ニセ岡越後守オタ助のお裁き・その壱『三方壱両得』

 時は享保、場所は江戸。
 ちょうど、世に名高い大岡越前守(かみ)忠相(ただすけ)様の『三方一両損』のお裁
きの、その直後のことでございます。
 落とした小判三両を、ネコババもせずお上に届け出た正直者と、落とした小判に執着せ
ず、拾った男にくれてやると云う、きっぷの良い落とし主。
 両方とも、金に未練のない者同士。その上に互いに意地っ張りだから、受け取らないと
云ったら受け取らない。何が何でも受け取らないので、とうとうお白州(しらす)でのお
裁きにまでなってしまったこの騒動。
 大岡様は、ご自身のポケットマネーを加え、小判を三両を四両にした上で、お二人にそ
れぞれ二両ずつお渡しになって曰く、
「拾い主は、ネコババしていれば三両全てが手に入ったのに、今受け取ったのは二両だか
ら、一両の損。
 落とし主は、大人しく拾われた三両を返してもらっていれば三両全てが戻ってきたのに、
今受け取ったのは二両だから、一両の損。
 この大岡は、今懐から出した一両のために、一両の損」
 三者それぞれ等しく損をするのだから、納得しなさいと云う話です。
 騒動に全く関係のないお奉行の大岡様が、自ら損を被ってそういわれるお話を、いくら
意地っ張りでも聞かない訳にはいきません。
 両者ともに、
「へへーっ!」
で一件落着です。

 ここ何日か、江戸っ子達の間では、かわら版でも井戸端会議でも、この名裁きをたたえ
る話で持ちきりです。
「さすがは大岡様」
「いよっ、名奉行」
 でも、いつの世にも、お裁きの隙間に割り込もうと企む、小ずるい輩はいるものです。
日雇い人夫の弥吉が、仲間の平助に持ちかけた話も、そんな悪知恵の一つでした。
「おい、平助よ」
「何だい弥吉か」
「良い金儲けの話があるんだが、どうだい平ちゃん。一つ乗らねぇかい」
 言葉遣いがいつもと違います。どうやら、一人では実行できない企みのようです。
「大岡裁きの話は、知ってるだろ?」
「三方一両損だろ。今時それを知らねぇ様なら、江戸っ子じゃねえさ」
 そこで弥吉は目を輝かせ、
「俺達もそれを、やるんだよ」
 ちょいちょい、ちょい待った!
 そこまで聞いて、平助は口を挟みました。
「それじゃ、俺もお前も損をしちまう」
 平助が一両の損、弥吉が一両の損。
「何のもうけにもなんねぇじゃねぇか」
「頭を使えよ、平ちゃん」
 ここからの悪知恵には、平助も感服しました。二人がグルになって奉行所に届け出れば
『三方一両損』で、二人で揃えた三両に、お奉行のポケットマネーの一両が加わって、四
両になる。 一両もうけ!
「そいつは良い! さっそくやろう」
 こうして二人は奉行所に、かくかくしかじかと届け出たのでありますが……。

「北町奉行、ニセ岡越後守オタ助だ」
 お奉行様が、違うのです。大岡様ではないことに、二人はまずびっくり。
「お、お、大岡様は?」
 平助の問いに、
「江戸の町には、北町と南的の奉行がいて、月交代でまつりごとを行うのだ。先月は大岡、
今月はこのニセ岡の番。その位覚えておけ、たわけ」
「おい、話が違うぞ」
「ああ……」
 でも、ここ迄来て後に引く訳にも行きません。
 二人は打ち合わせのとおりお白州で、銭に執着のない意地っ張りを装い、互いに三両の
小判を押しつけあって、平行線をたどります。
『これでは大岡裁きに習う外に方法がない』
 脇に控える同心達もそう思った時です。
「えええい、分かった。もう止めい!」
 お奉行・ニセ岡越後守様はここで、世にも奇妙な名裁き(?)を下しました。

 ニセ岡様は、小判三両から一両ずつを取って弥吉と平助の二人に渡してから、残りの一
両をなんと自分の懐に入れてしまったのです。
「拾い主は、落とし主がネコババしてしまっていたなら三両全てを失ったのに、今一両を
得て一両の得。
 落とし主は、拾い主が三両を受け取っていたなら何も得る所がなかった筈なのに、今一
両を得て一両の得。
 ニセ岡は、今もらったこの一両で一両の得。 これを、ニセ岡奉行『三方一両得』の裁
きと云う。これにて、一件落着」
 みんな唖然として声も出ません。
 ひと呼吸も置いた頃でしょうか。
「ちょっと待って」
「冗談じゃねぇ!」
 弥吉と平助は猛然と抗議しました。
 三両の小判が四両に増えるどころか、二両に減ってしまうなんて、そんなバカな!
 小判がいらぬと押しつけあってきた筈の二人が、揃っての抗議というのも変な情景です
が、互いにそこまで考えを回すゆとりはありません。 二人のろれつの回らない猛抗議は、
ニセ岡奉行様の一喝まで続きました。
「ええぇい、控えおろう!
 お前らが、大岡裁きに便乗してこのニセ岡のポケットマネーを狙っていたこと、とっく
の昔にお見通しである。本来ならサギの現行犯で牢屋にぶち込むところを、一両ずつ返し
てやるだけ、ありがたいと思え。
 これ以上ゴネるなら、百叩きの刑にしてしまうぞ!」
 全てを見抜かれていた以上、弥吉にも平助にももう何も返す言葉はありません。悪知恵
には、悪知恵の報いがあるということですね。
「ヒィエエエエ!」
「お許しおぉぉ!」
 この後『三方一両損』に便乗して小金を設けようとしていた小狡い者達は全くなりをひ
そめ、大岡裁きは唯一度の名裁きとしてその名をとどめたそうな。
 その裏に『三方壱両得』のニセ岡裁きがあったのか、なかったのか。
 多分なかったと思いますが。

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