第4回 柚明前章・第三章「別れの秋、訣れの冬」について



1.今回もまずはごあいさつから

桂「みなさんこんにちは、羽藤桂ですっ」
柚明「皆さんこんにちは、羽藤柚明です」
烏月「皆様ごきげんよう、千羽烏月です」

(配置は画面左から桂、烏月、柚明の順)

桂「わたしとお姉ちゃんの『柚明の章講座』4回目です。今回は烏月さんをゲストに迎え、
テーブルを囲んで座布団に正座で再開です」

柚明「皆さんと向き合あえる機会が再び巡ってきて、わたし達一同、とても嬉しいです」

烏月「ご覧の皆様方、宜しくお引き回しの程、お願い申し上げます。桂さん柚明さんに
も」

桂「烏月さん、ごあいさつ少し真面目すぎ。
 そこまで固くならなくても、いいんだよ」

烏月「固すぎたかな? 人前で話した経験は、これ迄の人生でも余り多くなくてね。千羽
で皆を集めて話す時は、身内だから緊張もしないのだけど……不特定多数の前で話すの
は」

柚明「ゆっくり馴らしていきましょう。幸い、聴衆のみなさんは画面の向こう側遙か遠く
で、間近にいるのはわたし達だけ。即座に反応が返ってくる訳ではないから、余り気にせ
ずに。桂ちゃんがいつもの感じでお話しをリードすれば、烏月さんもすぐにペースを掴め
るわ」

烏月「そうですね……宜しく頼むよ桂さん」

桂「あわわわっ。突然間近に両手を握られて覗き込まれると、むしろわたしの方が嬉し恥
ずかしで、のぼせ上がって先に自分を見失ってしまいそうな……もう見失っているかも」

柚明「烏月さんの美しさに見とれ、溺れて時を忘れる桂ちゃんを見るのも、わたしは喜び
で幸せだけど……お話しを進めましょうか」

烏月「お願いします。桂さんの頬が血色良すぎると、私もその愛らしさに我を忘れそうな
ので……未だ私も、平常心が修行不足です」

柚明「鬼切り役の烏月さんが、心を揺り動かされる程に、桂ちゃんが魅力的に映っている
と言う事は、わたしにもとても嬉しい事です。2人の心が深く繋り合ってくれている事
も」

桂「ちょ、ちょっと恥ずかしいけど。喜んでもらえていることは、素直に嬉しいです…」

烏月「時々柚明さんは平静に長閑に、凄い事をさらりと言う。流石は桂さんの従姉です」

柚明「さて、それでは本題に戻りましょうか。柚明の章講座は、前回からおよそ九ヶ月
…」

桂「今迄の掲載間隔よりは短くなっているね。確か前回は『平成24年の秋に掲載できれ
ば』と言っていたけど、それが冬になった位で」

柚明「作者は元々執筆順を後日譚第2.5話『白花の咲く頃に』の後に設定していたけど。
その執筆が夏で終らず、秋に掛ってしまって。長い話しを書いた後に恒例で入れている挿
話『少女剣士との愛しい夜』執筆にも苦戦した様で。何とか年内に書き上げられればと
…」

桂「作者さんも次の長編執筆を前に、一拍置きたかったみたいだしね。『お母さんと癒し
の力を持つ鬼・不二夏美の最終決着』と『柚明前章・番外編第15話』のどっちを先に描
こうか、微かに迷っている感じもあったし」

烏月「どちらでも、戦闘シーンを核にした話しになりそうだね。私も桂さんのお母さんや
柚明さんの、戦いへの臨み方は参考にしているから楽しみ……と言っては不謹慎か。元々
諍いを望まず争いを嫌う、柚明さんが戦う時とは。自身やたいせつな人が危難に晒されて、
戦う以外に打開の術がない酷い状況だから」

桂「そうかも知れないけど……烏月さんの気持も分る気が。戦いに臨むお姉ちゃんも凛々
しくて美しいから。長閑で柔らかに暖かないつものお姉ちゃんも好きだけど、引き締まっ
て真剣に力強いお姉ちゃんも、わたしは好き。生命がけの戦いは、お姉ちゃんが危うく思
える時もあるから、実は見るのも怖いけど…」

柚明「大丈夫よ、桂ちゃん。柚明本章やアカイイト本編で、わたしは桂ちゃんの元に顕れ
ている。拾年前の時点でわたしの生命は尽きてないと、結果は示されているわ。久遠長文
は原作で明示された設定を、軽々しく変えはしない。桂ちゃんのお母さんも、同様に…」

桂「そうだとは分っているんだけど……お姉ちゃんが危難に身を投じて、傷ついたり痛み
苦しむ姿は、見ていて痛々しいよ。わたしが無力で何の役にも立たない以上に。拾年前以
前の事に、わたしは挟まる事も出来ないから。見ているしかできないから胸が潰れそう
で」

柚明「桂ちゃんは優しいのね。有り難う、心配してくれるその気持が嬉しい。わたしは己
に危難や苦痛を負う事で、たいせつな人を守り救えるなら、受け容れる心の用意は出来て
いるけど(桂を抱き留め、その頬を胸元に当てて)桂ちゃんを心配させない様に努めるわ。
それと、烏月さんの心配を招かない様にも」

桂「うん(抱き留められて、柚明の胸元に頬を合わせ、心地よさげに両の瞳を閉じ)ごめ
んね。わたし、自分の想いを押しつけて…」

烏月「私の心配は私が勝手になす物だから問題ありませんが、『桂さんを心配させない』
は守って下さい。さもなくば私は、貴女を心配する以上に叱らねばならなくなる。一番た
いせつな人の憂いや悲哀を招いたとの理由で。……出来る事があるならこの身を尽くしま
す。どうか今後は、桂さんの涙を零させぬ様に」

柚明「肝に銘じます。一番たいせつな桂ちゃんと、特別たいせつな烏月さんの心からの願
いですし。わたしも生きて末永く、たいせつな人に己を尽くしたいから。ね、桂ちゃん」

桂「うん……末永くいつ迄も、一緒だよ…」

烏月「進み出て己に危難や傷を負うのも、自愛して末永く生きるのも、どちらもたいせつ
な人に己を尽くす為、たいせつな人の願いに応える為、ですか。答迄が本当に貴女らしい。

 だからこそ貴女は幾度も絶望を見て、何度も死線を潜り、時に冥府に足を踏み入れて尚、
決してそこで終らず、一番たいせつな人の元に、桂さんの元に、戻って来れたのでしょう。

 その様な貴女が、どの様に生れ育って今に至ったのか。それを解き明かすこの話し・柚
明前章は本当に興味深い。心ゆく迄身を添わせた後で良いので……解説をお願いします」


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2.お話しに入るその前に

桂「それでは、定位置に戻って本編解説に戻りたいと思います。よろしくお願いしますっ。

 ……そう言えば、今回烏月さんがゲストさんになってくれたのは、作者さんの意図?」

烏月「大枠はそうだけど……葛様も多少関っていてね。私としては、第三章が最も自分に
は相応しくないと、感じていたのだけどね」

桂「第三章は、烏月さんが相応しくない?」

柚明「柚明前章の4つの話しで、唯一戦闘シーンの全くない展開と言う事よ、桂ちゃん」

桂「……そう言えば。これだけの長さを持つお話しだから、どこかに修練や戦いの情景が、
多少はあって良い処なのに。元々アカイイトは和風伝奇で、鬼や神様も出るお話しなのに。

 烏月さんの剣士としての知識や物の見方を、役立てられる場面が多くないってこと
…?」

烏月「第一章では柚明さんは幼いけど、そのお父さんお母さんが仇の鬼と戦い。第二章で
は柚明さんが桂さんのお母さんに護身の技を習う他に、再来した仇の鬼と戦って。この後
の第四章でも柚明さんの修練の他に、終盤でノゾミやミカゲと戦闘があるけど。この第三
章のみは最初から最後迄戦いが、全くなく」

桂「本当だ、全く戦いのない日常の展開…」

柚明「登場する鬼も多くないし、必ず戦闘シーンが伴う訳でもなく。アカイイトの様々な
二次創作の中で、やや異色な柚明の章だけど。特に今回の話しは、わたしの進路選択や決
意と別れ(訣れ)、それに恋の破れる展開等で。言ってみれば女の子の日常に巡り来る諸
々で。

『この長さの話しを、戦闘も謎解きもなく紡ぎ終えられた事はこれ迄になく、作者自身が
柚明の章を描く事で、新たな高みに到達出来た気がします』と作者メモが来ているわね」

烏月「柚明前章の4つの話しに、柚明さん以外のアカイイトのヒロイン4人を当てるとの、
作者方針は元々だったけど、そこに葛様が」

桂「葛ちゃんが……烏月さんに、譲った?」

烏月「譲られたと言うより、強いられたと言うべきかな。『わたしは第四章に出るので第
三章は烏月さんにお願いします。第四章では鬼も顕れるので、わたしの蘊蓄も出番がある
かも』と仰って。戦闘シーンのない話しの解説に、自分は不向きと申し上げたのだけど」

桂「正に押しつけ……スポーツ解説者が、政治経済の討論番組に回された様な感じだね」

柚明「葛ちゃんから、メモが届いています」
桂「作者さんからじゃなくて、葛ちゃん?」

柚明「ええ。読み上げるわね。『烏月さんも、拾年以上前とは言え、一応現代の恋話を見
て、成就の参考にして下さい。以上!』です…」

桂「成就って……烏月さんと、わたしの……成就ってことだよね。それって、そのっ…」

烏月「桂さん柚明さんと語らうのは喜びだけど。しっかり話しに参加せねばならないのに、
色恋の経験が少ない私は心許なくてね。足を引っ張らぬ様に努めるからよしなに頼むよ」

桂「わたしは大丈夫。恋のお話しなら、わたしもいつも、烏月さんやお姉ちゃんに見とれ
憧れ胸高鳴らせているから……って今回は甘い恋物語じゃなく、切ない悲恋だったっけ」

柚明「そうね……悲恋、だったかも知れない。誠実で真剣な男の子の申し出を、わたしが
拒んだ。悲恋と言うより、わたしが非道だった。

 でも、わたしは何度あの場に戻っても、彼を選ぶ事は出来なかった。わたしにとって一
番たいせつな人は、白花ちゃんと桂ちゃんで、それはどうやっても、変えられなかったか
ら。

 わたしが彼に強く願えば、彼はわたしが白花ちゃんと桂ちゃんを一番に想う事を認めた
上で、羽様に共に残ってくれたかも知れない。一番でも二番でもないと了解してくれた上
で、家族も全て振り捨てて羽藤に婿入りして、わたしの夫になってくれたかも。でもわた
しには、それが彼の幸せに繋るとは思えなくて…。

 酷い事をしてしまった。一番たいせつな人の為とはいえ、たいせつな男の子に残酷な答
を返して、苦い選択をさせてしまった。哀しみとはわたしの哀しみではなく、彼の哀しみ。
悲恋とはわたしの悲恋ではなく、彼の悲恋」

桂「……柚明お姉ちゃん……」

烏月「どうやっても重ね合わせられない、重ね合わせる事が不幸せに繋る関係、ですか」

柚明「彼には、そうだったかも知れないわね。わたしには、破れた恋も尊くて、訣別して
も彼は愛しくて、出逢えた事は幸せだったけど。

 逢えない事・触れられない事・愛し合えない事は、不幸せとは違う。淋しさも哀しみも、
喪って今尚心温まる想い出をくれた彼との仲は、訣別迄全て含めて幸いだったわ。彼には、
博人には申し訳ない想いでいっぱいだけど…。

 その上で白花ちゃんと桂ちゃんを選び取って今に進み来た道を、わたしは悔いも苦味も
罪も非道も承知で、確かに選び歩み続けるし。何度あの場に戻ってもそれは絶対変らな
い」

桂「お姉ちゃん、悲壮だけど静かで力強い」

柚明「己の悲嘆で落ち込んで、周りのたいせつな人達に、憂いを抱かせる訳に行かないわ。
それにわたしは恵まれている、幸せだという実感の中で生きているから……離別も死別も
いつかは巡り来るけど。手が届かなくなっても、声届かせる事も出来なくなっても、敵対
する事になってさえ。その人の想い出はこの胸を温めてくれる、その人を想い続ける事は
叶う、その人の幸せを願い続ける事は叶う…。

 わたしは、今迄も今もとても恵まれている。見方によっては自己陶酔とか、思い込みの
過剰とか、言われるかも知れない事は承知で」

烏月「その静かな強さこそ、貴女の真価の一部なのですね。常の人は言うに及ばず、鍛錬
を経た鬼切部が、思わず己を見失う状況でも。ぶれず動じず、為すべき事を冷静に見通し
て、必ず届かせる。葛様の思考発想に通じる様な気もします。存分に見せて頂きましょう
…」

桂「もしや葛ちゃんも恋のお話し苦手だから、回避したくて、烏月さんに任せたのか
な?」

柚明「気付いてしまったの桂ちゃん、でも」
烏月「そこは例え分っていても、禁句だよ」


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3.3つめのお話し、その特徴

烏月「柚明の章の3つめの話しは、柚明さんの中学3年生の、秋から冬にかけてですね」

柚明「ええ。久遠長文は、柚明前章を4本構成とする事を決め、初回のわたしを小学3年
生・誕生日を迎えれば9歳とした時に、各章をほぼ均等な時の隔りで繋ぐ事を考えた様ね。
小学3年生の後は、小学6年生、中学3年生、最後は高校2年生で3年取れなかったけ
ど」

桂「幼い頃の小さな柚明お姉ちゃん。女の子になり始めた小学校高学年の柚明お姉ちゃん。
恋や愛に向き合って、訣れや苦味も感じる中学生の柚明お姉ちゃん。女性としての美しさ
や強さも備えた、高校生の柚明お姉ちゃん…。

 色々な時点のお姉ちゃんを堪能できるね」

烏月「それも作者の狙いなのだろうね。柚明さんの幼さを残した愛らしさが、徐々に大人
の愛しさに変りゆく。成長と変化を描きつつ、その各段階での魅力を余さずに残したい
と」

柚明「皆さんに見られてしまうのは、恥ずかしくもあります。今尚未熟なわたしですけど、
幼い頃は尚更で。今から過去を変える事も出来ないし、本当は隠したい処だけど。幼い白
花ちゃん桂ちゃんの愛らしさも満載なので」

桂「そうだった。お姉ちゃんの過去を描くって事は、わたしの過去も描かれてしまう事で。
柚明前章・第一章はわたしの誕生以前だけど、第二章には既にわたしも登場しているし…
…幼くて物心つかない頃の、わたしの恥ずかしい諸々も、余さず描かれているって事で
っ」

烏月「幼い桂さんも元気で本当に愛らしいよ。一緒に先へと読み進むのが、楽しみだね
…」

桂「うぅっ、恥ずかしい。恥ずかしいです」

柚明「大丈夫よ。桂ちゃんは、可愛いから」
烏月「今も昔もそれに変りはありませんね」

桂「2人の言葉に嘘はないと分るから、嬉しいけど恥ずかしい……お話し進めて下さい」

柚明「はい。柚明前章も、4つの話しの後半に入りました。前作『哀しみの欠片踏みしめ
て』から続くという以上に、4部作の完結を見据えた伏線回収や、収束が図られています。

 作者メモが来ているので、読み上げますね。

 第一章がわたしの幼い幸せや普通の人生の終りと断絶を示し、羽藤柚明の原点を描いて。

 第二章が羽様で進み始めたわたしの人生の広がり・展開を示し、羽藤柚明の起点を描き。

 第三章が羽様で迎えるわたしの人生の分岐と選択・訣れを示し、羽藤柚明の決断を描き。

 第四章が羽様でのわたしの人生の、再度の終りと断絶を示し、羽藤柚明の覚悟を描く」

烏月「確かに、通しで読むと4部作で過不足なく作られたと分りますね。4部作のどの一
つが欠けてもバランスが取れず物足りないし、逆にこの4作に余計な何かを挟めれば、却
ってバランスが取れず余ってしまう。作者が五つめの話しを切り落した意図が分ります
…」

桂「第一章がお姉ちゃんのサクヤさんとの密な触れ合いを描いて。第二章では、わたしの
お母さんとの心の繋りに重点を置き。第三章が笑子おばあちゃんとの語らいを描き。第四
章がわたしのお父さんとの関りに力点を…」

烏月「読者みなさんに、贄の血や鬼についての伝奇知識・アカイイト本編での各種設定を、
徐々に深く描いて行く構成にもなっているね。

 第一章では幼い柚明さんに分る形で『かく世い伝』や『蒼い力を強めれば鬼も灼ける』

 第二章では小学校高学年の柚明さんの修練を描いて、贄の血の力の性質や得手不得手を。

 第三章ではご神木との感応で視た太古の像から、アカイイト本編や柚明本章に繋る鬼神
とその封印の、本編でも示されぬ深層を描き。

 第四章では六拾年前の観月の里の襲撃の後、桂さん達のおばあさんとサクヤさんの出逢
を。

 柚明さんの『力』の習熟につれて、新しい発見や進展を読者に示して、追加設定や新規
設定も、違和感少なく読み込んでいける…」

桂「作者メモが来ているよ。読み上げるね」

作者メモ「柚明前章第三章と第四章で、ご神木に纏わる過去を続けて描いているのは、柚
明本章の展開を睨んでの、戦略的な配置です。

 柚明本章は、アカイイト本編の冒頭、桂の選択で大きく分岐する展開の内、桂がさかき
旅館に泊る『ユメイ・烏月・ノゾミルート』を採用し。それに桂が到着日の内に羽様のお
屋敷に行く『葛・サクヤルート』のエピソードを、出来る限り取り込む構成にしています。

 その為、葛やサクヤの作中での活躍や印象がやや弱くなっています。葛については作中
で出来る限り丹念に描いてフォローする一方、サクヤについては柚明本章ではむしろ割愛
し、その背景事情は柚明前章で語る事にしました。

 アカイイト本編でもサクヤルート以外では、桂はサクヤが観月の民である事も、竹林の
姫との千年の関係も知る事はありません。柚明本章もその基本線で進め。全てをご承知の
読者みなさんには、柚明前章で柚明がサクヤを人ではないと分って行く過程を通じて、サ
クヤの千年の経緯を最低限明かしておくと…」

桂「考えたね。わたしは柚明本章では最後迄、サクヤさんの正体を知らないから。わたし
がそれを知るのは後日譚第5話だから。わたしをメインにした柚明本章で、サクヤさんが
明かさない事を、たっぷり描く訳に行かないし。

 だから柚明前章の内に描きますと。それも第四章だけでは載せ切れないので第三章から。
お姉ちゃんが血の力を備え、ご神木とお話しできる様になった設定を生かして。巧いね」

烏月「様々な意味で柚明前章の4つの話しは、相互に繋りつつ重点を分け、深みを徐々に
増して行く構成に出来ている。この長さの作品なら、作者も計画して書けるという事か
な」

柚明「そしてその3つめである柚明前章・第三章『別れの秋、訣れの冬』は、タイトル通
りわたしと様々な人達との別れ・訣れを描く作品です。第二章に登場した羽様のお友達や
家族との、関係の変化と選択・訣別を通じて、アカイイト本編をご存じの皆さんに『こう
して柚明が拾年前の夜を迎え、アカイイト本編に至るんだね』と思いを馳せて貰える様に
…。

 第二章が、羽様の同級生や新しい家族など、多くの登場人物の新規登場で、展開編だっ
たのに対して、第三章は収束編と言えるわね」

桂「『別れの秋、訣れの冬』ってタイトルも、作者さんは浮ばなくて相当悩んだみたいだ
ね。

 当初は秋、冬、春も入れようとして、長くなるから削ったとか。第一章も第二章も、余
り長い期間を描いてない、ほんの数日だけど。今回は初めて秋から冬を通して、最後は春
に至っている。話題も進路選択や悲恋や、笑子おばあちゃんの最期に千年前の話しと幅広
く。作者さんが表題に悩んだ気持は、分ります」

烏月「二度と逢えない訳ではないけど、目指す途が離れ行く秋の『別れ』と、二度と逢う
事の叶わない冬の『訣れ』を表題に採って」

柚明「全体を網羅できる良い表題を思いつけて、作者もほっとしたみたいね。表題付けに
はかなりの確率で、苦戦するみたいだから」


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4.お話しの冒頭はかぐや姫

桂「お話し冒頭は、田舎でも僻地でご近所に人家のない、羽様のお屋敷の夜の静寂が描か
れているね。3作目で初めて秋が舞台と新鮮な感じ。第一章も第二章も夏だったものね」

烏月「幼い幸せや、伸び伸びと世界が開けて行く印象の夏ではなく、実りと別れを連想さ
せる秋を選んだんだね。この辺りは分るよ」

柚明「冒頭、幼子に添い寝しての絵本読み聞かせを描いたのは、わたしと白花ちゃん桂ち
ゃんの、緊密な関係を描く他に。幼子が夜寝付けないとの設定で、やや長く竹取物語を辿
る事で、幼子とわたしの哀しい訣れを読者に暗示する為です。同時に幼子と密に接するわ
たしが、後で風邪を移される事の伏線でも」

烏月「幼い桂さんと彼の、柚明さんに寄せる想いが微笑ましいね。柚明さんをかぐや姫に
当ててしまうのは、無理なからぬ処だけど」

桂「アカイイト本編でも、かぐや姫の印象は用いられていたね。それがお姉ちゃんの儚さ
や切なさにも通じて。拾年前以前のわたしは、知る筈がない未来の訣れに怯える様に、お
姉ちゃん、じゃなく、かぐや姫の結婚を嫌って。本作中盤でお姉ちゃんの進路・進学で、
羽様を離れるかどうかを話し合う時も、同じく」

柚明「当時の登場人物は、未来の変転を知る筈がない前提で。拾年前の事件もアカイイト
本編も承知の読者皆さんに、何気ない日常の語らいが、未来を暗示して感じ取れる様に」

烏月「確かに何も知らぬ者の視点から見れば、絵本の読み聞かせでしかない。だが、題材
選びから既に、桂さんと柚明さんのこの後に来たる定め・別れがあると、知っている読者
には感じ取れる。暗示されている。アカイイト本編を読み込んでの二番煎じでも、巧い
…」

柚明「何気ない日常の中に、わたしが風邪をひく伏線を仕込みつつ、未来に来たる別れを
暗示させつつも、場面が一度変ります。杏子ちゃんからのお電話で、これが具体的な別れ、
第三章のテーマに直接繋る展開の始りです」

烏月「電話が来ると事前に分る。CDドラマ『京洛降魔』で桂さんの電話を、柚明さんが
ワン取りした事から、作者が得た着想だけど。こうして折に触れて挟む事で、柚明さんの
力の伸びを簡潔に表し。贄の血の『力』の副次効果で、ありそうな未来を察する技です
ね」

桂「一種のギャグも、作中設定に大真面目に取り込んでしまう。ある意味、凄いよね…」

作者メモ「杏子ちゃんの電話による再登場は、柚明前章全体を見ての戦略的配置です。柚
明前章の四つの話しが、前後で繋っているだけではなく、一つ飛んだ第一章と第三章も緊
密に繋っていると示したく。第一章の冒頭しか登場しない幼友達に『普通の子供だった頃
の柚明の知人』として再登場して貰いました」

桂「そう言えば。わたしが贄の血を引くと知った経観塚の夏より前からのお友達と言えば、
陽子ちゃんお凜さんだけど。柚明前章でそのポジションにいる人って言うと、杏子ちゃん。
後は幼い頃から交流あった設定の従姉妹・可南子ちゃんや仁美さんもいるけど、作中の初
登場が第二章で、読者さんの受ける印象としてはちょっとずれている可能性があるしね」

烏月「私は逆に、久遠長文の緻密さやしつこさに唸らされたよ。柚明前章・第一章の冒頭
のみの登場で、話しの本筋に深く分け入れぬ『常の人の幼友達』を、ここで引っ張り再登
場させる几帳面さや執着に。だからここ迄柚明の章が長くなったと言う事と、だからこそ
この長編を完結させられたと言う事の双方で。

 柚明さんのみならず、登場する人物全てを、怠らず最大限描くと言う強い意志を感じ
た」

桂「最初の一声の後に、お姉ちゃんの独白で杏子ちゃんの人物紹介を挟み、会話後半への
伏線にして。幼い頃の杏子ちゃんが、お姉さん的立場で柚明お姉ちゃんに対していた事や。
譲れる処は鷹揚に譲るけど、譲れない所は絶対譲らない、お姉ちゃんの表向きの柔和さと、
奥に隠れた意志の強さも。杏子ちゃんの登場はこのお電話で実質2回目だから、振り返っ
てみると、余り多くの情報は出ていないから。

 作者さんも、幼友達の関りをいっぱい語りたいけど、それを主眼に出来ない・適当な分
量で収束させ次に進めなきゃいけない。執筆上の事情を、巧く満たそうと苦労した感じ」

柚明「互いに幼子だったから。今思い返せば、顔から火が出る未熟の連なりだけど。その
至らなさを共有し、いつ迄も懐かしく振り返れる事が、幼友達の愛しさかも知れないわ
ね」

烏月「贄の血の『力』の修練の副次効果による柚明さんの察しの良さも、描かれています。
所与の材料を元に考えれば、杏子さんの転校先は海外と察せて不思議はないけど。自然に、
でも通常とは言えない鋭さの一端を描いて」

桂「確かに説明されて、お姉ちゃんの推論を辿れば理解出来るけど。この杏子ちゃんの振
りから、海外って正解を出すのは難しいよ」

柚明「そこは杏子ちゃんとわたしの仲だから。

 お父さんの海外赴任に伴う引越なのだけど。杏子ちゃんだけが、親戚の家や寮や下宿で
日本に残る選択がなかったのは。6年前わたしの両親を殺めた鬼の事件の故に。事件は終
息したけど、守れる所に娘を置きたいと杏子ちゃんのご両親が思うのは、自然な心の動
き」

烏月「第一章で仇の鬼は、結果的に柚明さんと杏子さんを引き離したけど。事はそれで終
りではなく、人の心に爪痕を残す。鬼は第二章で桂さんのお母さん・先々代に倒されたけ
ど、その事実は世間に明かされず。過去の鬼は再び2人を引き離す。それも悪意の故では
なく、杏子さんをご両親が大事に想う故に」

桂「良くも悪くも繋って居るんだね。直前の第二章とだけじゃなく、前の前のお話しであ
る第一章とも。逆に第三章もこの後に繋って影響していく。それを意識してお姉ちゃんも
他の人も生きて行くし、作者さんの執筆も」

柚明「先を全て見通せず、完全無欠な判断力も持たないわたし達は、その時々で最善を尽
くすしかない。頑張って知恵を絞って想いを尽くして、尚届かない事・及ばない事は世に
あるわ。でも、後に残す悔いを少しでも少なくする為に、常に最善を尽くして生きるの」

烏月「柚明さんの、柔和なのに几帳面さや生真面目さ、怠惰の欠片も見えぬ姿勢の根にあ
る強い想いが、少し見えてきた気がします」


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5.杏子ちゃんの電話は柚明本章にも繋りが

作者メモ「杏子ちゃんの言葉です」

『ゆーちゃんも、転校した時こんな感じだったのかな? 今迄当たり前にみんなと一緒に
進むと思っていた道が突然なくなって、周りの誰も知らない・行かない道に、1人で進む
事になって。あたしはあの頃単純に【頑張って、元気出して】しか言えなかったし、言わ
なかったけど、直面したゆーちゃんは、凄く心細かったんだって、今になって分ったよ』

桂「杏子ちゃんは、贄の血の事情を知らない一般の人だけど、お姉ちゃんの心の内をかな
り深く分っているね。一般の人も想いを尽くせば届く、その可能性を示しているみたい」

烏月「時差付きなのが久遠長文の憎い処だね。6年前柚明さんと離れ離れになった時に分
るのでは出来過ぎで、己が独り別の道を進む時になって漸く実感すると。可能性を見せつ
つ、限界も示し。簡単に踏み越えさせない。簡単ではないからこそ、一つ踏み越えた杏子
さんと柚明さんの繋りが、深く強く感じ取れる」

柚明「それは羽様に移り住んだ当時のわたしも同様に。サクヤさんや杏子ちゃんの励まし
を受けても、しっかり受け止める事が出来ず。

 あの頃は、わたしも周りが全然見えてなく。
 1年近く、見捨てず励まし続けてくれたの。

 鬼の話は口外できなかったし、その前にわたしが外向きに喋られる心理状態ではなくて。
杏子ちゃんは多分、壁に喋る感覚だったでしょうに。一年近く、ほぼ毎週電話をくれてい
たわ。並大抵の持続力では出来ない事よ…」

桂「そして、杏子ちゃんとお姉ちゃんの例の応答に移ります。読んだ時には杏子ちゃんが
お姉ちゃんを真剣に想っていたと、しみじみ感じたのみだけど。それだけじゃなかったの。

 このやり取りが拾弐年後、わたしの命運も左右します。柚明前章・第三章の中学3年生
と、それから拾弐年後、柚明本章・第四章終盤の繋りは、作者さんも獣王会心撃でした」

烏月「暗闇の繭に桂さんが心囚われて救いの手も拒み、桂さんの真意を見通せず、打つ手
が失って思えた経観塚の夏の満月の夜だね」

作者メモ「白花の問と柚明の答、そして柚明の答の礎となる拾弐年前の杏子の言葉です」

白花『先代のオハシラ様だって、ここ迄深い意識の奥に足を踏み入れた事はない。かつて
誰も踏み込んだ事のない心の深奥に、闇に沈んだ桂の心を、ゆーねぇは尚断言できる?』

 想いを重ね合わせても。生命を重ね合わせても。そのゆーねぇを桂は拒んだ。その心中
を、助けを求めていると尚、断定できるの?

『桂が全く絶望して、誰の救いも助けも求めてないかも知れないとは、想わないの…?』

柚明『想わないわ』

『オハシラ様の千年の蓄積になくても、羽藤柚明の蓄積にはあるの。わたしの闇が、桂ち
ゃんの闇を拭い去る術を、分らせてくれた』

『わたしが握っているだけじゃない。わたしの手を桂ちゃんは確かに握り返している。握
り返して放さない。力を抜かない。解かない。

 言葉では言えなくても、夢の中で拒んでも、桂ちゃんはその奥底で助けを望んでいる。
わたしを握って救いを求めている。助けてって言えないけど、言えない位大変な状態だけ
ど、確かに助けを求めている。望んでいる。待っている。その希望を断ち切ってはいけな
い』

 絶対わたし達の側から諦めてはいけない。
 今は遠く霞む幼友達の声がわたしを導く。

杏子【ゆーちゃん絶対自分から電話切らなかったでしょ。一生懸命助けを求めているって、
分ったの。助けてって言えない位大変な状態にいるんだって、分ったの。本当にあたしの
電話が煩わしかったり不要だったら、切っちゃっていたと思うんだ。でも、あたしが切る
迄ゆーちゃんはずっと付き合ってくれた。あたしが励ます言葉に詰まって苛立った時も】

 桂ちゃんはこの手を繋りを解かなかった。

【だから、あたしもずっと電話し続けたの】
『だから、わたしもずっと手を握り続けた』

 ああ、わたしは常に、愛に包まれていた。
 今は、わたしの愛で妹たちを包み守ろう。

【あたしが大好きなゆーちゃんの為に】
『わたしのたいせつな桂ちゃんの為に』

桂「繋っている……繋っているよっ。これだけ長いお話しで、作中の時間も拾数年を隔て
ているのに、柚明お姉ちゃんは、受け止めた想いを受け継いで、しっかりと活かしている。

 同じ言葉の連なりを場面を変えて、何度も使ったりしているのも、知っていたけど。こ
ういう感触を呼び招く為の作戦だったんだ」

烏月「まさかここから繋るとは。柚明さんが桂さんを救えた背景には、杏子さんとの深い
絆もあった。それがなかったなら柚明さんの想いも助けも、桂さんに届かなかったかも知
れない。この時はオハシラ様の千年の蓄積ではなく、柚明さんの蓄積が桂さんを救った」

柚明「わたし独りの力で守れた訳でも勝ち残れた訳でもないって言葉に、実感が宿るでし
ょう? わたしは特別強くも賢くもないけど、強く賢く優しい先達に多くを学んで、たい
せつな人の助けの一端を担えた……杏子ちゃんが寄せてくれた強く純粋な想いに、わたし
は応えられなかったけど。一番たいせつな人も、二番に大切な人も譲れなかったけど。い
つ迄もわたしのたいせつな人。未熟なわたしを幼少時から支え鍛え導いてくれた愛しい女
の子。

 だからその杏子ちゃんが、海外に移り住む事になって、わたしへの愛を諦めると告げる
為に掛けてくれたこのお電話は、切なくて」

作者メモ「杏子ちゃんの言葉です」

『唯大好きだけじゃなく、特別な人。
 唯特別なだけじゃない、一番の人。
 この世に1人で換えの利かない人』

『ゆーちゃんが別に一番の人がいるって事は、あたしも分っていた。それでもあたしはゆ
ーちゃんを好きだった。振り向いて欲しかった。付きまとって、相談して欲しくて、話し
かけて欲しくて、我慢できずこっちから話しかけ。あたしもゆーちゃんの一番に、なりた
かった。して欲しかった。そう言って欲しかったの…。

 ゆーちゃんのお守りの青い珠を欲しがって、けんかした事あったでしょ。綺麗だから頂
戴ってあたしが手を伸ばして、ダメだからってゆーちゃんが断って、代りにあたしの宝物
全部あげるからって更にあたしが手を伸ばし』

柚明「青珠に覆い被さって、譲れないと断ったら、杏子ちゃんは泣き出して。あの時はな
ぜ杏子ちゃんが泣いたのか、わたしも分らなくて。分らなかったから一層おろおろして」

桂「青珠が欲しかったんじゃなく、『お姉ちゃんの一番は杏子ちゃんだよ』って、言って
欲しかったんだね。青珠よりも大切だよって、青珠をあげても良い程にたいせつだよっ
て」

柚明「子供っぽいやり取り。でも、杏子ちゃんの真意を悟れなかったわたしの方が、未熟
で幼かった。杏子ちゃんは、その時以来…」

烏月「一番にして貰わなくても良い。いつか自力で一番になってみせると。相手に言わせ
るのではなく、そう思って貰える様な自身になるのだと。ふむ、柚明さんの友らしい…」

作者メモ「杏子の言葉と推察です」

杏子『ゆーちゃん可愛かったから。あたしを頼ってくる姿も、悪ガキに泣かされてる姿も、
助けたあたしが囲まれた時逆に助けに来てくれた姿も、一緒に泥だらけで泣き笑った時も、
ゆーちゃんのお母さんに共々に怒られた時も。

 あの悪ガキ達もね、ゆーちゃんが可愛くて、気になって堪らなかったって言っていた
よ』

 ゆーちゃんの血が濃いって言うのは、要するにそう言う事なんだって、あたしは言わな
かったよね、確か。あたしがそれを言うのは、ゆーちゃんを大好きだったって過去形で明
かす時、敗北宣言の時だって、決めていたから。

『きっと、みんなに愛される、愛されたくない者に迄愛されてしまう、そう言う運命みた
いな物を指しているんだよ。おばあさんも優しくて強い人なんでしょう。その血を濃く受
け継げば、ゆーちゃんの様に綺麗で強くなっちゃうよ。それはもう、避けられない定め』

桂「すごい……鬼を呼び招く贄の血の定めを、知る筈のない杏子ちゃんが。推理でこの特
殊事情の正解の間近に辿り着く。推察力と言うより、そこ迄考え続けられる想いの強さ
が」

柚明「それ程深く強く想ってくれても、わたしは等しい想いを返せない。一番とは応えら
れないの。幼い時もこの時も。杏子ちゃんは大切なお友達で、特別に愛しい女の子だけど。

 真実は時に人を傷つける。でも、真実を貫かないと、もっと多くの人を嘘で傷つける」

烏月「その言葉は、作品後半への伏線も兼ねているのですね。情に流されて真の想いを見
失ってはいけないとの、己への戒めとして」

桂「第一章でサクヤさんに為した告白の答を、思い返すお姉ちゃんが切ないよ。あの時も
叶わなかった結果は残念だけど。拒む側のサクヤさんも辛かったんだね。今なら感じ取れ
る。それを噛みしめる柚明お姉ちゃんも切なくて。

 繋っているよっ。良くも悪くも柚明の章は、全てのお話しが密接に繋っているって分
る」

柚明「この別れは、唯単に海外へ移り住むから中々逢えなくなると言う『別れ』ではなく。
わたしの一番を望む事を諦めた杏子ちゃんとわたしの、『心の別れ』でもありました…」


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


6.千年前・竹林の姫の話

桂「場面は変って、笑子おばあちゃんとお姉ちゃんが、2人で夜のご神木に赴く情景です。

 ……おばあちゃんの転ぶ像を、直前に視て、手を差し伸べて未来を変えたり。自然に普
通に為しているけど、かなり超能力者だね…」

柚明「久遠長文は、贄の血の力を修めつつお友達や先生と人の世を生きるわたしを、現代
の魔女と考えている様ね。世間に融け込んで普通を装いつつ。特殊な技を使って危難を退
けたり。時にはそれらの技が使えず、又は大事な局面で意味を為さなかったり。子供は子
供と思い知らされたりしつつ、育って行く」

烏月「現代に生きる鬼切りの剣士や術士もいますし、その中には学生を兼ねる者もいます。
神や魔や鬼や妖怪や、多少異なった能力を持つ女の子が居ても、特に不思議はないかと」

桂「烏月さんにとっては、奇特な事ではないものね……でももしかして、わたしのクラス
や学校にも、鬼切部や鬼や神様や、異能の持ち主の女の子が、既に潜んでいるのかな?」

柚明「そう言うアカイイトのSSもあるわね。今の科学文明の世にそう頻繁に神様や鬼が
顕れても、収拾に困る様な気はするけど……今後の展開と作者の着想次第という処かし
ら」

烏月「未来は常に未定だから。変える前の展開も変えた後の展開も、あり得た可能性の一
つに過ぎない。柚明さんは未来を変えたのではなく、選び取っただけなんだ。尤もその手
で選び取ったからには、その影響や作用に対して、責任を感じる事にはなるだろうけど」

桂「わたしも、アカイイト本編や柚明の章で、幾つか未来を選び取っているものね。確か
にそれで、未来は多少変ったかも知れないけど。

『各種の修練で、変えられる未来の幅は相当広げられるけど、人間は基本的に限りある存
在だから、何でも悟れて、何でも好き勝手に、己に都合良く変えられる訳ではありませ
ん』

と作者メモが来ています……少し安心かな」

烏月「その話しは、今を生きる私達を縛るのみならず、千年前の竹林の姫や主や、ノゾミ
やサクヤさん達にも通じる真理の一つだね」

桂「烏月さん巧いっ。脱線し掛ったお話しを、巧く本線に戻してくれました! 流石っ
…」

柚明「笑子おばあさんの体力が、山歩きに不足気味で、わたしが助け支える描写は。わた
しの修練の進展を示す一方で、後半の笑子おばあさんの衰えに繋る、伏線でもあります」

烏月「そして歩み行く2人の前に、出迎えて導く様に、光の蝶が顕れる。これが初代(先
代)オハシラ様、竹林の姫の招きなんだね」

柚明「アカイイト本編で、わたしが鬼を退ける時に蝶を放った印象から、この技は戦闘用
の印象を抱かれているけど。この蝶は本来戦闘用ではなく、想いを届かせる為の分身(わ
けみ)です。アカイイト本編でも、千年の間に竹林の姫が、蝶を戦いに使った記述は一度
もありません。柚明の章の設定では、初めて蝶を戦いに用いたのはわたしとしています」

桂「確かに、戦い向きの形状ではないものね。本当は麓の誰かの夢見にご神木の危機を伝
え、助けて貰う為のお使い用とする方が妥当かも。お姉ちゃんがわたしを助けたい想いの
強さで、世の法則や限界を突き抜けて現身を取った時、元来お使い目的のちょうちょを、
力の塊として戦いに転用した。だから柚明の章では先代オハシラ様も光の蝶は使えるけど。
鬼を退ける為に使った人は、お姉ちゃんが初めてと」

柚明「少しお話しが先に跳びすぎたかしら?

 この時点では、わたしは笑子おばあさんを支えつつ、オハシラ様が現に遣わした蝶の導
きでご神木に辿り着き。おばあさんの了承の元で、初めて夜のご神木に直に触れ、千年前
の物語を読み解くの。それは桂ちゃんがアカイイト本編のサクヤさんルートで、サクヤさ
んに血を吸われた結果、共有できた夢で視た、竹林の姫と主を巡る、オハシラ様の発祥
よ」

桂「最初に描かれた説話は、わたしがアカイイト本編の葛ちゃんルートで、経観塚郷土資
料館を訪れた時の中身だね。これが実は郷土史研究家兼著述家と、柚明の章で追加設定さ
れた、わたしのお父さんの監修でしたっと…。

 経観塚に住んでいるお姉ちゃんなら、郷土資料館に何度か行っていておかしくないから。
憶えた話しを想い出す感じなのも、分るけど。柚明本章では詳細に触れるのが難しい、葛
ちゃんルートから仕入れられる情報を、ここで先に読者さんに提示しておく感じなのか
な」

烏月「アカイイト本編の葛様ルートは、劇的展開に欠けるから、不人気ルートと呼ばれて
いるけど。久遠長文は主に実在感を与える為に不可欠と考えている様だね。和風伝奇ホラ
ーに、鬼や鬼切部・オハシラ様を出すのは良いとして。主という鬼神の存在は幽霊や妖怪
の相場を突き抜けているから、現実感が薄い。それに実在感を与えるには、人の世に伝説
の痕跡を、残して示しておく必要があったと」

柚明「その上で、人の世の表に残った伝承の陰に隠れた真相を、わたしがオハシラ様から
見せられ読み解き。それは竹取物語にも似た、贄の血の濃い美しい姫を巡る騒擾の話し
…」

桂「観月の童女とのやり取りが微笑ましいね。……千年前のサクヤさんって本当に可愛
い」

烏月「今のサクヤさんとは、似ても似つかぬ。千数百年も経てば、愛らしい童女も変って
しまうのですね……名前は挙げていませんけど、柚明さんもこの時点で、観月の童女がサ
クヤさんなのだと、分っていたのですよね…?」

柚明「ええ。久遠長文がこの場でサクヤさんの名前を伏せたのは、この段の主題が主と竹
林の姫にあるから。サクヤさんの事情に深入りして、脱線したくなかったため、の様です。

 柚明前章・番外編を読んだ方ならお分りの様に、この時点でわたしは既にサクヤさんが
人でないと、分って受け容れています。今更驚きや疑念等の、余計な諸々は不要なので」

桂「姫さまの周囲の騒擾が凄いね。利権や思惑が絡まって、追い払おうにも数で押しかけ、
手が付けられない。姫さまを守るべきお屋敷の者迄も、そんな思惑や利権に巻き込まれ引
き込まれ、姫さまに憂いや禍をもたらしたり。まるで私達が夏の経観塚から帰り着いた直
後の後日譚『人の世の毀誉褒貶』の時みたい」

烏月「あの時も、悪意や敵意のない桂さんのお友達が、利権や思惑を抱く者に踊らされて、
桂さん柚明さんに憂いや禍を招いていたね」

柚明「積極に利権に絡みついた者のみならず、望まぬながら事情の故にそうせざるを得な
い者も居た。必ずしも敵でも悪でもない人達が、騒擾の渦に巻き込まれて行く。それら諸
々の思惑の起点が己にあるなら、己こそ禍の源に思えても無理はない。姫の心中が察され
るわ。観月の童女・サクヤさんの存在は、サクヤさんと繋いだ絆は、姫にも唯一の救いで
した」

烏月「騒擾が、主による竹林の姫への求婚で、吹き飛ばされて収まったのは、皮肉の極み
か。でもその故に人の世は、主に濃い贄の血を渡して良いのかという、更なる難問を抱え
る」

桂「確かに、主の言葉は一面の真実を表してもいるよね……作者メモから主の言葉です」

主『お前達は、今更わたしが手を出さねば、全て丸く収まるとでも思っているのか。わた
しが手を出す迄の喧噪と騒擾を思い出してみろ。お前達はその時一体どこで何をしていた。
最早竹林の姫は、今迄通りの姫ではおられぬ。

 誰の物にならずとも、誰の物になろうとも、姫を狙う者・姫を欲する者の蠢きは終らな
い。最早隠れた姫ではない。最早狭間を揺らぐ事も許されぬ。わたしの手を拒んで、お前
達は贄の娘を再びあの騒擾の中に戻すというか』

柚明「主の真意は竹林の姫だけが分っていた。だからこそ、姫は主が観月の長達と役行者
に敗れて槐に封じられる時に、その封じの要を、人柱を買って出た。それは主を想う深く
故に。

 ここの解説は、柚明間章の時に詳細に触れる事にしましょう。そこではわたしの考察も、
資料に使う事が出来ますので……今は次に」

桂「千年前のお話しでは、サクヤさんと姫さまの永遠のお別れを、描いてもいるんだね」

烏月「そして、笑子さんがこの夜柚明さんをご神木に招き、今迄敢て見せなかった太古の
光景を見せた真意は。自身の最期が視通せて、伝えておかなければならないと感じたか
ら」

柚明「ええ。わたしと笑子おばあさんの親しい交わりを描き、訣れの近い事も描いて…」

作者メモ「笑子は柚明に、贄の血の力の修練を勧め、指導し見守りつつ、ブレーキも掛け
ていました。その真意は柚明前章・番外編・挿話4話『過去と未来のはざま』で、竹林の
姫が柚明の不用意な接近を拒んだのと同じく。心の強さを鍛えない内に『力』のみが進展
し、柚明の成長のバランスが歪になる事への怖れ。

 ご神木に触れれば柚明は、短時間で膨大な知識を得て、一気に『力』の質も量も増大さ
せられるけど。心も一気に強くなれる訳ではない。大人の配慮や気配りを身に備えるのは
難しく、柚明でもある程度の期間が必要です。

 心の強さが未熟な内に、不用意に『力』を行使してしまわぬ様に。軽率に他者の心を覗
いてその本音に傷ついたり、疑心に塞ぎ込んだりせぬ様に。人との応対にぼろが出ぬ様に。

 笑子ももう少し柚明を指導し見守りたかったけど。それが無理になったので、ご神木に
柚明を繋いだ。そしてもう一つ、この夜笑子はたいせつな人との約束を柚明に託します」

桂「おばあちゃんが、サクヤさんとの絆をお姉ちゃんに託す処は、愛しさも切なさも溢れ
出て堪らないよ。静かだけど、感動的だよ」

柚明「アカイイト本編では、笑子おばあさんから再び始る羽藤とサクヤさんの絆は、サク
ヤさんルート以外では、桂ちゃんは最後迄知らずに終るけど。わたし達の遠祖である竹林
の姫との絆も含め、白花ちゃん桂ちゃんに伝え残すのが、わたしの使命と想っていたから。
それを断絶させ、先代オハシラ様を守れなかった、拾年前の夜の結末は痛恨で申し訳なく。

 柚明本章では手が届かなかったけど、後日譚第5話で桂ちゃんも、サクヤさんが観月の
民であると、真相の一端を知ってくれたので。桂ちゃんがサクヤさんの強さ優しさ愛しさ
を、より分ってくれる事に繋ればわたしは幸い」


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7.羽藤家全員勢揃いは第三章で初めて

烏月「場面は変って、そのサクヤさんと柚明さんの関りになります。ここが今回作で唯一、
羽様の外にいる柚明さんの描写になりますが、それでも経観塚銀座通、経観塚の内です
…」

桂「第一章、第二章と対比出来る様に、経観塚の中だけで話しを描き切ったんだね。第四
章と対比できる様に、一応羽様ではない経観塚の街の中も、描いておきましたって感じ」

柚明「午前中に診療を受けた桂ちゃん白花ちゃんのお薬を、高校帰りのわたしが病院に貰
いに。昔の病院は、受付から診察迄に3時間、お薬も含む会計迄更に3時間掛る事もあっ
て。病院前でサクヤさんを見かけたわたしが…」

烏月「柚明前章・第一章で、為された様な悪戯を、ここでは柚明さんがサクヤさんにお返
した訳ですね。サクヤさんには良い薬です」

桂「上手いっ! 烏月さんに、座布団3枚」

柚明「ここは、わたしの贄の血の匂いや気配を隠す修練の進展を描くと同時に。贄の血の
匂いを隠すとサクヤさんがわたしを見つけにくい、サクヤさんが人ではなく、贄の血の匂
いを嗅ぎ分ける観月の民である事の暗示です。柚明前章・第一章の冒頭、サクヤさんが易
々と幼いわたしの背後を取る展開と見較べ、柚明前章・第四章の冒頭をお読み頂ければ
と」

桂「次も日常風景だね。サクヤさんとお母さんの『お夕飯どっちが作る』では、サクヤさ
んもお母さんも、どっちも自信家の意地っ張りで、お姉ちゃんの苦笑いが分ります。そし
て笑子おばあちゃんの機知が、両者痛み分けで、お姉ちゃん満足な円満解決を導きます」

烏月「サクヤさんも笑子さんも、先々代・桂さんのお母さんも、個性的に描かれているね。
千羽では、後日譚第3.5話『縺れた絆、結い直し』を経て、漸く先々代の話題を禁忌か
ら外せてね。先々代の頃を知る人が少しずつ、拾八年前以前・桂さんのお父さんと結ばれ
る前の先々代を、語る様になってきて。私も興味深く聞かせて貰っていたのだけど……先
代、私の兄が先々代について修行した話し等も」

桂「それ、わたしも聞きたい! お母さんの若い頃のお話し。鬼切りしていた話しもそう
だけど、その他にどんな家族と育って学校に通って、お友達や恋人がいたかどうかとか」

柚明「羽様のお屋敷にいた頃は、逆に叔母さんは千羽の頃の事を余り語ってないので。わ
たしも知りたいです。お願いできますか?」

烏月「承知しました。……逆に千羽の私には、千羽を離れて以降の先々代の話は初耳なの
で、新鮮で微笑ましい。それと、桂さんから時折聞かせて貰っている、この拾年の先々代
も」

柚明「この後わたしと笑子おばあさんで作った夕食での話題が、わたしの進路問題です」

桂「お母さんが柚明お姉ちゃんに、羽様の外へ進学する様に勧める、教育ママの尻尾みた
いな処を感じさせるのに、少し驚いちゃった。サクヤさんが自由自在で、お姉ちゃんの納
得を最優先したい感じなのは、想定内だけど」

烏月「状況は、経観塚の外への進学を勧める桂さんの両親に、柚明さんの自由意志を重ん
じたいサクヤさん。家長の発言は重いと賛否を示さず、柚明さんの意向や話しの流れを見
極める姿勢の笑子さん、と言う感じですね」

柚明「わたしの心が定まってないから、みんなを振り回す形になった。叔母さんも叔父さ
んも、サクヤさんも笑子おばあさんも、わたしを想ってくれている事は同じ。わたしに迷
いがあるから、話しを迷走させてしまった」

烏月「難しい処でしょう。世間を知らない子供(中学生)が、自身の大人に成り行く進路
を考え定めるのは、いつの世でも楽ではない。贄の血の力を鍛えても、鬼切りの業を会得
しても、経験せねば分らぬ事は、ある物です」

桂「そう言えば、年頃の女の子が多数登場するのに。アカイイトのSSで、まともに進路
や進学の話題が出ることって、少ないよね」

柚明「烏月さんは学業優秀な上に鬼切部だし、サクヤさんは既に大人。葛ちゃんは逆に早
すぎる上に、進路選択は財閥総帥と鬼切りの頭で確定で。ノゾミちゃんは人の世の職に就
けないし。CDドラマでは、わたしが社会復帰の準備中だけど、もう女の子の歳ではなく
て。後は桂ちゃんの進路が話題になる位かしら」

烏月「今の世では家業という言葉に実感が薄いですが、鬼切部は紛れもなくその世界です。
葛様の様に嫌って逃げるか、諦めや覚悟を持って受け止めるかしかない……柚明前章・第
三章で柚明さんが置かれた状況に近いかと」

桂「確かに、そう言われてみると普通の家の進路選択と言うより、羽藤の家の定めを継
ぐか継がないかが、まずあるって感じだね」

柚明「この時のわたしの迷いは、自分自身に。経観塚の外への進学よりも。羽様で間近で
白花ちゃん桂ちゃんの成長を、見守りたいけど。

 それが己の私的な欲求ではないか。己の進路選択を幼子が好きな所為に責任転嫁してい
るのではないか。そして生涯を羽様で終えるかも知れない選択への微かな怯え。わたしも
未だ幼くて、羽様の外へ街へ華やかな世間へ出て、自由に生きてみたい我欲を捨てきれず。

 己の選択だと思っていたから。己の為の未来に未練があったから。私欲が後ろめたくて、
わたしは己の意志を述べられず。だからサクヤさんも叔父さん叔母さんも、わたしの揺れ
る心の一面を見て、それに添った助言をくれた。話しを混線させたのは、わたしの迷い…。

 笑子おばあさんの黙して見守る姿勢も、わたしの意志が定まってないと見抜いてだった。
白花ちゃん桂ちゃんが途中で話しに挟まって、『羽様から、離れて行かないで』と求めて
くれたのも。そうさせたのは、わたしの迷い」

烏月「桂さんと彼が柚明さんに抱く想いの強さと純粋さが、良く描かれているね。特に双
子でありながら同じ想いを抱きつつ、願いを叶える為に双子の言動が、微妙に異なる処は。

 彼が、柚明さんと離れ離れになりたくないが故に、それを促す両親にそうさせないでと
願うのに対し。幼い桂さんは柚明さんに取り縋り、その想いを渾身で表して願い。柚明前
章・第二章『哀しみの欠片踏みしめて』でも、2人の似て非なる処は巧く対比して描かれ
て。

 ……今の桂さんも、こういう状況に迫られたなら、同じ応対を見せるのかも知れない」

桂「否定しきれないです……仮に柚明お姉ちゃんが、どこか遠くに移り住む様なお話しが
来たなら、今のわたしはついて行けるけど」

烏月「三つ子の魂百までだね、羨ましいよ。

 そう言えば、羽様の屋敷で柚明さんの前に、サクヤさんも含めた羽藤家の全員が揃うの
は、柚明前章を通して第三章だけと聞いたけど」

桂「そう言えばっ! 柚明前章は4つも続くSSなのに、笑子おばあちゃんも含めた羽藤
の家族全員が揃う描写って、第三章だけっ」

柚明「第一章は叔母さんが羽藤に嫁いでくる前で、桂ちゃん白花ちゃんの出生前で。第二
章はサクヤさんが作中に登場しない。第四章は笑子おばあさんの没後という以上に、サク
ヤさんの出る場面と、羽様の家族の出る場面が別々で交わらない。羽藤家全員が揃うのは
第三章のみ。これは作者の戦略的な配置です。

 久遠長文は、多数の人物の同席する様を描けるか否か、己の力量を危ぶんでいて。登場
人物1人1人を活写する為に、一場面の登場人物を絞り込む傾向があって。加えて『いつ
も全員が揃っていては、味が同じくなってしまう』との考えもあり。誰かが欠けている位
が丁度良いし世の常だと。その上で、偶にオールスターが揃う事で希少価値が生じると」

桂「後日譚でもヒロイン5人が同時に揃うお話しは、第0.5話『夏が終っても』だけだ
ったものね。この講座も頭数を3人に絞り込んでいるし。作者さんの趣向が分る気が…」

烏月「力の入れ具合を分ける事で、読者の興味を牽く・飽きさせないと言う事ですか? 
誰かがいない、足りないと意識させられれば、それはそれで一つの成功かも知れません
が」

桂「『巧く行ったかどうかは、読者みなさんの判断に委ねます』と作者メモが来てます」


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


8.何気ない日常に潜めた伏線

柚明「白花ちゃん桂ちゃんの参戦で、わたしの進路の話しは一旦中断されます。わたしが
2人の顔を拭いて、寝床に促すのだけど…」

桂「ここ! 何気ない日常だけど、作者さんが柚明本章終盤を意識して書いたって。わた
しと白花ちゃんが、お姉ちゃんの外出にいつも反対で、泣いて取り縋った訳が。サクヤさ
んと幼いわたしのやり取りから。作者メモ」

サクヤ『しかしまあ、何なんだろうねえ。

 あたしが来て去る時には、陽気に手を振って見送ってくれるのに、柚明がどこかに行く
となったら数日空けるだけでこの世の終りみたいに泣き喚くとは。扱いに差がないかい』

けい『サクヤおばちゃんはまた来るもん!』

作者メモ「柚明本章・第四章の終盤です…」

桂『どうして、幼いわたしが柚明お姉ちゃんの数日の外出も泣いて嫌がったのか今分った。

 どうして、幼いわたしが柚明お姉ちゃんの遠くの地への進学を、あれ程嫌がったのかも。

 ……柚明お姉ちゃんは、儚かったから。
 いつも消えそうな程に危うかったから。
 いつ失われるか奪われるか不安だったから。

 強いけど、幼いわたしより今のわたしよりずっとずっと強いけど、その強さを遙かに上
回る無理をしてわたし達を守ろうとするから。常にわたしやお兄ちゃんを守る為に全身全
霊だから。いつも命懸けで庇い抱き留めるから。だから元気が余っていても強さが溢れて
いても力に満ちていても、常に儚く危うかった』

サクヤ【しかしまあ、何なんだろうねえ。

 あたしが来て去る時には、陽気に手を振って見送ってくれるのに、柚明がどこかに行く
となったら数日空けるだけでこの世の終りみたいに泣き喚くとは。扱いに差がないかい】

けい【サクヤおばちゃんはまた来るもん!】

桂『お姉ちゃんに、それは確信できなかった。
 目が届く処にいないと、安心できなかった。
 だから常に傍にいて欲しく望み泣き続けた。

 だから常に傍で見ていて欲しくてお転婆になった。常に間近で見守っていて欲しかった。

 顔色が一々気になったのも、仕草や声音を一々気に止めて、つい凝視してしまうのも…。

 ずっと傍で見守っていてくれないと、柚明お姉ちゃんは危なっかしくて堪らないから』

柚明「桂ちゃんのわたしに抱いてくれる想いの強さ純粋さに、目頭が熱くなる部分です」

桂「ここはむしろわたしの後悔で。お姉ちゃんが誰かを守る為に、無理を重ねて微笑む人
だと。わたしはこの時点でも思い知らされる一方で、何も出来ず何も返せず。この後でノ
ゾミちゃんの癒しの力で、漸くわたしの贄の血を役立てて、お姉ちゃんを取り戻す事が出
来たけど。この時は絶望に心囚われかけて」

柚明「桂ちゃんのお陰よ。今こうしてわたしがあり続けられるのは、今この様に桂ちゃん
に尽くせるわたしがいられるのは。その事には幾らお礼を言っても言い尽くせないけど…。

 お願いだから、無理はしないで。わたしはこの時自身の消失より、桂ちゃんの生命が絶
たれる分岐の先に怯えていたの。桂ちゃんは濃い贄の血を持つだけで、修練も何もない女
の子よ。危うくて堪らない。苦痛や悲嘆が迫るなら、わたしがその前に立ち塞がるから」

桂「だからお姉ちゃんが危なっかしいのっ!

 そうやって、わたしに迫る危難をその身に受けて防ぐから……お願い、わたしの為にで
も無茶はしないで。わたし、お姉ちゃんが傷み苦しむ様を思い浮べるだけで、心が竦むよ。

 今迄お姉ちゃんはわたしの為にわたしの所為で、大変な想いを重ねてきた。これ以上酷
い想いはさせたくない。柚明本章を経た今は、頼れる強い人達が沢山いてくれるんだか
ら」

柚明「……桂ちゃん……」

烏月「似た者同士なのですね。互いを想う故に相手の無茶は嫌うけど、己を盾にする事に
迷いがない。桂さんの柚明さんに抱く印象は、柚明さんの桂さんに抱く危惧と同様、正解
と。

 今の桂さん柚明さんの傍には私がいます。
 葛様やサクヤさんやノゾミもいますから。

 2人が互いを守る為に、身を投げ出し合う必要はない。荒事は私達に任せて下さい……。

 しかし、随所で繋っている。何気ない日常の描写が、後々の決定的な時に響く。前作を
読み返したくなる。こういう細工の細かさは、作品に奥行きを与える一方で、やり過ぎる
と、取っつきにくい印象も与えかねないけど…」

桂「お姉ちゃんがわたしを昔から深く愛してくれていたことや。わたしがお姉ちゃんを昔
から大好きだったことが。作品を越え時を越えて響き合うので、わたしは好き。前々の積
み重ねが今あるってことは、今からも未来に向けて積み重ねていけるってことだし。烏月
さんとも未来に向けて、何でもない愉しい日々を、たくさん積み重ねていきたいです…」

柚明「それはわたしも同様に、宜しくお願いします。わたしの特別たいせつな烏月さん」

烏月「こちらこそ宜しくお願いします。この身を尽くして、お2人は必ず守り通します」

桂「柚明本章の描写を見ると、わたしと烏月さんより、お姉ちゃんと烏月さんの絆の方が、
何気に強い気がするけど。でも、2人がお互い仲良くて、わたしを大事に想ってくれるこ
とは本当だから、これはこれで良いのかな」

柚明「桂ちゃんが心配する必要は全くないの。わたしにはいつでも桂ちゃんと白花ちゃん
が一番よ。桂ちゃんより誰かを大事に想う事はないし、桂ちゃんが抱く一番の想いを脅か
す事もしない。あなたの願いがわたしの願い」

烏月「私も同様に。柚明さんは特に愛しくたいせつな人だけど、桂さんは私の一番の人だ。
(烏月が、右隣の桂の両手を握って見つめ)いつも桂さんの願いが、私の第一優先だよ」

桂「わたし、恵まれている……幸せすぎ…」

柚明「次に描かれる、叔母さんと叔父さんの日常の連携も、描写が上手ね。幼子の寝つか
せを叔父さん叔母さんの何れかが担う。その間に行うわたしの進路の話しは、一心同体の
どちらが出ても、大丈夫と通じ合えていて」

桂「お父さんやお母さんの描写は、アカイイト本編でも少なかったから、貴重です……」

烏月「桂さんのお父さんは、桂さんのお母さんと同様柚明さんに進学を勧める立場なのに、
柚明さんに桂さんのお母さん説得のヒントを与えている。進学を勧めつつも、議論を尽く
して全員の合意を望み、柚明さんの良い人生選択を願う、温厚で誠実な人柄が描かれて…。

 この後で笑子さんから羽様の家族皆さんに、自身の現状と近い将来が語られるのです
ね」

柚明「ええ。誰もがいつ迄も、おばあさんに元気でいて欲しい。そう想う故に、わたしの
来年以降の人生を語る際にも、羽藤の家の未来設計にも、そうではない現実を想定しない。
笑子おばあさんの命がもう長く保たない事は、誰もが感じていた事なのに。目を逸らし
て」

桂「不吉な事や寂しい事は、考えたくないものね。ゲームやマンガでは、気合や勢いで乗
り越える事も多いけど。主人公が若ければこその出来過ぎの展開で。現実に即すると寿命
や不治の病や老いは、どうにもできないし」

烏月「己の終末を視ても乱れず萎れず、最後迄しっかりと生き抜く。後に残る者に己の居
ない未来を想定させ、そう促す生き方を見せ。……鬼切部の強さとは違うけど、この強さ
は鬼切部さえも中々持てない強さ。正に柚明さんの強さに通じる強さ。これこそが、柚明
さんが笑子さんから学んだ生き方なのですね」

柚明「わたしに頂ける賞賛の殆どは、わたしが師事した先人の資質、受け継いだ中身です。
わたしは良い師に恵まれました。怠けず少しでもその全てを汲み取ろうと努め続けてきた、
その判断と意志の持続位がわたしの長所…」

桂「気持は分るけど、言っている事も間違いではないと思うけど。確かにおばあちゃんも
お母さんもお父さんもサクヤさんも、言い師匠に描かれているけど。謙遜しすぎの様な」

烏月「柚明さん視点で描かれる柚明の章だから、若干美化されているけど。客観的に見て
も柚明さんの羽様の家族への印象は、概ね正解だよ。柚明さんは曇りや歪みのない視野で、
物事を的確に捉えている。その上で柚明さん自身の資質は素晴らしい。それは作中で柚明
さんに寄せられる、周囲の高評価から分る」

桂「なるほど。お姉ちゃんは、自身の評価は低すぎな感じだけど。周囲の人がお姉ちゃん
に告げる高評価は、作中に記されているから。作者さんも巧くバランスを取っているん
だ」

柚明「わたしには、周囲から寄せられる評価の方が高すぎな感じなのだけど。周りの人達
の眼が誤っていると迄は、言えないから…」

烏月「奢らず・油断せず・侮らぬという柚明さんの素養も充分、貴重な気がしますけど」


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9.進路のお話し、笑子倒れて

桂「解説を進めます。おばあちゃんが近い将来に自身の居ない事をみんなに報せることで。
お姉ちゃんの進路と家族の未来を考える土台、共通認識が整います。ここでお姉ちゃんの
推察の形で、サクヤさんが経観塚の病院を訪ねようとして、ためらっていた背景が語ら
れ」

柚明「サクヤさんは幾ら親密でも、世間的には家族ではないので。お医者さんはおばあさ
んの病状を教えない。サクヤさんは強引な手段で、無理にでも聞き出そうか悩んでいた」

烏月「笑子さんに直に訊けず家族にも訊けず、結局医師にも。容態の悪さを知る事が怖い
と言う感じでしょう……強引な手法は後々に問題を残しかねない。柚明さんが背後から声
かけたのは、諦めて貰う良いきっかけでした」

柚明「サクヤさんはわたしが声をかけずとも、長時間悩んで結局訊けずに終ったと思うけ
ど。でも、知らぬ内に過ちの芽を一つ摘む事が出来たのは、幸いでした。同時にわたしの
推察や関知の力は、未だ未だと感じさせられて」

桂「そこで反省するですか。流石はお姉ちゃん。反省材料は、どこにでも幾らでもあって、
改善を望めば伸び代はまだまだある。お姉ちゃんの発想は、実は物凄く前向きなのかも」

烏月「笑子さん亡き後、贄の血の力の使い手が暫くの間、柚明さん独りになる。この単純
な事実を把握できるか否かが、桂さんと彼の先行きに、大きく影響すると言う事ですね」

桂「お母さんが珍しく過剰気味な反応なのは。わたしや白花お兄ちゃんの為に、唯独りの
贄の血の力の使い手の定めと言って。羽様にお姉ちゃんを押し止める結論を、嫌っての
…」

柚明「ええ……第三章での叔母さんの言動が、多少バランスを欠いて見えるのは、作者の
意図よ。叔母さんがわたしをたいせつに想ってくれている故に、わたしの生涯を羽様に縛
りたくないと案じてくれている故に、やや冷静さを欠いて、過敏に反応する様子を描い
て」

烏月「不動の平常心を保つべき鬼切り役でも、心底たいせつな人の未来を決める場では、
全く平静ではいられない。気持が察されます」

柚明「おばあさんは、贄の血の力の使い手が拾年はわたし独りになる現実と。幼子の導き
はわたしでなくば出来ない訳ではない事実を。両方示してわたし達に考えてと……ご神木
に触れて感応する事で、わたしが導かれた様に、白花ちゃんも桂ちゃんも導かれる事は叶
うわ。

 でも太古の昔にご神木と同化した遠祖より。今を生きて俗世にも馴染んだ、肉の体を持
つ人の方が。幼子が世間を生き抜く術を学ぶという点では、望ましい。でも叔母さんは
…」

烏月「自身の息子や娘の為に、柚明さんの人生を犠牲にする訳に行かない、縛れないと」

柚明「振り返ればサクヤさんが、わたしの心情を一番適切に捉えてくれていました。サク
ヤさんはわたしが正しい前提で良く考えれば、自らで進むべき途を選択できるし、そうす
べきだと、思っていた様です。作者メモです」

サクヤ『誰かに尽くす事が幸せな人生も、あるだろうに。己の為の人生が幸せなんて狭い
視野は、あんた(真弓)には似合わないよ』

『あたしはあたしのたいせつなひとがいてくれるから、生きていける。その人を心に思う
だけで、心の力になる。自分の為の人生を幾ら生きても、それで幸せを感じる奴と感じな
い奴はいるんだ。あんたがやろうとしているのは【自分の人生】の強要じゃないのかい』

作者メモ「これに対する真弓の主張です…」

真弓『桂や白花の事は、後で考えれば良いわ。未だ子供なんだし。……でも柚明ちゃんは
目の前なの。青春真っ盛りなの。今を逃しては得られない、大切な経験もあるでしょうに
…。

 貴女(サクヤ)は長く生きて、色々知ったからそう言えるのよ。柚明ちゃんは未だ中学
生なの。世界の広ささえ見えてない年頃なの。二十年も生きてない内に、人に尽くす幸せ
を憶えただけで、その先迄定めさせて良い?』

桂「うぅ難しい。難しいよ……わたしの進路の様に適当に大学行こうとか、言えないよ」

柚明「叔母さんや叔父さんにも、それなりの想いや考えがあっての、勧めだったから…」

烏月「この時は笑子さんが体調を崩して、結論を得る前に、散会になったのでしたね…」

桂「お姉ちゃんが癒しの『力』を、どんな症状の人に、体のどこに及ぼせば効率が良いか、
医学書を読んだりしていたのは驚きだったよ。学校のお勉強より一歩も二歩も前に進ん
で」

烏月「柚明さんは、外の学校に進学するなら、看護師や医師になる積りだったのです
か?」

柚明「ええ。病で遠くに引っ越して、中々逢えない人もいたから。当時のわたしの力では、
傷の治癒や疲労回復できるだけで、老いや病に手が届かない。患部に力を及ぼせば、病も
賦活させてしまう、そこを外して体を賦活させても対症療法でしかなくて。当時のわたし
は何をどこ迄出来るのか、追い続けていたわ。

 この辺りは第二章との繋りね。どうにかして詩織さんに、元気になって貰いたくて…」

烏月「第二章以降の幕間でも、修行に励み続けた様子が推察できます。唯生真面目なので
はなく、必死に前へ泳ぎ進んできた様子が」

桂「お姉ちゃんの察しの鋭さや、おばあちゃんを癒す処は、修練の成果なんだね。人を案
じ過ぎて自身を省みない処も、今に繋って」

柚明「贄の血の癒しの限界と、わたしの未熟さを描き。わたしも既に風邪を移されていて、
体内で癒しを紡いで生気を増す事が、病原菌の生気も増して。わたしが倒れてしまうの」

桂「お姉ちゃんが介抱される姿って珍しいね。
 笑子おばあちゃんに介抱される姿も初出で。

 第二章から、ううん、第一章の終りからずっと頑張り通し・走り通しだった印象のお姉
ちゃんが、久方ぶりの休みをもらった感じも。のどかで静かな秋の日の描写もいいよね
…」

柚明「わたしは修練のお陰で基礎体力も付き、風邪を引く事もなくなっていたから。前に
風邪引いて羽様のお屋敷で寝込んだ時となると、町に住んでいて、お父さんお母さんと羽
様を訪れていた幼い頃に遡るの。その頃の想い出に浸れて、わたしには良い休みになった
わ」

烏月「進路の話しは柚明さんの復調を待つとなって、一旦緊迫した流れは断たれ。静かな
情景に移行する。続く柚明さんの心を揺らす男の子の登場を控え、話しを少し落ち着かせ。
嵐の前の静けさを思わせる巧みな構成です」

柚明「沢尻君……博人や華子さんとわたしの第二章以降の関係は、柚明前章・番外編の第
10話迄お読み頂くと、概ね分ると思います。

 わたしが彼を意識し、彼がわたしを意識し、華子さんが博人を意識する状態は、第二章
の侭で……本作はそれに決着を付ける物です」


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10 運命の分岐、博人との……

桂「アカイイトは公式には和布伝奇ホラーだけど、実質は百合のお話しと認知されている
から。SSでも男女の恋がまともに取り上げられた作品はほとんどないし。驚きだったよ。
アカイイト本編や柚明本章に繋る筈と分っていても、お姉ちゃんが沢尻君の誘いにどの様
に応えるのか、ドキドキしながら見守って」

柚明「作者はわたしを『女のみ好く』人物造形にしませんでした。『女の子も男の子も好
きになった人は好き』が柚明の章の柚明です。

 実際には、女の子との絡みが多くなるけど。男の子や男性との関りを、不自然に排除す
る事はしない。田舎で小学生や中学生であれば、共学で男の子と近しく受け答えして当然
で」

烏月「アカイイト、或いは柚明の章が百合の色を帯びるのは、その話しの展開による為で。
女しか愛しない登場人物で出来ている為ではないと、作者は考えている様だ。女子校の様
な鎖された世界で進む話しでもないので、この解釈の方が自然で説得力はあると思うね」

柚明「博人はわたしに告白して応諾を貰う積りでした。彼の意図は感応の力などなくても、
少し勘の鋭い女の子なら悟れたでしょう。大事な瞬間を前にやや緊張気味な彼を、わたし
は館の主として柔らかに自然に中庭に導いて。

 ご存じかも知れませんがこの庭が、拾弐年後のアカイイト本編の烏月さんルート『燃え
る磐座』で、最終決戦の舞台になる処です」

桂「お姉ちゃんの浴衣姿に見とれほめて、お礼を言われると思わず理由を言い募る、男の
子の恥じらう様が初々しい。綺麗な女の子を前にすると、中々平常心って保てないから」

烏月「そうだね。私も桂さんや柚明さんの前だと、完全に冷静でいられない。この時の彼
の気持は、読んでいて己の事の様に分るよ」

桂「烏月さんもそうなの? わたしは、烏月さんはいつもクールで知的で。わたしが独り
で平均気温を上げていると、思ってたけど」

烏月「その気温上昇の半分は、私の熱だよ」
桂「はう! それだけで、もうわたし熱病」

烏月「桂さん、しっかり……桂さんっ……!

 申し訳ありません、柚明さん。その、桂さんが戻ってくるのに、少し時間が掛る様で」

柚明「恋する乙女はいつでも愛らしいわね…。

 桂ちゃんには暫く幸せに浸っていて貰って、わたし達で話しを先に進めておきましょ
う」

烏月「分りました。では、まず沢尻博人から。

 久遠長文は彼を、桂さんの父や兄が少しひねくれた様な、やや陰のある人物と描いた様
です。普段は温厚な正論を口にしつつ、周囲に合わせ微妙に斜に構え。相手の過ちを説き
伏せて正すのではなく、窘めたり皮肉ったり。

 いつも余り明確な意志を見せない。そんな常の顔の裏で深刻な人嫌いで。その面を出し
た時には、寄り道なくまっすぐ意志を伝えてくる。その一面を知るのは、柚明さんとこの
直後に登場する佐々木華子さんの2人のみ」

柚明「彼が人嫌いになった経緯は、第三章執筆当時は作者も深く考えておらず。建前と本
音が乖離して、因習の根強い田舎の風土に鬱屈したとしていましたが。番外編第13話で
詳細が明かされました。彼の父母が羽藤と鴨川という2つの名家の間を、巧妙に世渡りし
て不当な利得を得ていた。その裏を知る故に。

 同時に、沢尻の博人が羽藤のわたしに関りを持つのは心理的に難しく、積極的に距離を
詰めようにも、中々難しかった背景も描き」

桂「確かに、散々迷惑かけた家の一員として、羽藤の家に通う事も家族と顔を合わせる事
も、好きです幸せにしますとも言いづらいよね」

烏月「敢て詳細設定せずとも、その侭流せそうな箇所を、後々の執筆で思い出して掘り起
こす。その芽を残す記載を先にしておく事も含めて、久遠長文の精髄というか特徴ですね。

 桂さん、お帰りなさい。もう大丈夫かな」

柚明「背景を分っていると頷けるけど、分ってなくても何となく悟れて、不審に思わない。
読んだ時・描いた時には伏線と思えない所が、後々に伏線に出来たりする、彼の描き方ね
…。

 桂ちゃん、お帰りなさい」

桂「ただいま帰りました。いつ迄も浸っていると、次の幸せを逃しそうなので。ここで作
者さんは慌てて第二章の直後を考えたって」

作者メモ「柚明前章は幕間で3年の期間が空く為、前作直後の事態収拾は描いていません。
第一章で心に深傷を負った柚明のその直後や。第二章で詩織を庇って級友の反感を買った
事や、仇の鬼に瀕死に追い込まれた後の回復等。

 3年経てば既に遠い過去で、敢て触れるタイミングも難しいですが、それに関連した話
題が出れば、最低限設定しなければならず」

烏月「柚明さんがクラスメートに頭を下げた事や、詩織さんをみんなの輪に入れてと頼ん
だ事、みんながそれを了承してくれた事等が、簡潔に記されて。その応対に彼が感銘を受
けた事も。鴨川と羽藤の家の対立を、子供の世界では乗り越えていた事にも、軽く触れ
て」

桂「結構内容が濃いね。柚明前章・番外編ではそれらについて、深く掘り下げているけど。
でもこのお話しではそれは背景に留まるので、さらりと流して沢尻君の告白に移行です
と」

柚明「彼は都市部の工業高校に進学する事を決めていて。彼の夢には進学が必須だし、彼
は田舎の因習やしがらみを嫌っていたから」

烏月「因習やしがらみ、ですか。歴史のある家では、見受けられますけど。私もその縛り
や蓄積を、束縛や重荷に思う事があります」

桂「烏月さんでもそう思う事があるんだ?」

柚明「千羽の積み重ねを背負う烏月さんならばの深い答ね。その過去の上にいるわたし達
には、逃れる事も拒む事も出来ないけど…」

桂「そう言えば、葛ちゃんも若杉を継ぐのがイヤで、経観塚まで逃げて来ていたものね」

烏月「柚明さんは彼の、経観塚の外へ行こうとの告白を兼ねた誘いを断りました。一番た
いせつな人の導き手として、あと拾年は羽様で共に暮らす事が必須なら。彼の誘いへの答
はこれ以外、あり得なかったでしょうが…」

桂「作者メモが沢尻君の言葉で来ています」

博人『俺は羽藤に大きく影響されたと思っている。人生を半分位塗り替えられた。元々俺
は機械が好きで、人は好きじゃなかったんだ。

 機械は報酬を求めない。危険を嫌わない。気紛れがない。己を守る為に筋を曲げない』

『機械と違って、人は己を守りに走る。普段正論を唱えていても、いざという時簡単に節
を曲げる。通常威勢の良い建前を口にしても、己の事になると基準が違う。相手によって
場合によってそれ迄の理屈や応対が全然変る』

 でもお前はどこ迄も人の為に尽くしていた。
 己の痛みや苦しみに構わず飛び込んでいた。

 孤立も反発も気にしなかった。自分が決めた助けたいモノの為に、己を惜しまなかった。

『打ち負かされたよ。機械は指示以上に動かないけど、羽藤は、いや人間は指示されなく
ても指示を越えて人を思いやり、守り、庇い、助けられる。力になり、尽くす事が出来
る』

 見せられ、教えられ、人生観を変えられた。

『……時間がないんだ。俺は後数ヶ月で、経観塚から居なくなる。お前に、来て欲しい』

 お前は俺に希望をくれた。今度は俺がお前に希望を与えたい。……本当は俺は、一緒に
いて貰いたいんだ。俺はお前しか人に惚れてない。信頼できない。一緒に歩んで欲しい…。

『お前が、俺の1番たいせつなひとだ』

柚明「熱い語りでした。恥ずかしさも吹き飛ばす、全身全霊の語りでした。沢尻博人の年
数の積み重ねを全部出して、家の隔ても振り捨てる気で、羽藤柚明を望み求めてくれた…。

 それにわたしは、ノーを応ました。羽藤柚明は、沢尻博人のその求めに応えられないと。
今度こそわたしもしっかり応えなければと」

作者メモ「柚明は第二章で博人の求めにしっかり応えられませんでした。柚明の生き方は
変えられない、それは貫けたけど。博人が示した妥協の生き方、みんなに流される生き方、
普通の人生と幸せに、柚明が未練を残していたので。しっかり言葉で応えきれなかった」

烏月「今回はしっかり柚明さん自身の言葉で、応える積りだったのですね。最初から、彼
が屋敷を訪れたと分った時から、心を定めて」

作者メモ「ここが柚明前章の最大の分岐です。博人について経観塚の外に進学すれば、柚
明は母の様に普通の幸せを手に入れた。博人を守り支え、彼と結ばれ子を為して。でもそ
の先の柚明には、アカイイト本編や柚明の章の様な、白花や桂との深く強い絆はありませ
ん。白花や桂ではなく博人を選んだ先の柚明には。

 都会に進学した柚明は、長期休み等で足繁く羽様の屋敷に帰省して、桂や白花を慈しむ
けど。拾年前の夜の様な突発的な危難が生じても、羽様にいない柚明は即応が出来ない」

柚明「アカイイトは百合の話しです。久遠長文が敢て男の子との恋を出したのは、彼に告
白させてわたしに断らせる為でした。成立しない恋愛だから、相手は男の子で良いと…」

桂「作者メモでお姉ちゃんの答です」

『ごめんなさい。わたしはここを離れない』
『わたしは今、1番の人がここにいるの…』

 それは、わたしに一つの苦い決断を強いる時でもあった。今迄1番だった人を差し置い
て、別の人を1番ですと言い切る瞬間だから。それは彼の所為ではなくわたしの所為だけ
ど。

『ごめんなさい。わたしは、沢尻君を1番にする事は出来ないの。沢尻君は、とてもたい
せつなお友達で、特別に大事な人だけど、1番には出来ないの。今迄も、これからも』

 わたしには、この生涯を捧げて尽くさなきゃいけない人がいる。尽くしたい人がいるの。

 大切なだけじゃなく特別な人。
 特別なだけじゃなく一番の人。
 この世に唯1人と、思える人。

『その人の為に、今はここを離れられない』

『桂ちゃんと白花ちゃん、2人のいとこが、わたしのこの世で1番たいせつなひとです』

 サクヤさん、ごめんなさい。

 秋風が浴衣をすり抜けて涼しく寂しかった。


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


11 運命の選択、博人と華子の

桂「この時お姉ちゃんが抱いた、サクヤさんへの申し訳なさは、第四章冒頭に繋るんだね。
第一章からのお姉ちゃんの、サクヤさんに抱いた恋心の終局の始りですと。作者メモが」

烏月「桂さん達を一番と言い切る事が、もう一人のたいせつな人への、恋心の訣別になる。
これも、第三章の別れの隠された一つだと」

柚明「はい。そして、わたしは何度あの場に戻っても、博人を選ぶ事はない。わたしの一
番たいせつな人は、白花ちゃんと桂ちゃんで、それはどうやっても、変えられなかったか
ら。

 わたしが彼に強く願えば、彼はわたしが白花ちゃんと桂ちゃんを一番に想う事を認めた
上で、羽様に共に残ってくれたかも知れない。一番でも二番でもないと了解してくれた上
で、家族も振り捨て羽藤に婿入りして、わたしの夫になってくれたかも。でもそれは彼が
夢を諦める事で、彼の幸せに繋るとは思えなく」

作者メモ「博人と柚明のやり取りです」

博人『お前、双子に自分の人生捧げる気か』
柚明『わたしが生命尽きる迄捧げる積り…』

博人『その2人だって人間なんだ。いつかどこかに恋人を作って巣立つんだ。お前の子供
じゃないのに、恋人でもないのに。……離れて己の人生を歩んでいく親戚の子に、そこ迄
尽くして何も残らなくて、今度こそ悔いはないのかよ。平田の時とは違うんだぞ。

 みんなの顰蹙を買うとか、孤立するとかの問題じゃない。お前、進学以前に自分の人生
を他人にあげちゃう積りで、良いのかよ』

柚明『ええ、そうね』

 わたしは、詩織さんを追いかけて全てを抛つ事は出来なかった。2人がここにいる限り、
わたしはここを離れる事が出来なかったから。詩織さんはたいせつな友達だけど、何とか
して助けたい人だけど、それでも一番ではない。

『だから、全てを捧げ尽くし、干涸らび朽ち果てても、あの2人がそれを苗床に元気に巣
立って行っても、悔いはないの。幸せなの』

烏月「中学生でこの覚悟の強さ、鳥肌が立ちます……鬼切部でも、ここ迄の覚悟は中々」

柚明「ここ迄想いを固めなければ、博人の誘いにわたしは心揺らされ流された。これは自
ら積極的にと言うより、状況に促されての」

桂「続いて語られるお姉ちゃんのわたし達に抱く想いの原点は、第一章の悲痛を辿るから、
読んでいて胸が詰まるよ。鬼や贄の血の事情は話せないけど、お姉ちゃんの想いの根にあ
る悔いや決意を明かす事で、答に代えて…」

作者メモ「博人と柚明のやり取りを再び」

博人『分らない。語られたって分らないよ』

『羽藤が双子に尽くしたい気持は分る。でも、親戚の子じゃないか。二親も揃っているの
に、お前が一体2人に何を出来るって言うんだ』

 羽藤の血の事情って何だよ。断ち切る方法はないのか。お前自身の幸せはどうなるんだ。

柚明『わたしがあの2人に尽くす事が幸せ』
 そしてわたしはあの2人になら役に立てる。

『これ以上は貴男にも話せない。でも、それでも尚わたしを求めるというなら、方法はあ
るわ。羽藤の事情を教える代り、貴男はわたしと一緒にここに留まって。貴男が一生経観
塚に、羽様に残る覚悟があるなら、わたしも貴男に全部話すし、この身を委ねても良い』

烏月「告白に応えるに告白を以て応える…」

桂「この時のお姉ちゃんは、沢尻君が応諾したら、鬼や贄の血の事情も全て明かし、羽様
で結婚し一緒に暮らす事迄考えていたの?」

柚明「ええ。白花ちゃん桂ちゃんや、サクヤさんよりたいせつには想えないと承知の上で、
夢を諦め、羽様で一生を過ごしてくれるなら。わたしは逆に彼に一生償い尽くす立場にな
る。

 この時も彼の選択に委ねた感じで、責任を彼に押しつけた感じで、申し訳ないけど…」

作者メモ「柚明の選択に、博人が応えます」

柚明『ここに残ってくれるなら、わたしを抱き留め、わたしの夫になって。わたしは貴男
を一番にも二番にも出来ないけど、不出来なわたしだけど、出来る限り貴男に尽くします。

 でも、その積りがないなら、今ここから立ち去って、二度とわたしを求めないで。わた
しと貴男は似た夢を持つけど立ち位置が違う。一度は交われても二度は交われない。帰っ
て、これ迄の全部を想い出にして、諦めて頂戴』

『わたしを取るか、夢を取るか。経観塚に留まるか、町へ出るか。二者択一、どっちもは
ないの。選べるのは一つだけ。わたしの心配ではなく、貴男自身の未来を考えて決めて』

『わたしはこの生き方を、変えられないの』

博人『ごめん。俺は、ここには留まれない』

烏月「彼は夢を採って、柚明さんを諦めた」

桂「お姉ちゃんの切なさが辛そうだよ。答が出た後で抱き留めて、愛しさを出してしまう。
そこで沢尻君が、前言を翻そうとするけど」

柚明「作者メモです。わたしの言葉で」

『男にも女にも二言はないの。貴男は全てを呑み込んで決断を下した。それが全てなの』

 それを曲げてはいけない。本当の心を偽ってはいけない。答を出す迄の苦悩を無にする
掌返しは、してはいけない。それがわたしの為にもならない事を、貴男は分っている筈よ。

 真実は、時に人を傷つける。でも、真実を貫かないと、もっと多くの人を嘘で傷つける。

烏月「この状況になっても尚そう言えるのか。極限の場面でもそう言い続けるのか。心の
強さを試す様な展開への柚明さんの答ですね」

柚明「双方の結論は出終った。冷静に考えればもっと早く視通せていた結論だけど、未練
の故に冷静になれずに、今迄引きずり続けて……でも、最後の一線は何とか守り通せた」

作者メモ「博人の最終結論です」

博人『俺の望みも、お前が幸せであってくれる事だ。俺がその役に立てないのは残念だけ
ど、いつかどこかで、俺の機械で、お前やお前の大切な人の役に立てる様に、頑張るよ』

桂「一生懸命前向きに事に向き合おうとして、沢尻君の心の強さも切なさも満載だね…
…」

烏月「そして彼を帰した後で、彼に想いを寄せ状況を見守っていた華子さんを迎えると」

柚明「たいせつな博人の誘いを拒み、その想いを退けた。憎んでも余りある者がわたしな
のだから、罪はわたしに……作者メモです」

華子『どうして、どうして打ち返さないの!
 何か言いなさいよ。反撃しなさいよ』

 あなた出来るんでしょう。本当はあなたは武道の達人で、超能力を使って人を痺れさせ
られるんでしょう。わたし、知っているのよ。

桂「人に知られては拙い秘密が、近しい人に徐々に漏れて行くのも、ヒーロー・ヒロイン
を巡る展開の王道だね。沢尻君も番外編の展開で、お姉ちゃんの護身の技を知っているし、
鴨川さんや金田さんも鬼や贄の血の事情迄」

烏月「でも、知られてしまうと拙いから秘密なのであって。知った人から秘密が漏れない
かどうかが、現実的な心配です。柚明さんは美しく聡明で心優しい。理不尽な嫉妬や悪意
を受け易いタイプだ。秘密を握られると…」

柚明「作者はその辺も一応考えている様です。作者メモでこの時の華子さんとの応対で
す」

華子『思っても思っても及ばなく、努力しても努力しても敵わなく、仰ぎ見る他方法がな
くて。でも嫌いになれなかった。いつも人に真剣なあなたを、憎もうとしても憎めなくて。
最後は好きになる他なくて。博人が真剣に好きになった人だから。彼が心から愛した人だ
から。わたしも好きだったから、憧れたから。

 あなたなら、仕方がないと思っていた!』

 あなたなら敵わない以上にやむを得ないと、あなたならわたしも諦めて博人を見送るし
かないと思っていたのに。それが、何でなのよ。何で博人が惚れたあなたが、わたしが惚
れたあなたが、あれだけ真剣な求めを断るのっ!

『わたしが惨めな以上に、博人が可哀相…』

桂「ううっ、華子さんも真剣に、沢尻君に恋していたって分るから……お姉ちゃんを叩く
様な酷い事をしていても、憎みきれない…」

柚明「ここで先程の烏月さんと同じ危惧を抱くわたしと華子さんの応対を、作者メモで」

柚明『貴女はわたしのその事を告発するの?
 みんなに、世間に、公表でもする?』

華子『出来る訳ないじゃない!』

『わたしが大好きな羽藤柚明を、博人が大好きな羽藤柚明を、例え何がどう違っていても、
あなたの不幸を招くより効果ないそんな告発。彼は今もあなたの幻を心に抱いている。わ
たしはあなたの事が憎らしいけど、今も大好き。彼がそんな告発をして喜ばない事位、あ
なたも分っているでしょう。見くびらないで!』

烏月さん「恋仇でも敗退する状況でも、競争相手の柚明さんの足を引っ張ろうと考えない。
単に天晴れな心の強さだけはでなく、それを恋した男の子が好まないと分る賢さ。そして
華子さん自身が柚明さんに競争意識を抱きつつ、嫉妬しつつ深く好いている。だから柚明
さんの不利益になる秘密の暴露も考えない」

桂「作者さんは華子さんとお姉ちゃんの仲を、恋仇であると同時に百合っぽく描いている
ね。華子さんに女の子を愛する志向はないけれど、お姉ちゃんとの仲を濃く描いて。同じ
男の子を気にかける同じ想いを抱く同志と描いて」

烏月「男の子のみならず、仲の良い者のみならず、関る全ての者に真摯に向き合う柚明さ
んの性分が、敵対関係に陥る筈の恋仇の女の子迄惹き付けてしまう。これは百合志向とい
うより、もっと広い言葉が当て嵌りそうな」

桂「お姉ちゃんの華子さんへの答です」

柚明『わたしのこの血があるからよ、彼の想いに応えられないのは。わたしが沢尻君と一
緒に行けないのは、あなたが言う超能力の血のお陰なの……持って生れた身体を流れるこ
の羽藤の血が、わたしをここに、留めるの』

 博人は特別に大切な人だった。愛していたかも知れない。ついて行きたい想いもあった。

『だから、彼の前では絶対そう呼べなかった。

 わたしが最初に見た時からあなたが馴染んで常にそう呼んでいた名前を、わたしは絶対
に口には出来なかった。彼の前だけでは』

 それ以上近付かれては、いけなかったから。
 それ以上踏み込ませてはいけなかったから。

 彼がわたしを、抱いた夢や希望より大切に想ってはダメだと、わたしも分っていたから。

『わたしはここを離れない。離れられない』

 ここを去る博人を支える事は、出来ないの。
 博人の夢を助ける事も、共に歩み行く事も。

『それが出来るのは、貴女よ。貴女なら、博人の夢に、一緒に立ち向える。華子さん…』

華子『博人を、わたしに譲るというの?』

柚明『譲るなんて出来ない。彼はわたしの物じゃないし、出来てもわたしに譲る積りはな
い。この想いは譲れる程浅い物じゃない』

『でも貴女なら彼を奪い取れる。彼の中にいるわたしの幻から、貴女なら彼を奪い取れる。
貴女になら、貴女に奪われるなら納得する』

『早く行きなさい。彼が待っているわ』

烏月「去り行く彼に耳打ちして、少し離れた処で待って貰っていたのですね。華子さんに
後を追わせる為に。そこ迄考えて、貴女は」

柚明「華子さんはわたしの想いに応えてくれたわ。作者メモで華子さんの最終回答です」

華子『あなたに思い切り諦めを付けさせてあげる。わたしのこの手に、博人を奪い取る。
謝らないわ。わたしがこの手で、奪い取るのだもの。わたしの力でわたしの想いで、わた
しの彼と重ねた年月で、必ず彼を手に入れる。

 さようなら柚明。わたしの大好きな恋敵』


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12.心定めて、分岐を選びます

桂「華子さんは沢尻君に告白し、恋を叶えます。それはお姉ちゃんが促した結果だけど」

烏月「なまじ視えてしまうだけに、気になって伸びて行く力を止められない故に。自身の
関る恋愛が過去になり行く淋しさは、辛い」

作者メモ「柚明が心を乱す希少な瞬間です」

柚明『華子さん、沢尻君を……。博人を…』

 胸の中で騒ぎ出す想いがある。
 腹の底から噴き上げたい想いがある。
 枯れる事のない涙は、わたしの哀しみの涙。

『わたし、自分の哀しみで泣いている。ダメなのに、自分の為に泣いちゃダメだって…』

 自分の為に泣いちゃダメだ。わたしの為に多くの生命が犠牲になったのに、それで生き
残れたわたしが、犠牲になった人達の為じゃなくて、自分の寂しさの為に涙を流すなんて。

 そう思って己の為の涙をずっと封じてきた。自分の為に泣けなかった。溢れる想いも抑
え込んできた。なのに、なのに、なのに今日は。幾ら止めようと思っても、涙が止められ
ない。

桂「いつも静かに穏やかで、心の乱れを表に出さないお姉ちゃんが。わたし達を大事に想
う故に、ここ迄心を傷め哀しんでいたなんて。申し訳ない想いでいっぱいです。本当に
…」

柚明「謝る事はないの。わたしが好きで選んだ分岐だから。わたしは己の意志で桂ちゃん
白花ちゃんを一番に想い、自ら進む未来を選び取った。博人も華子さんも大事だったけど、
杏子ちゃんや詩織さんの様に一番に出来なかった。それがわたしの真の想いで願いだから。

 この時のわたしが耐えきれず、おばあさんにしがみつき中庭で号泣したのは、己の未熟
さと幼さの現れです。己の想いに囚われて」

作者メモ「柚明と笑子のやり取りです」

笑子『終った様だね。でも、良いのかい?』

柚明『行きたかった。……博人に、彼について行きたかったよぉ!』

 華子さんに奪われたくない。彼を失いたくなかった。羽様に残って欲しかった。わたし
を愛して欲しかった。或いは一緒に行きたかった! あんなに素晴らしい人を、優しくて
強い人を、このわたしを愛してくれた男性を。

笑子『追いかけて行っても良かったんだよ』

柚明『ダメ! それは出来ないの。絶対に』

『桂ちゃんと白花ちゃんがここにいるからっ。

 博人は大切だったけど、特別に大好きだったけど、でも一番には出来ないから。何もか
も捨てて彼と共に生きる事は出来ない。わたしが全てを捧げる一番は、あの双子なの!』

 男にも女にも二言はない。わたしは全てを呑み込んで決断を下した。これが全てだった。

 それを曲げてはいけない。本当の心を偽ってはいけない。答を出す迄の苦悩を無にする
掌返しは、してはいけない。それが博人の為にもならない事を、わたしも重々分っている。

 真実は、時に人を傷つける。でも、真実を貫かないと、もっと多くの人を嘘で傷つける。

『双子を取るか、彼を取るか。経観塚に留まるか、町へ出るか。二者択一、どっちもはな
いの。選ぶ前から決まっていた。わたしは決してここを離れない事も、彼を留めてはいけ
ない事も、だから彼とは結ばれない事も!』

 世の中には、一つを望むとそれ以外を手に入れられないと言う時がある。一つを望む為
には、それ以外を諦めなければならない時がある。どんなに大切な物であっても、全部を
望めない時がある。その時が正に今なのだと。

 わたしは桂と白花の為にこの生を使い切る。
 それはわたしの、心の奥からの真意。でも、

『今だけ、わたしの哀しさの為に泣かせて!
 誰の為でもなく、わたしの哀しみの為に』

 心は変らないから。意思は曲らないから。

 例え幾つ悔いを残しても、どれ程大きな傷を刻んでも、わたしの生きる道は定まったか
ら。これはもう諦めた物への未練なのだから。

笑子『……思い切り、泣きなさいな』

烏月「今迄の言葉の積み重ねが集約されています。と同時に、この時のやり取りが更に後
々にも響いている。柚明本章・第四章で私が柚明さんに縋った時に、情景が重なります」

柚明「この時笑子おばあさんは、わたしの経観塚への残留承諾を固めたみたい。実はおば
あさんもわたしが、お母さんの様に羽様の外へ出る選択もあると、考えていた様だけど」

烏月「本作では本当に、笑子さんと柚明さんの絆を感じます。相手を深く想う故に遠慮な
く前提と覚悟を問うて答え。この後の家族会議でも真剣に想いを通わせ。作者メモです」

柚明『わたしを、羽様に留まらせて下さい』

 2人の幸せに力を尽くす事がわたしの幸せ。
 2人の笑顔の礎になる事が、わたしの望み。

 誰の為でもなくそれがわたしの幸せだから。わたしの望みはたいせつなひとみんなの幸
せ。どこかで1人、幸せになる事が望みではない。わたしを経観塚に、この屋敷に留めて
下さい。

桂「お母さんが、一番強硬に反対するんだね。お母さんにしては珍しく、感情的な感じ
…」

柚明「叔母さんは、わたしに経観塚の外で自由に生きて欲しいと望んでいたの。贄の血の
定めは拭いきれないけど。重ねてきた『力』の操りと護身の技の修練は叔母さんにとって。
羽藤柚明が己の人生を謳歌する為の素養だと。それらを備えた今、経観塚に縛られる事は
ないと。わたしの幸せを願ってくれての勧め」

烏月「拾代前半、中学生で鬼切り役を継いで、人の世の闇を切ってきた先々代です。誇り
と使命感はあるにしても、他の人生・幸せがあったかも知れないとの感触は、拭い難いか
と。

 先々代が、柚明さんに武道の修練をつけたのは。柚明さんの願いに応え、桂さんを守る
強さを鍛えたというより。柚明さんが危難を退ける力を備えれば、誰に守られる必要もな
く、逆にその枷もなく、自身の人生を謳歌できる。そう見込んでの事だっと……深い…」

桂「教育ママも、子供の幸せを願えばこその押しつけだものね。お母さんも、お姉ちゃん
の幸せを願う余り、経観塚の外への進学を」

作者メモ「柚明の言葉です」

柚明『ここにいさせて欲しいのは、2人の近くにいさせて欲しいのは、桂ちゃん白花ちゃ
んの為と言うより、わたしの為。我が侭かも知れないけど、それがわたしの望みで本心』

『わたしは返しきれない想いを頂きました』

 せめてその何分の一かでも、返したい。受け継ぎたい。受けて、繋ぎ、伝えていきたい。

『羽藤の血の縛りは今や、わたしが役に立てる力を与えてくれた、わたしの望む縛りです。
この定めはわたしを、桂ちゃんと白花ちゃんに巡り会わせてくれました。失った物は多か
ったけど、今わたしがあるのはそのお陰です。変え得ぬ定めは、わたしをきつく縫い止め
てくれる赤い糸。禍福は糾える縄の如しです』

【わたしには、過去は振り切る物でも、捨てる物でもありません。抱き締める物です…】

 今は血の縛りもこの定めも、抱き締める物。逃れる物でも断ち切る物でもなく、受け止
め乗り越え、そしてわたしの中へと包み込む物。

 哀しい過去、苦い過去、色々あるけど。でもそれが、暖かい想い出に繋っているんです。
良い事も悪い事も全部セット。揃ってなければわたしの過去ではない。致命的な過ちを犯
した過去も、わたし自身の過去です。だから、

『時に想い出の欠片は心に突き刺さるけれど、その痛みも受け容れてわたしです。哀しみ
の欠片を踏みしめて、その痛みに涙を流しつつ、それでも過去をしっかり持って明日に向
う』

 それは過去だけではなく今もそうであり、

『これからも、未来永劫、終生変る事なく』

烏月「話しの流れが見えた処で、幼子2人が再度割り込んで。竹取物語を引きずりつつ」

作者メモ「幼い白花と桂の願いと想いです」

はくか『ゆーねぇ、かぐや姫ならないよね。月に行ったりしないよね。ずっといるよね』

けい『お母さんに、月の人を追い払ってもらうようにお願いしたの。お母さん強いから』

柚明『大丈夫、わたしはどこにも行かない…。
 ずっと、ずっとこの羽様に居続けるから』

 まさかそれが実現するとは、この時はわたしも思ってなかったけど。

柚明「最後の一文はアカイイト本編をもじり。『わたしはここにいられる事になった。い
や、わたしはここにしかいられなくなったのかも知れない。桂ちゃんと白花ちゃんのいる
この経観塚にしか』これで、選択は終りました」


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13.第三章を読み終えて・次回予告

桂「中身詰まりすぎていて、全て解説しきれてない気もするけど、もう締めが間近です」

柚明「笑子おばあさんが亡くなるのは、この歳の冬、翌年の1月なの。アカイイト本編の
ユメイルート、拾年前の夜の回想で、叔母さんが笑子おばあさんの逝去を『去年』と言っ
ているから。わたしが高校1年生になる年の1月にして。高校2年生の夏に拾年前の夜が
起きるから、その前年で、範囲内ですと…」

烏月「穏やかな最期ですね。想いが受け継がれて行く、後にたいせつなものを託して行く、
その情景が暖かくて羨ましい。だからこの翌年夏の、拾年前の夜の痛切さが際だちます」

桂「わたしがアカイイト本編や柚明本章で視た像は、葬儀のこの時だったんだ……幼いわ
たしが泣いてサクヤさんに窘められていると思っていたけど、実は白花ちゃんでしたと」

烏月「鴨川さん、金田さん、佐々木さんに沢尻君と、第二章に登場した友達が僅かでも登
場して、この時迄に色々あったと短く触れて。この短い記述が、番外編に伸びる芽なんだ
ね。

 特に佐々木さんが力強い。沢尻君の受ける工業学校が、男性主体で数学に強くなければ
ならず、女の子には難関なのに、それを逆に沢尻君と一緒に乗り越えるパワーに代えて」

桂「お姉ちゃんから奪った以上、絶対この愛は掴まなきゃって、使命感さえ感じさせるね。
それにここでもかぐや姫の記述が使われて」

烏月「柚明さんも更に心が強くなって。もう彼や華子さんとの関りに未練がない……訳で
はないけど、未練より悔いより更に強い決意と覚悟が、柚明さんの心の芯となっていて」

柚明「独りになっていたサクヤさんの下りは、第四章の冒頭に繋るのでここでは割愛しま
す。

 冬の葬儀が終って、春が来た描写が最後にあり。卒業に伴う先生や後輩との別れと、経
観塚の外に進学したクラスメートとの別れを描いて。作者メモでわたしの日々をどうぞ」

柚明『桂ちゃんと白花ちゃんの見送りを受け、真弓さんと正樹さんの見送りを受け、わた
しは日々を歩む。たいせつな人とのたいせつな日々を。いつ迄も守り続けたい暖かな日々
を。

母【幸せな時の過ぎ去るのは瞬く間のこと】

 いつか、お母さんがそう言っていた。

母【この青珠が、今迄母さんや私を守ってくれた様に、柚明やその大切な子達をも、守っ
てくれます様に……】

 わたしは、わたしの大切な子達を守ろう。
 たいせつな子達の幸せな時を守り抜こう。

笑子【濃い血を持ち匂う事がどんな定めを招くか、貴女は知っているね。贄の血の力を使
える先達として、宜しくしてやっておくれ】

【貴女だけなんだよ。今、私の他にはね…】

 お母さんの様に、お母さんがわたしを守り助け導こうとしてくれた様に、わたしが……。

 わたしが、2人の力になる。
 わたしが、2人を助け守る。
 わたしが、2人を導き招く。

 守らなければならない、守り抜きたい、守らせて欲しい。わたしのたいせつなひと達を。

笑子【守られた者が次の世代を、新しい生命を守る事で想いは受け継がれて行くの。私の
想いが娘に、娘の思いが孫に、孫の思いが子々孫々に。縦だけじゃなく。友達や夫や、他
のたいせつなひとにも。ねえ、サクヤさん】

 想いを受けて、想いを繋ぎ、想いを伝える。わたしも、桂ちゃんも白花ちゃんも、真弓
さんも正樹さんも、サクヤさんも皆同じ。この笑顔を保ちたい。この微笑みを守りたい。

 わたしは誰かの為に役に立つと心に誓った。誰かの力になると、誰かを守れる様になる
と、誰かに尽くせる人になると。例えわたしが非力でも、幾らわたしが傷つこうとも。そ
の思いに変りはない。死んでも終りじゃない。死んでも約束は守る。死んだ人達との約束
が有効な様に、わたしの誓いも生死に関らず続く。笑子おばあさんにも、堅く約束したの
だから。

柚明【2人の幸せの守りに全てを捧げます】

竹林の姫【いつでもいらっしゃい。わたしは、いつでもここにいるから。どこにも行った
りはしないから。いつ迄もいつ迄もいつ迄も】

 あの、悠久にあり続け、永劫に終る事のないオハシラ様の様に。わたしもそれに倣って。

柚明【わたしは大丈夫、どこにも行かない】

【これからも、未来永劫、終生変る事なく】
【ずっと、ずっとこの羽様に居続けるから】

 槐のご神木に白い花の咲き誇る夏が来る』

桂「最後の一文は意味深だね。この時のお姉ちゃんは高校1年生で、夏を迎えても拾年前
の夜には未だ、一年近くある筈だけど……」

烏月「槐のご神木に白い花が咲き誇る情景は、アカイイト本編や柚明本章の夏の描写だか
ら。拾年前の夏の夜に繋る描写だから。それを知る筈のない登場人物達に対し。全てを知
っている読者は、拾年前の夜を連想してしまう」

柚明「第三章は第二章で広げた伏線の回収始めであると同時に、わたしにとって選択と決
断・その成果と代償・別れのお話しでした…。

 第二章で仇の鬼に襲われた時は、自由意志の余地もなく、戦い守る他に方法がなかった
けど。敵を退ければ全て得られたけど。第三章では自由意志の余地がある代り、己が下し
た選択や決断で、何かを手放さざるを得ない苦味を噛み締める展開もあって。それは鬼の
故でもなく誰かの所為でもなく、自身の故に。

 それでも想いを貫かなければならないと。
 ……少し、己の想いを述べすぎたかしら」

桂「ううん。お姉ちゃん、抑制的すぎる位」

烏月「元々感情を露わにする人ではないですからね。言うべきではない事は黙して語らな
い人でもあるから、柚明さん視点でなければ、ここ迄書き込まなければ、しっかり分らな
い。

 でも、第三章は読み進む程胸に熱い物がこみ上げて来て、でも最後は綺麗に静かに終る。
作者は『既定の展開を順調に辿って終る』と記していますけど。戦いや謎解きとは異なる
清冽さが印象深い話しでした。何かにぶつかって勝利すれば、運命が開けて全て得られる
という話しが蔓延している世の中で。定めを受け容れるという珍しい結論でもありました。

 私も葛様も、多くの人々は過去からの経緯と積み重ねの上に生きている。それをぶち壊
すだけが正義ではないと、背負って引き受ける覚悟や決意も重要だと、私も得心しました。
第三章の解説に参画できたのは、実は私にとっては大当たりだったのかも知れませんね」

桂「烏月さんに喜んでもらえたなら、わたしもお姉ちゃんも大成功です。歴史の積み重ね
のある家の感覚や田舎の因習とかは、6歳で羽様を離れて町で育ったわたしには、中々分
らないから……お姉ちゃんの感覚を分ってくれる『年頃の旧家の人』に来てもらえたのも。
これって実は葛ちゃんの配慮だったのかな?

 そう言う訳で次回予告です。えっとぉ…」

柚明「桂と柚明の『柚明の章講座』第5回は、柚明前章第四章『たいせつなひと…』を取
り上げます。柚明前章の末尾でわたしは高校2年生夏、拾年前の事件に至る迄の話しで
す」

烏月「いよいよですね。最後が分るので、改めて読み返すのも気が重くなる話しですが」

桂「お姉ちゃんは一層綺麗になっているけど、『力』も賢さも護身の技も一層優れてきて
いるけど、その強さ優しさが儚さに映ってきて。次の解説は、わたしもちょっと苦手かも
…」

柚明「ここを通らなければ、アカイイト本編や柚明本章に繋らないから。柚明前章・番外
編もこの辺に到達しつつあります。予定では平成25年の秋か冬に描ければと……大丈夫。

 桂ちゃんは何も心配する必要はないから。
(柚明が桂の傍に行って胸元に抱き留めて)

 わたしは納得づくであの夜を越えた訳だし、それから拾年の間もこの夏の経観塚にも悔
いはないわ。例え未来永劫ご神木で封じの要を担っても、夏の経観塚で想いも残らず消え
果てたとしても、桂ちゃんの幸せを守れるなら。

 わたしは、ご神木の拾年も含めてずっと幸せだった。わたしは桂ちゃん白花ちゃんを含
むみんなを愛せた今迄が、今生の喜びなの」

桂「柚明お姉ちゃんが真心からそう言ってくれていると分るから、わたしも救われます」

烏月「敵いませんね。ただ苦痛に耐え凌ぐだけでは、ただ敵意や憎しみや正義感を抱くだ
けでは、鬼神の封じを保たせられる筈がない。あなたの静かで柔らかな強さ、現実的な楽
観、絶えず反省しつつの改善志向。これ迄に柚明さんの真の強さや心の内側に、深く迫っ
たSSが中々なかった背景が、分る気がします」

柚明「わたしを正面から描いてくれたSSは希少なので、どの様な形でも描いて貰えた事
は幸いでした。桂ちゃん白花ちゃんの愛らしさや、わたしとの関りを描いてくれた事も」

桂「わたしも拾年前の夜より前の、お父さんお母さんや柚明お姉ちゃんとの日々を見る事
が出来て、とても嬉しかったです。痛々しい描写もあって、時に身が竦む想いもあるけど。

 何とか今のこの幸せに繋ってくれているし。贄の民としての心構えや身の処し方や、今
後参考に出来そうな処も、たくさんあるし…」

柚明「やや纏まりを欠く展開になりましたが、次回も懲りずに見に来て頂けると幸いで
す」

桂+柚明+烏月「本日は最後迄お読み頂いて、どうもありがとうございました。次に逢え
る日を、わたし達も心待ちにしています……」


− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −


14.おまけ

桂「烏月さんお疲れさまぁ。鬼切りの任務とかで忙しい合間を縫って、長い間正座させて、
大変だったでしょう? 人に観られるから余り寛いだ格好もできないし……あわわっ…」

(烏月と柚明が左右からふらつく桂を支え)

烏月「大丈夫かい、桂さん」
柚明「大丈夫? 桂ちゃん」

桂「だ、だいじょうぶ。ちょっと足痺れただけ……ありがとう、ございます。烏月さんも、
お姉ちゃんと同じで、足痺れないんだ…?」

烏月「少しの痺れはあるけどね、この位なら未だ大丈夫だよ。私を案じてくれて有り難う、
桂さんはいつも愛らしい上に心優しいね…」

桂「は、はわわっ。間近に黒い瞳で覗き込まれると、その美貌に息吹に間近いとわたし」

柚明「惚れ込んでしまうわね。本当に時の流れも忘れてしまう程、綺麗で凛々しいから」

桂「お姉ちゃん、恋し憧れた烏月さん当人を前に、わたしの内心を喋ってしまわないで」

柚明「これはわたしの内心よ。それに大丈夫、桂ちゃんの内心は、言葉にしなくてもその
瞳で表情で仕草で気配で、しっかり伝わっているから……傍目のわたしにも分る位にね
…」

桂「ええっ! えっえっ、えっ……その…」

烏月「私を好いてくれて有り難う。今回は泊りの任務とされているから、私も寄せられた
尊い想いに、じっくり想いを返す事が叶う」

柚明「お風呂は準備しておくので、今宵は桂ちゃんを宜しくお願いしますね、烏月さん」

烏月+桂「柚明さん(お姉ちゃん)……?」

柚明「今宵は贄の血の匂いを紛らす結界の維持修繕に、アパートを外しますので。朝迄は
掛らないけど、烏月さんの守りがある時なら、わたしも安心して出歩けます。ノゾミちゃ
んも外行き服の実戦運用に、一緒しますので」

桂「ちょ……ノゾミちゃんも一緒ってことは、今晩前半はわたし、烏月さんと2人き
り?」

柚明「烏月さんのおもてなしを、お願いね」

桂+烏月「お姉ちゃん(柚明さん)……!」

桂「どうしてよりによって、烏月さんが訪れてくれた今晩に、ノゾミちゃんまでもっ…」

柚明「烏月さんが訪れてくれた夜、だからよ。

 このアパートは、ノゾミちゃん作の結界を初めとして、様々な守りが効いているけれど。
それでも2人揃って外すのは好ましくないし。ノゾミちゃんの外行き服はわたしの作だか
ら、わたしが寄り添ってその状態を見定めたくて。夜歩きするなら結界の維持補修も兼ね
ようと。

 いきなり昼にこの服で外に出て瑕疵があると、ノゾミちゃんが消失してしまうから、ま
ず夜で馴らさないと。そう言う訳で、烏月さんが訪れてくれた夜ならと、思っていたの」

桂「でも、でもでも、わたしと烏月さんと何時間かの間、一つ屋根の下で2人一緒って」

柚明「夏の経観塚でもう経験済みでしょう」
桂「そう言えばそうだけど、でも、でもっ」

柚明「大丈夫、お風呂もお布団も用意して置くわ。わたしの方は心配しないで、存分に」

桂「お風呂もお布団もって、お姉ちゃん!」

烏月「いつもながら周到な……承知しました。柚明さんの帰着迄、私が桂さんを守りま
す」

桂「烏月さん! 本当に良いの……? その、ふつつか者ですが、よろしくお願いしま
す」

柚明「では、わたしは暫く中座をご寛如頂きまして……桂ちゃんのこと、お願いします」

烏月「任されました」


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