第3回 柚明前章・第二章「哀しみの欠片踏みしめて」について
1.今回もまずはごあいさつから
桂「みなさんこんにちは、羽藤桂ですっ」
柚明「皆さんこんにちは、羽藤柚明です」
桂「わたしとお姉ちゃんの『柚明の章講座』3回目です。前回掲載から10ヶ月ご無沙汰し
てましたけど、ようやく再開となりました」
柚明「皆さんと向き合う機会が再び巡ってきて、桂ちゃんもわたしもとても嬉しいです」
桂「前の掲載間隔よりは短いのかな? 一応、一年は切っているし。確か前回は『平成23
年の秋に掲載できれば』と言っていた様な…」
柚明「久遠長文が執筆順を、後日譚第1.5話『人の世の毀誉褒貶』の後にした為ね。と
いうよりその執筆に苦戦した事が。予定では年明けに取り掛れると思っていた様だけど」
?(女の子の声)「確かな見通しもなく、見切り発車で執筆を始めるからよ。どうやらあ
の位の長さが今の作者には、一つの作品として構想して描ける長さの限界らしいわね…」
桂「(左右背後を振り向いて)誰かいる?
そう言えばお姉ちゃん、今日はまだゲストさんが来てない様だけど、葛ちゃんから何か
聞いている? 今回はゲストさんお休み?」
柚明「ゲストなら、もうここにいるわよ…」
桂「え? だって、わたしとお姉ちゃんの間の座布団には誰も座ってないし、玄関だって
今朝から未だ誰もお客さんを迎えてないし」
柚明「今回のゲストは、外から招く必要も玄関で迎える必要もないの。桂ちゃんの傍に四
六時中添っているから。後は姿を顕すだけ」
桂「ノゾミちゃんっ。今うっすら見えたよ」
ノゾミ「(桂と柚明の間の座布団に浮いた現身で姿を顕し)本当にけいは鈍いのね。察し
の悪い子に付き合うのは、骨が折れるわ…」
桂「今日のゲストさんって、ノゾミちゃんなんだ……毎日一緒に暮らしているから、余り
改まったゲストさんって感じじゃないよね」
ノゾミ「賓客としてけいに迎えて貰えないのは、家族扱いだからって事で良いとして。突
発的な事態には滅法弱い貴女には、日々慣れ親しんだ私が丁度良い話し相手でしょうに」
桂「う……確かに。用意周到を座右の銘とする羽藤桂ですが、用意を周到にする暇のない
突発的な事態に弱いとの指摘は、的を射て」
ノゾミ「けいが用意周到……日本語の意味も、千年経てば全く違う意味に変るのかし
ら?」
桂「千年経っても同じだと思うよ、多分その辺は。それよりも、ノゾミちゃん。まだ外は
明るいけれど、現身で顕れて大丈夫なの?」
柚明「先日夜に、贄の血を沢山呑んだから」
桂「贄の血? 確かこのアパートに一緒に住んでもらう時のお約束で、ノゾミちゃんがわ
たしから呑める贄の血の量には制限があって、日中現身を取れる程の『力』は得られない
筈だって、みんなから聞かされていたけど…」
ノゾミ「贄の血の持ち主は、けいだけじゃないわ。けい程濃い贄の血は本当に希少だけど、
多少の薄さは量で補える。かなり呑んだから、暫くは日の照る間も現身を取り続けて問題
ないの……(微かに頬を染め)話すと長くなるから、詳しくは後日譚第1話を参照なさ
い」
柚明「それでも直射日光は『力』を削るから、カーテンは閉じておきましょうね。暗けれ
ば電気を付けるけど、暗くはないでしょう?」
桂「薄い白のカーテンだから暗くはないけど、逆にその程度でノゾミちゃんは大丈夫な
の?
暗くないって事は陽の光も室内に届いているって事で、ノゾミちゃんに掛る負荷は…」
柚明「陽の光の作用を遮る処置をしたから。薄布一枚でもノゾミちゃんへの負荷はかなり
弱まるの。アパートを包む結界を補強しつつ、外からも現身が見えなくなる効用を兼ね
て」
桂「うわぁ……万全だ。全く隙がないです」
ノゾミ「こういう処置を用意周到というのよ。それに較べてけいはまったく……。血が繋
った従姉妹同士でこの違いは、血の濃淡や出来不出来の範囲を越えている様な気がする
わ」
桂「わたしも用意周到だよぉ。座右の銘ぃ」
柚明「桂ちゃんは良く頑張っているわ。心も体も成長している。年少者が年長者に、気配
りや思慮深さで優るのは難しいの。人生経験が違うから。わたしも未熟者だけど、顔から
火が出る様な経験を重ねて、少しずつ憶えてきた。桂ちゃんも一つ一つ学んでいけば良い。
(抱き寄せて)焦らずゆっくり進めましょ」
桂「(頬を添わせ目を閉じて)そうします」
ノゾミ「何気に実年齢千数百歳になる私の未成熟を、指摘されている様な気もするけど…
…それより。いつ迄も2人の世界に脱線し続けてないで、早く本題に入りなさいなっ!」
桂+柚明「「すみません。ついうっかり」」
桂「そうゆう訳で、わたしとお姉ちゃんの『柚明の章講座・第3回』ゲストは藤原ノゾミ
ちゃんです。みんな拍手で迎えましょぉ」
柚明「そして今回扱うお話しは、柚明前章・第二章『哀しみの欠片、踏みしめて』です」
桂+柚明「「よろしくお願いします」」
桂「ノゾミちゃんが柚明前章・第二章の解説ゲストさんなんだ……わたしは、ノゾミちゃ
んが登場人物で現れる第四章の解説に、ゲストさんとして来るのかなって思っていたよ」
ノゾミ「柚明前章での私の扱いは、ものすごく小さいの。第四章でも一応現れはしたけど、
数時間保たず貴女の母に切られて終るだけで。まともに登場人物として、羽藤の者と対峙
したり言葉を交わしたりも、してないでしょう。敵方としてさえも深く描くに迄至ってい
ない。
久遠長文は敵将でも、二度三度と相対し関る中で、相違や変らない部分を見せつつ、相
手の内情を主人公が『読者の視点で』推察し迫る描写を好む。柚明本章やアカイイト本編
でこそ、存在感を出したけど。前日譚で一度顕れるだけの私は、主要な脇役でさえない…。
その程度の薄い関りでは、私を第四章の解説に付ける理由にはならないと、久遠長文は
見た様ね。それより『力』を扱える者として、贄の血の力の操りを学び始めた第二章のゆ
めいの解説に適任と……悪くない判断かしら」
桂「その意味では、確かに葛ちゃんや烏月さんよりノゾミちゃんが、第二章の解説には適
任だよね。わたしも『力』については素人だし。お姉ちゃんの修練を見る事で、わたしも
自分の血の力の修練の、参考に出来るかも」
柚明「わたしも小学6年生になって、第一章の様に唯危難に晒され、状況に動かされるだ
けから、僅かでも進歩し成長し、自身の意志を言葉や行いに表す様になり始めています」
桂「そう言う意味では、第二章が柚明の章の実質的な始りかも。第一章は全ての始りだっ
たけど、お姉ちゃんが自ら動いた展開ではなかったし。第一章がお姉ちゃんの原点だとす
れば、第二章はお姉ちゃんの起点って感じ」
ノゾミ「けいにしては良い指摘ね。確かに番外編や挿話など、第二章を起点にした話しは
多い。拾弐歳以前に回想で遡る事もあるけど、そこで終らず、必ず拾弐歳以降に話しは戻
る。
ゆめいが意思を持って、自ら動き始めた最初の話し……存分に見せて貰いましょうか」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
2.お話しに入るその前に
桂「そう言えばノゾミちゃん、後日譚に入ってからわたしを『桂』じゃなく『けい』って
呼んでいるよね。事情は後日譚第0話の通りだけど。年下扱いで、ひらがなで呼ぶって」
ノゾミ「けいは余分な事に気付くのね。後日譚第3.5話『縺れた絆、結い直し』でも千
羽の八傑の末席小娘を、ゆめいが『ちゃん付け』するのに気付いたり。妙な処で目聡い」
柚明「その観察力が、アカイイト本編でも様々な状況の打開に役立ってくれているから」
桂「珍しく、ノゾミちゃんにもほめられた」
ノゾミ「本当に、無邪気に脳天気に太平楽で。人の生き血を啜る鬼と言う以上に、何度か
貴女の生命を脅かした私に、警戒も怯えもなく。観月の娘や鬼切り役や鬼切りの頭が危ぶ
む訳ね。ゆめいもどうも人に甘々で危なっかしい。
私から見れば十七歳も二十七歳も、赤子に等しいし。アカイイト本編では一貫して桂と
漢字で呼んでいたけど、後日譚から変えさせて頂いたわ。……それからゆめいの呼び方も。
アカイイト本編の殆どで私はゆめいを『ハシラの継ぎ手』と呼んでいて、唯一ユメイル
ートで私が滅ぶ直前に『ユメイ』とカタカナ呼びしたけど。柚明本章第三章の終盤からひ
らがな呼びなのに、けいは気付いていた?」
桂「もちろん。前回ゲストのサクヤさんが教えてくれました。人物の呼び方・呼ばれ方は、
互いの心の距離感を示すって。名前で呼び合う仲って良いよね。お姉ちゃんも後日譚から
『ノゾミちゃん』って呼んでくれているし」
作者メモ「柚明がノゾミを呼ぶ時のちゃん付けは、CDドラマに従いました。ノゾミの呼
び方を『けい』にしたのは、桂と呼ぶ人物が別におり、重複回避の為です。誰が喋ってい
るか明示なくても、会話文だけでノゾミの発言と分る様に。サクヤと桂の方が付き合い長
いので、ここはノゾミに譲って貰いました」
桂「おぉ! そう言えば、サクヤさんもわたしのこと桂って呼んでいるものね。聞けば声
で分るけど、文章で示されたら分らないから、一見して分る様に表記を変えた訳ですか
…」
柚明「わたしの呼び方に、アカイイト本編で一度だけ使われた、カタカナのユメイを採用
しなかったのは、あの状況はどう見ても敵同士で、好意的な響きに思えなかった為です」
ノゾミ「ひらがなの方が柔らかで、貴女達に印象が合っているのよ。カタカナは音を表現
するだけで、宿す想いを表現してない印象がある。機械的で、他人行儀で、部外者っぽい。
思い返せば拾年前のあの夜、幼子のけいのことは、私も『けい』って呼んでいたわね」
柚明「桂ちゃんも『けい』って名乗っていたものね……本当に愛らしい声の子だったわ」
桂「あはは……。お姉ちゃん、ちょっと恥ずかしいです。拾年前はわたしも幼かったから、
ひらがなで言っていました。でも、そういうことならわたしも『望ちゃん』か『のぞみち
ゃん』って呼ぶべきなのかも。もう家族みたいな仲だし。どっちかと言うとひらがな?」
柚明「ノゾミちゃんは、桂ちゃんに呼んで貰えている今の呼び方が大好きなの。桂ちゃん
の柔らかな声で、やや硬質な印象を与えるカタカナ呼びした感触が。全てを言わせないで
って、ノゾミちゃんの顔に書いてあるわ…」
ノゾミ「私は貴女の様に、けい以外の誰でも肌身合わせて抱き留める、無節操な女ではな
いの。簡単に他者に受け容れられたくはない。少しの隔りを示す為にも、やや硬質なカタ
カナ呼びをして貰った方が、私には似合うのよ。
貴女にノゾミちゃんと呼ばわれる日が来るとは、思ってなかったけど……それより驚き
なのは。貴女にノゾミちゃんと呼ばわれて心地良く思う今の己自身に。けいもそうだけど、
羽藤の血筋は本当に何を考えているのやら…。
脱線はこの位にしましょう。いい加減本筋に戻らないと、読者が飽きて去って行くわ」
柚明「はい……。では桂ちゃん、お願いね」
桂「まずタイトルから。『哀しみの欠片踏みしめて』ってタイトルも、意味が深そうだよ。
前作でお姉ちゃんが鬼の所為で、お父さんお母さんを喪うという展開を経て、大きな哀
しみを乗り越えるって意味だと思うけど…」
ノゾミ「表題付けを苦手としてる作者がアカイイト本編のオープニング曲の一節『記憶の
欠片踏みつけて』から拝借したらしいわね」
桂「チャットでもタイトル付けは、作品を書き終った後になる事が多いって、語っていた
よね。最初から浮んでくる時は良いけど、そうでなければお話しを書きつつ、ずっと考え
続けて、書き終ってようやく捻り出すって」
柚明「話しの内容を一言で言い表せる簡潔な表題を好むけど、中々捻り出せないみたいね。
長い話しだから中見出しを付けて、切り分けて示す手法もあったけど。出来なかったのは、
表題付けを苦手とする事情もあるみたい…」
桂「作者メモが来ているので読み上げます」
作者メモ「今回は前作から3年後。前作で小学3年だった柚明が、小学6年です。甚大な
悲嘆に沈んだ柚明が、その悲嘆を3年掛けて踏み越えて来て、これからも踏み越えて行く。
そう言う覚悟や決意も込めたタイトルです」
柚明「今回から真弓叔母さん……桂ちゃんのお母さんも登場するわ。特にわたしの一番た
いせつな人、白花ちゃんと桂ちゃんの登場で、わたしが守られる側から守る側になる。桂
ちゃん達を守る決意と覚悟を心に抱き、強さと賢さを欲し望み願い、行動に移し始める
の」
桂「わたしも登場かぁ。アルバムを見る様で、懐かしいけど恥ずかしいよ。2歳になって
ない頃から、お姉ちゃんを大好きだったんだ」
柚明「桂ちゃんも白花ちゃんもとても可愛い幼子だったのよ。勿論今も愛しさに限りはな
いけど、小さい子供の愛らしさは言葉に表しきれないわ……わたしが守らせて欲しいと望
み願った事情や背景も、分るでしょう…?」
桂「自分のことを答えるのは恥ずかしいけど、お姉ちゃんがわたしを大事に想ってくれて
いることは、これ以上ない位伝わっています」
ノゾミ「序盤から、互いののろけ話しをいつ迄続ける積り? 先が思い遣られるわね…」
桂「そ、そうでした。えー、作者メモです」
作者メモ「本作は柚明前章の4つの話しの2つ目です。構想時に想定した400字詰め原
稿用紙150枚が、第一章執筆途中に200枚に引き延ばされ、以降もそれに倣った為に、
書くべき内容に較べて余裕のある状態でした。その故に本作では、番外編や番外編挿話に
繋る様々な分岐の芽を、意図して残しました」
桂「さっきのノゾミちゃんの指摘の通りだね。父方従姉妹の仁美さん可南子ちゃん、想い
人の詩織さんや和泉さん、真沙美さんや沢尻君。多くのお話しの起点になる人間関係を概
ね網羅して。それでも、ここからこれ程話しが花開くとは、作者さんも意外だった様だけ
ど」
柚明「愛しい人達と巡り逢えた展開には感謝しているわ。桂ちゃんに、陽子ちゃんやノゾ
ミちゃん等たいせつな人がいる様に。わたしにも支え導いてくれる愛しい人がいた。叔母
さん叔父さん、笑子おばあさんやサクヤさん。
でも、何と言っても桂ちゃんと白花ちゃん。わたしが再び意志を抱き、生かされる人生
から生きる人生に変れたのも。一番たいせつな人に出逢えて、その愛しさを胸に抱けたお
陰。白花ちゃん桂ちゃんとの絆を全ての根に、確かに刻んでくれた事がわたしは一番嬉し
い」
作者メモ「柚明の章講座第1回でも述べましたが、わたしは柚明を『女のみ好き』の人物
造形にしませんでした。『女の子も男の子も、好きになった人は好き』が本作での柚明で
す。
実際には女の子との絡みが多くなりますが、それは話しの展開に沿った結果で、男の子
や男性との関りを、不自然に排除してはいない。作品を見て頂いた通りです。そして同時
に」
ノゾミ「作者はゆめいを『けいさえ良ければ、後はどうでも良い』『けいさえ何とかなれ
ば、誰が死んでも苦しんでも構わない』人物造型にしなかった。その故に前日譚では、他
人の事情に首を突っ込んで、痛い目も見るけど」
作者メモ「柚明は桂と白花を一番たいせつに想う。そして唯桂と白花に優しく甘い以上に、
桂と白花に清く正しく強く賢くなって欲しく、時に厳しく時に優しく接します。その愛は
桂と白花にのみ注がれるのではなく、周囲の他の人達にも、濃淡の違いはあれど注がれ
る」
ノゾミ「時に厳しく? アカイイトのファンブックでも、ゆめいについてそんな記載があ
ったけど。けいにいつも甘々でしかないゆめいが、一体いつ厳しかったと言うのかしら」
柚明「『厳しくは己自身に向けて、優しくは白花と桂に向けて』ですと作者メモです」
ノゾミ「そんな解釈も、世にはあるのね…」
桂「アカイイト本編の烏月さんルートでも、誤ってわたしに致命傷を負わせ、罪悪感で狂
気の淵に落ちかけた烏月さんの支えを、ケイ君……白花お兄ちゃんにお願いしていたよね。
この辺りから作者さんは、柚明本章でのお姉ちゃんと烏月さんの関りを構想した様だけど。
わたしだけが大事って訳じゃなく、わたしの周りの大事な人を、たいせつに想ってくれる。
アカイイト本編の柚明お姉ちゃんと、人物造型にズレはないと思います。むしろこれこ
そが正解って感じ。そこ迄読み込めているからこそ、柚明本章でもわたしがたいせつに想
ったノゾミちゃんを、受け容れてくれた…」
ノゾミ「アカイイト本編で私ルートが成立している以上、けいがたいせつに想ってくれて、
けいをたいせつに想う様になった私を、ゆめいは認めてくれているわ。柚明の章の基盤は、
アカイイト本編に備わっているという事よ」
柚明「桂ちゃんのたいせつな人は、わたしにとってもたいせつな人。誠を尽くすのは当た
り前で、そうさせて欲しいのはわたしの願い。
白花ちゃん桂ちゃんを一番に想うわたしは、桂ちゃん白花ちゃんが心底たいせつに想っ
た人なら己の仇でも守り通す。たいせつに想う。
でも同時に、白花ちゃん桂ちゃんを一番に想うわたしは、他の人から幾ら尊く美しい想
いを寄せて貰えても、等しい想いを返せない。一番には想えないの。だからその代り、羽
藤柚明の尽くせる限りを捧げたい。それは決して素晴らしい事ではないわ。むしろ想いを
寄せてくれる人には、残酷な答かも知れない」
ノゾミ「そこに罪悪感を抱いて、更に真心を注ぎ込む……底なしの甘さね。相手を思い遣
る行動が伴ってなければ、唯の自己満足よ」
桂「ノゾミちゃん、それを言っちゃあ…!」
柚明「自己満足なことは自覚しているわ。自身の心の内で満ち足りる。それは特に良いこ
とでも悪いことでもない。読書好きやゲーム好きが、それ自体良くも悪くもない様に。唯、
想うだけに留まらず、想いを伝える言葉や行動を、形を伴う様に、わたしは努めているの。
想いを届かせるのも叶えるのも、どの様に顕すかに掛っていると、わたしは思うから」
桂「人に尽くして、報いがなくても、自身の内で納得できれば満ち足りる。相手に『ここ
迄尽くしたのにどうして感謝してくれないの、何か返してよ』とか求める必要を感じない
…。
正に柚明お姉ちゃんです。自己満足って言葉は、決して悪い意味ばかりじゃない。目か
ら鱗が落ちました。ノゾミちゃんの遠慮ない突っ込みと、お姉ちゃんの深い答で、わたし
も一つ大事なことを教わったと思います…」
作者メモ「その柚明を、幼い頃から描いて行く柚明前章のお話しは、唯優しいのではなく
底なしに優しく。唯甘いだけではなく、強く賢く清らかで、時に厳しく凄絶でもあると」
ノゾミ「でもそこ迄の甘さがなければ、私がけいやゆめいと同居するCDドラマの展開は、
あり得なかった。それに繋げた柚明本章の展開は、確かにアカイイトの一つの結末ね…」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
3.幻の5つ目の柚明前章って?
ノゾミ「作者メモが来ているわ。第二章執筆中に構想しかけたけど、結局描く事なく幻に
終った、柚明前章の5つ目の話しについて」
作者メモ「チャットで軽く触れた事がありますが、第二章を執筆する中で、柚明と仇の鬼
との展開を第二章で終らせず、当初想定の第三章との間にもう一つ、話しを挟もうかと」
桂「番外編や番外編挿話のどれにも反映しなかった、本当のボツ案だったって。当初は町
での仁美さんや可南子ちゃんとの絡みを、もう少し引っ張って、仇の鬼とお姉ちゃんの展
開に関らせる構想でしたと、作者メモです」
ノゾミ「ゆめいの父方も祖母を遡れば贄の血筋で、伯父の浩一や従姉妹の仁美と可南子も、
薄いけど贄の血が宿ると、設定したのは…」
桂「作中で何度か明言されているけど、読者さんも多分失念している設定だよね。作者さ
んも時々忘れ掛けている位だし、長い作品中で本当にあっさり数度しか触れてないから」
柚明「仁美さんや可南子ちゃんが仇の鬼に狙われて、拾弐歳のわたしが守り庇う展開を考
えていたみたい。この時のわたしは力では鬼に敵わないけど、機転や智恵で戦う展開を」
ノゾミ「どんな化かし合いをやるかも、案は一応作ってあったみたいね。作者メモよ…」
作者メモ「人気のない夕刻の住宅街で、女の子の生き血を狙い、仇の鬼が可南子や仁美の
傍に顕れ。柚明は関知と感応で危険を悟って。従姉妹を恐怖させない様に、平静を保ち何
も語らず、鬼の視界に入る前に罠を巡らせます。
女の子2人を伴って、気付かれぬ様に己の肌を少し切って贄の血を、意図的に住宅街の
裏道に零し。数百メートルの範囲をぐるっと、遠回りの散歩をして一週する。誘われた鬼
は、血の匂いを辿る内に出発地点に戻り、既にそこを離脱した柚明達を見失って追い縋れ
ない。
柚明の贄の血が濃い為に、嗅覚鋭い鬼故に。傷口を塞いで血の匂いを隠した柚明や、血
の薄すぎる可南子や仁美の匂いは。零した柚明の濃い贄の血の匂いに紛れ、探し出せな
い」
ノゾミ「中々やるじゃない。鬼切部の様な戦いや強さは、拾弐のゆめいには求められない
けど。知恵と機転で凌ぐ展開はむしろゆめいらしい。けいの従姉だけはあるって感じね」
桂「どうしてボツ案に、なっちゃったの?」
柚明「小学6年にしては賢すぎるかと、久遠長文も迷ったみたい。第一章から3年、白花
ちゃん桂ちゃんを心に抱き、叔母さんやおばあさんに修練を望み、前向きに生き始めたわ
たしだけど、未だ3年。そこ迄賢く冷静に機転の利いた対応が出来るかどうか。それと」
作者メモ「最終的にこの案の彼方には、柚明前章第二章の当初想定を大きく越えて、5つ
目の話しを立ち上げる結末が控えていました。
ひとまず鬼の追跡を逃れたけど、鬼は結局それだけの対処を出来る相手の存在を確信し、
柚明の微かな心の浮動による『贄の血の匂いの遮蔽の漏れ』を辿って、羽様へ来てしまう。
真弓が鬼を撃退するけど、止めを刺せず鬼が逃れて第二章は終り。第三章で三度遭遇した
柚明の手で鬼を倒して終える、との想定で」
桂「ってことは、第三章『別れの秋、訣れの冬』が第四章になって、第四章『たいせつな
ひと…』が第五章になるかも知れなかったんだ。でも結局、そうはならなかったんだね」
ノゾミ「確かに、序盤に柚明と仇の鬼の『智恵の戦い』を描いて分量を消費しては、後半
や終盤がきつくなる。鬼を倒しきれず次に引っ張るという流れは、あり得るけど。逆に第
二章で仇の鬼を死なせて終らせるには、序盤の智恵の戦いを、割愛せざるを得ない訳ね」
桂「それで第二章前半に入る筈だった、お姉ちゃんの智恵の戦いが、削られちゃったんだ。
拾二歳のお姉ちゃんも可愛いから、もう少し読みたかった気もするなぁ。……少し残念」
柚明「有り難う、桂ちゃん。わたしは桂ちゃんの小学生や中学生のお話しも、希望したい
処だけど。きっと本当に可愛いでしょうから。
没になった理由の1つは、久遠長文の話しの展開に関するバランス感覚、美意識。2つ
目は叔母さんを敵に回した鬼が生き延びれる可能性、合理性。3つ目は羽藤柚明を描く上
での優先順位、仇討ちは不可欠かどうか…」
桂「作者メモを読み上げます。
柚明前章のお話し4つは、構想当初から全て計画的に必要不可欠な、最小の要素を詰め
込みました。作品が長文になって収拾付かなくなる傾向を、常々自覚していた作者さんは、
これでも余分な分岐は悉く切り捨てています。
どうしても捨て難い箇所は『分岐の芽』だけ残し、後日に番外編として触れる事にして、
柚明前章と柚明本章の、一刻も早い完成を優先しました。余分な話しを描く事が、柚明の
章の完成を危うくすると思っていた様です」
柚明「一つ話しを加える事で、全体バランスが崩れると言う忌避感は、正解だった様ね」
ノゾミ「実際、柚明本章の完成後に柚明前章・番外編や挿話を、延々と書き連ねているし。
確かにこれでは全体の完成が危うかったわね。意外と己を分っているじゃないの、作者
は」
作者メモ「柚明前章の4つの話しは、直接前後の位置にない話しも、緊密に繋っています。
第一章に登場した杏子ちゃんが、第三章で電話相手として登場し。第二章に登場した詩
織さんが、第四章で訃報として登場する。第一章でたいせつな人・柚明の為に己を抛った
父母の行いを、第四章で柚明がたいせつな人・白花と桂の為に為す。第一章と第三章、第
四章、第二章と第四章の様に、前後の位置にない話しもしっかり繋っていて、どれか特定
の話しが特別に強く繋っている訳ではない」
柚明「第一章と第二章を仇の鬼が繋ぎ、第二章と第三章を沢尻君が繋ぎ、第三章と第四章
をサクヤさんの話しで繋ぐ。どの主題も二章以上に渡って、過剰に引きずりはしないと」
ノゾミ「ここで仇の鬼との絡みを2話に渡って描けば、ここの繋りのみ不自然に強くなる。
それは全体バランスを崩す、不出来な失敗に感じたのね……何の理屈もなく感覚的で危う
いけど、結果から見ればそれが正解だった」
桂「二つ目の理由は、やや理屈付きそうだよ。お母さんの登場に伴う合理性って辺りは
…」
ノゾミ「チャットでも作者が語っていたでしょう。あなたの母は千羽の鬼切り役で、当代
最強と言われた強者なの。私も全く及ばず敵わず打ち倒された程の手練れが、あの程度の
雑魚鬼を、討ち漏らす筈がないじゃない…」
柚明「久遠長文は柚明前章を、わたしの成長を数年の間隔を空け、絞り込んだエピソード
で描く構想でした。あの鬼が叔母さんの刃を逃れ、数ヶ月も生き延びれるとは思えない」
桂「余り強い鬼の設定でもなかったものね」
ノゾミ「ここもバランス感覚ね。第一章から第二章迄3年。『哀しみの欠片踏みしめて』
から『別れの秋、訣れの冬』迄も3年。その間に余分な物が挟まるのは形が良くないと」
桂「この鬼との決着だけは、番外編に譲る訳に行かないものね。どうしても柚明前章の内
で決着付けないといけない。となれば、第二章で終って頂く他にないですと。なるほど」
柚明「書きたい話し、絡ませてみたい人間関係があっても、設定的にダメと感じたら断腸
の思いでも断ち切る。この見切りは、久遠長文が柚明の章を描く内に、育んだ資質かしら。
柚明本章でも、わたしと陽子ちゃんの絡み・対話を何とか入れたいと、散々悪戦苦闘し
た末に、結局成立しないと考えて諦めたり」
桂「好き放題書いてる様で、結構自分に縛りを掛けているんだ。柚明の章の作者さんは」
柚明「久遠長文も初めて公表を意識して二次創作を書いたから。アカイイト本編にあり得
ない要素や矛盾を持ち込むと、話しの『接ぎ木』が成立しなくなると。他の人のSSの相
場を知らずに、かなり厳密に考えたみたい」
桂「そのお陰でしっかりした設定となり、その上に柚明前章・本章のみならず、多くの番
外編や挿話まで実らせることが出来ました」
ノゾミ「3つ目もチャットで触れていたわね。羽藤柚明という人物を、描く上での優先順
位。柚明の章では、ゆめいが仇の鬼をその手で討つ事を重要とは見ないって辺りは、慧眼
ね」
作者メモ「柚明は保ち支え庇い護る者であり、敵を撃破し滅ぼす者である必然は、薄いで
す。鬼を討ち果たす役は真弓が為しても構わない。
柚明本章でも柚明は戦い退ける者ではなく。桂の危難に駆けつける者、間に合う者、耐
え凌ぐ者、最期迄諦めない者と描かれます…」
桂「作者メモを読み上げます。これは柚明前章・番外編第2話『癒しの力の限り』の序盤、
交通事故で顔に深傷を負った仁美さんを贄の癒しで治しに行こうと、心配するお母さん達
を説き伏せた、柚明お姉ちゃんの言葉です」
作者メモ「これは運命への復讐戦です。あの夜たいせつな人を失ったあの場所で、今わた
しはたいせつな人を守る。あの鬼は倒せなかったけど、わたしは仇を倒して心満たされる
訳じゃない。
哀しみの定めを、痛みや涙を、笑顔に書き換える事がわたしの望み。怒り憎しみを仇に
叩き返すのではなく、たいせつな人の笑みを守り取り戻す事こそ、わたしの復讐戦です」
ノゾミ「ゆめいの戦いはたいせつな人を護る為で。守り通すゆめいを描けば良く、敵を滅
ぼしてみせる必然は薄い。その未熟も力不足も、修練を始めて2年の小娘なら当然だし」
桂「未熟や不足を敢て見せることで、お姉ちゃんの成長し行く姿を見せられる、比較対象
の元に出来るという考えも、あった様です」
柚明「この展開でも、作者は少し出来すぎで、柚明拾二歳を強く賢く描きすぎたかもと、
考えている位なので。確かに小学6年生にしては行いも成果も過大な辺りかしら。そし
て」
ノゾミ「柚明前章も柚明本章も、話しは4つで過不足なし。柚明間章が挟まったのは作者
の不明の故だけど……つまりそう言う事ね」
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4.改めてお話しの冒頭から
桂「改めてお話し冒頭からです。初夏の晴れた日の青空の描写が、爽やかで心地いいね」
柚明「第二章は経観塚に住むわたしが、久夫おじいさん・父方祖父の葬儀参列に、生れ育
った町に滞在した数日の終盤から始るの…」
ノゾミ「父方の親族との交流を通じ、愛され気遣われるゆめいを描きつつ。ゆめいがかつ
て父母と住んでいた町は、今や滞在先であり。ゆめいが帰る処は経観塚・羽様・羽藤の日
本家屋だと、示す意図を潜ませ……巧いわね」
柚明「久夫おじいさん、故人の描写がわたしは好き。久遠長文は脇役の登場人物も作り込
むの。亡くなってしまうのは、進み行く時の流れの中、人の世の常でやむを得ないけど」
作者メモ『無口なので気難しいと誤解もされたけれど、気持の優しい人だった。哀しみも
痛みも堪え、人を責める言葉や詰る言葉を呑み込み、沈黙を保つ人だった。最も困る者の
為にどうあれば良いかを一番に考える、心の暖かな人だった』
桂「お姉ちゃんの人となりは、笑子おばあちゃんのみならず、父方の久夫おじいさん恵美
おばあさんの優しさも引き継いだ為なんだ…。
久夫おじいさんの描き方に、お姉ちゃんのお父さんへの印象を重ね合わせ。世代を超え
て受け継がれる想いを印象づけているね。この作者さんになら、わたしのお父さんお母さ
んも、しっかり描いて貰えると思えました」
ノゾミ「多少羨ましいわね。けいもゆめいも、家族や親戚に深く強く愛されて。時々腹立
たしくなる。私は母様の顔も憶えてないし、父様は私をあの暗い部屋に入れて以降、最後
迄来て下さらなかった。でも、その愛に包まれた貴女達の生い立ちが、主さましか見えな
かった私の心を絡め取った。喜ぶべきなのね」
桂「わたしはノゾミちゃんと分り合えて仲良くなれた今が、とてもうれしいよ。ノゾミち
ゃんを振り返らせ、引き寄せることの出来た羽藤桂を作り上げてくれた、お父さんお母さ
んや柚明お姉ちゃんにも、感謝しています」
柚明「桂ちゃんの喜びはわたしの喜び。今やノゾミちゃんは、桂ちゃんのたいせつな人で
あると同時に、わたしのたいせつな人。あなたを受け容れる素養を、幼いわたしは周りの
人から授かった。それが桂ちゃんやあなたの喜びに繋ったなら、己の喜び以上に嬉しい」
ノゾミ「その言葉にどれ程の重みが宿るのか。虚偽を語らない貴女だけに、その情愛が本
当に心地良いだけに、時々身震いが走るけど…。
脱線はこの位にして本筋に戻りましょう」
桂「涼やかな晴天の元で、1人祈りを捧げる柚明お姉ちゃんの姿は、清らかで綺麗だよ」
ノゾミ「ゆめいの内心は、中々聴く機会がないから。ゆめい視点だからこそ描けた処ね」
作者メモ「誰も聴く者のいない設定で、柚明が常々周囲の人達に抱く本音を描きました」
『わたしは返しきれない想いを頂きました』
『救われたのはわたしだったのに』
『あのアパートにはもう何もない。想い出は、わたしの心の中にしかない。……お父さん
お母さんと、生れなかった妹を語り継げるのはわたしだけ。
わたしが刻み続けなければならない。
わたしが抱き続けなければならない。
わたしが受け継がなければならない。
故人の言葉も行いも、想いも願いも。
日々の生活でつい忘れ去ってしまうけれど、墓石の前でわたしは改めて誓い直す。その
為にも墓参りは、年に何度かは不可欠な行いか。特にわたしの様な、怠惰な人間にとって
は』
桂「意外でした。お姉ちゃんが自身を怠け者って思っている辺りは。わたしなんかより遙
かに勤勉で実直でしっかり者で着実なのに」
柚明「桂ちゃんが思う程わたしは完璧ではないわ。日々己を見つめ返し想いを確かめ直さ
ないと、つい気が緩み楽な方へ走ってしまう。言い聞かせるのは、己の怠惰を自覚してい
ればこそ。自分の事だけにその辺は分るから」
ノゾミ「勤勉な人物に怠け者は理解できないのよ。ゆめいはなろうとしても怠け者に等な
れないのだけど、その事自体に気付いてない。無理もないわ。柚明は怠け者ではない。自
分の事ではない怠け者を理解できなくてもね」
桂「望んで1人残ったお姉ちゃんを、少し離れた処で、祈りが終る迄待っていてくれる親
戚のみんなも、良い描かれ方をしているね」
柚明「わたしは恵まれすぎかも知れない。桂ちゃん白花ちゃんという愛しい人を心に抱き。
叔父さん叔母さんや、笑子おばあさんやサクヤさん等の教え導いてくれる人がいて。柚明
の章では更に父方の親戚やお友達迄も、緻密に個性豊かに暖かに涼やかに、描いてくれて。
鬼の所為でお父さんお母さんや、生れる筈の妹を喪ったけど。たいせつな人を胸に想い
描いて日々を過ごせるわたしは、幸せ者…」
ノゾミ「貴女は何の陰りもなく、長閑に平穏にその台詞を語れるのね。ある意味凄い……
まぁいいわ。話しを先に進めて頂戴、けい」
桂「はい。お姉ちゃんが小学6年になった事、3年経った事に簡単に触れ。仁美さんと可
南子ちゃんから、子供同士の話しの中で、仇の鬼が再度現れたとの情報が、示されます
…」
ノゾミ「不吉な事を避けたい余り、迫りつつある危難から目を逸らす大人の愚昧と。ゆめ
いに危険を伝えておかなければと言う子供の即決、一生懸命さの対比が、利いているわ」
柚明「不確かな噂で人心を煽りたくない大人の配慮は分るけど。何人かの子供が再び襲わ
れたなら、速やかな対策を取る為にも注意を促す為にも、隠しておくべきではない処ね」
桂「鬼は行方不明だったんだ。お巡りさんの銃弾でも死なないのは鬼だけど、3年もの間、
鬼切部にも見つからず潜伏できていたんだ」
柚明「久遠長文はこの設定にかなり頭を悩ませたみたい。人に害を為した鬼は、鬼切部に
逐われ狙われ討ち取られる。生き残るのは容易ではない。彼は仇の鬼を強い鬼と設定して
ない。集団にも属さない凡百の鬼としたから、鬼切部と交戦したなら討ち取られる。だか
らずっと行方不明、生死不明としたのだけど」
ノゾミ「今度は仇の鬼が3年も、人に害を為さず鬼切部に見つかる事なく、あり続けられ
るのかという不合理にぶつかったのね。3年前も、その凶暴性を抑えられず子供を襲って
血を啜り、ゆめいの父母まで手に掛けたのに。一転して3年何もせずに潜伏できる物なの
か。血に飢えたり凶暴性を抑えられず人を襲えば、鬼切部に発覚する。今度こそ仕留めら
れる」
桂「3年の間、鬼を生かしておくことのハードルって意外と厳しいんだ。都合よくお話し
を導きたいのに難しい。これじゃ、この鬼を引っ張ってもう一章ってのは無理っぽいね」
ノゾミ「作者も流石にそれを感じて、執筆しつつその構想を、没にしていった様だけど」
桂「可南子ちゃんと仁美さんから、3年前に仇の鬼が襲って死に至らなかった女の子達の
内の数人が、再び同じ形で襲われているお話しを、お姉ちゃんは聞かされます。そして」
作者メモ「『ユメイちゃん、イマスカ?』
柚明の所在を尋ねる電話が、父方実家に入ります。作品終盤で明かされますが、仇の鬼
は3年前の事件の被害者情報を、警察のコンピュータに侵入して掴んでおり。可南子達が
柚明の親族と承知です。ゆめいと言う名は珍しいので、鬼の印象に残っていたとしました。
3年前も飲み干せなかった甘く香る血なので、失敗の印象も込みで強く憶えていると」
桂「電話に出たのが小学3年の可南子ちゃん。若い男性の声で、名乗りもせず。お友達の
様な感じでいきなり、出たのが誰か確認もせず、要件だけを短く告げる怪しい電話に。危
険を感じた可南子ちゃんは精一杯の抵抗を試みて。
『ゆめいさんは、いません!』
でもその応対が、柚明お姉ちゃんという人物を知っているとの答になっている。失敗で
したと、仁美さんは。お姉ちゃんに危難を呼ぶかもと、謝りも込めて危険を伝えたと…」
柚明「可南子ちゃんは、はきはきして賢く強く可愛い子よ。わたしの3年前、小学3年生
ではああいう電話に、しっかり危機感を持った強い応対は出来てなかったと思う。唯どう
しても、子供は大人の狡猾さには敵わない」
ノゾミ「守ろうとして守れない。逆に入り込む隙を見せる。不出来な妹の典型的なパター
ンね。そして不出来な妹の尻拭いは姉の役」
桂「確かに……自分にもたくさん憶えがあるので、反省しています。と同時に他人の失敗
を責めず、しっかり抱き留め慰めるお姉ちゃんの応対は、この頃からの物なんだなって」
柚明「慰める側になり、力づける側になって、初めて分った事もあるの。サクヤさんや笑
子おばあさんは、わたしを何度も受け止めてくれた。2人のたいせつな人・わたしのお母
さんを喪わせる引き金を引いたわたしを。その生命と引換に生き残ったわたしを。……無
条件に愛をくれた。無限大に愛をくれた。無尽蔵に愛をくれた。あの様にわたしもなりた
い。
この時わたしは可南子ちゃんに、確かな許しをあげたかった。安心を与えたかった。も
う嘆く事はない、悔いる事はない。全てわたしが受け止めから、もう二度とこの事で涙を
流さないで。わたしが人一倍過去を引きずる人間だから。心配や哀しみや悔いを引きずら
ないで、未来を見つめて生きて欲しいって」
桂「ううっ……過ちを犯した当事者のわたしとしては、聞いているだけで涙が溢れそう」
柚明「(桂に歩み寄って胸元に抱き留め)ごめんなさいね。桂ちゃんを涙させる積りはな
かったのだけど……その心が溢れそうな時は、いつでもどこ迄も、わたしが受け止めるか
ら。心鎮まる迄、いつ迄も肌身を沿わせるから」
桂「ありがとう、ごめんね……お姉ちゃん」
ノゾミ「(桂が落ち着き、柚明が座布団に戻るのを見届け)今も昔も甘々ね。でもこの様
にしてゆめいの甘さ優しさが、磨かれてきた。
従姉の仁美も中々良い姉を見せていたわね。妹の可南子を想いつつ、年下のゆめいを案
じ。私から見れば小生意気な言葉遣いもあるけど。ゆめいは仁美から姉の対処を学んだの
かも」
柚明「仁美さんの人物造型には、サクヤさんの心の強さ優しさ賢さを、二回り程度小さく
して使用しましたと、作者メモが来ています。姉御肌で人に頼られる反面、中々人に弱味
を見せない。豪放磊落で強がりな処も含めて」
桂「可南子ちゃんの人物造型には、わたしを使っているんだって。活動的に見せたいと髪
がショートな処は、わたしが座右の銘を用意周到にしても、中々そうなっていない処と重
ねて。活動的より可愛さが優っていて、思惑外れな処とか……って、まるでわたしが用意
周到じゃない様な言い方を、作者さんまで」
ノゾミ「第一章は登場の機会もなかったから。ここで出しておきたいと。ゆめいが可南子
を抱き留め慰める場面や、それを見守る仁美とのやり取りは、番外編でしっとりと絡ませ
る事を意識しての、基盤作りね。柚明前章第二章では、顔見せはしましたという処かし
ら」
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5.お話しが動き始めます
桂「結局仁美さんや可南子ちゃんとの絡みは、番外編に伸びる分岐の芽を残した程度に留
め。お姉ちゃんは速やかに、経観塚へと帰ります。
この辺は、お話しの主な舞台が経観塚・羽様ですと示す事で、第一章との対比を狙って
いますと、作者メモです。第一章ではお話しの殆どが町で進んで、最後に経観塚・羽様に
『来る』だったのに対し。『帰る』表現も」
ノゾミ「作者はゆめいと世間・経観塚や羽様の関りも、柚明前章の中で計画的に組んでい
るわ。徐々にゆめいが世間から遠ざかり、経観塚・羽様・ご神木・オハシラに近付く様に。
第一章ではゆめいは町に住んでいて、友達の杏子とは直に逢い『またあした』逢える状
態だった。経観塚・羽様が関るのは話しの最後で、けいが言う通り『来た』に過ぎない」
桂「第二章では、お姉ちゃんの住処は羽様で、町へ『来ている』状態です。従姉妹の仁美
さん可南子ちゃんと直に逢えて『又逢おうね』だけど、遠方なので簡単ではありません
と」
柚明「第三章では町は描かれず、わたしは羽様で殆どを過ごし、一度だけ経観塚銀座通に
行く。実はエピソードの選択の問題で、通学で日々銀座通に行っているのだけど、敢てそ
こを描かず、羽様に収束する流れを意識して。
外界との接触も、杏子ちゃんからの電話は直に逢うのと違って間接的で。即答は出来る
けど、直に触れたりは出来ない。その内容も、杏子ちゃんのお父さんの海外赴任で国外に
行くというお別れで。逢う事は非常に難しい」
桂「第四章はずっと羽様だね。時折ご神木にも踏み込んで。経観塚の銀座通も出て来ない。
そして外界との接触もお手紙で、直接触れて励ます事も、即答も出来ない。内容も詩織さ
んの訃報で、二度と逢う事が出来ませんって。
お姉ちゃんがどんどん人の世間から経観塚、羽様、更にご神木、オハシラ様へと収束し
て行くのが実感できます。これが作者さんの意図なら、確かに余計な一章は要らないよ
ね」
ノゾミ「それだけ構想を固めていたからこそ、美的感覚でも余計に感じて、切り捨てたの
ね。でも智恵の戦いを割愛した結果、鬼がゆめいを追って経観塚を訪れる日が、作者も好
まない『偶然』頼りになった。ここは実は作者が不出来だったと、今も悔いているらしい
わ」
桂「鬼もお姉ちゃんが乗った列車で、経観塚に来たんだね。車両が別でお姉ちゃんが血の
匂いを隠せるから、ホームに降りて姿を見られる迄気付かれないのは分るけど。その日で
なければならない理由は、作れなかったんだ。
元々は智恵の戦いで、鬼がお姉ちゃんの存在を薄々察してて、その帰郷を追うか待ち伏
せる為に、一刻も早く経観塚に行こうとする。便数が少ないから期せずして同じ列車にな
りましたと。かなり偶然の幅が少ない設定が」
柚明「鬼は一週間前の可南子ちゃんの応対で、この町にわたしがいないと悟り、母方の実
家の経観塚に来た。それが偶々わたしの帰郷とも重なったけど。やや偶然性に頼ってい
る」
ノゾミ「柚明の章の作者は偶然より、当然や必然を好む様ね。運不運や確率で話しの根幹、
決定的な展開が左右されるのは、危ういと思っている。確かに、私もけいが偶然好みだっ
たとか、何回か血を吸う内に何分の一かの確率で情が移ったとか描かれては、心外だわ」
柚明「物事には理由があるべきで、意志や選択が伴うべき。登場人物は唯漫然と動く訳で
はない。敵も味方も目的を持って動いている。偶然頼りで物語を書きたくない。そこで状
況設定を詳細に描いた結果『長すぎて読みにくい』って一部読者に言われたりもするけ
ど」
桂「むむむ……難しいね。作中描写だけでは事情が分らないって、時折チャットや掲示板
で質問をくれる読者さんもいるから。丁寧に描きたいって方向は、合っていると思うけど。
作者さんは、必要な情報は作中で描くべきで、それ以外で情報を補足するのは邪道という
か、作者の力量不足って考えでいるみたいだし」
ノゾミ「もっと簡潔に必要な情報だけを書き込めばいいの。作者の精進を促しておくわ」
桂「それはかなり難しそうだけど……努力は怠らずにしておくべきだと思います。はい」
ノゾミ「仇の鬼は降りたホームでゆめいに気付くけど、騒ぎ立てて駅員と揉める間にゆめ
いは最終バスに乗り込んでしまい。この日はゆめいは気付かぬ内に危機を回避できたと」
桂「これが翌日の危難の伏線になるんだね」
柚明「桂ちゃんもアカイイト本編で乗ったあの最終バスで、わたしも羽様のお屋敷に帰着
して。夜の闇に浮き上がる文明の輝き、この時は未だ羽様にはみんなが住んでいたから」
桂「ここでわたしと白花ちゃんの初登場です。未だ2歳になってない幼子だけど。それか
ら、お母さんも初登場なんだね。お母さん若い」
ノゾミ「寝転がっていても低く浮いていても、私と目線の高さを合わせ語りかけて来るの
は、この頃からなのね。けいの父の真似だとは」
柚明「叔父さんの真似をしたお父さんの真似なのだけど……そうね。わたしは桂ちゃん白
花ちゃんと目線の高さを合わせる様にしていたし、今は葛ちゃんにもノゾミちゃんにも」
桂「そしてここで漸く、第一章からの3年の間の羽様や羽藤家の動きが、記されます…」
ノゾミ「柚明前章第一章より、その直後の方がむしろ色々あったのではなくて? 観月の
娘が、半世紀前の鬼切部による観月の里焼き討ちの事実を探り。妨げる為に若杉が遣した
けいの母と交戦し。けいの母が真相を知って、観月の娘を討つ命を返上し鬼切り役も返上
し。鬼切部を脱けてけいの父と結ばれ、羽様の屋敷に住み着き。翌春けいとその兄を身籠
もって秋に出産……かなりの詰め込み度合いね」
柚明「アカイイト本編では、わたしが羽様に移り住んだ時を『桂ちゃんが生れるよりもず
っと前』としか表記してなかったけど。ファンブックや小説版・絆の記憶では、わたしが
6歳で両親を喪って移り住む設定で、桂ちゃん白花ちゃんが生れる迄4年の期間があるの。
柚明の章で久遠長文は、わたしが決意を抱ける年齢にしたいと、設定上のぎりぎり迄年
齢を引き上げたので。両親を喪う年齢は桂ちゃんの生まれる前年、わたしの9歳になって。
叔母さんとサクヤさんの出逢いである真剣の諍いや、叔父さん叔母さんの出逢いも、桂
ちゃんの生れる前年・第一章直後になってしまって。矛盾ではないけどきつめな設定ね」
桂「アカイイト本編の基本設定を改変しない範囲で、ここは作者さんが踏み越えました」
ノゾミ「私もとんでもない時に復活し、鏡の封印を解かせたものだわ。でも、けいの母が
羽様に住み着かなければ、そもそもけいも生れなかった筈だから……これは定めなのね」
柚明「久遠長文はいつか、サクヤさんと交戦中の叔母さんと、幼いわたしの遭遇も描く積
りみたい。サクヤさんと叔母さんの戦いの脇エピソードね。挿話の機を逃したし、サクヤ
さんと叔母さんの戦いも、挿話で済まない中身だから。位置づけ未定は『不二夏美と叔母
さんの最終決着』と同じ。桂ちゃんもノゾミちゃんも出ないけど、気長に待ちましょう」
桂「そう言えば、第二章はお母さんが登場するけどサクヤさんが出ないね。サクヤさんが
各地を転々するお仕事なのは分るけど、柚明前章第二章の時点で不在なのは、わざと?」
柚明「ええ、それは彼の意図よ。みんなが揃うと久遠長文の力量では、全ての動きを把握
して簡潔に描くのがきつい事情もあるけど」
ノゾミ「全員揃わないのが通常と、作者メモが来ているわ。誰かが欠けている状態が常で
あって、だから何かの折に全員揃うと、それだけでイベントっぽい盛り上がりを見せる」
桂「第一章にはわたしも白花ちゃんもお母さんも登場しないし。第二章ではサクヤさんが
登場しません。第三章で初めて全員揃います。第四章は笑子おばあちゃん没後で、羽藤家
は一応全員出るけど、サクヤさんの登場が冒頭と最後だけで、お屋敷に全員揃う場面がな
く……これも計算してなんだ。今気付いたよ」
柚明「後日譚でも中々全員揃う場面がないでしょう? 絆を繋げた仲でも、お仕事や様々
な都合で一緒出来ない事は多い。みんなの都合がぴたりと一致する事は少ない。逆に人数
少ない方が、一緒出来た人と濃密なひとときを過ごせると、久遠長文は考えているみたい。
それに例えその場にいなくても、心を確かに繋げた人なら、心に抱いて想いを紡げるわ。
そう言う姿や場面を描くのも、久遠長文の好みだから。常に一緒は最善だけど、愛は一緒
にいる時にしか描けない訳ではないもの…」
桂「拾年わたしにも忘れ去られた中で、心折れず鬼神を封じ続けられた、愛の強さ深さの
一端を見た様な気が。離れ離れでも相手の答や反応や報いがなくても、左右されず自身の
中で愛を紡いで満ち足りる。わたしもその位、強く賢く、清く優しく綺麗になりたいで
す」
柚明「叔父さんと叔母さんの子供だもの。必ずなれるわ。今現在も、わたしなんかより遙
かに綺麗で可愛いけど。望めば今迄よりもっと強く賢く清く優しく。わたしが保証する」
ノゾミ「けいがゆめいの様に、強く賢く用意周到になっても微妙だけど、それより。今は
私の前で抱いて抱かれて、肌身添わせ合うその状態を早く解消なさい。次へと進めないじ
ゃない。本当に貴女達は人目のある処でも」
柚明「羨ましいならノゾミちゃんも如何?」
ノゾミ「羨ましいけど、今は良いわよっ。2人とも……早く話しの進行に戻りなさい!」
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6.羽藤家の家族関係を描きました
桂「お姉ちゃんはお母さんが嫁いできた時に、羽藤のお屋敷を出ようと考えていたんだ
…」
柚明「ええ。新婚夫妻と同居してもお邪魔になる様に思えて……行く当ても考えつけてな
かったけど、笑子おばあさんに相談したの」
ノゾミ「ここも一つの分岐ね。ゆめいの祖母の選択だけど。ゆめいがこの時屋敷を出れば、
けいやその兄との関りはこれ程濃密にならず、けいの母から強さを学ぶ展開もない。主さ
まが解き放たれ、アカイイト本編は不成立…」
桂「おばあちゃんの読みは正解だったんだね。お母さんは鬼を切る技量は凄いけど、料理
や洗濯や家計簿や買い物や手習いの多くで初心者で、一から倣う処から始めなければなら
ず。お姉ちゃんとほぼ同じ条件でスタートですと。わたしやお兄ちゃんが生れると、その
お世話も必要になるから、貴重な戦力だったんだ」
柚明「何より大きな要因は、桂ちゃんと白花ちゃん、わたしの一番たいせつな人が生れて
くれた事に。わたしが邪魔者ではなく、幼子のお世話の助けになれた事に。笑子おばあさ
んはお見通しだったのね。叔父さん叔母さんに子供が生れる事が、幼子との触れ合いがわ
たしの魂を甦らせると。人に役に立てて必要とされる事は、元々わたしの喜びだったけど
……それが一番愛しい人の為にもなれて……わたしは漸く生きていて良かったと思えた」
桂「わたしが生れた時の、お姉ちゃんの喜び方がすごいね。ここ迄喜んで貰えたらわたし、
絶対柚明お姉ちゃんを好きになっちゃうよ」
柚明「ごめんなさいね。叔母さん叔父さんの喜ぶ様子もまともに描けず見ていられない程、
わたしは1人で歓喜に浸って泣き出して…」
ノゾミ「妹に自分の居所や幸せを奪われたと、憎悪嫉妬を抱いて死んだ私には、理解し難
かったけど……貴女達と血も想いも交えた今ならばその気持も分る。けいや貴女が、ミカ
ゲを喪った私の傷みを拒まず、一緒に哀しんでくれた事で、逆に私は貴女達を心底喪いた
くなくなった……悔しいけど、惚れさせられた。
今の私は貴女達の心も分るけど。それでもゆめいの情愛の濃さは尋常ではない。やはり
生れる事なく終った弟と妹への想いも重ねて。最早再び得られぬ父母の愛を、貰う代りに
誰かに注ぐ事で自らを満たそうと。己の懺悔と贖罪も兼ねて。最早取り返しが利かないか
らこそ、代償も永遠に尽きる事はないのね…」
桂「柚明お姉ちゃん……」
柚明「そうね。わたしは一生分の愛を独り占めしてしまった。お父さんお母さんに生命を
差し出させる程の愛を、己独り生き残る事で。お母さんのお腹で生れる時を待っていた妹
迄も犠牲にして。自分は貰い終えた。貰いすぎた。自分も与える側にならなければ。この
侭何も返さず己の生を、己が生きるのみに使っては、わたしは唯奪い貪る者で終ってしま
う。
わたしはずっと愛すべき人を探していた。
わたしはずっと守るべき人を求めていた。
ずっと生涯を捧げるべき人を欲していた。
許されるとは思ってない。最早許しを願える人もいない。でも、この胸の内に注がれて、
満ちた想いは、溢れ出そうで。誰にも分け与ず独り占めしては、勿体なくて申し訳なくて。
折角愛を与えてくれたお父さんお母さんにも、今尚わたしの傍にいてくれるみんなにも
…」
桂「お姉ちゃんがわたしのみならず、他の人達に愛を注ぎ続ける気持が、肌身に分ります。
こうして触れていると、柔らかで暖かいし」
ノゾミ「ゆめいの自己犠牲や深い愛の根本は、罪悪感から来る贖罪意識だと思っていたけ
ど……それもない訳ではなさそうだけど……悲哀の中にも愛があり、感謝があり充足があ
る。
そこ迄愛された自分だから、いつ迄も己を見失っていられないと立ち直れる。貰えた愛
を誰かに分け与えないと勿体ないなんて……そんな事、誰も考えつきもしないわよ普通」
柚明+桂「「そうなの?」」
ノゾミ「この2人に柚明の章の解説を任せたのは一体誰よ。一番の要点をこの2人が揃っ
て当たり前と思いこんでいたら、そうでない読者にきちんと説明できないじゃないの!」
桂「その為にゲストさんを招いたんだ……なるほど……作者さん、意外と用意周到だね」
ノゾミ「もう良いわよ。そこで思い出した様に抱き合って肌身添わせ合うのも……もう止
めなくて良いから。心ゆく迄おやりなさいな。
作者メモが来ているわ。読み上げるわよ」
作者メモ「ここで小学6年生の柚明がテーブルに載せた青珠が、幼子の寝付いた部屋に引
き寄せられる様を描いて。双子の血の濃さと、将来的に青珠が桂の物になる事を示しまし
た。
この辺の小道具使いは、アカイイト本編や柚明本章との繋りを読者に、印象づけようと
してです。アカイイト本編の夏に登場する人物は、柚明前章第二章の時点でも、サクヤと
柚明以外、幼子の桂や白花しかいないので」
柚明「そして愛しい幼子の存在で、わたしが血の定めに向き合い始めます。それ迄己の血
が匂った為に鬼を呼び寄せ、お父さんお母さんを喪わせた。己の定めを縛っていた贄の血
が、愛しい幼子を導く唯一無二の繋りに変る。この転換は、皮肉とも劇的とも言えそう
ね」
作者メモ「笑子の言葉です」
『濃い血を持ち匂う事がどんな定めを招くか、貴女は知っている筈よね。贄の血の力を使
える先達として、宜しくしてやっておくれよ』
『貴女だけなんだよ。今、私の他にはね…』
ノゾミ「外から嫁いできたけいの母も、贄の血が薄すぎるけいの父も、けいの祖母の代り
は出来ない。出来るのはゆめいだけ。贄の血の持ち主として、力を操る先達として、幼子
の力になれるのは。けいの祖母の没後には」
柚明「お母さんの様に、お母さんがわたしを守り助け導こうとしてくれた様に、わたしが。
守らなければならない、守り抜きたい、守らせて欲しい。わたしのたいせつなひと達を…。
それ迄ずっと最年少で、守られてばかりで誰も守れなかったけど。誰の役にも立てなか
ったけど。力になれなかったけど。今からは違う。愛を注ぐ者がいる。助け守る者がいる。
わたしは3年前の夜から初めて、自身が生き延びてきた事に感謝したわ。桂ちゃんと白花
ちゃんは、わたしの生きる支えで全てよ…」
桂「そうして贄の血の修練や、たいせつな人を戦い守る護身の技の修練に励み始めるんだ。
劇的だよね。お姉ちゃんの心が生き返って動き始めて、加速して行く経緯が見えてくる」
ノゾミ「当時作者は護身の技という表記を思いつけずに、護身の術という表記をしていた
様だけど。作中で指している内容は同じよ」
桂「そして前向きに動き始めたお姉ちゃんの日々の一つとして、お料理修練が出てきます。
出された夕ご飯がお母さんの味付けで、おばあちゃんの味付けではないと見抜く場面で…
…ってお料理修練ではお母さんが妹弟子?」
柚明「ええ。叔母さんの方が綺麗で年上なのだけど、わたしの方が羽藤家に住んでいる期
間が少し長いと言う事で。お料理や家事全般では、わたしが姉弟子になってしまったの」
桂「作者メモによりますと。料理は作れても、食べれるかどうかの実用性重視だったお母
さんは、味の面で難があり、一からおばあちゃんに師事します。修練に邁進したお母さん
は、柚明お姉ちゃんの中学生半ばに追い抜きます。
お姉ちゃんの修練も順調に進むけど、学生で本職の主婦に勝つのは難しく。お姉ちゃん
は護身の技や贄の血の力の修練に加え、華道茶道書道に和裁洋裁に機織りも習うので…」
柚明「笑子おばあさんとサクヤさんと叔母さんが、わたしの理想の女性像だったの。一生
懸命学び取ろうと努めてきたけど、わたしは未だに修練途上で……目標は尚遙か彼方ね」
桂「強く賢くしたたかで、優しく甘くお淑やかで、……幾つか矛盾する要素もありそうだ
けど、それを全部取り込んでしまえる処が柚明お姉ちゃんだよね。わたしは大好きっ!」
ノゾミ「貴女達が何度も肌身添わせ合った後で離れるのは、何度でも抱きつく行為やその
瞬間を好いてなのかしら……次に行くわよ」
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7.柚明の小学校生活とお友達について
桂「お姉ちゃんの小学校生活です。第一章で描いた町での登下校の情景と、生活環境や心
象風景が違うので。作者さんは対比を意識しています。朝早く起きて6キロの道のりを護
身の技の修練を兼ねて、足腰を鍛えに歩いて。第一章の3年後の初夏として、自然豊かで
閑静な雰囲気も、アカイイト本編を参照して」
柚明「わたしが通う小学校を、経観塚銀座通の大規模校にせず、羽様の小規模校にしたの
も、田舎を印象づけたい久遠長文の意図です。
久遠長文が多人数の情景を描くのが苦手で、出始めは、描くべき人数を絞り込める小規
模校を、好んだという裏事情もある様だけど」
桂「全校生徒27人、5年生4人と6年生5人の複式学級って設定も斬新だね。複式学級っ
て言葉を、わたしはここで初めて知りました。
中学校では経観塚銀座通に移って、一学年60人強で2クラス、高校は一学年二百人程度
の6クラスと。徐々に馴らしていったんだ」
ノゾミ「アカイイトは百合の話しで、女や娘同士の絡みが好まれるから、女子校の設定が
標準なのに。敢てそこを踏み破る処が作者らしいわね。まぁ小中学校は共学が今様の主流
らしいし、田舎に女子校は難しい様だから」
桂「その辺も無理な設定をして迄、百合に話しを縛ることはしませんと。作者さんの『百
合よりもアカイイト』の想いが窺えるね…」
柚明「久遠長文は地方都市出身で、複式学級の経験はないけど、近隣でそう言う学校があ
る事は知っていたの。田舎ならではの設定で、読者に独自性や新鮮さを、印象づけよう
と」
ノゾミ「男女の人数比にも、気を遣っていた様ね。アカイイトが百合だから、SSも登場
人物が主人公達と同じ世代の女ばかり。それも戦える強い女や、『力』を扱える女ばかり
という設定が殆どの中で、異彩を放っている。
登場人物が、戦えない普通の子供や大人ばかりで、しかも男が少なくない比率でいる」
桂「『男イラネ』と言う一部の百合の人には、余計な者を登場させてって感じなのか
な?」
柚明「それが人の世の常と、作者メモが来ているわ。柚明の章は、アカイイト本編同様に
現実に根ざすお話しで、SS独自の不自然な設定は極力避けています。世の人口の半分は
男の子や男性です。わたしの日々を描く上で、それを切り落すのは無理な以上に有害です
と。
その上で女の子であるわたしは、女の子との関係が多く。傍の女の子に降り掛る危難や
禍を捨て置けず、関る内に心を繋げて行く」
作者メモ「学校の設定も、ありがちな方向に流れない様に気を配りました。大規模校なの
に理由もなく、主人公のクラスにのみ連続して転入生が来るとか。男女比が理由もなく都
合良い程偏っているとか。そう言うご都合設定は、柚明の章の現実感を薄めると思うので。
柚明の5年6年合同クラスは、5年生が男子3人女子1人、6年生が柚明を含む女子4
人男子1人。少人数学級なら個別事情が、大きく男女比を偏らせる事もあるとの判断です。
全体では男子4人女子5人でほぼ均衡しますが、学年ごとの男女比が偏っていて。5年
生唯一の女子である平田詩織が、6年生の柚明を頼るのは無理もなく。6年生は男子が少
ないので、女の子同士の密な関係も生じ易い。6年生唯一の男子である沢尻博人は、役得
というより、やりづらい状態かも知れません」
桂「この辺も考えていたんだ。柚明前章・番外編に伸びて行く様々な芽の根っこだよね」
ノゾミ「彼らは番外編で関る事を考え、容姿や性格も作り込んでいた様ね。作者メモよ」
作者メモ「柚明のクラスメートの内、金田和泉は陽子ちゃんをモデルに人物造型しました。
幼い柚明も活発な子ではないので、引っ張ってくれたり踏み込んでくれる、陽子ちゃんの
様な元気な友達がいたらいいなと言う考えで。
鴨川真沙美は、サクヤと真弓を足して二回り位小さくした感じで造形しました。綺麗で
賢く堂々と、理も語り情愛深く面倒見も良いけど、気分にややムラがある。そして柚明の
章で独自設定した、鴨川と羽藤の対立を背景に持つから、柚明とそう簡単に打ち解けない。
馴れ合いを好む性分でもなく、真沙美は柚明に対してぴりぴり張り合う位のライバルと
設定しています。のんびり屋さんの柚明に競争意識は薄いですが。そして簡単には馴れ合
わないけど、一度分り合えればどんな時も離れず裏切らず、力強い友になってくれると」
桂「烏月さんとサクヤさん、と言うよりわたしのお母さんとサクヤさんの仲に近いイメー
ジです、だって。確かに少し似ているかも」
ノゾミ「作者は真沙美を、同じ年齢の他の小娘より一段上に設定している様ね。容姿も学
業も運動も、いざという時の意志の強さや明晰さも……輝き始めたゆめいに並び立ち、競
い合える女子を1人位配置しないと。雑魚だらけでは比較対象がなく、ゆめいの麗質をし
っかり書き表せないと……言うわね、作者も。
和泉については、ゆめいを深く愛する故に、ゆめいに対してのみ、ゆめいも驚く程の洞
察力を発揮すると。一般人でも研ぎ澄まして一点集中すれば、何者かにはなれるって事
ね」
桂「和泉さんと真沙美さんは、お姉ちゃんと深く絆を結ぶ想定で、人物造型されました」
柚明「分量の関係で、多く描く事は出来なかったから。詳細は番外編に譲る事になったけ
ど、2人ともわたしの特別にたいせつな人」
桂「佐々木華子さんに、特定のモデルはありません。お姉ちゃんに恋心抱く沢尻君を慕う
女の子・恋仇の役として、三角関係の一翼を担います。和泉さんがボーイッシュな感じで、
真沙美さんが強気なお嬢様っぽい感じなのに対し、引っ込み思案な『普通の』女の子です。
和泉さん真沙美さん、詩織さんがお姉ちゃんに惚れ込む中、女の子同士の色恋を望まな
い女の子、世間での多数派代表を担います」
柚明「そう言う視点も置いておくべきと言う、久遠長文のバランス感覚ね。この世の全て
が都合良く、展開してくれる訳ではないから」
ノゾミ「羽様は家同士の関係も随分絡むけど、そこは詳述している番外編に譲るわ。5年
生の男子は特に触れる必要はなしと。北野文彦だけは、番外編の後半で存在感が化けたけ
ど。あれも作者の想定外で、この時はそこ迄考えてなかったから……後は平田詩織と沢尻
ね」
作者メモ「柚明前章・第二章のメインヒロインは、詩織と幼子の桂、それに沢尻博人です。
沢尻博人に特定のモデルはなく、柚明にとって『経観塚の外・俗世』への繋りの象徴です。
やや斜に構えて人に流されつつ、バランス良く多数を調和させる世話上手で。でも内心
に深刻な人嫌いを抱えている。彼は柚明に普通の女の子の幸せへの途を示す役柄です…」
桂「『男イラネ』と言う一部の百合の人には、不要な存在の極みだと思うけど。作者さん
としては沢尻君には、男の子であってもらわないと困る事情がありました。作者メモで
す」
作者メモ「わたしは柚明を、女のみ好く人物造型にしていません。男の子を好く可能性は
充分あり、状況次第で結ばれる事もありうる。そして柚明の人生の選択肢の一つが、沢尻
博人の求愛を、受けるか否かの判断でした…」
ノゾミ「作者は、女子校などの女しかいない場で育む百合の話しは、温室育ちだと考えて
いる様ね。選択の余地ない場で生じる女の子同士の色恋に、意志の介在は少なくヌルイと。
むしろ男もいる場で、男女の色恋と競い合い凌いでこそ、確かな選択と意志の結果であ
り。男に優って女の子のはぁとを掴んでこそ、絆の強さを見て分らせる事が叶うと考え
て」
桂「柚明お姉ちゃんはこの時も、続く第三章でも、沢尻君の想いを退けてしまいます…」
ノゾミ「退けさせる為に登場させた、と言っては可哀想な気もするけど。作者的にはそう
言う処なのね。だから男の子で良いのだと」
作者メモ「博人は技術者を目指して、高校は経観塚の外に進学していきます。彼は田舎の
旧家の因縁やしがらみを嫌っており、それに囚われて見える羽藤の柚明に惚れ、手を差し
伸べます。外に出て人生を共に切り開こうと。
柚明の母は柚明の父と結ばれて、経観塚の外に出る途を選びました。柚明も博人を選ん
でいれば、母と同じ女の子の幸せを得たかも知れません。子供を産んでいたかも。その先
でも柚明は桂や白花を大事に想うでしょうが、アカイイト本編や柚明の章程の、生命を捧
ぐ程に深い情愛は、注げなかったでしょう…」
桂「一番たいせつな人を誰にするかの選択だものね、お姉ちゃんにとっては。わたしはど
うして欲しいとか、言える立場じゃないけど。この時は、選択の結果の今があると分って
尚、息を呑んで成り行きを、見守っていました」
ノゾミ「少し踏み出しすぎたわね。彼の本当の求愛は第三章で、今回は構図を示せれば充
分と言う、展開的には『顔見せ』だから…」
柚明「彼には色々お世話になって、なりっぱなしで、殆ど何も返せなくて……せめてしっ
かり幸せを掴んで欲しい。それが今のわたしの願いです。いつか逢えたなら嬉しいけど」
ノゾミ「幼いけいについては、今更語る必要は薄いから、後は詩織ね……次に進むわよ」
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8.子供の世界、詩織との絡み
桂「平田詩織さんは、お姉ちゃんの一つ年下。普通の学校なら別クラスだけど、人数少な
い田舎の小規模校・複式学級の設定を生かして、守る側と守られる側の年齢差ある関係を、
同クラスで密着させました。体が弱くて、体育も見学が多く病休も多い詩織さんは。どう
しても機敏に動けず、意志を強く出せないで」
柚明「わたしの特別にたいせつな人。久遠長文は詩織さんの容姿を、髪型や体つきはわた
し似で、性格は桂ちゃんを少し引っ込み思案にした感じと、設定している様ね。今の桂ち
ゃんと言うよりも拾年前の事件後の桂ちゃん、陽子ちゃんと逢った頃の桂ちゃんに近い
と」
ノゾミ「己の意志をはっきり口にできない者は、好かないわ。弱い子は嫌いなの……詩織
はゆめいに促されてでも、己の意志を言の葉に載せたから、最低限は認めてあげるけど」
作者メモ「平田詩織は、桂と白花に巡り逢い、生かされる人生から生きる人生を歩み始め
た柚明が、初めて自らの選択で庇い護る人です。活発とは言えない性格は柚明に似せてい
ます。それを分る故に柚明は一層捨てておけなくて。
暫く心を塞いでいた柚明は、試行錯誤の連続で。失敗する柚明や弱り困る柚明と言う微
笑ましい構図も、何度か描けました。本人は必死なので、余裕の欠片もないのですけど」
桂「引っ込み思案な詩織さんをみんなに誘い、詩織さんをのけ者にしようとするみんなを
説き伏せ。意外と勇気が要るよね。普通の日常に良くあるけど、わたしも中々できない
よ」
柚明「ここはわたしの未熟さが出た処でもあるわ。詩織さんを繋ぎ止めたい想いは正しか
ったけど、詩織さんをのけ者にしようとしたみんなは誤りだと思うけど。求め方を間違え
た為に、みんなが受け容れ難い展開になって。
詳述は番外編第一話に譲ります。ここでは後段に繋る痼りを残しつつ、沢尻君のお陰で
その場は丸く収まって。下校時学校傍での詩織さんとの語らいに進みます。でもわたしは
詩織さんの病の事情を察する事ができてなく、その必死の求めに凡庸な答しか返せなく
て」
桂「詩織さんはこの後も、お姉ちゃんの大事な人であり続けます。読者さんにも予想以上
の好評を頂けました。戦う強さも何の特別な『力』もない、普通の女の子の人物造型での
成功は、作者さんの自信にも繋った様です」
作者メモ「詩織の言葉です。ありきたりな言葉ですが、そこに必死の意味を潜ませました。
『月曜日も、必ず学校に来てね』
『火曜日も、必ず学校に来てね』
『水曜日も、木曜日も、学校に来てね』
『金曜日も、再来週も、その次の週も』
『夏休み迄、毎日休まずに学校に来てね』
『わたしも絶対休まないから。わたしも絶対出てくるから。必ず毎日逢おうね、毎日ね』
それは詩織の柚明への告白に近いものです。
そして詩織の告白に応えていた為に、学校への忘れ物を取りに戻るのに少し遅くなって。
まさか柚明が戻るとは思ってない者達の陰口、博人への突き上げを柚明は立ち聞きして
…」
ノゾミ「この辺の作者の話運びはなかなかね。王道を意識している。ゆめいが詩織を庇っ
て反感を買い、博人がその場を収めたお陰で詩織との甘い語らいに移るけど。その後に他
の者の不満を知らされて愕然とする、落差のある展開は。伝奇要素も戦いもない平凡な日
常の小さな諍いだけど、子供には重大事よね」
桂「ここで作者さんは沢尻君達の会話の形で、羽藤家の追加設定をしています。アカイイ
ト本編では、羽藤家が戦後農地改革まで大地主だったと、サクヤさんが語っていましたけ
ど。
柚明の章では追加して、明治の地租改正迄は更に広く、近隣数ヶ村の総庄屋だったとし、
羽様小学校も明治の学制公布の頃に、羽藤が建てたとし。羽藤を没落した歴史ある旧家と
して、お姉ちゃんを周囲から浮かせる効果を。
町で小学3年生まで庶民暮らしだったお姉ちゃんは、実感のない侭でお嬢さん扱いされ
たり、距離を置かれたりされて、戸惑います。
そうだよね。わたしもサクヤさんに大地主だって言われても、実感湧かなかったもの」
ノゾミ「そう言うしがらみを嫌う沢尻は、ゆめいにも、今の羽様の名家の真沙美にも普通
に接する。後は和泉位かしら。和泉の事情は番外編の第4話で触れるから、省略するわ」
作者メモ「柚明はみんなを愛し愛されると基本設定しましたが、応対ミスや相性で人間関
係が巧く行かない時もあります。この時も詩織を庇う為に強く主張した事が、出しゃばり
・正義感ぶっていると、マイナス印象を与え。
多数派に誤解され睨まれる展開も何度かあった柚明ですが、それでも柚明に好意的な者、
誤解しない者、愛する者は必ず複数いると設定しました。本当の孤立は、柚明の性格や言
動から考え難いと言うのがわたしの印象です。
柚明に好意を抱く和泉と北野文彦を、先に帰宅したと不在設定して。多数派による博人
への突き上げを描きました。調停役の博人が柚明にやや好意的で、その故にみんなの不満
のはけ口にされたと読者に示す目論見です」
柚明「わたしの未熟と不徳の結果ね。想いはあっても、知恵がなければ手段を誤り届かせ
られない。力がなければ手段が正しくても届かせられない。沢尻君にも負担を掛けて…」
ノゾミ「理解してくれない多数など構わない。唯1人のたいせつな人さえいれば良いとい
う考えも、あるのだけど。私も昔は主さまがいれば何も要らなかったし、誰を幾ら踏み躙
っても後味悪さも感じなかったけど。今は随分ややこしい事を、考える様になったと思
う」
柚明「守り支えたい大事な物を、多く胸に抱ける事は、幸せよ。きっとノゾミちゃんをよ
り豊かに実らせる。その実りが、ノゾミちゃんの一番の人も、良い方向に実らせて行く」
桂「作者メモが来ています。みんなから浮き上がっている事・自分がみんなの一員ではな
いと知らされ、愕然としたお姉ちゃんはその場に居たたまれず走り去り。沢尻君が1人お
姉ちゃんを走って追い。更に華子さんが続き。
経観塚の通り雨を巧く使っているね。雨に打たれたい心境のお姉ちゃんに対して、雨に
濡れてもお姉ちゃんを捨て置けない沢尻君と、同じく雨に濡れても引き返さない華子さん
と。
3人の想いが全て、雨程度に怯まされる様な軽く浮ついた物ではないと、言外に示し」
柚明「わたしも未熟で幼かったから。普通の女の子になれる、みんなと同じでいられるっ
て思いたかった。そうはなれないと半ば分っていても。それをこの時に突きつけられて」
ノゾミ「誰しも見たくない真実を見せられると怯むわ。私がミカゲを妹ではなく、主さま
の分霊なのだと分った瞬間に近しいと思う」
作者メモ「博人の台詞です」
『家柄なんか関係ない、資産も頭の良さも関係ない。お前の心は、美しくて強いんだよ』
『俺はお前のそう言う処が好きだ。誰かを守る為に必死になり、誰かを愛おしむ為に自分
の傷を怖れない。とても強くて綺麗なんだ』
『みんなは羽藤程強くない。ダメな事でもダメな時でも、ダメと最後迄言い切れる人間は
多くない。羽藤が守った人間が、最後迄羽藤を守り続けてくれるとは、限らないんだ…』
桂「これも告白に近いよね。好きだって核心を言い切っちゃって。お姉ちゃんも一瞬気付
いたけど、沢尻君は男の子の鈍さなのか照れなのか、その侭今日の本題に移っちゃって」
ノゾミ「そこで柚明は、彼から詩織の病と転出の話しを聞かされる。想いを通じ合わせ肌
身重ねた直後だけに、驚くのも無理ないわ」
桂「ここで沢尻君はやや冷たいけど、もうすぐいなくなる詩織さんより、お姉ちゃんの方
が大事だと。詩織さんに関ってお姉ちゃんがみんなと気拙くなるのは損だと、言うけど」
柚明「わたしには、どちらを取るという意識はなくて。誰1人欠けることなく、笑顔でい
たい。詩織さんをのけ者にして成り立つみんなであって欲しくない。夏休み前に終る関係
だから、手を抜いて良いとも思えなくて…」
作者メモ「小学6年生の柚明の台詞です。
『孤立は怖いけど、孤立より怖い物がある。
わたしは誰かを守れる人になると誓った。
誰かの役に立つと、誰かの助けになると』
『わたしが生きていく為に、わたしが生きる値を得る為に。せめてその位はしなければ』
それに対する博人の台詞が熱く響きます。
『何でなんだよ。何でお前が、お前じゃない奴の為に、そこ迄しなきゃいけないんだよ』
『お前がお前の事で哀しむなら分る。お前がお前の為に苦しむなら分る。お前がお前の所
為で傷つくなら俺も理解するよ。でもお前が流す涙は全部、他人の為の物ばかりだ!』」
桂「そこ迄する必要ない。普通に生きていけばいい。一緒に楽に行こう……それに応えて
いれば、別の平凡な人生が開けていたかも」
ノゾミ「間近に落ちた雷鳴に、思わず彼の懐に飛び込んで。こここそが本当の選択肢よ」
柚明「思わず飛び込んだ彼の濡れた胸の内は、暖かかったわ。お父さんの腕やお母さんの
胸を思い出した。この侭抱き留められていたい。大事にされていたい。心に兆す、一瞬の
迷い。
でも、その暖かさに無条件に囚われて良い羽藤柚明の人生は、第一章で終りを告げたの。
唯人の温もりに包まれて生きる事は、わたしには許されない。そしてその時わたしも彼も、
彼を追って近くに来ていた華子さんの存在に気付いて。2人だけの時は終ってしまった」
桂「沢尻君には想ってくれる人がいる。彼は1人ではない。詩織さんには他に誰もいない。
そこでお姉ちゃんは、自身がまず誰に向き合うかの答を出しました。自分が好きかどうか
より、誰の幸せに自分が役立てるのか考える。お姉ちゃんらしいです。そして、その考え
を今後も変えないと、彼の誘いを振り切って」
ノゾミ「彼の問には応え切れてなかったけど、それはこの後仇の鬼との再会と戦いと死の
淵を経てゆめいが出す、そう言う繋りなのね」
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9.柚明の修練です
桂「おばあちゃんもお母さんも、何かあったと分って訊かないんだ。大人扱い? わたし
は高校に入っても俯いていたら、お母さんに心配されて、しつこく事情尋ねられたけど」
柚明「拾年前の事件があったから、桂ちゃんの心の状態を案ずる様になったのだと思うわ。
わたしの時も男の子と仲良くしていたら、色々尋ねられた。女の子のお家へのお泊りより、
男の子との日帰りの方が厳しかったわね…」
ノゾミ「こう言う処で休みを望まず、平静を装い平常通り修練をやる処が、生真面目なの。
まぁそういう心の浮動を鬼は、格好の責め処と心得ているから。こんな時にこそ修練って
言うけいの母の判断は、きついけど正解ね」
桂「お姉ちゃん、贄の血の力で飛べるの?
この修練風景は、この後一度も出ないから、どうなのかなって。お姉ちゃんにできるな
ら、わたしも修練したら飛べる様になるのかな」
柚明「飛ぶと言うより浮くという感じね。今でも念じれば、人でも物でも浮かせる事はで
きるけど。そう言う使い方は『力』の無駄遣いだし。物を動かすなら手足を使って自ら動
かす方が早いから。ノゾミちゃんは、法道仙人や役行者などの話しを知っているわよね」
ノゾミ「ええ。物を浮かせたり自ら浮いたり。それをできる者が希少なのは、今も昔も変
らないみたい。この時は、ゆめいの『力』の強さや安定具合を測る為に、浮いて見せただ
け。これ以降はそうして測る必要がなくなっただけで……『力』に頼らない生活をしなけ
れば、人に悟られ気付かれるとの心配より。ゆめいには『力』抜きに暮らす事が、普通な
のね」
柚明「力も万能ではないの。少し物を動かすとか、自分が動くなら、己の手足で為す方が
早い。これ以降わたしは力を紡ぐ修練に加え、力を抑え操る修練、人目に付かない扱い方
も憶えるわ。抑制を解き放って人目に見える状態で使うのは、鬼と戦う時くらいかし
ら?」
桂「なるほど。烏月さんが鬼切りの『力』を、刃を振る瞬間に強く込めるのに近いのか
な」
柚明「そうね。いつも出し続けるのではなく、当てる瞬間にのみ弾けさせる力の使い方も
あるわ。一方で贄の血の匂いを隠すには、常に一定の『力』を寝ても起きても呼吸の様に
紡ぎ続ける必要があるの。傷の癒しや鬼神の封じも。目的次第で『力』の使い方も様々
よ」
ノゾミ「私は想いの侭に『力』を使っていただけだから。正直ゆめいの様に、用途ごとに
使い分けるなんて、考えもしてなかったわね。集約するとか、弾けさせるとか、覆い尽く
すとか。戦いへの使い方しか、念頭になくて」
桂「お母さんの言葉が本気を帯びて厳しいね。
『敵は貴女の闘いたい時を選んで襲ってくれない。貴女がいつでも闘える心と身体を保た
なければならない。弱ければ弱い程、未熟であればある程、心や身体の浮動が致命的な隙
を生む。どんな苦しい事や哀しい事があったかは聞かないわ。唯、そんな時でも襲われて
即座に応戦できなければ、死ぬのは貴女だし、たいせつな物を守れないのも貴女なの」
と』
柚明「わたしの想いに願いに、応えてくれて。心優しい叔母さんは、憎くもない相手を殴
り蹴る事を好む筈がないのに。わたしが無理を強いた。その事は申し訳なく思っている
わ」
ノゾミ「ゆめいが肉体的に強い設定を採っているSSは、柚明の章しかない様ね。格闘げ
ぇむでは華奢な娘の武闘家が、何人も登場して乳も揺らせて戦うけど。実際は体格面で成
立しにくいと、多数は考えているのかしら」
桂「サクヤさんや烏月さんがいるから、お姉ちゃんが強くても、キャラ被りするって考え
じゃないかな。後日譚であるCDドラマでも、お姉ちゃんが戦う場面は一度もなかった
し」
柚明「作者はそれを、わたしがその力を持たない為ではなく、行使の必要がない為と読ん
だ様ね。アカイイトにおけるわたしの位置づけは、桂ちゃんの護り手の中では最後の盾で。
わたしが戦わねばならない時は非常時だと」
桂「サッカーで言うゴールキーパーの様な物、って作者メモが来ているよ。確かにゴール
キーパーが活躍して、敵を退ける展開は冷や冷やだね。そこ迄攻め込まれてるって事だか
ら。アカイイト本編は、本当に危なかったんだ」
柚明「柚明の章の後日譚ではゴールキーパー役は、わたしよりむしろノゾミちゃんなのだ
けど。アカイイト本編や柚明本章のわたしは、肉の体を持たない霊の存在で。オハシラ様
の青い力で鬼を戦い退ける他に術がなかったの。
でも肉の体を持っていた拾年前以前や、肉の体を戻した後日譚では、贄の血の力の他に、
叔母さんに学んだ護身の技を使えます。鬼に身内を殺められ、その後で鬼を切る人が傍に
いるなら、強さを欲するのは自然の流れ…」
作者メモ「柚明が仇討ちの為に鬼切りの業を教えてと望んだなら、真弓は断ったでしょう。
鬼を切る事は、知能や心を持つ者を討つ事は、人殺しに限りなく近い。柚明が大事な人を
守る力、禍を防ぐ力として望んだから、当初は渋った真弓も折れて、柚明の師になる事
に」
桂「だから鬼切りの業ではなく、護身の技」
柚明「ええ……叔母さんはわたしに、千羽妙見流を教えなかったの。鬼切部を脱けた叔母
さんが、鬼切りの業を部外者に教えては拙い以上に。わたしの資質が至らない以上に。わ
たしの戦いが、仇討ちや鬼切りではないから。
わたしは叔母さんから戦いに臨む気構えや、基本の動きを習い。贄の血の力と連携させ
て、様々な状況に対応できる強さを、教わったの。
わたしの戦いは、守りたい愛しい人と買い物や遊びに出た先で。不意に鬼や犯罪者に直
面し、武器も防具もない状態でも。動転せず血気に逸らず怯えず竦まず、己に為せる事と
為すべき事を見極め、冷静に対処する事に」
桂「後日譚の第4話『変えられぬ決を覆し』冒頭の様に、脅しも凄みもしないで柔らかに
相手を退けちゃうものね。これじゃ容易にお姉ちゃんの強さを描く場面は、出せません」
ノゾミ「その容易じゃない状況が訪れるわよ。人も少なければ人から成る鬼も僅少な、長
閑な田舎の夕刻に。修練の成果が試されるわ」
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10.仇の鬼が再来します
桂「修練を終え、幼子の外遊びを見守る役を託されたお姉ちゃん。日が傾く中、子供3人
の前に現れたのは、3年前お姉ちゃんを襲い、お父さんお母さんを殺めた、仇の鬼でし
た」
ノゾミ「この鬼は決して強い方ではない。欲望に負けて人として生きられず、中途半端に
人を外れ偶々鬼になれた。鬼切部の雑魚でも武道家でも、倒す事は可能な相手だけど…」
桂「この時のお姉ちゃんは修練を始めて2年経ってなくて、漸く素人ではなくなった位」
作者メモ「ここで鬼の事情が漸く語られます。3年前に柚明の母に、青い力で灼かれた鬼
は、鬼の心も灼かれてしまい。鬼に戻るのに時間が掛ったと。鬼でない状態の彼を警察も
鬼切部も捜せない。せめて一度でも鬼切部が直接遭遇していれば、追えたかも知れないけ
ど」
ノゾミ「この設定を捻り出すのに、作者は相当苦労した様ね。唯の鬼では今の世で、鬼切
部の組織的な捜索の網を逃れ続けるのは困難。だけど3年生き残らせて、柚明に再会させ
ねばならないから。もっと強い鬼にすれば良かったかも知れないけど、それではこの時の
ゆめいと力の差が生じすぎる。拾弐のゆめいを強くしすぎると、逆にこの後が伸び悩む
し」
桂「バランスを取るのが大変だね。でもそのバランス感覚が、柚明の章の特徴なのかも」
柚明「当時のわたしは、力や技で鬼に劣っていた以上に、どうやって状況を打開し終らせ
るかという戦略・戦いの紡ぎ方を掴んでなく。無意識に3年前のお母さんの戦いの流れを
進んでいたの。わたしと同じ贄の力の使い手で、腕力もない女の人。わたしと条件が似て
いて、わたしが目にした最も印象的な生き方を…」
桂「でもそれって、確か最後はお姉ちゃんを守り庇って、自身を鬼の手刀に突き刺させ」
作者メモ「鬼は3年前に柚明の母に灼かれて減退した鬼の心を取り戻す為に。3年前に襲
った子供を襲って徐々に鬼を取り戻し、その総決算に、3年前取り逃がした柚明を求め」
ノゾミ「ゆめいは3年前に己を守り庇った父母の在り方を心に刻み、自身がけいと兄を守
り抜くと、3年前の父母が通った道を進む」
作者メモ「『必ズ、ソノ血ヲ絶ヤシテヤル。呑ミ干シテ、一滴残サズ呑ミ干シテヤル。良
ク憶エテ置ケ、俺ハソノ甘イ血ヲ、決シテ諦メナイ』。この鬼が、この言葉がこの執着が、
この定めが第一章と第二章を繋いでいます」
ノゾミ「ゆめいと仇の鬼の戦いに、語る程の内容は多くないわ。この歳のゆめいは未熟だ
し鬼は三下。余りレベルは高くない。でも」
桂「わたしを守るお姉ちゃんの覚悟が凄いよ。
『未だ動ける。未だ闘える。未だ逃げられる。未だこの身体は桂ちゃんと白花ちゃんを守
る為に動かせる。今はそれで充分だ。泣く暇も怯む暇もない。頭と心と身体を動かすだ
け』
本当に凄いです、拾二歳なのに。高校生になってもわたし、鬼を前にして怯えず竦まず、
たいせつな人を助けに動けるかどうか……」
柚明「桂ちゃんは、しっかり大事な人を守り庇ってきたわ。ノゾミちゃんも葛ちゃんも烏
月さんも桂ちゃんに救われてきた。わたしも何度か生命助けられた。桂ちゃんは、大事な
時にはしっかり頑張れる、賢く強く優しい子。
この時もわたしは白花ちゃん桂ちゃんに助けられた。白花ちゃんは危険な場を離脱して、
わたしが桂ちゃんの護りに専念できる状況を作ってくれて。叔母さんを呼んで来てくれた。
桂ちゃんはわたしの傍を離れない事で、わたしに絶対倒れては拙い状況を作ってくれた。
この時のわたしは桂ちゃんを無事逃がしたら、気力が脱けて鬼に倒されていた。桂ちゃん
が傍にいて、わたしが倒れれば桂ちゃんの生命が尽きる状況だからこそ。わたしは自身の
限界を超えて、鬼の前に立ち塞がった。その粘りが叔母さんの助けを間に合わせてくれ
た」
ノゾミ「幼子が分ってそれを為したとは思えないけど。ゆめいを好いた想いの強さが天に
届いた感じかしら。偶然でも確率でもないわ。幼い双子の微妙な相違を巧く表せてもい
る」
桂「白花ちゃんとわたしが、お姉ちゃんに守られたとしか見えないけど……わたしも白花
ちゃんも、それなりにお姉ちゃんを支えていましたと。このお互いさまな関係が、柚明の
章でありアカイイトですと、作者メモです」
作者メモ「柚明は無意識に母の生き様を追い、母と己の行程を対比しています。ここで巧
く柚明が母の所作を真似できたなら、柚明はその侭母の後を追って生命絶えていたでしょ
う。
贄の力は強くても、多少戦える様になっていても。外部の助けを呼べず、桂を逃がす事
ができずに。言ってみれば不成功が多い為に、柚明は安心して死ねない状況で。それが逆
に柚明を死から遠ざけます。そしてその僅かな時間に真弓の来援が来て、生死を分けま
す」
ノゾミ「何が幸いするか分らないわね。ゆめいはけいを守る為に、最後はゆめいの母が為
した様に、自身を貫かせて固定して贄の力を流し込む、相打ち狙いまで考えていたけど」
桂「それを見るのが二度目の鬼は察して躱し。お姉ちゃんには最大の失敗だけど、正にそ
の失敗がお姉ちゃんを生かしたと言う展開は」
作者メモ「幼い桂と柚明の会話です。
『ゆめいおねいちゃん、血が、あかい血が』
『大丈夫、大丈夫だから』
屈み込んだ姿勢で鬼に正対した侭、視線だけを桂ちゃんに向け、痛みを堪え笑みを作る。
多少の無理はあるけど全く嘘の笑みでもない。ああ、お父さんもお母さんも、こうして痛
みの中でも、守るべき者の為に闘える自身に満足したから、笑みを浮べたんだ。心の底か
ら、守るべき者を持ちその為に尽くせる事が、嬉しかったんだ。自分がその場で守れる位
置にいた事を、その巡り合わせと定めに満足して。
『わたしが桂ちゃんを守るから。桂ちゃんの微笑みを守るから。血の最後の一滴になって
も守るから。それがわたしの生きる値で目的だから。桂ちゃんの為に今迄繰り越してきた
わたしの生命だったから。だから大丈夫』」
作者メモ「鬼神の封じに自身を捧げた柚明に、自己犠牲好き、己を軽々しく抛つとのSS
を描く人もいる様ですが。柚明の章では柚明を『生命を粗末にする愚か者』には描きませ
ん。
序でに言えば、近年アニメも映画もドラマも過剰に無条件に生きる事を賛美して、反面
で生命の終らせ方を描けてない様に思えます。唯生きればいいと言う物でもないでしょう
に。
それらの風潮への、アンチテーゼも込めて。柚明が己を抛つのは、他に採るべき方法の
ない極限状況であり。生命を惜しむ者は、時に生命以上に尊い物を喪う事もあると示し。
柚明はその轍を踏む愚者ではないと、描きたく。必要な時に果断な措置を素早く見いだし
躊躇いなく行える。それが柚明の学んだ強さだと。
『真に怖いのは何も守れずに死んで行く事だ。役に立てず犬死にする事だ。守った者が残
るなら、この生命の使い切り方にも意味がある。
【何でなんだよ。何でお前が、お前じゃない奴の為に、そこ迄しなきゃいけないんだよ】
その疑問に、今なら応えられる気がした。
【お前がお前の事で哀しむなら分る。お前がお前の為に苦しむなら分る。お前がお前の所
為で傷つくなら俺も理解するよ。でも、お前が流す涙は全部、他人の為の物ばかりだ!】
その通り。わたしの為の人生は3年前に終りを告げた。後のわたしは、預けられた生命、
託された生命、守られた生命、他の生命と引換に残された生命だ。誰かに捧げ、誰かの役
に立ち力になり尽くす為に、仮にわたしの元にある……わたしの為に使ったら横領だ』」
柚明「誰かの為に生きる事と、誰かの為に死ぬる事は、表裏一体・不即不離。愛しい人に
死ぬ迄生きて尽くす事を、正当に評価できず。唯生き延びる事に意味がある、との考えを
久遠長文は採りません。何をする為にどう生きるのかの生き方の先には、何をする為にど
う死するのかの死に方が伴うと。とにかく生き残らなければならない状況や場もあるけ
ど」
ノゾミ「確実に負けて死する戦いだからと逃げていれば、貴女もけいを守れなかった…」
桂「自己犠牲の描き方は、お姉ちゃんの描き方にも繋るからね。柚明の章の根幹部分でも
あります。生きる事も死ぬ事も、何の為・誰の為にそうしたのか・どの様に為したのかで、
評価されるべき。と作者メモが来ています」
ノゾミ「解説へ戻りましょう。話も終盤よ」
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11.鬼が倒され、生命絶えます
桂「ここでも何度か出てきたフレーズだね。
『悔しいけど、残念だけど、この世にはどうしようもない事もある。人の手や努力ではど
うにもならない事がある。どんなに頑張っても頑張っても及ばない事がある。だから人の
手でどうにかなる事は、努力で何とかできる事は何とかしよう。全身全霊立ち向かおう』
この時はそれで終らず、更に続けて……。
『そうして目を開き続けたから。
そうして向き合い続けたから。
人の手が及ばぬ筈の何かに届く瞬間を見た』と言う事で、鬼の方がお母さんに切られて
絶命します。お姉ちゃんの生命を賭けた粘りが、お母さんの助けを間に合わせました」
ノゾミ「作者が何度か同じフレーズを使い回しているのは、けいも気付いているでしょう。
唯漫然と、使い回している訳ではない事もね。
他人事なら綺麗事を言えても、己の事になると己可愛さに前言を曲げる者が世には多い。
本当に多い。沢尻の様に俗世に絶望し、誰もがそうだと諦め、人嫌いになるのも無理はな
い。人の世は複雑で中々まっすぐ行かないし。
自身の想いを貫き通すには、どれ程の強さや苦難を必要とするか。ゆめいが何度も同じ
言葉を噛み締め直すのは、崩れ掛る想いを立て直す為よ。前回その言葉を噛み締めた時を
思い直して、自身の想いを確かめ直し、今に向き直るの。人は過去から今に繋っているわ。
今の流れに目が眩みそうな時には、己の過去に、原点に、初心にあるべき姿を求めるの」
柚明「諦めずに挑み続けたお陰で、叔母さんの助けが間に合えた。助かった。わたしより、
桂ちゃんの生命が助かって本当に良かった」
ノゾミ「普通ならこれで終りだけど。柚明の章はこの先に、死に行く鬼とゆめいの対話を
挟んでくる。ある意味こここそが肝なのね」
作者メモ「柚明は暴走させた青い力で関知や感応が増幅し、鬼の心境を悟り始めています。
『貴男は、普通に耐えられなかったのね…』
『多数の中の1人、目立たない1人、周りと同じ色の1人でいる事に耐えられずに、鬼を、
特別な定めを望んで受けた。鬼に逃げ込んだ。普通でない事の定めの重さを知りもしない
で、普通でない事に伴う痛みも苦しみも考えず』
普通の血に生れていれば、お父さんもお母さんも元気でいられた。襲われる心配もせず、
妹も生れて平穏な日々を過ごせていた。……鬼の影に怯える事も……普通でないから、そ
れに伴う様々な特別な定めが押し寄せてくる。
普通を嫌う。普通を拒む。わたしが一度は手に入れてみたいと思って、諦めた普通を捨
てる。わざわざ鬼になろうとする』」
桂「9歳で家族全部を喪って贄の血を自覚し、贄の民として生きてきたお姉ちゃんにとっ
て、普通こそが手に手に入れられない高嶺の花でした。わたしと白花ちゃんが生れて、そ
の普通ではない事が必要とされ、わたし達との深い繋りであると分っても。みんなと一緒
でいたいという潜在的な想いは、尚残っていて」
ノゾミ「わざわざ人を外れ普通を外れ、鬼になった彼がゆめいには、羨ましくも理解不能
で。普通でいられたのに普通を抛つ。でも」
作者メモ「柚明の言葉です。
『でも貴男は、鬼の定めにも耐え切れてない。普通に耐えられず、多数の1人に耐えられ
ない者は、特別な定めの孤独に耐えられない』
貴男がわたしを追い求めたのは、わたしが普通の人ではなかったから、なのでしょう?
『貴男は仲間を求めていた。特別な定めや立場に酔いつつも孤独に潰され、同胞を求め彷
徨っていた。……殺意を抱きつつ貴男はわたしを殺さなかった。貴男に孤独があったから。
わたしを殺せば貴男は又1人になる……終らせる気はなかった。それは寂しさの故……わ
たしが学校でいつ迄もお客様である様に』」
桂「お姉ちゃん……」
柚明「普通に耐えられず鬼を選んだ時、彼は真の孤独に踏み込んだ。誰の理解も望めない。
お母さんの事を思い出したの。お父さんが幾ら側で抱き留めても、贄の血を持つ者と持た
ない者の間には壁があって、助けようのない事や、力になれない事があって。理解してく
れる者がいる程に、感じ取れる孤独もあると。
叔父さん叔母さんの様に、似た孤独を持つ者同士出逢って愛し合える例は、ごく僅か」
作者メモ「柚明の言葉です。
『貴男はわたしの血に導かれてきたけど、それは贄の血が美味しい以上に、この血が持つ
定めの孤独に、引き寄せられた為ではない?
こうなったのは宿命だけれど、どちらかが生きて残れないのは定めだけれど、分ったの。
貴男の孤独はわたしのそれでもあったから』
『貴男が望むなら、貴男を人に戻してあげる。消えゆく生命は戻せないけど、戻す積りも
ないけど、人としての死を望むなら、わたしの力で貴男の中の鬼を、消してあげられ
る』」
ノゾミ「貴女の甘々な程に優しく深い考察は、この頃からなのね。まぁ私をけいの傍に受
け容れる位だから、今更驚きはしないけど…」
桂「仇の鬼との再対峙は、お姉ちゃんが自身の定めを受け容れる展開でも、ありました」
ノゾミ「定めに対し、勝ったのでも打ち破ったのでもなく、逃げたのでも立ち竦んだので
もなく、受け容れる。これがゆめいなのね」
作者メモ「柚明の想いです。
『わたしは真に特別な血を引いている。その力を使えば、彼は人に戻って終えられる。何
とも皮肉な話し。でも、わたしはそれを受け容れよう。わたしが人と違う事、違う技を持
ち違う事情を抱え、困難も弱点もある事を』
柚明は仇の鬼を人に戻した後でその最期を、真弓達と看取り。正樹に背負われて羽様の
屋敷に、家族みんなで帰宅します。帰宅後に、
『これで、過去は振り切れたの?』
真弓の問に柚明は静かに首を横に振って。
『わたしには、過去は振り切る物でも、捨てる物でもありません。抱き締める物です』」
桂「作者メモです。この時お母さんは、仇の鬼との再会でお姉ちゃんが心傷めていること
を案じ『過去を振り切れた』『全て終った』と言う答を導く誘導尋問を敢て為しました」
ノゾミ「でも、ゆめいはけいの母の思惑を越えた答を、肩肘張ることなく素直に返した」
柚明「哀しい過去、苦い過去、色々あるけど。それが暖かい想い出に繋っている。良い事
も悪い事も全部セット。揃ってなければわたしの過去ではない。致命的な過ちを犯した過
去も。時に想い出の欠片は心に突き刺さるけど、その痛みも受け容れて羽藤柚明なの。哀
しみの欠片を踏みしめて、その痛みに涙を流しつつ、それでも過去をしっかり持って明日
に向う。そうありたいという、わたしの目標ね」
桂「小学生なのに、本当に心が強い……誰かに勝つとかじゃなく、絶対折れず挫けない」
ノゾミ「作者はアカイイト本編との対比も見込んでいるのね。経観塚の記憶を喪い、大部
分を記憶喪失で進むけいのアカイイト本編と。絶対忘れないと、胸に刻み憶えて進む柚明
の章が、好一対になる様に。幼いゆめいから始ってネタバラシ全開で読者に読ませて行く
当初から、作者はこの対比を考えていた様ね」
作者メモ「真弓が柚明に惚れ込んだ瞬間です。
これ迄も大事な家族ではあったけど、守る対象であって子供であって。瞠目させられる
とは真弓も思ってなく。白花と桂を生命がけで守り通した意志の強さも含め。歳の隔りは
あるけれど、真弓は柚明をサクヤに次ぐ友と認めました。真弓の場合、強敵とも書きます。
真弓の言葉です。『……強くなったわね』
『最初に逢った頃には、貴女がこんなに強くなるなんて思ってなかった。守る対象にこそ
なれ、誰かを守れる様になるなんて思ってなかったわ。技や力の事じゃなくて、心がよ』
『お義母さんの眼力が、正しかったみたい』
『でも、今なら言える。わたしにもしもの事があった時は、桂と白花をお願いするわ』」
ノゾミ「けいとその兄を委ねて良いと。最高の信頼の表明ね。そしてゆめいの答は短く」
作者メモ「『はい。任せておいて下さい』
これはアカイイト本編のユメイルートで、サクヤが葛とさかき旅館の風呂に行く時に、
お屋敷に残る桂をユメイに委ねた時の答です。この様に意味を込めておけば、アカイイト
本編を読んだ時も、逆に味わい深いだろうなと。
最後は柚明の想いを描いて締めに入ります。
『哀しみを乗り越えたからこの嬉しさがある。
失ったたいせつなひとへの想い。生きて今ここにある意味。業を負う事で漸く振り返れ
る過去。手放せない。幸せを掴めるかどうかは分らないけれど、この先に充足があると信
じて進むしか。哀しみの欠片を踏みしめて』
表題は、この最後の一節から採りました」
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12.第二章を読み終えて・次回予告
桂「お姉ちゃん、危ない目に遭ったり、心を傷めたりもしたけど、最後はみんな助かって、
本当に良かったよ。未だ幼さを残すお姉ちゃんが、可南子ちゃんや詩織さんを励ます姿も、
沢尻君に応える姿も、必死に鬼と戦ってわたし達を守る様も。可愛く綺麗で眼福でした」
ノゾミ「けいはご機嫌ね。まぁ自身も生命救われたし。柚明前章の4つの話しでは、唯一
のはっぴーえんどだから。第四章は言わずもがなだけど、柚明の章はゆめいが傷み哀しみ
に直面する話しが多い。第一章は両親の死で幼い幸せが砕かれるし、第三章は祖母の死の
他に様々な別れの影がある。第二章だけではなくて? 敵を退けて一件落着と言うのは」
柚明「そうね。前話から引っ張った仇の鬼が解決されたから。それに第二章では沢尻君や
詩織さんの件が、決着してない。想いが実らない結末は見えていても、第二章では結末に
至らないから、その苦味や淋しさが薄いのね。
わたしは白花ちゃん桂ちゃんを守り通せて安心しているわ。この手で退けられなかった
未熟は反省だけど。叔母さんのお陰で今後の怖れも消失したから。可南子ちゃんや仁美さ
んにも、詩織さん達羽様のお友達にも、二度とこの鬼の脅威は及ばない。わたしの至らな
い応対で気分を悪くさせた真沙美さん達にも、お互い生きていれば謝る事も償う事も叶
う」
桂「わたしはお姉ちゃんに、深く愛されているって分って良かったです。特に最後は生命
を張って守ってくれて。お姉ちゃん小学生なのに、あんな痛い想いや苦しい想いをして」
柚明「あれは桂ちゃんの禍ではないの。あの鬼はわたしを追ってきた。わたしの禍で白花
ちゃん桂ちゃんを怯えさせた。それはわたしが謝るべきで。わたしの所為で傷み苦しみを
与える処だった。ごめんなさいね桂ちゃん」
ノゾミ「どこ迄も貴女達は甘々なのね……まぁこの話しも、そう言う甘々なゆめいの成り
立ちを描くのが目的だから。人に甘々なのに、己には峻烈な程厳しい性分が、呑み込めた
わ。
細身で小柄で強そうに見えないのに、戦う強さを持って絶対挫けない。矛盾の塊だけど、
その幼少時を見て漸く納得できてきた。幼い貴女の稚拙な応対や、心の浮き沈みを見て」
作者メモ「第二章では柚明の甘さ優しさと同時に、人に尽くす凄絶さの片鱗も描きました。
人に尽くす事を喜びとし、誰かの苦難を抛っておけない。その故に自身が苦難を被っても。
この後の全てに影響する柚明の基本部分です。
百合好きの一部に嫌われる男の子を、敢て主要な脇役に出して、男女の恋も描いたのは。
柚明が現実の世間を生きた上で、敢て桂を選び愛し続ける、その想いの強さを描く為です。
わたしはその課程を『イラネ』と切り捨てる気になれませんでした。そここそが肝要だと。
自己犠牲に思いを馳せる事のできない今の風潮に逆らって、柚明の想いを緻密に描きま
した。これを描けないから、今迄柚明を描くSSが少なかったのかと、唸らせる位を考え。
今の風潮である過剰な生命賛美『唯生きろ、生きてさえいれば良い』に敢て背を向け。
生命より重い想いを描きました。古今東西生き続ける事のみ願う人物が、偉業を成せた例
はありません。人に過ぎない柚明に、鬼神を封じる離れ業をさせた要因の自己犠牲が、愚
かさや視野の狭さの故なら、成功する筈がない。
まぁ柚明が桂と白花を己の生命よりたいせつに想っている。その他大勢である仁美や可
南子や詩織や真沙美や和泉や博人達も、心底大事に想っている。愛しい人の幸せの為なら
ば己の傷み苦しみは厭わない。その甘々な優しさを読み取って貰えれば、充分ですけど」
桂「わたしはお姉ちゃんが前向きに、人生を歩み始めていることが読めて、何よりでした。
第一章では大きすぎる悲劇に打ち拉がれて。サクヤさんやおばあちゃんに諭されて生き
ることを決意したお姉ちゃんだけど。わたしなら暗闇の繭に籠もっていた。拾年前の様に
心を砕かれた。立ち直ってくれていて本当に良かった。お姉ちゃんの支えになれていたな
ら、わたしにも生れてきた意味があったかなと」
柚明「(桂に寄り添って抱き留め)わたしにとって、桂ちゃん白花ちゃんは一番の人だけ
ど。桂ちゃんには既にそれ以上の値があるわ。叔父さん叔母さんが生命注いで守った以上
に。
烏月さんもサクヤさんも、葛ちゃんもノゾミちゃんも、数多くの読者さんも桂ちゃんを
心の太陽に想っている。力を与えられている。桂ちゃんはこの世に唯一の桂ちゃんなの
よ」
桂「そう言ってもらえると、うれしいです」
ノゾミ「はぁ……もう肌身添わせ合うのに目くじらは立てないから、さっさと終らせまし
ょう。解説は終ったし後は次回予告だけよ」
柚明「はい、では次回予告です。桂と柚明の『柚明の章講座』第4回は、柚明前章の第三
章『別れの秋、訣れの冬』を取り上げます」
桂「柚明お姉ちゃんは中学3年生。一層可愛く綺麗になっています。第二章では登場しな
いサクヤさんも再登場で、羽藤家全員勢揃い。わたしと白花お兄ちゃんは未だ小さいけ
ど」
ノゾミ「第二章が番外編も含め、色々な方面に広がる起点の話しだったのに対し。その幾
つかが収束する、第二章と対になる話しね」
柚明「進路の話題や恋の話しも出て、わたしも大きな選択を下します。第二章の仇の鬼は、
選択の余地なく迫り来た定めだったのに対し。何を一番に想うのかで、人生の行く先が変
る。それを選ぶ展開も、第三章ならではです…」
桂「ゲストさんも楽しみだよね。烏月さんと葛ちゃん、次はどっちが来てくれるのかな」
柚明「期待しつつ次の公表を待ちしましょう。
どうやら次の解説は、年内というより今年、平成24年の半ば頃に、執筆予定らしいか
ら」
ノゾミ「期待せずに待つ事ね。表明した執筆は投げた事がないけど、作者は遅筆だから」
桂「どうしちゃったの? 今まで柚明前章・番外編や後日譚の執筆を優先させて、こっち
は後回しが多かった作者さんが。そろそろ描くお話しのネタが、なくなってきたとか?」
柚明「ネタがなくなってきた訳ではないけど、挿話の執筆をもう少し、追いつかせたい様
ね。
柚明前章・番外編が微妙な時期にさしかかっていて、その間を埋める挿話を追いつかせ
ないと、前後に矛盾を生じかねないみたい」
ノゾミ「この講座や後日譚の執筆の間に挟めて挿話を進め、番外編に少しでも追いつかせ
たい? でも、果たして巧く行くかしらねぇ。私は日中現身を取って、桂と語らうのが珍
しく楽しかったから、他はどうでも良いけど」
柚明「やや纏まりを欠く展開になりましたが、次回も懲りずに見に来て頂けると幸いで
す」
桂+柚明「今日はどうもありがとうございました。次に逢える日を心待ちにしています」
− − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
13.おまけ
桂「ノゾミちゃん収録お疲れ様でした。消耗してない? 陽の光程ではないけど、電灯の
光や電気や熱も、霊体を削るって聞いたから。『柚明の章講座』は居間の壁裏に設置した
隠しカメラを使っていて、強いライト当てる訳じゃないから、大丈夫って聞いていたけ
ど」
ノゾミ「私をそこら辺の、消え損ないの浮遊霊や地縛霊と一緒にしないで。私程の鬼とな
れば、陽の光以外の熱や光は大抵耐えられる。最近はやや濃い贄の血も大量に仕入れたか
ら。夕刻迄現身でいても消失の心配なんてない」
桂「やや濃い贄の血を、大量に? ……?」
ノゾミ「この前も桂の間近で、電灯の照す中、てれびを見ながら、ほっとぷれーとを使っ
てお好み焼きも食べたりしている。電気や熱の圧は感じるけど、私に害となる程ではない
わ。
それよりゆめい、貴女疲れているのではなくて? 解説も終った事だし、休んでは…」
柚明「心配してくれて有り難う。わたしは大丈夫よ。万全ではないけど、障りはないわ」
桂「……? お姉ちゃん、何かあったの?」
柚明「桂ちゃんが心配する事はないの。ノゾミちゃんと少し夜更かしして、寝不足気味な
だけで……今宵早く寝れば大丈夫だから…」
桂「……そう、なの……ノゾミちゃん…?」
ノゾミ「……確かに、夜更かしはしたわね」
柚明「そろそろお夕飯ね。『柚明の章講座』の収録日は、お買い物に行く時間がないから。
食材は昨日買ってあるの。後は作るだけ…」
ノゾミ「用意周到、と言うより……本当に貴女は生真面目で、平静を装いたがる性分ね」
柚明「少し寛いで待っていてね。今作るわ」
(柚明がすっと立って、台所に歩み始める)
桂「……わたし、お姉ちゃんを手伝うっ!」
柚明+ノゾミ「桂ちゃん?」「けい?」
桂「お姉ちゃんとわたしは家族だから。たいせつな人だから。無理しないで。お姉ちゃん
が本当に何ともないって言うなら、それでも良いけど……わたしがお手伝いしたい。いえ、
わたしがお料理修練したいの……。ダメ?」
柚明「……桂ちゃんは優しいのね。有り難う。
では、お手伝いして貰っても良いかしら?
(涙混じりの桂の全力の頷きを見て微笑み)
嬉しいわね……たいせつな人に、そこ迄気遣って貰える事が。桂ちゃんに助け支えられ
るわたしは、今尚未熟者だけど。桂ちゃんがわたしを助け支える程に大きくなって、賢く
心優しく育ってくれていた事は、本当に幸せ。
一緒に頑張りましょうね、桂ちゃん……」
ノゾミ「ちょっと待ちなさい、貴女達っ!」
柚明+桂「「……ノゾミちゃん?」」
ノゾミ「完全に2人の世界に入り込んで……大体けいが料理を手伝えば、却ってゆめいの
作業が増えると。ここ数拾日の経過を見れば分るでしょうに。ゆめいを本当に案ずるなら、
けいは大人しく居間でてれび見て待った方が、遙かに良いの。そうやって、抛っておけず
に首を突っ込むのは血筋だけど。けいは首を突っ込んでも、必ず助けになるとは限らない
…。
仕方ないわ。私も手伝って、けいの不出来な処を補う。そうすれば、ゆめいも多少は負
担が軽くなるでしょうに……本当に不出来な妹を持つと、姉は気苦労が絶えないわねぇ」
柚明「でもその苦労こそが、姉の楽しみであり幸せよ。ノゾミちゃんなら、分るでしょう。
手の掛るいもうと程、愛しさも幾層倍なの」
ノゾミ「そう言う事にしておくわ。私はこの家に住む者の最年長で、最も姉なのだから」
柚明「心配してくれて有り難うノゾミちゃん。労ってくれてとても嬉しい、たいせつな
人」
桂「ところでノゾミちゃん……お料理できたっけ? というか、やったことってある?」
ノゾミ「けいが憶えようとする程度の事柄が、千年を経た私に叶わない筈がないわ。見て
いてご覧なさい。すぐに習得してみせるから」
桂「大丈夫かなぁ……あわわわノゾミちゃ」
ノゾミ「けいっ! そこ、そこをやって…」
桂「やるって言ったって……ひゃあぁぁ!」
柚明「2人とも落ち着いて。まずは冷静に」
ノゾミ「けい、一体何をやって、ちょっ…」
桂「お姉ちゃん、ちょっと何とかしてぇえ」
ノゾミ「けいは本当に不出来なんだから……でも、こうやって過ごす夜も悪くないわね」