を】
強く清らかなその心は、決壊の淵にいた。
心強い先輩がここ迄怯えを明かし訴え縋る。取り繕う余裕もない逼迫が力も不要に窺え
た。咎もないのにわたしの禍に巻き込まれ、心苛まれ。この侭では先輩は怯えに心を掴ま
れて。見る物聞く物触れる物、全てに震え塞ぎ込み、閉じ籠もる人生を送る。輝きを失っ
てしまう。
彼女の心を守る為に、わたしが為せる事は。
わたしが為したい事ではなく、為せる事は。
先輩に再び鬼切部の禍が及ばぬ様にはした。
彼らの賠償も先輩が気付かない形に出来た。
武則さんは渋々でも若杉の謝罪を受け容れ。守りたい人や幸せを持つ彼は、巨大組織と
戦うより示談で妥当な賠償を受ける事に。その賠償も、先輩の将来を切り開く、金銭に換
え得ぬ機会が巡る様、若杉が影で導く事として。
就職先や利権を不公正に与えるのではない。チャンスを用意し、美咋先輩がその意志で
自力で成功を掴み取れる様に導く。努力と無関係に利得や地位を与えては、彼女のその後
を歪ませる。生命の危難を忘れた彼女は、その賠償とも知らぬのだ。美咋先輩は高い資質
も強い意志もある。機会さえあれば成功できる。
『そう言う事で好いね柚明ちゃん』『はい』
顕忠さんは美咋先輩の将来迄も考えている。それが分るから武則さんも頷き。最悪の形
で始ったけど、双方には微かでも信頼が芽生え。
更に再発防止や賠償実行の確認の為、顕忠さんと武則さんと羽藤の3者は、定期的に連
絡を取り合う事に。神原家は羽藤と繋る事で、今後の鬼切部の約定遂行を牽制・監視でき
る。
受けた損害を全て復する事は出来ないけど。
次善の措置を積み重ね最後に残されたのは。
『美咋先輩の記憶も武則さんの記憶も、わたしの感応の力で、封鎖する事は可能です…』
記憶は消せない。経験は生きても死んでも、身に魂に刻まれる。でもそれを忘れさせる
位なら。心の中の記憶を呼び出す取っ手を隠し。一生思い出せなく導く事も、今の己には
叶う。
普通の人なら美咋先輩の様に、忘れたく望むのかも。賠償の実行は羽藤が見守り促せば
良い。そう考えて述べたわたしに武則さんは。
『俺は良い。俺には怯えや恐怖の反復もない。美咋が全て忘れるならせめて俺が憶えて置
かねば。俺が忘れては美咋を気遣う事もできぬ。今後も俺は君達と連絡を取らねばならぬ
しな。
憶えていても、君程の強さ優しさを持たぬ俺は、君以上に気遣う事も守り庇う事などで
きぬと自覚して。その苦味を己に課そう…』
娘の生命を脅かされても。巨大組織相手に示談しかできない、正面から闘いを挑めない、
心の守りにも役立ててないとの自責や苦衷が窺え。それは武則さんの非や咎ではないのに。
『それより、美咋を頼む。俺には美咋のあの症状をどうにもできない……記憶を鎖す事で、
美咋に平穏が訪れるのなら』『分りました』
美咋先輩の心に平穏を取り戻させる事が。
武則さんの鬼切部との示談の条件だった。
顕忠さんも真弓さんも、鬼切部の償いをわたしが為す事はない。鬼切部の術者を遣わし
て為すと言ったけど。己の贄の血は羽藤でもここ数百年で最も濃く、紡ぐ力も強く精緻だ。
その上美咋先輩はわたしと強く心繋っている。初見の術者よりわたしの方が深く受容され
る。
『この技は心の麻酔と違って長く作用します。中途半端や副作用を招かぬ為にもわたし
が』
美咋先輩と朝迄肌身に添わねばならないと。
伏して願うと父は脱力した声で承諾を返し。
『既に君には、今後も娘を宜しくと、頼んであったからな……君の最善を尽くしてくれ』
真弓さん達の帰宅を見送って、わたしは美咋先輩と2人同衾の夜を迎える。敢て夜着を
纏わず素肌を重ねて。頬も唇も合わせ繋いで。彼女はわたしを赤子の様な信で包み受容し
て。
《あなたの心を、これ以上壊させない為に》
美咋先輩に微かな不安さえ残させない様に。
この所作が彼女の未来も幸せも守ると信じ。
《わたしが償えない罪を負う事になっても》
罪への怯えより罰への怖れより、彼女の守りと幸せが優先。自身の赦されたい願望等後
回し。だからわたしは今から愛しい罪を犯す。この罰と報いは生命ある限りわたしが背負
う。
贄の血の感応を直接大量に彼女へ流し込み。たいせつな人に強制力として及ぼし。傷み
の記憶を恐怖や怯えを、大量の想いで塗り潰し。愛しい人の心を在り方を未来を一生を改
変し。
《神原美咋は、羽藤柚明のたいせつなひと。
清く正しく強く優しく美しい、憧れの人》
わたしの禍に巻き込んで、傷つけてしまった愛しい女の子。守り支えたい人だったのに。
鬼のわたしに尚心を寄せて、怯えた自身を責めて悔い。でもその潔さが、逆に心を苛んで。
《その傷み苦しみは全てわたしの所為。その苦味哀しみも全てわたしの所為。わたしがあ
なたと結んだ絆が禍の源に。羽藤柚明が禍に。
……だからこそ。愛しいあなたの安らかな日々はわたしが守る。例え鬼になろうとも》
己はもうこの美しい人に謝る事もできない。
謝罪はあの恐怖を思い出させその心を傷め。
鬼の所行を繰り返し幾度も苛む羽目を見る。
せめて愛しい人への背信は一度で終らせる。
わたしには最早この人の傍にいる資格さえ。
この人の心に席を持つ資格さえないのかも。
それでもわたしは己の愛欲の為にではなく。
愛しい人の予後を見守り支える為に尚傍に。
それは嬉しさより己にその罪を突きつける。
己の成功は愛しい女の子への背信の所産だ。
鬼に変じる事が悲劇の極限・終着ではない。
鬼に変じた後にこそ真の悲劇が待っている。
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
他の生徒や先生達も通り、穏やかな昼の陽の注ぐ廊下を、愛しい女の子と2人歩み行く。
「最近、柚明に関る事で私、何か忘れている事がある様な気がするんだけど?」「さて」
前回先輩宅にお泊りした時頂いた夕餉のおかずは、ナスの漬け物とキムチ鍋でしたけど。
前々回先輩宅お泊りした時に頂いた夕餉のおかずは、マグロのお刺身と水菜のおひたしで。
「ん……」「そう言う事ではないですか?」
彼女が忘れたのは生命の危難に関る事のみ。それ以前からわたし達は深く繋っていた。
記憶の封鎖は順調で、この揺り戻しも想定内だ。先輩はわたしを見て思い出しかけた様だ
けど。
「明日には憶えていないかも。でも、わたしは美咋先輩やお父様と楽しい時を過ごした事
は忘れない。先輩がわたしのたいせつな人で、先輩もわたしを深く想ってくれている事
も」
人の忘却は、忘れたい悲痛のみに限らない。日々の諸々を人は次々忘れ行く。巡り来る
全てを憶え続けられはせぬ。大事な想いを忘れなければ、多くは流し去られるのが世の習
い。
だから忘れた事柄に拘泥しても意味は薄い。
そう導く為のわたしの応対だと先輩は察し。
わたしは愛しい人の問に正面から答えずに。
「そうだね……柚明は私の一番たいせつな強く賢く優しく可愛い妹だ。杉浦とつきあう事
にはなったけど、柚明との絆は決して解けない。それさえ忘れてなければ、後の諸々は」
元々神原美咋に女の子に恋や愛を抱く性向はない。友愛や親愛は抱いても。それは元々
羽藤柚明に、女の子にも男の子にも恋や愛を抱く性向があるのと同じ。善でも悪でもない。
先輩はわたしに償わねば報わねば返さねばと、自身に無理を強いて肌身を捧げ。その内
に、大野教諭に陵辱された事への負い目や自責を感じたわたしは、敢てその肌身を拒まず。
神原美咋が愛される値を持つと肌身に伝えて。でもそれは、いずれ終らせねばならなかっ
た。
師走後半、美咋先輩の予後を診る為を兼ねて同衾した夜にわたしは。杉浦先輩の恋心に
向き合う様に勧め。彼女自身が彼に抱いた想いに向き合う様に勧め。償いや報いで肌身を
捧ぐ必要はないと、恩義で縛る積りはないと。先輩の幸せが己の願いで望みで報いと囁い
て。親愛や友愛が己には、過分に近い報償だった。
思い出しては拙い事に思索が向きかけると。
捨て置けない事柄が次々脳裏に思い出され。
宿題や剣道や杉浦先輩が別方向へ心を導き。
その内美咋先輩は忘れた事も思い出せなく。
「いつか杉浦にも柚明の真相を伝えたい……柚明がその細身に大野を打ち倒す、とんでも
ない強さを秘めていて……敢て危難に陥って、私の未来を救い出して……くれたって…
…」
羽藤柚明の戦う強さや危難の絵は、確かに印象深いけど。先輩は大野教諭の時の事だと、
自ら記憶の揺り戻しを収束させ。前より収束に掛る時間が短縮し、心の浮動も減じている。
記憶の封鎖は順調だ。助け不要に先輩は我を取り戻し。ほっとするけど、それは己の背
信の完遂間近を示す。元々引き返す途等なかったけど。これが彼女の心を安んじるのなら。
ふと予覚が兆すのは、数分後の己の変調だ。
今感じる愛しさは鬼の衝動の反復ではない。
でも己の内に生じた鬼は愛欲や蹂躙を望み。
自ら人気のない処へ行くか、人払いせねば。
「保健室に行きますか? 顔色が良くない様に見えますけど」「うん……そうしようか」
先輩の揺り戻しは、生理に伴う心身の浮動の為だ。早苗さんが一時的に、希薄な霊の類
を視てしまう様に。数日の不調を乗り切れば。次の生理迄の間に、記憶の封鎖は完成され
る。
愛しい人を保健室へ送り、戸を閉めた処で。
自身が変調に耐えきれず、床へと崩れ落ち。
己の容態改善の目処は未だ立ってなかった。
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
「がっ……!」「ほうほう、お苦しそうで」
叫んだり転げ回れば人目に付く。息も出来ず悶絶を耐え凌ぐわたしへ。史さんは歩み寄
って見下ろして。若杉の羽藤監視、というより羽藤柚明監視員の彼は、この事情も承知で。
「鬼が人を装うのって中々大変だよ。保健室行って少し休もうか?」「いえ……結構…」
筋肉の芯が熱い。骨の随が弾けそう。心臓から喉に何かがこみ上げ。手足を思い切り伸
ばして暴れたい。鬼の欲求だ。心が体が鬼を求め欲し。愛しい人を傍にしたから、愛欲が
溢れ掛け。自身に爪を立てて抑え通したけど。
「間近に若くて旨そうな女の子がいるのに」
「神原美咋は羽藤柚明のたいせつなひと…」
清く正しく強い人。悲しみを慈しみに変えられる慈悲の人。綺麗に優しく可愛い女の子。
彼女を欲望の侭に貪る事は己の願いではない。仮にそれが神原美咋の真の望みだとしても
尚。
「そのたいせつな人を貪りたくて鬼が蠢いたんだろ? いつ迄抑えられるかな。それとも
ぼくがいる前だから、抑えているフリかな」
相馬党を退ける為に、鬼になったこの身は。
その後も断続的に、鬼化の衝動が蠢き騒ぎ。
衝動の時に僅かでも不足や欠乏を感じると。
身の内で心の内で衝動が収拾できぬ程暴れ
本やノートを取ろうと手を伸ばしただけで。
食後暫く経って小腹空いたと思っただけで。
美咋先輩や和泉さんと間近に語らった時も。
肌身を寄せてくる愛しい双子を抱いた時も。
欲した瞬間、鬼の手を伸ばし掴み取りたく望み掛け。微かな空腹が人を血肉の塊に餌に
映し。愛しさを感じただけで絞め殺す程力が入り掛け。壊し奪おうと加減を越え、喰らい
犯そうと心を脳を揺さぶり。鬼の報いだった。
この苦痛は、本能を欲望を抑え込む故に。
意思が鬼を抑え込む、無理に伴う煩悶か。
『この国には、鬼の実在を信じてなくても知らなくても、何かの事情で偶発的に鬼になっ
てしまう人は多少いるんだ。君の場合は鬼切部がその原因になった、希少な例だけどね』
年末に一度。この衝動に苛まれ、校舎の隅で苦悶し喘いでいたわたしを。見つけ歩み寄
ってきた史さんは『いっそ鬼化して楽になれば?』と囁きつつ。人が近寄らぬ処置をして
くれて、暗くなる迄衝動が鎮まる迄6時間傍に居てくれて、今も又。お礼を述べると彼は、
『鬼の害を他に及ぼす訳に行かないだろ』と。
知的な双眸は、事務的な冷徹さを装いつつ。
『ユメイちゃんが鬼になって相馬党を退けたって話しは、本当だったんだ……でも可哀想
に、余命を数週間稼いだだけに過ぎないよ』
鬼切部の彼は、わたしより鬼を知っている。
否彼は、ごく近い過去に鬼を見知っていた。
鬼の衝動で平静を保ててないわたしだけど。
これ程近くで接し続ければその位は悟れる。
『未だ人で居続けられると思っているのかな。一度でも鬼になった時点で、一時的に人に
戻れても。君が見境なく人を貪り喰らう悪鬼に堕ちる事は確定で。残された時間も長くな
い。否、本当はもう全て終っていて、ぼく達の目を眩ます為に、人を装っているだけかも
ね』
鬼になった者が、人に戻る事の困難以上に。その後で自身を保つ事は更に辛く難しく。
それは薬物中毒に似る。一度鬼の開放感に浸ってしまうと、万能感に酔ってしまうと。人
の世間の拘束が厭わしく。爽快感が忘れられず。
体の心の作りが変るのだ。脳にも筋肉にも新しい回線が開かれ、いつでも鬼に変じれる
様になり。鬼の心地よさを渇仰する様になり。なぜ目前に、自由で痛快な生き方があるの
に、手を伸ばさず息を潜め続けねばならぬのかと。
宝くじで莫大な富を得た後で、僅かな給与の為に頭を下げ、働き続けるのかと問う様に。
制約の中で生きるのが人の世間で、人のあり方だけど。その枷を外す鬼は時に眩くも映る。
『鬼化した者はもう人として生きられない。
一時的に人に戻れても必ず再び鬼になる。
元から鬼である浅間サクヤとは違うんだ。
観月は人でないから鬼と呼ばれるだけで。
欲望や執着で己を変じさせた訳じゃない』
鬼が人を装う事は叶う。わたしの両親を殺めた鬼や不二夏美は、鬼切部や警察の目を眩
まし世間に紛れる為に、一時的に人の姿になったけど。でもそれは人に戻れた訳ではない。
捕食者が獲物に悟られぬ様に、息を潜めるのと同じ。鬼婆が訪れた旅人を油断させる為に、
人を装いもてなすのと同じ。それではダメだ。
史さんの監視は、わたしが既に悪鬼なのではないか。仮に未だ悪鬼でなくてもいつ堕ち
るかを見定めに。彼の報告は己の命脈を握る。でも彼はわたしの現状を傍で眺め冷やかし
突き放すだけで、悪鬼だ・悪鬼と化したとの報告はしなかった様で。討伐はない侭年を越
し。
「転入当初からわたしに関ってきたのは…」
わたしの苛立ちや憤りを招いて、鬼の化けの皮を剥がす積りか。わたしを鬼に堕として、
討伐の名義を作る為か。或いはわたしを翻弄して、若杉に目障りな動きをなさせない為か。
鬼の害を周囲に及ぼさぬ為もあるだろうけど。
「ユメイちゃんをもっと良く識りたくてさ」
他の人には気付かせぬ様に努めても。戦闘員ではないけど、彼の気配の潜伏は一級品で。
この状態で満足に周囲を索敵出来ない己には、その監視を躱せない以上に。隠す積りもな
く。
積極的に開示して見て貰う事が必要だった。しっかり監視して貰い、サクヤさんも含む
羽藤が、人の世に敵意を持たないと分って貰う。危険ではないと見せて分って貰う。この
内なる衝動も抑え込めると見て貰う。その結果…。
「その悶え苦しみ方を見ていると、いっそ鬼になって切られた方が、楽に思えてくるよ」
校舎の隅で屈んで何も出来ないわたしに。
史さんも午後の授業を放り出して伴って。
「先生に……目を付けられて、しまうわよ」
「仕方ないさ。君の監視が仕事だからねぇ」
彼は助ける訳でも励ます訳でもないけど。
余人が寄り付かぬ様に気を配ってくれて。
「その苦悶は人の枠に己を鎖しているからさ。それが薄れて来たら鬼に堕ちたと考えて良
い。君が生き続ける限りその苦しみは終らず続く。人に戻っていればこそ耐え続けるのは
無理」
鬼に活路を求めたのは浅慮だったか。でも鬼切部の脅威を、瀕死の己が他の手段で打開
できたとは思えず。己は既に詰んでいたのか。でも、それでも。わたしは終る訳に行かな
い。
わたしには生きて為さねばならぬ事がある。
自身を喪ってはたいせつな人に尽くす事も。
守り助け支え、愛し導く事も叶わなくなる。
一番たいせつな双子を、傷つけ哀しませる。
そんな無様や裏切りは決して己に許さない。
己の為ではなく己を求めてくれる人の為に。
喉に空気を吸い込めない苦しみが、全身の筋肉が千切れる痛みが。意識を遠のかせ楽に
なろうと招くけど、誘うけど。わたしは己を苦界に残置し続け。絶対に自身を手放さない。
そんなわたしを、いつ鬼に堕ちるか既に堕ちているかも分らぬ者を前に。史さんは傍で
観察を続け。若杉へも通報せず止めも刺さず。
「鬼の衝動をそれを凌ぐ執着で抑えるかい」
周囲は既に薄暗い。真冬の落日は早いけど、正午過ぎから4時間以上わたしは苦しみ続
け。真弓さんとの修練でもこれ程困憊した事はなく。汗だくの身を吹き抜ける風が漸く冷
たい。一息付けた。数日毎に顕れる鬼の衝動の谷間に入っただけで、実は何も解決してな
いけど。
「有り難う。助かったわ」「そうかなぁ…」
偶々今回凌げただけで。次はどうなるか分らない。いつ次の衝動が来るか分らない以上
に、そんな苦痛と一生付き合い続ける位なら、いっそ鬼になって切られるか、自ら生命絶
った方が楽にも思えるけど? 飄々と問う彼に。
「楽かどうかで言うならそうね。でもわたしには、やらなければいけない事があるから」
鬼の衝動は数時間で過ぎ去ると分ってきた。辛い苦しいは最大の問題ではない。気力体
力の総動員が必須だけど、四六時中油断できないけど、抑え込む事は出来る。それが最大
の収穫だ。わたしは四六時中贄の血の力を紡ぎ、愛しい人を守る心と体の準備を、培って
きた。いつどの局面で衝動が来ても抑え込めば良い。一生だって付き合おう。続ける限り
わたしは人で居られる。そして二度と鬼にはならない。
これが愛しい人を救う為に負うた報いなら。
今後も愛しい人に尽くす為に必要な枷なら。
わたしはこの衝動を己の生命の対価として。
愛しい人の未来の対価として生涯受けよう。
「じゃユメイちゃん、この辺でぼくは失礼」
ふらつく体で漸く立ち上がると、史さんは。
それ以上の長居は不要と、早々に立ち去る。
言葉少なに冷やかなのは心の内を覆う為に。
彼は近親に鬼に変じた大切な人が居る様で。
その事は今も彼の心に刺さり続けて終らず。
故にわたしのこの境遇を他人事と思えずに。
監視員の彼が自らわたしに関ってきたのも。
鬼の衝動を知って眺める以外動かないのも。
わたしを信じたと言うよりも信じたいのか。
彼はわたしに鬼を抑える可能性を望みたく。
わたしは、彼の信頼と希望に応える為にも。
必ず鬼の衝動を、生涯己の内に抑え込もう。
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
「ゆめいさん……大丈夫?」「和泉さん…」
鬼の抑え込みと史さんへの応対に精一杯で、和泉さんが少し離れた処から、今迄ずっと
様子を窺ってくれていたと、わたしは気付けず。慌てて歩み寄るけど、足がふらつき。倒
れそうになって、彼女と抱き合い支え合う感じに。
和泉さんも敢て踏み込んで来なかったので。
史さんは気付いて知らぬ振りを通した様だ。
和泉さんは昼休み美咋先輩との語らいから。
史さんに寄り添われ悶え苦しむ姿迄も見て。
彼が去った事でわたしの無事を尋ね得ると。
晴天と言っても真冬に4時間も外で待たせ。
「先生呼ぼうかと思ったけど、思ったけど」
彼女はわたしの無事を肌身で確かめようと。
背を強く抱き締めつつ頬を重ね摺り合わせ。
焦げ茶のショートヘアが柔らかく心地良い。
「若杉君も見ているだけで、他の人を呼んだら却って拙い感じもしたから。でもそれで本
当に良いのかが分らなくて、心配で不安で」
今にも泣き出しそうなのはわたしを案じて。
仮に手遅れになったら自身の判断ミスだと。
この人は推察も及ばない状況に面しても尚。
禍の子であるわたしを必死に愛し守ろうと。
「ごめんなさい……心配、させて」「謝らなくて良いの。あたしが勝手に心配しただけ」
和泉さんはわたしを責めない様に努めつつ。
昂ぶった語調はわたしを叱咤する様に強く。
「本当に……だいじょうぶ、なんだよね?」
昨年末学校を数日休んだ頃から、ううんその前日から。ゆめいさん微妙に危うい感じで。
神原先輩も真弓さんも様子が違うし。翌週若杉君が転校してきて、ゆめいさんに付き纏い。
惚れたと言いつつ嫌がらせに近い感じで、監視している様で。あたしの知らない処でゆめ
いさんを巡って、何かが動き出している様で。
美咋先輩との近しさに、一言の苦言もなく。
わたしが愛し案じた人の無事を、心底願い。
わたし等には勿体ない程想いの熱く深い人。
「突然居なくなったりしないよね? 手の届かない遠くへ行ってしまうとか、ないよね」
これは己の失態だ。和泉さんは小学校の頃から最も近しく接してくれた。わたしに何か
あれば異変を悟れる敏感さは最も鋭く。なのに何もケアしてなかった。不安を心配を抱か
せた侭、それに気付けもせず、今迄放置して。
今回の件が、秘匿を求められる鬼切部の事案であればこそ。明かせないならそれなりに、
わたしや周囲に起きた事・起きている事について、心配や不安は要らないと、得心させる
必要があった。不審があれば真相は気に掛る。美咋先輩の記憶の封鎖に注力する余り、己
は大事に至らなかった和泉さんを軽んじていた。
「ごめんなさい和泉さん。わたしの所為で」
言葉は同じだけどさっきとは意味が異なる。
さっきは彼女に今日四時間抱かせた不安に。
今のは彼女に今迄一月近く抱かせた不安に。
己の鈍感さ無神経さには愕然とさせられる。
嬉しさは胸を喉を詰まらせ震わせるけど…。
こんな者を案じてくれた彼女に申し訳ない。
「こっちこそごめんなさいなの。ゆめいさんが何となく色々ありそうなのは、見ればあた
しには分るし。そんな時に割り込んで余計な悩み事を増やすなんて、恋人失格だよ。ゆめ
いさんを謝らせる積りはなかったのに……」
和泉さんは今迄わたしへの問を控えていた。
無事を装うわたしに、彼女は敢て流されて。
わたしは、その優しさ強さに甘え寄り掛り。
金田和泉の限界まで不安や心配を膨らませ。
「あなたを愛するのはあたしの勝手で、だからあたしの抱く心配や不安もあたしの勝手で。
柚明の所為でも何でもない。でもあたしはあなた程心が強くないから、耐えきれなくて」
あなたの一番は望まないよって告げたから。
柚明が誰を一番に愛するかはお任せだから。
柚明があたしの不安や心配に応える義理はない。柚明は柚明の思う最善を尽くせば良い。
あたしは何かを期待する立場じゃない。でも。
「あたしもあなたを心配したい。自分の不安を拭う以上に柚明の力になりたい。せめて動
揺しない事で、その足を引っ張らない位には。
柚明の贄の血の癒しの力やオハシラ様の祭祀の事情は、一部あたしも知った。他にもあ
たしに明かせない、あたしの為を想って伏せている事はあるのかも。それを隠し事と責め
る気はないし、全部話してと言う積りもない。今迄もあなたは誰かの為に酷い噂も否定せ
ず、明かせぬ事実なら敢て誤解を拭わなかった」
ダメなら何も話さなくて良い。唯あたしは柚明を愛したから、あなたの無事が気に掛る。
「柚明が今大丈夫なのかどうかを答えてっ!
柚明があたしに心配や不安を与えない様に、大丈夫としか答えない事は、分っているけ
ど。あなたはその言霊を真にしてきた人だから」
和泉さんは3年前わたしがその左目の傷を治した様に、美咋先輩の心の傷を癒したと薄
々察し。心を操る感応の力の所持も薄々感じ。昨年末の夕刻に自身が操られた事も薄々悟
り。それで尚わたしを厭わず怖れずに肌身を委ね。
今はわたしを圧する程の愛情が流れ込み。
「あなたは強く優しい羽藤柚明で居続けて」
わたしは本当に、人に恵まれすぎている。