第12話 受容の瞬間は何気なく



前回迄の経緯

 羽藤柚明の中学2年生と3年生の狭間にある春休み。春の経観塚を訪れたのは、冬休み
終盤に男女拾四人の悪意と嗜虐から守り通したたいせつな従妹・可南子ちゃんとその想い
人・宍戸伶子さん。それに可南子ちゃんの姉・仁美さんを初めとする両家のご家族一同で。

 守り通せた成果へのお礼と言うより。その為にわたしが負った傷への謝罪に、ご両家一
同が訪れた結果は。今尚己の未熟を示すけど。守り通せた結果は確かだから。今は己の未
熟を噛みしめつつも、その未熟な己が守り通せた成果も噛みしめて、安堵し喜び愛しみた
い。

 その中で、多少の蟠りや誤解が生じたなら、この身を以て解きほぐし互いの心を繋ぎた
い。

参照 柚明前章・番外編第8話「従妹のために」


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


 ほころび始めた桜の花びらが、街灯に照され艶やかに浮び上がる春休みの夕刻。わたし
は正樹さん真弓さんサクヤさんと、経観塚駅のホームで最終電車から降りる乗客達を眺め。

 都市部を出る時は混雑しても。経観塚に着く頃には乗客も少ないと分るので。車両前後
の扉から、乗客が降り終えるのを待ちきれず、小走りに。どっちから現れるかは気配で分
る。

 まだ満ち足りてない月明かりの方が、遙かに頼りになる位照度の乏しいホームの闇から、
その小柄な人影はいきなり視界に飛び出して。軽い体重を乗せてこの大きくない胸に頬埋
め。

「お久しぶり、ゆめいさん!」「可南子ちゃん……いらっしゃい。元気そうで嬉しいわ」

 あの冬の夜から既に二ヶ月が経った。厳しかった寒さも去り、日中は陽光が眠気も誘う。
今は夕刻日没後なので、少し風も涼しいけど。その涼気が逆に、わたし達の肌身を熱く繋
げ。

「来ちゃったよっ!」「いらっしゃいませ」

 一つ年下で背丈も頭半分位低く。華奢な細身に未だ幼さの残る顔立ちで。活発に見せよ
うと黒髪をショートに切り揃えても、円らな黒目も丸い頬も小さな唇も愛らしく。わたし
を良く好いてくれる愛しい子、いとこを迎え。

 その勢いに押されつつ一回転して、乗降口の前を空けると。続いて降りてきた人影は…、

「柚明、おひさ」「仁美さん、お久しぶり」

 可南子ちゃんに抱きつかれ、抱き留めた侭。
 その肩越しに愛しい従姉の抱擁を迎え入れ。

「あんたが元気そうでいてくれて、あたしも嬉しいよ」「わたしもです、逢えて嬉しい」

 黒髪長く艶やかで、3つ年上な以上に胸も大きく背も高く。強く賢く凛々しい女の子は。
可南子ちゃんの背から妹ごと、わたしの肩迄包み込んで抱き締めて。この左頬に頬合わせ。

 その後ろから、背が高くがっしりとした体格の浩一伯父さんと、小柄で親しみ易いぽっ
ちゃり体型の佳美伯母さんが。ごあいさつの為に抱擁を解く間に、続いて駅に降り立つは。

「今晩は、羽藤さん」「お久しぶりだね…」

 宍戸葉子さんとご主人の猛(たける)さん。伯父さん伯母さんと一緒にわたしに、わた
しの背後の正樹さん達に向けて、軽く会釈して。猛さんはその名に似合わずやや恰幅が良
くて、眼鏡を掛けた温厚そうな中年男性で。葉子さんは細身に切れ長の瞳が印象的な人だ。
わたしと同じ歳の娘を持つ母なのに、スレンダーな体に胸もお尻も大きく、大人の色香漂
わせ。

 わたしも丁寧に頭を下げてごあいさつを。
 その後に続いて最後の1人が姿を見せる。

「いらっしゃい、伶子さん」「こんばんは」

 わたしと同じ学年の宍戸伶子さん。背丈はわたしより少し高く、肩幅もやや広く。胸も
わたしより二回り大きく、柔らかな体つきだけど。セミロングの黒髪から覗く表情はやや
硬く。一日列車移動だったから、疲れが見えても当然だけど、その硬い印象はそれ以上に。

 仁美さんと可南子ちゃんから解き放たれて。
 わたしは伶子さんと正面間近に向き合って。

「来て頂けて嬉しいわ。羽様は史跡も名所も多くない田舎町だから退屈かも知れないけど、
心を込めておもてなしをします」「うん…」

 その両手を両手に繋げ軽く握って微笑んで。
 よろしくお願いとの短い返事に頷きを返し。

「わざわざお迎え頂き申し訳ない」「いえ」

 歩み寄ってきた正樹さんに、伯父さんは太い腕を握手に伸ばし。真弓さんも頭を下げて。

 向き合うと正樹さんがかなり年若く見える。宍戸さん夫妻も伯父さん伯母さんも、わた
しのお母さんお父さんより年上だから。正樹さんは頭を下げられる事にやや馴れない感じ
で、

「この遠方迄よくお越し下さいました。母からも宜しく言い付かっています。それと本日
迎えに来られなかった事も、申し訳ないと」

「お気遣いなく。今回は我々が柚明ちゃんと羽藤家のみなさんにお礼を述べに来たのです。
ご丁寧にお迎え頂いて、却って恐縮です…」

 伯父さんも猛さんも、正樹さん達の迎えに丁寧な謝辞を返し。その間にごあいさつを終
えたわたしは、再び可南子ちゃんと仁美さんに左右を挟まれて、伶子さんとも声を交わし。

 最終バスの駅前からの出立を音で悟りつつ。
 わたし達は客人を間近の温泉旅館に導いて。

 今宵はわたしもさかき旅館の宿泊客となる。


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


 伶子さんと可南子ちゃんが、3月末に家族総出で経観塚を訪れたのは。冬休み終盤にわ
たしが2人を男女拾四人の悪意から守り通せた事で。笑子おばあさんや正樹さん真弓さん
に、電話や手紙ではなく直にお礼述べたいと。

「申し訳ないね。本当は、あの後すぐにでも、可南子も学校休んででも、来るべきだった
処だけど、笑子さん達の好意に甘えてしまい」

 男女拾四人の行いを学校側は、不祥事隠しと言うより、危難に晒された女の子の今後を
慮って。警察や病院と足並みを揃え、事を公にしない方針を採り。だから可南子ちゃんも
伶子さんも、公式には『何もなかった』事に。

 学校も警察も確かに事を把握して、再発防止の徹底を約してくれたので。相手方も保護
者共々真摯に謝り、賠償に応じてくれたので。彼らの未来を鎖す事を好まなかったわたし
は、羽様の大人にも寛大な対応をお願いし。その副次効果で事件の波紋も、最小限に留ま
って。

 結果『何もなかった』可南子ちゃんと伶子さんが、学校を休んで羽藤にお礼に来る理由
はなく。列車でも車でも丸一日掛る上、帰りも同じ位の時間を要する。羽様の大人も終っ
た事への謝辞を急ぐ必要はないと、今に至り。

 加害者側の謝罪は断った。街でサクヤさんに保護者代理として受けて貰ったし、男女拾
四人に保護者迄伴うと凄い人数になる。真摯に反省し悔いていたし、これ以上思い返させ
て、笑子おばあさんに負荷を掛けたくなくて。羽様迄来る事はない、賠償は振込みで良い
と。でも伯父さん達のお礼は受けない訳に行かず。

「ゆめいさんも、一緒に泊ってくれるの!」
「ええ。わたしは今晩からよろしくお願い」

 羽様の屋敷は充分広く、客人を全員収容できたけど。伯父さん達は迎える側である羽藤
の負担を慮って、到着初日は駅前のさかき旅館に泊りますと。この場に笑子おばあさんが
いないのは、白花ちゃん桂ちゃんを看る為だ。

 わたしだけは子供同士の親交を深める為に、旅館に泊めて頂く事に。絆を繋げた人なの
でしょうと真弓さんに勧められると、夜を一緒したい気持はあったので。白花ちゃん桂ち
ゃんには、例の如くむずかられたけど。サクヤさんが驚く程上手に幼子達をあやしてくれ
た。

 なのでわたしは、翌朝羽様への案内役を兼ねて温泉旅館にお泊りです。羽様にはご神木
を中心に人払いの結界が張られている。確かな想いを抱いた人迄追い返す物ではないけど、
気を抜くと別の用件を思い返し引き返す事も。先日も出版社の鈴木さんが、正樹さんとの
打合せに経観塚迄来て首都圏へ戻った事があり。

 一応わたしが、案内役に立った方が良いと。
 地元の旅館に泊る機会も、滅多にないので。

 羽様の大人は旅の経験が少ないわたしを気遣ってくれて。わたしは年に数度、仁美さん
の家に法事で訪れて泊めて頂いており。特に旅行願望もなかったけど。心遣いは嬉しいし、
お泊りの経験も希少だったし。折角ここ迄訪れてくれた愛しい人と、一緒に過ごせるなら。

「愉しんでおいで柚明」「はい、また明日」

 サクヤさん真弓さん正樹さんは、今宵はご挨拶で引き上げる。わたしは8人目の客とな
って、いつもは通り過ぎる旅館の並ぶ一角へ。


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


「ゆめいさんっ、早く早くぅ」「はい……宜しくお願い致します」「いらっしゃいませ」

 可南子ちゃんの声に引っ張られ、柚明も旅館も逃げないよと言う仁美さんの声にも引っ
張られ。わたしはサクヤさん達を見送り終えると、年配の細身な女将さんにごあいさつし、
和風に落ち着いた雰囲気の旅館に上がり込み。

 部屋割は2人部屋の4組で、猛さんと葉子さん、伯父さんと伯母さんがペアで。後は子
供4人が2部屋に。可南子ちゃんと伶子さんが仲良しなので、わたしと仁美さんが同室に。

「……良いの、カナちゃん?」「うんっ!」

 伶子さんが微かにわたしの反応を窺いつつ。
 可南子ちゃんの同意を取り付けて安堵して。

 たいせつな従妹の喜びはわたしの喜びだし。
 仁美さんと一緒に過ごす閨も愉しみだから。

 夕食を頂きに行くと観光時期ではない為か、わたし達以外は湯治客らしい年輩者が数人
で。2家族がお膳を前に並ぶと、わたしは宍戸家側で伶子さんの右に座し、可南子ちゃん
と遠目に向き合う形に。距離感は伶子さんとの方が近い。お見合いの様だねと猛さんが呟
くと、女性陣を中心に誰と誰のと言う話しになって。

「仁美と伶子さんに可南子と柚明ちゃん?」

「仁美さんはしっかりした女の子だし、柚明さんは伶を守り通してくれた強い子だから」

 女の子同士のつがいを面白がる伯母さんに。
 葉子さんも分ってお似合いねと笑みを返し。

 わたしが護身の技で一級年上の男の子8人を含む男女拾四人から、可南子ちゃんと伶子
さんを守り通した事は場の全員が承知なので。守り庇った経緯から可南子ちゃんが花嫁で
花婿はわたしで確定と。もう一組の花嫁の伶子さんは内気に大人しく、仁美さんは3つ年
上で強く賢い人だから、配役も理解できるけど。

 護身の技の公表に消極的なのは己の好みだ。女の子が戦いに強いと知られても嬉しくな
いけど、隠さねばならぬ贄の血の事情とは違う。だから学校にも警察にも関係者の保護者
にも、己の護身の技は隠さず話した。下手に隠して、証言の信憑性を損なう方が拙いと思
ったので。

 結果、わたしが守る側・恋人の男の子役を担う様な話しは時折浮上し。嫌ではないけど。
大事な女の子の守りを任せて良いと、信じ頼られる事は喜びだけど。少し嬉し恥ずかしい。

「柚明ちゃんになら仁美も娶せられますよ」
「羽藤さんなら伶子の事も頼むと言えます」

 伯父さんも猛さんも好意的に頷き合う前で。
 仁美さんと可南子ちゃんが頬を染めている。

 賞賛より親愛を強く感じてわたしも頬熱く。
 伶子さんはやや困惑し繋ぐ言葉に惑う感じ。

「お見合いならテーブルを挟んで対面だけど、ここはお膳が離れて対面だからねぇ。お見
合いは、むしろ左右隣同士でって感じかも…」

 仁美さんの言葉に、伶子さんは右隣のわたしを意識して。わたしもつい伶子さんを見つ
めてしまい、視線が合って。ぎこちなく視線を逸らす伶子さんの、更に左から葉子さんが、

「守り庇って貰えた関係で言えば、伶が花嫁で羽藤さんが花婿ね。可愛い花婿だこと…」

「仁美君や可南子ちゃんを深く想い、守り庇ってくれた様に。今後も伶子の事を宜しく」

 ……助けてくれて感謝している、本当に。

 猛さんの謝辞に、わたしは左へ向き直り。
 宍戸家の皆さんに両手をついて頭を下げ。

 恥じらうよりもこの想いには正対せねば。

「有り難うございます。熱く強い信頼を寄せて頂いて。可南子ちゃんや伶子さんの怖い想
いを防ぎきれず、涙零させ声も枯らさせたわたしに。2人を完全に無事には守れなかった
わたしに。遙々お礼まで述べに来て頂いて」

 実際それ程鮮やかに切り抜けられた訳ではない。むしろあの守りは薄氷の上を渡る物で。
1つ間違っていればこの場のみんなに、わたしが守り通せなかった謝罪をせねばならなか
った。みんなを僻遠のこの地迄赴かせたのは、成果ではなく負った傷や痛手の故で。己の
未熟が招いた事だ。賞賛に値する中身ではない。

 むしろみんなに後ろめたさや申し訳なさを残した。返して貰えた親愛は嬉しかったけど。
わたしはお礼や自身の強さへの認知を求めて、可南子ちゃんや伶子さんを守った訳ではな
い。

「今回の件は、努力ではなく結果を必要とされる場面でした。結果を見ればわたしが守れ
たのは本当に最低限、2人に迫る怖い想いや痛みや涙を、完全に防ぎ切れた訳でないのに。
こんなに暖かな想いを頂けて、本当に嬉しい。

 今尚未熟で非力なわたしですけど、皆さんの暖かな想いに、叶う限りを返します。いえ、
返させて下さい。宍戸伶子さんは羽藤柚明のたいせつな人。そしてたいせつな人がたいせ
つに想う人は全員わたしのたいせつな人です。伶子さんが大事に想う猛さんも葉子さん
も」

 身を尽くさせて欲しいのはわたしの願い。
 助け守り支え愛したいのはわたしの望み。

「今後も伶子さんの、皆さんの力になる事を許して下さい……宜しくお願い致します…」

 お味噌汁は冷めて行くけど、間近な伶子さんの頬は尚赤く、わたしの頬も熱は冷めずに。

 夕食の後は男女に分かれて温泉に浸かる。


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


 月と星が淡い光を投射する夜の露天風呂で。

 可南子ちゃんも仁美さんも伶子さんもわたしの胸を、乳房の先端を傍でまじまじと眺め。

「傷跡、消え掛っているね」「あの時は後に尾を引きそうな深傷に見えたけど」「……」

 魅せられる程に素晴らしい肢体を持たぬわたしは。見られる事が恥ずかしいのではなく、
恥ずかしくて見せられないのだけど。治りを見せて安心して貰うには他に術がなく。頬染
まるのを抑えつつ、敢て隠さず人の目に晒し。

 七拾日前に切り落されそうになった箇所は。
 治りかけた傷の線が横に走っているだけで。

 贄の癒しを使えばとっくに跡迄消せたけど。写真に残り診察も受けた傷が、早く治りす
ぎては疑念を招くので。敢て癒しを抑え治癒を遅らせ。昨秋白花ちゃん桂ちゃんのお陰で
憶えた力の強い紡ぎは、深傷を物ともせぬ程に。

「触ってみて良い?」可南子ちゃんの求めに。
 言葉で応えられず、わたしは小さく頷いて。

 小作りな可南子ちゃんの細い指が、この胸の先端に近い傷跡を軽く摘み。傷めない様に
と気遣いすぎて、少しくすぐったいのを堪え。

「た、た。確かめているだけだからねっ…」

 傍に伶子さんと仁美さんの視線を感じつつ、わたしの視線を感じつつ。何より可南子ち
ゃん自身がわたしの胸の感触を過剰に意識して。女の子の胸に触るという事を思い浮べ緊
張し。

 ふにっ、ふにっと細い指が胸の肉を、乳首の近くを抓むのに。わたしは逃げず躱さず抗
わず。感覚の鋭い処なので、思わず漏らしかける吐息を呑み込んで。大きくない胸を人目
に晒すだけで恥ずかしいのに、この上でみんなの前でわたしが乱れては目も当てられない。

「弾力あって気持いい。何度もあたしを受け止めてくれた感触だ。お姉ちゃんに似ている。
もう痛くないの?」「ええ、もう大丈夫よ」

 強く己の平常心を保つ。可南子ちゃんが寄せてくれる無心な親愛をしっかり受け止める。
助けられた負い目、傷を負わせたとの引け目。心の中に蟠って、幾ら語りかけても拭いき
れない愛しい自責を、感触で和らげ打ち消して。

 この情愛は拒まない。むしろわたしがこの所作を誘い招く如く、可愛い頬を両手で挟み。
可南子ちゃんはそれに応える様に、その頬も唇も、わたしの素肌へ乳房へと近づいてきて。

「あたしの為に、無力で何も出来なかったあたしの為に、酷い目にあわせてごめんなさい。
でも、大事に守ってくれた事も、傷ついた後で微笑んでくれた事も、本当にうれしかった。
どんなに痛い時も辛い時も、強く優しく…」

 男女拾四人から2人を守り通せた冬の夜に。可南子ちゃんは、男女多数のヨダレと汗に
汚れたわたしに怯えず、その頬を唇を近づけて。血塗れのこの左乳房を軽く咥えて、愛お
しみ。

『そぎ落されなくて本当に良かった。あたしのたいせつな人の胸。お姉ちゃんのよりは小
さいけど、何度もあたしを受け止めてくれた、柔らかく優しいあたしの宝物。大好きだ
よ』

 事態収拾の為にあの後も、可南子ちゃんの家に数泊したけど。褥はサクヤさんと一緒が
多く、可南子ちゃんと2人きりよりも仁美さん達を交えた時の方が多かったので。可南子
ちゃんとこれ程密に触れ合うのはあれ以来…。

 今はこの右乳房に可南子ちゃんが軽く頬合わせ、その先端に愛らしい唇を繋げて咥えて。

「本当にありがとう……いつ迄も大好き…」

 仁美さんも伶子さんも驚きに口元を抑える。
 でもわたしはこの真剣な情愛を拒めなくて。

 為される侭欲される侭に想いを受けて与え。
 愛しい従妹の後頭部を軽く抱き留めながら。

 伶子さんと仁美さんを正視し軽く頭を下げ。
 己も瞳を閉じて暫しの間肌身に想いを注ぎ。

 数分の後で、可南子ちゃんが唇を離すのを。
 追いかけず、わたしも瞳を開いたその時に。

「あたしも小さなおっぱいは好きだよ柚明」

 背後からやや無造作にこの両胸を掴まれた。
 声も静かな雰囲気から打って変って躍動し。

「仁美さんっ」「お姉ちゃん?」「……!」

「可南子だけ触らせるのは勿体ない。あたしも柚明に深く愛されたし、強く愛しているし。
この手で揉んで大きくしてあげるのも、愛情表現でスキンシップさね」「ひゃ、はず…」

 むにっと形が変る程揉まれ。伶子さんも驚きに身動きできない。間近の可南子ちゃんは
今度は唖然と見守る側に。仁美さんはさっき迄の絵図に、少しの羨みを抱いた事を隠さず。

「可南子にあれだけさせた後で、恥ずかしいはないよね? あたしの気持も受けておくれ。
ふむ、3つ年上のあたしに敵わないのは当然として、同じ歳の伶子さんよりやや小さい」

 決して嫌ではないけど。慈しんでくれる想いも分るし、わたしは女の子の手は拒み難く。
思わず身を捩るけど、その位では逃さないと。仁美さんもわたしが心から嫌ってない事は
承知で。法事等で仁美さんの家を訪れた時にお風呂一緒して、こんなおふざけも為したけ
ど。

「仁美さん……サクヤさんにも時々言われて、気にしているんです。それは」「そうかい
そうかい。じゃあ一層大きくしてあげないと」

 伶子さんも一緒にどう? との誘いに伶子さんは首を横に振り。仁美さんは、なら単独
でと後ろから尚強くこの胸を揉み。可南子ちゃんは手を出せず、睨む視線が食い入る様に。

「一級年上の男子8人を含む集団を力業で退けて、あたしの腕を外せないとは。あんたも
やっぱりこうして胸を揉まれるのが好みかね。女子にとことん弱い処が本当に柚明らし
い」

 本当に良かったと耳元に囁きかけられる。

 息吹が宿す情愛に、抵抗の意思を挫かれ。
 弄ばれる侭に脱力し、降参した時だった。

 少し遅れてきた年長女性陣の気配を悟れ。

「無理に花婿の胸を大きくしないの。本当にウチの子達は子供みたいにじゃれ合って…」

 伯母さんは縺れるわたし達を窘めつつ笑み。

 他のお客さん達の迷惑になっては拙いので。
 お湯に浸からねば体が冷えてくる頃合だし。

 葉子さんも含めみんなで改めて湯に浸かる。


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


 お風呂上がりに大人も交え、おつまみを食しつつ、テレビを眺め雑談しトランプもして。
親しい人と過ごすひとときは、過ぎ行く事を忘れる程で。わたしにはやや固い応対の残る
伶子さんも、他の人がいると不自然さが薄れ。

 日付の変る頃に散会したわたし達は、それぞれの部屋に引き上げて、褥を閨を共にする。

 布団は2つ敷いてあったけど、仁美さんが当然という感じで片方に入ってわたしを誘い
招くのに。わたしも敢て問い返す無粋はせず。2人夜着の上から肌身を添わせ頬触れ合わ
せ。

「仁美さん……お互いに少し湯冷めしましたね」「丁度良いよ。人肌で暖め合おう柚明」

 仁美さんとこうして2人きりになれたのは。彼女が交通事故に遭って、顔と心に深傷を
負ったのを癒しに駆けつけた小学6年の秋以来。あの時はわたしがその麗しい頬に口づけ
して。身を起こせない彼女はベッドに横になった侭、右手でこの左手を引き寄せて頬に摺
り合わせ。

 夕日より頬を赤く染め合ったあの時以降も、何度か逢ってはいたけど。常に傍に可南子
ちゃんや伯父さん伯母さんがいて、2人きりになれた事はなく。思い返してみれば久しぶ
り。

「柚明……あんたを、愛させておくれ。本当にあたしの所為で、酷く辛い目に遭わせて」

 仁美さんがこの右頬に、唇で触れるのを拒まないのは。仁美さんを嫌いではない以上に、
その慈しみと愛しみが嬉しい以上に。その心に抱え込んだ自責を何とか、拭い去りたくて。

「あたしが柚明に余計な電話を掛けた為に」
「それは仁美さんの所為ではありません…」

 その細い指が浴衣の上からこの両胸に触れるのは。性愛や親愛の想い以上に、わたしが
傷ついた結果を導いたのは己の所為だと考え、触れて無事を確かめる以上に償いを欲して
の。

「仁美さんの電話は可南子ちゃんの近況を伝えてくれただけで、誰が何を企んでいるか悟
れる中身ではなかった。わたしが可南子ちゃんの危難に駆けつけられたのは、仁美さんの
所為じゃない。あの展開に仁美さんは何一つ咎がない。むしろわたしは感謝しているの」

 わたしのたいせつな従妹を守り通せた事に。
 仁美さんのたいせつな妹を守り通せた事に。

 可南子ちゃんの想い人も含め、その愛しい笑みを守り通せた。可南子ちゃん達には少し
怖い思いさせたけど。結果仁美さんの笑みも、伯父さん伯母さんや猛さん葉子さんの笑み
も。

「だからこそだよっ。可南子はあたしの妹だ。本当はもっと気遣い守り支えるべきはあた
しの方だったのに。確かな見通しも抱かず危険に気付けず、柚明に愚痴を語るだけで流し
てしまった。その怠けの代償が柚明に行った」

 可南子を守って柚明が負ったその胸の傷は。
 本当はあたしが受けなきゃいけないものだ。

「順調に治っていて良かった。痕も消えて行きそうな様子で本当に良かった。万が一あん
たの滑らかな素肌に痕でも残したなら、嫁入り前の可愛いあんたを傷物にでもしたなら」

 賠償より謝罪より。一生掛けてあたしがあんたに、償い購わなければいけない処だった。
その所為であんたに婿のきてがなかったなら、あたしが生涯責任を取らなきゃいけないっ
て。

「仁美さん……そこ迄、わたしの事を大事に想ってくれて?」「当たり前じゃないか!」

 3年前の秋の夕刻に病室で受けた告白を。
 仁美さんはしっとり肌身添わせつつ再度。

「あんたがあたしの惚れた一番なんだ柚明」

 触れ合わせた肌から流れ込んでくる愛しみと慈しみは、あの秋から仁美さんが常に抱く。

『今のあたしには、柚明は唯の従妹じゃない。顔の傷を治してくれた以上に、心の深手を
癒してくれた。一番辛かった底値の時に、あたしの弱さも情けなさも全部受け止めてくれ
た。

 心閉ざして泣き喚いたあたしに、生きる希望も見失っていたあたしに、どんなあたしで
も大切だと、誰が居なくなっても柚明だけはいると、苦痛も哀しみも共に生きて分ち合う
と迄、柚明は言ってくれた。惚れ込んだよ』

 あたしが柚明の一番じゃない事は承知だよ。あんたに別に一番の人がいる事も。あたし
はあんたの一番を望まない。唯この想いを返させて。恋人にも家族にも注げない程強い愛
を受けて、返さずに手を拱く事が己に許せない。

『学校休む無謀を冒し、父さん母さんに怪しまれる無茶をして。傷だけじゃなく、心迄癒
してくれた。柚明はあたしの一番の人だ…』

 仁美さんはわたしを恋人の勝沼省吾さんよりもたいせつと。男の子では彼が一番だけど、
わたしへの想いが優ると。彼を前にして語り。

 従姉で新聞記者の珠美さんに、深傷を治せた詳細を尋ねられた時も。贄の血の事情を明
かせないわたしの背景を、深く察してくれて、

『あたしが癒しの水の迷信を口にしないのは、父さん母さんが嫌うだけじゃない。柚明に
それが公にされて拙い事情を感じたから。その何故の問を嫌うなら、来ない方が賢いと分
って柚明は、あたしを救う為に来てくれた…』

『あたしは愛した人が困る事は望まないよ。
 可南子にもそれは問い質して欲しくない』

 可南子ちゃん達を守り通せた冬の日にも。
 人前でもわたしを愛おしむ想いを隠さず。

『その為にあんたは傷み苦しんだじゃないか。酷い目に遭ったじゃないか。それは紛れも
なくあたしの所為だ。可南子の為なら尚更姉である私の責任だよ。申し訳ない……あたし
はあんたにどう償って、恩を返せばいいのか』

『あんたが平静を保ってくれる事が救いだよ。平気な訳ないのに、心も傷だらけの筈なの
に。あたしや可南子に、周囲に罪悪感与えない為に尚微笑んで。本当にあんたには敵わな
い』

 叔父さん叔母さんや、可南子ちゃんやサクヤさんの前だったけど。仁美さんは躊躇わず。

 その柔らかな手をこの大きくない両胸に。
 服の上から軽く触れて愛おしむ心を注ぎ。

『その傷は、あたしの想いを注いだ位で癒せるとは思えないけど。少しでも支えさせて』

「その負った傷み苦しみは、全てあたしの。
 だからその購いが要るのなら、あたしが」

 今迄は2人きりになれていなかったから。
 想いの丈を全てさらけ出せなかったけど。

「責任を、取らせておくれ」「仁美さん…」

 人目もなくなった今は制約から解き放たれ。
 わたしもその強い愛に叶う限りの愛で応え。

「可南子が伶子さんに抱いた恋心を、女の子同士の色恋を秘して守る為に、報いの薄い守
りをさせて傷つけちゃ。姉が補うしかないじゃないか。その深すぎる愛に応える為には」

 気付いていたんですか? 問い返すのに。

「他の誰にも、言う気はないから安心をし」

 可南子ちゃんと伶子さんの真の想いは、警察にも学校にも双方の両親にも話さず3人の
秘密にしたけど。周囲の人は、虐めの被害を共有した親密さだと思っているけど。女の子
であるわたしを愛した仁美さんは、可南子ちゃんが同じ想いをわたしと、わたし以上に伶
子さんに抱く事も視て察し。敢て黙していた。

「こういう事件を経て互いの絆が強まった今、可南子を諭したり引き離して諦めさせるの
は、至難の業だろ。決して勧められはしないけど、柚明を愛したあたしも人の事は言えな
いしね。可南子にも気付いていると伝えたよ。嫁に行けなくなる様な処迄踏み込まない限
り見守るって。2人の仲が晒された時が心配だけど」

 可南子ちゃんの行く先を案ずる仁美さんに。

「わたしも2人を支えます。勿論可南子ちゃんの想いを一生懸命支える仁美さんも。みん
な羽藤柚明のたいせつな人。誰1人破綻せず幸せを掴める様に。迷いのない真の想いなら、
その成就はわたしの願い。わたしの望み…」

 これからも宜しくお願いしますと告げると。
 豊かな胸元に抱き寄せられ頬擂り合わされ。

「あたしの望みはあんたの幸せな笑顔だよ」

 寄せられた暖かな親愛は望外の幸せでした。


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


 翌朝は朝食の後、2本目のバスで羽様のお屋敷へみんなを導き。可南子ちゃんと宍戸さ
んの仲が昨日就寝する迄よりも、微妙にすれ違って見えたけど。敢て問い質す事は控える。

 残雪もほぼ消えて、草木も芽吹く春の羽様のお屋敷で。猛さんと浩一伯父さんが並んで、

「何の咎もない羽藤さんを、巻き込んでしまい……」「傷つけさせて本当に申し訳ない」

 可南子ちゃんと伶子さんを救い守った事へのお礼より。まずわたしに傷を負わせた事へ
の謝りを。葉子さんも佳美伯母さんも、仁美さん達子供迄も、笑子おばあさんを中心にし
た羽藤家の面々に、正座の姿勢から頭を下げ。

「伶子や可南子ちゃんを助けて頂き、本当に有り難う。このお礼が羽藤さんの負った傷み
苦しみを、受け容れて聞えるかも知れない事が申し訳ないが。彼女のお陰で2人とも本当
に傷浅く。傷み哀しみを負わず助かった…」

 良いのかい? 笑子おばあさんは両家の大人の謝りとお礼を、微笑み浮べた侭聞いて後。
左隣のわたしを向いて一言尋ね。当事者はわたしだから、わたしの答が羽藤の答になると。

 男女拾四人の家や可南子ちゃんの中学校からは、相応の賠償を受けたけど。伯父さんと
猛さんも言葉以上に、わたしの行いに対して形で恩義を返したいと。お礼の品迄持参して。

「わたしはお礼や己の強さへの認知を欲して、首を挟めた訳じゃない。可南子ちゃんと伶
子さんの無事が、成果で報酬だと想っています。わざわざここ迄お礼を述べに来て頂けて
本当に嬉しい。それ以上特別な望みはないけど」

 わたしに喜んで貰いたくて贈られた品なら。
 どうやら中身はわたし用にしつらえた物で。
 わたしが受け取らないと無駄になる様だし。

「お気持と一緒に頂きます。本当はこれ程想いを寄せて頂く値打ちのあるわたしでも、行
いでもなかったけど……有り難うございます。この気持に応える為にも、今後も可南子ち
ゃんや伶子さんや仁美さんの為に、役立ちたい。不束者ですが今後も宜しくお願い致しま
す」

 その後明かされた伯父さん達の寄贈品は。

「……これ、ウエディングドレスですか?」

 昨夜から、花嫁花婿の話題が出ていたのは。
 この伏線だった訳で。見事にやられました。

 拾万円では手が届かない程に高額な品物を。
 それ以上にわたしに寄せて頂いた強い想い。

「わぁ……綺麗」「すごいね!」「眩いわ」

 大人だけで話しを進めていた様で、仁美さんも可南子ちゃんも伶子さんも、取り出され
た純白のドレスを前に、全員羨望の眼差しで。伯母さんはわたしのサイズも心得ているか
ら。これは本当に羽藤柚明、中学3年生春の為の。白花ちゃんも桂ちゃんも瞳を見開いて
歓声を。

「こりゃ着て見せる他に応える術がないね」

 サクヤさんが声に出さずとも、仁美さん達も幼子も、真弓さん達もわたしのウエディン
グドレス着用の姿をご所望で。逃げ切れない。わたしは気恥ずかしさを満載で別室で着替
え。

「おぉ……綺麗だ」「何と清楚に華やかな」

 花婿役のわたしがドレスを着ると横に立つ人がいないけど。単独でも純白のドレスは周
囲の空気を変える程に眩く。わたしが衣に負けてしまわないかが、一番の懸念だったけど。

「似合っているよ」「やっぱり女の子ねえ」

 笑子おばあさんを始め大人も子供もみんな笑顔で愛でてくれて。幼子達が手を差し伸べ
てくれて。正樹さん真弓さんがドレスを汚さない様に抱き留め。可南子ちゃん達も傍に歩
み寄ってきてくれて。笑みの輪の中でわたしは新婦が父にする様に、みんなにお礼を述べ。

 これは伯父さん達の言挙げだった。わたしが傷物ではない、この様に綺麗なお嫁さんに
なれると。伯父さん達はこの胸の深傷を案じ、わたしの心の傷を案じ。1人の女の子の行
く末を案じて。大丈夫だよと、大丈夫になれと。

「わたし……ドレスに負けていませんか?」

 間近に立つ白銀の髪の艶やかな人に問うと。
 柔らかな掌はこの頭ではなく肩へと降りて。

「柚明だから着こなせているんだ、大丈夫」

 この位置取りは、正に花嫁の隣の花婿の。
 背も高く肩幅もあるサクヤさんは、正に。

 隣の少し高い目線を見上げると、滑らかに細い指で顎を固定され。飾り気のない素顔が
降り。柔らかな唇が軽くわたしの素肌に触れ。

「うわ、キスしたっ?」仁美さんの呟きに。

 可南子ちゃんや伶子さんも凍り付く前で。
 麗しい人の唇はこの右頬にピタと触れて。

 横から見れば口づけを交わした様に映る。
 大人達もその悪戯心を受容して笑み浮べ。

 本当にこれを着てお嫁さんになるには、未熟で不足な処も多いわたしだけど。今は頂け
たこの親愛を出来るだけ着こなして、答に代える。わたしの心からの親愛と感謝を込めて。

 この後は真弓さんが、半ば力づくでサクヤさんを引き剥がし。空いたわたしの隣に仁美
さんが来て唇で触れてくれて。続けて可南子ちゃんも。自由になった桂ちゃんが、羨まし
さで割り込んでくるのを受け止め抱き上げて。

 そうなると白花ちゃんも抱き上げなければ不公平なので、両手に華の状態に。サクヤさ
んがその様を写真に撮ってくれて。本職の写真家を前に伯父さんが、その写真を欲した処。

 この場のみんなが揃った記念写真を収めて。
 更に仁美さんと2人花嫁花婿の絵を撮って。

 それを可南子ちゃん伶子さんとも撮る事に。
 伯父さん伯母さんと新郎新婦状態も撮って。

 猛さん葉子さんとも同様に4人で睦まじく。
 羽様のみんなとの写真も何枚か撮って貰い。

 着せ替え人形の様に必ずわたしが絡む絵を。
 撮影会はお昼近く迄愉しませて頂きました。


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


 昼食後、男性陣は中庭に面した縁側に座し。建築会社社長の伯父さんは、郷土史研究家
の正樹さんに、建築現場で遺跡を見つけた時の苦労話をして、今後の心がけを問い。正樹
さんも建設業の側の考えや事情を尋ね。猛さんも市の資料館に勤める、歴史に造詣ある人
で。

 女性陣は笑子おばあさんやサクヤさんを中心に、お料理や機織りの話しを。わたし達子
供は中庭で白花ちゃん桂ちゃんを交えて遊び。桂ちゃんの元気さに振り回された感じだっ
た。

 お屋敷の庭は、真弓さんが来てから雑草が綺麗に切り払われて本当に庭園の様になって。
正樹さんやわたしも雑草をむしっていたけど、ここ迄端正には整えられなかった。やっぱ
り、

『刃物を持つ事全てに真剣なんだ、真弓は』

と言う事か。5年前はわたしが優勢だったお料理も、去年頃から猛追を受けて抜き去られ。
わたしが逆に追う側に。本職の主婦が本気になれば子供は敵わなくて当然と、正樹さんは
慰めてくれたけど。柚明の上達も著しいよと、おばあさんもサクヤさんも褒めてくれたけ
ど。真弓さんの真剣さや意欲には学ぶ処が多い…。

 昼寝の時間なので、双子を屋内で寝付かせ。仁美さんがもう少し遠く迄足を伸ばしたい
と望んだので、近くの小川迄散歩に誘ってみた。可南子ちゃんも同意してくれたけど、伶
子さんは疲れたと言って、その侭お昼寝を継続し。少し気になったけど。可南子ちゃんと
朝から今一つしっくり行ってない感じもあったけど。

 仁美さんはそれに気付いていて敢て問わず、さらっと流してわたし達を外へ促し。せせ
らぎの聞える処迄来て、可南子ちゃんと2人きりだと気付いた時点で、彼女の意図を悟れ
た。

「仁美さんの心配りね」「お姉ちゃん……」

 少しの躊躇いを見せた後、可南子ちゃんは用意されたわたしとの2人きりを、仁美さん
の心遣いを、受け容れ愉しむ心を定め。小作りな右手をわたしの左手に預けて微笑んでく
れて。そう言えば可南子ちゃんとわたしの2人きりの場面も、ここ暫くなかった様な気が。

 暖かな陽が春の野山を草木を、生き生きと照し出す中を、一緒に歩み。都会育ちの可南
子ちゃんには、古木や藪やせせらぎが珍しく。夏には蛍も出るのよと話すと、蛍の浮ぶ夏
の夜を思い浮べ、わたしと2人の夜を思い浮べ。

 暫く歩みを進めた後だった。軽く繋いでいた手がきゅっと強めに締まって、俯き加減で。

「ゆめいさん、ごめんなさい……」「……」

 可南子ちゃんが今ここで謝りたかったのは。
 男女拾四人から守って負った傷にではなく。

「あたし、最後にゆめいさんじゃなく、れいこ先輩を選んじゃった。殴られ蹴られ、裸に
されて吸い付かれ。乳房を切り落されかけて。女の子として酷い事されて尚あたし達を守
り庇ったゆめいさんじゃなく、れいこ先輩を」

 あの冬の日に。血と汗に塗れヨダレに汚れ。
 何とか男女拾四人を退け終えた、その後で。

『優しく賢く愛しく綺麗な、強い人。あたしのたいせつな人。どんな姿になっても、穢さ
れて傷つけられても、大好きなお姉ちゃん』

 可南子ちゃんは汚れ傷ついたわたしに怯えもなく。歩み寄ってこの身を抱き、唇寄せて
血に汚れた左乳房の先を咥えて愛でてくれて。

『でも……ゆめいさんは、1人でも、強い』

 伶子さんはわたしの汚れ傷ついた姿を前に。
 罪悪感に自責に緊迫に心潰されかけていた。

『人の助けや支えがなくても、1人で男の子多数退けて、危険も痛手も受けて耐えて飲み
込んで切り抜けられる。あたしの助けや支えなんて不要と言うより、足手まといな位に』

 れいこ先輩は、あたしが支えてあげないと。
 れいこ先輩は、あたしが守ってあげないと。

 今後はあたしがれいこ先輩を支える。あたしも支える側になる……あたしも助け支え守
りたい人が、漸く出来た。守られてばかりじゃなく、この手で支えて助けて守りたい人が。

『あたしが、れいこ先輩の心を静めて、家迄送って家の人に事情をお話しする。ゆめいさ
んは別に……あたしの家に帰って一泊して』

 ゆめいさんが間近にいると、れいこ先輩の心が乱れる。ゆめいさんが先輩を憎んでも恨
んでもいない事は、落ち着いたら順々に先輩にお話しする。納得して貰うから。今だけは。

『ごめんなさい。れいこ先輩の前を外して』

「一番ゆめいさんを傷つけたのはあたしかも。ずっとその想いが抜けなくて。こうして謝
る事が更にゆめいさんを傷つけるかも知れない。でも伝えなきゃって、ずっと想っていた
…」

 あたしが今もゆめいさんを大好きな事を。
 心から感謝しつつごめんなさいって事を。
 でもれいこ先輩を選びましたよって事を。

「あそこまで酷い目に遭わせ、傷を負ってわたしとれいこ先輩を守り通してくれて。それ
で報いもお礼も望まないゆめいさんに。あたしの一番ですって想いを返せない。大好きだ
けど、大好きだから、嘘は絶対言えなくて」

 あたしはれいこ先輩を好き。弱い処も崩れた処も放っておけない。ゆめいさんも好きだ
けど。ずっとお姉ちゃんと2人想い続けてきたけど。綺麗で優しい人だけど。もう一番に
想う事は出来ない。あれ程辛い思いして守って貰えても、あたしは心壊れ掛けたれいこ先
輩を優先しちゃった。あたしは酷い恩知らず。

「あの瞬間こそ、ゆめいさんを気遣うべき時だったのに。そうできなくて、ごめんなさい。

 それでも、言わなきゃ。伝えなきゃ。ずっとあたし、ゆめいさんを大好き。一番に出来
ないけど、れいこ先輩の後の順になるけど」

 守って貰えて嬉しかった。賢く強く、優しく甘すぎる程に心を支えて貰えて。あたしは、
ゆめいさんの様に心を守れる人になる。どんな苦難や哀しみにもめげずに守り通せる人に。
ゆめいさんはずっとあたしの目標、目指す人。

 想い溢れて涙ぐんだ女の子の可愛い両頬を。
 わたしは大きくないこの胸の内に迎え入れ。

「有り難う、嬉しい……そしてごめんなさい。辛い想いをさせて。長く悩ませた侭でいて
…。

 もう自身を責めないで。可南子ちゃんは何も悪くない。人には全てを選び取れない時も
ある。何が一番大切で、何がそうではないか、確かに見極める事も大事なの。時にそれが
厳しい答・辛い答になる事もあるけど。あなたが伶子さんを選び取った事は確かな正解
よ」

 真実は、時に人を傷つける。でも、真実を貫かないと、もっと多くの人を嘘で傷つける。

 世の中には、一つを望むとそれ以外を手に入れられないと言う時がある。一つを望む為
には、それ以外を諦めなければならない時がある。どんなに大切な物であっても全部を望
めない時がある。選ばなければならない時が。

「伶子さんは心壊れかけていた。あなたが寄り添わなければ、どうなっていたか分らない。
あなたの判断は正しかったわ。わたしは絶対心壊れない。そしてあなたは伶子さんの心を
守り支えて、絆を繋げた。あなたの正解よ」

 わたしは可南子ちゃんに振り向いて貰う為に傷を負った訳じゃない。愛を返されたくて
守り庇った訳じゃない。あなたを好きだから、愛したかったから。あなたの幸せがわたし
の望みよ。それがわたしとの幸せじゃなくても。

「あなたが伶子さんと紡ぐ愛も幸せも、確かにわたしの喜びだから。それはわたしの願い
で望みだから。後ろめたく想う事は何もない。ごめんなさいも要らないの。あなたの幸せ
が、わたしの幸せ。あなたが伶子さんを守りたく願う、その強さも含めてたいせつに想う
…」

 夜の2人きりで宍戸さんが、わたし達のお風呂場での密着を羨んで。その仲が拗れ気味
な事も感じ取れたけど。可南子ちゃんはそれを2人で受け止め乗り越えようと。わたしや
仁美さんに敢て明かさず。宍戸さんの嫉妬を愛おしみ受け止め、解消しようと。なのでわ
たしもそれを問わず、首を挟まず見守る事に。

「可南子ちゃんはわたしの妹。幼い日々を共に過ごした愛しい人。わたしが悲嘆に沈んだ
時に涙を流してくれた人。わたしはあなたに役立ちたいし、困っていれば助けたい。それ
はあなたが誰を一番に選んだ後も変らない」

 女の子同士の恋心を、叶える事は難しい。
 男の子との恋を叶える事が、至難な様に。

 宍戸さんも、余り心の強い方ではないし。
 守る側を志したばかりの従妹は辛い事も。

 でも、それでも真の想いを望み願うなら。
 わたしは常に愛しい人の想いを支えたい。

 かつて仁美さんにも語りかけた言葉を思い返しつつ。今目の前の人に抱く想いを込めて。

「強い人でも限度を超えれば、叫びは出るわ。強い人にも弱い人にも痛みは痛み、哀しみ
は哀しみよ。人の強さは無限じゃない。強い人にも泣き叫びたい時はある。その時には
…」

 遠慮なく心を打ち明けて。いつでもあなたの力になるわ。仁美さんもわたしも、いつ迄
もどんな可南子ちゃんになってもたいせつだから。力の限り受け止める。渾身で応えるよ。

「たいせつな人の為なら、身は惜しまない」

 互いの頬に唇で触れ合い。でも決して唇同士は触れ合わせず。わたし達は互いに抱く親
愛と恋心を確かめ合いつつも抑制し。やや涼やかな春風は、わたし達を強く繋いでくれた。


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


 夕飯の後、羽様のお屋敷の五右衛門風呂で汗を流す事になったけど。さかき旅館の露天
風呂と違って、多人数は一度に入れないので。猛さんと葉子さん、伯父さんと伯母さん、
仁美さんと可南子ちゃん、笑子おばあさんとサクヤさんという感じで順次湯に浸かり行く
中。

 伶子さんが独り入浴中と承知で、わたしは言葉なく静かに脱衣所に入って、衣を脱いで。

「伶子さん。お背中流しますね」「えっ…」

 動揺は、女の子の入浴に入り込まれる事以上に、わたしと2人きりになる事への怖れか。
多少の恥じらいはあっても、昨日露天風呂を一緒した女の子同士で、怯え嫌う必然は薄い。
表向きわたしへの苦手意識を隠しているけど。伶子さんは意識してわたしを隔て厭ってい
る。

 可南子ちゃんを巡る恋仇でもあり。冬の日の経緯から、わたしにやや後ろめたくもあり。
正対するのを怯え嫌う心境は感じ取れたけど。わたしも今回は分ってやや強引に入る構え
で。

「わたしでは、嫌でしたか?」「え、あ…」

 嫌だと明言できない気の弱さ、と言うより。
 わたしを厭う姿勢を、隠したい思いが優り。

 一応恩人であり、可南子ちゃん達とも相思相愛なわたしを嫌っては、自身が嫌われると。
2人の恋仲を知っている弱味もあると考えて。その鬱屈は時に身近な可南子ちゃんへも向
き。2人きりの昨夜もきつく当たったり嘆いたり。

 嫉妬を叱るのは簡単だけど、喝破するのは容易いけど。それでは絆を繋げない。わたし
は伶子さんとも密に想いを交わし合いたくて。風呂場の扉を開くと、湯気に肌身を浸しつ
つ。

「心を込めておもてなしします。どうぞよしなに。失礼しますね」「……お手柔らかに」

 招き入れる声音は緊張気味で微かに震え。
 わたしはその背にお湯を掛けて軽く触れ。

「柔らかで艶やかな肌ね。滑らかで綺麗…」
「カナちゃんとの諍いを、叱りに来たの?」

 伶子さんの深読みした単刀直入な問に対し。
 わたしを追い返す口実を探る様な声音にも。
 わたしは両手を背中に当てていいえと応え。

「可南子ちゃんは誰にも何も漏らしてないわ。
 2人で解決する問題だと考えているみたい。

 だからわたしもそれに口を挟む積りはない。
 わたしもそれは可南子ちゃんに問うてない。

 仁美さんも気付いているけど同じ判断…」

 仲が良いから時に仲違いもする。近しいからじゃれ合って偶に誤って傷つける。真に嫌
い合うならケンカもしない。そうでしょう?

 非難も皮肉も説諭も不要とのわたしの答は。
 想定外だったらしく伶子さんは少し戸惑い。

 何よりわたしが穏やかすぎる事に不納得で。
 彼女から見るとこの応対こそ得体が知れず。

「あなたは……本当に私を、恨んでないの? カナちゃんを想い合う恋仇の勝者と敗者で
ある以上に。冬休みの日、あなたにあの酷い責め苦を招いた私を、本当に憎んでない?」

 人前では控えても、2人になれば詰ってくるのではないか。恨み憎しみを忘れておらず、
発散の機会を待っているのではないか。柔らかな応対は、自分を油断させる罠ではないか。
後ろめたさに怯える故にわたしを厭い心隔て。伶子さんの心を追い込んだのはわたしだっ
た。

 だからこそわたしがその強ばりをほぐして。
 彼女に本当に柔らかな笑みを取り戻さねば。

 伶子さんを深く想う可南子ちゃんの為にも。
 わたしが2人の間の棘になっては本末転倒。

 わたしの願いはたいせつな人の幸せと守り。
 己の望みではなく大事な人の願いを支える。

「たいせつな可南子ちゃんの想い人である以上に。今や宍戸伶子はわたしのたいせつな人。
一緒に危難を切り抜けた愛しい乙女。ごめんなさい、わたしがあなたの憂いになって…」

 彼女の策動を可南子ちゃんの目前で明かして告白に導いた事が、裏切ったわたしに守ら
れた事が、守り庇ってわたしが傷ついた事が。伶子さんに苦味や蟠りを残していた。触れ
た素肌が微かに震えているのは寒さにではない。だからこそわたしはその身も心も人肌で
暖め。

「あの時の伶子さんの判断は過ちではないわ。わたしとあなたは分り合う時間が少なすぎ
た。あなたはわたしの技量を知らなかった。集団の暴力を躱す為に、可南子ちゃんを守る
為に。彼らの囁きに乗ったのはあなたの最善だった。

 そこにわたしへの嫉妬や憎しみが混じっていても……それはわたしの不徳が招いた結果。
あなたの怖れていた事、あなたに嫌われる様な事を、わたしが為した直後だもの。むしろ
それであなたに蟠りを残してごめんなさい」

 わたしは人の色恋に口出しした。可南子ちゃんと伶子さんの間で決める事柄に挟まって。
伶子さんの作為を晒し、その真の想いも晒し、可南子ちゃんに嫌われるかも知れぬ状況を
導いた。それは恋仇を蹴落とす行いにも見えた。

 恋人関係は周囲が促したり阻んだりする物ではない。場を整えたり状況を用意する位は
しても、想いを勝手に代弁しては拙い。それは当人の意思と言葉とタイミングで為すべき。

 わたしがあなたの反感を買ったのは当然で。
 あれで憎まれなかったならその方が不思議。

 あなたに何も咎はない。思い煩う事もない。
 背後から両肩を抱き包み、頬を背に当てて。

「わたしに傷を付けたのは伶子さんじゃない。その傷も治りかけだし、あなたの信を得ら
れなかったのはわたしの求め方が拙かったから。馬に蹴られて死ななかっただけ幸いだっ
た」

 微かな笑みの感触を悟れた。心が少し解れ。
 肌身の柔さに、声音と気配の柔さを尚重ね。

「わたしは元々可南子ちゃんの幸せと守りが望みで、自分との幸せは求めてなかったけど、
今は伶子さんの幸せと守りもたいせつな願い。伶子さんと可南子ちゃんの恋の成就が、わ
たしの望み。その真の想いが叶います様に…」

 可南子ちゃんも仁美さんも一番に想う事の叶わないわたしに、別の人を一番に抱くわた
しに、可南子ちゃんの一番を願う資格はない。それに、可南子ちゃんは心底あなたを好い
て。迷わずわたしに幾度もその答を見せてくれた。

 可南子ちゃんの真の想いなら、伶子さんの真の想いなら。わたしは愛しい人の想いを支
えたい。尽くせた事、役立てた事、力になれて守り通せた事がわたしの成果で報酬だから。

「わたしはあなたを応援し支え守る。罪悪感も償いも欲しない。気兼ねも遠慮も不要なの。
唯その真の想いを届かせて。あなたがたいせつな人に確かに抱いた熱い想いを叶えて…」

 肌身に触れて囁きかけると、彼女は戸惑い。
 少しの後、否定的にきゅっと締まる感触が。

「重たいよ……私はあなたにそんな事を言われたくない。私はあなたに指示され頼まれた
から、カナちゃんを愛する訳じゃない。私が好きだから好きなの。私はカナちゃんに恋し
恋され、私が幸せになりたくて傍にいる。あなたや他の誰かの為じゃなく。自分の為!」

 幾ら守られ庇われ助けられても。私はあなたの操り人形じゃない。あなたの愛は深く強
く重すぎる。得体が知れない。応えきれない。あなたの分迄愛するなんて、私には重すぎ
る。

「あなたの想いを引き受ける積りはないわ」
「……そうね。……それは、その通り……」

 絞り出した答にわたしは声音を更に平静に。
 ゆっくり伶子さんの昂ぶりを鎮めあやして。

「わたしの分迄生きてとか、わたしの分迄愛してなんて傲慢は言えないし、わたしも求め
ない。わたしが可南子ちゃんに抱く想いはわたしの想いよ。終生わたしが抱く物で、誰に
も代行を願う積りはない。伶子さんは伶子さんの想いで、可南子ちゃんに向き合って…」

 お父さんお母さんの分迄生きる重さを知るわたしは。軽々に誰かに想いを託す気にはな
れない。託された側の重さ大変さの一端でも分るなら。お父さんお母さんは幼いわたしに
生きる事を強いる為に、敢てそう言ったけど。お父さんやお母さんの分迄生きてと願われ
て、『精一杯生きて応えます』と受け容れたけど。

 伶子さんは彼女自身の恋心を満載している。
 わたしの想いを載せる隙間等ある筈がなく。
 わたしの想いも隙間に詰め込む物ではない。

「わたしは今後も可南子ちゃんを想い続ける。伶子さんも大事に想うから、その一番や恋
心を奪う気はないけど。愛しむ気持は変らない。誰にも託さないし譲らないから。伶子さ
んも伶子さんの想いで可南子ちゃんに向き合って。

 その末に、あなた達の幸せが成就してもしなくても、わたしは変る事なく2人を大事に
想う。可南子ちゃんと伶子さんはわたしのたいせつな人。一番にだけは出来なかったけど、
身を捧げても救い守り支えたい愛しい女の子。

 わたしがあなたを庇い助けたのは、わたしがそうしたかったから。わたしの想いでわた
しの願い。伶子さんが可南子ちゃんを好いたのと同じで、誰の為でもなく己自身の為よ」

 だから何かしてとは求めない。望まない。
 したくて為した行いに、返礼は要らない。

「唯伝えたかった。わたしはあなたを恨んでも嫌っても憎んでもいない。大事な人ですと。
今後も力になりますと。守り支え助けますと。わたしの想いの侭に2人を心から愛します
と。

 不束者だけど、これからも宜しくお願い」

 背中の肌の拒絶の固さが薄れ、柔らかに。

「あなたって、自分勝手。同じ歳で、背丈も胸も私より小さい癖に、常にお姉さん目線で、
周囲の人達を助け守り庇う者だと見下して」

 でもその自分勝手に甘くお人好しな処は。

「カナちゃんに似ていて、嫌いじゃないわ」

 早く背中流して。終ったら私があなたの背中を流すから。次の人が待っているんでしょ。

 受容の瞬間は何気なく来て、当然になった。


「柚明前章・番外編・挿話」へ戻る

「アカイイト・柚明の章」へ戻る

トップに戻る