第6回 柚明間章・第−章「柚明からユメイへ」について



1.今回もまずはごあいさつから

桂「みなさんこんにちは……羽藤桂です」
柚明「皆さんこんにちは、羽藤柚明です」

(配置は画面左から桂、柚明の2人のみ)

桂「わたしとお姉ちゃんの『柚明の章講座』も6回目です。前回掲載からおよそ8ヶ月お
待たせしての再開、再会となりました……」

柚明「皆さんと向き合う機会が再び巡ってきて、桂ちゃんもわたしもとても嬉しいです」

桂「読者さん達も、もう見て気付いていると思うけど……今回、ゲストさんはいません」

柚明「今回はわたしと桂ちゃんの2人だけで解説を担います。この形式は第1回以来ね」

桂「作者さんによると、この講座のゲストさんは、アカイイト本編の柚明お姉ちゃんを除
くヒロイン4人、サクヤさん、烏月さん、ノゾミちゃん、葛ちゃんに分担してもらう予定
だったけど……柚明間章は一つしかないから、誰かを当てるとバランスが崩れちゃうっ
て」

柚明「そうね。柚明間章は後でも触れるけど、久遠長文も当初は想定してなかった、後付
けで作成した話しで、一つしかお話しがなくて。

 それに、久遠長文は多人数が一堂に会する場面を描く事に、相変らず苦手意識がある様
で、4人とも呼ぶ選択には腰が引けていて」

桂「柚明前章と柚明本章は4章ずつだから平等に割り振れるけど、そうは行かないものね。
変則型として陽子ちゃんやお凜さんを招こうかとも考えたみたいだけど、色々考えた結果
結局こういう形になったということです…」

柚明「柚明間章の中身や描写はやや凄惨なので、作者もわたしに気を遣ってくれたのね」

桂「一応、そういうことなのかな? 本当に気を遣うのなら、作者さんも作品の中身や描
写で、お姉ちゃんにもっと気を遣ってくれればいいのに……お話しの主人公なんだし…」

柚明「主人公なのに、というよりも主人公だからこそ……そこは柚明の章の根幹で、変え
られない箇所だって、弁明が届いているわ」

作者メモ「柚明の章は、アカイイト本編に依って成り立っていて、そこで規定された事・
例えば柚明が10年主とご神木に宿った事実は変えられない。回避できないのなら、むしろ
逃げずに向き合い、描くべきと考えました」

桂「でも、アカイイト本編ではその凄惨な部分が、全く描かれてないよ。作者さんの推察
でしょ。あり得る中身だとは理解できるけど。わざわざ強調するようなことをしなくても
…。

 わたし視点のアカイイト本編で描かれてないってことは、わたしはお姉ちゃんのご神木
での10年の真相を、お姉ちゃんルートでも最後まで知らなくて。それはそれで問題がある
けど……そこまで苛烈に描かなくても……」

柚明「久遠長文は、アカイイト本編の背景として、柚明の章の根幹として、苛烈な中身や
描写を不可欠と感じたの。今回は桂ちゃんのその疑問と言うより詰問に、彼が応える回に
なりそうね。おいおい触れていきましょう」

桂「お姉ちゃんが全て承知で微笑みを浮べられる、その平静な心の強さがわたしには驚嘆
であり、救いでもあります。きっとその平静に柔らかな笑みは、全ての原因であるわたし
の罪悪感を蒸し返させない為傷つけない為で、咎人のわたしを気遣ってくれての物だか
ら」

(柚明が桂に寄り添って、胸元に首を抱き)

柚明「桂ちゃんは何も悪くないの。桂ちゃんも白花ちゃんも、禍が起きる時に起きる場に、
偶々居合わせただけ。多くの喪失を招いた禍を傷む気持は分るけど、その優しさや責任感
は尊いけど、わたしに謝る必要は何もないの。

 わたしの笑みに、愛しい桂ちゃんを哀しませたくない、傷つけたくない想いが宿るのは
勿論だけど……それだけじゃない。ご神木での主との10年も全て含めて、羽藤柚明だから。

 当時は必死で大変でも、後になれば懐かしく振り返れる事もある。特にわたしはその苛
烈な課程を経たお陰で、たいせつな人を守り抜けた。その苛烈な課程がなければ、ご神木
での主との10年がなければこの今はなかった。

 それは心の強さと言うよりも、むしろ鈍感さや、喉元過ぎればって感じに近いのかも」

桂「わたしから見ても誰から見ても、間違いなく尋常じゃないことを成し遂げているのに、
本人にその気負いや満足感が窺えないことが、驚きや奇妙を通り過ぎて日常風景です。こ
の、自負や『やってやった感』が欠片もない処に、お姉ちゃんの粘り強さの秘訣があるの
かも…。

 ところで、今回解説する柚明間章で描かれる、ご神木の中でのお姉ちゃんの真相を知っ
ているのは。柚明の章では他には、白花ちゃんとご神木の主だけ。白花ちゃんに憑いてい
た主は、柚明お姉ちゃんが退治しちゃったし。元々わたし視点を貫いたアカイイト本編で
は、封じの中について訊ねる情景もなかったから、全く描かれてなくて。お姉ちゃんルー
トを辿っても、最後までわたしも何も知らなくて」

柚明「柚明の章では他に、ノゾミちゃんが最後の夜にも居合わせていたから、白花ちゃん
に憑いた主から聞かされて、知っているわね。

 積極的に報せたい事ではないと言う以上に。報せる事で己の無様が露わになると言うよ
り。白花ちゃん桂ちゃんを傷つけ哀しませる事が怖くて、この事実だけは明かす事に躊躇
して。

 でも最後には、その綺麗な心を傷つけ哀しませる結果になって。本当にごめんなさい」

桂「お姉ちゃんが謝る中身じゃないのそれは。お姉ちゃんはわたしが訊ねれば応える準備
は出来ていたし。わたしが招いた禍で、わたしを守る為に、何の咎もない柚明お姉ちゃん
が、代りに受けた危難なのに。わたしが傷つくとか哀しむなんて、お姉ちゃんに申し訳な
くて。

 前回も心乱れて葛ちゃんのお世話になって。今回ゲストさんを最初から入れなかったの
は、お姉ちゃんよりわたしへの気遣いなのかも」

柚明「そうであってくれれば良いわね。わたしの事は己が受け止めれば済むけど、桂ちゃ
んの痛み哀しみは、わたしには耐え難いから……作者にも多少は気を遣って欲しい処ね」

桂「その辺は余り甘やかされても困るって言うか、お姉ちゃんが今迄負っていた荷の幾分
かでも、分けて負いたい羽籐桂17歳としては。これからは厳しい局面や辛い状況にも、向
き合わなければって思うの。いつ迄もお姉ちゃんだけ辛い目に遭わせてはダメ。お姉ちゃ
んの足手まといで居続ける訳には、行かないよ。余り厳しすぎると自分が耐えられるかど
うか、それはそれでお姉ちゃんに、迷惑かけちゃうかもしれなくて、ちょっと不安が残る
けど」

柚明「桂ちゃんは本当に優しく賢く向上心豊かで責任感が強いのね。でも、無理は禁物よ。

 桂ちゃんは未だ、傷み哀しみの過去を取り戻せてから、思い出せてから日が経ってない。
心の傷は完全に癒えてない。それは桂ちゃんの所為ではないし、弱さでも欠点でもないの。
無理の回避は怪我人が鍛錬を控えるのと同じ。

 心の傷は、時に何月も何年も掛けて、徐々に癒して傷口を塞いで行く物なの。特に桂ち
ゃんの心の傷は深く大きな物だから。ゆっくり治していきましょう。体が強くても弱くて
も、桂ちゃんがわたしの一番たいせつなひとである様に、どんな過去や経験を経ていても、
桂ちゃんはわたしの一番たいせつなひと…」

桂「どんなわたしでも受け止めて、無尽蔵の愛を無制限に注いでくれるお姉ちゃんに感謝
です。優しすぎるお姉ちゃんが居てくれるお陰で、つい惰弱に流されかかるわたしだけど。

 お姉ちゃんの妹として、恥ずかしくない女の子になりたい。不肖の妹だけど、これから
もいろいろ教えてください。お願いします」

柚明「喜んで。至らぬ処の多いわたしだけど、そんなわたしも桂ちゃんに役立てるなら幸
い。桂ちゃんが自ら志を抱いてくれた事も、わたしを選んで願い出てくれた事も。やっぱ
り桂ちゃんは人生に前向きで最も可愛い女の子」

桂「お姉ちゃんにそう言われると、本当にそうかもって思えてくるから、不思議です…」


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2.お話しに入るその前に

桂「っと。危うくくつろいで、うたた寝してしまう処でした。柚明お姉ちゃんに肌身添わ
せていると、心地良くて安心できるから…」

柚明「寛いで無防備な桂ちゃんも、わたしは好きよ。本当に寝付いたら、膝枕しながらわ
たし独りで解説しても良かったし……桂ちゃんの寝顔は言葉に言い表せない位可愛いの」

桂「流石にそれは拙いです。カメラの向こうのみなさんに寝顔を晒すのは恥ずかしいです。
陽子ちゃんの不意打ちは流石にないにしても。寝言で何を呟いてしまうか、分からない
し」

(桂、柚明の胸元から身を起こし向き直り)

桂「今回は、前回との間隔が9ヶ月ほどで。
 講座の間隔としてはやや短い方なのかな」

柚明「そうね。今回は長い作品を挟む事なく、短い挿話の連続の後で、柚明前章・番外編
第15話を書く前に一拍置いたという感じね」

桂「お姉ちゃんが高校1年生の頃のお話しが、というより柚明前章・番外編第14話『例
え鬼になろうとも』の事後収拾が続いていた感じだね。柚明前章・番外編第15話を描か
ないと、後日譚の第4.5話も描けないって見通しになって、暫く足踏みしていたのか
な」

柚明「それで作者にも、柚明の章の執筆の流れが見通せてきた感じね。柚明前章も残す処、
番外編が2話と挿話が1話です。終りが視えてくるというのは若干の淋しさもあるけど」

桂「作者さんは尚最後迄描ききれるかどうか、完結させられるかどうかを心配している位
だから……もう1年は掛りそうかなって見込で、当分淋しさや暇とは無縁で居続けられそ
う」

柚明「遅筆を意識する作者には、それは常時の実感らしくて。この柚明間章を描いた頃も、
当初描く予定がなかったという以上に、出来るだけ描かずに進みたかった様で。その最大
の理由は、注ぎたい内容を描ききって完結できるか否か、自信を持てなかった為だと…」

桂「作者さんが柚明前章で、番外編に繋りそうなお話しの芽を幾つも示しつつ、ほとんど
後回しにしてスルーして、柚明本章に一直線に進んで行ったのも、その不安の為だものね。

 アカイイト本編は幾つもの選択を経る中で、多くのエンディング・結末があって。それ
に作者さんも憧れを抱いていて、一本道ではないストーリー展開をしたいと願っていたけ
ど。今までの一本道の展開は、とにかく終らせる為で。終らせて余裕があれば様々な分岐
に筆を進めたいと……でもこれは当分無理だね」

柚明「同じ状況でも、誰かの判断や行動が僅かに変れば状況が変る事がある。それを全て
描きたいとの欲求は、物書きの欲なのかしら。様々な状況を進む桂ちゃんの姿は見てみた
いけど、必ずしも笑顔ばかりではないとなると、果たして望むべきか否か迷ってしまうわ
ね」

桂「それはわたしも同じです。お姉ちゃんの様々な側面を見られるなら幸いだけど。今ま
での例を見て推測すると、順風満帆な状況ばかりでないのが、目に見えてきちゃうので」

柚明「有り難う、桂ちゃんは本当に優しいのね……波瀾万丈もない平穏無事が最善だけど。
そこは作者の構想と描写に、左右されるけど。わたしは大丈夫。わたしはどんな中身や描
写を経ても、たいせつな人を守り愛する役に立てるなら、大抵の事は受け止められるから
…。

 どちらにせよ今の状況では作者も、分岐には当分手が届きそうにないわね。それより」

桂「本筋の解説に戻ります。作者さんは当初想定では、このお話は執筆する予定ではなか
ったって。さっきも軽く触れていたけど…」

柚明「そうね。作者は柚明の章を構想した時点で、柚明前章を四百字詰め原稿用紙百五十
枚で4章、柚明本章を同じく原稿用紙二百枚で4章と想定し。拾年前の夜迄を描いた柚明
前章の後は、10年飛んで、アカイイト本編をわたし視点で描く柚明本省に入る予定で……
その間の拾年を描く予定はなかったみたい」

桂「柚明前章がお姉ちゃん視点を貫き通したオリジナルで、柚明本章がオリジナルを交え
つつお姉ちゃん視点で描くアカイイト本編で。思い出せた拾年前の記憶と最近しか描かれ
ないアカイイト本編のわたしと同じ作りだね」

柚明「久遠長文も、当初はそれで足りると思っていたみたい。拾年前の夜迄を描いて、わ
たしと桂ちゃんや駐。家との繋りと、断絶の瞬間を印象づけ。アカイイト本編をわたし視
点で描けば充分って。でも、わたしは拾年記憶が途絶えず続いていたから。いきなり拾年
飛ぶと話しを描けないと、柚明本章第一章を執筆し始めてから漸く気付いて。柚明前章で
も3年位期間を離して描くと、その間にどんな事柄があったか、設定・想定しておかない
と、今を描けないって事があった様だけど」

桂「アカイイト本編のお姉ちゃんを描くには、拾年前の夜までのお姉ちゃんを描くだけで
は足りない。ご神木に宿り続けたお姉ちゃんも、描かないとってことですか。……確かに、
お姉ちゃんが羽様のお屋敷で暮らした年数より、ご神木に宿っていた年数の方が長いけれ
ど」

柚明「そうね。その間わたしの何がどの様に変り、又は変らずにあり続けたのか。そこを
設定・想定しなければ、その拾年を経たわたしを柚明本章で描く事は、到底出来ないと…。

 だから本当に最低限、作者自身の想定や設定を固める意味合いも込めて、柚明間章を」

桂「だから1章だけで、原稿用紙百六十枚っていう、中途半端な分量になっちゃったんだ。
柚明前章や柚明本章の分量をほぼ一律に揃えていた作者さんなのに、想定外だったから」

柚明「ええ。ご神木での拾年を描くなら本来、柚明前章と同じ分量が要ると作者も思いつ
つ。柚明本章を早く手掛けたい、いえ、早く完結させたくて。この時点でも完結の自信が
なかったのね。自身の力量に比して作品が長過ぎると、構想の時点から感じていた様だか
ら」

桂「長すぎるなら、無理せずに内容をそぎ落として、柚明の章の全体分量を短くするとか、
全体の完結を気にせずのんびり書き綴るとか、他にも取り得る方法はあったと思うけど…
…そこは作者さんの好みだしね。その結果が」

作者メモ「本作・柚明間章となりました。柚明前章と柚明本章の何れでもなく、双方の間
の話しという事で、この命名になっています。広い意味ではアカイイトの前日譚です。表
題『柚明からユメイへ』も、当初想定してなかったので、捻りの利いた物になっていませ
ん。

 話しの内容も、柚明がご神木を出られないので、舞台設定はご神木で不動。登場人物も、
記憶を失った桂も死亡した正樹も、行方不明の白花も登場できない。ご神木を訪れる者は
殆どおらず、柚明の友や恋人も登場できない。

 これで果たして、一定の分量のお話しを描ききれるのか、書く前から不安で一杯で、終
らせられた時は、心からほっとしました…」

柚明「逆に言えばここ迄制約が強く、起伏や話題や登場人物を見つけがたい状況で、良く
これだけの長さを持つ話しを描けたとも…」

桂「確かにそうだね。お話しを書く側としては、お姉ちゃんを動かしたくても動かせない。
舞台設定を変えられないのはきついね。その上誰かに逢わせたくても逢わせられない、訪
れないから登場できない。お姉ちゃんもアカイイト本編や柚明本章で初めて現身を取れる
設定だから、お話しを紡ぐ糸がない様な感じ。

 それでも描いて描けた作者さんは、本当にアカイイト本編や柚明お姉ちゃんを好いてい
たんだね……描写や内容の凄惨さ苛烈さに目が行っていたけど、それだけじゃない様です。

 柚明本章のお姉ちゃんを成り立たせるに不可欠な部分だから。描く方も大変だったと思
うけど、わたしもしっかり読み込まないと」


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3.オリジナル登場人物は影を潜めます

柚明「冒頭はわたしの自己紹介から。わたしが主人公であり、わたしの話しを今迄書き綴
ってきたにも関らず、全て承知前提の読者皆さんに、わたしの履歴を敢て披露するのは」

桂「お姉ちゃんの人としての履歴が、過去のものだと示す意図ですって、作者メモです」

柚明「この作品は、わたしが肉の体・人の身を喪ってご神木に宿った後、伝奇や戦いに比
重がある話しだから。柚明の章オリジナルの登場人物は、敢て出してないと聞いているわ。

 それ迄のわたしの日常を彩ってきた、多くの人達を敢て登場させない事で、それ迄のわ
たしの人生・柚明前章との断絶を示す。サクヤさんや叔母さんや主の様な、アカイイト本
編に関りのある者しか出さない。山奥のご神木を常の人が敢て訪ねる事は少ないという事
情もあるけど。それを利用しつつ、オリジナルよりアカイイト本編への繋りを重視して」

桂「そう言えば柚明本章でも、お姉ちゃん視点の独白や回想でも、柚明前章に出てきたオ
リジナルの人は、一度も名前も出なかったね。

 柚明本章第四章で、暗闇の繭に落ち込んだわたしを諦めなかったその背景に。柚明前章
全体ではむしろ扱う文章量の少なかった杏子ちゃんのエピソードを用いていたけど、柚明
前章から読み進めた人は『あーそうそう』って得心が行ったけど。明示はなかった筈で」

柚明「アカイイト本編のみを見て、柚明前章を経ずに柚明本章に入った人にも、引っ掛り
なく読み進んで貰える様に、柚明本章中にはアカイイト本編に登場しないオリジナルの人
物は登場させない。回想にも名前も出さない。その意図は当初構想だったけど。追加挿入
のこのお話しも、それに準じると考えたのね」

桂「作者さんからメモが来ています」 

作者メモ「二次創作で常に注意していたのは、オリジナルな展開や因縁・登場人物の本筋
への介入度合です。魅力的で強力な人や鬼・神や魔を敵味方に登場させ、昔からの複雑な
因縁を拵えて、話しを盛り上げるのは良いけど。副作用として、本編の登場人物の影が薄
まる。

 敢て二次創作する以上、本筋を追うだけでは面白みが薄いけど、本筋から離れすぎると、
『これって一体何の話しだっけ?』となってしまう。例えば、鬼や鬼切り役と互角以上に
戦える魅力的な強者を続々出すと、本編ヒロイン達の希少性、凄さが希釈されてしまう」

桂「確かに。オリジナル登場人物を大量に出していた他の人の二次創作では、オリジナル
の女の子達が活躍する一方で、烏月さんや葛ちゃんの影が薄い気がしました。悪意はない
と思うけど。それは別の面白さもあるけど」

柚明「誰かの活躍を強調すれば、他の人の影が薄くなる。それは世の必然で、柚明の章で
も作者が振り返って、反省している程に根深く難しい事ね。注目する様に描ける人物の数
は、ある程度限られるから。その上でオリジナル登場人物を加えるのは、難しいのかも」

作者メモ「柚明前章では、アカイイト本編の二次創作・番外編である事を意識して『お話
しを盛り上げすぎない』事にも留意しました。原作世界観への配慮・敬意と言って良いで
す。

 例えば鬼切り役に匹敵する強者が、身近にご町内に多数いる様では、鬼切り役に希少価
値も有り難みもない。続々登場させては拙い。千年万年の因縁が、桂の周囲で数年の間に
次々噴出するとか、確率的にあり得ない。適正な相場やバランス、雑魚や世の通常があっ
て、それを突き抜けた物が漸く凄いと認識される。

 なので、柚明前章ではオリジナル登場人物も過去の因縁もお話しの展開も、アカイイト
本編に及ばない様に敢て抑え、抑えた中で緊張感を導く様に努めています。柚明が長く向
き合った羽藤と鴨川の因縁も、戦後の農地改革を経ての物で、遡っても源流は江戸時代で。
迫られる戦いの多くは人の範疇で、武力で切り開く展開のみならず、智恵や誠意で解決し
た事もあり。稀に鬼が登場しても、アカイイト本編の白花やノゾミ・ミカゲ程強力な鬼は
出さない。主などは伝説扱いです。不二夏美の様に、柚明が解決できずに終る案件もある。

 何れもアカイイト本編より盛り上げてしまわない様に、だからアカイイト本編では思い
切り盛り上がれる様に。主やノゾミ・ミカゲ、観月や鬼切部や若杉と羽藤との千年の因縁
も、柚明前章の様々な盛り上がりや因縁の深さや戦いの熾烈さが、アカイイト本編に及ば
ないからこそ、柚明本章で満度に輝ける訳です」

桂「言われてみるとそうだけど……思い入れ過ぎというか、創作の手を自ら縛りすぎとい
うか、そこ迄徹底しなくてもって言う気も」

柚明「久遠長文は、その縛りを半ば楽しみつつ描いているの。アカイイト本編の世界観を
保ちつつ、自身の解析や読解も含め、読者の目から鱗を落す様な展開や描写をしたいって。
それは彼のアカイイト本編への思い入れ、桂ちゃんやわたしへの思い入れの現れなのよ」

桂「それも読んでいて分るには分るんだけど……でも作者さんの思い入れは、必ずしもお
姉ちゃんの扱いの丁重さに結びついてないし。柚明前章で描かれた、お姉ちゃんが直面し
た様々な危険や因縁や困難が、アカイイト本編のそれには及ばないにしても。かなり苛烈
で危険な、心や身を削る様な展開が多いから」

柚明「そうね。作者の様にわたしを強味も弱味も表も裏も、徹底的に描くとなると、順調
な場面ばかりでは済まされない。困難や危難に直面して、漸く描ける絆や強さもあるから。
アカイイト本編ほど盛り上げないように、創作の手を自ら縛っても。結果盛り上がりを欠
いて面白みを失っては、作者が読みたい話しにならず、描いた彼が納得できない筈だから。

 小学生や中学生や高校生のわたしが、未熟でも、直面した困難や危難にどの様に向き合
うのか。危難や困難の度合は低くても、わたしが未熟だから状況は相応に緊迫する。それ
を丁寧に描いて一定の盛り上がりを示しつつ、その成功や失敗も描く事で、アカイイト本
編や柚明本章のユメイを読者に展望させる…」

桂「アカイイト本編のわたしは、烏月さんやお姉ちゃんやサクヤさんの助けを得られるか
ら、かなりの困難や危難にも向き合えたけど。

 柚明前章のお姉ちゃんは、多くの場面で助けを得られずに、独りで多数に向き合ったり。
助け守らなきゃならない人を抱えていたりで。却ってわたしの時より困難度合は高いと思
う。

 柚明前章のお姉ちゃんは修練途上で、強さも不安定だし、体つきも今より華奢で。その
上お姉ちゃんは、敵も傷つけない様に気遣う。その優しさが後で敵との和解にも繋る辺り
は、唯の甘さで済まさない柚明の章らしさかも」

柚明「人の世で起こる事柄は、鬼の事案と違って切り捨てて終りとは、中々行かないから。
その後処理まで展望するなら、敵対した人とも和解する方が望ましいのは、世の真理ね」

桂「和風伝奇アクションのアカイイト本編からは微妙に外れるけど、そこが柚明の章の良
さでもあると思います。柚明お姉ちゃんの綺麗さ優しさ甘さに、敵対した人達が感化され
絆され許されて行く展開も、わたしは好き…。

 その甘さ優しさも、ノゾミちゃんを迎え入れるアカイイト本編や柚明本章を展望してい
るのかな。とすれば、作者さんって計画的」


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4.お話しの冒頭は拾年前の夜の直後

桂「改めてお話し冒頭です。10年前の夜は柚明前章第四章『たいせつなひと…』終盤でも、
アカイイト本編の回想でも描いているけど」

柚明「わたしがハシラの継ぎ手となってご神木に宿る事自体が、千年以上見ても初めての、
今迄に例のない重大事件だから。それに『たいせつなひと…』では、わたしがご神木に宿
る迄は描かれていても、宿った後は描かれてない。状況が見通せる様に、一連の動きは改
めて描いて示すべきとの久遠長文の判断ね」

桂「ここだけは、余り読み返したくないです。わたしのやってしまった事の末だから、見
据えなければいけないとは分っていても。お姉ちゃんの悲痛は、読み進むのが辛いです
…」

柚明「大丈夫よ、桂ちゃん。わたしの傷み哀しみは、わたしが幾らでも耐えられる。わた
しは唯、桂ちゃんの真の望みを叶えたいの」

桂「読みます。読むけど。わたしのやってしまった事の末は、見据えなければならないけ
ど……一緒に読み進んでもらってもいい?」

柚明「ええ。桂ちゃんがそれを、望むなら」

作者メモ「話しの動き始めは、やはり主人公である柚明視点です。竹林の姫の封じが解け、
外に出て来ようとしていた主を、その外からご神木に同化して入り込み、落ち込んできた
柚明が、封じの内側に叩き落す処からです」

柚明「わたしと主の出逢いね。わたしは竹林の姫を通じて、関知や感応で、主の存在は知
っていたけど。その表情や為人は多少見ていたけど。面と向き合うのは初めてで……主の
側もご神木を訪ねるわたしを見て、知っては居たでしょうけど、相対するのはこの時が」

桂「出逢いって言うか、いきなり敵対だよ」

柚明「そうね。主は強大な鬼神で、普通の人の血では腹の足しにもならないから、濃い贄
の血は求め欲する処だったし。千年前には竹林の姫を求め、鬼切部や観月の長達とも戦っ
ていたから。わたしも主は、桂ちゃんや白花ちゃんの贄の血を欲するに違いないと思って
いたし。この時は正にその通りだったから」

作者メモ「主にとって、特別気を使うべき者以外は全て、無造作に気分次第で食い散らし
て構わない。己を千年槐に封じた贄の血筋で、面識もない白花や桂や柚明は、この時点で
は、食べて下さいと置かれたお供えの様な存在で。千年まともに食を得てなかった主は、
軽い空腹感を満たす為に躊躇なく殺めたでしょう」

桂「10年槐に宿って、主といろいろやり取りして、心通じ合わせるに至った柚明本章のお
姉ちゃんと主の関係とは、違うってこと?」

柚明「ええ。人も鬼も神も魔も、出逢うだけではなく関り続ける事で、その間柄は変って
行くの。叔母さんとサクヤさんが敵対関係から親友になれた様に、桂ちゃんとノゾミちゃ
んが深い絆を結べた様に。わたしもご神木の外で主と対していれば、最初に瞬殺されて終
っていた。わたしが生命や想いを拾年間繋ぎ続けられたのは、主を外界に出さず戦い続け
ていられたのは、この拾年の末に桂ちゃんの役に立てたのは、ご神木に宿っていたお陰」

桂「どんな事態にも前向きでいられる処がお姉ちゃんの凄さだとは、分っていたけど…」

作者メモ「正に主が出て来ようとしていた、ギリギリのタイミングで、封じられました」

柚明「そうね。そしてわたしがご神木に宿る事で、封じの綻びは急速に縮小し自動的に修
復され。封じに継ぎ手が現れる事は、主も想定外だったのね。封じは大抵破ってしまうと
お終いで、処置なく後は封じた者が漏れ出るだけだから。元通りにするには、まず漏れ出
た物を掴まえる処から始り、再び封じなければならない。前もって封じの継ぎ手を、有資
格者を鍛錬して用意しておく事も難しいし…。

 わたしがその場でハシラの継ぎ手になれたのは、天の配剤とも言うべき幸運だったわ」

桂「必ずしも幸運とは言えない気もするけど……その資格を満たしてなかったら、お姉ち
ゃんは封じの要を担う必要はなかった訳だし。わたしの所為で、拾年間誰からも忘れられ
た山奥で、鬼神と独りで戦い続ける必要も…」

柚明「いいえ。それはわたしの幸運よ、桂ちゃん。わたしはこの手で、あなた達を守る事
ができたから。例えその効果が限定的で、桂ちゃんの傷み哀しみを全て拭うに足りなかっ
たとしても、最悪の結末を防ぐ役には立てた。あの夜に全てを喪うよりは、主にたいせつ
な人を全て喰い殺される末路よりは遙かにまし。

 わたしは、たいせつな人を守り助ける為にこの生命を繰り越してきた。使うべき時に生
命を使い、目的を叶えられた事は幸いだった。振り返ると柚明前章の始めからずっと、わ
たしは誰かに尽くす為に己を鍛えてきたのかも。

 勿論生きてたいせつな人に役立てる事が最高だけど、いつ迄も守り助け続けられる事が
最良だけど。限りある人の身で全てを望む事は難しい。この生命を注いでも絶対届かせら
れない筈の何かに、この生命を引替にして届かせられるなら、それは最高の費用対効果…。

 後日譚第4話でも触れているけど、わたしはこの夜の決断を悔いてないし、何度あの状
況に立ち戻っても同じ決断をする。今後も必要に迫られれば同様に。こうして最愛の人と
共に日々の安穏を享受できている今は余録で、わたしが望んだ幸せではあっても、求めた
幸せではないの。わたしが求めた幸せは、たいせつな人と共に過ごす幸せではなく、たい
せつな人の日々を支え守る役に立てる幸せよ…。

 だからこの夜の運の巡りも。この夜に封じの継ぎ手を担う為に己を鍛えてきた様な柚明
前章の日々も。わたしには最高の巡り合わせ。ギリギリ届かせられたとの実感は、半生か
けて届かせられたとの実感なの。封じを担った直後はわたしも覚悟不足で心が乱れたけ
ど」

桂「柚明お姉ちゃん……そんなこと、そんなこと……哀しすぎるよぉ……言わないでっ」

柚明「桂ちゃんごめんなさい。ちょっと己の想いに流されすぎていたわ。桂ちゃんはその
拾年の間、幼い頃から多感な思春期に至る迄、ずっと傷みや哀しみに耐え続けていたのよ
ね。それを助け励ます事もできないで、抱き留めて話しを聞く事もできないで。力及ばな
かったわたしは、その傷み哀しみを止められなかったのに。それに許しを請う事が最初な
のに。

 一番たいせつな人の心を汲み取れないで。
 桂ちゃん、改めて本当にごめんなさい…」

桂「ちがうよ、違うの。わたしは羽藤桂が辛く哀しかったと訴えたい訳じゃないの。お姉
ちゃんがわたしの全ての傷み哀しみを、拭えなかったと責めている訳じゃない。わたしは、
わたしの所為で陥ったその酷い状況で、一番感謝しなければならないわたしに忘れ去られ、
それで尚幸せって微笑んで語るお姉ちゃんが。尊く優しく強く綺麗で哀しすぎて。愛しい
人にそこまでさせてしまった事が申し訳なくて。

 それでお姉ちゃんが求めた幸せが、余りにささやかすぎて……もう耐えられないよ!」

(桂が柚明の胸元に迎えられて頬を埋める)

桂「これからは、わたしが柚明お姉ちゃんの幸せを満たす。お姉ちゃんが一番幸せになる
様に生きる。お姉ちゃんの望みを満たす為なら何でもする。今迄の傷み哀しみの全部を償
って余る程尽くすから。微笑んで欲しいから。

 だからもう、わたしの傷み哀しみに心傷めるのは止めて! わたしの傷み哀しみなんて、
お姉ちゃんの万分の一にもならないんだから。お姉ちゃんには、お姉ちゃんが背負ってき
た自身の傷み哀しみがあるでしょう? お姉ちゃんに守られて、軽く小さく済んだわたし
の傷み哀しみに、心揺らされないで。もっとこれまでのお姉ちゃん自身の傷心を癒し
て!」

作者メモ「2人の姿勢は柚明に抱かれた桂で、どう見ても桂が柚明に泣き縋る絵図です
が」

柚明「蛇足ですよ、その描写は。桂ちゃんが強く尊い想いを必死に訴えているの。暫くは、
一番たいせつなひとの想いを受け止める事に、わたしも専念したい。少しの間失礼しま
す」

(暫くの間、柚明が桂を抱き留め頬合わせ)

柚明「桂ちゃん、有り難う。その強い想いは何より嬉しい。そしてごめんなさい、そこ迄
わたしがあなたを心配させていた事が、本当に申し訳ない。わたしの所為で心を傷めて」

桂「そうじゃないのっ。わたしは、お姉ちゃんがわたしの所為でわたしの為にしたことで、
わたしに謝ることはもう要らないのって…」

柚明「わたしは、あなたに謝りたいの。それが自己満足に近い行いと分っていても、あな
たにお礼と謝りを伝えたいのはわたしの想い。桂ちゃんの報いは今後も求めはしない。桂
ちゃんがいてくれた事がわたしの救いだったの。

 わたしの目の前に生れてくれた事が、わたしの人生に彩りを与えてくれた。それがわた
しの生涯の感謝に値する事で。僅かでも涙流させてしまった事は、生涯わたしの痛恨なの。

 だから感謝と謝罪は永久に尽きる事がない。わたしは相当我が侭な女かも知れないわ
ね」

桂「お姉ちゃんが、我が侭なんて、そんな」

柚明「我が侭でなければ頑固かしら。羽藤の血筋は頑固の血筋って、これはサクヤさんや
叔母さんの言葉だったけど……わたしも多分。

 わたしは、桂ちゃんにいつも満面の笑みで居て欲しかった。それを助け支え見守る事が
幸せだった。だからその為に己が受ける傷や苦痛は耐えられる。仮にその原因があなたに
あっても、わたしには迷いも躊躇いも悔いもない。だから桂ちゃんがわたしの傷み哀しみ
に心を傷めて謝る必要はないの。むしろわたしの傷み哀しみで、あなたの心を傷めたなら、
悟られた己の未熟があなたに申し訳なくて…。

 そして同時に、わたしの一番たいせつな人の傷み哀しみに、この心が傷むのは止めよう
がないの。いつも笑っていて欲しい愛しい人が傷み哀しみ苦しむ様に、心動かさずにいて
と願われても、これだけは応える事が難しい。

 でも、それが桂ちゃんの願いなら、わたしは叶う限り露わにしない様に努めるわ。その
代り桂ちゃんはその傷み哀しみに、隠し事は要らないの。わたしが全て受け止める。叶う
限り拭い去るわ。この身と心を尽くして…」

桂「ずるい、ずるいよ。わたしにお姉ちゃんを心配しないでって言って。お姉ちゃんがわ
たしの心配を止めないんじゃ、一方通行だよ。柚明前章番外編第4話で、和泉さんがお姉
ちゃんに言っていたよ。友達関係に一方通行はないって。わたし達は血を分け合った仲な
のに……わたし、もう幼いけいちゃんじゃない。お姉ちゃんは優しく賢く綺麗で強い人だ
けど、心配だけされて、わたしの心配は要らないって言われても、納得できない。わたし
もお姉ちゃんを心配したい、想いたい、愛したい」

柚明「……桂ちゃん……」

桂「お願い、わたしにもお姉ちゃんを心配させて。無茶や無謀はしないから。わたしもた
いせつな人を心配し、想い、愛したいの…」

(柚明は言葉で応えず桂を肌身に抱き留め。
 桂も暫く言葉を発さず抱擁に想いを注ぐ)


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5.独自追加設定『虚像世界』他について@

柚明「では、改めて解説を再開します。未だ冒頭で、わたしが封じを担い始めた辺りから、
お話しが動いていませんけど。まずはご神木の中で主と対面した時の『周囲』の状況、実
際は存在しない『想いの織り成す虚像世界』について、です。……桂ちゃん、大丈夫?」

桂「うん、だいじょうぶ。ここからが、わたし視点のアカイイト本編では一度も触れられ
なかった、お姉ちゃんが宿ったご神木の封じの内側、作者さんが推察で描いた部分だね」

柚明「ええ。久遠長文も、封じの内側をどの様に描こうか、細部に向き合ったのは、柚明
間章の執筆に際してで。アカイイト本編でもそれ以外の各種情報・ファンブックや小説版
『絆の記憶』でも言及はなく。2ちゃんねるのスレッドでさえ、推論も殆ど出てなくて」

作者メモ「執筆に際して選択肢は、大まかに2つありました。一つ目は、主に人格を持た
せず、柚明が1人で無為に耐え続けるという設定です。主は役行者と観月の長の連合軍に
倒された千年前に、その人格も喪われており。竹林の姫も柚明も死した主の妄執を虚空へ
還すのみで、対話も敵対も応酬も存在しえない、とする物です。これで行けば、封じの中
でも主と柚明がまともに向き合う事はなく、柚明間章や柚明本章の様な苛烈な描写はなか
った。

 但しこの設定では、主の復活もあり得なく、ノゾミやミカゲの暗躍の背景が消失し、桂
とノゾミの因縁も、結果2人の共生の可能性も消失します。アカイイト本編の前提が崩壊
します。更に言えば、主が完全復活するアカイイト本編サクヤルートもあり得なくなりま
す。

 倒すべき敵もいない無為の月日に面し、耐え凌ぐ柚明も、描いてみたいと思いましたが。
話し相手さえも居ない歳月を描く厳しさ辛さ以上に。アカイイト本編に準拠したい久遠長
文は、この案を採用できませんでした……」

桂「だからお姉ちゃんがご神木の中で、封じられた主に封じた側として対峙する二つ目の
選択肢、柚明間章の展開に繋った訳ですか」

柚明「ええ。二つ目の選択の付属分岐として、主は人格を持っていても、霊体同士は干渉
し合えないと追加設定しようか、と久遠長文も考えた様だけど。そうすれば、封じの中で
もわたしと主の直接対峙は、なかったけど…」

桂「流石にそれは無理だね。霊体同士が不干渉だったら、柚明お姉ちゃんはノゾミちゃん
やミカゲちゃんと戦うことも妨げることも出来なくて、アカイイト本編が成り立たない」

柚明「そうね。霊体が、自分以外の何者にも、他の霊にも妨げられないとすれば、その場
は取り繕えるけど、全体を見ると矛盾が生じる。

 更にその付属分岐で『竹林の姫も柚明も封じの外から封じを保っているだけで、封じそ
の物ではないから、主は手を出せない』との設定も考えたけど。久遠長文は最終的にその
案を却下して、桂ちゃんも読んだ柚明間章や柚明本章の内容を選びました。その理由は」

作者メモ「アカイイト本編で千年前、竹林の姫が封じの要を担った事情は『人柱がなくて
は主の妄執が槐の封じを破ってしまう』からで、槐の封じだけでは力不足なのは確かです。

 アカイイトにおける鬼神の封は。堅固な封じの外側で、柚明や竹林の姫が左うちわで暇
を過ごし、主は手も出せない気楽な状況ではなく。いつ破られるか分らない、蹴破られそ
うな扉を、他の重しと一緒になって辛うじて抑える感じで。主の蠢きは、封じの要にガン
ガン響き、体中に叩き付ける感触が妥当だと。

 竹林の姫や柚明が担う封じの要は、『鍵の掛った扉に外から貼った封じの札の様な物で、
主は触る事も出来ない』との設定は。封じの要の無用を示し、アカイイト本編の設定を崩
壊させます。槐の封じでは足りないから封じの要が求められた。安穏なお役目の筈がない。

 竹林の姫や柚明は正に槐の封じと同化して、扉や鍵穴の一部になり補完して鬼神を封じ
た。なら主の妄執は、槐の封じを破ろうとするのと同様に、竹林の姫や柚明に叩き付ける
べき。あの描写を積極的に選ぶ積りはなかったわたしも、結論としてそうせざるを得なか
った」

桂「考えていけば、これしかなかったってことなんだね。納得は行かないけど、得心は出
来ないけど……他に示せる選択肢がないです。

 せめて、主がもう少し優しく紳士的な神様だったら。お姉ちゃんを丁重に扱う人だった
ら……千年の間竹林の姫様とご神木に一緒して、絆されて温厚に大人しくなっていたとか、
追加設定できれば……でもそれだと、10年前の夜に出てきた主の片割れの分霊が、あんな
酷い鬼になることが説明できなくなっちゃう。

 ううっ、考えても良い案が出て来ないよ」

柚明「心配してくれて有り難う……大丈夫よ、桂ちゃん。もう全て過ぎ去った事なのだか
ら。

 それに、桂ちゃんのその案は、柚明本章の中で意外と生かされているわ。主は柚明本章
を通じてわたしと敵対関係だったけど、それを承知で主とわたしは、互いを大切に想い合
う仲にもなれた。それはわたしが槐に宿った拾年だけで成し遂げた功績ではなく、主は無
自覚な侭、千年の間、先代オハシラ様である竹林の姫に絆され続けていて。桂ちゃんが言
った通り、徐々に優しくなってきていたの」

桂「うっ……そういえば、そうだね。最後迄主は苛烈で凶暴な鬼神だったけど、でも柚明
本章の最後では、敵のままで良い関係……最高の好敵手みたいな感じに、なっていたよね。
しかも敵対関係のままで愛し合うって言うか、百合のアカイイトで触れて好いのか微妙な
処迄、遠慮なく踏み込んで踏み潰す位の中身」

柚明「そうね。これも『男イラネ』という一部の百合好きな人には、受け容れ難いのかも
知れないけど。竹林の姫が主を嫌わなかった気持も今なら分るし、わたしも主を嫌っては
いない。鬼神の後妻という称号も、悪くないわね。でも、羽藤柚明の一番たいせつな人は、
いつも桂ちゃんと白花ちゃん。これはどんな変転を経ても、今も変ってないしこれからも。
そこはアカイイト本編に従って不動の軸です。

 そして『主が竹林の姫に絆され、わたしとの拾年を経て、想いを交わし合える迄至る』
という、柚明間章や柚明本章の描写・内容が、桂ちゃんの要望に久遠長文が寄り添えたギ
リギリだった。敵対関係、千年の因縁、贄と鬼神……どう考えてもこれ以上は望めない辺
り。ご神木の主が、わたしと悪くない関係に至ったり、竹林の姫を愛していた事に気付い
たり。唯虐げられる関係ではなく、唯踏み躙られる仲ではなく、唯暴虐に拉ぐのみではな
いと…。

 それは、アカイイト本編のノゾミルートで、桂ちゃんがノゾミちゃんと心通じ合えた事
を、前提に参考にして、ラスボスである主とさえ和解出来ると踏み込んだ、必要な条件を
満たしつつも、とてつもなく大きな飛躍だった」

桂「飛躍な事は分ります。読み進んでいけば、鬼神と人の絶望的な力の開きの中で、その
隔りを徐々に埋めて行くお姉ちゃんのへこたれ無さというか平常心の強さ、戦う強さより
生き続ける強さが印象に残って。本当の絶望じゃないからこそ、逆に更にそこから辛く苦
しい心境にも落されるけど。お姉ちゃんに塞ぎ込んでの終りは絶対ないから、わたしも何
とか希望を持ってお話しを読み進めた。お姉ちゃんのその粘り強さが、主との関係の飛躍
に繋って、更にこの今へと繋げられたんだね」

作者メモ「それは正にその通りなのですが……でも、その飛躍を導くには課程が不可欠で。
双方最初から仲良しになれる程、甘い過去ではないです。ノゾミを桂が迎え入れるノゾミ
ルート結末の前提に、拾年前の夜がある様に。

 柚明本章末尾の柚明と主の関係、決して悪くはない敵対関係と想い合う仲を築く前提に、
柚明が独りご神木に宿って、主の猛威に耐えて抗い、封じを保ち続けたこの拾年がなくば。
逆に現実感が希薄になって……桂とノゾミが結んだ絆の現実感をも、崩しかねない……」

柚明「辛く厳しい状況でも、意思を喪わない限り、何とか出来る場合もある。必ず何でも
叶うとは限らないけど、わたしの場合は、幸い主にも一定の想いが届いて響き合え、紆余
曲折の末に、桂ちゃんと向き合える今がある。それは嘆き悔いる中身ではなく、受け容れ
て微笑む事の出来る中身だと、わたしは思う」

作者メモ「多くの喪失や悲哀を経て尚、守り抜けた幸せを噛み締めて微笑む事が叶う……
その強さを描きたくて始めた柚明の章です」

桂「それを描く為の、当初の全く分り合えない状況からの始りを描く為の、柚明間章なん
だね。何度読み返しても過酷で心震えるけど、これがなければお姉ちゃんが、その過酷な
定めを乗り越える過程も描けないから……アカイイト本編や柚明本章に繋れないから、描
く他に術がなかったのだと、頭では分ります」

柚明「わたしがもう少し強く賢ければ、展開も違ったかも知れないけど、これがわたしの
到達点。これ以上は望めなかった。桂ちゃんの心を傷めた事には、本当にごめんなさい」

桂「もう、わたしに謝る必要なんてないのに……でも、こうして肌身を重ね想いや言葉を
交わし合える今が幸せなので、柔らかなお姉ちゃんの感触は心地良いので、これはこれで。

 解説は余り進んでない様な気もするけど」

柚明「わたし達2人だけだと、やっぱり脱線して話しが遅滞するみたいね。でもそれは作
者もある程度想定済みだと思うから、見苦しくない位に収めて、話しを進めましょう…」


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6.独自追加設定『虚像世界』他についてA

柚明「お話しを読み進めます。わたしが入り込んだご神木の内側の虚像世界について…」

桂「はい。作者さんは、アカイイト本編で描かれなかった封じの内側・柚明間章の舞台を、
推察で描く他に方法がなかったんだったね」

作者メモ「想いが織り成す虚像世界は、夢の世界をイメージしています。夢は通常、見た
当人だけの物ですが、感応や関知で相手の見た物聞いた物を知覚する事が出来、相手に自
身の見た物聞いた物を知覚させる事が出来る『術者』の柚明は、共に夢を見る事・夢の共
有が叶います。これは主も竹林の姫も同じく。

 ご神木の定めを課せられた槐も、封じられた主も封じの要も、一つの体を共有しつつも、
その故に肉体的な自由が全くなくて、現実に関る事・影響を及ぼす事が叶わない。夢を見
ている時の動かない肉体に近い。虚像世界は、肉の体が自由にならない者達の、意識・心
で成り立つという点で、正に夢の共有です…」

桂「共有って、結構難しいよね……チャンネル権争いみたいな事は、生じないのかな?」

柚明「その存在や想いの強さで主導権を握れる様だけど、想いには無意識も含まれるから、
意識した自身の望む侭には中々ならない様ね。ご神木も人や鬼とは違う形でも気配がある
し。主は鬼神だから人であるわたしを消し飛ばす程の巨大な存在感があって。自身の夢で
さえ、無意識の働き等があって思う侭にはならない。

 わたしの思う侭になる事なんて、殆どないけど。自身の周囲位なら、自身の纏う衣や手
を伸ばす先辺りなら、自在に出来る事もある。それも主の様な存在が妨げてくると霧散し
て、この体も容易く打ち砕かれてしまうけど、その辺りは存在や想いの強さが影響するの
ね」

桂「何でも出来る可能性はあるけど、実際は何とか出来る範囲は非常に狭く、主の様な強
い者が妨げれば何も出来なくなる。夢の世界を描いた割には、身も蓋もない様な感じ…」

柚明「己のみの夢ではないから、仕方ないわ。株式会社も学校生活も、独りではなくみん
なで行う事に、自分の満度の自由は得られない。主の様に、ガキ大将の様に、手の付けら
れない程強い存在は、何でも叶う様に見えるけど。実は主でさえ自身の無意識は制御しき
れてないから、完全に主の想いの侭でもないの…」

桂「想いの織り成す虚像世界ってことは、嘘をつく想いや隠し事したい想いも、それなり
に反映するってことだものね。それに2つの相反する想いを抱いてしまうこともあるし」

作者メモ「虚像世界の形状は、槐のご神木の中なので円柱状にしました。外との境界の茶
色は木の幹の色です。床を乳白色にしたのは、槐の白い花から。オハシラ様なので青も候
補でしたが、封じの中では存在から見て主の影響が最も強大な筈なので、青より中立的な
白にしました。白無垢のイメージもあります」

桂「大きさが直径五十メートル程。小さな運動場くらいだね。中では色々動き回れるけど、
障害物がある訳でもないので、逃げ回ることは出来ないくらいの広さです。高さは遙か上
まで続いていて見通せない様だけど、登る手段も伝もないので、実質逃げ場はないです」

柚明「封じの中では距離に余り意味はないの。全て見せかけなのだから。わたしも主も逃
げる事が出来ない以上、一瞬一瞬身を躱す事が出来る位で、手を伸ばせば届く感覚です
…」

桂「他に何もないのは、オハシラ様なりたてのお姉ちゃんと言うより、主の意向なの? 
前のオハシラ様も、お布団や調理器具や衣服や遊び物や、何も残してなかった様だけど」

柚明「そうね。千年居ても、主は特に何も創り出す必要も感じなかった様で。その肉体と
身に纏う衣位ね。竹林の姫はこの時点で還った後だったけど。それ以前からわたし達がお
祀りで捧げた物を多少中に取り込んだり、見よう見まねで中で再現したり、していた様ね。

 唯、鬼神に較べれば竹林の姫もわたしも余りにちっぽけな存在だから。何かを創りだし
ても長く保ち続ける事が難しいの。虚像世界の中とはいえ、いえ、逆にそれ故に何もない
『無』の状態から始るから。天地創造の真似事をする訳で、結構な労力が掛るから。主が
維持に協力してくれれば、それなりに長続きして品数も増えたかも知れないけど。竹林の
姫も余り物に拘る人では、なかったみたい」

桂「お姉ちゃんが10年宿っても、お姉ちゃん自身の着物位だったものね……主は物に拘
るどころか、破壊の神様みたいな感じだし」

柚明「多少の物なら、馴れれば長く保つのは難しいけど、無から創り出せる。でも現実世
界と違って想いだけの存在には、『生きて行く為に必要な物』って基本的にはないから」

桂「道具や機械が要らない生活だね。でもそれって、やっぱり人の生活じゃないと思う…
…わたしがサクヤさんと一緒にご神木に宿るエンドも、アカイイト本編にはあったけど…
…こうしてたいせつな人と人の世界で一緒に暮らす方がわたしは好き。お料理やお掃除や
お洗濯やお裁縫や、色々教えてもらいながら物に関わり物に支えられて生きて行く方が」

柚明「道具や機械が要らないだけではなくて、神や鬼は基本的に眠る必要もないの。肉の
体を喪った存在は、日光に当たると掻き消されるから、何かに宿るなどして逃げ込む必要
があるけど、活動は低下しても眠る必要はない。

 人から成った鬼は、人だった頃の習慣が根付いていて、惰性で食欲や睡眠欲を錯覚する
けど、歳月を経ると薄まる様ね。鬼に馴染んでいく感じかしら。食欲も、人の食を意識す
るのは新米で、徐々に血に潜む『力』の充足に惹かれる様になる。元々人でなかったサク
ヤさんは、逆に人に馴染んできた感じだけど。

 元々血の力で自身に疲労回復や活性化を掛けられるわたしは、長い睡眠を欲してなくて。
ご神木に宿る直前は4時間程の睡眠が常だったけど。ご神木に宿って以降、睡眠を知らな
い主の相手を強いられて。馴れてしまって」

桂「考えてみれば、青珠から日中色々語りかけてくるノゾミちゃんが、夜は夜で色々語り
かけてきて。わたしが寝付いた後も、ご近所を飛び回ったり、猫達とお話しもしたりして。
いつ寝ているのかなって思う事もあったけど。漸く分かりました。ほとんど寝てないん
だ」

柚明「きっとそうね。良月に封じられていた頃は、手持ち無沙汰で眠った様な日々もあっ
た様だけど。桂ちゃんが寝静まった後の話し相手を、わたしが務める事もあったわね…」

作者メモ「虚像世界では槐の意向は殆ど描かれません。殆どの生命は、生きる事自体が目
的なので、それが脅かされない限り粛々とあり続けるだけです。封じその物とも言えます。

 だから封じが危うくなると、生命の維持が危うくなると、自動的に遠慮なく行動に移り
ます。柚明本章でご神木の主を封じる『力』を柚明が戦いに流用した後では、疲弊した柚
明から心・想いを吸い上げていました。この時槐は実は主からも力を吸い上げていますが、
主にとってその程度は微々たる物で、しかも強大さの故に簡単に吸い上げられてくれない。

 槐は主を封じる役を一体としてこなしている柚明の方が繋りが強いので、柚明から吸い
上げる方が手っ取り早いとなる。柚明が流用して始った話しなので自業自得と言えますが。
この様に、槐は特に語らず事前の警告もなく、相手を慮る事も斟酌も躊躇いもなく必要な
事を遂行します。機械や、何かの法則や反応に近い感じです。敢て擬人化はしませんでし
た。ご神木にいるのは主と柚明だけで充分、他に色々増えてきては、隔絶感が薄まります
ので。

 虚像世界では、向き合ったり戦ったり話したりする柚明と主ですが。実際には主は槐に
封じられた存在で、外界と接する事は出来ず。一方で柚明や槐は封じその物なので、封じ
の内側で主と接する事が出来る一方、外界と接する事も可能です。そうでなければ、アカ
イイト本編に柚明が顕る事が出来ないですし」

桂「そうそう! 主は封じられているから内側だけど。お姉ちゃんやご神木は封じた側で、
内側と外側を両方兼ねているんだったよね」

柚明「ええ。ご神木は封じを保ちつつ、樹木としての生命を望むだけで、内側にも外側に
も関心がなかったけど。わたしは人だった頃の錯覚を引きずっているし、意志も手放して
ないから、時折外に気を惹かれて。それでも、柚明本章で桂ちゃんが危うくなる迄は、ご
神木の外に出る事も、考えつけなかったわね」

桂「わたしや白花お兄ちゃんが、あの夏ご神木に近付いたことが、お姉ちゃんの意識を外
に向けさせて、それが今を導いているなら……それはわたしにとってうれしい誤算です」


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7.絶望、心壊れかけてからの蘇生

桂「解説を再開します……虚像世界や鬼の話題で、解説が随分立ち止まっちゃった感じだ
けど。この辺りが未設定だったから、作者さんも柚明本章の執筆が進まなかったんだね」

柚明「正確には、書き始めてから少し経って漸く気付いて、執筆が進まなくて後戻りして、
設定しつつ柚明間章を描いたと言う感じね」

桂「舞台は尚10年前の夜、お姉ちゃんがご神木に宿って間もない頃。柚明前章第四章『た
いせつなひと…』の終盤で描いた辺りです」

柚明「わたしが叔父さんに刃で貫いて貰って、生命力を低下させてご神木への同化を進め
た。でも、ミカゲの邪視から醒めた直後の白花ちゃんは、目の前でわたしが切られる様を
見て、怒りに我を忘れて鬼を呼び寄せてしまって」

作者メモ「主が取り憑いた白花に腹を貫かれた正樹は、瀕死の深傷を負ってまもなく死亡。
白花は主の分霊に体を乗っ取られた侭逃走し、真弓はそれを追う事が出来ず。桂は衝撃に
幼い心を砕かれ昏倒し、全てを忘れ去る事に…。

 普通の人なら、ご神木間近で起きた事以外、その先行きは見通せない。でも関知の力を
持つ柚明には、病院に運ばれた後の正樹の死も、白花が主に体奪われた侭行方不明になる
事も、桂が心の傷に耐えかねて全てを忘れ去る事も、その桂が過去に向き合わされる羽様
の屋敷では生活できず、真弓と転居する事も、悟れてしまう。主はそれを分って、柚明が
悲嘆の淵に自ら堕ちて行くのを、敢て妨げず傍観し」

桂「ううっ。お姉ちゃん、かわいそう……」

柚明「結局、わたしは運命を決し変え得る分岐点には、居なかった。わたしに勇者の素養
はなかったと、久遠長文も見ていた様だけど。その分岐点にいたのは、拾年前もこの夏も
白花ちゃんと桂ちゃん、贄の血の陰陽だった」

作者メモ「柚明本章に入ってから、主要な登場人物の持つ星・定めについて若干触れてい
ますが、柚明のそれは『必ず間に合い耐え凌ぐ』であり、『決定力を欠き、何かを得るに
は代償を伴う(全ては得られない)』でした。劣勢を持ち堪える事に描けては極限の粘り
を発揮する一方で、決めるべき時に自力で全てを終らせる事が難しい。相手の自滅だった
り実質的な幕引きだったり、本当に息の根を止める展開が少ない。それは柚明の甘さ優し
さ以上に、その性向に反するという裏設定です。

 そしてその規定を無理に越えようとすると、大きな反動を受ける。柚明本章第四章の最
後、主の分霊を自力で滅ぼした時の様に、です」

柚明「わたしに戦いの素養がないと、叔母さんが告げてくれたその真意は、この辺にあっ
たのかも。鬼神の蘇りを防ぐのに、わたしは封じの要を継ぐという代償を差し出したけど。
それで終る様な甘い為替ではなかったのね」

桂「見ているだけで何も出来ず、心に負荷を受けて行くお姉ちゃんが、可哀想で見ていら
れないよ……身を捧げるまで頑張ったのにその報いがこれだなんて、余りに酷すぎる…」

作者メモ「この辺りは桂も柚明も触れるのが辛い箇所です。柚明が身を捧げて守ろうとし
た羽藤の家の幸せが、柚明の行いを最後の一撃として崩れ去る。柚明が正樹に己を切らせ
た事が、白花に鬼を取り付かせ、何もかもを喪わせる。一家は傷つき息絶え又は四散して、
支え合う事も慰め合う事も、叶わなくなって。

 住む者を失った羽藤の家は、雑草に包まれ。笑い声を失った羽様の屋敷を、歳月だけが
無情に過ぎ行く。それを槐に宿った柚明は見届ける他に術がなく。二度目の絶望と喪失で
す。柚明前章第1章で家族全てを喪った時と同じ、今回の柚明は己自身も家族全ても喪っ
て…」

柚明「わたしは、結局たいせつな人の幸せを守りきれなかった。その傷み哀しみを防げな
かった。守り通すという決意を裏切る形に」

桂「裏切ってなんかいない! お姉ちゃんはこの夏も10年前のあの夜も、最善以上をして
くれた。あの結果になったのは、あの展開になったのは、わたしが良月の封じを解いちゃ
ったからで、お姉ちゃんのせいじゃないよ」

作者メモ「外界との関りが薄れ、ご神木を離れられない柚明の関知には限界があり、羽様
を離れた後の桂や真弓、白花の状況は殆ど視る事が出来ず。全てと隔絶され忘れ去られた
柚明は、ご神木での歳月を迎えます。主との日々、主の猛威に向き合う日々を傷心の侭」

桂「後日譚第0話でわたしが訊ねた処……お姉ちゃんはこの時まで色々な危難に遭っても、
女の子を守り通せていたけど、でもこの夜」

柚明「哀しませてごめんなさい、桂ちゃん…。

 封じの要に純潔の素養は課されてないけど、鬼神に操を捧げた形になったわね。わたし
は己の操については、絶対守り通すって言う程の決意もなく、たいせつに想った人に相応
の時に捧げられれば、位に思っていたのだけど。正にこの夜の為に守り通していた様な結
末に。

 尤も後日譚第0話でお話しした様に、ご神木に宿ったわたしは肉の体を喪っていたから、
主との男女の交わりも錯覚の上で、想いの存在として為した事で……この夏肉の体を戻し
た時は、ご神木に宿る前の身を復元したから、肉体的には26歳で未体験となるけど……逆
に心で交わったのかと問われれば、そうなるわ。

 それで桂ちゃんに色々心配を掛け、哀しませ心傷めた事には、謝っても謝りきれない」

桂「謝らなくていいの! わたしの所為でわたしの為に受けた傷を、わたしに謝っちゃ…。

 わたしはお姉ちゃんを責めたりしないから。
 これからは、ずっと償い尽くし愛するから。
 これ以上わたしの為に心を傷めるのはっ」

柚明「桂ちゃんはわたしの一番たいせつな人。あなたの傷み哀しみは、大小に関らず浅い
深いに関らず、背景事情に関らず、全てわたしの傷み哀しみなの。それは己の傷み哀しみ
よりも遙かに重く辛く、最優先に向き合いたい。

 わたしはあなたをいつも全力で愛したい」

桂「愛される事は嬉しいけど、本当にありがたいけど。心地良くて心寛ぐけど。でも…」

作者メモ「百合のお話しのアカイイトで、メインヒロインである柚明が、男性である鬼神
と男女の交わりを為す。百合好きの読者から見放されるかもと言う怖れ以上に、自分の中
でそこまで踏み込んで良いのか、アカイイト本編を心底好いたわたしも、懊悩しましたが。

 千年贄の血筋に封じられた、元々容赦ない鬼神である主と。贄の血筋に生れ、封じの継
ぎ手を担い、白花と桂の為に絶対主を解き放てない柚明。2人の立場と、絶望的な力量の
開き、双方の性格・性分、逃げ場も妨げる者もない槐の中という状況設定。どう考えても、
この展開を辿る以外にないと考え至りました。

 ファンブックの座談会を、柚明が主に恋心や情を抱いたとの内容を。2ちゃんねるのア
カイイトスレで盛大に叩いて、なかった事にしようと狂奔した人達もいましたが。あの程
度の事柄は、柚明にも主にも最重要ではなく、『あってもおかしくないし、なくても奇妙
ではない世の諸々』でしかない。柚明の懸念は、男女の交わりや情の有無ではなく、桂や
白花が抱く柚明への心配や不安・傷心の方です」

柚明「主にとっては、わたしは敵であり餌であり、八つ当たりにも最適な同居人だったの。

 主自身自覚ない侭に抱いていた竹林の姫への好意を、千年受け容れてきた2人の聖域を、
主の意志を受けたノゾミやミカゲに崩された。主の意志が、主の大切な姫を殺めてしまっ
た。憤怒を叩き付ける相手はその後任しか居ない。わたしを滅ぼせば主は自由を得られる
のだし。初対面のわたしに、遠慮や優しさを見せる事情も主にはない。なら鬼神は心の赴
く侭に」

作者メモ「戦闘であり捕食であり欲情であり、嗜虐であり神罰であり八つ当たりでもあり
…。

 柚明は心砕かれる寸前迄追い込まれます。
 数時間で正真正銘、正気を失う瀬戸際迄」

柚明「生きる希望だった羽藤の家の幸せを、たいせつな人の日々を己の行いが打ち砕いた。
その結果に悲嘆して我を失った後に、自身が主に犯される。それも人だった頃にはあり得
ない、何度も生命奪われる程苛烈な所作が」

桂「……お姉ちゃん……柚明お姉ちゃん…」

作者メモ「槐の外なら、主に瞬殺されて終っていた。でも封じの内側では柚明は槐の生命
力を注ぎ込まれ、時間は掛っても死に絶えず、何度でも復元してしまう。そして復元すれ
ば主の嗜虐は止む事なく続き、苦悶は永遠に終らない。誰かの役に立っている自覚があれ
ば、柚明も受け止められたかも知れないけど。その身を捧げた結果が羽藤の家の崩壊では、
柚明は本当に何の為に生きているのか分らない心理状態で、死んだ方がマシな虐待を受け
る。

 心が死んだ後で体を壊され続け、それがいつ迄も終らない。処女を喪った恥辱や喪失感
など、後で気付かされる程凄惨な地獄です」

柚明「正直この時は心が壊れそうだったけど、本当はこの時もう心は壊れていたのかも知
れないけど……この時はご神木から力が供給され続け。滅びずにいられたお陰で、今があ
る。主に勝つ事など不可能だから、ご神木の中という条件で主と千日手を戦い続けられた
のは、わたしには奇跡だった。この時から拾年の間、為される侭で逃げる事も叶わなかっ
たけど」

作者メモ「柚明はアカイイト本編でも柚明前章でも、どんなに厳しい状況でも悲哀や痛手
の中でも、絶対に我を失わず望みを抱き続ける『心の強さ』を持っています。その強さは、
多少の危難や悲哀では揺るがせる事も出来ないので、描き出せない。ギリギリを極めねば。

 ある作家が語っていた事ですが。忠誠心を描くには、勝利や昇進などの順調な状況を描
くだけでは足りない。順風満帆な君主に従うのは、忠誠心のない部下も出来る。蹉跌し惨
敗し、他の部下が次々脱落し寝返っていく中でも、最後迄主君に従い続け、孤軍奮闘して
志の折れない姿を描いてこそ、本当の忠誠心だと。太平記における楠正成の様な存在です。

 柚明前章の最初に、心折れそうな悲嘆を経験せねばならなかった様に。柚明本章を迎え
る前に、人を喪った柚明は一度それに匹敵する、否それ以上の悲嘆を経なければならない。

 それは単に肉の体を喪うだけではなく、槐にその存在を縛られ人の世と断絶されるだけ
ではなく。たいせつな人に自身の存在を忘れ去られるだけでもなく、その操を喪うだけで
もなく。この世における希望を全て喪う程の、生きて行く意味を喪う程の。文字通り心が
壊れる寸前迄追い詰められ、逃げた方が良いだろうかと、死んで終りにした方が良いだろ
うかと、これ以上あり続ける事が地獄だと、死ぬ事が救いで生きる事が凄惨だと思える程
に。

 そして最後は主が途を示します。主には逃げる選択は存在しないけど、封じた側である
柚明には槐を抜け出て消失するという途があると。死が救いになるのなら自身で選べと」

桂「いいよ……お姉ちゃんには、希望を抱いて生きて欲しいけど。この地獄がずっと続く
なら、何年も何拾年も何百年も続くなら……そんなに迄して尚生きてとは願えない。アカ
イイト本編や柚明本章に繋らなくなっても良いです。今のわたしが消えてなくなっても良
いから。これでも尚柚明お姉ちゃんに頑張ってとは……わたしからはとても言えないよ」

柚明「有り難う、桂ちゃん。辛い思いをさせてしまってごめんなさい。わたしの一番見苦
しい処を見せて、優しい心を傷めてしまって。でも、桂ちゃんも既に読んで分っている通
り、わたしは消えて楽になる選択はしない。それはこの時一度だけの物ではなく。何度こ
の夜に立ち戻っても、この後で同じ様な、或いはもっと厳しい状況が巡っても。わたしは
たいせつな人の為に己が為せる事を躊躇わない」

桂「主が……鬼神が、お姉ちゃんの気迫に僅かでも気圧された気持が分ります。わたしが
対したなら立ってられない程の烈々たる覚悟……守って役立って褒められたり、返礼に愛
されることなんて考えてない。誰に憶えられなくても忘れ去られても良いと、望んで捨石
になる程の、生命がけを越えた、生命を差し出しての、死を差し出しての凄まじい気迫…。

 愛が、嫉妬でも憎悪でもなく唯まっすぐに、ここ迄強靱に輝くことが出来るなんて凄
い」

柚明「人の身で全てを得る事は叶わないから。わたしは主に自身の余生も操も傷み苦しみ
も未来永劫捧げる事で、逆に主を己に縫い止め。絶対逃がさないと。最後は、逃げたくな
るかも知れない自身も絶対逃がさないと。己に鬼となれて初めて、鬼神の気迫に対抗しう
る…。

 この時は、拾年後に生きて肉の体を戻せるなんて思ってなかったから、人の世とも桂ち
ゃんとも断絶されて、再び巡り逢う事も叶わないと思っていたと言う事もあるけど。何か
を諦めなければ何かに届かせられぬ事もある。強く願えば全て叶う程、世の中は都合良く
できてない。わたしは己の最善を尽くすのみ」

作者メモ「主はこの時、初めて柚明を踏み潰す有象無象・唯の餌ではなく、1人の敵・意
思を持った話せる存在として認識しました」


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8.柚明の我が侭・吸血が伏線に

桂「この時から、暫く柚明お姉ちゃんは素肌です……。文字の上では、懇ろに触れ合う場
面もないから、色っぽさは余り感じないけど。マンガやアニメになったたら、大変かも
…」

柚明「そうね。錯覚の世界でのお話しだけど、ノゾミちゃんの様に霊体でも衣服を纏う事
が多いから。実際は、ノゾミちゃんの衣もオハシラ様の蒼い衣も、『力』で織り成した物
だから、霊体が素肌で居るのに近いのだけど」

桂「そうなのですか……お姉ちゃんもノゾミちゃんも、着物を纏って見えても霊体の時は、
着物自体が『力』で霊体の一部だから、素肌で居るのと状態に余り違いはない訳ですと」

作者メモ「柚明が人だった頃と訣別する為に、衣を放棄したとしていますが、話しの展開
では、この後柚明がオハシラ様の衣を纏うので、その前に現代の装いを剥ぐ必要がありま
した。

 オハシラ様の衣は、一体誰が創始したのか。アカイイト本編でもファンブックでも小説
版・絆の記憶でも触れられていません。2ちゃんねるでも、誰も推察を述べてない。そこ
でわたしが独自追加設定せざるを得ない訳です。

 アオイシロのナミの鮮やかな衣は、意外にも和尚の作でした。あの和尚にその様な趣向
があるなら、主がそうであっておかしくない。竹林の姫は最後迄、蝶を飛ばす程度で現身
で顕る事はありませんでした。彼女の衣はアカイイト本編サクヤルートにおける過去回想
の姿だったと推察され、オハシラ様の衣と違います。現代を生きていた柚明が、あの巫女
服とも異なる蒼い衣を発想したとも考えにくい。槐が人の衣を考えつく筈がなく。役行者
や観月の長や鬼切部が、あの衣を竹林の姫に着せた描写もない。他に封じに関る者は主だ
け」

桂「根拠は弱いけど、消去法で行くと姫様か主に落ち着くってこと? 姫様じゃなければ、
主かなって。確かに言われればそうだけど」

柚明「主がわたしを唯虐げる贄ではなく、対等な敵手だと、竹林の姫に次ぐ鬼神の後妻だ
と認めた。その証に下された物と描いたの」

桂「わたしのお姉ちゃんは、主の後妻になんかなってません! 一時的に封じの要として
ご神木にいただけです。あのオハシラ様の青い衣は、鮮やかに綺麗でお姉ちゃんを彩るか
ら良いけど。お姉ちゃんは主には渡さないし渡してないし、結婚式があれば乱入します」

柚明「有り難う、桂ちゃんにそう言って貰えると嬉しいわ。そして大丈夫。力づくで奪わ
れた事はあったけど、わたしが望んで身も心も捧げたい相手は、一番たいせつな人・桂ち
ゃんと白花ちゃんよ。そう望んでくれるなら、わたしはいつ迄もあなたの物で居続ける
わ」

桂「そ、それはその、わたしも嬉しいけど」

作者メモ「少し話しが飛びましたね。その前にサクヤの来訪で、柚明は羽藤の家の顛末を
確かめるのですが……この辺りは柚明前章第四章『たいせつなひと…』末尾と重なります。

 柚明が封じの要として永劫あり続ける事を、承知して受け容れ始めた頃ですね、未だ
…」

桂「作者的には、ご神木を訪れる人がほとんど居なくて、話しを動かしづらいって事情と。
柚明の章オリジナルの人達は出さない縛りで、お姉ちゃんと対面できる人がいなくて、こ
うでもしないと話しが持たないって処でしょ」

柚明「そういう面もあるけど……それ以上に、わたしが決意を固める迄にそこそこの文章
量を使ったけど、実は数日しか経ってないと示す為に。未来永劫封じを担う決意はしたけ
ど、千年どころか一年だって遙か遠く。わたしの封じの要としての前途を、遠望させる為
でも。

 決意はしたけど未だ数日数週。月や年や拾年百年、本当にやっていけるのか、大変だね
と読者皆さんに感じさせる為に。敢て既出の、それ程日数の経ってないサクヤさんの来訪
を、作中の中盤に差し込んだの。未だこの位ですよって、歩き始めてすぐの新米ですよっ
て」

作者メモ「ここは意図を伏せすぎて……そう伝える積りだったと明かさなければ、誰にも
伝わってないかも知れません。反省点です」

桂「柚明前章第四章冒頭の、サクヤさんとの睦み合いの中での吸血が、ここの伏線になっ
ていたとは……姫様とはほとんど意志を繋げなかったサクヤさんだけど、お姉ちゃんとは
ご神木に触れる事で、心通じ合えるんだね」

柚明「夢に出てきた人と語らう位の確かさね。サクヤさんは感応の素養が低いから、わた
しの血を多少得ても、全て視えて聞える感じにはならないの。それは却ってわたしには有
り難かった。封じの中の実情を報せてしまえば、サクヤさんを長く哀しませるだけだから
…」

桂「感度低く、伝えたい要点だけは何とか伝えられるこの状態が、最良だった訳ですか」

柚明「そうね……でもこの曖昧な感度は、桂ちゃんが経観塚を訪れたこの夏に、ちょっと
困った事になって。わたしの抱いた危機感が、通常の懸念と混在して旨く伝わらなかった
り。想いは伝えられるけど、細かな指示を伝える事が難しいの。竹林の姫も苦労したのね
…」

桂「サクヤさんが帰った後の、お姉ちゃんの主との語らいが、何か凄い事になっています。
お姉ちゃん、主の触れられたくない処をズバズバ言い当てて。勘気に触れても苦しむだけ
で死ぬ事はないって見切って、遠慮なさ過ぎ。なんて言うか、ボクサーがノーガードで打
ち合っている様な、主をたじろがせているよ」

柚明「主も人が苦しみ続けるには、頭を壊さない方が有効と分っていて。でもわたしは頭
が働く限り考え続け喋り続けるから。力づくで来れば叶わないけど、わたしの思索は終ら
ない。寵愛した竹林の姫は主も虐げてなくて。虐げた相手は一瞬で霧散していた主は、心
が折れないわたしに気味悪さも抱いたみたい」

桂「わたしが主だったら震え上がると思う」

作者メモ「そして柚明は余る程出来た時間を、目の前の主と自身の前任・竹林の姫の関係
の思索に使います。主という存在を知りたくて、竹林の姫を知りたくて。平静に自然にそ
れを為す柚明に、主は畏怖したかも知れません」


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9.主と竹林の姫の関りについて

桂「ここからはお姉ちゃんが、主と竹林の姫の真の関係を読み解いていきます。わたし達
がアカイイト本編を読んで知っている伝承は。主は竹林の姫の贄の血を欲し。まつろわぬ
神である主に強大な力を与える贄の血を渡せば、大変な事になると。最初は鬼切部が戦い
敗れ、役行者と観月の長達の連合軍が主を倒し……敗れても収まらない主の妄執の封じに
ご神木を植えたけど。それだけでは保たないと人柱が求められて、竹林の姫がそれを担っ
たと」

柚明「概ねの事実展開は間違いないの。でも、柚明の章ではその背景を別の見方から眺め
て、主の真意も竹林の姫の真意も違っていたと」

桂「まず主が竹林の姫を求めた真意から違うよね。アカイイト本編では明示されてなくて、
伝説を残した人も聞いた人もみんな、竹林の姫が濃い贄の血の持ち主だから、主がまつろ
わぬ鬼神だから、姫の贄の血を欲したに違いないと、喰い殺すに違いないと思いこんで」

柚明「勘違いだけど、主の心証は最悪だから。荒くれ者は誤解を受け易い。思い込みは良
くないけど、人は経験の上に生きる者だから」

作者メモ「柚明前章第三章『別れの秋・訣れの冬』前半で、柚明がご神木に感応して視た
内容は、アカイイト本編サクヤルートの過去回想及び葛ルートで郷土資料館に残されてい
た伝承と多くの部分で重複しますが、それを土台にして裏に別の見方を潜ませています」

桂「元々竹林の姫が濃い贄の血とその美貌で、世の多数から求愛を受けていて。既に競合
相手を蹴落す為の騒擾が酷く。それは姫が誰かを選んでも選ばなくても止めようがなく。
元から困っていた……主はその騒擾を見かねて、強大な鬼神の元に来れば、騒ぎは収まる
って。それは主の姫様への好意だった。同じ封じの要でも、お姉ちゃんとは出発点が全然
違う」

柚明「でも、周囲は竹林の姫以外誰もその真意を解せられず、主に姫の血を・生命を渡し
ては、主の横暴を制する事が出来なくなると。主対それ以外全部という対決構図が出来
て」

作者メモ「柚明前章第三章『別れの秋、訣れの冬』前半、柚明が槐に感応して視た千年前
の、役行者達と戦った際の主の言葉です…」

『お前達は、今更わたしが手を出さねば、全て丸く収まるとでも思っているのか。わたし
が手を出す迄の喧噪と騒擾を思い出してみろ。お前達はその時一体どこで何をしていたの
だ。最早竹林の姫は、今迄通りの姫ではおられぬ。

 誰の物にならずとも、誰の物になろうとも、姫を狙う者・姫を欲する者の蠢きは終らな
い。最早隠れた姫ではない。最早狭間を揺らぐ事も許されぬ。わたしの手を拒んで、お前
達はその娘を再びあの騒擾の中に戻すというか』

桂「もしかして、姫様がご神木に宿る事は役行者や観月の長達が主に勝つ前に、戦う前に
決まっていたの? 彼らは、姫様の為に……姫様を守る為に戦った訳ではなかったの?」

柚明「彼らは竹林の姫を主に渡さない為に戦ったけど……それは姫の為とは直接繋らない。
サクヤさんだけは、竹林の姫の幸せを、姫との未来を望んでいたけど……未だ幼くて…」

作者メモ「主が勝てば姫は主に喰い殺される。役行者や観月の長達が勝てば姫は今迄の自
由や幸せを保てる……と思っていたのは、サクヤと読者(過去を視ている桂も含む)だけ
で。姫自身もその先に幸せや自由などないと、見通していた。それ迄の日々が既に自由や
幸せではなく、姫を巡る騒擾だった。なら主が倒れてもそこに戻るだけ。静謐で安穏な日
々を奪ったのは主ではないから、主を倒しても取り戻せない。そして人々の騒擾こそ、姫
の家族親類や近隣の村人に、禍を及ぼしかねない。

 姫は封じの要を拒んでも、人の世間から退場せざるを得なかった。静謐も安穏も得られ
はしない。本当に姫を想う者は実は主であり。姫を守る者達の行いは姫と主を隔る為であ
り。姫の幸せや自由を守る為に戦った訳ではない。

 姫の憂いとは、姫が主に従えなかったのは、主が周囲の懸念や疑惑を斟酌もせず、泥沼
の戦いも拒まない不器用さに。それは主に安息をもたらさないと、姫の存在が主に戦いの
連鎖を招きかねないと、案じての事であって…。

 だから姫は封じられた主に寄り添う途を選んだ。姫も主を嫌ってなかった。でも姫には
周囲に主の真意を伝えて納得させる術もなく。主を止める事も出来なず。こうする他に
は」

桂「ううっ……姫様かわいそう……主も……行き違いと不器用さがこんな結末を招くなん
て……これじゃ主も悪人とは言えないよ……でも鬼切部や役行者も一生懸命だったし……
周りのみんながもう少し分り合う気持を持っていれば、サクヤさんと姫様だって、こんな
別れをしなくて済んだかも知れないのに…」

柚明「定めだったのね。主は元々照日の神や朝廷を、大昔に自分達の住処から追い立てた
敵として、恨みはしないけど嫌っていたから。彼らの疑惑の払拭に務める積りもなく。元
々人が自身をどう見ているかに思い至る神ではないから。強大すぎたから他者の出方を考
える必要がなかったの。妨げに来るなら打ち倒すだけで、自身の意を妨げる者に斟酌等な
く。疑惑を拭うなんて考えが、元からなかった」

桂「悪意はないけど、悪意はないって伝える必要は感じてなかったんだね。それじゃ疑わ
れても無理ないかも。でも、人の側が、鬼切部や役行者がもう少し深く推察していれば」

作者メモ「主の悪意は誰も疑いもしなかった。照日の神や朝廷・鬼切部には、主は追い払
っても強大な敵だったし、恨まれていると思っていた。観月の長や役行者は敵ではないけ
ど、両者の背景は承知です。悪意がないと示すのは主の方であって、実際主に敵意はあっ
た」

柚明「後は竹林の姫に、唯1人主の真意を察せられた彼女に、周囲を納得させる力量があ
ればと言う処だけど……結果は見ての通り…。

 柚明本章を経て主とは心通じ合わせたけど。それでもわたしは主を解き放てない。主を
抑える事が出来ないから。鬼切部や世間に彼の安全や善意に、納得を貰える自信がないか
ら。主は悪意も敵意もなくても人の世に重大な影響を及ぼす。その事に彼が無自覚過ぎる
の」

桂「こうなると、姫様がご神木に宿って、主との日々を望んだ気持が分る。封じの中なら、
主と姫様が幾ら愛し合っても誰も妨げないし、妨げられない。でもその結果サクヤさん
は」

柚明「そう。竹林の姫は結局、主を選んだの。封じの為に不可欠という以上に、その意志
で主に最後迄寄り添いたいと。だからサクヤさんと一緒の時を過ごす事は、出来なくなっ
て。

 千年前オハシラ様を引き受ける時に、彼女が微笑みつつ見せた微かな憂いは。封じの要
を担う怯えや悲痛ではなく、サクヤさんの想いに応えられない事への申し訳なさ・愛しさ、
惜別・哀しみだったのかも知れないわね…」


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10.ハシラの継ぎ手で鬼神の後妻

桂「主も、お姉ちゃんを見直したって言うか、こんな展開になる事は想定外だった様だ
ね」

柚明「封じの中にいればこその奇跡ね。灰にされても頭を粉微塵にされても、ご神木から
生命が供給されて、自動的に己は修復される。

 主はわたしを打ち砕くのに使った力は、ご神木に吸収されて、その分還りが早くなるわ。
鬼神が人を打ち砕くのに使う力など、鬼神にとっては微々たる物で、殆ど影響ないけど」

作者メモ「主は封じの中にいるだけで徐々に力を吸収され還されますが、その動きは非常
に緩慢、と言うより主が強大すぎて長く掛る。主が封じの中で何か動けば、何か為せば、
それだけ吸収は進みますが、オハシラ様が急かせば更に吸収は進みますが、尚数世紀は掛
る。

 柚明の章の裏設定で、竹林の姫は主を封じるだけで、その力の吸収・還しは殆ど早めて
おらず、主の力は千年前よりやや低下しても、役行者や観月の長達の想定よりも強健で
す」

桂「竹林の姫は主を還す為じゃなく、主と過ごす為にオハシラ様を引き受けたのだものね、
柚明の章設定では。外に出さなくても、主を滅ぼす必要は感じない。ってことは、お姉ち
ゃんは力の衰えてない主と、向き合った?」

柚明「どちらにしても主は鬼神だから。わたしが付け入る隙なんてないわ。展開は同じよ。
でもこうして対し続ける内に、主も唯一の同居人であるわたしに興味を抱き。暇を持て余
していたのは彼も同じだから。どうすればわたしの心を折れるかを、考え探り試す様に」

桂「他者を考えず斟酌しない主が、仕方なくとはいえ他者に興味を持ち始めた。これが柚
明本章に続いていって、最後は主がお姉ちゃんを敵対しつつ愛することに繋っていく?」

柚明「そうなるとは思ってもいなかったけど。でも、桂ちゃんとノゾミちゃんの関係が転
換したきっかけも、ふとした瞬間に向き合って、お話しできたから、だったでしょう…
…?」

桂「そうでした。無理矢理吸血に来る怖い鬼だって、怯え拒んでいる時には見えなかった、
ノゾミちゃんの意外な一面が見えてきて…」

柚明「桂ちゃんの血を呑んだノゾミちゃんは、桂ちゃんの心も得たから。それがノゾミち
ゃんの優しさ甘さを呼び起こす事に繋ったの」

作者メモ「しかし、柚明は桂ほど贄の血が濃くない上に、ご神木の中なので主は柚明の血
を得てない。主はノゾミに較べて遙かに強大な存在なので、一夜で絆す事も出来はしない。
拾年掛けてあの程度が限界と言う辺りです」

柚明「充分よ。鬼神の在り方を人が変えるなんて至難の業。しかも主を一番に思わないわ
たしでは。アカイイト本編のノゾミルートで、桂ちゃんは心底ノゾミちゃんという人物を
知りたいと願い行動し、最も大切に思っていた。だからその強い想いがノゾミちゃんに届
いた。わたしは幾ら主を大切に思っても、白花ちゃん桂ちゃんよりたいせつには想えない
から」

作者メモ「主は柚明を、時間潰しの話し相手として、慰み者として、サンドバッグとして、
色々やってみようと改めて見つめ直します」

桂「それで主はお姉ちゃんに、あんな問を発した訳ですか。守りたい者が天寿を迎えた後、
どうするのかって。お姉ちゃんはわたし達を守る為にこの地獄に耐えているのに。後のこ
とを考え始めたら、数十年後にわたしが寿命で死ぬなんて考え始めたら……心が崩れるよ。
何の為に堪え忍んでいるのって。なのに…」

柚明「桂ちゃんと白花ちゃんは、わたしのたいせつな人。2人のたいせつな人も、わたし
のたいせつな人……2人がすくすくと育って、良いお嫁さんやお婿さんを見つけ、子供を
作り孫を作って、幸せを受け継いで行けるなら、それがわたしの幸せ。彼らの幸せが己の
幸せ。

 彼らが幸せの内に天寿を迎えてくれる事が、今のわたしの願い。今のわたしの望み。

 誰もわたしを知らなくて良い。誰も憶えてなくて良い。わたしは桂ちゃんと白花ちゃん
が大切な人を残せたなら、その大切な人を守る為にこの封じを支え続ける。羽藤の血筋は
贄の血の血筋。貴男には可哀相だけど、戯れに贄の血を欲する者を、自暴自棄で贄の血を
欲し喰らい殺す者を、解き放つ訳に行かない。

 わたしは桂ちゃんと白花ちゃんの数十年の為に、継ぎ手を担う。わたしは白花ちゃんと
桂ちゃんの子や孫の幸せの守りに、悠久に封じの要を務める。サクヤさんも生き残れない
かも知れぬ程遠い時の果て迄。桂ちゃんと白花ちゃんの血筋が絶えるかも知れぬ遙かな未
来迄。貴男の脅威が費えてなくなるその日迄。そしてこの魂も貴男の魂と共に静かに還
る」

桂「静かだけど怖い程の覚悟だよ。最初から帰る事を考えて封じの要を担った訳ではない
柚明お姉ちゃんだけど。主の荒れ狂う気配と対照的な、揺るがない決意が強靱で清冽で」

作者メモ「他のアカイイトの二次創作で、柚明がまともに描かれない事情が、わたしにも
分ってきました。描けません。ここ迄極限を尽くして漸く、柚明の輪郭が掴めてきたけど。

 精神的にでも見返りや報いを求める人物像を想定しては、柚明は描けない。信じ合う事
や報い合う事、愛し合う事を一度捨て、報いを欲せず求めない、無償の愛に迫らなければ。
アカイイト本編の作中では、サクヤがそれに近い感じでしょうか。他の作品では見た事の
ない人物像です。故に特に心惹かれたのかも。

 唯悲運な定めや圧倒的な力に拉ぐ人物でもない。運命を切り開く勇者の様な人物像と対
極にいるけど。受け身な印象は他者の悲嘆や苦痛を受け止め緩和し癒したい故で、全く消
極的ではない。静かに柔らかな強さ。完全に希望が絶えた状況でも、勇者にはお手上げな
地獄でも、柚明の心は絶対折れない。長久の無為に耐える強さは無類の物です。そして」

柚明「主はわたしを封じの継ぎ手・鬼神の後妻と認めたの。有象無象ではなく、宿敵の1
人と認定した。数十年でわたしが消失する心配はないと、この戦いが長久に渡ると悟って。
それで状況は変らないけど、この後も主の猛威に翻弄される事に違いはないけど。蒼い衣
を与えられたのは、強敵への敬意なのね…」

桂「当時のお姉ちゃんの詞で作者メモです」

作者メモ「過剰な期待はわたしも抱きません。貴男は鬼神で、わたしはハシラの継ぎ手に
過ぎない。貴男を封じ続ける以外何一つ己の意志等通じない事、通せない事は、分りまし
た。

 わたしはその一つを通す為だけにいる。
 わたしはその一つを通す、代償にいる。

 わたしの守りたい唯一つを、保つ為に。
 その他は諦める。何もかもは望めない。

 永遠の千日手を戦い抜こう。主の魂を抱え慰める為だけの歳月を過ごし行こう。主だけ
を同居人として、時に話し、時に抗い、時に交わる長い日々を迎えよう。わたしの心には、
失っても尚大切な人たちの想い出がある。それを胸に抱く限り、わたしは未来永劫に幸せ。

 わたしは誰かの為に役に立つと心に誓った。誰かの力になると、誰かを守れる様になる
と、誰かに尽くせる人になると。例えわたしが非力でも、幾らわたしが傷つこうとも。そ
の思いに変りはない。死んでも終りじゃない。死んでも約束は守る。死んだ人達との約束
が有効な様に、わたしの誓いも生死に関らず続く。

 サクヤさんがご神木の根元に置いてくれた白いちょうちょの髪飾りを、中に取り込んで
身に付けて、これがわたしの正装ですと主に正面から向き合って、静かにこうべを垂れる。
でもその中身はご挨拶というより宣戦布告で、

 これからはわたしが貴男の封じを担います。一緒に最期の時迄、過ごしましょう」


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11.白花の定め、鬼を宿して

桂「お姉ちゃんの未来への希望を揺さぶっても、効果がないと見た主は、お姉ちゃんのた
いせつな人への想いを揺さぶる事にしました。この辺り鬼神だけど意外と主って狡猾だ
ね」

柚明「白花ちゃんに憑いた分霊やミカゲを見ても分る通り、主は長大な年数を経た存在で、
知識も豊富で百戦錬磨なの。力押しできる相手に、細々策を講じる必要がなかっただけで。
相手の意向を汲み取らぬ性向は持っていても、己の意志を通す為に必要と感じれば、回り
道も妥協も小細工も、出来ない訳ではないの」

桂「確かに。力がそこまで強大でないミカゲちゃんや白花ちゃんに付いた主は、色々策動
していました。出たり隠れたり化けたりと」

作者メモ「ここでは主が白花と彼に憑いた分霊について語る形で、更に真弓が白花の決意
を柚明に伝える形で、柚明本章及びアカイイト本編では詳細に語られなかった、白花の状
態を読者に示しています。柚明が桂と並んで一番たいせつに想う白花の背負った定めを」

柚明「強い霊を宿すと体に重い負荷が掛るの。心と体は密接に繋っているわ。死霊や悪魔
に憑かれる話しを、桂ちゃんも聞いた事はない? 悪意のない霊体でも人に憑くと、それ
だけで衰弱させてしまう。人の体は基本的に一つの霊しか収容できない。修練を積んで力
を鍛えた人でも、それを為すのは至難なの」

桂「後日譚『人の世の毀誉褒貶』後半で、わたしが体調を崩していたのも、ノゾミちゃん
を憑かせた影響だって、言っていたものね」

柚明「ノゾミちゃんは、桂ちゃんではなく青珠に憑いたから。青珠と桂ちゃんにも強い繋
りがあるから、馴れる迄桂ちゃんにも少し影響が及んだ位。今はもう安定しているでしょ
う? でも、直接人に憑くとそうは行かない。

 霊体も在り続ける為に、本能的に依代や依巫に根を張って、想いや生命を還流させ力を
吸い上げてしまう。結果弱った人が2つの魂を背負う事になる。それはとても難しいの」

桂「主は白花ちゃんが長く生きられないって。主の魂はその辺の悪霊や死霊の比ではない
し。幼い内は成長する生命力で凌げても、どんなに頑張っても30歳は迎えられなかろうっ
て」

柚明「辛い真実ね。耳を塞ぎたくなる位に」

作者メモ「鬼に心迄喰われてしまえば、鬼になってしまえば、魂が一つになるので負荷は
消失する・鬼の長寿も得られると、主は言いますが、それは白花の人生ではありません」

桂「二つ目は、わたしもアカイイト本編の烏月さんルートで経験があります。強大な主の
分霊に体を奪われ、人の心も保てなくなるの。ボロボロ崩れる崖を落ちていく感じで、手
を伸ばしても掴んだ土ごと崩れていく感じで」

柚明「そうだったわね。桂ちゃんも白花ちゃんも、さぞ痛く苦しく辛かったでしょうに…
…最後は愛した烏月さんの刃で生命を絶たれ……わたしが力不足だった為に守りきれなく
て本当にごめんなさい。本当にわたしが…」

桂「あ、お、お姉ちゃん哀しまないで。あの時は誰にもどうしようもなかったし、わたし
は柚明本章終了後の今、こうしてお姉ちゃんと一緒だから。柚明本章は烏月さんルートの
バッドエンド『赤い維斗』を通ってないし…。

 だ、大丈夫。わたしは大丈夫だからっ!」

作者メモ「柚明は己の受難に耐性があっても、桂の受難には耐性がない様です。柚明がオ
ハシラ様を引き受けて迄守りたかった一番たいせつな人を、2人とも一挙に喪った『赤い
維斗』の結末は、柚明には痛恨の極みでしょう。

 勿論アカイイト本編に準拠する柚明の章も、柚明間章の時点では未だ赤い維斗へ進む分
岐の芽があります。色々な分岐の先を描きたいわたしとしては、気に掛る処ですがそれよ
り。

 白花の話題に移ります。柚明は主の話しの後で、訪れた真弓からも聞かされますが…」

柚明「白花ちゃんがいつ迄人の心を残せるか……。鬼の魂は常時容赦なく吹き荒ぶ。普段
何とか鬼を抑え込めたとしても、怒りや快感、悲嘆や驚きなど、心の不動で隙が生じた瞬
間、鬼は主導権を奪い取る。白花ちゃんは修練を重ねたけど。それでも僅かな隙に体を奪
われ。鬼は千羽の人を傷つけ更に無辜の人も殺傷し、白花ちゃんの居場所を奪い、絶望さ
せる様に蠢く……彼は人の世間では生きられない…」

作者メモ「主は柚明に、人の心など残さず鬼に同化した方が白花も楽だと語ります。正気
を失い鬼になるのは一つの救いかも知れぬと。

 白花の強さ優しさを信じる柚明は、彼が鬼の好きにはならないと、果敢に反駁しますが。
白花が鬼に抗い、一つの体の内で争奪を続ける事が、正に彼の生命を削ると主に告げられ、
言葉を失います。鬼に呑まれても抗っても」

桂「どっちにしても人の生は望めない……」

柚明「白花ちゃんと鬼が体を奪い合う。主導権が鬼の時は、白花ちゃんは鬼の惨劇を見る
事を強いられ。主導権が白花ちゃんの時には、常に裏返りを窺う鬼に対峙しつつ、鬼の所
作の後始末、様々な罵声を浴び、報復を受ける。鬼は心が痛まない……心が痛むのは彼だ
けよ。摩耗して心すり切れて、優しければ優しい程、強ければその限界迄白花ちゃんは耐
えに耐え、最後には。耐えきれなくて鬼になる。哀しみの果てに、己への無力感と絶望で
鬼になる…。

 せめてわたしが贄の血の力で、白花ちゃんの中の鬼だけを、灼いてあげられれば……」

作者メモ「でも追いかけて行く事も出来ない。主を封じなければならない柚明には。ご神
木を抜け出る術のない柚明にはそれは不可能」

柚明「……白花ちゃん。ごめんなさい……!

 たいせつな人の為に為す事が、たいせつな人を見捨てる事に繋る。そうと分かってもわ
たしはここを外せない。主を解き放つ訳にはいかない。それが白花ちゃんと桂ちゃんの生
命を繋ぐ為だから。鬼は正にこのわたし…」

桂「お姉ちゃん……その辺の悪魔や死霊なら、神主さんやお坊さんやエクソシストさんに
お願いする方法もあるけど、主の分霊じゃ…」

作者メモ「白花の定めも桂の定めも、柚明の手の届かない物だった。それは柚明が槐に宿
る事を選んだ為だけど……それを選ばなければ2人は拾年前の夜に息絶えていた。これは
誰にもどうにもできない宿命なのでしょう」


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12.真弓の来訪・桂と白花のその後

柚明「ごめんなさい、桂ちゃんにも読者の皆さんにも……見苦しい姿を晒してしまって」

桂「ううん。きっと読者さんも不快には思わないよ。お姉ちゃんのわたしや白花ちゃんに
抱いた愛の深さ故だって、分るもの……自身の傷み苦しみには耐えて堪えて、周りの人を
心配させない為に、微笑むこと迄出来るけど。他の誰かの、特にわたし達の傷み苦しみに
は、涙は堪えても、当人以上に心傷め哀しむことが出来る……それが柚明お姉ちゃんだか
ら」

柚明「有り難う。桂ちゃんは本当に心優しいのね……そして、ごめんなさい。哀しい過去
はわたしだけじゃないのに、桂ちゃんも白花ちゃんも自身が辛く苦しかったのに……何も
出来なかったわたしが心乱れて、恥ずかしい。しっかり自身を律する事が出来ないと、人
を守るなんて絵物語……反省と改善をしなきゃ。

 わたしは大丈夫よ、解説を続けましょう」

作者メモ「柚明が槐に宿って数ヶ月後、真弓が訪れます。心を傷めた幼子を抱える真弓は、
中々外泊出来ません。鬼切部の仕事で夜に家を外しても、朝桂の傍にいなければならない。

 だから首都圏から羽様への行程は日帰りで。引越や転居手続や職探し(千羽党や若杉へ
鬼切の下請を頼む+表の仕事である翻訳業も)が終っても、中々来られなかった。柚明に
話せる成果がなければ、来るに来られないとの心情を抜きにしても。なので真弓はこの後
も年に一度位しか柚明を訪れられません。回数で言えば、サクヤの方が少し多い感じで
す」

柚明「作中に明記はないけど、叔母さんが訪れてくれた時点は、わたしがご神木に宿って
から半年未満。拾年前の夜が夏を想定しているから、未だ秋口ね。わたしがオハシラ様を
引き継いでから、未だ年を越えてない頃よ」

桂「サクヤさんが訪れたのに、お母さんが訪れてないのは、合点がいかなかったから……
これで漸く得心が行きました。お姉ちゃんは羽藤の家族だもの。こうなってしまったから
こそ、お母さんもサクヤさんも、様子を見に行く位のことは、していて当然でしょって」

柚明「わたしは気にしていないけど、叔母さんは自身を強く責めていたから。わたしに気
遣いなんて要らないのに……来てくれた事は嬉しかった。勿論、来れなかったとしてもわ
たしの叔母さんに抱く想いは変らないけど」

作者メモ「真弓の柚明への報告は、3つです。

 戦い守るなら柚明より遙かに強かったのに、槐に身を捧ぐ柚明を見届けるしかなかった
真弓は、報告できる程の成果がなければ、合わせる顔がなかったとの告白は、真実でしょ
う。

 一つ目の報告は桂が笑みを戻せた事です」

桂「わたしのこと、だったんだね。あの直後の……お母さんの言葉で、作者メモです…」

作者メモ「桂が最近漸く笑ってくれる様になったの。笑う事も忘れ強ばった侭だった桂が。

 全てを忘れさせたら、笑う事迄忘れ去って。人生の全てを積み直さなければならなかっ
た。

 桂は結構優しく強い子でね、わたしが哀しみや痛みを隠して強気に振る舞っていると分
って、気遣って、笑顔を作る事が出来るのよ。でもそれは本物の笑顔じゃない。人を気遣
っての、哀しませない為の笑顔じゃなく、本物の笑顔で微笑んで欲しい。心底からの笑顔
で。

 最近、漸く笑ってくれるようになったの。

 まだ満面の笑みじゃないけど、それでもふふって笑いが、自然に湧いてくる様になった。
貴女が捧げた代償にしては余りに小さな成果だけど。漸く桂が自分の思いで笑える様に」

(桂も柚明も懐古にしんみりし柚明は涙を)

桂「お母さん……あ、あれ。お姉ちゃん?」

柚明「ごめんなさい。桂ちゃんが……心を取り戻して行く様が、それを見守る叔母さんの
愛が、2人共強く優しく美しく、嬉し涙が」

作者メモ「柚明は自身の悲嘆や痛みは極度迄涙を堪えますが、他人の悲嘆等に耐性は弱く、
嬉し涙には更に涙腺が緩い。一番たいせつな人の立ち直りや成長に、感極まったのかと」

柚明「桂ちゃんは幼い頃からとても賢く元気で心優しい子だった。桂ちゃんの為なら何度
でも身も心も捧げて悔いはないけど、その後桂ちゃんが育ち行く姿を見られなかった事が、
傍に寄り添い支え守る事が叶わなかった事が、わたしの最大の痛恨で……でも、桂ちゃん
はわたしの必要もなく元気に育っていてくれていた。叔母さんはしっかり育ててくれてい
た。その事が嬉しくて、有り難くて、わたし…」

桂「う、嬉し涙なら、泣かないでとは言えないけど……わたしを愛し喜んでくれる気持の
強さは胸に迫るけど。まるでわたしが柚明お姉ちゃんを泣かせている様な、罪悪感が…」

柚明「桂ちゃんは何も悪くないの。桂ちゃんはいつも賢く強く優しく可愛いわたしの一番
たいせつな人。その過去を回想すると、愛しさ懐かしさで心が震えて。ごめんなさい…」

桂「な、泣かなくて良いの……泣いても良いけど。その、この時も今もわたしは元気で大
丈夫だから。お姉ちゃんの想いを受けてこれからしっかり生きていくから。だからその」

(桂は継ぐべき言葉を失って、柚明に肌身を寄り添わせ。2人は互いを、強く抱き合う)

作者メモ「柚明と桂が暫く言葉を発せられないので、解説を進めます。真弓は柚明の生き
方を参考に、桂を守り育てる事を約束します。戦う強さでは右に出る者のない真弓も、挫
折から立ち直る強さでは、柚明を見習うべきと。

 柚明前章第三章『別れの秋、訣れの冬』終盤で真弓が述べた約束『柚明ちゃんの幸せは、
私が守ります』を守れなかった事も自責して。

『残された幸せだけでも守る。この手で守る。だから、だから許してなんて言えないけ
ど』

 真弓はこの誓約を守る為に生き、拾年後に力尽きます。桂の幸せを守りつつ、柚明のも
う一人の一番たいせつな人・白花を助けようと無理を重ね。柚明の幸せを守る為に、残さ
れた幸せだけでも守る為に。義理堅さでは真弓も人後に落ちないと言って良いでしょう」

柚明「叔母さんにはもっと生きて欲しかった……桂ちゃんの為にも、白花ちゃんの為にも。
誰にも叔母さんの代りは出来ないし、その不在は埋められない……叔父さんの時もだけど、
せめてわたしが癒しの力を及ぼせたなら…」

桂「お姉ちゃんのせいじゃないよ。お姉ちゃんは動けなかったの。遡れば全部10年前の夜
に、あの夜のわたしに行き着くんだから…」

柚明「桂ちゃんは何も悪くない。白花ちゃんも桂ちゃんも、あの夜の事には何の非も咎も
ないの。あの夜の責は幼子の傍に危険を放置した大人にある……叔母さんはその事で自身
を責めていたのね。叔母さん1人の咎ではないのに……伝奇に関る事柄は、贄の血の力の
使い手であるわたしが負うべき責なのに…」

桂「そんなことないよぉ。お姉ちゃんは…」

作者メモ「この後、真弓は柚明の境遇を思い遣りつつも、白花が千羽党中枢で彼を切る使
命を受けた筈の明良に匿われ、生きているとの情報を伝えます。真弓の柚明に報告できる
成果というのは、白花の生存だった様です」

桂「お母さんは、お兄ちゃんが生きているのを知っていたんだ……忘れてしまったわたし
には、教えることはできないものね。わたしが全部忘れてお気楽に生きているその裏側で、
お母さんもお姉ちゃんも大変だったんだ…」

柚明「桂ちゃんは何も悪くない。唯、白花ちゃんの無事はこの上なく嬉しかった。主の分
霊に体を乗っ取られ、行方知れずだったから。遠ざかりすぎて関知に何も映らなかったか
ら。あの侭なら、鬼切部の討伐対象になっていた。だから生きていてくれただけでも僥倖
なのに、人の心を残して、鬼切部に匿われていた…」

桂「お姉ちゃん……嬉し涙だって分るけど」
柚明「ごめんなさい。見苦しいわね。でも」

作者メモ「柚明の章では柚明と明良は知己であり、鬼切り役に匿われている状態は最強の
守りです。それは外敵からの守りのみならず、白花を内部から脅かす主の分霊に対して
も」

桂「お兄ちゃんは、柚明お姉ちゃんを取り返す為に鬼切りの修行を望むんだね。主を切っ
てお姉ちゃんを、ご神木の定めから解き放つ。長くはない生命を、苦しみの方が多い生命
を、更に辛い修行を重ねてそれでも……お兄ちゃんの一番の人は、お姉ちゃんだったんだ
…」

柚明「わたしはそこ迄想われる程の存在ではないわ……幼い頃、傍にいたから大きく映っ
ただけで。白花ちゃんはわたしを美化しすぎ。生命を注いでわたしを取り戻すより、残さ
れた生命で彼自身の生を、精一杯生きて欲しい。それがわたしの願いだったのだけど。で
も」

桂「お兄ちゃんの精一杯生きる事が、お姉ちゃんを取り戻す事やその為の修行だったんだ。
白花ちゃんのお姉ちゃんに抱く想いの強さが、伝わってくるよ。主に抱く憤りの強さも
…」

作者メモ「真弓が伝えた白花の決意です。

『絶対、主を許さない……。僕が、斬る!』

『だから、もう少し待っていて。助けに行くから、必ず救い出しに行くから、強くなって
絶対幸せにするから。僕がこの手で助けるから。鬼切りで、絶対鬼を切り倒すから』

『僕はもう自分に望みを抱いてない。父さんをこの手で殺め、妹を、桂を喰らおうとした
僕が、人並みの幸せは望めないと分っている。多くの幸せをこの手が砕いてきた。もう取
り返しがつかないけど……死罪になるなら構わない。生命で返せと言われたら断る積りも
ない。この身が犯した罪は大きく深い。今更生きて残ろうとか……考えてはいないよ。で
も。

 それでも、僕にはやらなきゃいけない事がある。どうしてもやらなきゃいけない事が』

 その為だけに僕は生きる事を決めた。その為だけに僕は内なる鬼と闘ってでも、人とし
てもう少しだけあり続ける事を決めた。その為だけに、唯一つ僕がやり遂げなければなら
ない最期の望みの為に。それは僕の為に何もかも捧げてくれた一番たいせつなひとの為に。

 父さんを生き返らせる事は出来ない。桂の中で忘れられた僕に、桂にしてあげられる事
はない。桂の事は母さんに任せるよ。幸せに、桂を幸せに導いてあげられるのは、母さん
だけだ。僕は、僕が出来るだけの事をするから。

『絶対助け出す。僕の為に人生を棒に振ったゆーねぇを、僕の所為で全てを失ってしまっ
たゆーねぇを、僕の全てで取り返すんだ』」

柚明+桂「白花ちゃん(お兄ちゃん)……」

作者メモ「ここで一つの定めが確定しました。白花が柚明を解き放つ為に、槐を再訪する
という定めが。その時期が桂の再訪と重なったのも、宿命なのかも知れません。主は分霊
が主を解き放つ為に槐を再訪すると予言します。

 主の分霊と白花、いずれでも柚明は彼を迎えねばならない、再会せねばならない。柚明
のオハシラ様の定めには一度揺り直しがあると見通せた辺りで、今回の解説を終ります」


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13.柚明間章を読み終えて・次回予告

作者メモ「末尾はユメイのオハシラ様としての月日の経過を示し。アカイイト本編の直前、
サクヤが真弓の死を告げに来て、嵐の兆しを感じて終りです。これで柚明前章とアカイイ
ト本編や柚明本章を繋げたと言う感じです」

桂「お姉ちゃんがオハシラ様としての決意や覚悟を固め、主がそれを受け止め、2人の仲
が安定する迄がこのお話しの主眼なんだね」

柚明「そうね。桂ちゃんが大きすぎる心の傷から立ち直り始めた事や、白花ちゃんの鬼切
りの業を学んでわたしを助けようとの決心を、わたしが知る事を通じて読者皆さんに示
す」

桂「辛く哀しいお話しだったけど、通して読むと絶望で終りじゃないのが救いです。いや、
絶望で終らせない柚明お姉ちゃんの在り方が、展開を一縷の救いに繋げているって感じ
…」

柚明「そう繋げさせてくれたのは、わたしが意思を喪わずにいられたのは。白花ちゃんと
桂ちゃんがいてくれたお陰。元々わたしが人生に再び光を見いだせたのも、白花ちゃんと
桂ちゃんが生れてくれたお陰だけど。いてくれて有り難う、生れてくれて有り難うという
想いは、わたしの心の底からの想いなのよ」

桂「そこまで想ってくれていることは、ありがたいです。わたしもお姉ちゃんがいてくれ
たお陰で今こうしていられる訳ですし、お姉ちゃんを大好きな想いは誰にも負けません」

柚明「有り難う、桂ちゃん……これで柚明前章と柚明間章の解説は終って、柚明本章の解
説に移れるわ。柚明前章も番外編や挿話はあと少しで最終話を迎えるし、順調みたいね」

桂「作者さんは柚明間章も、番外編や挿話を描く積りだって聞いたけど? 柚明前章に番
外編や挿話がある様に。既に2つ位は、番外編のお話しの筋も、概ね出来ているって…」

柚明「考えてはいる様ね。柚明前章でわたしは突然失踪したから。それ迄にわたしが絆を
繋いだ人達、真沙美さんや和泉さん、仁美さんや可南子ちゃん、南さんや美咋先輩、歌織
さんや早苗さん、博人君や杏子ちゃんが、その侭受け容れての終りはないと思ったみたい。

 彼らの動向は、柚明本章も後日譚でもこれ迄全く描かれてないから。後日譚第6.5話
では、数人登場させる積りでいる様だけど…。

 ご神木から動けないわたしをどう話しに絡ませるかが悩みみたい。白花ちゃんや桂ちゃ
んは、羽様にいないから登場できない様ね」

桂「どの様に描かれるか気に係るけど、もう少し先だね。作者さんはまず柚明前章番外編
と挿話を、終らせないと先へ進めないから」

柚明「最後になりましたが次回予告です。桂と柚明の『柚明の章講座』第7回は、柚明本
章第一章『廻り出す世界』を取り上げます」

桂「ついにアカイイト本編にも重なる処だね。

 10年ぶりに経観塚を訪れるわたしと巡り逢う人達。ノゾミちゃんミカゲちゃん、烏月さ
んに葛ちゃん、白花お兄ちゃんやサクヤさん、忘れてもとても懐かしい柚明お姉ちゃん
…」

柚明「桂ちゃんも大きくなって、賢く強く優しく健気に可愛く綺麗になって。白花ちゃん
も本当に……ごめんなさい、又涙が溢れて」

桂「アカイイト本編に準拠しつつ、わたし視点では描かれなかった箇所や展開を描く事で、
その背景や深層に迫ります。ゲストさんは引き続き、柚明お姉ちゃん以外のヒロイン4人
を招きますが、作者さんには別に考えが…」

柚明「次の解説は年明け位かしら。直近の執筆は柚明前章番外編第15話で確定なので」

桂「お姉ちゃんと鬼切部相馬党の全面対決になる予定だったよね? またお姉ちゃんが酷
い目に遭わされないか、今から心配だよ…」

(柚明が桂を抱き留めて正面から頬合わせ)

柚明「心配を掛けてごめんなさいね。でも柚明本章にわたしが登場している事で分る様に、
桂ちゃんが案じる様な事はないから大丈夫」

桂「だと、良いんだけど。そうだよね……お姉ちゃんは今ここに、確かに賢く優しく元気
で綺麗でいるしね。この今があるんだもの」

柚明「実はこの話しはわたしより、桂ちゃん白花ちゃんが大変な目に遭うと言う事なので、
わたしはその方が不安で心配なのだけど…」

桂「わたしも大丈夫っ。お姉ちゃんの前に今、わたしがこうして元気でいるんだからっ
…」

柚明「そうね。こうして一緒に解説出来るのだから……やや見苦しい箇所もありましたが、
次回も懲りずに見に来て頂けると幸いです」

桂+柚明「今日はどうもありがとうございました。次に逢える日を心待ちにしています」


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14.おまけ

桂「お姉ちゃんお疲れ様でした。今回もわたしは頼りなかったけど、それよりお姉ちゃん
が辛そうで……お姉ちゃんの涙は綺麗で吸い込まれそうだったけど……その、大丈夫?」

柚明「心配してくれて有り難う、そしてごめんなさい。自身の傷み哀しみには耐える積り
でいたけど、桂ちゃん白花ちゃんの悲嘆には心揺らされて。その結果、当の桂ちゃんを心
配させ哀しませ。わたしもまだまだ未熟ね」

桂「そんなことないよ。お姉ちゃんはわたし達をたいせつに想う気持が強いから、心が揺
れた。それは謝ることじゃない。むしろそこ迄愛し想ってくれていたことは、嬉しかった。

 お姉ちゃんの涙は綺麗で清く愛しかった」

柚明「失敗でもそう言って貰えると嬉しいわ。幼い桂ちゃんが心の傷を乗り越えて歩み始
めた姿にも感動したし、大きくなった今の桂ちゃんがわたしを案じてくれる優しさも嬉し
く。在り続けて良かったと、心から思えてくる」

桂「わたしも。わたしも、お姉ちゃんがいてくれるから、お姉ちゃんが笑ってくれるから、
何度も心救われてきた。お姉ちゃんを大好き。昔も今も、この先もずっとたいせつなひ
と」

柚明「わたしもよ、桂ちゃん。羽藤桂は羽藤柚明の一番たいせつな人。昔も今もこの先も
未来永劫、桂ちゃんと白花ちゃんが一番…」

(2人は暫く肌身を添わせ、抱き合い続け)

柚明「もう遅い頃合ね。桂ちゃんも今宵は疲れたでしょう。そろそろ休みましょうか?」

桂「うん……でね、お姉ちゃん。あのね…」

柚明「なあに、桂ちゃん?」

桂「あのね、その。わたし、お姉ちゃんに」

(柚明は微笑みの侭黙して桂の瞳を見つめ)

桂「……わたし、今夜はお姉ちゃんと一緒のお布団で、寄り添って寝たいの。いい…?」

柚明「お約束、したわよね。柚明の章後日譚第0話で、添い寝したいって桂ちゃんが申し
出てくれた時に、わたしと桂ちゃんの間で」

(桂は頷いてから柚明の双眸を見つめ返す)

桂「わたしは、夜は必ず、わたしのお部屋にお布団を敷く。そこで寝ても寝なくても…」

柚明「その代り、わたしは桂ちゃんが求めてくれた添い寝には必ず応える。望まれるなら
毎夜でも。夜更けでも夜明け前でも。桂ちゃんが望む時に来て良いし、いつ去っても構わ
ない。いつでも来て良い。わたしは拒まない。

 依存心を植え付けては良くないから、本当は大きくなった桂ちゃんに、いつ迄も添い寝
し続ける事は、余り望ましくないのだけど……桂ちゃんはお母さんを亡くして未だ日が浅
いから。人肌恋しく思うのは無理もないわ」

桂「添い寝が無くても大丈夫な夜は、お部屋に敷いたお布団で眠る。判断はわたしがする。
お姉ちゃんの添い寝を望む時は、いつでも何度でも行って好い。お姉ちゃんはどんな時も
どんな求めでも、わたしの望みを拒まない」

柚明「あなたと過ごせる時間はわたしの幸せ。
 桂ちゃんを胸に抱く時間もわたしの幸せよ。

 あなたはわたしの一番たいせつな人。身も心も全て好き。あなたの幸せを守り支える事
がわたしの幸せだから。桂ちゃんの害にならない範囲でなら、全ての求めに応えるわ……。

 だから望んでくれるなら、お部屋にお布団を敷いてから、いらっしゃい……今日の解説
は心を抉る話しだったし、そうでなくても」

桂「お、お願いします! お姉ちゃん……そういえば、ノゾミちゃんはいないみたいだね。
こう言う時は焼きもち焼いて、妨げはしなくても、一言二言は何かを言いに顕れるのに」

柚明「夜のお出かけね。最近、ご近所のネコ達が話し相手になってくれている様だから」

桂「そうなんだ……じゃ今夜は心ゆくまで肌身添わせられるね。お布団引いて来まーす」

柚明「行ってらっしゃい、気をつけてね……葛ちゃん他若杉のみなさんも、お疲れさまで
した。今宵はこれで収録を終ります。では」


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