第5回 柚明前章・第四章「たいせつなひと…」について



1.今回もまずはごあいさつから

葛「葛と尾花です、皆さんこんにちはー」
柚明「皆さんこんにちは、羽藤柚明です」
桂「皆さんこんにちは、羽藤桂です……」

(配置は画面左から桂、葛、尾花、柚明の順だが、桂が余り元気ない様子は見えて分る)

葛「桂おねーさん、余り顔色良くないですね。体調が優れないよーでしたら、今回の収録
を別の日に変えても、全然構わないですけど」

桂「う、うん……体調は、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう、葛ちゃん。ごめんね。
就任間もない鬼切りの頭と若杉財閥の総帥で、忙しい合間を縫って、折角ゲストさんとし
て来てくれたのに。満面の笑みで迎えられなくて。葛ちゃんに逢えたことは嬉しいのに
…」

柚明「桂ちゃん……大丈夫?」尾花「……」

桂「お姉ちゃんにも心配かけてごめんなさい。これは本当は、わたしじゃなくお姉ちゃん
の傷み苦しみ哀しみなのに。わたしが勝手に沈み込んで、情けない。でも、わたしもしっ
かり向き合うから。別の日に変えてもしようがないの。お姉ちゃんがオハシラ様になる展
開は、わたしが見届けないと。お願いします」

葛「今回扱う話しは、柚明前章・第四章『たいせつなひと…』です。柚明おねーさんが人
の身を喪い、ご神木に宿るオハシラ様になり。桂おねーさんは家族も幼い幸せも記憶も喪
う、極めつけの悲劇……しかもそれはアカイイト本編の原点で、変更できない。定まった
過去を見て受け止める他にない。お察しします」

桂「葛ちゃんにもごめんね。愉しくお話しできるって期待させて、沈痛な出だしになって。
でも、どうしても平常心ではいられなくて」

(柚明が桂の傍に歩み寄って、抱き留めて)

柚明「桂ちゃん、哀しませてごめんなさいね。

 自ら選んだ事の結果は受け止めているけど。桂ちゃんを守る為に僅かでも役立てた事に
は、悔いもないけど。その結果桂ちゃんに傷み哀しみや罪悪感を与えた事が、申し訳なく
て…。

 それで結局羽藤の家の幸せを守れなかった事も。あなたに記憶を鎖させてしまった事も。
オハシラ様になった所為で、その後のあなたを寄り添い支え守る事が、叶わなかった事も。

 あなたを涙させない事が、わたしの願いだったのに。幼子だったあなたに罪も責任もな
いのに。背負う必要のない重荷を長年負わせ、その強さ優しさの故に心に深い傷を刻ませ
て。

 桂ちゃんがこれ以上、過去に向き合う事を望まないなら、この講座も断る積りだったけ
ど……記憶を取り戻したからと言って、何度も振り返って傷口に触る必要はない。でも」

桂「良いの……これはわたしがお願いしたの。この機会を逃しちゃダメ。より深く柚明お
姉ちゃんを識ることが出来、より深くその想いに近付くことが出来る。その苦しみ傷み哀
しみも、わたしに抱いてくれた愛情も、わたしが知りたく望んだの。愛しい人を識りたく
て。

 それを望んで選んでおきながら、見る段になって心竦んで。自分が情けない……でも自
分で望んだ以上、やり遂げないと。わたしは大丈夫だから、お願い。一緒に見て。本当は、
独りで振り返れなきゃダメなことも、分っているんだけど。今はまだ独りじゃ心細くて」

葛「それ程辛い思いをしても、自身を過去を振り返り、正視したいのですね。桂おねーさ
んの決意も心の強さも、尋常ではないです」

柚明「正解……それが桂ちゃんの真の望みなら、わたしは全力で助け支える。わたしをそ
こ迄大事に想ってくれて有り難う、桂ちゃん。

 そして葛ちゃん。桂ちゃんや、わたし迄もたいせつに想い、心配してくれて有り難う」

(柚明は桂の身を離して、初期位置に戻り)

柚明「葛ちゃんが烏月さんに前回の解説を任せて、今回を望んだのは、桂ちゃんの哀しみ
に寄り添って、力づけたかったからでしょ? 烏月さんも大事に想う故に、進んで自身を
一番厳しく辛い回に置き。賢く心優しい子」

桂「……葛ちゃんが、わたしのために…?」
柚明「ええ.桂ちゃんを大事に想う故にね」

(桂の潤んだ瞳を前に葛は照れ隠しの苦笑)

葛「そんな邪心や算段の所在は否定しませんが、入口で砕かれました。桂おねーさんの哀
しみに添って励まし力づけ、絆繋げたかったのですけど。わたし如きの手に負えぬと思い
知らされました。その傷み哀しみに寄り添う最適の人は、間近に別に居ると言う事も…」

桂「葛ちゃんありがとう。わたしが心弱く崩れると予想していて、それでも、一番居づら
くなる回に、わざわざ来てくれたんだね。わたしは自分の哀しみしか見えてなかったのに。
葛ちゃんは本当に、賢く強く心優しいんだね。わたしを大事に想ってくれて……嬉しい
よ」

葛「たはは。間近で両手を握って、瞳を覗き込んで語られると、嬉しくも恥ずかしーです。
わたしは何も出来てないのに、感謝に値する事は為せてないのに、いーのでしょーか?」

桂「葛ちゃんの気持が嬉しいの。わたしを大事に想ってくれて、ここに来てくれたことが。
わたしも、葛ちゃんが大好き。尾花ちゃんも。強く賢く優しいわたしの、たいせつなひ
と」

(桂が葛を正面から抱き留めて頬合わせる)

葛「わたしこそ、桂おねーさんに心を蘇らせて頂きました。わたしはこの後の人生全てを
桂おねーさんに捧げて、漸く釣り合いが取れるかどうか位の、巨大な恩義を受けています。

 感謝はわたしの方がせねばならず。恩返しはわたしの方がさせて欲しい、葛の願いです。
わたしが桂おねーさんを愛し支え尽くすのは、夏の経観塚で選び取ったわたしの運命。平
均寿命迄は未だお互いに相当の歳月があるので、末永く宜しくお願いしますです。桂おね
ーさんこそ、葛のたいせつな人です。期せずして、今回の表題に辿り着いてしまいました
ね…」


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2.お話しに入るその前に

桂「お姉ちゃんとわたしの講座も5回目です。今回は葛ちゃんと尾花ちゃんをゲストに迎
え、テーブルに座布団で開始です。尾花ちゃんは無口なので、終始静かでいると思うけど
…」

柚明「皆さんと向き合あえる機会が再び巡ってきて、わたし達一同、とても嬉しいです」

葛「予告では『平成25年の秋か冬に公開』でしたけど。一応正解って感じですね。執筆開
始が11月で、掲載は年始になりそーですし」

桂「柚明前章・番外編特別編『鬼を断つ刃』執筆に時間掛っていたものね。お姉ちゃんが
首都圏で遭遇した癒しの力を持つ鬼・不二夏美さんを描き、わたしを生む前の鬼切り役だ
ったお母さんも半分主人公を務めたお話し」

柚明「久遠長文は『鬼を断つ刃』を7月に公開し終えて。その後柚明前章・番外編第15話
『相馬党との再戦(仮)』か、柚明の章・後日譚第4.5話『魔女裁判(仮)』の公表後、
本作を手掛ける見込でいたけど。『鬼を断つ刃』執筆に苦戦して。その間に執筆順も再考
して、先に本作を手掛ける事にしたみたい」

葛「どっちでもその後で本作に入ると、鬼切りの頭たるわたしは肩身狭かったです。柚明
の章では鬼切部が、柚明おねーさん達に害を為しているので、既にその状態なのですが」

桂「葛ちゃんは悪くないよ! お姉ちゃんを害したのは、末端の暴走で……どの展開でも、
葛ちゃんの生れる前だったり知らない処で起きた事だったり、葛ちゃんに罪はないものっ。
葛ちゃんはわたしやお姉ちゃんを大事に想い、守ってくれた。それはわたしも分るから
…」

柚明「桂ちゃんの言う通りです。葛ちゃんは桂ちゃんのみならず、わたし迄助け守って頂
きました。その事には深く感謝しています」

葛「お2人にそう言って頂けると、僅かでも救いです。本来はわたしも万死に値しますが、
己が死んでは鬼切部も財閥も、おねーさん達に牙剥かぬよーに統御できなくなりますので。

 わたしも鬼切部や若杉財閥を掌握し始めましたから、もう今迄のよーな暴走や勝手は生
じさせません。桂おねーさん達をしっかり支え守る様に努めますので、どーかお許しを」

桂「例え今迄に過ちがあったとしても、葛ちゃんは羽藤桂のたいせつなひと。それに今迄
のことは、葛ちゃんの意図でもなかったんだもの……お姉ちゃんに危害を及ぼした人達に
好感は持てないけど、葛ちゃんは違うよ!」

柚明「わたしも葛ちゃんに隔意はありません。桂ちゃんのたいせつな人として、わたしの
たいせつな人として。責任感の強さは尊いけど、自責の淵に嵌り込まない様に、気をつけ
て」

桂+柚明「今後もよろしく、お願いします」

葛「羽藤の血ですかね、この人を蕩かす甘さ優しさは。サクヤさんやノゾミさんが、次々
絆されて行った気持が分ります……というか、絆されて行く今が本当に心地良い……の
に」

(桂と柚明は葛の言葉の呟きを分らない様子で互いを見つめ合う。葛はそれを見て更に肩
を竦め。尾花があくびして葛に進行を促す)

葛「自身の在り方の尊さ美しさは、己には見えづらく気付きがたいのですね、皮肉な事に。
脱線はこの位にして、本筋に戻りましょー」

桂「タイトルの解説に入ります。今回は深読みの必要が余りないね。『たいせつなひと』
は、お姉ちゃんからはわたし達羽様の家族で。わたしからはお姉ちゃん含む羽藤の家族
で」

柚明「たいせつなひとの為に、と言う点では、敵方で登場したノゾミやミカゲにとっての
主もそうだし。冒頭で語られるサクヤさんにとっての笑子おばあさんや、竹林の姫もそ
う」

桂「アカイイト本編の人間関係が、半分顔を覗かせている感じだね。烏月さんや葛ちゃん
の登場はまだだけど……そしてお話し冒頭の夜に、お姉ちゃんのサクヤさんへの呼び方が、
『サクヤおばさん』から『サクヤさん』に変ります。独白では第一章の冒頭から『サクヤ
さん』だったけど、喋りの上ではこの夜に」

柚明「アカイイト本編を知っていて、柚明前章第一章冒頭からずっと違和感抱いていた人。
或いは少し深読みして、呼び名の変る瞬間を待っていた人に、回答を示す感じです。ここ
から先、中学3年1月以降、わたしのサクヤさんの呼び名は、全て『サクヤさん』です」

葛「柚明おねーさんからわたしへの呼び方が、『葛ちゃん』に時折『葛さん』が混ざる事
に、桂おねーさんは今迄気付いていましたか?」

桂「うん。第2回ゲストだったサクヤさんが教えてくれたの。人物の呼び方・呼ばれ方は、
お互いの心の距離感を示すって。葛ちゃんからの呼び方は、後日譚第0.5話迄は『オハ
シラ様』か『ユメイおねーさん』だったのが、後日譚第1.5話から『柚明おねーさん』
に変っていたね。段々近しくなって行った感じ。

 お姉ちゃんからの呼び方は、『葛ちゃん』の方が親しい感じだけど。お姉ちゃんの場合、
公式と非公式で使い分けているのかもって」

柚明「正解よ、桂ちゃん。財閥総帥や鬼切りの頭を意識してお話しする時は『葛さん』と
呼んでいるの。それ以外では『葛ちゃん』に。桂ちゃんと仲良くなってくれた大事な人だ
から、親愛を込めて『葛ちゃん』にしたいのだけど、場面によっては非礼に聞えそうで
…」

葛「わたしは全然気にしてないのですけどね。

 烏月さん達にも『葛様』迄奉る必要はないのにと、言っている位で。若杉でも配下でも
ない羽藤のお2人に、そこ迄は求めませんよ。

 柚明おねーさんの『葛ちゃん』は、桂おねーさんとも違う柔らかさ優しさが心地良いし。
また柚明おねーさんの『葛さん』も、非常に清楚に整って美しく、捨て難い感じですね」

桂「サクヤさんとかは、葛ちゃんを呼び捨てだしね。それはそれで親しみも感じるけど」

葛「歳の違いですよ。サクヤさんから見れば、わたしは全くの小娘ですし。若過ぎなの
で」

桂「葛ちゃん巧い座布団1枚」柚明「はい」

作者メモ「前にも触れましたが、柚明の前に、サクヤも含む羽藤家が全員揃うのは、柚明
前章・第三章のみです。第一章は真弓が羽藤に嫁ぐ前で、桂や白花も出生前で。第二章は
サクヤが作中に現れず。羽藤家全員が揃うのは第三章のみ。これは意図しての配置です
…」

葛「第四章でも笑子さんの没後という以上に、サクヤさんが出る場面と他の場面は別々で
す。柚明おねーさんが羽藤の家族と交わる場面に、サクヤさんは不在で。逆に冒頭と最終
段、柚明おねーさんとサクヤさんの交わりに余人は現れず。2人きりにして絆の描写を純
化して。

 それと、目の前の人を想いつつ、そこにいない人への想いを語らう姿も、印象的ですね。
柚明おねーさんがサクヤさんを想いつつ、幼い双子を最愛の人と告げる処は、こんな描き
方もあるのかと、描いた作者が驚いたとか」

柚明「これも前に触れたけど、久遠長文は人物多数を同時に描けるか、己の力量を危ぶん
でいて。人物を活写する為に登場数を絞る傾向があり。加えて『常に全員が揃っていては、
味が同じくなってしまう』との考えもあって。誰かが欠ける位が世の常だと。時には欠け
た状態から、全員揃う様に話しを描いたりと」

桂「後日譚でもヒロイン5人が揃うお話しは、第0.5話『夏が終っても』のみ。この時
も最初はわたしとお姉ちゃんと葛ちゃんの3人から、徐々にみんな揃っていく感じだった
し。

 柚明本章第三章から第四章にかけては逆に、怪我や疲労で倒れて人数が絞り込まれ、お
話しの終局感を整えて。こっちはアカイイト本編に沿った流れだけど。意図して欠員を作
るのも手法なんだ……作者メモが来ています」

作者メモ「実は、構想時の想定分量400字詰め原稿用紙150枚は、第一章執筆中に2
00枚に引き延ばされ。以降それに倣った為に、第二章では執筆内容に較べ余裕がありま
したが、第三章は空きがない位になり。本作では詰め込むのがきつい状態になりました」

葛「プロの作品でもあります。一冊1話で始った作品が続く内に前後編・前中後編になる。
ずるずる分量が増えていく。一応でも分量を守れているのは良い方です。どこに応募する
にも、既定分量を守れないと門前払いですし。

 己に縛りを掛けるのは、その修練も兼ねてなのでしょーね。アカイイト本編の設定を出
来るだけ侵さない作品執筆は、アカイイト本編への愛情と敬意の故だと、想いますけど」

柚明「それ程わたし達について語る内容があるのは嬉しいわ。冗長にならない範囲でわた
しの周囲の人や物事を、描いて貰える事も」

桂「長すぎて読みにくいって感想の人もいるから、もう冗長になっている気もするけど…
…その長さを逆に評価してくれる人もいるから、難しいというか世の中はいろいろだね」

葛「全ての人を満足させる事は出来ませんよ。狙った読者層を、満足させられれば御の字
で。そもそも柚明の章の執筆動機は『作者が読みたい話しを書く』ですから。作者が納得
できれば良く、読者からの批評は望外の幸せです。

 この分量がなければ、内容を描ききれないとの作者の判断です。状況説明や相手の心理
推察等叶う限り詰め込む性分ですし、彼は」

桂「作者メモによると『前倒しに情報を出した方が、執筆も進むし出来が良い』そうです。
元々想定していた内容に、執筆時に考えついた情報や例えや背景を随時足し、最後に分量
の制約から削って修文して、完成させると」

葛「伏線の結果が次の伏線になるとか。何度も事実を示しつつ、その効果を後々迄明かさ
ないとか。2つ以上の伏線が一つに纏められ、伏線と気付かれない・気付かせない裏伏線
になっているとか。この人結構性格悪いです」

桂「伏線と結果が連鎖する感じだね。結果が既に次の伏線になって、更に続いていく…」

柚明「作者はとにかく柚明本章完結を急いでいた様ね。構想に自信を持ちつつ、描ききる
力量に不安を抱えていた内心が、窺えます」


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3.若杉の葛とサクヤ・羽藤の今現在

桂「解説に入ります。冒頭は第三章『別れの秋、訣れの冬』終盤と被ります。笑子おばあ
ちゃんのお通夜、10年前の事件の前年です」

柚明「第三章終盤に挟めなかったのは、分量の制約以上に、第四章末尾との兼ね合いです。
久遠長文は最初からこの段を、第四章末尾の伏線として、第四章冒頭に配置する考えで」

桂「始めと終りを同じ情景で揃えるって、時折作者さんが使う手法だね。その間の経緯で
情景が微妙に異なる。その違いがお姉ちゃんの成長や、周りの状況の変化を示す感じ…」

葛「柚明前章・番外編第3話『日々に確かに向き合って』や第10話『夏の終り』、第11話
『せめてその時が来る迄は』。不完全ですが第7話『最も見通し難い物』も含めていーと
思います……作者の好みのパターンですね」

柚明「その末尾に直接繋げる伏線は、第四章の内に置きたかったの。久遠長文としては」

桂「そう言う訳で、冒頭の夜のみお姉ちゃんは中学3年生で、その他は全て高校生です」

葛「場所は羽様の山奥・ご神木。雪深い東北の冬ですが、観月のサクヤさんと修練を経た
柚明おねーさんは、踏破に問題ないよーで」

柚明「山の天気は急変するし、経観塚の冬は吹雪にもなるから、獣道しかないご神木へ真
冬に行くのは、他人にはお勧めできないわね。

 でも、サクヤさんは山に馴れているし、わたしも関知の力で雲行きや風向きを視て、天
候の変化を推測し、それに対応できるから」

桂「物事の過去や行く末、遠くで起きた事柄を悟る能力です。作者さんが設定した、血の
『力』の副次効果の一つ。『察しが良い』位の感じでいたけど、強まると何でも悟れてし
まいそう。逆に悟れすぎて困りそうな気も」

柚明「柚明前章・番外編第6話では、見通せてしまう故の困惑も描かれているわね。見通
せる事とその回避(未来を変える)はイコールじゃないから。分ってもどうにも出来ない
事もある。視ている他に為す術のない事も」

葛「柚明おねーさんが、『力』の扱いを桂おねーさんへ伝える事に、余り積極的ではない
心情が分る気がします。全てを知る事悟る事が、必ず幸せに繋るとは限らない。血の匂い
を隠すだけなら、他にも方法はありますし」

柚明「桂ちゃんは今迄町で、現代科学文明の常識の中で育ってきたから。『力』の扱いは
心の在り方に左右されるの。わたしが羽様で、ご神木や笑子おばあさんや旧い伝承に馴染
みつつ、修練してきたのと状況は違う。そこは桂ちゃんの心身の状況を良く見定めて、
ね」

桂「お姉ちゃんは時々、わたしに過保護な気もするけど。その甘さ優しさもわたしは好き
なので、判断はお姉ちゃんにお任せします」

葛「一度話しを戻します。サクヤさんの号泣シーンは中々滅多に見られないので。アカイ
イトの登場人物は、強く己を律する人が多く、人前で泣き喚くシーンが少ないのですよね
…。

 アカイイト本編で桂おねーさん以外に、泣き喚いた人って、サクヤルートのサクヤさん
(幼少時回想及び桂おねーさんの致命傷を前にした時)、わたしルートのわたし(次期鬼
切りの頭+財閥総帥と知られた後)位です」

桂「確かにそうだね。烏月さんもノゾミちゃんも、アカイイト本編のどのルートでも号泣
シーンはなかったし。柚明本章では描かれていたけど、わたしの前ではなかった筈だし…。

 幼いサクヤさんの泣き顔は、抱き締めたい程かわいかったし。わたしが致命傷を受けた
時のサクヤさんの動揺は、サクヤさんのその後が心配で、安らかに死ねない位だったもの。

 一緒に井戸に落ちて葛ちゃんと話した時は、葛ちゃんが心折れそうで、放っとけなかっ
たし……って葛ちゃん? その区分けだと、わたしも泣き喚いた方に入っているの…
…?」

葛「桂おねーさんは、守られ状況に振り回される主人公なので。心身を鍛えてない素人の
女の子設定も号泣を導く要素ですし。桂おねーさん渾身の号泣も、わたしの好みですよ」

柚明「桂ちゃんは心優しいから、他人の傷み哀しみにも真剣に涙を流せる。そんな桂ちゃ
んの優しさと素直さは、わたしも大好きよ」

桂「2人ともフォローになってない様な…」

葛「アカイイト本編でも柚明本章でも、桂おねーさんの号泣を、葛は見られていないので。
見られた側として仲間認定位したい処です」

(柚明が桂に歩み寄り胸元に頬を迎え入れ)

柚明「幼い頃の桂ちゃんは、良く泣く子でね。わたしの姿を見かける度に、大きな声で泣
いて縋ってくれたの。当時のわたしは幼い桂ちゃんを泣きやませる方法が分らなくて、お
ろおろしてサクヤさんや叔母さんに、助けを求めたけど……あの頃も今も桂ちゃんは羽藤
柚明の最愛の人、一番たいせつな可愛い人よ」

桂「あやされている様な気も、するけど…」

葛「あやされる方を、選んでしまいましたか。これを見ていると、柚明おねーさんが悟れ
た『桂おねーさんを泣きやませる方法』が想像付いてしまいますね尾花」桂「葛ちゃ
ん?」

葛「いえ、何でもないです。桂おねーさんは柚明おねーさんと、いつも仲良しだなーと」

桂「うん、まあ。それはその通りだけど…」
葛「(ふぅ、巧く誤魔化せたです)ひゃ!」

柚明「葛ちゃんも今夜泊って試していく? 泣いている時以外でも良い物よ……後日譚第
0.5話『夏が終っても』甲の末尾の様に」

葛「そ、それは嬉しー申し出ですけど、年上の包容力や母性は垂涎の的ですけど。わたし
も一応女の子で同性同士になりますし、一番愛しい桂おねーさんの目が届く処で浮気は拙
いですし、今は本筋に戻らねば……尾花っ」

桂「ちょっと脱線、しちゃっていたかな?」
柚明「少しね。さ、続きを始めましょう…」

葛「サクヤさんがご神木に縋って嘆いてます。

 取り乱す姿を見られたくない、と言うより。取り乱す程の悲痛は他人と共有できないか
ら、葬儀の場でも堪えて耐えていたのでしょー」

桂「サクヤさんの笑子おばあちゃんを喪った哀しみが、深甚で肌身に迫ってきそうだね」

葛「先程の柚明おねーさんのお言葉通りです。『見通せる事とその回避(未来を変える)
はイコールじゃない。分ってもどうにも出来ない事もある』。笑子さんの寿命も死別も全
て、サクヤさんと出逢う前から、定まっていた」

柚明「その哀しみを語るには、サクヤさんと先代オハシラ様(竹林の姫)の仲や、笑子お
ばあさんとの馴れ初めに、触れねばならず」

桂「過去回想に入るんだね。アカイイト本編ではサクヤさんルートで、わたしがサクヤさ
んに贄の血を呑んでもらった為に、心が繋り、サクヤさんが見た過去の夢を、わたしも視
ることが出来たって、設定になっているけど」

作者メモ「前にも述べましたが、柚明前章第三章と第四章で、ご神木に纏わる過去を描い
たのは、柚明本章を睨んでの戦略的配置です。

 柚明本章は、アカイイト本編の冒頭、桂の選択で大きく二分する展開の内、桂がさかき
旅館に泊る『ユメイ・烏月・ノゾミルート』を採用し。それに桂が到着日の内に羽様のお
屋敷に行く『葛・サクヤルート』のエピソードを、出来る限り取り込む構成にしています。

 その為、葛やサクヤの作中での活躍や印象がやや弱くなっています。葛については作中
で出来る限り丹念に描いてフォローする一方、サクヤについては柚明本章ではむしろ割愛
し、その背景事情は柚明前章で語る事にしました。

 崖から落ちる桂をサクヤが助け出す情景が、ユメイの桂を助ける情景と丸々被り、描け
なかった為です。そこを経ない柚明の章の桂は、アカイイト本編のサクヤルート以外を辿
った桂と同様、サクヤを観月と知る事もなく、竹林の姫との関りも知る事はありません。
ただ、全て承知のみなさんには、柚明前章で柚明がサクヤを人ではないと分って行く過程
を通じ、サクヤの来歴を最低限でも明かしておくと」

葛「一番割を食ったのはサクヤさんって事ですね。わたしもその次位に軽い扱いですが」

桂「柚明本章でも、最後迄サクヤさんが明かさないことを描くのは難しいし。葛ちゃんは、
烏月さんとの遭遇で正体発覚して、葛ちゃんルートにあった『夜の森の追いかけっこ』や
『井戸に一緒に落ちる』展開も経て。第三章の後半迄、しっかり活躍してくれていたね」

葛「ラスボスでも対抗馬でもなかったわたしとしては、この分量で御の字でしょーかね」

柚明「柚明本章の葛ちゃんとサクヤさんについて、描写不足は久遠長文も感じていた様ね。
烏月さんやノゾミちゃんは、充分書き込めたから。それと較べて気に掛っていた様で…」

葛「葛も一応ヒロインの一角扱いなのですね。後日譚では奈良さんや東郷さん迄、その扱
いなのが気に掛りますが。取りあえずいーです。一番割を食った人はわたしではないです
し」

桂「そう言う負けず嫌いな葛ちゃんも、わたしは好きだよ。ね、尾花ちゃん」尾花「…」

作者メモ「第三章では主と竹林の姫の関りや、オハシラ様の由来を描き。第四章ではサク
ヤと笑子の馴れ初めを。ここでは、柚明もそれらの事情を承知だと、読者に示していま
す」

葛「観月の里が、おじーさまの指示で鬼切部千羽党の襲撃を受けて殲滅され、唯一生き残
れたサクヤさんも瀕死の重傷で。せめてオハシラ様に看取られたいと、ご神木へ辿り着く。
若杉の継承争いに巻き込んで、味方を不意打ちで滅ぼす等、謝っても謝り足りないです」

桂「葛ちゃんは悪くない! サクヤさんの里の虐殺は、理不尽で許せないし。それで烏月
さんや葛ちゃんが申し訳ない気持は分るけど。60年前観月の里を襲撃した人も、その命令
を出した人も、葛ちゃんでも烏月さんでもない。

 若杉だからって全部憎んでいたら始らない。責任は果たすべきだけど、償いは必要だけ
ど。一緒に前を向いて生きようよ。じゃないと本当は……わたしこそ顔向けできない人の
前で、のうのうと生き延びているんだからっ…!」

葛「あ……」柚明「桂ちゃん」尾花「……」

(柚明は桂を抱き支えつつ葛に向き合って)

柚明「葛さん。わたしと桂ちゃんにこれ以上の謝罪は不要だから。後でサクヤさんに謝り
ましょう。葛さんに罪がある訳ではないけど、若杉の長として責任を取り、償うというな
ら。60年前の新月の夜の虐殺は、わたし達に謝る中身じゃない。被害者はサクヤさん達観
月よ。

 わたし達に為された事はわたし達が許せる。
 それはもう葛ちゃんに罪がないと決したわ。

 桂ちゃんもわたしに謝る必要は全くないの。葛ちゃんや烏月さんに罪がない様に、桂ち
ゃんや白花ちゃんにも罪はない。あの禍は避ける事の叶わない天災の類だった。最初から
誤解もしてないわたしに、謝罪は要らないの」

(桂は柚明に抱き寄せられて胸元に頬埋め)

桂「柚明お姉ちゃん……でも、わたしは10年前この手で、鏡の封じを壊し……葛ちゃんや
烏月さんの様に、関りがなかった訳じゃない。わたし自身の手で、あの災いを招き寄せ
…」

柚明「違うわ。後日譚第3.5話『白花の咲く頃に』でも示されたでしょう? あなた達
に過失はない。幼子にはどうにも出来なかったの。あの夜の事は、気付けなかった大人の
管理不行届で、防げなかったわたし達の咎よ。わたしの傷みに涙零してくれる強さ優しさ
は、尊く嬉しいけど。これ以上自身を責めないで。

 桂ちゃんは何も悪くない。あなたもあの禍の被害者の1人なのに。ごめんなさい……あ
なたを傷つけた上に、罪悪感迄背負わせて」

桂「あやまらないで。お姉ちゃんは一番辛い役を引き受けたのに……ごめんなさいはわた
しの言葉。誰がどんな形でわたしを動かしていたにしても、この手がたいせつな人に禍を
招いた。そのことが申し訳なくて。愛しい人を哀しませたことが、本当に悔しく残念で」

柚明「わたしもよ、桂ちゃん。どんな事情や背景や理由があったにしても。わたしは愛し
い人の幸せを守れず、哀しませ心傷め涙零させた。それは誰より己自身に許せない。あな
たの幸せと微笑みを守ると約束した己自身に。ごめんなさいは、正にわたしの言葉なの
…」

葛「羽藤の人達の咎や罪の感覚は、過失や故意の有無ではなく、相手の苦しみ傷み哀しみ
という結果に対して、生じる物なのですね」


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4.お話しの冒頭はサクヤとの2人きり

桂「えーっと……改めて解説を再開しますっ。

 サクヤさんは、自身が山奥のご神木に行っているのに、お姉ちゃんがサクヤさんを追っ
てご神木に行った事に、驚いていたみたい」

葛「笑子さんを喪った哀しみが大きく、他に何も考えられなくなっていたのでしょーね」

柚明「この夜は、わたしに心の余裕が無くて……本当ならサクヤさんをオハシラ様に委ね、
愛しい人を祖母との旧い想い出に、訣れの涙に心浸させるべきなのだけど。待ちきれず追
って行ってしまったの。無神経に割り込んで。この時のわたしは、本当に幼かったから
…」

葛「柚明おねーさんが幼いなら、この世の大多数は幼子扱いになると、思いますけど?」

桂「その自覚があったお姉ちゃんは、自身の用件を切り出すより、サクヤさんに応える方
を優先したんだね。サクヤさんを気遣って」

柚明「最低限よ。真にサクヤさんを想うなら、元々そこに割り込むべきではないのだも
の」

作者メモ「直後、この時点から50年前の笑子とサクヤの出逢に話は飛びますが。その後こ
の時点に話しが戻ってきた時の為に、簡単な伏線を仕込みました。柚明とサクヤの台詞で。

『わたし、サクヤおばさんに、謝らないと』
『あたしへの、天罰なのかも知れないねえ』
『最期迄、一番にしてあげられなかった…』

 サクヤと柚明が互いに相手を想いつつ、自身に後ろめたさを感じている。相手の真意を
誤解し、僅かなすれ違いが生じている事を」

桂「笑子おばあちゃんとサクヤさんの出逢は、ここでした。わたしもサクヤさんルートで
視たけど。あの時はサクヤさんに血を与えて心も繋って、サクヤさん視点の記憶を夢で
…」

柚明「わたしはオハシラ様と感応して、オハシラ様視点で視て知ったの。全てを喪った後
にたいせつなものを得る展開は、わたしの原体験に通じる感じがして。だからサクヤさん
はわたしの独り生き残ってしまった哀しみに、親身に添って励ましてくれたのだと悟れ
て」

葛「笑子さんに生きる事を諭されたサクヤさんが、その孫である幼い柚明おねーさんに生
きる事を諭す。因果応報は悪い事ばかりではない。アカイイト本編の主旨を踏まえ世代を
超えた想いの継承を描いた、いい展開です」

桂「『アカイイト程縦の繋りが強く、作中人物の想いが世代や時を超えて、脈々と息づき
響き合うお話しは稀です』と作者メモです」

葛「この回想での要点は、サクヤさんが生きる希望を断たれ、瀕死の深傷を負っていた事。
オハシラ様がサクヤさんの接近を知り、笑子さんに助けを求め、その現に蝶を遣わした事。
笑子さんが、初見で血塗れのサクヤさんを怯えず嫌わず、危険も顧みず、血を与え生命を
助けた事。サクヤさんの絶望を拭って心を救い、生涯の絆を結んだ事、でしょーか。でも。

 夜とは言え、夢見にではなく現に蝶を飛ばす負担は甚大です。柚明おねーさんが、その
上を行く無茶をしたから、印象が薄まってますけど。封じを危うくすると承知で彼女は」

桂「オハシラ様・姫様には、主の封じよりサクヤさんの生命の方が、大事だったんだね」

柚明「どちらかを選ばなければならない時はあるわ。片方を諦めねばならない時も。鬼神
を封じて世の平穏を保つ事は、大事なお役目だけど。作中表記にも何度かあったでしょ」

桂「『世の中には、一つを望むとそれ以外を手に入れられないと言う時がある。一つを望
む為には、それ以外を諦めなければならない時がある。どんなに大切な物であっても、全
部を望めない時がある』だね……姫様は鬼神の封じより、サクヤさんの助けを選び取った。
可能な限り主の封じを保ちつつだけど、主の方が優先ならその封じに使う『力』を割いて、
現にちょうちょを飛ばすなんてしないよね」

葛「この時の竹林の姫の行いは、鬼神を封じるオハシラ様としては、失格ですけど……そ
れ程に強い想いを抱ける者でなければ、そもそも封じの要など、務まる筈がないですから。

 2ちゃんのアカイイトスレでも、公式ガイドブックでも。桂おねーさんを守りにご神木
を抜け出し、封じを危うくした柚明おねーさんを、オハシラ様の資質に疑念ありとしてい
ますが、逆なのです。誰かへの強い想いを抱けぬ者は、例え血が濃くても『力』扱えても、
精神の方が保たない。長く務め続けられない。リスク承知でお任せする他にない。外界で
生じた憂いは、外界で何とかすべきなのです」

柚明「その為に羽藤はこの地で代々、遠祖であるオハシラ様を祀り続けてきたの。むしろ
封じの周囲の維持管理を任されて。今は葛さん達鬼切部に、代りをお願いしているけど」

桂「纏まったお休みには、出来る限りお兄ちゃんに逢いに行こうね……行く日と帰る日で
一日ずつ掛るから、日程の調整が難しいけど。葛ちゃんには本当にお世話になっていま
す」

葛「いえいえ、この位鬼切部の通常業務です。お気にせず……でも柚明おねーさんは、や
はりご神木の白花さんを支えたいのでしょーか。桂おねーさんはそれを薄々感じ、白花さ
んに代って再びオハシラ様になる事を怖れ。従姉を独り経観塚へ行かせたくない、とか
…?」

桂「葛ちゃん? 後半聞えなかったけど?」

葛「はい、ちょっと独り言を。でも、一見陽気で伝法な印象のサクヤさんですが。心の奥
にこれ程の深傷を、秘していたんですねぇ」

桂「確かに。サクヤさんにこんな過去や背景があったとは、驚きだったよね。でもそう言
えば、お母さんとこの部屋でお酒呑んでいたサクヤさんが、時々寂しげな哀しげな顔を見
せる事があって。入り込めない感じだった」

柚明「わたしも時折、サクヤさんに入り込めない空気を感じる事はあって。その憂いを分
ち合いたくて、1人溜め込んでいて欲しくなくて。無理に割り込むのは非礼だから論外だ
けど。自然に心開いて貰える様な大人になろうと、見えない壁に挑む様な感じだったわ」

桂「柚明お姉ちゃん、そこに挑む感じだったですか。柚明前章や番外編や挿話でも、確か
に割り込む感じじゃなくて、大人として認められる日を目指す姿が、印象的だったけど」

葛「認めてとか教えてとか言って、割り込むのではなく。相手が話せて明かせるよーな人
物になっておく。認めたり明かすのは相手の判断に委ね……柚明おねーさんらしーです」

柚明「でも柚明前章・第四章冒頭のこの夜だけは、わたしの弱さや我が侭が出てしまって。
サクヤさんが心開いて招き入れる様な大人になるのではなく、自分が踏み込んでしまった。

 サクヤさんと、オハシラ様や笑子おばあさんの絆や来歴を知っていると示すこの描写も、
サクヤさんの想い出に土足で入り込む行いで。本当は嫌われ憎まれ心鎖されても至当だっ
た。許されたのはサクヤさんの寛大さのお陰で」

桂「お姉ちゃんの察しの良さや分別は、説明されて漸く分るけど……身につけるのは…」

葛「人には、己に合ったスタイルがあります。奈良さんに柚明おねーさんの思慮や分別を
求められないのと同様、手に入れられぬ天の月に手を伸ばすより、わたし達はわたし達な
りの在り方に、磨きを掛ける方が効率的です」

桂「その例に挙げられる陽子ちゃんって…」


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


5.サクヤの悔いと柚明の苦味

葛「作者メモです。これは『サクヤさんと笑子さんの出逢』の、作者なりの解釈ですねー。
アカイイト本編では詳述してないけど、柚明の章ではそこ迄踏み込んで詳述すべきだと」

作者メモ「想いは受け継がれる。受け継ぐ人がいる限り体は尽きても人の想いは終らない。
訣れはあっても次の世代が繋って、孤独にしない。笑子おばあさんはサクヤさんの深い孤
独の奥底からの問に応えていた。人は、大切な人がいる限り、望んでくれる人がいる限り、
希望を抱いて生きて行ける。別離は哀しむけど、何もかも失わない限り続きはある。たい
せつなひとがいる限り、終りではないと…」

柚明「ここを彼は柚明前章の心臓と考えたの。サクヤさんとおばあさんの繋りだけじゃな
く、わたしと桂ちゃんの、その他全ての繋りに共通する心臓部だと。この2人の絆や在り
方を学んでなければ、わたしもオハシラ様を努める事は叶わなかった。それ程に大事な箇
所」

桂「お姉ちゃんが人の身も未来も捧げ、オハシラ様になって尚、わたしを想い続けてくれ
たことが、この夏の奇跡に繋る……そう言う点でも、本当にお姉ちゃんの章の心臓です」

葛「笑子さんがサクヤさんの希望を繋ぎ止め、そのサクヤさんが柚明おねーさんに生きる
様に諭し。笑子さんとサクヤさんの絆が柚明おねーさんに響いて、10年前桂おねーさんの
生命を救い、この夏には桂おねーさんの生命救ったのみならず、その周りの人の輪をも繋
ぎ。わたしも心救われるに至った訳です、はい」

桂「お姉ちゃんがサクヤさんに抱く想いも分るよ。おばあちゃんやお姉ちゃんのお母さん、
羽藤の代々が、語り伝え残した想いが心に根付けば。特別たいせつに想ってしまうよ…」

葛「更に作者メモです。笑子さんの言葉で」

作者メモ「あの人にはいつ迄も、オハシラ様が絶対代えの利かない、掛け替えのない一番
なのよ。永劫に手が届かなくても、久遠に想い続けるしかなくても。月に手を伸ばす様な
物かね。それでもその想いを哀しみと一緒に愛おしんで抱き続けるその姿が切なくて哀し
くて、放っておけないのよね。私も貴女も」

葛「この辺り作者は、人と観月の隔りを超えて想いを叶える事の難しさ・儚さに、百合の
成就の難しさ・儚さを投影していますね…」

柚明「そうね。そしてもう一つ。成就が難しいと分っても、儚いと承知でも尚、千年抱き
続けて諦めないサクヤさんの想いの一途さを、笑子おばあさんやわたしが愛おしんだ事
も」

桂「お姉ちゃんの様に、性別も人と鬼の隔りも、気にせず乗り越えちゃう人もいるから」

葛「ノゾミさんと一緒に暮らす事を選んだ桂おねーさんが、今更感心するのもどーかと…。

 この時は、サクヤさんも柚明おねーさんも、笑子さんの逝去で心を傷めていて、互いの
真意を計り損ねています。サクヤさんは最期迄笑子さんを一番に出来なかったと悔いる余
り、柚明おねーさんが焦れて『サクヤさんをたいせつな人から降ろす告知に来た』と誤解
して。その因を自身が観月で人ではない為かもと」

柚明「わたしはかつて一番たいせつと告白したサクヤさんに、今は二番と告知せねばなら
ないと、その後ろめたさに心が一杯一杯で」

桂「そんな筈ないのに。柚明お姉ちゃんがサクヤさんを、人じゃないからとかの理由で嫌
いになるなんてあり得ない。お姉ちゃんを良く識るサクヤさんは、少し考えれば分るのに。

 そしてお姉ちゃんも、罪悪感で心が一杯で。サクヤさんが誤解しているって気付けなく
て。サクヤさんが誤解なんて普通あり得ないし」

柚明「有り難う、桂ちゃん。どれ程深く分り合った仲でも、条件が揃えばすれ違いや誤解
は生じる。だから、絆の深さに奢らず、常に相手を気遣う事を忘れまいと、学ばされた」

葛「そう言う処からも教訓を得て進歩や改善に繋げてしまうのが、この人の真価なのかも。

 サクヤさんと柚明おねーさんの会話序盤は、柚明おねーさんがサクヤさんを、人ではな
く人外だと、徐々に知っていった経緯で。第一章から第三章の経緯全てを伏線にしてま
す」

作者メモ「幼い頃は、わたしが気付く前に声を掛けられていたのに、見つける側はサクヤ
さんだったのに……それが逆転していた。贄の血の匂いを隠す様になった頃から、サクヤ
さんはわたしの気配に、気付きにくくなって。逆にわたしが血の力の修練に伴う関知の力
で、サクヤさんの気配や接近を分る様になり始め。

 贄の血の匂いを隠す事で悟られなくなる相手とは? わたしは何から身を守る為に贄の
血の匂いを隠そうと修練を始めたか? それが成功し進展して気付かれなくなる者とは?

『偶に、車を運転する鬼もいるからね』
 助手席に乗せられそう語られた事があった。
(サクヤさんは)鬼の行動にも詳しかった」

桂「第一章冒頭で、サクヤさんが幼いお姉ちゃんの背後を取ったイタズラや、第二章でお
姉ちゃんが血の力を修練し始めたこと、第三章でお姉ちゃんがサクヤさんの背後を取った
こと迄、丸々全部伏線にしちゃっている!」

葛「ここは鮮やかでしたね。第四章が今迄の3つの話し全てを承けていると、冒頭で示し。
伏線の積りではなかった描写迄、伏線にしてしまう。作者も会心の一撃だったでしょー」

桂「そして間髪入れず次の展開へ進みます」

柚明「『サクヤおばさん、いえサクヤさん』

 そう告げる事で、わたしは今サクヤさんを一番たいせつではないと、自身に染みこませ。
サクヤさんへの二度目の告白を進め行くの」

葛「この後のサクヤさんと柚明おねーさんの問答は、いじけた幼子とそれに辛抱強く付き
添う保母さんのそれですね。勿論いじけた幼子が、我らの中で最年長のサクヤさんです」

桂「サクヤさんも傷心だったんだよ……でも、葛ちゃんの印象もそう的外れではない様
な」

柚明「サクヤさんの問に一つ一つ応え行く行程は、真剣だけど愛しいやり取りだった。サ
クヤさんが、本心では信じてくれているのに、傷つくのが怖くて否定して欲しくて出す問
に。一つ一つ確かに答え、サクヤさんへの想いを確かめ、言の葉にして愛しい人に届け行
く」

桂「柚明お姉ちゃんって本当に母性の塊…」

葛「サクヤさんが怖れた『柚明おねーさんに嫌われる』はない。だから柚明おねーさんの
サクヤさんとの問答は想定通りで。告げる中身の方が肝要だったのですね」柚明「ええ」

作者メモ「柚明前章の4つの話しは、柚明のサクヤに抱いた初恋が破れ行く課程でもあり
ます。第一章で柚明がサクヤに『一番の人』と告白し、玉砕しますが。柚明の抱いた憧れ
や恋心はそこで終らず。第二章では白花と桂という『一番の人』が現れますが、柚明の内
心は未整理で。幼子と大人の女性を比較しがたいのも当然ですけど。第二章にサクヤが登
場せず、比較できない状態なのも意図的です。

 第三章で沢尻博人の求愛を拒んだ時、柚明は白花と桂を一番たいせつな人と言い、内心
でサクヤに謝っています。笑子の死が視通せた柚明は、一番を曖昧にしておけなくなって。
何かの間違いで、サクヤが柚明を一番に想う様になっても、もう柚明の側がサクヤを一番
に想う事が出来ない。柚明の恋心の終りです。

 でも柚明は尚それを、サクヤに告げられず。笑子没後、通夜の夜にサクヤに告白する事
に。かつて『一番の人』と告げた以上、『もう一番ではない』事も、告げねばならないと
…」

葛「義理堅さが堅苦しー程ですね。サクヤさんが呆れるのも分ります。と同時に柚明おね
ーさんの真意をつい誤解してしまった背景も。絶対この程度の中身ではないと思います
よ」

桂「お姉ちゃん何事にも誰にも真剣だから」

柚明「この時は笑子おばあさんを喪って。贄の血の力の使い手は、暫くわたし独りになる。
白花ちゃん桂ちゃんを守り導く責任の重さに、押し潰されそうで。サクヤさんを2番目で
すと告げる苦味も加わって、心が一杯一杯で…。

 余分に深刻な顔色を見せて、サクヤさんに不要な心配を掛けてしまったかも。反省ね」


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6.柚明の我が侭・吸血が伏線に

葛「誤解が解け、柚明おねーさんも告知を終え、それで尚互いを想い合う事に変りはない
と、確かめ合えた後の2人の睦み合いです」

柚明「最大の緊張が解けた開放感で、わたしは自身の想いや願いを露わにしてしまうの」

桂「お姉ちゃんにしては珍しいね。誰かの為の願いじゃなく、お姉ちゃん自身の願いや想
いを表に出してしまうのは。作者メモです」

作者メモ「柚明とサクヤのやり取りです。

『サクヤさんも、オハシラ様の次の2番目を、白花ちゃんと桂ちゃんにしても良いから…
…何番でも良いから、誰の後でも良いから……サクヤさんのたいせつな人に入れて置い
て』

『ああ、ああ。他ならぬあんたの気持だから。あたしに叶う限り、今夜は何でも応える
よ』

 サクヤも思わず応じ。柚明もそれに乗じて、己の願いを口にして。これが2人の想いの
結実になると同時に、終盤への伏線となります。

『今夜だけ、わたしが一番のサクヤおばさんでいて。わたしも今夜だけ、サクヤおばさん
が一番の柚明になるから。今夜だけ、今だけわたしの求めに応えて。わたしが一番のサク
ヤおばさんとして、わたしの血を飲んで!』

『サクヤおばさんと一つになりたい。笑子おばあさんが、この中に一つとなって今でも生
きて流れている様に。赤い血潮になってサクヤおばさんといつ迄も生き続けている様に…
…感応の中で、笑子おばあさんのそれだけが羨ましかった。いつ迄もサクヤさんの力にな
って残り、生命を繋いで役に立てる、素晴らしい巡り合せが。ここにわたしも織り込んで。

 ……わたしが、呑んで欲しいの』」

桂「愛の告白だね。そうは言ってないけど」

葛「はい。吸血は性交の暗喩とも言われます。この吸血の時には、作者もそれを意識した
表現を、敢て幾つも使っていますし。お互いに性愛込みで惚れ合っていますしね。その真
剣さ妖艶さ清冽さには、迫る物がありました」

作者メモ「柚明の独白と告白が続きます。

『……人の寿命は観月に較べ短く儚い。いずれわたしもサクヤさんの記憶に残るだけにな
る。子か孫が、想いは継いでくれるけど……わたしだけの想いを混ぜて欲しいの。サクヤ
おばさんを一番大切に想っていられる最後の夜に、サクヤおばさんを一番に想うわたしの
赤い糸を、縫い込ませて欲しいの。お願い』

 サクヤさんが写真家になったのは、残り続ける物だから。その時の姿や表情がいつ迄も、
時を経ても亡くなっても残り続ける物だから。

『幻でも良い……一夜だけ、サクヤおばさんの一番にして。わたしも今夜だけ、サクヤお
ばさんを、桂ちゃんより白花ちゃんより、誰より大切に想うから。その証を残させて』」

葛「アカイイト本編のサクヤルートでのみ示される、サクヤさんが写真家になった理由が、
さり気なく挟み込まれていますね。そして」

桂「お互いをどれ程たいせつに想っていても、一番の人をたいせつに想う心が強いからこ
そ、絶対交わり合う事がない。切ない関りだね」

柚明「お互いの自由意志で選んだ結果だから。
 この世には選択さえ許されない事もあるわ。

 己の一番を選べたわたしは幸いだった。サクヤさんを一番にしなかったのは自業自得よ。
でもこの時はその必然を、わたしの幼さが受け容れきれず、出すべきではない我が侭を」

葛「柚明おねーさんの願いをサクヤさんが受けて愛し、その血を呑むんですね。サクヤさ
んを愛する柚明おねーさんの恋い贄の血を」

桂「葛ちゃん座布団もう1枚」柚明「はい」

作者メモ「サクヤの答は『分ったよ』に続き。

『今夜は柚明の為の夜だ。笑子さんにもオハシラ様にも、今だけは目を瞑って貰おうさ』

『あたしも、一度で良いからあんたを迎え入れたいと、思っていたんだ。あたしの中に』

『あんたは珠の様に可愛らしかったからね』
『今夜だけ一番の、あたしの柚明を』と…」

桂「サクヤさん、浮気でもしているみたい」
葛「それを言うなら柚明おねーさんもです」

桂「かも知れないけど……2人とも時効だよ。わたしが幼子だった10年前以前の話しだ
し」

柚明「……桂ちゃん……」葛+尾花「……」

桂「お姉ちゃんは3番以下のその他大勢にも惜しみなく愛を注ぐ人だし、サクヤさんはお
姉ちゃんの憧れで初恋の人で。愛しく想ってしまう気持は止められない。それはわたしも
分るから。謝ることじゃないよお姉ちゃん」

柚明「有り難う桂ちゃん……今回はその強さ優しさに、甘えさせて頂くわ……この夜以降
のわたしは、一瞬も絶えず白花ちゃんと桂ちゃんが一番よ。それで償いになるとは思わな
いけど、許してと願う積りもないけど……」

葛「桂おねーさんの『わたしも分るから』は、柚明おねーさんが女性のサクヤさんを性愛
込みで愛する事を、分っているってことで…?

 か、解説に戻ります。戻りますよ尾花っ」

柚明「ここでわたしはサクヤさんに、髪をくしゃっと撫でられて。子供扱いはきっとわた
しの幼い願いや想いへの答だから。この夜以降わたしはサクヤさんを一番に想う幼心と訣
別するから、この様に撫でられる事もなく」

桂「わたしは今でもサクヤさんに、逢う度にくしゃっとされているよ! 子供扱いーっ」

葛「そこはわたしもサクヤさんの気持が分ります」柚明「桂ちゃんはとても可愛いから」

桂「フォローになってない気がするけど……お姉ちゃんに間近で見つめられ、触れられ抱
かれ撫でられると……これで良いかも……」

作者メモ「願いを叶えられた柚明の独白です。

『限られた時を、噛み締めて。一呼吸一呼吸に気力を込めて。瞬く間に過ぎ去る、甘い時。
サクヤさんにとって、わたしと過した全ての想い出も、この夜の様に短く儚い物で、後に
は刻まれた記憶にしか、残らないのだろうか。

 でも。いや、そうだからこそ』
【ありがとう、サクヤおばさん。
 わたしは今、とても幸せです】

『今この時を確かに強くしっかり刻む。

 後から幾度振り返っても、思い返せる様に。思い出せない程心が摩耗し、果てしなく長
い時が過ぎ去り、振り返れぬ程遠ざかった果ての末にも、素晴らしかったと応えられる様
に。全てを失う絶望の闇の向うでも光抱ける様に。

 今この時を、最高に輝かしく甘い時に』
【そして、さようなら、サクヤおばさん】」

葛「叶う筈のない恋が、一夜だけ叶う。その幸せ・甘美さが最終段との落差を生み。幼い
恋の終りが柚明おねーさんの終りを暗示する。そしてこの夜に2人の関係は完成し、アカ
イイト本編及び柚明本章に、引き継がれます」


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7.小さな危機と潜んだ危険

柚明「ここで場面が変ります。高校生になったわたしは経観塚で初夏を迎え。夕刻前のバ
スで羽様に帰着したわたしは、関知の『力』で異変を察し。ここは高校生になった羽藤柚
明の、修練の進展と日常を示す描写です…」

葛「柚明おねーさんは羽様の外にある高校に毎日通っているのに。第四章では経観塚銀座
通での描写もないです。柚明前章・番外編第12話では、首都圏に出向いてもいるのに…」

桂「徹底しているよね。第3回でノゾミちゃんが触れていたけど、作者さんはお姉ちゃん
と世間・経観塚や羽様との関りを、柚明前章を通して計画的に描いているって。お姉ちゃ
んが徐々に人の世間から距離を置いて、経観塚・羽様・ご神木・オハシラ様へ近づく様に。

 第一章では、お姉ちゃんは街に住んでいて、お友達の杏子ちゃんとは直に逢って、『ま
たあした』の状態だった。経観塚・羽様が関るのはお話しの最後で、『来た』に過ぎな
い」

葛「第二章の柚明おねーさんは町へ『来た』状態で始り、経観塚の屋敷が『帰る処』です。
従姉妹の仁美さん可南子さんと直に逢い『又逢おうね』だけど、遠方で簡単ではないと」

柚明「第三章では町は描かれず、わたしは羽様で殆どを過ごし、一度だけ経観塚銀座通に
行く。実はエピソード選択の問題で、通学で日々銀座通には行っているのだけど、敢てそ
こを描かず、羽様に収束する流れを意識して。

 外界との接触も、杏子ちゃんからの電話は直に逢うのと違って間接的で。即答は出来る
けど、直に触れたりは出来ない。その内容も、杏子ちゃんのお父さんの海外赴任で国外に
行くという事で。中々逢えなくなってしまう」

桂「第四章はずっと羽様だね。経観塚銀座通も出ない。羽様の外の人との関りもほとんど
描かれず。外界との接触もお手紙で、触れて励ます事も即答も出来ない。内容も詩織さん
の訃報で、二度と逢う事が出来ませんって…。

 お姉ちゃんがどんどん人の世間から経観塚、羽様、ご神木、オハシラ様へ収束して行く
のが実感できます。お姉ちゃんがオハシラ様になる末を知る人から見ると、身震いする
よ」

葛「第三章と第四章でご神木の過去を描いたのも、『力』の修練進展と相まって読者視点
を『向う側』に引っ張る、作者の構成ですね。第三章で幼い双子を導く為に羽様残留を選
んだ時点で、柚明おねーさんの定めは既に…」

柚明「かも知れないわね。ならそれは正にわたしの選び取った定めであって、桂ちゃん白
花ちゃんの所為ではない。10年前の夜の事で、桂ちゃんが気に病む必要は一切なくなる
わ」

桂「柚明お姉ちゃん……」葛「自身が危難を受ける定めを、そのよーに読み取るですか」

柚明「わたしの関知や感応の『力』は、感性に左右されるの。わたしの物の見方考え方次
第で大きく伸びる一方で、機能不全にもなる。

 続く展開で、迎えが幼子ではなく叔父さんだった事に異変を感じるけど。逆にそれに囚
われて、わたしは幼子を捨て置く失敗を犯す。この時点では未だ傍にいたのに、気配を感
じただけで肉眼で確かめず。幼い双子がその後、山奥に行ってしまうのを止められず。こ
れはわたしの未熟さ・失敗を描くエピソード…」

桂「お母さんが体調不良で倒れれば、誰でもそっちを気にするよ……作者さんの説明では、
お母さんが幼子の前では元気を装って不調を気付かせなかったから、わたし達は憂いなく
森へ遊びに行ったとなっているけど。お姉ちゃんは察する『力』があるもの。気付けば絶
対気になるよ。それが失敗に繋るなんて!」

柚明「桂ちゃんが言った通りよ。『逆に悟れすぎて困りそうな気も』って」桂「あ…!」

葛「逆にそう言うネタを周囲に撒いておけば、『力』の持ち主は視えるが故に引き寄せら
れてしまう。誘き出しや陽動にも掛けられる」

柚明「ええ。柚明前章・番外編第12話の前半でも描かれたけど、感応の『力』が鋭い人は、
人の思惑渦巻く都市に長居すると負荷が掛る。第7話では廃ビルで人の想念の残り香が視
え。第6話では病院で傷病人の行く末が視え。でも全部を瞬時に的確に視通せると限らな
いから。視える様に配置して注意を惹けば『力』の持ち主を嵌める事も騙す事も、可能な
の…。

 だから『力』の持ち主もそれを想定に入れ、過去の知識や経験を踏まえて、深く広く様
々な角度から、適切な判断を下せる修練が要る。

 この時はわたしも未熟だったから、叔母さんに生じた異変に引きずられ大局を見失い」

桂「お母さんが不調だったんだもの、仕方ないよ。ってこの不調も伏線になるだっけ?」

葛「はい。この時点では不調の原因は唯の疲れだけど、深さが尋常ではなく、贄の癒しも
及ばなかった事。柚明おねーさんにも真因は不明だけど、桂おねーさんの母上は承知済ら
しー事。結構な時間を要した事、位ですね」

柚明「わたしの見立て以上に叔母さんの疲れが酷く、逆にわたしの『力』が消耗し。叔母
さんは家族に心配掛けない為に軽症を装っていた。それを視通せなかった事も己の未熟」

葛「消耗を案じた桂おねーさんの母上が、柚明おねーさんの癒しを一時止め。そこで時の
経過と桂おねーさん達の不在に気付きます」

柚明「叔母さんの癒しに及ばなかった以上に、叔母さんの不調に目を奪われ、わたしは一
番たいせつな人の所在把握を疎かにしていた」

桂「この失敗経験が、終盤にお姉ちゃんの即決を導く伏線になったって、作者メモです」

葛「その後の、羽様の大人3人の『誰が幼子を探しに行く?』段も、後々への伏線ですね。
万全に動けるのは桂おねーさんの父上だけど、気配を察する能力や足腰の強さ等、女性の
方が優れている。柚明おねーさんや桂おねーさんの母上の、優しさ故の頑固さや父上を言
いくるめる情景が描かれ。寛容で優しい父上の、肉体的強さや技能がない故の微妙な鬱屈
も」

柚明「わたしも叔母さんも、己の失陥を取り返したく。最優先で幼子を捜そうとした為に、
叔父さんの心情や立場への配慮を欠いて…」

桂「後で落ち着いて読み返すと、お父さんの心情も微妙だったって分るけど……緊急時に
そこ迄気を配るのは難しいよ。この伏線が後々炸裂するなんて、普通は想像つかないし」

葛「関知や感応の『力』を持つ柚明おねーさんにも視通す事が至難な上に、年下の女の子
と成人男性では、分っても対応できない場合、対応しては拙い場合があります。でも幼い
双子の捜索は急を要する。桂おねーさんの父上も寛容で温厚な人だから、事情は分って受
容するけど、抑えても心の奥底には鬱積が…」

桂「会社とか大人の世界だけじゃなく、子供の世界でもありそう。部活とかで秀でた後輩
と先輩の関係って、微妙だったりするもの」

柚明「今思えば才をひけらかしすぎたのね」


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8.柚明の失敗も伏線、桂達のそれも

葛「どこを探せば良いか分らないこの時、柚明おねーさんに微かな風の錯覚が届きます」

桂「オハシラ様の意志が届いたんだね。幼いわたし達がご神木間近に迷い込んでいますと、
伝える為の。でも未だ日没前なのに。この夏の経観塚で、ノゾミちゃんミカゲちゃんも日
没前に姿を顕したけど。簡単なことじゃ…」

柚明「ええ。月夜ならこれ以前に、オハシラ様の意志をお屋敷で感じ取る事もあったけど。
夕刻とはいえ日没前に感じ取れたのは、オハシラ様の導きと、笑子おばあさんのお陰ね」

葛「この微かな風による意志の伝達は、柚明間章への伏線になりますが、そこは今回は割
愛します。ここでのポイントは、柚明おねーさんがオハシラ様のお陰で、幼子の所在を視
通せた事。そして一度悟れた後は、オハシラ様の助けも不要に独力で、幼子の所在を悟り、
声を届かせ、危難を防ぎ止めた事ですね…」

桂「この後は、羽様の森を疾駆する情景です。お姉ちゃんは走りながら関知の『力』で遠
く離れたわたし達の状況を視て、感応の『力』で語りかけてくれて。でも危なかったんだ
ね。わたし達が不用意にご神木へ触れていたら」

柚明「この時に主が甦っていたでしょうね」

葛「幼子に森へ入る事を禁じたのは、遭難の危険とか、神域にみだりに入ると非礼になる
という以上に。贄の血の陰陽を満たす2人が、鬼神を解き放つ鍵だったからでもあると
…」

桂「無事にお屋敷に帰り着けた後で、お姉ちゃんが諭してくれた3つが、後々に繋る伏線
になります。森に入ってはダメ、蔵に入ってはダメ、お屋敷裏の薪の山に近づいてはダメ。
結局、わたしは全部破っちゃうんだけど…」

柚明「それはあなた達の所為じゃない。大人が何とかすべきだった。予め危険の芽を除い
ておけず、幼子に運命を任せる展開になったのは、わたしも含む羽様の大人の管理不行届。
桂ちゃん達は何も悪くない。仮にそれに罰や償いが必要なら、わたしが全て受けるから」

葛「柚明おねーさんが幼子を想う故に、桂おねーさんの父上の説諭を、中途で奪う形にな
っています。この辺も後から見れば『未成年なのに出過ぎ』と取られる辺りでしょーか」

桂「難しいね。お姉ちゃんはわたし達を守りたい想いや愛情や責任感が溢れ出て、言って
くれたと分るけど。この時はお母さんもお姉ちゃん支持な感じだし。でもそれがお父さん
には、更にややこしく感じられるのかな…」

柚明「葛ちゃんは身に染みていると思うけど、年下が、特に未成年が大人の事情に首を突
っ込むのは難しいの……叔父さんもわたし達を、大事に想ってくれている事に違いはない
のよ。

 作者メモが来ています。読み上げますね」

作者メモ「白花と桂を連れ帰り、寝つかせた後で、なぜ白花と桂をご神木に近づけてはい
けないのか、その事情を柚明が説明する中で、アカイイト本編で示されなかった、贄の血
の陰陽による主の封じの解き方が語られます」

葛「アカイイト本編で、幼い双子が主の封じを解きましたけど、複雑な事は望めませんし。
『力』の操りも未修練な幼子です。実際出来るとするなら、同時に触れる位でしょーと」

桂「この辺はアカイイトの原作者・麓川さん達も、公式ガイドブックや小説版やその他で
も何も触れてないから。作者さんも独自設定せざるを得ませんでしたと、言っています」

柚明「その際に、双子と言うより『贄の血の濃い男女』が贄の血の陰陽だと、久遠長文は
拡大解釈しているわね。姉弟でも親子でも叔父姪でも、異性である事が要件を満たすと」

葛「その上で、無秩序にあるだけの贄の血の『力』を操る術を学ぶ事が封じの鍵になると、
故に柚明おねーさんが桂おねーさん達の傍で、その成長を見守り導く必要があると繋る
…」

桂「ここでお姉ちゃんが主の像を視てしまいます。これは関知の『力』の効果なのかな」

柚明「わたしはオハシラ様に感応して、主を視知っているから。この時も実は鬼神の封じ
が解けそうな危うい状況だった。封じが解けた分岐の先にある未来が、視えてしまって」

桂「お父さんもお母さんも、お姉ちゃん程の実感がないから。その日の諸々の疲れなのか
なって心配して、休みなさいって勧め。お姉ちゃんも禍は未然に防がれたから、休む事に。
お父さんもお母さんも、柚明お姉ちゃんをたいせつに想っている。お姉ちゃんが、わたし
達をたいせつに想ってくれているのと同じ」

葛「大切に想い合う家族の姿っていーですね。身内で潰し合い貶め合う若杉では夢物語で
す。家族の愛を肌身に感じた柚明おねーさんの独白は、読む程桂おねーさんが羨ましーで
す」

作者メモ「わたしは支えられている。守られている。わたしが白花ちゃん桂ちゃんを大切
に想う様に、わたしも真弓さんや正樹さんに大切に想われている。1人ではない。それが
心強かった。オハシラ様もそうなのだろうか。この様に、羽藤の末裔が祭り続け、想い続
け、伝え続け、忘れ去られない事で、支えられ励まされる故に、お役を続けられるのだろ
うか。気の遠くなる程の年月、果ての見えぬ未来迄。

 誰にも憶えられなくなる程辛い事はない。
 誰からも忘れ去られる程哀しい事はない。

 わたしたちは世代を越えて想いを繋ぐしかできないけど、せめて伝え続ける事でオハシ
ラ様を支えたい。遠祖の想いを継ぐ事でオハシラ様の太古から今迄の行いが無為ではなく、
わたしたちの今を支えていると、更にはわたしたちが今後オハシラ様を支えていきますと。

 決して、忘れはしませんと。
 常に想いを抱き続けますと。

 それはわたしだけの想いではなく、正樹さんや真弓さんの想いでもあり、桂ちゃんや白
花ちゃんに、承け継いで繋ぎ伝え行く想い…。

 たいせつなこの人達の為なら、わたしは本当にこの身の全てを、捧げられる」

桂「誰からも忘れ去られ、支える人もいなくなって尚オハシラ様を担うお姉ちゃんを知る
わたしには。この夏まで全部を忘れ去っていたわたしには。身につまされる中身です…」

葛「アカイイト本編や柚明本章で桂おねーさんは、幼い頃の記憶を失っており、探し求む
者、真実に辿り着く者と描かれます。作者はそれとの対比を考え。柚明おねーさんを、ど
んな境遇にあっも絶対想いを手放さず忘れず、故にそれ迄の蓄積を活かす人物と描きまし
た。

 桂おねーさんが、ご両親から受け継いだ素養や一瞬の閃きで、意表を突いた逆転劇を導
くのに対し。柚明おねーさんは、その半生で得た経験や知識の蓄積から、粘り強く思慮深
く対処して、必ず間に合い持ち堪え、逆転劇の素地を整える。2人は正に好一対ですね」


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


9.柚明前章・番外編を挟んで

葛「再び場面が変るので、時の経過が描かれます。時間軸はいよいよ10年前のあの日に」

桂「この辺りは柚明前章・番外編の執筆を想定しつつって感じだね。アカイイト本編の番
外編WEB小説『髪長姫』等も取り入れて」

柚明「桂ちゃんが、長く伸ばした髪を自ら切ってしまったり。白花ちゃんが、涸れ井戸に
落ちた桂ちゃんを助けようと2人揃って落ちてしまったり。いつもの様にサクヤさんが叔
母さんと飲み交わす中、面白がって双子迄酔わせてしまったり。叔父さんが経済誌に載せ
ていたコラムが一冊の本になる為、東京で行われた出版記念祝賀に、真弓さんの代りにわ
たしが付いて行ったら、奥さんと間違われたり愛人と間違われたり、援助交際と間違われ
たり。真弓さんが鬼切部の懇請を受け、助力の為に暫く外出した間、お屋敷が嵐で停電し、
双子と叔父さんと不安な夜を過ごしたり…」

桂「お姉ちゃん、なんかとても嬉しそう…」

柚明「ええ。幸せの想い出を振り返るのは嬉しいわ。一番たいせつな人との愛しい時を」

葛「例え先に辛く哀しい展開があると分っていても、愛しい懐古は心を温めてくれます」

作者メモ「既に柚明の関知に、柚明の哀しみが映っています。唯なぜ何がどうしての詳細
が視えない。その理由も後で明かされますが。

 視える物は、日の射し込む森の中、オハシラ様のご神木が、高々と堂々とそびえる姿」

柚明「それがわたしの未来だった。わたしがご神木に宿るから。その姿が視通せたのね」

桂「回避できなかったのかな。何かの決断や手順を変えれば、あの結末を回避する事は」

作者メモ「柚明前章・番外編第2話『癒しの力の限り』前半から、笑子の言葉の引用です。

『定めというのはね、変えられる可能性があっても、敢て変えないから、定めなんだよ』

 柚明は決して思慮浅くない。あなたが敢て踏み込む事を選ぶ類の禍に、あなたが踏み込
まない事を選ぶなら、確かに未来は変るかも知れないけど、それは果たして良い変化かね。
一つの禍を避ける事が別の禍を呼ぶ事もある。大の禍を躱す為に敢て小の禍を招く事もあ
る。

『最善と思って選び取るから、それ以外にないと思って掴むから、それらの織りなす物だ
から、変え得ぬ定めと言うの。変え得るけど、変えない事を最善に思うから、何度その場
に立ち戻ってもその様に為す。だから定め』」

桂「何をどう変えても良い結果はないってこと? 10年前の夜が最善だったってこと? 
あれよりましな結末はなかったってこと?」

柚明「この時点ではどの分岐も悲劇に繋っていた。悲劇自体を避けるには、この日より前、
もっと前の段階から、前提を差し替えなければならない。でもそんなに前から、果たして
この結末に至ると、予見できたかどうか…」

桂「結末を知っているわたしも、今迄の描写からあの展開を辿る兆しは読み取れなかった。
どうなるか分ってなければ防ぐ事も出来ない。どうにも出来なかったのかな? みんなお
互いを心配し合い大事に想い合っていたのに」

葛「桂おねーさんのご両親も、柚明おねーさんを心配していたよーですけど。何が起こる
か分らねば、何に備えて良いか分らないので。

 人に害を為す鬼の宿る鏡を、封印済とは言えどうして幼子の手の届く処に、無造作に置
いてあったのかとか。2チャンネルのアカイイトスレでも疑問が示されていました。昔の
遺物がその由来や事情を忘れられ、蔵や物置の片隅で埃を被っている等、意外と良くある
という推察が、出されていたよーですけど」

柚明「この数日前にノゾミちゃん達の宿る古鏡『良月』が、羽藤家に返還され。離れの蔵
に収納されたのだけど。返還に立ち会ってないわたしは、その事実を知らなかったの…」

桂「そうだよね。良月がずっとあの蔵にあれば、修練を経たお姉ちゃんが呪物の存在・禍
の気配に、気付く筈で。千羽の鬼切り役だったお母さんも、『力』を使えるおばあちゃん
もいたし。それなら何か対策されている筈で、10年前の夜の事件が起きているのは変だ
し」

作者メモ「柚明の章では鴨川と羽藤の断交後、両者の間に介在した沢尻(博人の父)が、
祭祀手伝い等の口実で蔵に入り、羽藤の遺物を勝手に持ち出し、利得を得たとされ。良月
も、沢尻が鴨川の歓心を得る為に勝手に持ち出し、鴨川の名義で郷土資料館へ寄贈したと
されて。

 当時羽藤が財政面で沢尻に依存していた為、笑子は黙過しました。でも正樹はその行い
を許せず、10年前沢尻に返還と謝罪を求め。沢尻は郷土史研究家の正樹に遺物調査の名目
で、良月を渡し。郷土資料館に返さなくても良いから、良月は実質羽藤に返ったから許し
てと。

 この時柚明は羽様を外していて、良月返却の事実を知らず。蔵は羽藤の遺物を収納する
一種の結界で、柚明も外からは察せられず」

葛「人の事情で良月が持ち出されていたとは。わたしの先祖の陰陽師は、呪物を管理でき
る『力』と知識を持つから、羽藤に預けたのに。いえ、結構あります。当初の意義が忘れ
られたり、栄枯盛衰の末に何も分らぬ者の間をたらい回しにされたり。沢尻に持ち去られ
る迄、千年羽藤が収蔵出来た事が僥倖でしょーか」

桂「10年前の夜の直後、無人になったお屋敷へ沢尻さんが様子を見に来て、放置された良
月を回収し、郷土資料館に返したそうです」

柚明「蔵に良月があったのはほんの数日なの。わたしが蔵に入っていれば、呪物に気付い
た。ミカゲ達が強力な鬼でも、幼子の血を得る前なら、日中なら難なく処理できる。10年
前の悲劇は防げていた。でも当時わたしは、鬼切部相馬党との諍いで若干の穢れを負って
いて。悪影響を及ぼない様に、可能な限りオハシラ様や呪物を、遠ざける様に努めていた
の…」

葛「蔵に近寄らない動機があった訳ですか」

柚明「禍の兆しを感じた時に、羽藤歴代の遺物がある蔵は、見ておくべきだったのね…」

桂「柚明お姉ちゃん……」尾花+葛「……」

葛「作品の解説に戻ります。ここでは幼子も、大人の顔色を見て不安を抱き。柚明おねー
さんが『昼食と修練の後で遊んであげる』と約束して、笑顔を取り戻し。これも伏線で
す」

桂「そこに届いたお手紙が、お姉ちゃんを哀しませると同時に『視えた哀しみとはこれか
な』と錯覚させ。この偶然は酷いよ! もしこの日でなかったら、少しずれていたら…」

柚明「後の展開は、変らなかったでしょうね。

 わたしがこの手紙で得た哀しみで、その日の修練を止めていれば、定めは変ったかも知
れない。白花ちゃん桂ちゃんの周囲に花びらを舞わせて時間稼ぎする事もなく。突風に煽
られ制御を外れた花びらを、桂ちゃんが追い掛けて、薪の山に駆け上る事もなく。叔父さ
んの憤りを招く事は、なかったかも知れない。

 でもわたしはいつも通りを選んだ。哀しみに立ち止まるのではなく、前に進む事で応え
ようと。そのいつも通りが10年前の夜を招いたのなら。それは白花ちゃんや桂ちゃんの所
為ではなく、わたしの選択の招いた結末なの。

 ごめんなさいは正にわたしの言葉なのよ」

葛「……手紙の中身に移ります。要点は、送り主が平田さんではなくてその母上である事。
柚明前章・第二章から今迄を繋ぐ手紙の応答。平田さんの筆圧が減り、ワープロ字に変っ
た事から彼女の体力低下=病の悪化を推察して。平田さんの最期の手紙の中身に移り、最
後は逝去を報せる平田さんのお母上のお礼状と」

桂「間に挟まれたお手紙は、柚明前章・番外編で幾度か使われたね。お姉ちゃんと詩織さ
んが、ずっと相思相愛だったって示す為に」

作者メモ「柚明が町にいた頃の幼友達・杏子と詩織は、柚明の幼い幸せの象徴です。なの
で基本的に、2人と柚明の再会はありません。一般に、幼い幸せは取り戻せない物なので
…。

 唯、取り返せない筈の人の生を取り戻した柚明本章の後の柚明なら、微かな可能性は」

桂「後日譚もかなり進んでいるのに、思わせぶりな記述だね。もしかして柚明後章で?」

柚明「焦らずに待ちましょう。久遠長文は遅筆だけど、一度立てた構想は確実に進めるわ。
どの様に結実するのかはお楽しみに。今は柚明前章・第四章の解説を、進めましょう…」

葛「手紙の筆圧等で、平田さんの病の進行や状態が、柚明おねーさんには分るのですね」

柚明「徐々に前向きな事柄から、懐古や想い出に話題の比重が移るのも感じ取れたから」

桂「分ってもどうにも出来ない……贄の癒しは病に効かないし、それ以上にお姉ちゃんの
生活の場は経観塚で、福岡に移り住んだ詩織さんに触れて癒したり、励ます事はできない。

 どうにも出来ないってことも、これに続く10年前の事件の暗喩になって、いるのかな」

柚明「作者メモで、詩織さんの遺言です…」

作者メモ「わたしはどうやら、わたしの全種目を終えつつある様です。ゆめいさんもどう
か、その全種目を最期の最期迄頑張り通して。

 わたしの憧れた人、わたしの恋した人、わたしの心に踏み込んでくれた人、そこ迄大事
に想ってくれた初めての人、わたしの永遠に一番たいせつなひと、羽藤柚明さま」

桂「詩織さんもお姉ちゃんも、可哀相だよ」


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10 運命の日・禍の兆し

柚明「わたしがオハシラ様を務め続け通せた一因は、詩織さんの手紙の故でもあったの」

葛「勝算も見えず続く過酷な挑戦。この後で柚明おねーさんが置かれる状況は、平田さん
に近似ですが。これを励みに出来る心の柔らかさ強さは、柚明おねーさんならではです」

桂「詩織さんのお母さんのお手紙で、詩織さんがお姉ちゃんをどれ程愛し恋し、心の支え
にしていたのかが、感謝と共に描かれます」

柚明「わたしは詩織さんに届かなかった己の力量不足を噛みしめ、初めて贄の血の濃さの
不足を感じるの。もう少し早く修練を始めていれば、己の贄の血がもっと濃かったならと。

 家族全員の死を招いたこの血を、鬼が好み貪る贄の血を。かつては拒みたくても拒めず
に漸く受け容れたこの血を、足りないと迄」

葛「良くないフラグですね。いつもと異なる印象や言動は、作品展開的に悪い兆しです」

桂「軍人さんや殺し屋さんが、この仕事を最後に引退するとか結婚しようとか、子供でき
たとか語ると、必ず生命を落すって言う?」

柚明「サクヤさんに抱く想いが一夜限りでも叶ったのは、そのフラグだったのかも知れな
いわね。幸せやたいせつなの誰かとの繋りを予め示す事で、その後の落差を強調する…」

葛「そして平田さんとの断絶・平田さんの人の世間との断絶が、この後に訪れる柚明おね
ーさんの、人の世間との断絶を暗示します」

桂「柚明お姉ちゃんが、わたしとお兄ちゃんを想う故に、最期迄詩織さんを一番に想えな
かった悔いが切ないよ。それを読んで漸くサクヤさんの苦味も実感できました。サクヤさ
んも最後迄、お姉ちゃんもおばあちゃんも一番には想えなかった。姫様を一番に想うから。
でも本当にたいせつだったから、一番に想えなかった事は後ろめたく、悔いが残って…」

作者メモ「柚明の手向けの言葉と独白です。

『詩織さん……忘れない。絶対忘れないよ』

 せめて忘れまい。詩織さんと過した年月を、詩織さんと交わしたやり取りを、詩織さん
に抱いた想いと、詩織さんから寄せられたわたしへの想いを。詩織さんの為に流す涙
を』」

桂「詩織さんに応える為に、今後誰かを救える技能や力量を備えておく為に、柚明お姉ち
ゃんは絶対に修練の手を止めません。その強い想いの積み重ねが、後の諸々を招くなら」

柚明「わたしに、他の分岐はなかったのね」

葛「柚明おねーさんと桂おねーさんの母上の修練・対戦は経緯を割愛し、結果のみ示され。
この時点で千羽の八傑に即入れる技量を持つ柚明おねーさんですが、流石に元当代最強に
は敵わず……否ここ迄戦える事が凄いです」

桂「お母さん、本当強かったんだ。お姉ちゃんが尋常じゃなく強いから、そのお姉ちゃん
が挑んで敗れて、その更に上だと初めて分る。と同時に、ここで初めてお姉ちゃんが、花
びらを戦いに使っています。贄の血の『力』を使うからできる、綺麗で幻想的な技だけ
ど」

葛「アカイイト本編のユメイルートや柚明本章への伏線ですね。可憐で美しいですー…」

柚明「この技は美しさよりも、実用に迫られてなの。軽くてひらひらして、僅かな気流の
変化で動きを変えられる。数多くの花びらが『力』を帯びて守りを担い、敵の視界を防ぎ、
包囲して迫る。一つ二つ切られても怯まず敵の動きで生じる風を受けて回避し、回り込み。

 この頃のわたしは、昼でも陽光の減耗を込みで『力』を及ぼし、風の流れを変えられる。
機能的な物は美しいという言葉を聞いた事があるけど、そう言う事かも知れないわね…」

葛「ここで各種の伏線が動き始めます。まず幼子が、遊んでくれる約束を叶えてと柚明お
ねーさんに求め。それに応えようとした瞬間、桂おねーさんの母上に例の不調の兆が見
え」

柚明「この時のわたしは、叔母さんの不調を癒す方を選ぶの。でもその結果、幼い白花ち
ゃんと桂ちゃんをおざなりにして。花びらを周囲に舞わせて時間稼ぎして。幼子を落胆さ
せたくなかったのだけど、この措置が中途半端で、後で問題に」桂「柚明お姉ちゃん…」

葛「桂おねーさんの母上は不調な時に、周囲に心配を掛けまいとする余り、却って強気で
頑固になる傾向がありますね。心配する桂おねーさんの父上への返しに余裕がなく。父上
の鬱積が堪りそうな炸裂の予兆を感じます」

柚明「『力』を帯びた花びらも、強い風には乱される。時間稼ぎの技は中途半端で、幼い
桂ちゃんは突風に煽られた花びらを追い掛け、お屋敷の裏で薪の山に駆け上ってしまい
…」

葛「桂おねーさんは当代最強の血筋ですので、修練はなくても素養や瞬発力があります
し」

桂「わたしがここで足を折る位の大ケガしていれば、夜に蔵へ入る事もなかったのに…」

作者メモ「正樹が幼子を叱ります。通常の大人なら良くある展開ですが、温厚で公正な正
樹には珍しく。苛立ちや不安の影響が表れています。父に叱られ馴れてない桂は動揺で泣
き喚き。責任を感じた柚明は幼子を庇います。それが正樹には『子供の出しゃばり』に映
り、鬱積や大人のプライドに火を付けてしまう」

柚明「叔父さんは若い頃に大病を患って、無理の利かない体質になっているの。だからわ
たしの様な修練が出来ない。努力ができない。贄の血の濃淡も生れつきで変えようがな
く」

桂「初めて読んだ時は、どうして日頃の冷静さ寛容さを見せてくれないのって思ったけど。
読み返す内に、お父さんの置かれた立場や気持が分ってきて。肉体的な強さは男性が優る
って常識の中で、羽藤家ではお母さんとお姉ちゃんが強く、お父さんは鍛える事も出来な
い。番外編では物書きとして漸く本を出版できたけど、お母さんが鬼切部に助力した臨時
収入や、お姉ちゃんの機織りの収入が優っている。家の大黒柱としては難しいよ。だから
この時の事は仕方ない、とは思えないけど」

葛「桂おねーさんの父上は、寛容で粘り強く優しい人物だったよーですが……微かに感じ
た禍の兆しへの苛立ちや不安もありますし」

柚明「叔母さん相手なら、年下でも不発で済んだ。でもわたしは未成年で、叔父さんにと
っては『おばあさんから託された人』だった。傷つけてはいけないと思う余り、その腕の
届く範囲を超えて動く事が、不安を招いたの」

葛「ここでは、柚明おねーさんを想う幼い白花さんの応対に注目です。これも伏線です」

桂「そしてお母さんが今迄になく酷い不調で意識を失って、お姉ちゃんの癒しを受け…」

葛「柚明おねーさんの癒しは、アカイイト本編ではそれ程詳細な設定が示されてないので、
作者は柚明の章で拡大解釈しています。傷や疲労に効くけど、ある種の病には効きにくく、
老いには尚効きにくいとか。手を握るより抱き留める方が効率良く、肌身に流し込む方が
尚有効とか。登場人物の密な触れ合いを描くのに都合良い設定ですが、柚明おねーさんと
桂おねーさんの母上が絡む絵も又、濃密で」

桂「ご、誤解のない様に、弁明しておきます

 柚明お姉ちゃんは大事なお話しをする時や想いを通わせたい時、心を込めて癒しを為す
時は。抱き留めて頬合わせたり、瞳を覗き込んだり、両手を胸の前に持ち上げて握り合っ
たり、後ろから首筋や胸元に両腕を回し耳元に囁きかけたり。色々と親愛を肌身に伝える
けど。淫らな図ではないのです。お姉ちゃんはいつも真剣なだけで、邪な意図は決して」

柚明「有り難う、桂ちゃん。嬉しい……一生懸命語りかける桂ちゃんも、愛らしいわ…」

葛「生命の危険を凌いだ処で、柚明おねーさんは桂おねーさん達の様子を伺いに行き。お
腹をすかせた幼子に、高い棚から羊羹を取り出して、おやつとして与え。これも伏線です。
素敵な宝物がどこかに隠れていると、幼子に感じさせ。幼子が蔵に行ってしまう遠因に」

桂「お母さんが起き上がれる位まで回復して、みんなでお夕飯です。アカイイト本編お姉
ちゃんルートの回想でも、さらっと触れているけど。食後に見たテレビ『附子』がわたし
に、隠された処に宝物があると印象づけ、この夜、白花ちゃんと2人で蔵に行く事に繋り
ます」


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11 正樹との和解・最後への伏線

葛「幼子を寝つかせた後、大人3人で反省会ですね。桂おねーさんの父上が、自身の非を
全面的に認めて頭を下げる処は、流石です」

桂「羽藤家の仲直りが示されて、ほっとしました。互いを大事に想い合うからこそ、時に
何かの間違いで仲違いするけど、時間や手間は掛っても、必ずみんな初心に戻れるって」

葛「時間が掛ってしまった事が、この夜の致命的失陥なのですけど……そんな展開が待つ
なんて、誰にも想像つかないですからね…」

柚明「ここで叔母さんの不調の原因が明かされます。この不調は、アカイイト本編の烏月
さんルートで、烏月さんが『魂削り』を用いてミカゲ達を撃退した後、『力』を使い果た
し昏倒した経緯を、久遠長文が拡大解釈した『生気の前借り』の反動と語られ。同時に叔
母さんが、なぜ当代最強だったかの説明も」

葛「普通の千羽の強者は……と言っても鬼切り役クラスですが、生気の前借りに限界があ
ります。好き放題に補充は出来ない。でも桂おねーさんの母上は特異体質で、生来の剣の
疾さ強さ鋭さ以上に、遠い未来から好きなだけ生気を前借りできる。反動を承知で借り続
ければ、他の鬼切り役より遙かに長く戦える。

 問題はその反動も後々に現れてしまう事で。普通の強者なら、概ね数週間でその反動に
対応できますが、桂おねーさんの母上は未来のいつにその反動が返ってくるか、分らな
い」

桂「柚明前章・番外編では、何度か不調になるお母さんが描かれていたね。それを癒すお
姉ちゃんも、『力』の修練進展を示す感じで。

 そして反動の時に風邪でも引けば、抵抗力が最低なので一気に悪化して生命も落す……
これが夏のお母さんの突然の病に、繋って」

柚明「反動に備えて鬼切部は、鬼切り後の強者に休養を与え、完全看護の体制を整えるの。
でも千羽党を抜けた叔母さんにそれは望めず。せめてわたしが寄り添う事が出来たなら
…」

葛「作者の裏設定で、今回桂おねーさんの母上が倒れた酷い疲弊は、サクヤさんと戦った
時の分です。最強の敵・遂に勝てなかった唯一の相手故に、前借りした生気も最大だった。
だから逆に、桂おねーさんの母上が亡くなったこの夏に生じた反動は、違うよーです…」

桂「この夏のお母さんの病に、サクヤさんの関係はないと分って……少しほっとしました。
お話しの上でも羽藤の家族は仲直りできたし。でも、大人がお話しに集中していたこの時
に、わたしと白花ちゃんはお屋敷を出て蔵へ…」

柚明「アカイイト本編のユメイルートを知る人には、どうして大人の誰にも気付かれず幼
子が離れの蔵へ行けたか、謎でしょうか?」

葛「そーですね。特に柚明の章では、気配を察する『力』を明記された柚明おねーさんや、
桂おねーさんの母上がいる中で、幼子の動きが察知されないには、事情が要ると思ってい
ましたが。こういう背景があったのなら…」

柚明「柚明の章では、叔母さんが倒れて意識不明になっている。その夜にお屋敷を抜け出
した、桂ちゃん達の神経を疑う感想もあって。その事情は作者も考えていて、後日譚第3.
5話『白花の咲く頃に』丙で明示したけど」

葛「赤い輝きで局面が変ります。柚明おねーさんはこれを見た時に、自身の定めを視通し
たのですね? 桂おねーさんを守るには、自らがオハシラ様になる他に方法がないと…」

柚明「ええ。ミカゲ達の事は良く視通せなかったけど、たいせつな人の未来は視えたわ」

作者メモ「最早最善を尽くす他にない。最善を尽くせば、己以外の羽藤の家族は助け得る。

 羽様の森を、幼い双子を求め疾駆する大人3人の描写は前回に準じますが、緊迫感は段
違いです。そして読者皆さんがご存じの様に、この終局はハッピーエンドにはなり得な
い」

柚明「ノゾミちゃんが叔母さんに切られる情景は、アカイイト本編のユメイルートでも描
かれたから。わたしはミカゲと対峙した事に。ご神木に近寄れないミカゲ達は、幼子に暗
示を掛けて、封じを破る様に設定して、それを妨げるわたし達を足止めしようと戦いに
…」

桂「お姉ちゃん、千年を経たミカゲちゃんに優勢だったんだ……お母さんもすごいけど」

柚明「勝敗は問題ではなかったの。早く幼子を止めなければいけなかった。主が解き放た
れる以上に、解き放たれた鬼神の前に濃い贄の血の幼子がいる事態は拙い。主を止められ
ない以上、その復活を止める他に術はない…。

 でも、僅かでも桂ちゃん達の血を得たミカゲ達は老獪で強力で、中々打ち倒せず。その
間にオハシラ様が還されて」葛「痛恨です」

桂「10年前、わたしとお兄ちゃんで還しちゃった、サクヤさんの一番たいせつなひと……。
わたしまだサクヤさんにしっかり謝ってない。操られていたとは言っても、サクヤさんの
一番たいせつなひとを、喪わせちゃったのに」

葛「いつかは還る定めでした。偶々それが10年前の夜でしたけど。勇気と知性に溢れた女
性ですが、その故に永遠にあの状態を保てぬ事も承知の筈で。主を還し終えたら、オハシ
ラ様の存在意義も終る。サクヤさんを見守り、一緒に生を謳歌する為の長命ではないので
す。

 そのお陰で千年後に、サクヤさんを救う助けも為せました。オハシラ様にならなければ、
叶わなかった奇跡です。たいせつな人に役立てた。収支で言えばプラスもあった。尤もそ
れらを以てオハシラ様の定めを、竹林の姫が幸せと受け容れたかどうかは、微妙ですけど。
千年の無為・永劫の無為は、想像を超えます。ご神木に鬼神と同居する傷み苦しみ哀しみ
も。

 サクヤさんには言い難いですが、彼女は還して貰えて、ほっとしたかも知れないです」

桂「……そう、なのかな……」尾花「……」

柚明「苦しみや哀しみは、不幸せや幸せとは違う。オハシラ様になってたいせつなひとに
役立てて、わたしは幸せだった。愛しい人に迫る禍を防ぎ止めたから。愛する人の未来と
幸せを守り繋げたから。だから長久に封じの要を務められる。たいせつな人が脅かされた
時には、主も封じも差し置いて守りに馳せる。

 60年前の竹林の姫の、サクヤさんに生きて欲しいとの強い想いには、迷いも悔いも見え
なかった。サクヤさんが助かった後も彼女は、封じの要を務め続けた。最期の瞬間迄、為
せる事に全身全霊で。悔いや心残りはあっても、彼女は充実した時を生き抜いたと思うわ
……。

 桂ちゃんに罪はないけど、今度2人でサクヤさんにお話ししましょう。あの夜の真因は
わたし達羽様の大人の管理瑕疵なの。でも桂ちゃんは心優しく責任感強いから、理よりも
情の面で、サクヤさんに負い目を抱いている。そこはわたしも補うべきだと想うから、
ね」

桂「1人でお使いに行けない子供の様な感じもするけど、一緒してもらっても良い…?」

柚明「桂ちゃんが望んでくれるなら喜んで」


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


12.最期の覚悟と暗転

桂「お姉ちゃんがお母さん達に追いつくこの情景は、わたしも憶えがある……アカイイト
本編のお姉ちゃんルートで夢で視た過去…」

作者メモ「柚明の言葉と独白です。

【ええ。わたしが生命尽きる迄捧げる積り】

 それがわたしの望みだった筈だ。わたしが、心に想い定めたこの世で一番たいせつな人
の為ならば。両親や、生れる前に息絶えた妹の生命と引換に生き残れたこの罪深いわたし
が、生きる値を持てたのは、生きる目的を持てたのは、生きる意志を持てたのは、双子の
お陰。何の為に今迄この生命を繰り越し保ってきた。

【だから、全てを捧げ尽くし、干涸らび朽ち果てても、あの2人がそれを苗床に元気に巣
立って行っても、悔いはないの。幸せなの】

 瞳の裏に浮ぶのは愉しく愛おしかった日々。

『この年月がある限り、それを胸に抱く限り、生きても死んでも、わたしの生命に意味は
あった。姿形の在り方がどう変っても、この想いを保つ限り、わたしは悠久に幸せです』

 今この時を、確かに強くしっかり刻む。

 後から幾度振り返っても、思い返せる様に。思い出せない程心が摩耗し、果てしなく長
い時が過ぎ去り、振り返れぬ程遠ざかった果ての末にも、素晴らしかったと応えられる様
に。全てを失う絶望の闇の向うでも光抱ける様に。

 腕の震えを抑え込む。怯える心を封じ込む。
 泣き顔は駄目。最期の泣き顔は後味が悪い。
 今は唯、己の受け容れる定めに静かに従う。

 わたしには、わたしの個の幸せより大切な物がある。わたしには、わたし自身より守り
たく想う人がいる。わたしには、わたしの何を犠牲にしても絶対失いたくない笑顔がある。

『桂ちゃん、白花ちゃん。わたしは、いつでも、ここにいるわ……いつ迄も、いつ迄も』

【大丈夫。わたしはどこにも行かないから。
 ずっと、ずっとこの羽様に居続けるから】

 わたしに真に大切なのは、わたしが生きる値であるあの双子の微笑みで、わたしが生き
る目的であるあの双子の守りだ。その為ならわたしは何度でも命を捧げられる。その為な
らわたしは悠久の封印も耐えられる。わたしは本当に血の一滴に至る迄、最後の一滴に至
る迄、生贄の一族の思考発想の持ち主だ…」

桂「お姉ちゃん……」葛「柚明おねーさん」

柚明「ここで、アカイイト本編で描かれてない展開が挟まります。これは白花ちゃんに主
の分霊が寄生する前振りです。わたしの生気が強すぎてご神木への同化が遅れ、主の蘇り
に間に合わなくなりそうで。主が解き放たれた後で封じの要を継いでも意味がない。わた
しは叔母さんにこの身を切って、生命を断ってと願うけど。叔母さんはわたしを切れず」

桂「切れないよ。お姉ちゃんは家族だもの」

葛「桂おねーさんの母上は、生気の前借りの反動で気力体力が落ちていて。ノゾミさんを
切った時は、借金を返すのに借金する感じで、更に前借りしていたのだけど、それを為す
には強い気迫・想いが要る。柚明おねーさんを切る為には、それが為せなかったよーで
…」

柚明「わたしがそこ迄愛されていた事は嬉しいかった。でも、それでは全員生き残れない。

 わたしは叔父さんに頼んで、刃で身を貫いて貰って同化を促し、主の甦りを食い止めて。
本来なら自害してから、同化するべきだった。わたしの準備や覚悟の不足で、叔母さん叔
父さんに辛い決断・苦味を強いてしまった…」

桂「お姉ちゃんの気迫が凄い……お姉ちゃんを突き刺せないお父さんに、おばあちゃんの
言葉を降ろして刺させる。何を踏み躙っても為さねばならないと、羅刹の様な強さ激しさ。

 そしてその後でお父さんに謝る時の優しさ切なさ・申し訳なさが、本当に辛そうで…」

柚明「この時は本当に叔父さんに申し訳なく。結局わたしは叔父さんの言う通り、子供な
のに出来ないのに背伸びして、最後は助けられ。抱えきれない苦味を終生負わせてしまっ
て」

作者メモ「柚明の遺言です。

『そうそう、サクヤさんに伝えて下さい…』

 最後に一つだけ、思い残しがあった。きっとサクヤさんは、今夜のこの結果に憤慨する。
残った人、特に真弓さんに、誰にも向けようのない哀しみと怒りを、ぶつけるに違いない。
だから真弓さんに頼めば、一番確かにサクヤさんに伝えて貰える。わたしの最期の想いを。

『オハシラ様を守れなくて、済みませんでしたと。サクヤさんの一番たいせつなものを守
れなくて、済みませんでしたと。それから』

『わたしは望んでこの選択をしましたと』」

桂「ゆめいお姉ちゃん……」葛+尾花「…」

柚明「この後アカイイト本編の通り、白花ちゃんが主の分霊に憑かれるの。アカイイト本
編ではその描写が『わたしの欠落した穴に何かが入ってきた』と抽象的だけど。柚明の章
は具体的で。気絶から目覚めた白花ちゃんの前で、わたしが叔父さんに刃で貫かれ。その
悲憤に主の分霊が同調し、心に入り込むと」

葛「幼い白花さんは、鬼に入り込まれると忽ち心を乗っ取られ。唯の血に飢えた鬼となる。
目の前には濃い贄の血を宿す幼子が1人いた。柚明おねーさんはご神木への同化途上で何
も出来ない。桂おねーさんを貫こうと迫る鬼の手を、父上がその身で生命で防ぎ止めて
…」

桂「お父さんが、わたしを守る為に生命を」

作者メモ「あの夜の最後と最終段の初めです。

『雨は降り止まない。わたしの心の雨も降り止まない。槐の花を散らせ、多くの生命を散
らせ、わたしの想いを幾つも散らせ、雨は全て押し流して行く。時も押し流されて往く』

『日の射し込む森の中、槐の巨木が天に向って堂々と伸びていた。それはとても美しくて
力強い。白い花の舞い踊る様は、それが幾度目の夏でも、とても香しく心落ち着かされる。

 今日はこの巨木を訪ねる人がいた。枝葉からの木漏れ日の中、巨木に向き合って見上げ
る様に、その幹に軽く手を触れ立ち尽くし』

【正樹は、結局助からなかったよ……】」

柚明「ご神木に宿ったわたしは、訪れてくれた人から情報を教わる他に、遠方の事を知る
術が無く。この時はサクヤさんが来てくれて。

 叔父さんはこの傷で結局生命を落し、白花ちゃんは主に体を乗っ取られた侭行方不明」

葛「サクヤさんの言葉で、作者メモです…」

作者メモ「『桂は……全部、忘れたってさ』

『あの夜の事は、6歳児には重すぎた様でさ。双子の兄を失い、父を失い、あんた迄失っ
た。何か思い出そうとする度に、赤い頭痛がするって、痛い痛いと毎日毎日泣いて、泣い
て』

 最後には真弓も、火事で全部焼けたって話にして、傷口を塞いでしまった。正樹は父親
だから居た事になっているけど、白花もあんたも、桂の中では最初からいなかった扱いさ。

 酷い話だろう。あんたは、忘れない事を失った者達との絆にして必死に生きていたのに。
事もあろうにそのあんたを、あんなに近しかったあんたを、いたって事も忘れるなんて」

桂「ゆめいお姉ちゃぁん!」葛+尾花「…」

柚明「もう少し、作者メモです」

作者メモ「サクヤ『真弓の処に行ってきた。どやしつけてやろうと思ってさ。当代最強の
あんたがいながら、このざまは何だって』

 泣かれたよ。あの真弓が、ぽろぽろぽろぽろ涙を流して、あたしに崩れかかってきたよ。

『あんたに、申し訳ないって。あそこ迄して貰いながら、あんたの幸せを守りきれなくて、
あんたに合せる顔がないってさ。あたしは』

 真弓があんな風に、泣き崩れるのなんて見た事もないし、想像も出来なかったよ。結局、
あたしも約束を、守れなかった口だからねえ。

【分ったよ。笑子さんの大切なひとたちの幸せは、あたしが守るよ。必ず、守るからさ】

『結局約束を果せたのは、あんた1人だけ』

 義理堅いにも程があるよ、あんたはさ…。

『それ以上強い事は言えなかったよ。真弓は、桂の成長を待って、事実を話す積りらし
い』

 伝言を預ったよ。暫くは来られないからと。
 残された幸せだけでも守ると、伝えてって。

 そうそう。白く淡い輝きを帯びたちょうちょの髪飾りを、彼女は槐の巨木の根に置いて、

『羽様の屋敷から持ってきたよ。これは眠らせて置くより、あんたが身に付けて似合う』

 あんたは、珠の様に可愛らしかったから。
 不意にその美貌が、激情に大きく歪んで、

『何で、何であんたが、あんたがっ』

 望んでなっただなんて。そんな、そんな。
 幹を叩き付ける震動が想いの強さを示す。

『あたしは何度手遅れを見れば良いんだ!』

 泣き崩れる様が愛おしい。幹を通じて流れ込む感情のうねりは、本当は封じを揺らす物
だけど、わたしはそれが例え様もなく嬉しい。

《有り難う……来てくれて……嬉しい……》

 整理された言葉ではなく、漠然とした想いしか伝えられないけど。耳に届くと言うより、
肌を通じて、震えで伝えるのが精一杯だけど。わたしの反応に、彼女は驚きに目を見開い
た。

 伝わった。大切な人に、想いが、漸く。
 それが精一杯だけど。今の限界だけど。

『血が……あんたの血が、あたしの中に流れていたんだ。あんたはあたしの中で息づいて
いる。そうかい、そう言う事かい。ああ!』

 サクヤさんの中に流れるわたしの血を介して共鳴できる。心が微かにでも伝えられる」

葛「ここで、前半の吸血を伏線に使うとは」


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13.第四章を読み終えて・次回予告

葛「全てを解説しきれてない気もしますけど、もう残り分量が僅かですね。作者メモで
す」

作者メモ「最終段、サクヤと柚明の応答です。

柚明《わたしは……幸せです……今でも尚》

 たいせつなひとの幸せを護れれば。
 その人に忘れ去られても構わない。

 誰1人、わたしを知らなくなっても。
 誰1人、わたしを憶えていなくても。

 わたしが大切な人の為に尽くせているなら。
 わたしが大切な人の幸せを支えているなら。

 わたしはその事実で幸せ。とても、幸せ…。

 誰に知られなくても、わたしが知っていれば良い。誰に忘れ去られても、わたしが守り
通せれば良い。返される想いなんて求めない。わたしが、たいせつなひとを守りたかった
の。

《わたしはわたしが愛したから為しただけ。気持を返して欲しいなんて、思わない。憶え
ていて欲しいとも、感謝して欲しいとも…》

サクヤ『せめて、あたしは、忘れないから』

 あたしは、悠久にあんたと過ごすから。

 誰が朽ち果てても、誰が干涸らびても、あたしはあんたを忘れない。ずっと、ずっと同
じ時を生き続ける。今こそあたしはあんたと一緒の時間を生きられるんだ。あたしだけが。

『全てが終る、長い時の彼方の滅びの日迄。
 主を還し終ってあんたも還る最期の日迄』

 この様にして、わたしは悠久に時を刻む。
 この様にして、わたしは永劫に時を刻む。

 風が吹いて満開の槐の白花を散らせ行く」

柚明「久遠長文は、柚明前章を『第四章の末尾を描く為に描き始めた』と言っています」

葛「返される想いを求めない。第一章からこの言葉を引っ張ってきましたが、正にその通
り。力強くて美しいけど、悲壮な終局です」

桂「ひどいよぉ。みんなお互いをたいせつに想い合っていたのに。禍を回避しようと頑張
って努力して、その結果がこんな悲惨な…」

柚明「桂ちゃん……」葛「桂おねーさん…」

桂「わたしが……わたしが、あの夜蔵に行ってなければ。わたしが、ノゾミちゃん達を解
き放ってなかったら。主の封じを解いてなかったら。そもそもわたしが生れてなかったら、
羽藤のみんなは今も仲良く愉しい日々を…」

(柚明が歩み寄って桂の頬を懐に抱き留め)

柚明「そうではないわ。絶対、そうじゃない。

 叔父さんも叔母さんも、桂ちゃんを心の底からたいせつに想い、最期迄守り支えていた。
白花ちゃんも、桂ちゃんを必死に助けてくれたでしょう? 悪夢の奥の奥迄も踏み込んで。

 桂ちゃんが禍を招いた訳じゃない。禍を起こした訳でもない。後日譚第3.5話で示さ
れた通り、桂ちゃんに何も過失はなかったの。禍の起こる時・起きる場に、偶々居ただけ
…。

 確かにみんな桂ちゃんの幸せを願っていた。哀しみや涙は願ってない。感謝の想いを抱
く事は大事だけど、桂ちゃんが悲哀や悔いに沈む事は誰の願いでもない。分るでしょ
う?」

桂「で、でもわたし……お姉ちゃんを、オハシラ様にして……生命助けられて全部忘れて。
陽子ちゃんやお凜さんと学校行って、ハック行って愉しく遊んでお喋りして。サクヤさん
とおいしい物食べて、一緒にテレビ見て笑い。10年お母さんに甘えて過ごし。その間ずっ
と欠けることなく、お姉ちゃんはオハシラ様を。

 こんなにたいせつな人なのに。こんなにたいせつに想われていたのに。この手がやった
ことなのに。全部忘れて気楽に普通の人生を……許されない、絶対許される筈がないよ」

葛「……桂、おねーさん……」尾花「……」

柚明「わたしが許すわ。この世の何がどうなろうとも、わたしは最後迄あなたを愛し許す。

 この世の誰1人桂ちゃんを許さなくても。
 桂ちゃん自身許されたくないと願っても。

 羽藤桂と羽藤白花は永久にわたしの一番たいせつな人。身も心も尽くし捧げる心の太陽。
あなた達が生れてくれたお陰で、わたしが今ここに居られるの。愛させて欲しいのはわた
しの願い。守らせて欲しいのはわたしの望み。何度でも進んで喜んで全て捧げて悔いもな
い。

 あなたが幾度過ちを犯しても。あなたが幾ら罪に塗れても。わたしはいつでもいつ迄も、
必ずあなたを受け容れ許す。そしてもし桂ちゃんに、他の人に犯した重い罪があるのなら、
わたしが人生を注いで一緒に償うから……」

桂「ゆめい……おねえちゃん……」葛「…」

柚明「桂ちゃんの行いは正解だった。桂ちゃんにそうして欲しくて、そうなって貰う為に、
わたしは己を捧げたの。10年後に想い出して貰えた喜びは、わたしには余録の様なもの…。

 10年前幼い心を壊されそうになって、本能は正気を守り通す事を選んだ。それは何も悪
い事じゃない。幼子が精一杯生き抜いただけ。

 わたしの願いは、たいせつな人が日々に確かに向き合って、生きてくれる事よ。あの夜
を忘れられずに心砕かれるより、毎日悲嘆に暮れて暗闇の繭に沈むより、この方が遙かに。

 だから過去だけじゃなく今から未来を見て。
 あなたの外側に開けている世界を見つめて。

 桂ちゃんに生きて貰う事がわたしの願い」

葛「この状態の桂おねーさんを、落ち着かせ救えるのは、柚明おねーさんだけですね…」

桂「お姉ちゃん主人公なのに扱いがひどいよ。アカイイト本編の扱いがきついから、全部
作者さんの責任と言えないけど、何とか出来なかったの? もう少しぬるま湯な地獄と
か」

葛「ぬるま湯な地獄という言葉は果たして」

柚明「羽藤柚明を描く為に、アカイイト本編のユメイを描く為に、不可欠との判断なのね。
例えそれが辛く哀しく苦い展開でも結末でも。その途を通らねば、柚明本章又はアカイイ
ト本編を経たわたしも『今』も、存在し得ない、成立しないと……今こうして桂ちゃんを
愛しむ事が出来るのも、拾年前の夜を経て、夏の経観塚を経たからで。柚明前章に続いて
柚明本章又はアカイイト本編が、あったからだと。

 禍福はあざなえる縄の如し。逆にこの話しをこの結末で通り抜けなければ、10年前の夜
を経なければ、今もなかったかも知れない」

葛「ベストの選択があの結果を導いたと言う事が、真の悲劇なのかも知れませんね。悲劇
回避できる分岐の肢は、あの日ではなくあの日以前に、あったと言う事なのでしょー…」

柚明「オハシラ様を務めた10年間で、わたしの悔いは。羽藤の幸せを守れなかったあの夜
の結末ともう一つ。一番たいせつな人が辛く哀しい時にご神木から動けず、肌身に添って
慰め励まし、涙を拭い止められなかった事に。その幸せと笑みが、わたしの願いだったの
に。

 だから愛しい人に役立てて、その涙を拭い止める事の叶う今は、わたしの幸せ。愛させ
て欲しいのは、守らせて欲しいのは、わたしの望みで願いなの。桂ちゃん達が生れてから、
わたしは絶える事なく幸せで、勿論今も…」

桂「幸せ者はわたしです。こんなにみんなに愛してもらえる。守ってくれて助けてくれて、
気遣い心配し励まし慰めてもらえる。もう幸せすぎて言葉に出来ないくらい。お姉ちゃん
も葛ちゃんも尾花ちゃんも、本当に嬉しいよ。

 わたしの前にいてくれて、ありがとう!」

葛「わたしこそ桂おねーさんに魂を救われたです。わたしと尾花は、何もできてないよー
な気もしますけど。一番たいせつな人の為に、少しでも役に立てていたのなら、嬉しーで
す。これからも末永く宜しくお願いしますです」

柚明「やっぱり桂ちゃんには、憂いのない笑顔が一番映えるわね。とても愛らしいわ…」

桂「そう言う訳で……締めと次回予告です」

柚明「桂と柚明の『柚明の章講座』第6回は、柚明間章『柚明からユメイへ』を取り上げ
ます。ご神木に同化したわたしが、主と話したり戦ったりして落ち着く迄の、柚明前章と
柚明本章又はアカイイト本編を繋ぐ話しです」

桂「もう羽様のお屋敷も描かれないんだよね。お姉ちゃんはご神木から離れられないか
ら」

葛「柚明の章の設定では、柚明おねーさんが儚い霊体の現身でもご神木の外に出れたのは。
10年後の夏・桂おねーさんが経観塚を再訪し、ノゾミさん達に生命脅かされ、鬼神の封じ
を抛っても助けなければと強く思った瞬間で」

柚明「それ迄はご神木を、一歩も出ていないとなっています。経観塚で再び桂ちゃんが危
うくなるとは、考えもしていなかったので」

桂「次のお話しも、本当に厳しく辛い展開なので、今からちょっと不安なんだけど……」

柚明「桂ちゃんが望む限り、わたしが寄り添い支えるわ。望まないなら、取りやめても良
いけど……(桂は首を思い切り左右に振って答)平成26年の夏か秋に公開予定の模様です。
次の次以降の執筆順なので、次に作品執筆に左右される処があるから、やや曖昧なのね」

葛「他のSS書き手さん達が続々作品を公開する中で、構想があっても執筆が追いつかな
い執筆が欠点と、本人が認める位ですから」

桂「これからの執筆は出来るだけ、お姉ちゃんやみんなが傷み苦しむ事の少ない作品にし
て欲しいです。そろそろ作者さんの見つけたアカイイト本編での未回収な話題・取り零し
は、ほぼ回収も終りつつあるみたいだし…」

葛「波乱もなく甘々に睦み合う作品も、悪くはないですけど……作者の趣向的にどーでし
ょーかねー? 敢て厳しく辛い展開に『攻めて』行く人ですから。桂おねーさんの要望は、
重々伝わっていると思いますけど……はい」

柚明「作者が描かねばならないと思っている部分は、譲れないでしょうから。出来るだけ
たいせつな人の傷み苦しみ苦味が少なくて済む様に、お願いだけはしておきましょう…」

桂「今回も脇道への脱線が多くなっちゃった気がしますけど、そろそろ頃合のようです」

柚明「次回も見に来て頂けると、幸いです」

桂+柚明+葛「本日は最後までお読み頂いて、どうもありがとうございました。次に逢え
る日を、わたし達も心待ちにしています……」


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14.おまけ

葛「終りましたです。悲壮な回なので、柚明おねーさんと桂おねーさんが、一体どの様に
収拾するのか、興味津々……じゃなく心配で、ぜひ見届けたく、この回を選んだのです
が」

桂「心配してくれてありがとう、葛ちゃん。

 でも今回わたしはおねーさんとして、余り良い模範になれてなかった気が。拾年前の夜
はわたしの心の急所で。年上として葛ちゃんを気遣いつつ解説する、心の余裕がなくて」

葛「実の所、そこは余り期待していませんでした。桂おねーさんの傷み哀しみは尋常な物
でないので。要点は、柚明おねーさんがどの様に収拾できるのか、桂おねーさんの御し方
を見習いたく、尾花と首を挟めたのですが」

柚明「真顔の桂ちゃんも涙する桂ちゃんも美しく愛らしいけど、何よりも笑顔の桂ちゃん
が一番でしょう? わたしは10年前以前に桂ちゃんとのお付き合いがあるから、涙を笑顔
に変える手助けに少し長けているけど。葛ちゃんも、馴れればすぐに出来る様になるわ」

桂「2人とも、フォローになってない様な」

葛「桂おねーさんの笑顔をいつも保つ為には、どうすればいーかというこの世の第1問題
に、取り組んでいる処なのですよ、若杉葛は…」

柚明「桂ちゃんの笑顔を愛し、いつも桂ちゃんに笑顔でいて欲しいという、葛ちゃんの願
いが悟れたから。わたしが今迄やってきて効果があった方法を、参考に見て貰っていたの。
葛ちゃんには葛ちゃんなりの、桂ちゃんを笑顔にする方法があると思うけど、それを掴み
取る為の参考になればって。葛ちゃんが桂ちゃんに抱く想いはわたしも好ましいし、葛ち
ゃんもわたしのたいせつな人だから。その願いに向けて、わたしに為せる事があるなら」

葛「わたしが桂おねーさんのハートを掴んで、放さなくなる事態も想定済みなのですね…
…あなたの事です。桂おねーさんの幸せの総量が増えるなら、誰がその心を掴んでもいー
と、思っているのでしょーけど……奪われますよ、放し飼いにしていては。赤い糸を巻き
付けておかないと、みんなの想い人なのですから」

柚明「その積りではなかったのだけど、わたしの中にはもう桂ちゃんの赤い糸が、幾重に
も巻き付いてしまっているわね。わたしの方が桂ちゃんに、巻き取られているのかも知れ
ない。それはわたしには愛しい縛りだけど」

桂「確かにっ。夏の経観塚でお姉ちゃんに呑んでもらったわたしの血の量は、尋常じゃな
いし。わたしがお姉ちゃんから注いでもらった癒しの量も。わたし達深く繋りすぎかも」

葛「わたしは柚明本章で、葛ルートを殆ど通っていませんので。尾花を殺められてその血
を啜って尾花の『力』を吸収し、桂おねーさんの血を呑む立場になれる展開は、今後も作
者が設定しないよーですし。桂おねーさんの赤い糸を得る可能性は、限りなく低いです」

桂「尾花ちゃんが死んじゃう展開は可哀想だよ! 何とかそれ以外の方法で叶えようよ」

葛「桂おねーさん、叶えるで、いーので?」

柚明「ここで触れた赤い糸は、血を呑むと心も繋るというアカイイト本編の設定に添って、
心の繋り・想いの交わりを、指しているけど。流血や吸血が必須な訳ではないの。アカイ
イト本編の烏月さんルートでも、鬼ではない烏月さんと桂ちゃんとの間に、最後迄吸血は
なかったし。陽子ちゃんやお凜さんとの関係も血を抜きに深く濃い。葛ちゃんも桂ちゃん
と、肌身に想いを交わし合えば、きっとお互いの魂に赤い糸を巻き付け合えるわ……だか
ら」

桂「お姉ちゃん?」葛「柚明おねーさん?」柚明「葛ちゃんが良ければ、これから羽藤家
のお風呂にわたし達とご一緒しませんか? アパートのお風呂は大きくないけど、時には
その狭さが、互いの距離感を縮めてくれる…。

 桂ちゃんも何度か涙したから、お顔を洗いたい頃合でしょうし。若杉のお屋敷を訪れた
前回はわたしが粗相をしたから、訪れて頂いた折にはこの身を尽くしてお返ししたいと」

葛「後日譚第4話のあれは、柚明おねーさんの粗相ではないです。わたしが償わねばなら
ないのに。それに身を尽くしてってまさか」

桂「葛ちゃんと……素肌のお付き合い…?」

柚明「そろそろお湯も沸いたかしら……羽藤のお風呂は小さいけど、誰かが湯に浸かれば、
葛ちゃんの背中を流すもう一人位は大丈夫」

葛「そ、それは、3人で一緒に入浴をと?」
柚明「尾花ちゃんは残念だけど男の子だし」

桂「わたしは……葛ちゃんとお姉ちゃんなら、全然問題ないです。よろしくお願いしま
す」


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