信じられないこと



 アメリカ自治合衆国、テキサス州南東部、海に面した街ガルベストン市は、2050年
代後半からの原子力発電所の建設によって、
急速に発展しつつあった街の一つである。
 同市では、住民たちに嫌われ易く、危険とされている原子力施設を引き受ける代償に、
連邦政府や州政府から莫大な補助金を得て、 財政的にも潤っていた事だろう。
 原子力施設補助金で成り立っているこの街に、今し方飛行機で来たばかりの男が二人。
 否、一人の男と一人の少年と言うべきか?
 間に合わせの空港ビルから出て来た二人は、互いにひと抱えもある大きなトランクを持
っていた。男の方が先に出て来て、南国の暑い日差しに思わず目を覆う。暑い……!
 その後に、少年も続いて出てくる。少年の、年に似合わぬその暗い瞳は、灼熱の炎天下
にもまったく揺らぐ気配を見せなかった。
 男の名はウィリアム・ルート。国際連邦の直属機関、国連原子力機関(IAEA)の委
員でもある核物理学者だ。三十八歳の、ラグビーで鍛え上げた逞しい男。アメリカのオレ
ゴン州出身と言う。
 少年の名は朝日友一郎、現在十六歳。英国の超大財閥家と正妻でない日本人女性との間
に生まれた、唯一の男児。天才と呼ばせるに値する物は確かに持ち合わせているらしく、
十二歳で心臓を患ったままハーバード大を特進卒業した話は余りにも有名だ。
 この少年はまた、超エリート達も三十の声を聞く迄は入れないと言われるIAEA委員
に、最年少を記した事でも遍く知られている。
 父の血からその風にたなびく銀髪を、母の血からその光を吸い込む暗い瞳を受け、その
容貌は稀なる美貌の友一郎少年はまた、常に妖しげな、冷気を感じさせる様でもある。
 冷静さを欠く事のない無表情の中には常に微笑が見られるが、それを周囲を馬鹿にした
笑いだと言う悪意的な見方もないではない。瞳の中の黒い輝きには不思議な力があって、
見る者の心を吸い込む様だ。ヒトラーの再来とは後世の評価だが、果たして……。
 その二人が今ここに来た。目的地は、言わずと知れたガルベストン原発だ。
「重いだろう、持ってやるよ」
 ウィリアムは少年のトランクの取っ手に手を掛ける。少年は軽く身を引いて、
「いいよ、自分で持つから」
「やせ我慢するなよ、俺は大人なんだ」
「持てるから、いいよ」
 しつこいという様に少年は答えて、
「私だって、大人の待遇を受けている」
 少年は淡々と英語で応じる。
「仕方ねえなア」
 肩をすくめて、彼は前を進む少年を追う。だいたい、二人とも博士号付きなのに助手一
人雇う予算も認められんとは、けしからん!
 彼がぼやく間にも少年は歩いていく。見るからに重そうなトランクを、片手に持って。

 ガルベストン原子力発電所は、メキシコ湾に面して突出した半島の突端にあった。北を
除く三方から大量の海水を原子炉の冷却水として取り入れ、原子炉を冷やしつつ発電を続
けている。発電所の通常人員は二十人。六基の原子炉はすべてコンピューターが管理して、
人はそれを絶えずチェックする。
「今日は、IAEAの方ですね。ようこそ。
 儂がここの責任者、所長のジョーンズです」 所長を名乗ったのは、眼鏡をかけた中年
の、腹の大きな男だった。
「で、こちらは?」
 所長はウイリアムと握手を交わしてから、怪訝そう少年を見つめる。大抵の人々の反応
だ。この少年が彼と同格の委員とは、誰も考えはしないのだ。大都会ならまだしも、ここ
は原発以外は何もない辺地だ。仕方あるまい。
「彼は、朝日友一郎。一応、俺の同僚だ」
「ああ、あんたが、あの……」
 珍しい物を見つける目で眺められるのは、誰にとっても不快なものだ。が、その静かな
物腰は全く変わる様子を見せず、所長の差し出す握手を受ける。
「細い腕だ。病み上がりとは、本当ですな」
 女の手のようだ、所長は傍白する。少年は何かを含めた皮肉げな微笑をしたのみで、答
えなかった。所長は二人を招き入れて、
「さあどうぞ、とくと御覧あれ。
 マスコミの連中は色々な事を書き立てている様だが、ナァニ。ここの安全基準が万全な
事は、見れば子供にも分かりますよ」
 少年はその言葉に、何か言いたげだった。
 IAEAとは、世界各地に散らばる原子力発電所、いわゆる原発の安全基準を定めるの
が主な仕事で、試験によって選ばれる三、四十人程の委員から構成されている。時々現行
の安全基準を見直したり、各原発の最近の資料に目を通したり、ごく稀に事故の相次ぐ原
発には二、三人委員を派遣して調査する事もある。今回が、正にそうだった。
 ガルベストン原発は今年始めから原子炉の過熱を防ぐ為の冷却器系に異常が見られ、既
に二度も操業停止に追い込まれていた。
「我が社のコンピューターは心配性でね」
 所長は制御室に入るのにカードを照合する。
 IAEAが空洞化している、と言う批判は近年目立って強くなってきていた。原発政策
を支持する国連政府への甘さは元より、その推進者である大企業が、経済的に苦しい委員
達に声を掛けている為とも言う。友一郎少年のIAEA入りを、話題の焦点をズラす為の
演出であると言う見方もあるのだ。
「この冷却装置で(原子)炉を冷やします」
「このレバーで発電所の出力を調整します。 夜は電力需要が少なくなるのでね」
「出力調整から来る炉の金属疲労は?」
 少年の問いに所長は渋い顔をして、
「IAEAの基準値を、ほぼ満たしています」
 所長は逃げる様に次のブロックへと急いだ。
 二人の委員はそれぞれに計器をチェックしていく。少年の驚きの目は何を意味するのか。
 どうでしたかな?期待を込めた所長の問い。
 苦笑いしつつ少年がその期待を破ろうと口を開いた時ウイリアムの太い手がそれを遮り、
「ここまでは良好です。あとは明日に」
 彼は怒った様な少年に口を開く隙を与えずに、さっさとホテルへ向かう。
「ウイリアムさん、あなたは賢い人だ」
 所長は別れ際の握手の時、『感謝』を込めてそう言った。少年にも手を差し出して、
「あなたも、賢い人であります様に」
 少年は微笑んでその手を受け、軽く握った。
 いっ! 思わず迸る叫び声を、所長は呑み込んだ。掌の骨が砕ける様な激痛!
 こんな弱々しい、女のような手で、一体どうやればこんな力が出せるのだ?
 これは驚いた、所長は傍白する。
「私も、賢い人は好きです」
 賢い人ならね、少年はそうつけ加えた。その暗い瞳が異様に強く輝いて、目の前で海の
ように広がっていき、呑み込まれるようだ。
 な、何だ……。所長は少年に威圧されているのが分かった。威厳? 後光? 自分が限
りなく矮小に、少年が絶大に見える。海……?
「友一郎、今後ああいう事は止せ」
 ホテルの一室に入ってから彼が言ったのは、少年の持つ特異な力の事ではなく、原発で
の事だった。少年はとぼけたもので、
「何の事だい?」
とその年に似合わぬ冷たい微笑を浮かべつつ、グラスにワインを注ぐ。
「未成年は飲酒禁止だぞ」
 自分の手元にあった筈のワインの瓶を、いつの間にか持っている少年に彼は言う。
「気にしない、酔わないから」
 少年はワインに口をつける。そうなのだ、この少年はなぜか、酔う事を知らない。
 ついこの前も、ロシアで大酒呑みの委員と一夜を飲み明かした事はあるが、少年一人だ
けがケロリとしていたのには飽きれたものだ。
 まだガキのくせに……。いや、そうでなくては大財閥の長になど、なれないのだろう。
「この酒はだめだ、保存料が多すぎる」
 窓枠に左足を乗せつつ、少年は遠慮がない。月光に照らされてみると、電灯を消した夜
の闇の中に、少年は不思議な程輝いて見せる。
 いきいきとしているのだ、夜こそが彼の住家であると言わんばかりに。少年の美貌に思
わず目を奪われつつ、彼の口も滑る様に軽い。
「安物で悪かったね」
 どこかの大企業にでもつかなけりゃ、安月給ではこんな安酒しか買えないのさ!
 少しいじけた彼を楽しむ様に少年は、
「今度、良いのを二、三十本送ってあげるよ」
「そりゃ、ありがとよ!」
 彼もグラスを空にする。確かに旨くはない。
 彼は不意に真剣になって跳ね起きた。
「友一郎、ひとつ忠告しておくぞ。
 口は災いのもと、だ」
 ガラリと雰囲気を買えたウイリアムを見る少年の瞳は、むしろ楽しそうに瞬いている。
 この坊やは、やはりまだ分かってない……。
「いいか、友一郎。良く聞くんだ。
 お前には、良く分からないかも知れんがな。
 IAEAをお前がどう思っているのかは知らないが、世の中は光の当たる場所ばかりじ
ゃないって事くらい、分かってもいい頃だ。
言うつもりじゃなかったが、教えてやるよ。
 IAEAの実態は、表面に知れている様な生易しいモノじゃないんだ……」
 それで? とでも言いたげに少年は彼の目を見返している。少年の金細工を施した白い
背広は淡い光を放ってるらしく、銀の貴公子。
『その美しさ、恐ろしさ、この世の物ならず』
「IAEAの本当の作業とは何か?
 それは、どの様に安全基準を定めれば原発アレルギーに罹りつつある大衆の目に分かり
にくく映るか。どの様にその基準を定めれば厳しく見えるのか、抜け道を残せるか。
 委員の主だった者達は皆、政財界のお偉いさんに人脈を持っていて、その言う通りにし
てれば莫大な金が入って来る様になっている。札束で顔をたたかれれば、そうでない者達
も黙り込んでしまうのだ。
 多くの委員の中が冷たくよそよそしいのは、相手が自分の不浄な所を告発するかも知れ
ぬという不安のためなんだ。そして金の力とは偉大で、委員達は貧しい。研究資金が億単
位になる物理学者は、いつも貧しいのだ。
 お前はどう思う、友一郎?将来お前も、金で世界を動かす男になるんだからな。汚い大
人の世界を、お前は一体何と言う? しかし。
 しかしおれは嫌だった。科学者の組織であるIAEAを、科学の何たるかも知らない奴
等に操られるのが、嫌だったんだ!
 連中は邪魔者を追い出して反対のない内に、より低コストでより“安全”な新基準を決
める積もりなのさ。分かったかい、お坊ちゃん。
 これが今のIAEA、真のIAEAなんだ。
 今じゃIAEAは電力会社の安全論に頷く、イエスマンだらけになっちまった……」
 少年は驚く訳でもなく楽しそうに外を見つめつつ話を聞き流していた。声を大にして、
「本当の事なんだぞ、これは!」
 ウイリアムがそう言おうとした時、少年は、
「そんな事、分かっているさ」
 見下す様に冷笑するその瞳は、月を見上げる一瞬だけ、全ての俗世を憂うが如く美しく
潤む。彼は思わず、口をつぐんでしまう。
「でも、どうしようもない事は実証済みだ…」
 不意に少年の目が光った。
 はっ? 彼は瞬時立ち尽くす。少年がナイフを投げたのだ。ナイフは彼の左耳を掠めて、
分厚い木の板を貫通する。何て速さだ!
「雌の狐だ。まだ震えている……」
 気配を探る呟きと共に少年は窓枠から降り立った。こいつ、何者だ?漸く彼も動き出す。
 彼の手がドアを開くと、少年の言に違わず、一人の女中が震えていた。言い訳なのか、
「あ、五号室からの帰りに……」
 ドアを閉め切ってなかった?思わず大声を出していた彼は、自らの愚かしさに気づいた。
 若く初々しい、二十歳ほどの可愛い金髪娘。
 入れ。少年は、若いとは言え自分よりも年上の彼女に意図も気安く命令する。育ちだね。
 名は?少年の問いに、
「メアリー、です」
 聞いてはいけない事、を聞いてしまった。そう気づいたのか、それとも二人の男の魅力
故か、幾分どぎまぎした答え。
 いい名だ……。少年はそう言いつつ額にかかる銀髪を右手でさっと掻き分ける。僅かに
湿気を含んだ少年の髪は窓からの微風にフワリと踊る。彼女の視線は縛りつけられた様に
呆然とその美貌を眺め、ハッと我に返って赤面する。その様をウイリアムは幾らかの嫉妬
を込めて眺めていた。
『……大人の出番だろう、娘の誘惑は』
 少年はいつもの如く微笑を湛えてはいたが、瞳の中までは笑っていない。ん……?
「な、何を?」
 少年は彼女を椅子に座らせて、自分は尋問する様にその前に立つ。少年の瞳の中に特異
な力を感じ取った彼女の、不安そうな声。
 きゃっ! 娘の悲鳴。少年の右手が彼女の背筋に入る。素早い動きはよける間もなく、
ウイリアムはあっと言うのみだ。一体何を…?
「変な事しないで……!」
 彼女の拒絶反応が漸く、胸まで達した少年の手を追い出す。約一秒。が、その手に握ら
れていたのは、マイクロテープ。
「こ、この娘……!」「そ、それを返して!」
 彼女は必至の形相で少年に掴みかかり、テープを奪おうとする。その動きはかなり素早
かった。が、少年は素早い彼女の動きを越えて素早く、軽く身ををかわしてから彼にテー
プを投げ渡して、娘の腹部に軽く拳を当てる。
 娘は倒れて気を失った。
『大胆なガキめ……が、少しは褒められるな』
 とんでもない娘だぜ、彼はぼやく。あんな所に隠されては、確かに扱いにくい。頭を使
いやがる。少年の右手には、いつの間にかワインの瓶があった。
 うっ……。程なく彼女は目を覚ます。
 少年は彼女が再び飛びかかってくる危険を顧みずに背を向けて、ワインを注ぐ。
「安酒だが、気付けにはなろう」
 少年の瞳は再び嘲笑の瞳に戻っていた。抗議の意味を込めて彼女はグラスを床に叩き付
ける。少年は別に怒るでもなく彼は傍観者だ。
「あのテープを、返して下さい!」
 あれは、私の物です。彼女は言う。
 しかし私たちの声だろう? 少年も答えて、
「この女は自然保護団体のメンバーと見た。
このホテルもその拠点の一つだろう」
 少年の冷静な論評。彼女は座り込んだ。
 俺達は監視されてたのか? 彼は叫ぶ。
 名は?少年の問い。本名を言えと言うのだ。
 彼女はうつむいて答えなかった。
 無駄な抵抗を。それでも美しくか弱い物の精一杯の抵抗を楽しむ様に、少年は微笑する。
こう言う時、少年は魔王めいた感じを与える。
「私、聞いたのよ」
 彼女は尚屈服しようとはしなかった。むしろ追いつめられて開き直ったのかも知れぬ。
「このテープが証拠よ!機械に嘘はつけない。
 あなた達がIAEAとか言って、学術的に中立とか言って、本当の事は何一つ言わずに、
裏で何をしているのか、その目的が!
 訴えてやるわ、世間に、大衆に!
 あなた達だって、生きてるんでしょう。水を飲んで、空気を吸って、物を食べて、生き
ているんでしょう。だったら、原発がどんなに危険なのか、分かるでしょう!
 一度事故が起こったら利益どころじゃない。エネルギーどころじゃない。万に一つでも
間違いがあれば……分かってるでしょう!
 永久に、永久に放射能の残る大地。死の灰に汚された空気、水……。いつかは必ず事故
を起こす危険な原発を、どうして……。
 どうして、あなた達は!
 いくらお金を貰ったって、チェルノブイリは非居住区じゃない。日本海は死の海よ!南
極までが放射能に汚染されている。貧しくっても、苦しくっても、住めない土地よりはず
っと良い筈なのに、どうして!
 あなた達、科学者でしょう!原発なしでも生きてける方法を考え出そうとは思わない
の!
 死の灰を作り出して、何万年も貯蔵して、監視するのが人の英知なら、そんな物要らな
い! 例え愚かでもその方が、ずっと利口よ。
 それだけのお金をつぎ込めば、別の方法だって見つかるかも知れないじゃない! 例え
失敗しても、命ある大地と汚れのない自然が残れば、生きれるでしょう、暮らせるでし
ょ!
 命よりもおかねの方が大切なの? 人の命よりも、電力で取れるお金の方が大事なの!
 おかしいじゃない!」
「今世紀に入ってからの原発の事故は相次いでいるし、確かに大規模になってきている。
 ソ連のバイカル、中国の福州、ブラジルのアラカジュ、そして日本の……」
 少年の言わんとしている事は何なのだ?
「これ以上地球が汚れてしまっては、本当に取り返しがつかなくなる。もう、そうなって
しまっているかも知れないけど、でも!
 私たちは戦います。全ての生きとし生ける者たちの為に、本当に碧い星を取り戻すまで、
わたしたちは戦います!」
 うらやましい……!我知らず、彼は呟く。
 彼が、原発は安全だから広めよう、と言う時とは決定的に違うのだ。彼は、心の中に何
か後ろめたい思いを抱きつつそう言ってきた。が、幾らIAEAの安全論を信じてみても、
余りにも矛盾が多すぎる。
「若い者は曲げる事を知らぬから困るよ」
 先輩だったアーサー(現IAEA委員長)はそう言っていたが、権力者の宣伝を無批判
に受け入れていたら、一体どうなるのか。
 白ロシア出身のある委員は『人は疑うから人である、酒を呑むから人である』と豪語し
ていた。考えてこそ、人なのだ。
 彼女は自らの考えで動いている。自らの意志で考え、動く。しかし彼は違った。
 そうか、彼は権力の言う事を、自分では全く信じてはいないのに、他人には信じろと言
い続けてきた。安全な訳はないと分かりつつ、安全と言ってきた、言行不一致。
 この原発でもそうだった。友一郎の前では格好いい所を見せておきながら、原発の欠陥
を見逃す事でその方面との縁も捨て切れない。
 オレには、科学者の資格はない。彼は呷く。見た者を見たと言えない奴に、科学者を名
のる資格はない!
「うらやましい……」
 彼は口に出して言った。娘の瞳を見つめて、
「それが、あんたの本心なのか、素晴らしい。
 あんたは、自分の心の中にある物を、真っ直ぐに言えるんだ。とても良い、良い事だ…。
 俺には、何一つ真実は言えなかった」
 彼は遠くを見つめる目で、
「オレも、心の中では原発は危険だと感じていた。いや、みんなもさ。でも、誰もそれを
言えなかった。言わなかった」
 誰か一人でも反対すれば、全会一致が原則のIAEAは機能しない。会内で少数派でも、
世論は味方になった筈だ。
 いつかは危ない、いつかは危ないと、それが頭の中にこびりついて離れなくなったのは、
いつの頃からだろう。入った当初は硬直したIAEAを変えようとしていた。
「それが、今は……」
 彼は呷いた。彼は知っていたのだ!
 公表こそされてないものの、事故がなくてさえ放射能は人を殺している。原子炉の檻に
於て尚、その息吹は命の炎を吹き消していく。ましてや、それを閉じ込める檻の鍵が『安
全な筈』だけでしかないとは!
 一体何人が死んだのか、今となってはそれすらも分からない。ただ一つ、分かる事は…。
「ただ一つ、分かる事は、君がIAEAを裏切ろうとしている。そう言う事だ」
 ウイリアムの瞑想を破る、少年の冷静な声。
「IAEAのアーサーは、口封じの得意な男だ。君には分からないかも知れないけどね」
 少年は皮肉げに微笑む。彼は熱のある声で、「友一郎、これは裏切りではない。これは
…」
「私の未来もかかっているのだよ」
 真剣に熱の籠った声に少年は苦笑いを見せる。僅かに戸惑いが見られるのは気のせいか。
「私は死ぬ事が何よりも嫌いだよ」
 少年の声はウイリアムに痺れを与える様だ。
「かねてから委員長連中が、君の様な委員達を苦々しく思っていた事は、想像に難くない。
その槍玉に挙がったのが、君だった。
 一つ忠告しておこう。
 天災は、忘れた頃にやって来る」
「……」彼は答えなかった。
「君の境遇には少なからず同情させて貰うが、公私分離と父に言われたからね。
 悪い事は言わない、この女を処分しよう」
 そこで少年は幾分目を細くした。
「処分するって、どうやって?」
 ウイリアムの問いに少年は、知れた事と、
「まず、彼女にはプルトニウムと一夜を共にして貰う。原発の安全さを分かるには、原発
に行くのが一番だからね」
「要するに、幽閉か」
「いや、抹殺だ」
 少年はにべもなく否定した。
「そのテープさえ返して貰えれば、良いのだろう?」
「そうは行かないさ」
 少年の瞳が彼女を捕らえる。彼女は立ち上がって抵抗する姿勢を見せつつウイリアムの
後ろに回り込む。自信はなさそうだ。
「少々苦い選択になるが、道は二者択一だ」
「苦すぎるぜ!」
 彼は窓の外につばを吐く。人殺しなんて…。
「ここは君の出番だ、銃を貸すよ」
「おい! お前、これは不法所持だぞ!」
 軽そうに投げ渡すのでその気になって受け取るとズシリと重く、彼はよろめく。
 と、とっ……、重い。
「法なんて、力が決める物さ」
 やや不快そうに少年は言った。力……。
 暫し後、ウイリアムは銃口を少年に向けて、
「もし、俺がこうしたら、どうする?
 おまえは、(銃の)力に従うか?」
「私には、君のどんな力も通じはしないよ」
「友一郎、俺は本気だ!」
 銃を両手で構えてウイリアムは真剣に、
「オレはもうこれ以上人殺しに荷担する気はない。オレは公の場で真実を訴えて、原発の
停止、廃止を訴えるつもりだ。この娘も、テープも、渡せねえな」
「君が寝返っては、そのテープは力を失う」
 少年は肩をすくめて言った。目の前の銃に何の動揺も見せぬのは、彼の甘さを知る故か。
「大丈夫、俺は公のIAEA委員。その公式見解とするから。それにおまえもそれらしい
事を言っているしナ。
 IAEAがIAEAであって、IAEEA(国際原子力推進機関)じゃあないって事を
教えてやるよ。IAEAでは、自由な討論が約束されてる筈なんだ」
「現実と建前の壁を、見失ってはいけないよ。
 日本人の血は、君にそう伝えたい様だ」
「無駄な事はやめろと言いたい様だがな」
 彼は尚も冷然として動かぬ少年に訴えかけた。銃の重みがズシリと両腕にかかる。
「例えどんなに難しい局面でも、どんなに不可能と思える事態でも、正しい事は正しいん
だ。俺はそれを忘れて、否忘れようとしてた。知らず知らずのうちに、この特等席の居心
地の良さに、飼いならされてたんだ。
 しかし今は違う。オレは権力等には従わん。電力会社にも、IAEAの圧力にも。
 オレはオレの心のままに動くのさ」
「個人の力で全てを変えられる様な口のきき方をしているが、それは君の奢りだよ」
 少年は熱っぽくなっているウイリアムに、 冷水を浴びせかけるかの如く、言い放つ。
「歴史の流れとは、一人の力で変えられはしない。人が時代を変えるのではない。時代の
流れの変わり目を見定めて、それ乗る者がいるだけだ。人には時代は、変えられない」
 俺はそうは思わないぜ! 彼も応酬する。
「時代とは、人間の作り出す物だ。だから誰にでも変える事はできる。人間が作り出した
物が、人間に作り変えられない筈がねえ!
 別に、俺が全てを変えられるなんて、思ってないさ。ただ、何かを起こす、その火つけ
役になればいい。それだけさ。
 時とは、人の作る物だから」
「理想家とは、困ったものだ」
 友一郎は苦笑いする。この少年は後に多くの理想家達に出会う事になる。優しい政治家
令嬢、軍の改革を掲げる准将、正義の復活を目指す活動家……。少年の冷酷さはまだ、完
成されてはいなかった。
「確かに時とは人々の作る物だ。しかし、人に時を変える事はできないのだ。まだ」
「とにかく、オレはもう一度原発へ行く。ついてくるか否かはお前の自由意志だ。が、お
前にオレの邪魔はさせない」
 彼は中の引き金に手をかけるが、実弾入りのその銃口にも、少年は一向に動揺しない。
「私に、どうして欲しいと云う気かね?」
 少年は左手を動かして、先程のワインを別のグラスに注ぐ。優雅な仕草に見とれつつ、
「協力しろとは云わん。黙って見ていろ。新任のお前は、慣れない事だったと報告すれば
良い。お前にも悪い様にはしない積もりだ」
 少年は、何かを含んだ微笑を見せて、
「私の行動も、誰にも止められる物ではない。 君の指図は受けないよ。私も動きたい様
に動かせてもらう、君と同じくね」
 事実上の拒否か、彼は舌打ちする。
『逃げるか、ぶっ倒すか、説得するか?』
「お前なら、分かってくれると思っていたよ」
 ウイリアムの残念そうな声に少年も、
「私には、君が病を患っているとしか思えないよ。もう少し、冷静になって欲しいね。
 君も、大人ならば」
「現状を何でも受け入れるのが大人なのか!
 権威にイエスマンなのが大人なのか!
 お前は今まで、そう思ってきたのか……。それは大人じゃない、違うんだ、それは…
…」
 それは何なのか、彼は言い淀んだ。
 IAEAを構成する者が、原発を作る者が、政治を動かす者が、何なのか。
「大人とは言わないさ」
 少年は強い調子でこう言った。
「それを、大衆と云う」
 愚かで、低俗で、卑しくて、それでも自らの小ささに気づかず、万物の霊長などと思い
上がり、権利だ自由だと騒ぎまくる、勝手気ままで無責任な、一般大衆!
 結局選民も大衆の一部。私に言わせれば、どちらも取るに足らない同じ穴のムジナ」
 少年の酷評はまんざら外れてもいないが…。
「今までの歴史は後退に次ぐ後退。愚民が権力を決めるが故に、一人一人がこの星を破滅
に陥れていても、顧みようともせぬ」
「いや、それは違う。人は進歩してきたのだ。人は歴史と共に、確かに進歩してきている
…」
「科学は、だろう。ルート。歴史は進んでも、人のもって生れた愚かしさは変わらない。
 アフリカで三千万人が餓死して、南米ではアマゾンがブラジル砂漠と化して、先進国を
自称する国々のやる事は、兵器の密売、政治の駆け引き、挙げ句の果てには放射能。
 後退だ! 進歩ではなく、後退だ。
 人は科学技術を、傷口を治すのに使うどころか、傷口を広げる為に使っている。大地が、
人類の為にある物でないと分からぬ愚者に…」
「それは言い過ぎだ……」
 彼が、銃をぶら下げた状態になっているのも忘れて反論しようとした時……。
 ジリリリ……電話のベルの音。論争に取り残されていた娘が受話器を取る。
「はい、十三号室……」
 二、三度頷いてから彼女は誰に向かってか、
「ガルベストン原発の方、だそうよ」
「オレが出る」
 彼は少年を気迫で押えて受話器をとる。
「た、た、大変だっ! すぐ来てくれ!」
 所長のうわずった声が、
「冷却装置が働かないんだ。運転士には装置の欠陥なんてわからん。技術者が欲しい!
 炉の熱が異様に高くなっている。制御が効かないんだ。このままではやばい」
 早く、早く来てくれっ! 所長は叫ぶ。
「炉が、炉が、熔けちまう!」
 大爆発が、起ころうとしているのか?
「操業停止じゃなかったの!」
 娘の驚きの声に、ああ、と彼は頷いて、
「再開の為の試運転だった筈だが……」
 実質上の操業再開だ、少年は最後迄正確だ。
 彼は責任を感じていた。危険かも知れぬ原発を調査に来て、安全未確認のまま少年の口
を塞ぎ、良好と云ったのは他ならぬ彼なのだ。
 原発は稼働率で、つまり何日働いているかで安全性を判定される。反原発の動きの拡大
している今、稼働率の低い原発は各界からの集中攻撃にさらされるのだ。
 危険な原発、のイメージを持たれたくない会社が、少しでも稼働率を上げようと考える
のは自明の理だ。しかも天下のIAEA委員が『良好』と云ってくれたのだ。彼のいる間
から既に、所長は運転を再開していたのだ…。
 その炎を横目に見つつ、いつかはここも危ない、いつかは……、と云う後ろ暗さを、彼
は感じていた。何かが起こる! この胸騒ぎ、いったい何度目だろう。
 彼は今、間違いなく狂獣を目覚めさせてしまったのだ。原子力と云う狂獣を。
 これはオレの責任だ。彼は崩れかかる。
「おお、神よ!」
 彼は天を仰ぐ。が天地を統べる偉大な神は、地上の迷える子羊など眼中にないのか、答
えはない。少年は受話器を奪い取って、
「私だ。電話変わった、事情を」
「原子炉の異常過熱が始まったのは二時間前。自動冷却器系の働きで制御棒が入る筈だっ
たんだが、動かないんだ」
「給水ポンプで炉を冷やせないのか」
「主給水ポンプが欠陥中の二号炉だ。非常用のポンプで動かしていたんだが……」
 止まっちまったんだ!うわずった声。
 馬鹿な……。友一郎の苦い顔。非常用とは、どこまでいっても非常用にしか過ぎぬのに。
「非常用ポンプはあと二基、あったろう?」
「IAEAの新基準で規制が緩和されるから、必要ないと……」
「オ、オレに出させてくれ」
 これはオレの事件だ。彼は弱々しく言うが、少年はそれを無視して、
「冷却水は、入らぬか。三方が海だと言うのに……ならば、炉は熔けるな」
「そんなのんきに言って暮れるなよ!」
 いい加減にしてくれ、所長は叫び出す。
「(安全管理に手を抜いて)いまさら何を」
 少年の嘲笑。笑ってる場合じゃねえ。彼は少年から受話器を奪い取るが、
「えっ!」「ナニ?」「まさか!」
 ウイリアムの表情が、みるみる青くなる。
「何で異常加圧が止まらないんだ」
『そんな事、機械に聞いてくれよ!(所長)』「コンピューターが、答えないだと?」
 緊急事態、それ来たとコンピュータに尋ねてみると、???の繰り返し。な、なんだ?
「コンピュータの想定外の温度まで炉心が過熱している為だ。設計ミスか、製作ミスか。
機械はプログラムされてない事に答えられぬ」
 そこが機械の限界、少年は呟く。
「どうでもいい、とにかく何とかしてくれ!」
 所長の叫びは悲痛さを帯びてきた。
『信じられない事だ!』アーサーの声が聞こえてきそうだ。何が安全基準だ、畜生め!
 彼は吠える。いつもそうなんだ、現場の状況を見もしないで机の上で……。
 どうすりゃいいんだ!
「ECCS(緊急炉心冷却装置)を」
 少年はあくまでも冷静だった。慌ててみても仕方がない、ここはガルベストン。原発と
は一キロも離れてはいないのだ。
「そんなこと!」
 そんな事をしようものなら、コンピュータに全てが記憶されちまう。そうなったら全原
発は再び一斉総点検の操業停止、稼働率は一気に下がって、会社は大打撃だ。だが……。
 ぐずぐずしている暇はない。給水を失った原子炉は今正に、空焚きの儘暴走しつつあ
る!
「とにかく、何とかしてくれ!」
 彼女には良く分からない専門用語が、切迫した所長の声と交わされる。あれをやれ、こ
れをしろ、そっちはどうだ……。しかし所長の言葉の二度に一度は、
「やってますよ!」「効かないんだ!」
と言う返し文句だったようだ。
「ええいっ!何の為の安全施設なんだ!
 肝心な時に使えないとは、どういう事だ!」
 彼は叫び出す。しかし、
「そんな事言ったって、この役に立たない安全施設は全て、あんたらIAEAの作った基
準に添った物なんだ!」
 しかもあんた自身、良好だって言ったじゃないか!所長の言葉に、返す言葉はない。
 ……沈黙。
 凝縮された時間が彼らの間を流れ去り、二度と戻らない。ああ、今こそ時よ止ってく
れ!
「……それは、正しい事だ」
 少年の怜悧な声が緊張を破る。
「だが、今更言っても仕方のない事だ」
 今更そんな事を言っても何になろう。行き当たりばったりの効率優先政策のひずみが今、
ここで一気に弾けようとしているのだ。
 よりによってここで!
「必要なのは、今何を為すべきか、だ」
「分かった、今ECCSを作動させた。これで炉が冷えないと、もう終わりだ……」
 遅い! ウイリアムは受話器を叩き付けた。
 足に触れる物がある、銃? チェッ。これが今、いったい何の役に立つんだよ。
「こんな時に敵味方なんて愚かだろう?
 俺はまだ死にたくないしな」
 彼は少年に銃を投げ渡す。少年の細い右手は、あの重い銃を二本指に引っかけた?
「お前、重くないのか?」
 ウイリアムの問いに少年は微笑して、
「もっと急ぐ事がある筈だよ」
 原発へ行くの?彼女の問いは誰への物か。
「そうだな……そうなる」
 彼は自分への言葉を勝手に解釈して頷いた。
「もし、無事に帰って来れたなら、もっと沢山IAEAについて教えてやるよ。……原発
についてもね。俺は専門家なんだからさ」
「雨が降りそうだ」
 湿度が高い、少年は言う。
「黒い雨ってやつを見る事になりそうだぜ。
 嫌になる程な」
 ウイリアムの言葉に友一郎は肩をすくめる。三人は既に、一階ロビーまで下りて来てい
た。
「事故の事はみんなに知らせないの?」
「今更言って何になる」
 少年は録音されていると知って敢えて、
「国連の原発政策を拒絶せずに容認して来たのは人民だ。子孫の糧を食らい尽くすと知り
ながらも、今少しの快適さの為に批判に目を。つぶって来たのは大衆だ。そしてこの地に
原。発を招いたのは、他ならぬこのガルベストン。の市民ではないか! 奴等に一体何が
言える!
 愚民どもは、金と命の重みを測り間違えたのだ。その代償の、支払いの時を迎えたの
だ」
 もう遅い。原子炉が全てを熔かす高熱で地の底へと落ちて行って、地下水に触れて爆発
すればもう、十キロや二十キロの避難など無意味になる。
 少年はとても身軽だった。跳び箱の如く車の屋根に左手をついて、空中で一回転して向
う側に着地する。運転席を彼に譲ったのだ。
「ねえ」
 彼女の声は、何となく今までにない感じを帯びて聞こえた。運転席のウイリアムに、
「きっと、きっと帰って来てね。そして、教えて欲しいの。IAEAの事、原発の事、そ
して何よりも、あなたの事……」
「必ず帰ってくるって」
 彼は陽気に答えて見せる。二人の視線が一瞬何かを語り合い、唇を重ねる。ああ……。
 秒にも満たない甘い時間。そんな間にも南から吹いてくる湿った風が雲を呼び、急激に
暗さが増している。それは暗示となって、彼らの心の中に増殖しつつあった。
「今からじゃ遅いかも知れんけど」
 車のアクセルに足を置きながら彼は、
「すぐ西に向かった方が良い。鉄道、飛行機、車、何でもいい。二度と戻らない積もり
で」
「あなたも、来てくれる?」
「行けたらな、じゃ」
 彼はそこで車を発進させた。車は深夜の静寂な街を駆け抜ける。
「暗い空だ、月が見えない」
 少年は右手に持っていたワイングラスに口をつける。まだあのワインを?
「一体どうやって階段を駆け降りて来た?」
 ウイリアムの呆れた声。この少年には、どうも不思議な点が多い。多すぎる。
「今度お前の正体をじっくりと暴いてやるからな。覚えとけよ!」
 無事に帰れたらね。少年は冷たく微笑して、
「教えてあげるよ。私の裏の面も」
 車から身を乗り出して、少年は漆黒に身を投じる。月光もない暗闇の中に、友一郎の姿
が銀色に淡く輝いて見えるのは、気のせいか。
「人類の英知とは、一体何の事だろうな……」
 南風が湿った空気を引き連れて大挙来襲したいた夏の日。妙に胸騒ぎがする夜だった。

「八月十二日未明発生したガルベストン原発事故は、心配されていた程の大事故ではなく、
むしろテキサス電力の原発の安全管理の完全さを物語るように最小、かつ最良のパターン
を経た事故であるといえよう」
(IAEA委員長公式見解、八月二十日)
「八月十二日未明起こったとされているガルベストン原発事故は、事故ではなかった。今
現在も、付近三キロ四方に異常放射能は一切関知されず、事故は未然に防がれたと言える。
 しかし異常相次ぐガルベストン原発がここまで放射能漏れなしに操業して来れた事は賞
賛されるべきだろう」
(アメリカ副大統領見解、九月七日)
「八月十二日に起こらなかったとされているガルベストン原発の事故は、実は重大事故で
はないかという疑いが急速に広がっている。
ガルベストン周辺の空港、港湾、道路は全て封鎖され、報道陣すら中に入る事はできない。
 乱れ飛ぶ情報のうちには、既に放射線障害と思われる死産流産が相次ぎ、甲状線ガンが
激増しているという報告もある」
(ワシントン・ポスト紙、十月十九日)
「ガルベストン原発の異常が、当初公表されたていたよりも遥かに深刻だったという事が、
事故から四か月たった今、漸く判明した。
 ガルベストン市一帯は通常の一〜三万倍の放射能に包まれ、発電所周辺は全ての動植物
が姿を消し、ゴースト・タウンと化している。当局の対応の遅さと悪質な隠蔽工作によっ
て重度の放射能障害になった人々は数万人に達すると言われているが、その総数さえ不明
だ。
 南風にのって、アメリカ中西部から東部にばらまかれた放射能は、カナダに於て尚国連
基準値を遥かに上回っている。
 考えうる最悪の事態は今正に進行しつつあり、この放射能を含むチリは成層圏に到達し
て、ほぼ全世界に影響を与える模様である」
(ABC放送、九時のニュース、一月一日)

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